雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第39話 雪風と軍師と時をかける妖精

「皆さんのおかげで役目を果たすことができました。このご恩は一生忘れません」

 

 涙を流し、何度も水精霊団一同へ頭を下げるジャコブ神父と村人たち。

 

「あなたがたがオーク鬼を退治してくだすったおかげで、我々はなんと天使さま自らの祝福を受け、素晴らしい泉をいただくことができました」

 

「これで水汲みの重労働から解放されます。ありがとうごぜえますだ」

 

「おまけに、こんな立派な工具を格安で譲っていただけるとは。これで旧村の復興速度も大幅に上がることでしょう。本当に有り難いことです」

 

 例のオーク鬼が持っていた鉄棍棒から作り出したインゴットは〝錬金〟によって、円匙(スコップ)や金槌などの復興作業に必要と思われる工具となり、村で買い取ってもらった。

 

 水精霊団の一同は当初無料で譲ると言っていたのだが……。

 

「これ以上お世話になるだなんて、とんでもありません! 罰が当たるというものです」

 

 というジャコブ氏以下村の住民たちとの間に太公望が立ち、

 

「こちらとしても荷物を減らしたいので、引き取ってもらえると助かる。どうしても気が引けるというのならば――街で工具を入手する際の運送料や手間賃、引き取り料を差し引いた額で購入してもらえぬだろうか? 具体的には……このくらいで」

 

 指を数本立てて見せた太公望に、ジャコブ氏は顔色を変えた。

 

「とんでもない! そんな安値でなど……最低でも、この程度は」

 

 今は神父になっているとはいえ元は傭兵、こういった交渉事には慣れているのだろう。同じく指を立てて答えたジャコブ氏に、太公望は言い返した。

 

「ぬな!? これから村を復興するというのに、そんなに出しては大変であろう。ならば、これくらいならどうだ」

 

 ……と、まあこんなやりとりがあり、市場価格よりも遙かに安い値段で売買が成立した。村は格安で今後必要な道具類が手に入り、水精霊団は重い荷物の代わりにお金を入手する。お互いに得となる取引であった。

 

 やがて別れの時がやってきた。水精霊団の一同は村人総出の見送りに手を振り返しながら、空飛ぶベッドに乗って、ふわり……ふわりと上空へ舞い上がっていく。

 

 生徒たちの胸は感動でいっぱいになっていた。オーク鬼退治で上げた想像以上の大戦果とジャコブ神父や大勢の村人たちから投げかけられた感謝の声、さらに早朝に見た『天使降臨』という奇跡が、彼らの心の中を暖かいもので満たしていた。

 

 ――それから約1時間ほどして。

 

 休憩ポイントに設定されていた川辺に到着した一行は慎重にベッドを降ろしていく。無事に着陸した後は村人たちが持たせてくれたバスケットいっぱいのお弁当を広げ、川のせせらぎを聞きながら、冒険中の話を繰り返しつつ、のんびりとした時を過ごしていた。

 

 そんな中――唐突にタバサが口を開いた。

 

「タイコーボー。あなたに聞きたいことがある」

 

 彼女の質問を、待っていたとばかりに受け付けた太公望。

 

「うむ、そろそろ聞かれる頃だと思っていた。例の羽衣の件であろう?」

 

 一同の視線が集まる。みんな気になっていたのだ。何故ならあの〝天使の羽衣〟は、確かに太公望が入手して、自分の懐へと仕舞い込んでいたはずだ。

 

 にもかかわらず、わざわざそれを内緒にしろと全員に口止めしていたことといい、その羽衣を例の天使さまが身に纏っていたことといい……はっきり言って謎が多すぎた。

 

「ふっふっふ……」

 

 そんな彼らの顔を、ニヤニヤと、実に悪い笑顔でもって見渡した太公望は、ちょっと離れた場所まで移動すると懐に手を入れ、そこに入っていたモノをささっと取り出して羽織ってみせた。

 

 それは間違いなくあの〝天使の羽衣〟であった。

 

「ウハハハハッ! 胡喜媚(こきび)に〝変化〟ッ!!」

 

 ボウンッ! という音と共に太公望の周囲でもうもうと煙が立ちこめる。突然のことに思わず仰け反ってしまった水精霊団のメンバーたち。と、煙が徐々に消えてゆき――そこに立っていたのは。

 

「喜媚ちゃん登場ッ☆ ロリッ☆ ロリッ☆」

 

 なんと、軽快なステップを踏み踊っている……『天使さま』であった。

 

「えええぇぇぇぇええええ――ッ!!!」

 

 それまでは静かだった川辺に、驚愕の叫び声が響き渡った――。

 

 

○●○●○●○●

 

「これはッ☆ 如意羽衣(にょいはごろも)と呼ばれるッ☆ 纏った者をッ☆ 変身させる〝力〟を持ったッ☆ マジック☆アイテムなのだッ☆」

 

「やめて! その喋り方と姿はもうやめてッ!!」

 

 相変わらず『天使さま』の姿で解説を続ける太公望と、半泣きでそれを止める才人を含む男子生徒陣。そりゃあ泣きたくもなるだろう、今朝方その可憐な姿で村人や自分たちを魅了し、感動を与えてくれた少女の正体が――実はその本性をよく知る、イイ歳をした男だったわけだから。

 

「不覚ッ……ゴスロリ天使というだけで萌えてしまっていた自分が情けない……ッ!」

 

 ぎりぎりと拳を握り締め、悔し涙を流す才人とそれに追随するギーシュにレイナール。

 

「現実とはッ☆ いつも残酷なものなのだッ☆」

 

「イヤァァァアア――ッ!!」

 

 そこへ、さらなる追加攻撃をかます太公望。この男、ノリノリである。

 

 遙か昔、自分が最も信頼を置く副官にして親友である青年が似たようなことをした際には、その姿を見て笑いまくっていたにもかかわらず……いざ自分がやるとなったらこの始末だ。

 

 

 ――それから数分後。

 

 ひとしきり彼らをからかって満足したのであろう太公望は元の姿へ戻った途端、こうのたまった。

 

「……と、まあこういうわけだったのだよ」

 

「どういうわけなのか最初から説明しろ――ッ!!」

 

 全員の声が川辺に木霊(こだま)した。まあ、彼らのツッコミはもっともである。これだけで理解しろというほうが無理だ。

 

「まったく。面倒だが仕方がないのう……」

 

 などとぼそぼそと呟きながら、太公望は説明を始めた。

 

「あの『天使』と呼ばれていた娘は、名を胡喜媚(こきび)という。あの姿を見てわかる通り、人間ではない。あれは、わしの国に住んでおる『雉鶏精(ちけいせい)』という妖精の一種でな……時間と空間の狭間を行き交う、伝説の〝力〟を持つ者なのだよ」

 

 ――あえて『妖怪』と言わなかったところに、彼なりの優しさを感じていただきたい。

 

「時間と空間を行き交う……伝説の妖精……?」

 

「うむ。そして、彼女が泣いたときに舞い散らす羽根や涙に触れた者は時間的退行を引き起こす。最悪の場合、生まれる前にまで戻されて、存在そのものを消されてしまうのだ」

 

 それを聞いた一同の顔色が変わった。

 

「はうう、あんなに可愛らしい姿をしていましたのに……実はとんでもない妖精だったんですね」

 

「ジャコブ神父が若返ったのは、つまり――」

 

「あのコキビという妖精の〝力〟に触れて、身体だけが時間的に逆行したからなのか」

 

「あの神父さまは十歳くらいまで若返った程度で済んだけれど、もしも運が悪かったら、赤ちゃんの姿にまで戻されていたってことかしら?」

 

「ううん、それどころか()()()()()()()ことになってしまうってことよね?」

 

 その問いに重々しく頷く太公望。それを見て、改めて戦慄するメンバーたち。

 

「若返りは、あたしたち女にとっては共通の夢だけど……」

 

「失敗したらこの世から消されちゃうっていうのは……さすがに、ねえ?」

 

「あまりにもリスクが高すぎる」

 

 と、ここまで聞いたところでタバサはあることに気が付いた。

 

(タイコーボーとあの妖精は知り合い同士。少なくとも、互いの名前を知る程度には)

 

 それからタバサは改めて自分のパートナーを見た。二十七歳という年齢の割には驚くほど若い――十四~五歳、もしかすると、それ以下といっても通用するかもしれない姿。まさか――。

 

「タイコーボー。ひょっとして、あなたはその妖精の〝力〟で今の姿に……!?」

 

 タバサの言葉に一斉に反応する一同。思わぬことで全員の注目を浴びてしまった太公望は、仕方がないと言わんばかりの表情でぽりぽりと頬を掻いた。

 

 これはある意味――特に自分の『見た目の若さ』について他者が納得できる、それらしき理由付けとして提示するには丁度良い……などと考えながら。

 

「わしとしたことがうっかり失敗して、あの娘を泣かせてしまってのう。結果、ジャコブ殿と同様に時間的退行を受けてしまったのだ。まあ、今では死なずに済んでよかったと前向きに考えることにしておるのだが……」

 

「なるほど。それで身体は子供、頭脳は大人状態になってしまったと」

 

 太公望の答えを聞いてタバサが頷いた。そんな彼女の呟きを聞いた才人が、思わずぼやく。

 

「その例え、すっげえわかりやすいんだけど……どっかで聞いたような覚えが……」

 

 改めて太公望の姿をまじまじと見た一同は、それで完全に納得してしまった。なるほど、彼の見た目が実年齢よりも遙かに若いのはあのジャコブ神父と同じように妖精の〝力〟に触れてしまったせいなのか――と。

 

 まあ、例によってキュルケが内心「それなら、精神的にはともかく年齢は釣り合うじゃないの! よかったわねタバサ……」などという、またしてもそっち系の感慨を抱いていたわけだが、当然のことながらそんなことに太公望が気付くわけもなく。

 

 ――なお、太公望が胡喜媚の『時間的退行』を受けたことがあるのは事実である。ただし、彼の見た目の若さと「それ」は、直接的な因果関係は一切ない。若いうちに〝生命〟の極意である〝不老不死の秘法〟を極めて仙人になることに成功し、年齢不詳となった。それが彼の外見に関するたったひとつの真実だ。

 

「どうして?」

 

「む、何がだ? タバサ」

 

「何故その妖精を泣かせるような真似を?」

 

「……ちと長くなるが、構わぬか?」

 

 苦い顔をしている太公望へ向けて、全員が了承の代わりにぶんぶんと首を縦に振った。

 

「実はな、わしには使い魔がおるのだ」

 

「ミスタにも使い魔がいたのかね!?」

 

 あなた自身が使い魔なのに!? という言葉を危うく飲み込んだギーシュだったが、幸いにも太公望はそれに気付いた様子はなかった。

 

「うむ。喋る……竜の子供なのだ」

 

 ――空飛ぶカバと言わなかったところに彼なりの思いやりを感じていただきたい。

 

 ちなみに、ここで太公望が〝使い魔〟という表現でもって説明しているのは、彼がかつて騎乗していた霊獣・四不象(スープーシャン)のことである。

 

 その姿は一見するとカバのようだが、頭には立派な角とたてがみがある。また、1時間限定だが、東洋風の竜と呼ぶに相応しい姿『戦闘形態(バトルモード)』に変身する能力を持つ。その他にも様々な能力があるのだがここでは割愛する。

 

「喋る竜の子供って……まさか、韻竜(いんりゅう)の幼生体!?」

 

「それは珍しい」

 

「と、いうより……韻竜はとっくに絶滅したとばかり思っていたよ」

 

「ぼくも」

 

「あたしも……」

 

 メイジたちは驚きを露わにしているが、才人とシエスタには何のことだかさっぱりだ。才人がいつものように疑問を口にすると、ルイズが得意げに己の知識を披露してくれた。

 

「韻竜っていうのはね、遙か昔……『始祖』降臨以前からハルケギニアに住まう、古代竜のことよ。高い知能を持っていて、先住魔法で人間に〝変化〟して人里に降りてくることもあったらしいわ。けど、もう何百年も姿を見たひとがいないから、絶滅したと言われているの」

 

「普通のドラゴンとは違うんか?」

 

「ええ。竜便なんかに使われている風竜や火竜は、せいぜい賢い犬程度の知能しかないわ。喋ったり魔法を使うなんて無理よ」

 

「へえ、なるほどなあ。じゃあ、すっげえレアなわけだ」

 

「珍しい、召喚するのが難しいって意味ならそうね」

 

 このハルケギニアにおいて、喋るドラゴン――韻竜は既に伝説の彼方にしか存在しないとされている。もっとも、太公望が騎乗していた四不象自体も非常に珍しい霊獣だ。その背に跨っているだけでステイタスとされる程度には。

 

「で、話を元に戻すが。胡喜媚はわしの使い魔スープーをひと目見ただけで気に入ってしまったようでのう。気だてのよい、可愛い竜であったから、彼女の気持ちはわからんでもない。だが、問題はその後だ――なんと胡喜媚は『自分が勝ったら、スープーとの結婚を許してほしい』と、わしに決闘を申し込んできたのだよ……よりにもよって、衆人環視の中で」

 

 心底疲れたといった風情で語る彼に、驚きと同情がない交ぜとなった視線を送る一同。

 

「決闘? あんな小さな妖精が!?」

 

「あきらかに結婚の意味がわかってないわよね、それ。決闘についても」

 

「周りに大勢ひとがいたところで、それは……正直対応に困るわよね」

 

「で、うっかり泣かせちゃった……と?」

 

 彼らの発言を肯定するかのように、がっくりと項垂れる太公望。

 

「なるほど、それはきつい」

 

 その場にいた全員が、太公望へと同情の視線を向けた。

 

「でだ。結局わしの負けということにして、婚約だけ許してやったのだが……お互いまんざらでもなさげに仲良くしておるので、それならばと思い、以後スープーには騎乗せずに胡喜媚と一緒に遊ばせてやることにしたのだ。そこでスープーの身柄と引き替えにと言うとアレなのだが、胡喜媚はわしにこの羽衣をくれたのだよ。蔵に仕舞っておいたのだが、わしがおらんくなったので、スープーのやつが彼女に返却したのであろう」

 

 ――その四不象を含む、仲間たちの捜索の目から逃げ回っていたとは言わない。

 

 ついでに言うと、胡喜媚との決闘は『負けということにした』のではなく『手も足も出ずに完封されかけた挙げ句、その後弄した策も失敗。彼女に完敗した』のである。さらに言えば、胡喜媚は『如意羽衣をあげた』のではなく『太公望に強奪された』が正しい。もっとも、彼女はそれからすぐに太公望を倒し、あっさりと取り返したわけだが。

 

 もちろん、そんなことは間違っても言えない……おもに、自分の威厳を保つ的な意味で。よって、それについては完全に黙っていることにした太公望であった。

 

「と、ここからは推測になるのだが……おそらく胡喜媚は自分を置いて旅に出てしまったわしのことを探して欲しいとスープーに頼まれたのだ。あやつは寂しがりやだからのう。で、彼女は『空間ゲート』を開き、このハルケギニアの地へと舞い降りて来たのであろう。妖精と呼ばれるだけあって、彼女の〝力〟は人間を遙かに上回る。そのくらいは朝飯前だ」

 

「なるほど。泣かせたりしなければ害のないエルフ……のような存在なのだね」

 

 ギーシュの言葉に太公望は頷いた。

 

「何故六十年ものズレが発生していたのかまではわからぬが、強い〝力〟を持っていても、まだまだ子供だからのう。おそらくだが、何らかのミスで別の時間軸に出現してしまったのであろうな。なにせ彼女は『時と空間を渡る妖精』だからのう」

 

 この言葉に、ふと閃いたのはルイズだ。

 

「じゃあ、もしかして『ジャコブ』っていうのは……」

 

「うむ。間違いなくわしのことだ。魔法学院には未だにわしのことを『ジェイコブ』と呼ぶ者がおるし、前にレイナールが才人の家名を『ヒラガ』ではなく『ヒリガル』と発音したであろう? あの神父殿も、おそらくそんなふうに彼女の言っていた名前を聞き間違えたのだ」

 

 タイコーボウ……タァイコゥボゥ……ジェイコブ……ジャコブ……なるほど。『ジャカルタの芋』が、いつのまにか『ジャガタラ芋』に変わって、そこから『じゃが芋』って呼ばれるようになったようなもんか……と、強引だが妙な方向で納得してしまった才人であった。

 

「と、まあ天使についてはこんなところかのう。ちなみに、あの湧き水についてはたいしたことはしておらぬ。もともと、あそこに水質のよい地下水脈があるのはわかりきっておった。だから、最も相応しい場所に〝風の針(エア・ニードル)〟で穴を開けてやったに過ぎない」

 

 そもそも、現在こうしてくつろいでいる川の水源はラグドリアン湖である。廃村に泉があったこともあり、その中間地点に位置する新村付近に水質のよい地下水脈があるのはほぼ間違いない――と、昨夜のうちに全員が寝静まったのを確認した上で、ひとり調査を済ませていた太公望であった。

 

 ……なお、そのときの彼の姿はまるでゴソゴソと這い回る家庭内害虫のようであったのだが、幸いなことに誰にも見られていなかった。

 

 ただ、そんな太公望にもいくつかわからないことがあった。それは、胡喜媚が呟いていたという『まにあわない』という一言や、それに関連すると思われる出来事についてである。

 

 六十年もの時間軸のズレ。そして、この異世界ハルケギニアを既に発見しているにもかかわらず、今だ太公望の前に誰も――まだ姿を見ていない王天君や如意羽衣を残した胡喜媚を除き――現れないこと。彼女が残した言葉はそれらに関連しているような気がするのだが……正しい答えを導き出すためには、まだまだ情報が不足し過ぎていた。

 

 そのまま思考の淵に囚われそうになっていた太公望を引き戻したのはキュルケだった。彼女は興味津々といった表情で羽衣を見つめている。

 

「ところで……その羽衣って、あの妖精の子にしか変身できないの?」

 

 その問いに、太公望はどう答えるべきかを考えた。

 

 使ってみた感触からして、自分にできるのはせいぜいよく知る他者か特定の物体に〝変化〟するのが精一杯だろう。本来の持ち主たる胡喜媚の自由自在な〝変化〟には到底及ばない。それでもあえて説明しようとするならば、実際にやって見せるのがいちばん手っ取り早い。

 

「そうだのう……キュルケに〝変化〟ッ!」

 

 再び巻き起こった煙に包まれた太公望。だが、煙が晴れた後、その姿は――キュルケのそれと瓜二つに変わっていた。

 

「才人に〝変化〟ッ!」

 

 またしても大声で変身を宣言する太公望。そして、その言葉通り彼が才人の姿に変わったのを見た生徒たちは大歓声を上げた。

 

「うわあ、面白いじゃないか!」

 

「ちょっとよく見せて!!」

 

「俺にも貸してくれよ!」

 

「わたしも!!」

 

「わたしも見たい」

 

「あ、これ! 触ってはいかんと……!!」

 

 わいわいと太公望のもとへ駆け寄って羽衣に触れてしまった彼らは、その瞬間。電撃のような衝撃を受け「きゅうんっ!」と、散歩中にうっかり打ち水を掛けられてしまった子犬のような悲鳴を上げてその場に崩れ落ちてしまった。

 

 ところが、その中に無事だった者たちがいた。『呪い』についてよく覚えていたため、羽衣に触れなかったルイズとレイナール、貴族さまの持ち物に触れるだなんてとんでもない! と、遠慮していたシエスタ。この3人についてはまあいいだろう。問題は……。

 

「さわり心地は絹のよう。それに、何か不思議な〝力〟を感じる」

 

 一斉に崩れ落ちた友人たちの様子が全く目に入らず――それどころか、羽衣に魅入られてしまったかのように、ただひたすら触れ続けているタバサである。

 

「た、タバサよ……おぬし、こ、これに触れて、なんともないのか……?」

 

 太公望は驚愕していた。これはあきらかにおかしなことなのである。

 

 〝如意羽衣〟はれっきとした宝貝の一種。本来であれば仙人あるいは道士以外の者が触れた場合、よくて気絶。長く手に取り続けた場合――持ち主の〝生命力〟全てを吸い尽くし、ミイラのように乾いた状態にしてしまうという、怖ろしい道具なのだ。

 

「ん……特には」

 

 と……ここでようやくタバサは周囲の様子に気が付いた。自分の周囲にいた者たちのほとんどが、その場に倒れていることに。

 

 とりあえず無事だった者たち全員で倒れた彼らを一箇所に集めて寝かせ終えると、太公望は改めて検証を開始した。

 

「何故だ!? これは本来わしの国の術者にしか触れられぬはず。そのための厳重な感知用プロテクトがかけられておるからだ。現にこやつらは気絶しておるというのに……!」

 

 慌てふためく太公望に声をかけたのはルイズだった。

 

「感知……? ねえミスタ、ひょっとして『感覚の共有』じゃないかしら?」

 

「む、ルイズよ。それはどういうことなのだ?」

 

「えっと、本来〝使い魔〟は主人と視覚や聴覚を共有することができる……ってことは、当然知ってるわよね?」

 

 そのルイズの言葉に、はっとする太公望。

 

「そうか! わしはタバサの使い魔だから……!」

 

「ええ。もしかすると、ミスタとその魔道具を使うための特殊な『感覚』を共有できているんじゃないかしら」

 

 太公望は腕組みしながら考えた。

 

(わしの仙人としての感覚を、タバサが使い魔と主人の絆で結ばれた特別な何かでもって共有している? まさかとは思うが、もしもそれが事実であるならば……試してみる価値はありそうだ)

 

 そうして『ご主人さま』に視線を向ける。

 

「ふむ、タバサよ。ちとこの羽衣を纏ってみるのだ。そのマントは邪魔になるだろうから、とりあえずいったん外して、だぞ」

 

 言われた通りにするタバサ。やはり直接〝如意羽衣〟に触れても、なんともないようだ。それどころか羽衣は彼女のことを所有者として認めてしまったようだ。その証拠に、初めて太公望が触れたときと同じように淡い光を放っている。

 

「では次に……頭の中でその羽衣に向かって念じてみよ。『浮かべ』……とな」

 

 タバサは太公望の言葉通りに念じてみた。魔法で空を舞うときのようなイメージで。すると、彼女の身体はふわりと宙へ浮き上がった。まるで〝浮遊〟(レビテーション)で持ち上げられたかのように。

 

「と、飛んでる!」

 

「浮いた! 浮いたよ!!」

 

「す、すごいですね……!」

 

 ――そう。〝如意羽衣〟には、変身以外にも持ち主の思うがままに宙を舞う能力がある。〝飛翔(フライ)〟で空を飛び慣れている彼女なら、もしかすると……そう考えて実行させてみた太公望であったが、予想以上に馴染んでいるその姿に驚いてしまった。

 

 その上で、太公望は改めて脅威を感じた。

 

(これは……ひょっとすると『打神鞭』に触れても大丈夫かもしれぬな。だが、かの宝貝に取り付けられている『太極図』は、タバサにとってあまりにも危険すぎる!)

 

 何故なら『太極図』は宝貝の中でも特に強い〝力〟を秘めた『最強の7つ』の一画を占める特殊な『超宝貝』なのである。太公望自身、初めて手にした時に、ただそれだけで気を失いかけた程だ。

 

 太公望は現在の自分自身の状態についても確認してみた。如意羽衣へ〝力〟が吸い取られているような感覚は一切無い。

 

 つまり〝生命力〟の供給はタバサ自身から行われている。よって、下手に『太極図』へ触れさせたが最後、それだけで彼女を死なせてしまうかもしれない。そう判断した太公望は、急いでタバサ本人の状態を調べることにした。

 

「ふむ、タバサよ。ちと確認させてもらいたいのだが……その羽衣の正しい使い方がわかるか? そうだのう……例えて言うならば、頭の中に使い方の説明が入り込んでくるような感覚はあるか?」

 

 タバサは首を横に振った。

 

(なるほど。飛行能力は利用できるが、現時点では変身できるほどの〝生命力〟がないため、羽衣自身の判断でもって封印を施しているのか)

 

 そう判断した太公望は改めて補足をしておくことにした。彼女に危険が及ばぬように。

 

「以前、全ての生物には〝気〟と呼ばれる〝力〟が宿っているという説明をしたと思う。その羽衣はその〝気〟――別の言い方をすると〝生命力〟を変換することで奇跡を起こすアイテムなのだ。よって、使い過ぎれば当然のことながら死に至る危険性がある」

 

 その言葉を聞いて、あわてて地上へ降りてきたタバサ。心なしか彼女の顔は青ざめていた。それを見て「これは少し驚かしすぎてしまったか?」などと内心苦笑した太公望は改めて〝気〟に関する説明を追加した。

 

「そう慌てなくても大丈夫だ。〝気〟が減るということは、身体が疲れるということだ。よって、すぐに限界が判断できる。まずいと思ったら、単に使うのをやめればよいだけなのだから」

 

 と、タバサはその太公望の言葉を聞いて非常に有益なことを閃いた。

 

「もしかして、この羽衣で空を飛びながら魔法を使うことが……?」

 

 彼女の言葉を肯定するように、太公望は頷いた。

 

「うむ。使い慣れれば〝飛翔(フライ)〟の倍近い速度で飛びながら、全く別の魔法を使うことすら可能となるだろう。おまけに〝精神力〟を消費せずにな。ただし、それには『複数思考』の訓練が必要で、かつ『瞑想』と『空間座標指定』の修行をさらに先へと進める必要がある。もちろん〝生命力〟つまり体力の増強も必須だ。おぬしは……」

 

「その訓練を受ける」

 

 その答えを受け、満足げに頷いた太公望はこう言った。

 

「そうか、ならばその羽衣はおぬしにやろう。ただし、わしが使いたいと申し入れたときには貸し出してもらいたい。それでもかまわぬか?」

 

「本当に……?」

 

 予想だにしなかった太公望の申し出に、目を輝かせたタバサ。それは当然だろう、こんな貴重な魔道具をもらえるというのだから。

 

「それをおぬしに贈るのは修行の役に立つということと、そもそも女性用に作られているので、男のわしが身につけるというのはおかしな話だからなのだ。ただし、例の『呪い』の件があるから、他者が絶対に触れないような形で所持せねばならぬ。それだけは、くれぐれも気をつけるのだぞ」

 

 その言葉に、タバサはコクコクコクと激しく頭を上下することで応えた。だが、実際のところ太公望は敵の多い彼女の護身用具として〝如意羽衣〟を手渡したのだ。もしも杖を奪われたとしても、最悪この羽衣さえ持っていれば、空を飛んで逃げることが可能であろうから。

 

「確かに、羽衣といえば女性的な印象がありますよね。本当に素敵ですわ!」

 

 そう言って褒め称えるシエスタ。

 

「それ、すっごく綺麗よね……タバサが羨ましいわ」

 

「おまけに〝精神力〟を全く使わずに〝飛翔〟と同じかそれ以上の効果が得られる魔法具か……同じく羨ましい」

 

 例の『呪い』さえなければ、是非自分たちにも貸してもらいたいのに……そう、しきりに羨ましがるルイズとレイナール。

 

 それから太公望は、非常に重要なことをタバサに言い渡した。

 

「タバサよ。ちなみにだが、わしの杖にかかっている例の呪いも感覚の共有で無効化してしまうかもしれぬ。だがのう、間違ってもあれに触れてみようなどとは思うでないぞ? あれは、ただの杖ではないのだ」

 

 そう告げて、懐から『打神鞭』を取り出して見せる。

 

「この杖……『打神鞭』は、複数の魔道具を内蔵し! かつ、わしの師が手ずから作成してくださった、わし専用にカスタマイズされた特別製なのだ。よって、その〝如意羽衣〟とは比べものにならぬほど強力な封印を施してある」

 

 言われてタバサは思い出した。

 

(そういえば、母さまを助けにいったあの晩、彼は杖の先から不思議な旗を出して広げていた。なるほど……あれ以外にも何か別のアイテムが取り付けられているのなら、盗難防止のために強力な呪いをかけておく理由になる)

 

 そしてタバサは、どうして太公望がわざわざあの『土くれ』を雇ってまで魔法具に関する情報を集め、懸賞金を簡単に放棄するほど執念を燃やしているのかについても理解した。

 

 何故なら、この羽衣のようなアイテムを複数組み合わせ、使いこなすことができたなら――とてつもない〝力〟になるからだ。事実、あのときの旗も、この羽衣も、実際に見てわかったが、間違いなく『秘宝』と呼ぶに相応しい〝力〟を持っている。その価値は、当然のことながら懸賞金などには替えられない。

 

「今はまだ飛ぶことしかできぬようだが……修行が進むにつれ、わしと同じように〝変身〟が可能となるやもしれぬ。その時がきたら、その羽衣が教えてくれるであろう」

 

 遙かな時を越えて訪れた妖精は……『雪風』に新たなる可能性を示した――。

 

 




戦闘妖精雪風、フェアリィの空へ――

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