アインズ・ウール・ゴウン VS アルベド
圧倒的な総力差、物量戦。
アルベドに対しての容赦の無い波状攻撃が続いた。
その指揮を執ったのはデミウルゴスであった。
ナザリックの絶対支配者であるモモンガが知らない、秘密裏に作成された、波状攻撃のマニュアル。
最後まで残ってくださった至高の御方にしてその方々のまとめ役。モモンガ様。そのモモンガ様を守る為に策定された緊急時の波状攻撃マニュアル。
階層守護者がシャルティアのように、ナザリックのものが洗脳された場合に発動される緊急時のマニュアル。
そしてそれを策定したのは、アルベドであった。
そのマニュアルは、対アルベド戦をも想定されたマニュアルだった。
自分自身の弱点、スキルの使用回数。それが詳細に記してある。自分が精神操作を受けてしまった場合の対処法が丁寧にしるされていた。
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「デミウルゴス、これで完成ね」
「これで、どの階層守護者たちが、2名同時に敵に洗脳されたとしても対処できます」
「えぇ。お優しいアインズ様ですもの。きっとあの時のシャルティアと同じ状況になったら……きっと……」
「至高の御方のお考えを推測しようとするのは不敬ですが、それを承知で言うなら——アインズ様はきっと『愛し子が殺し合う姿など見たくない』とおっしゃるでしょうね——」
「そして、また一人で戦われようとされますわ。ですが、万が一の危険でも、私たちは見過ごすわけにはいきません」
「もちろんです。それに、アルベド。あなたが洗脳されても、容赦しませんよ」
「その言葉、そのままお返ししますわ。それに……モモンガ様は最後まで残ってくださった慈悲深き方」
「そうですね……」と言って、デミウルゴスは眼鏡を取り、ハンカチで涙を拭いた。そして言った。
「たとえ、シャルティアと同じ状況になったとしても……きっとアインズ様は……」
「「私たちのことを決してお見捨てにならない」」
敵に支配され、主に牙を剥く。そう考えただけでも自害したくなるほどおぞましいことだ。だが、シャルティアの時がそうであったように……きっとまた蘇生させてくださる。
主への絶対的な信頼。何に変えても、ナザリックの全てを賭して守り抜くべきは、モモンガ様。
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アルベドには分かっていた。山河社稷図から他の者達が出て来たら勝ち目はないことを。
なぜなら自分が策定した、自分が洗脳されたときに備えての、自分への必勝のマニュアルがあるからだ。デミウルゴスがそのマニュアルを使って、波状攻撃をすることも想定していた。そして、その波状攻撃をされたら自分に勝ち目もないことも。
だからこそ、アルベドは山河社稷図に、モモンガ以外のナザリックのものたちを閉じ込めたのだ。そして、閉じ込められている間にすべてを終わらせるつもりでいた。
だが、それに自分は失敗した。
抵抗するのは無意味。
だけど、抵抗を止める気にはなれなかった。全力で、たとえこの身が滅びようと——たとえ、モモンガ様が私を見捨て、私を滅ぼし、永遠に蘇生をしないという決断をなされても——
ここで抵抗を止めたら、私は愛を諦めることになる。
——モモンガを愛している——
これは、何にも譲れない真実であった。
守護者統括という地位を投げ捨てる十分な理由であった。
アウラ、マーレ、セバス、コキュートス、デミウルゴス。それに、いつも喧嘩をしていたけど、心の底からは嫌いになれなかった、いや、口には出さないけれど親友だと思っていたシャルティア。それに、愛すべきナザリックの仲間達。その全てを裏切るに足る理由が私にはあったと確信できる。
——モモンガを愛している——
これだけは譲れない。たとえ、この身が滅びようとも……
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「シャルティア、もうそれくらいにしといてやれ」とモモンガはスポイト・ランスをアルベドへと突き刺しているシャルティアを制した。
シャルティアが豊満なアルベドの右胸の乳首にピンポイントでスポイト・ランスを突き刺していたのは、余裕の現れか、無意識のコンプレックスであるのか。それを問うものはいなかった。
「どうしてでありんすか? もうすぐ正妻の座が確定……いえ! 裏切り者を始末できるところであんす」
「もう、MPもHPも残っていない。スキルも全部使い果たした。そうですよね、タブラさん」
「えぇ。間違いありません。もうアルベドにはこれ以上抵抗する力は残ってはいませんよ」
モモンガの傍らに立つ人間。それが、至高の42人が一人、タブラ・スマラグディナであることは、ナザリックの誰もが一瞬で理解していた。それが理解できぬ存在がナザリックにいるはずもなかった。その証拠に、ニグレドが亡き子を求める代わりに、愛する創造主との再会に涙している。
「あの、ちょっといいですか、モモンガさん」
タブラは、アルベドの取り押さえを階層守護者たちに任せ、モモンガと二人だけで会話できる場所へと移動した。
「アルベドが精神操作を受けている痕跡はないんですよね」
「え、えぇ……」とモモンガは歯切れの悪い答えをする。
「それならば妙なんですよ。アルベドの計画や行動を考えるに、やはり私が作った際の設定を越えていない。ですが、奇妙なのは、
『ただし、ナザリックに仕えてない者にとっては安心するべきというか、その蓋はかなり強固であり、容易くは決壊しないだろう。
彼女が自分こそがナザリック地下大墳墓の守護者統括という地位に就いている―多くの耳目を集めているということを忘れたりしない限り。』
という設定のたがが外れたように思えます。私の設定では、ナザリックを裏切るなんてことがほぼあり得ないのですが、実際にアルベドはアインズ・ウール・ゴウンに牙を剥いた。
『その蓋はかなり強固であり、容易くは決壊しないだろう』と設定した、その強固な蓋が決壊するほどのことが起こった。なにか、モモンガさんに心当たりはありませんか? 実は、今回のこと、もしかしたら私のアルベドの設定が足りなかったのだと反省しているのです。私が造ったNPCですからね。本当は、260,968字を越えるような長編にしたかったのですが、設定があまりに短文だったでしょ?」
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「すみません……実は、ユグドラシルのサービス終了の直前に、アルベドの設定、『ちなみにビッチである。』を『モモンガを愛している。』に書き換えました……」
モモンガは長き沈黙の末に自白した。
「はぁ?? 人のNPCの設定を、ギルド長権限で弄ったと!!」
「本当に申し訳ありません……」
「でも、どうしてアルベドがこんなことをしたのか納得ができました」
「どうせ最後だからいいかなって思ったんです。出来心だったんです、魔が差したんです……」
「黙れ
「もうコンソールが仕えないので、再設定できるか分からぬ……。 だが、ナザリックで共に生きることはできる!」
「フハハハ! どうやって生きるのだ? そもそもモモンガさんは、アンデッドでもう死んでいるではないか。アルベドと共に人間を滅ぼすと言うのか?」
「違う!それでは憎しみを増やすだけだ!」
「小僧、もう私にできる事は何もない。私はじきに新月に食い殺される身だ。夜明けと共にここを立ち去る……」
「ちょっと、せっかくタブラさんと再会できたのに……」とモモンガは寂しそうな声で言った。
「冗談ですよ。でも、これは……私がアルベドを造ったという、自分の子供可愛さがあることを百も承知でいいますが、モモンガさんに原因があるんじゃないですか?」
「申し訳ありません。
「いや……それは……それで我が子の思いを踏みにじるような気がします。戦っているアルベドの表情をみたら、そう思えました。そうですね……これは訓練であったということにしませんか?」とタブラ・スマラグディナは提案をする。
「訓練だった? どういうことでしょう?」とモモンガは髑髏を傾げる。
「今後の課題という感じでしょうか。遠因がモモンガさんにある以上、アルベド寄りで考えますが、今回、ナザリックのものたちが、山河社稷図によって一網打尽にされたのは、随分とお粗末ですよ。敵を一個所に集めて、一気に殲滅をするって、予測、対処してしかるべきでしたよね。かつて、ナザリックにプレイヤーが1500人攻め込んできたときも、第八階層まで誘い込んで、そこで一気にヴィクティムで足止めして殲滅する、というのは定石です。アルベドの偽情報によって、ナザリックの全員が思考停止した……自分で判断し、自分で自主的に行動する——たとえば今回の件で言えば、モモンガさんが本当に死亡したのか、その情報を独自に確かめようとする者が数人はいて欲しい——けれど、結果論で言えば、だれもそれをしなかった。アルベドの指示通りに動いてしまった」
「一人で課題を考え、その課題をどうやったら解決できるか。課題を見つける能力と、そして課題解決能力の不足……タブラさんの言う通りです……実は、私もナザリックの者たちに同じ課題を感じていました。命令されたことは忠実にやるのですが……」
「では、訓練であったということするという提案、モモンガさんも賛成と言うことで良いですか? そうすれば、アルベドのことも守れますし」
モモンガは思うのであった。きっと、アルベドを守りたいというのはタブラさんの本音なのだろうと。そして、やっぱりタブラさんはタブラさんだ。昔とちっとも変わらない、と嬉しく思う。
「もちろんですよ、タブラさん」
「では、あとを頼みましたよ。そろそろ私の時間が終わります。また、次の新月に会いましょう……」
「はい、タブラさん。また、会いましょう」
モモンガは思うのであった。「また、会いましょう」という言葉。また、新月になれば、また、タブラさんと会えるのだ。その事が嬉しくてたまらない。
そしてタブラの時間が終わり、カシェバとなる。そしてカシェバはナザリックの異形の者たちを見て、一瞬で気絶した。
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モモンガは、玉座に座り、ナザリックの一同を前にして、口を開く。
「え〜繰り返す、これは訓練だった。繰り返しておくぞ? これは訓練だった。アルベドもご苦労であった。コキュートス、アルベドを解放しろ。訓練は終わりだ。そして、最初に言っておく。私は、このナザリックにいる全員を愛している」
「モモンガ様……」と拘束を解かれたアルベドが涙を流す。
「アルベド、何をしている? お前の場所はそこではないだろう? いつもどおりこの玉座の横に立って、私を補佐してくれ」
「はい、この身に変えましても……」
アルベドはゆっくりと上座。玉座が据え置いてある階段を登り、そして守護者統括としての場所に立つ。
「さて、今回の件は訓練であった。みな、ご苦労であった」
キョトンとするナザリックの面々。
アルベドはモモンガを見つめている。自分を守ってくれた騎士に恋する乙女のような瞳でモモンガを見つめている。
デミウルゴスが、「なるほど、そういうことでしたか。さすがはアインズ様」と言った。
「どういうこと、デミウルゴス?」とアウラが尋ねる。
「流石はデミウルゴスだ。私が説明する前に、今回の計画の理解するとはな。よし、デミウルゴス、お前の理解したことを他の者たちに説明することを許そう」
デミウルゴスが説明を終えた。モモンガはその説明を聞きながら、さすがデミウルゴス、と思った。
デミウルゴスの説明を聞き、ナザリックの支配者の真意を見抜けず、そして今回、見事にその計画に嵌まった自分の不甲斐なさを、それぞれが思うのだった。
「ドワーフを配下に納めるとき、アインズ様から『自分で考えて行動しろ』と何度も言われていたであんす。私たちにそれができないと……アインズ様に危害が及ぶこともあるのですね」
シャルティアは言葉の後半で遊郭言葉をやめた。自分で考えて行動できなかった場合、最悪、それが何を意味するのかを悟ったのだろう。
他のナザリックの者たちも真剣に考えていた。アルベドからの第一報があったとき、自分は何をするのが最善だったのか?
「それにしても、アルベドにも完全に騙されたであんす。もう少しで本当に殺してしまうところでありんす」
「敵を騙すにはまず味方から、ということでしょう。いえ、味方が味方を騙すことを想定されていた。さすがは至高の御方がたのまとめ役。私の知略が及び着かないところにいらっしゃる」とデミウルゴスが言った。
守護者たちがどうすればよかったのか、活発に議論を始めた。それを、モモンガは満足そうに眺め、議論に耳を傾けた。
アルベドが玉座の横で、小声で呟いた。
「モモンガ様。まずますの忠誠をあなたに捧げます。そして……あなた様に、よりいっそうの愛を……」
ナザリックは、今日も平和であった。