雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

107 / 111
第106話 聖職者たちの明暗

 ――年が明け、始祖歴六千二百四十三年ヤラの月。

 

 神聖アルビオン共和国の首都・ロンディニウム。その象徴たるハヴィランド宮殿のホワイトホールでは、共和国議員たちが激論を交わしていた。

 

「我が方のフネは四十隻以上残っていたはずだ!」

 

「正確には四十三隻です。しかし、数があればよいというわけではありません」

 

 白磁の円卓をぐるりと囲むように並べられた椅子に、二十名ほどの貴族が腰掛けている。そこに参加していた将軍のひとりが、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「こちらをご覧ください」

 

 一枚の魔鏡に、港湾都市らしきものの様子が映し出された。

 

 らしきもの、と濁している理由はただひとつ。周囲が深い霧に覆われ、かろうじて停泊しているフネの影が見えるだけ、という状態であるからだ。

 

「現在、我らがアルビオン大陸はハルケギニア中央上空、雲内を周回中であります。これより下は猛烈な吹雪に見舞われており、フネを出せる状況にありません」

 

「何を言う! 我ら……いや、民の命がかかっておるのだぞ!?」

 

 共和国議員のひとりが猛烈に抗議するが、将軍は怯えつつも首を縦に振らなかった。

 

「我が空軍の練度では……いえ、熟練の将兵であろうと、あの吹雪の中を航行するのは不可能であります。無理に飛ばしたところで同志とフネを失うだけかと」

 

 議員は苛立たしげに、音を立てて着席した。

 

「では、この未曾有の危機をどう乗り越えればよいというのだ!!」

 

 ホール内の沈黙が痛い。

 

 ――現在、アルビオン大陸全土が深刻な食糧不足に陥っている。

 

 主な原因として挙げられるのは三つ。

 

 まず、王党派の驚異的な粘りにより、秋の収穫期に入る前に決着をつけるという貴族派連盟の目論みが崩れ去ったこと。敵の補給を妨害するため、農村や畑に火をつけたことが、ここにきて自軍へ跳ね返ってきたのだ。

 

 ふたつめは、兵力を抱え込み過ぎたこと。

 

 アルビオンの貴族派と『レコン・キスタ』に加え、カネの匂いを嗅ぎ付け押し寄せてきた傭兵たちや爵位と仕事を求めて浮遊大陸へ渡ってきた平民メイジ、さらに大食いの亜人どもを大量に編入していたことで、瞬く間に兵糧の山がぺしゃんこになってしまった。

 

 最後のひとつはトリステイン強襲を急いだ挙げ句、敗北したことだ。

 

 確かに、相手の裏をかくという意味ではこれ以上ない好機ではあったのだが……反面、失敗すれば大きな痛手を負いかねない作戦でもあった。

 

 議会は大いに紛糾したが、皇帝クロムウェルの鶴の一声により進軍を決定。

 

 その結果、陸軍三千とレキシントン級巨大戦艦一隻、戦列艦十五隻とその乗組員千五百名をまるまる失った挙げ句、何の戦果も得られなかった。

 

 それだけでも痛いというのに、自爆して果てたと公式発表していたテューダー家と王党派がトリステインの援軍として現れ、八面六臂の活躍をして見せたというのだからたまらない。

 

 しかも、死して天上の園(ヴァルハラ)へ招かれた王党派の軍勢が『始祖』の加護を受けて蘇り、伝説の不死鳥に導かれて地上へ戻ってきたなどという戯言が、ハルケギニア中に流布されている。

 

 これを耳にした将兵の士気は大幅に低下した。無理もない、彼らからすれば、倒したと思った『王権』が炎の中から蘇ってきたのだから。

 

(再び杖を交えてもまた無駄に終わるのではないか)

 

(始祖の意志に背いているのは我々ではないのか)

 

 ……という葛藤が生じてしまったのも致し方なく。

 

 共和国議会としては、今更「五万の軍勢でニューカッスル城を取り囲んでいたにも関わらず、逃亡を許しましたが兵士ごと城を燃やすことで敵が全滅したように見せかけました」などという真実を明かすわけにもいかず、頭を抱えるしかない。

 

 さらに、トリステインはラ・ロシェールの港を封鎖して各種物資の輸出入を制限し、ゲルマニアもそれに同調した。航路を軍艦で周回する念の入れようで、両国からの輸入という道は完全に断たれてしまった。

 

 もともとトリステインに穀物や野菜などの多くを依存していただけに、この措置は真綿で首を絞めるように、じわじわと共和国政府を追い詰めている。

 

 そして……。

 

「おのれ、ようやくガリア上空に差し掛かったというのに……このままでは、また遠ざかってしまうではないか!」

 

 アルビオン大陸は、ゆっくりと時間をかけてハルケギニア上空を周回するという性質がある。幸いなことに金銭に不足はない。そこで、旗幟を鮮明にしていないガリア王国に近付いた際にフネを出して物資を買い求めるつもりだったのだが……ハルケギニア大陸全域で降り続ける雪が、彼らの希望を粉々に打ち砕いた。

 

 貴族派議員のひとりが、沈痛な面持ちで述べた。

 

「現在は緊急事態でありますからして、食糧を軍と同様に配給制とし、一部を〝錬金〟によって作成することを提案します」

 

「錬成食か……」

 

 残る議員たちは一様に顔を顰めている。

 

 無理もない。魔法で〝錬金〟した食べ物は、お世辞にも美味とは言えない。それも、豆や小麦粉を混ぜ込んで錬成したものですら、余程の時でない限りは遠慮したいシロモノだ。

 

 今は、その穀物すらない。つまり、土や枯れた草などをベースにせざるを得ないわけで。そんなモノを用いた完成品の出来は……まあ、お察しである。

 

 どうにか餓死だけは免れるだろうが、共和国議会の評価が大幅に下がるのは間違いない。ただでさえテューダー王家復活の報で揺れている国内が、再び割れてしまう。

 

 と、議員のひとりが手を挙げた。

 

「火竜騎士団は出せないのかね? 我が方の竜だけでは荷を運ぶには到底足りぬが、ガリアで風竜を借り受けることができれば……」

 

 一瞬希望が灯りかけたが、それを先程の将軍があっさりと打ち消した。

 

「火竜であれば、もはや一頭も残っておりませぬ」

 

「どういうことかね!?」

 

「竜は牛や馬などとは比べものにならぬ程大食いで、しかも肉食です。しかしながら、我ら人間の食糧確保すら困難な状況下、火竜に餌をやる余裕などあるわけもなく……」

 

 肉が食えぬことで不満を募らせた火竜たちは、非情にわかりやすい形で反乱を企てた。ありていに言えば、空腹を満たすために厩舎の馬や側にいた竜騎士たちに牙を剥いたのだ。

 

 黙って喰われるわけにはいかないメイジたちは杖をとり、そして――。

 

「本日の会食で供された肉は、処分した火竜のものであります……」

 

「ぐッ……」

 

 共和国議員たちは決して馬鹿ではない。火竜の反乱から、すぐさま別の脅威に思い当たる。

 

「我々は錬成食でもまだ我慢できますが……亜人どもは……」

 

 どういう理屈かわからないが、皇帝クロムウェルは人間の言葉が通じないはずの亜人たちを、自軍に引き入れることに成功している。そして彼らは革命戦争中、猛威を振るった。

 

 このままでは、その圧倒的な暴力の矛先が貴族派連盟軍に向きかねない。

 

「皇帝閣下の〝虚無〟で解決できんのか!?」

 

「無理だと伺っております。閣下の〝虚無〟は生を与えるもので、生み出すものではないと」

 

「で、その閣下は今どこに?」

 

 円卓の奥に、空席がひとつ。そこは本来、神聖アルビオン共和国皇帝オリヴァー・クロムウェルが在るべき場所だ。

 

「水メイジの見立てでは、昨夜から高熱にうなされておられるとか」

 

 誰かが苛立たしげに円卓を叩く。

 

 後世、アルビオンにて『暗黒の降臨祭』と呼び慣される厳冬が、空の国を崩壊へと追い遣ろうとしていた――。

 

 

●○

 

 ――同じ頃。

 

 かつてアルビオン国王の居室であった部屋、その片隅に置かれたベッドの上で、クロムウェルは頭まで毛布を被り、震えていた。

 

 高熱で倒れたというのは嘘だ。彼は『ともだち』にした水メイジに、嘘の診断で議会を誤魔化すよう命じたのである。

 

「おおおおお、わたしは、わたしは一体どうすれば……」

 

 部下たちの前で見せる威厳など欠片もない。気弱で、痩せこけた三十過ぎの男がそこにいた。

 

「このままでは、この国が……わたしの夢が……!」

 

 ――今から数年ほど前のこと。

 

 ロンディニウム管区教会司教の座を追われたクロムウェルは、後任に他国への届け物を依頼されるという屈辱と、こんな形で自分に恥をかかせたテューダー王家に対する怒りを胸に抱え、ガリアの王都・リュティスの路地裏を歩いていた。

 

 そこでぼろを纏った物乞いに出会った彼は、既に理由を思い出せない程の気まぐれによって、僅かな施しを与えた。

 

 それが、彼の人生を大きく変える契機になることも知らずに。

 

「ありがとうございます、神官さま。ですが、今のわたくしめには、あなたさまにお礼を言うことしかできませぬ」

 

 老いた物乞いは、クロムウェルに深々と頭を下げた。

 

「礼を受けるつもりで施しをしたわけではないよ。だが、そうだな……もしもきみが心苦しいというのなら、そこの酒場でわたしに付き合ってもらおうか」

 

 うらぶれた場末の居酒屋で、クロムウェルは物乞い相手にさまざまな話をした。神官になるまでの苦労、管区教会を取り仕切る司教に任じられたときの喜び、現状への不満などを、酒精の勢いを借りて吐き出し続けた。

 

 一時間ほど黙ってそれらを聞いていた物乞いは、唐突に口を開く。

 

「神官さま。あなたの夢は何ですか?」

 

 しばし考えたクロムウェルは、ぽつりと言った。

 

「そうだな、王になってみたい。一国を統べる、王に」

 

 それから一週間ほどが経った、ある日。クロムウェルの前に、シェフィールドと名乗る女と数名の騎士たちが現れた。

 

 彼の人生は、その出会いを境に一変する。

 

 シェフィールドに促されるまま騎士たちと共にラグドリアン湖の精霊街を訪れ、アンドバリの指輪を盗み出し、各国で王家に不満を持つ貴族たちを集め『レコン・キスタ』を創設した。

 

 ある時は、大都市の寺院で説教をしていた頃のように大勢の前で演説をし、またある時は、指輪に込められた魔力で欲しい人材を強制的に取り入れ――組織を大きくしていった。

 

 アルビオンで王家に反旗を翻した貴族派と手を組み、自分に屈辱を味わわせたテューダー家に苦痛を与えるべく暗躍した。軍務のことなど何ひとつわからなかったクロムウェルを支えたのは、シェフィールドが「あのお方」と呼ぶ人物だった。

 

 その頃には、己が彼女たちの操り人形であることに気付いていたが、クロムウェルにとって、そんなことはどうでもよかった。なにせ、指示通りに動けば簡単に大勢の畏敬を集めることができたし……何より、復讐という名の美酒に酔っていたから。

 

 楽しかった。存在するかどうかもわからぬ〝虚無〟のメイジとして振る舞うのも、居並ぶ軍勢の前に立ち、彼らを鼓舞するのも。港湾都市レキシントンを陥とし、王国空軍旗艦『ロイヤル・ソヴリン』を奪い取った時は、歓喜のあまり部下たちの前で危うく気絶するところだった。

 

 ――そんな夢のような毎日に狂いが生じたのは、王党派がニューカッスルの城から逃亡したという報せを受けた時から始まった。

 

 いつものように、シェフィールドの指示通りに事を運んで動揺する議員を鎮めた彼は、それをもって王党派の掃討が完了したとし、貴族派議会の承認を得て共和国初代皇帝の座に就いた。

 

 あの場末の酒場で物乞いを相手に語った「王になりたい」という夢は、確かに叶ったのだ。

 

 ……ところが、それを境に状況は坂道を転げ落ちるが如く悪化してゆく。

 

 必勝の布陣でもって臨んだ対トリステイン戦。

 

 敵艦隊を瞬く間に殲滅したところまでは良かったものの、それが新王サンドリオン一世の誕生に繋がり、防衛戦にて不敗を誇るかの人物に、自慢の空軍を抑え込まれてしまう。

 

 さらに、行方不明だった王党派が現れ〝乗法魔法〟でアルビオン艦隊を薙ぎ払った。

 

 とどめとばかりに空域を封鎖され、人の行き来はおろか、物資の流通まで止められた。

 

「くそッ、テューダー家の連中め! どこまでわたしの邪魔をすれば気が済むんだ!!」

 

 戦のことも、政治すらわからぬクロムウェルでも理解できる。トリステインとゲルマニアは、こちらが干上がるのを待っているのだ。

 

 疑念と怨嗟の声が浮遊大陸全土を覆い、共和国議会に非難が集中している。本来であれば、この国の頂点に立つクロムウェルが何らかの方針を示すべきなのだろう。しかし……。

 

「ああ、わたしは、わたしは一体どうすれば……!」

 

 いつも彼の側に寄り添っていた黒髪の秘書の姿が、今はない。ガリア上空に接近した途端、彼女は手持ちのガーゴイルを操り、地上へ降りてしまったのだ。

 

 操り人形のままでいることを由とし、皇帝としての矜持も責任感も、知識すら身につけていない彼にできるのは、ただただ怯え、毛布の中で震え続けることだけだった……。

 

 

○●○●○●○●

 

 ――マザリーニは戸惑っていた。

 

 降臨祭初日の行事と職務を終えた彼は風呂で身を清めた後、寝所へ向かおうとしていた。そのはずなのに……。

 

「急に呼び出して済まない、枢機卿」

 

「い、いえ、陛下のお召しとあらば」

 

 何故、こうして陛下の御前にいるのだろうか。

 

 枢機卿の困惑は留まることを知らない。そもそも、今いるここがどこなのかわからないのが、彼の混乱に拍車をかけていた。

 

 宮殿の中であることに間違いはないのだろうが、マザリーニはこんな部屋を見たことがない。トリステインの伝統的な建築のようでありながら、何かが違う。

 

(もしや、隠し部屋だろうか?)

 

 王宮のあちこちにそういった部屋があるのは周知の事実だ。緊急時に避難するための隠し階段や仕掛け扉はもちろんのこと、王族にしか伝えられていない特別な通路もある。

 

 マザリーニはそのほとんどを把握していたが、王室専用の隠し部屋までは調べ切れていない。そもそも、そのような真似をしたら不敬罪確定である。

 

(もしも推測通りだとするならば、わたしは一体どうやってこの部屋へ来たというのだ?)

 

 そんな彼に、サンドリオンは気遣うように声をかけた。

 

「ここしばらく行事が立て込んでいたからな、卿も疲れているのだろう。日を改めて、と言いたいところなのだが、この件はトリステインはおろか、ハルケギニア全土を揺るがしかねない」

 

 王の発言に、マザリーニは目を剥いた。 

 

「……まさか」

 

「ああ。卿が昨年末に提出してきた報告書の件だ」

 

 マザリーニは表面上は何事もなく、しかし内側では密かにうろたえていた。

 

 無理もない。各所から入手した情報を精査し、ある程度新王家の事情を察していた彼は、まず相談なぞ持ちかけてもらえないだろうと考えていたからだ。

 

 ロマリア連合皇国出身の聖職者。

 

 枢機卿団の一員であり、過去の教皇選出会議で次期教皇最有力候補として挙げられた人物。

 

 トリステインという異国において――いや、新王家が抱えているであろう問題に対し、脅威にしかなりえないこの肩書きがゆえに。

 

「とはいえ、本音を言えば悩んだのも確かだ。あまりにも悩み過ぎて、わし……余がそのうち倒れるのではないかと家族に心配されてしまった」

 

「それは……」

 

 何かを告げようとした枢機卿を制し、王は続けた。

 

「でな、娘にこう言われたのだ。家族であるわたしにも話せないことであれば、マザリーニ枢機卿に相談するのがいちばんなのではないでしょうか。トリステインのために、身を削ってまで尽くしてくれている方を信頼できずして、誰を信じられるのですか……とな」

 

 察しの良いマザリーニはすぐに気付いた。王に口添えをした人物が、誰であるのか。

 

「老いては子に従えと言うが、本当だな。恥を晒すが、余は肩書きだとか、出自がどうだとか……そういった余計なものに囚われて、本質を見失っていたようだ。王権の指輪を受け取ったあのとき、卿に誓いを立てたというのにな」

 

 王は立ち上がると、呆然と立ち尽くしていたマザリーニの側へ歩み寄り、彼の手を取った。痩せ衰え、艶肌を失った仕事人の手を。

 

「本来であれば、我らトリステイン貴族が成すべき責務を肩代わりし続けてくれたことに、改めて感謝する。その上で、余は卿を……宰相や司教枢機卿という立場ではなく、マザリーニという個人を信頼している。どうか、相談に乗ってはもらえないだろうか」

 

 マザリーニは胸の前で聖印を切った。敬虔なブリミル教徒が『始祖』に誓いを立てるときに用いる仕草だ。これを破るのは、信徒として最大の罪とされている。

 

「謹んでお受け致します。伺った内容は天上まで持って行くと誓いましょう」

 

 

○●

 

「おお……」

 

「これが〝幻影〟(イリュージョン)の魔法ですわ」

 

 部屋の中が輝く星空に変わる光景を目の当たりにしたマザリーニは、感嘆のため息を漏らした。それから、改めて隣にいる少女に確認する。

 

「わたしはこの魔法で、ここまで誘導されたと?」

 

「ええ」

 

「なるほど。文字通りの『始祖のお導き』というわけですな」

 

「ははは、意外だ。卿がそのような冗談を言うとは」

 

「冗句などではなく、本心です」

 

「そうか、それは悪かった」

 

 などと言いつつも笑い合うトリステインの王と宰相。

 

 ……現在、サンドリオン王とマザリーニ枢機卿に加え、ルイズ、才人、エレオノール、デルフリンガーの三名+一本が秘密の会議に参加していた。

 

 ルイズが〝虚無の担い手〟であること、才人が彼女に召喚された使い魔であること、エレオノールがヴァリエール家で最も『始祖』に関する知識を持ち、アカデミーの主席研究員であることを生かしてさまざまな調査をしていることは、既にマザリーニにも説明されている。

 

 そして今、虚無魔法のひとつ〝幻影〟を見せられ、その呪文によって造られた偽物の光景が、見慣れた王宮の通路そのものだったこと。目に映る光景の中で歩を進めることにより、彼の寝所ではなく隠し部屋に誘導されたことを教えられていた。

 

 聖地という名の夢ではなく、国の立て直しという現実を見ていた枢機卿だったが、そこはやはり『始祖』に仕えし聖職者。蘇った伝説を目の当たりにして、内心感動に打ち震えている。

 

 ――数分後。

 

 ルイズが〝幻影〟を解除したところで、マザリーニはぽつりと言った。

 

「やはり、あの不死鳥は〝ガンダールヴの槍〟で間違いなさそうですな」

 

「ガンダールヴの槍……?」

 

 ルイズの問いに、マザリーニは頷いた。それから才人に向き直る。

 

「戦場では剣よりも弓や銃を用いることが多い。何故だかわかるかね?」

 

「ええと、射程……攻撃できる範囲が広いからです」

 

「その通り。遠くから攻撃できるというのは、それだけ自分が有利になるということだ。間合いの広さは強さと言い換えてもいいだろう。聖職にあるわたしですら、そのくらいは知っている」

 

 そう言うと、マザリーニは椅子の横に立てかけられているデルフリンガーを見つめた。

 

「〝ガンダールヴ〟は左手で大剣を握り、右手に掴んだ長槍で『始祖』を護る……」

 

「始祖の使い魔を讃える、聖歌の一節ですわね」

 

「左様でございます、エレオノール王女殿下。そして、シュヴァリエ・サイト。あの飛行機械は、きみの〝長槍〟なのだよ」

 

「どういう意味ですか?」

 

 そう訊ねた才人は、濃緑のマントを羽織っていた。その襟には三首竜と五芒星が銀糸で刺繍されている。ウェールズ王子からの依頼を見事成し遂げた彼は、約束通り〝騎士〟の称号と、最下級ではあるものの、アルビオン王国貴族としての地位を得たのである。

 

「今から六千年前……『始祖』の時代において最強とされた武器は槍だった。それが時代を経ると共に、さらに遠くの敵を倒すために変化していったのだよ。槍から弓に、弓から銃に、そして大砲が現れたわけだが、どうやら天上の武器はさらに進化し続けているらしい」

 

 ぽかんとしている参加者たちに、マザリーニは生真面目な顔で説明した。

 

「『始祖』ブリミルがガンダールヴのために用いた魔法が、未だに効果を発揮しているのですよ。そして例の飛行機械のような、考え得る限り最強の武器を遠方から届けてくださる。事情を知る神官の間では、それらを称して〝ガンダールヴの槍〟あるいは〝場違いな工芸品〟と呼ぶのです」

 

「ガンダールヴのための魔法ですって!?」

 

「遠くから、武器を届ける……?」

 

 エレオノールは身を乗り出し、ルイズは小さく首をかしげた。

 

「ごく稀に、武器と共に人間も一緒に現れることもあります。ロマリア宗教庁は彼らに接触し、さまざまな情報を得ている模様です」

 

「具体的には?」

 

 王の御下問に、マザリーニは首を横に振った。

 

「残念ながら、詳細までは……」

 

 その言葉に、サンドリオンは驚きを露わにした。

 

「我が国で随一の情報収集能力を誇る、卿にも知り得ぬことだと!?」

 

「はい。『始祖』に誓って陛下を謀るような真似は致しておりませぬ。そもそも〝槍〟と共に人間が送り込まれてくること自体が稀で、かつ、彼らが現れるのは決まって聖地の周辺なのです」

 

「ふむ、エルフの目をかいくぐってハルケギニアまで辿り着くことなど、普通なら無理だな」

 

「おまけに、エルフから逃れても周囲は熱暑の砂漠。そこから道を違えれば、妖魔どもが跋扈する蛮族領域。土地勘のある東方商人たちならともかく、生き残ることすら不可能でしょう」

 

 ふたりの会話を聞いていた才人は、なるほどと思った。

 

(シエスタのひいおじいちゃん……佐々木少尉はゼロ戦ごとこっちに来たから、生きたままタルブまで来られたんだな。それなら学院長先生の命の恩人ってひとは、もしかして特殊部隊の隊員とかだったのか? それなら装備次第で砂漠を抜けられるかもしれないし)

 

 学院長先生と会った時点でかなり弱ってたみたいだけど。などと考えていた彼をよそに、王と枢機卿の話は続いていた。

 

「ロマリアは、数百年ほど前からエルフたちに悟られぬよう秘密裏に聖地へ人員を送り込み、周辺を調査しておりました。そこで偶然の邂逅があり、初めて人間が来ることもあると知った次第でしてな。しかし、常にかの地を見張れるわけもなく……」

 

「巡り合わせが良くなければ出会うことすらできない、ってことね。それじゃあ、ロマリアが〝来訪者〟の情報を独占しているのも無理ないわね」

 

 エレオノールの言に、マザリーニは頷いた。

 

「それとは別に、調査員たちが聖地から〝槍〟を持ち出して、ロマリアの地下墓地(カタコンベ)に溜め込んでいるようです。彼らと接触すれば、例の不死鳥のような〝ガンダールヴ〟専用の武器を融通してもらえるかもしれませんが……」

 

「却下だ。ルイズの系統を公にして、ロマリアや野心を持つ貴族たちに利用されたくない。無用な争いを起こすつもりもないし、聖戦などもってのほかだ」

 

「承知しております。もしもロマリア側から特殊な武器に関する持ちかけがあった場合、何らかの探りを入れられているとお考えいただければと」

 

 このやりとりを聞いていたルイズが、ほっと息を吐く。

 

(枢機卿とお話できて良かったわ。父さまや姉さまならともかく、わたし……そこまで強い武器がもらえるならって、ロマリアの手に引っかかっていたかもしれないもの)

 

 才人の身を守るために必要だなどと説得されたら、ふらふらと乗っていたかもしれない。さすがに、その思いは胸の内だけに留めておいたわけだが。

 

「実のところ、今回の戴冠式にわざわざバリベリニ枢機卿を派遣してきたのは……新王家の見極めと〝担い手〟を探すためとしか思えません」

 

「卿もそう感じていたか」

 

「では、陛下も?」

 

「ああ。あの男、切れ者だがまだ若い。おそらく無意識にだろうが、余が填めている水のルビーを見ていたよ。それに……」

 

「他にも、何かお気付きに?」

 

「これはウェールズ皇太子から聞いた話だが、なんでもアルビオンの暫定政府にロマリアの神官が訪ねてきたそうだ。ご無事で何より、であるとか、さすがは『始祖』の直系だとか、心にもない見舞いの言葉をつらつらと述べて濁していたが、そやつが本当に知りたかったのは、始祖の代から伝わる秘宝が無事かどうかだったそうだ」

 

「その話は、いつ?」

 

「今朝だ。父君の名代として新年の挨拶に来た彼から直接、な」

 

 マザリーニは呻き声を上げた。

 

「アルビオン王家の生き残りは彼らだけ。なればこそ、ですか……」

 

「うむ。始祖の秘宝は虚無の魔法書でもある。ロマリアとしては、どうしても抑えておきたい品なのだろうからな」

 

「それは始祖の祈祷書も同じこと。ルイズ王女殿下、くれぐれも取り扱いにはご注意ください」

 

「わかったわ」

 

「それにしても……」

 

「どうかしたかね? エレオノール」

 

「『始祖』ブリミルがハルケギニアでなく、聖地に〝槍〟を送り込む魔法をかけた理由がわからないんです。おそらく、何か深いお考えがあってのことだと思いますが」

 

 王女の疑問に答えたのはマザリーニだ。

 

「あくまでわたし個人が立てた仮説ではありますが、聖地の近辺に遠方の国と繋がる魔法的な穴が開いており、そこから〝槍〟が送り込まれているのではないかと……」

 

 ガタンと音を立て、椅子から立ち上がる才人とエレオノール。

 

「それ、たぶん正解です!」

 

「そう、それよ! 『始祖』は扉を開いて聖地に降臨した……きっと、その穴の向こうにあるのが『始祖』ブリミルの故郷に違いないわ!」

 

 ふたりの、特にエレオノールの剣幕にたじたじとなりながら、マザリーニは訊ねた。

 

「申し訳ありませんが、詳しくお聞きしても……?」

 

 エレオノールはかつて自分が書いた論文について、異端審問覚悟でマザリーニへ告白し、才人はゼロ戦とオスマン氏の持つ『破壊の杖』の来歴から、奇しくも彼女と同じ結論に達していたことを説明した。

 

 ……なお、それを聞いたサンドリオン王とエレオノールの才人に対する評価が、ほんの少しだけ上昇している。

 

「なるほど。一度関係者全員が集まった上で、情報を整理したいところですな。オスマン氏とガリアの大公姫殿下、それと彼女が喚び出したという東の参謀殿からもお話を伺いたく」

 

「タバサがオルレアン大公姫……やっぱりあの子、王家の血を引いてたのね」

 

「おちび。あなた、知ってたの?」

 

「ううん、そうじゃないかなって思ってたの。気付くまでに時間がかかっちゃったけど。あの子の名前、どう考えても偽名だし……わたしと同じく、人間を喚び出してるのよ? ミスタは偶然の事故だって言ってたけど、もしもそうじゃなかったとしたら……」

 

 ルイズは全員を見回してから、ぽつりと言った。

 

「まだ目覚めていないだけで、あの子も〝虚無の担い手〟なんじゃないかしら……?」

 

 と、ここまで沈黙を続けていたデルフリンガーがカタカタと揺れた。

 

「いんや、違うな。あの娘っ子からは、なんっつーか気配が感じられねえ。使い魔の兄ちゃんも、相棒と同類って感覚が一切なかったからな」

 

 才人は目を丸くした。

 

「気配?」

 

「おうよ。相棒と武器屋で会ったとき、すぐに『使い手』だってわかっただろ」

 

「その『使い手』とやらが何なのか忘れてたけどな! って、そうじゃなくて! お前、俺の同類ってどういうことだ?」

 

 デルフリンガーはかちかちと鍔を鳴らす。

 

「俺っちはガンダールヴのために造られた『盾』だが、同じブリミルの使い魔に触れれば気付くぐらいのことはできるさ。あの蒼い娘っ子や使い魔の兄ちゃんに触られたことがあるんだがよ、そんな気配、ちっとも感じなかったからな」

 

 ルイズがぷるぷると震えながら叫んだ。

 

「このボロ剣! そういうことは最初から言いなさいよ!!」

 

「今まで忘れてたんだもんよ、しょうがあんめえ」

 

「あんた、いっつもそればっかりじゃないの!」

 

 そのやりとりを聞いたサンドリオン王とマザリーニが噴き出した。

 

「そのあたりは本人たちから改めて聞くとしよう。オールド・オスマンが言うには、ガリアから戻り次第、打ち合わせがしたいと申し出てきたそうだからな」

 

「賛成です。わたしとしても、大公姫殿下に接触してきたという神官の話が気になりますし、何よりルイズ王女殿下の系統を探り当てたという、東の参謀殿の知識に触れさせていただきたく」

 

 ふたりに同意するその他の参加者達。だが、その会談でロマリアがガリアに仕掛けたおそるべき陰謀が明らかになろうとは、今は知る由もなかった――。

 

 

 




なんと マザリーニ が
なかまに なりたそうに こちらをみている!

なかまにしますか?

 ニア はい
   いいえ

明暗くっきりの聖職者たち。
カトレアさんは、影ながらお父さんとその部下を支えているようです。

次回更新も、また二週間前後お時間をいただきたく。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。