第32話 仲間達、水精霊として集うの事
太公望に連れられて中庭へやってきた少年は、レイナールと名乗った。彼はタバサたちの隣のクラスに所属している二年生だという。
「ずっと前から、君たちのことが気になっていたんだ」
そう言ってにっこりと笑った少年は、ここに至った経緯を語り始めた。
――レイナールは、ここ1ヶ月ほど前から中庭で行われていた『あること』が気になっていた。最初のうちは他のクラスメートたちも同じように思っていたようだが、彼らはたったの数日であっさりと興味をなくした。何故なら、そこに平民が混ざっていたからだ。
「平民と貴族がなれ合うだなんて、どうせロクなことじゃない」
そう言って笑いながら去って行った彼らについてはどうでもいい。
「けど、あれは一体どういうことなんだ?」
日を追うごとに動きが良くなっていくゴーレムの集団。それらをなんと剣1本でなぎ倒し、あるいは蹴りによって地面に叩き伏せていく平民の少年の、なんと力強いことか。
レイナールは『ライン』クラスのメイジで、学院内での成績はそこそこ上位に入っている。特に〝
それだけではない。この1年間『ゼロ』と笑われていた少女が、箒に乗るという常識では考えられない方法を採ってはいるものの、通常の〝飛翔〟よりもずっと速く軽快に空を舞う姿も彼の興味を引いた。
他にも、同じ
そして、ついに昨日――彼は見てしまったのだ、決定的なモノを。
『見えない壁』。そこに次々と投げかけられる魔法。だが、それはまるで盾のように全てをはじき飛ばした。とはいえ、書物で学んだエルフの
「あんな魔法、ハルケギニアには存在していないはずだ! と、そういえば……」
そこでようやくレイナールは気がついた。あの異国風の装いをしているメイジ――名前はタイ……なんとかというらしい彼は隣のクラスの『雪風』が召喚事故によって呼び出してしまったという、東方ロバ・アル・カリイエのメイジではなかったか?
「もしかすると……彼らはみんな、東方の魔法を教えてもらっているのか!?」
レイナールは胸の高鳴りを抑えることができなかった。それも当然だろう、そもそも東方諸国とのやりとりをしている商人自体がごくごくわずか。かの地に関する情報はほとんど無いといっても過言ではない。
「杖をふるって使えているということは……使い方はハルケギニアとだいたい同じなのかな。それが東方流にアレンジされているのか、それとも東方独自の魔法が存在するんだろうか? くうッ、彼らと直接話ができればなあ!」
レイナールは悔しかった。あの場にいる貴族たちのほとんどがトリステインでも有数の大貴族ばかり。かたやレイナールの実家はというと、お世辞にも良い家柄とは言えない。あきらかに家格が上の者たちに声をかけるのは、大変な勇気がいることだった。
トリステイン魔法学院には「学院内において生徒を地位や家柄、爵位にとらわれることなく平等に扱う」という教育方針がある。そうでなければ、共に机を並べて学ぶことができないからだ。とはいうものの、それはあくまで建前であり、いざ生徒同士が交流を――となれば、それなりのきっかけが必要だ。レイナールが彼らと同じクラスであれば、
「ぼくも仲間に入れて欲しい」
そう声をかけるだけで良かったのだ……実際に入れるかどうかはともかくとして。しかし、不幸にも彼は別のクラスに所属していた。
「ここは勇気を出して、前進すべきだろうか。いやしかし……」
そんなふうに迷っていたレイナールだったが、意外や意外。なんとその翌日に、思わぬ機会がやってきたのだ。
普段と同じようにアルヴィーズの食堂で昼食を摂っていると――いつの間にか、テーブルの中央付近にひとだかりができていた。いったい何事だろう? そう思って席を立ち、奥を覗いたレイナールは驚いた。正確にはそこで繰り広げられていたやりとりに。
一見すると、よくある男女の駆け引きのように思えた会話が、実は相手の興味を引きつけるための技なのだという。少なくとも、魔法学院で学べるようなものではない。
「なるほど。相手の興味を引く、か」
レイナールが思考の淵へ沈み込もうとした矢先、ふいにその発言が聞こえてきた。
「あのな……おぬしらは貴族であろう? ひとから何か聞きたいのなら、せめて気を利かせるべきではないのかのう?」
――気を利かせる。
(つまり、ここで彼の興味を引くような何かができれば――もしかすると、声をかけるための良い機会になるかもしれない!)
そう考えたレイナールは周囲を観察し始めた。
催促されドタバタと走り出した、自分以外の者たち。例の人物の目前に積み上がってゆく果物やデザート。彼らと同じことをしても歓心を得られないだろう。と――レイナールは、あることに気が付いた。
(もしかすると、これなら――!)
――それから約20分後。レイナールの前に彼が立っていた。
「わしの名は太公望。さきほどの心遣い、感謝する」
レイナールは、内心でぐっと拳を握り締めていた。
(やった! 予想通り、ぼくに興味を持ってもらえた!)
その思いを一切表へ出さずに、彼は生真面目な表情で答えた。
「こちらこそ。ぼくはレイナールだ。あの話、すごく興味深かったよ」
「ふむ、レイナールというのか。おぬし……時折
言われて、レイナールはどきりとした。どうやら気付かれていたようだ――しかし相手の口調は、見ていたことに対して責めるようなものではない。なら、正直に答えたほうがいいだろう。そう判断した彼は、返すべき言葉を選び、繰り出した。
「さっきの件ではないよね?」
この返しに相手は満足したようだ。笑みを浮かべ、レイナールにこう言った。
「のう、おぬし。
「これから授業が始まるから、放課後からでいいかな? その……いつもの場所で」
目の前の男――太公望はニヤリと笑い、頷いた。
――そして今。念願の仲間入りを果たしたレイナールは彼らが集うテーブルの横に並んだ椅子に座り、太公望の話を聞いていた。
「実はな、さっきの話をしている途中、ひとだかりができたであろう?」
「ええ。それがどうかしたのかしら?」
太公望の言葉に、首をひねって疑問を呈すモンモランシー。
「そのとき、わしは『ひとの話が聞きたいなら、気を利かせろ』と言った」
「覚えている」
「あ、俺も」
「デザートたっくさん集まってたものね」
口々にそのときの様子を語る少年少女。彼らが静まるのを待って、太公望は続けた。
「そこでな……たったひとりだけ他人と違う行動をした者がいたのだよ」
そう言って、レイナールへ顔を向ける。当然のことながら全員の視線が彼へと集まる。レイナールはなんだか照れくさくなって、頭を掻いた。
「他の者たちが周りと同じようにデザートや果物を持ってくる中で……このレイナールだけが、食堂のメイドたちが集っていたところへわざわざ歩いて行ってな、そこにいたシエスタに声をかけて、新しい茶をわしを含む仲間たち全員に出すよう命じていたのだ」
「えっと、言いたいことがよくわからないのだが」
ギーシュの疑問に、太公望はそれならば――と、詳しく解説を始めた。
「まずはだ……レイナールはわしが飲んでいた茶が無くなりかけていることに気がついた。しかも時間の経過で、冷めていることにも目が行った。まだわしの話は続く、しかも長くなりそうで、さらには食べ物はたくさんあるのに飲み物がない。そのことに気付けたのは彼だけだったのだよ」
太公望はレイナールに言を向けた。
「どうだ、わしの推測は当たっておるかのう?」
「うん、その通りだ」
「だからあたしが頼む前に、新しいティーセットが届いたのね。気が利くじゃない、あなた」
キュルケの称賛にうっすらと頬を赤く染めたレイナール。彼女のような美人に褒められたら、男なら誰だって悪い気はしないだろう。
「では、次だ。レイナールよ、おぬしに聞きたい。あそこでわざわざ立ち上がって、あえてシエスタに茶の用意を依頼したのは何故だ?」
「それは……側に使用人の子がいなかったということもあるけど、あの黒髪のメイドはそこにいる彼……ええと、あとで名前を教えてもらえるかな?」
そう言うと、レイナールは才人に視線を合わせ軽く右手を挙げる。才人はそんな彼と同じように手を挙げた後、笑顔で頷く。
「彼と食堂でよく話をしていたよね? だから彼女に頼めば、ぼくが自分でお茶の種類を選んで頼むよりも、ずっと君たちが好むものを出してもらえると思ったんだ。でも、それが確実とは限らないから、念のため本人のところへ確認をしに行っただけのことさ」
感心の声を上げる一同。ニヤッと笑い、レイナールの肩の上にぽんっと手を置いた太公望は、どうだと言わんばかりに周囲を見渡した。
「素晴らしいであろう? 他の者たちがただ周りを真似するだけであった中、レイナールだけがここまで考えて行動していたのだよ。しかも、よりよい結果が得られるように。こんな人材に声をかけないでどうするというのだ!」
確かに彼が好みそうな人材ではある。タバサは納得顔でレイナールを見た。しかし太公望が次に放った言葉で、思わずその場に崩れ落ちそうになった。
「こういう有能な人材が多く集まれば、わしも堂々と怠けられるというものだ!」
才人が盛大にツッコんだ。
「お前がサボるために勧誘したんかよ!」
「というかだね、ミスタは例の畑に関わっていないだろう?」
「他に何かしてたっけ?」
「覚えがないわ……」
「失礼な連中だのう! 畑の前準備も、この後に控えた冒険に関する交渉や手続きも、全部わしがやっておるではないか!!」
「ああ、そういえばそうだったわね」
「忘れていた」
「タバサよ、おぬしまでそんなことを言うのか……」
「畑? 冒険? それに交渉って何のことだい?」
「ああ、それはだな」
蚊帳の外に置かれてしまったレイナールが至極当たり前の疑問を呈す。太公望がそれに答えると、少年は驚きで目を丸くした。
「ちょっと待ってくれよ! きみ、僕たちと同じくらいの齢だろう? あの食堂での話術もそうだけど、一体どこでそんな知識を!?」
少なくとも魔法学院で学べるような内容ではないし、食堂での教師たちやここにいる仲間たちの反応を見るに、爵位の高い家に伝わる知識というわけでもない。もしかすると、東方では当たり前に習えるのだろうか?
その疑問に答えたのは才人だった。
「そりゃあ閣下だもんよ」
「閣下?」
訳が分からないといった顔をするレイナールと、目を剥く太公望。
「この集まりが内緒だって話、もうしてあるんだろ?」
「もちろんだ」
「なら、先に言っといたほうがいいんじゃないか? モンモンにもまだ説明してないし」
「だから、モンモンはやめてちょうだいって言ってるでしょう!」
――只今才人による説明中です。しばらくお待ち下さい――
「か、彼が東方軍の、た、退役軍人!?」
口をあんぐりと開けているレイナールに、才人が追い打ちをかける。
「冗談みたいな話だろ。おまけに、この顔で二十七歳だぜ?」
「やっぱりそれ、嘘じゃない、の……よね?」
顔を引き攣らせてるモンモランシーを見て、太公望はため息をついた。
「わし、この1ヶ月でもう何度同じ答えを返したんだろうか。
「ええええええええ!!」
この言葉を聞いても、まだ信じられないといった風情のレイナール。そして、同じくここで初めて太公望が元軍人であることを知ったモンモランシーは揃って半信半疑といった表情を浮かべていた。それに苦笑でもって答える太公望。
「まあ、それが普通の反応であろうな。いきなり納得されるほうがある意味怖いわ」
ずり落ちた眼鏡の位置を直しながら、レイナールは言った。
「あなたが
「
「わかった。これからよろしく、サイト」
「おう、こっちこそよろしくな!」
がっちりと握手を交わす二人。と、才人が全員を見回しながら言った。
「なあみんな、だいぶ人数も増えてきたし、そろそろこの『仲間』のチーム名を決めないか?」
「賛成!」
「いいわね」
「たしかに『仲間』は言いづらかった」
異議なし! とばかりに拍手する面々に、太公望は提案した。
「全体の編成も、ほどよく揃ってきたしのう。何か良い案はないか、みんなで話し合ってみるのだ」
そう彼が促すと、全員が一斉に案を出し始めた。
「トリステイン守備隊!」
「留学生もいるんだけど?」
「マンティコア隊とか」
「いや、それ実在するから」
「赤い彗星騎士団」
「ルイズの親衛隊作るわけじゃないのよ」
「アンリエッタ姫ファンクラブ」
「これ、そういう集まりじゃないから」
喧々囂々の論争を続けるメンバー。いつまでたってもまとまりそうになかったため、ついつい口を出してしまう太公望。
「なかなかまとまらんのう。どうしても決まらないなら、わしが昔臨時で組んだ、敵本拠地潜入用・特殊チームの名前をつけてしまうぞ?」
「え、それどういう名前?」
『敵地潜入用』『特殊チーム』という響きに興味を持った一同であったが――。
「ドドメ・チーム!」
――この太公望の言葉で、参加者全員が一斉に脱力した。
「却下」
「てかなんでドドメ」
「意味わかんないんだけど」
彼らの疑問はもっともである。沈痛な表情で、太公望はチーム名の由来を告げた。
「いや、くじ引きでチーム分けしたら、わしのところでドドメ色の玉が出てきてな」
「特殊潜入チームをくじ引きなんかで決めるなよ!」
「組み分けの段階で明らかにモメそうな状況だったから、仕方がなかったのだ!」
「ずいぶんとフリーダムだな、お前の国の軍隊」
このぐだぐだな雰囲気をなんとか元の流れに戻してくれたのはモンモランシーだった。
「ねえ……ちょっと思ったんだけど、トリステインは〝水〟の国よね。だから……『
「あら、それいいじゃない」
「素敵」
「うん、悪くないね」
「覚えやすい」
……こうして。後に『水精霊騎士団』と呼ばれ……トリステインの歴史上において、王国近衛部隊の伝説となる、その原型となったチームがここに誕生した――。
○●○●○●○●
――その夜。
太公望とタバサ、そしてキュルケは寮塔5階にあるタバサの部屋に集まり、小声で話し合っていた――もちろん、厳重に〝
「タバサ、そしてキュルケよ。すでにわかっていると思うが」
ふたりは太公望の目を見て頷いた。
「母さまとペルスランの救出を決行する日程について」
「うむ。キュルケの父上から連絡が届き次第、行動を開始する。こちらは既に逃亡用の風竜の手配準備及び、航路地図を入手済みだ」
「早ければ明日の朝、遅くとも明後日昼にはあたし宛てに届くと思うわ。来たら、こっそりミスタへ渡すわね」
「ありがたい。しかし、ヴァリエール家からの招待は思わぬ僥倖だ。ついでにゲルマニア見学へ行くとでもすれば言い訳が立ちやすい。そのあたりは、まずはこのメンバーで詳細を詰めていこう」
「了解。ところでタイコーボー」
「む、他に何かあるのか?」
「友人に招かれてヴァリエール家とツェルプストー家に出かけるという報告と、実際に出かけている日時をガリア王家に手紙で報せるつもりだけど、問題ない?」
「そうだのう、下手に誤魔化すよりはそのほうがよかろう。念のため、推敲だけはさせてくれ」
「わかった」
「ところでミスタ、まずはこのメンバーでって言ってたけど、誰か増やすの?」
「その通りだ。三名追加を検討している。もちろん全員顔見知りだ。今はまだ明かさないでおく」
「了解」
「そのほうがいいわね」
――静かに、だが確実に歴史は動いていた。
いっぽうそのころ。ガリア王国の首都リュティス、プチ・トロワを拠点とする王女イザベラと、彼女の『パートナー』たる王天君は何をしていたのかというと。
「イザベラよぉ……もうわかってるたぁ思うが」
「ええ、大丈夫。しっかりと掴んだわ」
「自信持っていいぜ。オメーならやれる」
王天君の声に強く頷いたイザベラは、目の前に用意された『窓』と、そこに映し出された光景ををしっかりと見据え――そして、いっきに『仕事』にかかる。
「ああ――ッ! ここに置いておいた、クッキーの皿がないッ!!」
直後『窓』の外から響き渡った大声に、ふたりはゲラゲラと大声を上げた。
「やったわ! 見事にクッキー皿入手成功よ!!」
「ククク……やっぱりオメーはセンスあるぜぇ」
王天君が開いた『窓』を利用し、厨房から直接食料をつまみ食いするという、とんでもなくしょうもない技能を習得していた――。
王天君とイザベラさまが遊んでいる間、
プチ・トロワ周辺はおおむね平和な模様。