ジータちゃんが闇堕ちしたら……   作:もうまめだ

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 読者様に心からの感謝を。






最終話 背中

 何度願ったことか。

 

 

 傷ついた仲間の手当てをするとき。

 人の姿の、人だったものの前に立ち尽くしたとき。

 消え入りそうな星空を、独り仰ぐとき。

 

 

 

 

 

 そして、家族の一人を失いかけたとき。

 

 

 

 

 

 その願いが叶わないからこその、この世界。そうは分かっていても、ふとした瞬間に立ち止まって、悔いる。些細なものも、人生の一部を大きく変えてしまったものも、すべてひっくるめて、願う。それが叶わない願いだとしても。

 

 

 

 

 

 そう、叶わないと思っていた、思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 だからその話を聞いたとき、俺の心は期待で膨れ上がった。ずっと、何度も思っては諦めてきた願いは、夢なんかじゃなかった。全てなんていう贅沢は言わない、でも、せめて家族だけでも。叶うと知った俺の心は輝いた。俺の願いを叶える星晶獣が手の届く範囲に存在することを知り高揚した。そして、同時に俺の世界から、輝きは消えた。

 

 

 この世界は二律背反で、俺に両方を願うことは許されていなくて。俺は一人を救うために世界を捨てることを強いられた。

 

 

 最初は慣れなかった。俺の言うすべての言葉に、行うすべての行動に、俺の本心が囁く。どうせ、この世界は消えてなくなると。反論した。そんなことはない、たとえ歴史を変えようと、この世界での物語から意味がなくなることはないって。

 

 

 

 そんなのは偽善的な、言い訳に過ぎないって、俺自身が一番よくわかっているのに。

 

 

 

 世界から輝きは消えた。俺にとってこの世界は不必要で、日々捨てられる廃棄物と同価値だった。それでも俺は色のない灰色の世界で、自分自身でいようと抗った。アーカーシャに頼らない方法でジータを取り戻せる方法を模索し、ジータを追いかけ続けた。意味がない行動だと分かりながらも、団員たちに指示を出し、帝都アガスティアの住民を救おうとした。俺自身も、今までの俺でいようと努めた。

 

 

 でも、もう、そんな偽善心も、自己満足さえも、俺には残っていなかった。ジータの横を通り過ぎ、視界から彼女の姿が消えた途端、俺の眼にはアーカーシャにいる部屋へと続く扉しか映らなくなり、俺の頭からはこの世界への思い出も、未練も、すべて消えた。結局俺はアーカーシャの話を聞いた時から、一人を救うために世界を捨てることを決めていたのだった。

 

 

 だから、目の前でアネバルテが命を落としたときも、それを行ったのがジータであることも、そして次の標的が俺だと分かったときも、俺の心は動かなかった。仲間一人二人死んでも、もう俺は何かを感じることができなかった。最悪、俺が死んでも構わない。誰かが、ルリアとオルキスを導いて奥の部屋へとたどり着き、アーカーシャの力を行使すればいいんだから。

 

 

 

 

 だから、ほら、早く次の世界に行こう。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 ぽたっ、ぽたっ……。

 

 

 水が地面に滴る音が聞こえる。思ったよりも近くで聞こえるそれに、私は私がここにいることを思い出す。

 

 

 目をあけるとすぐ前に地面が見えた。水滴でぬれた地には私の顔がぼたけて映っている。時折波立それは、うつむく私の顔を流れる涙が作ったものだった。膝を曲げ、両の掌を地面につけ、私は泣いていた。

 

 

 どうして私は……泣いて……。

 

 

 やめておけばよかった。理由を求めた私に、すぐに記憶が答えを教えてくれた。今では遠い昔のように思える再興の島、その依頼で助けたはずの相手を、今目の前に見えるこの手で、私は……。

 

 

 そのまま私の思考は暴走し始める。やめたいのに、考えることをやめたいのに、私の頭は誰に指示されることもなく、記憶をたどりはじめる、言い訳を探すために。

 

 

 それはただの邪念。最低な私が、自身を守るために。そんなことを考える私でさえ、もういやなのに。

 

 

 それなのに思考は暴走し、私は言い訳を探し続ける。事実上、私は敵はもちろん、仲間でさえも傷つけた。傷だけじゃない、命さえ奪い取った。その行動に、理由があれば、例えば誰かに操られていたから、他に訳があって仕方のないものだったら。そんな、ただ私を守るだけの、最低な理由がありさえすれば。そうすれば、私は嘘だらけの私を守ることができる。

 

 

 ありがたいことに、そんな言い訳も、都合のいい記憶もなかった。アネバルテの壊れた心を私の中に閉じ込めたとはいえ、それに操られる危険性も覚悟もないままそんなことをしたのは、すべて私の責任。それに私は、誰に操られることもなく、自分の意志で、それも嬉々として、人を殺していた。どうしてそんなことをしたのか、そんな感情を持っていたのか、そんなことは私にはわからない。今の私に与えられているのは贖罪だけだ。

 

 

「グラン……」

 

 

 ゆっくりと顔を上げると、グランが私の声に応えるかのようにこちらを振りむく。その顔は、私がグランに剣を振り下げようとしたその時と全く一緒な無表情で、私にはもうグランが何を考えているのか分からない。もともとの私を知っているから、誰かに操られない限りこんなことをする奴じゃないって知っているから、だから怒りも、悲しみもなくいることができるのか。私には分からなかった。

 

 

「グラン、もういいから。私はこの歴史を受け止めるから、だからアーカーシャを使ってなかったことになんてしないで。アネバルテの命を奪った罪も、みんなを傷つけた罪も全部認めて、どんな罰も受け入れるから……だから!、お願い……」

 

 グランの表情に初めて少しの戸惑いが浮かぶ。グランが口を開くまでに、少しの間があった。

 

「……それは、……できない」

 

「どうして? 私がやったことを全部なかったことにするの? 私が犯した罪を? グランが思っているほど私は正しくないの。私は誰にも操られていなかったし、誰にも命令されてなかった。私は自分の意志で、全部やったの。……グランだって、私のせいで……」

 

「そうじゃないんだ、ジータ。これは勝手な俺の願いで、俺の思いなんだ。俺は、もうこの世界では死んでるんだ」

 

「それは私のせいでしょ、だったら……」

 

「違う!」

 

 グランが怒ったように叫ぶ。けれどその怒りは私に向いていないようだった。

 

「俺はアーカーシャの存在を知ったときから、この世界ではもう死んでるんだ。ジータのせいじゃない。この世界の歴史を改変できることを知って思ってしまったんだ、できなかったことも、失敗したことも全部なかったことにすればいいじゃないかって。俺は団員みんなと、失敗も成功も全部含めて積み重なってきた思い出を、捨てたんだ。それが正しくないなんて、もちろん知ってた。でも心の奥底ではいつも、どうせ歴史改変するんだからって思ってた。ジータと一緒で帝国兵も殺そうとした、正直アーカーシャの力を使えさえすればあとはどうなろうと構わなかった。……俺だって、正しくない人間だ」

 

 

「でも、私は……」

 

「だからこれは勝手な俺のわがままた。団も仲間も関係ない。カリオストロは気づいたのかもしれない、俺の考えに。だから、カリオストロは俺に記憶を保存することを条件に、歴史改変を認めた」

 

「歴史……改変?」

 

「そう。だから歴史改変をした後も、この世界のことを思い出すことができる」

 

「それって……」 

 

 グラン一人で私の罪も全部背負おうとしているってこと……?

 

「俺もダメな人間だ」

 

 最後にそうつぶやき、グランが背を向ける。その向こうに、アーカーシャのいる部屋の扉が開いていて、そこから青白い光が漏れていた。ルリアとオルキスが星晶の力を使って、アーカーシャの力を行使しようとしているのだろう。ルリアたちに聞かせたくない話だったから、グランが指示したのかもしれない。

 

「お願いだよグラン。お願いだから私に償わせて……」

 

 グランを追いかけようとしても、衰弱しきった体は言うことを聞かない。

 

「グラン!」

 

 償うべきは私なのに、覚えていなくてはいけないのは私なのに。罪をすべて忘れて、何もなかったことにされるなんて……。

 

 言葉にならない感情を名前に乗せて、私は力の限り避けぶ。でも、グランの心には届かない。扉をくぐり、蒼色の光に照らされる背中に、何度も何度も名前を叫ぶ。私の声が届かない部屋は、その輝きをますます強くして……。

 

 

 この世界で償うことも、次の世界で償うことも許されないまま、世界の歴史が変わる直前まで、私は弟の名前を呼び続けた。

 

 

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