雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第42話 最初の五人、夢に集いて語るの事

 ――人間が想像できることは、必ず実現できる。

 

(これ、昔どこかで聞いた覚えのある言葉なんだけど……どこだっけかな)

 

 才人はぼんやりとそんなことを考えながら、現在自分が置かれている状況も立場も忘れて周囲の様子に魅入っていた。

 

「さすがに冷えてきた。場所を変えて話を続けよう」

 

 数時間ほど前。才人が異世界ハルケギニアに来てから初めてまともに接してくれた魔法使いの正体が、実は中国の歴史に登場する大英雄だったという衝撃の事実が判明したのだが――才人はそれを完全に信じることができずにいた。そんなところへ、問題の『太公望』が申し入れてきたのがこの提案だ。

 

「一度自分たちの部屋へ戻り、他の者たちが寝静まる頃に改めてわしの部屋へ集合せよ。敷物と枕を持ってな」

 

 そう指示してスタスタと宿のほうへと歩いていってしまった太公望を、才人をはじめとする全員が必死で追い掛けた。その後、言われた通りに集まった一同は何やらよくわからないうちに眠らされ――気が付いたら全員揃って不思議な部屋の中にいたのである。

 

 眼前に映る光景に心を奪われていたのは才人だけではなかった。

 

 ルイズは窓から見える無数の星々に魅入っているし、キュルケは見たこともない調度品や、ふわふわと浮かぶランプに興味を示していた。タバサは床に埋め込まれていたガラスの水槽の中で泳ぐ、色とりどりの魚たちを熱心に眺めている。

 

 才人はというと、

 

(プラスチックじゃないし、大理石でもない。金属でもないみたいだけど、なんだこれ?)

 

 顔が映るほど磨き抜かれた壁に触れながら、状況にそぐわぬことをぼんやりと考えていた。と、そこへ部屋の主から声が投げかけられた。

 

「どうやら『わしの部屋』が気に入ってくれたようで、なによりだ」

 

 丸テーブルの周りをぐるりと囲むように並べられた椅子のひとつに腰掛けている男。

 

 『太公望』呂望。それが彼の名前。しかしその姿は、今まで見慣れていたものとは異なっている。黒い髪と、青い瞳は変わらない。ただ、雰囲気が一変していた。黒を基調とした高級感溢れる服装だけではない。顔や体つきが今までとは違う。明らかに、これまでよりも年齢を重ねているように見えるのだ。

 

「あとで部屋中ゆっくり見学させてやる。だから、まずは話をしようではないか」

 

 苦笑しながらそう告げた彼はかなりの童顔ではあるが、一応年齢相応には見えた。

 

(もしかすると、こっちがほんとの姿なのかもしれないな)

 

 そんなことを思いながら、才人は大人しく勧められた椅子のひとつに腰掛けた。他の女の子たちも、テーブルの周りに集まってきた。

 

「ねえ、ミスタ……ここって、もしかして『自分の部屋』なの?」

 

 窓の外に見える星のように、きらきらと目を輝かせながらルイズが訊ねる。

 

「ああ、そうだ。いや……厳密には違うな。これは魂魄移動のひとつ〝夢渡り〟と〝空間操作〟初歩の初歩〝亜空間調整〟を使い『スターシップ蓬莱』を元に創り出した心象世界(イメージ)だ。つまり、今ここにいる全員が同じ夢を見ているのだよ。だが、基本は『自分の部屋』と変わらない。これが以前おぬしに示した『道の先』だ」

 

 太公望の説明を聞いたルイズは再びきょろきょろと周囲を見回すと、嬉しげに声を上げた。

 

「努力を続けてさえいれば……いつかわたしも、これができるようになる可能性があるのね?」

 

「うむ。ちなみにこんなこともできるようになるぞ」

 

 そう言って、太公望が『打神鞭』を一振りすると――いきなり周囲が草原に変わった。

 

「これが空間操作だ。イメージを膨らませることで、いくらでも自分の好きな内装にできる。ほれ……こんなふうにだ」

 

 現在は伏羲の姿に変わっている太公望が杖をひと振りするたびに、周囲の風景が変わる。あるときは、全面がガラス張りの水槽に囲まれ、外で魚たちが泳いでいた。またあるときは豪奢な家具に囲まれた、オリエンタルな風情の一室に変化した。広い荒野のど真ん中に現れたと思ったら、何もない空中に彼らだけが浮かんでいることさえあった。

 

 元の『部屋』に戻ってきたときに、全員の胸はもう好奇心ではちきれんばかりに膨らんでいた。

 

「どうだ、面白かったか?」

 

「すごく」

 

「こんな刺激はじめてよ!」

 

「わたしも!」

 

「俺もデス!!」

 

 それはよかった。そう言って太公望は微笑むと、再び口を開いた。

 

「どうだ、才人? 地球の〝力在る者〟も、なかなかのものであろう?」

 

「あ、はい……俺たち、普通の地球人が知らなかっただけなんだ。地球にも、昔は魔法があったってこと。いや、今もあるのかな。そっか、だから世界中に神話とか魔法使いの伝承だのが残ってたんだな。なんにもない場所から突然生まれたわけじゃなかったんだ。そうだよなあ……『A.T.フィールド』まであるくらいだもんな」

 

 ――流されやすい才人少年のリアクションは、事ここに至っても相変わらずであった。

 

「そういうことだ。全ての事象には何らかの理由があるのだ。理由がないと考えられることも中にはあるかもしれない。だが、実はそれ自体が理由となる」

 

「なるほどな。だけど中国だから魔法使いじゃなくて道士とか仙人になるのかな? そこらへん、どうなんデスカ?」

 

 才人の指摘に太公望はぎくりとした。

 

(やはり、道士や仙人という呼称が残っていたか。と、いうことは……下手なことを言うと最大の秘密――不老不死に触れられてしまうかもしれぬ)

 

 そう考えた太公望は、才人がどの程度の知識を持っているのか探りを入れることにした。彼は顔色ひとつ変えず、眼前の少年に質問を繰り出す。

 

「ふむ、おぬしたちの伝承では、わしら〝力在る者〟はそんな名前で語られておるのか……もしよかったら説明してはもらえぬだろうか」

 

「は、はい。でも、あくまで全部おとぎ話の知識ですよ? えっと、国によって違うから知ってるやつを挙げてくけど、日本なら魔法使いとか魔術師、あと陰陽師(おんみょうじ)に……霊媒師(れいばいし)? 中国なら道士や仙人。他だとウィザードとかドルイド、マジシャンは手品師だから違うか。マジックユーザーなんて呼び方もあった気がする」

 

「ずいぶんと数があるのう。皆メイジと同じ扱いなのか?」

 

「そんなことねえ、いや、です。でも、魔法使い・魔術師・ウィザード・マジックユーザーはイメージ的にメイジに近いかな。このへんは呼び方が違うだけでだいたい同じだと思う」

 

「なるほど」

 

「俺の国の陰陽師はちょっと独特で、魔法というよりまじないとかの使い手だった……と、記憶してます。未来を占ったり、敵を呪い殺したり、逆にそれを防いだり……」

 

 必死に自分の中の知識……おもに漫画やゲームのそれを引っ張り出す才人。

 

「ちなみにだけど、呪いはそれよりも強い〝力〟で呪い返すことで、何倍も強くして跳ね返すことができるみたいだ、です。だから『呪い合戦』は相手の力量見てやらないと自滅するっていう危険がある……ます。似たようなのに〝解呪師〟がいて……これは、名前の通り呪いを解く専門家」

 

 才人の語った〝解呪師〟という言葉にタバサとキュルケが反応した。

 

「〝解呪師〟って、たしかミスタがそうだったわよね?」

 

「前に聞いた」

 

 その言葉に太公望が頷いた。

 

「うむ。タバサとキュルケは既に知っておることだが、わしは〝解呪〟のエキスパートなのだ。ちなみにさっきの話に出てきた〝呪い返し〟もできるぞ。敵が放った術の〝力〟を支配し、威力を増大させた上で撃ち返す技だ。ただし見切りと解析に失敗すると、当然のことながら全部まともに食らってしまうので、あまりやりたくないことではあるのだが」

 

 ――真名・Bクイック。本来ならば、太公望とその親友が組んで行う合わせ技である。

 

(……ああ、そういえばラグドリアン湖でそんなことがありました)

 

 当時を振り返ったキュルケは冷や汗をたらした。放った〝火球〟(フレイム・ボール)が倍以上の大きさになって戻ってきたあの衝撃は、今でも忘れられない。

 

(アレって、実はエルフの〝反射〟や、ヴァリエールの『壁』よりも質が悪かったんじゃないの! サイトのおかげで助かったけど、もしもあたしひとりだったら……!)

 

 キュルケの身体が知らず震える。

 

 太公望は、当然それを覚えていて、わざと口にしているのである。「あんなこと、次にやったら承知しないぞ!?」的な警告を暗に送る意味で。

 

「霊媒師は幽霊を見たり、話せたりするらしいんだけど……あ、そういやハルケギニアに幽霊っていんの?」

 

「いない」

 

 即答するタバサ。

 

「え、そんなことないと思うんだけど。お話なんかによく出てきて……」

 

「いない」

 

 ルイズの反論を即座にぶった切るタバサ。よくよく見ると、あまり顔色が良くない。

 

 実は彼女、こういった類の話が苦手なのである。今でこそだいぶ恐怖心は薄れているが、子供の頃はそれこそ夜中にカーテンの端がちょっとめくれただけで、執務中の父親の部屋に駆け込んでしまったくらいの怖がりだったのだ。

 

「と、ところで地球に幽霊は……」

 

「いない、と言ってやりたいところだが、その霊媒師とやらは魂魄だけで彷徨っている者の姿が見えているのではなかろうか」

 

「こんぱく?」

 

「生物全てに宿る魂のことだ。普通は肉体の滅びと同時に消え去るのだが、ごく稀に自分が死んだことに気付かず生前住んでいた土地の近くに留まっていたり、人形などに乗り移ったりする事がある。遺言を残すために枕元に立つ、なんて話もあるくらいでのう。地球ではもちろんのこと、ハルケギニアに来てからも何度か見ておる」

 

「マジすか」

 

 はたと思い出すルイズ。

 

「そういえば、ここへ来るためにミスタは〝こんぱく〟を操作したとか言ってたわよね。なら、見えるのは当たり前だと思うわ」

 

 全員の視線が太公望に集まる。

 

「その通りだ。さすがは学年一の優等生、よく覚えておるのう」

 

「うわ、日本の霊媒師ってマジモンだったのか……インチキだと思ってたのに」

 

 褒められた喜びでほんのり頬を赤らめるルイズと青くなる才人。小さく震えているタバサ。親友の珍しい表情が見られたとばかりに観察しているキュルケ。

 

「それはともかく、説明を続けてくれんかのう?」

 

「あ、ご、ごめんなさい。俺の国だとこのくらいかな。あとは中国の道士と仙人か。うーん、ハルケギニアのメイジに近いのは道士かなあ。風を吹かせたり、雷を落としたり、雨を降らせたり、火を起こしたり――あとは万能薬を作って病気を治したりとか」

 

 この解説に大きな反応を示したのはルイズだ。

 

「ミスタは、もしかするとこの〝道士〟に近いのかしら?」

 

「話を聞く限りではそのようだのう。ただしわしは薬の類は一切作れぬし、医術の心得もない。修行不足だとよく師匠に怒られていた」

 

「さすがに、そこまで上手くいくとは限らないのね……」

 

 ルイズはがっくりと肩を落とした。

 

「なんだ? もしや、おぬしの家族に病気を患っている者でもおるのか?」

 

「ええ。腕のいいお医者さまに何度も診てもらってるんだけど……全然良くならないの。苦しがって、ずっと寝込んでいるわ。ミスタ・タイコーボーならもしかすると、って思ったんだけど……」

 

「実は何者かに呪われている、あるいは魔法の毒を飲まされたなどということは?」

 

「父さまたちがその可能性も調べたわ。でも、何も見つからなかったの」

 

「そうか。呪いや魔法薬の類であれば、わしがなんとかしてやれたかもしれぬのだが」

 

「ううん、気にしないで。あ、と、ごめんねサイト。話、続けてもらえる?」

 

 珍しく素直に謝るルイズに戸惑いながら、才人は再び口を開いた。

 

「お。おう。あとは仙人だけど……これは、なるための条件が滅茶苦茶厳しいんです。ちょっと……言ったら悪いんですけど太公望、さまにできるとは思えなくて」

 

 心底申し訳なさそうな顔をしている才人へ実に不満げな表情で答える太公望。

 

「のう、才人よ。さっきから気になっておったのだが、おかしな敬語と様づけなんぞやめてくれんか? 正直言って薄気味悪い。前にも言ったがわしは堅苦しいのが苦手なのだ。今まで通りに対応してくれ」

 

「いや、でも……」

 

「今更何を遠慮しておるのだ。わしがかまわぬと言っておるのだから、かまわぬ」

 

「かといって、本物の太公望さまなら『閣下』なんて呼ぶのは失礼だし」

 

「そもそも閣下自体やめてもらいたかったわけだが……そこまで気にするのなら太公望師叔(すーす)、または師叔とだけ呼べばよい。これはわしらの間で使われている、目上の者に対する敬称のようなものだ」

 

 ――本来であれば、才人が太公望を『師叔』と呼ぶのは拝師制度の観点からすると正しくない。あえて当てはめるならば『老師』だろう。

 

 しかし『老師』という呼称がこの世界に存在することと(オスマン氏のような年配のメイジがそう呼ばれることがある)、これ以上閣下だの様づけだので呼ばれることに不都合を感じた太公望は、このハルケギニアには無い『師叔』を用いるよう提案することにした。かつて、武成王の息子のひとりが自分をそう呼んでいたことも、それを後押しした。

 

「わかりました……じゃなかった、わかったよ太公望師叔」

 

「うむ、それでよい」

 

 満足げに頷いた太公望と、ほっとした顔を見せた才人。まあ、まだ完全に信じ切れていないとはいえ、いきなり伝説の偉人に出会ってしまったのだからパニックになるのも当然だろう。むしろ、彼は落ち着き過ぎているくらいだ。

 

 そんな彼らのやりとりを聞いていたルイズが疑問を投げかけた。顔の端が少々引き攣っている。

 

「ね、ねえサイト。まま、まさかとは思うけど、ミスタは、その、ほんとに、前にあんたが言ってたひとだったの?」

 

「本当に、本物だったら、まあ、そういうことになるな」

 

 カタカタと震え始めたルイズに、タバサが問うた。

 

「どういうこと?」

 

「さ、サイト。あんたが答えて」

 

 と、ジロリと太公望を見る才人。

 

「その前に、ひとつ確認したいんだけど」

 

「なんだ? 答えられるものであれば答えるぞ」

 

「師叔……釣りが趣味ってマジ?」

 

「よく知っておるな、その通りだ。今もこうして懐に針と糸を持ち歩いておる」

 

 太公望はそう言って、懐から糸と……例の縫い針を取り出して見せた。以前、ラグドリアン湖でタバサに見せたアレだ。

 

「げえっ! 伝説そのまんまの針じゃねえかよ! 騙りにしちゃ出来すぎだ! や、や、やっぱり、本物の『釣り師』太公望なんだ!!」

 

 そう言って椅子から立ち上がると、床の上で頭を抱えながらゴロゴロと転がりはじめた才人にタバサが声をかけた。

 

「その伝説を教えて」

 

 タバサの依頼に息も絶え絶えといった風情で才人は語り始めた。

 

「ピクニックに行ったとき、師叔の二つ名の由来を聞いたけど……あんとき、なんかどっかで聞いたことがある話だと思ったんだよなあ、ちくしょう! えっとな、昔、まだ大公国だった周の大公さまが、夢の中で神さまのお告げを受けたんだ。『明日、身分を隠しひとりで近くを流れる川辺を歩け。そこで初めて出会う人物こそ、お前が心から欲しいと望む人物だ』って」

 

 ――夢の中。その言葉を聞いて全員がピクリと反応した。

 

「大公さまは悩んでたんだ。代々殷の皇帝に仕えていたけど、民衆が酷い圧政受けてるのを見て、このままでいいのだろうか、ってさ。そんなときに神さまの声を聞いたもんだから、もう藁にも縋るような思いで、わざわざ変装してまで、夢で言われた通りにたったひとりで近くの川へ行った。そこで大公さまは、おかしな釣り人に出会ったんだ」

 

「おかしな釣り人?」

 

「釣りをしてんのに魚籠を持ってない。おまけに川から数サント上に糸を垂らして、針を水の中に入れてなかった。しかもその針は魚を釣るための鉤つきの針じゃなくて、まっすぐ伸びた縫い針だったんだ」

 

「それはたしかにおかしいわね」

 

 キュルケの反応に「そう思うよな?」と返した才人は、さらに言葉を続けた。

 

「そんで、当然興味を持った大公さまは、ついお告げのことも忘れて、その釣り人に話しかけたんだ。『釣れますか?』って。そうしたら、その釣り人はにっこり笑ってこう言ったんだ」

 

 ――はい、大物が釣れました。あなたさまのような大人物が。

 

「……ってな。そう、その釣り人は一発で大公さまの変装を見破ったんだ。大公さまも、この釣り人が夢のお告げにあった人物なのかもしれないと思っていろいろ話を聞いてみた。そしたらその釣り人は……とんでもない賢者だった。で、大公さまは大喜びでその釣り人をお城に連れて帰ったんだ。『あなたこそ、大公たる我が望む人物だ』って。その日から、釣り人は『大公が望みし賢者』。それを縮めて『太公望』って呼ばれるようになった……そういう伝説」

 

 前に聞いた話とだいぶ違うみたいなんだけど、そこんとこどうなの師叔? と聞く才人に、太公望はいけしゃあしゃあと答える。

 

「ふむ、だいたい合っとるな。あのときは釣りの話をすると混乱させると思って、あえて出さなくとも不自然にならぬように一部脚色したわけだが……誰かが夢枕に立ったというのは初耳だのう。策を用いて西伯侯――姫昌殿がわしに興味を持った上で、わしがいつもいる川辺へ来るようさりげなーく誘導しただけに過ぎないのだが。いや、案外わしの師匠あたりが何かやらかした可能性も否定できぬのう」

 

 ――『歴史の道標』による意識操作かもしれぬが。そう考えた太公望だが、当然表には出さない。

 

「うわ、本当なんだ! やっぱり『釣り師』って二つ名もそこからか!」

 

「そうだ」

 

「ちなみに俺んところでは、釣りの名人に贈られる称号が『太公望』になってるくらいなんだぜ! ゲームの中でもらえる一番いい釣り竿の名前にも、大抵『太公望』の名前がついてるし。そんで弓矢は『与一』ってのがお約束」

 

「なんだその称号は! しかも後半の意味がさっぱりわからぬ!!」

 

「それにしてもさ。まさかあの太公望がこんなに若かったなんてなあ。資料とか肖像画だと、だいたい爺さんの姿で描かれてるし。俺、最低でも七十歳は越えてると思ってたんだぜ」

 

 意外だと言わんばかりの顔でそう呟く才人の肩を、タバサがつんつんと指でつついた。

 

「どした?」

 

「彼が、あなたの隣国の大人物ということはわかった。けれど、まだどんなことをしたひとなのか聞いていない」

 

「ええと、太公望は中国の歴史に出てくる有名な軍師……って言ってもわかんねえか。こっちの世界の軍隊ってどうなってんだ? ギーシュとかの話聞く限りだと、階級なんかはだいたい同じような感じだよな? 元帥とか参謀って単語が普通に通じるし」

 

「全部同じかどうかはわからない。でも、そのふたつがあるのは間違いない」

 

「まあ、早い話が『軍師』ってのは参謀のいちばんエライ人だな」

 

「参謀総長?」

 

「そう、それそれ。国によっては司令官を務めることもある。俺が知ってる太公望は周の元帥で、王さまの相談役。軍人っていうよりも、軍学と政治の専門家ってイメージなんだけどな」

 

 それを聞いてぴしりと固まる女性陣。そこへ、才人はさらなる追撃をかけた。

 

「確か、軍師として殷打倒に大きく貢献した功績で(せい)の大公になったんじゃなかったかな? だから『斉太公』って呼ばれることもあるんだけど」

 

「ああ、表の歴史ではそういうことになっておるな。武王からもそのように打診されたが、例の〝崑崙山〟の掟がある。世の中が平和になった以上、大陸の政治に関わるわけにはいかぬ。だいたい、ようやく大仕事が片付いた直後だというのに、そんな面倒な地位なんぞ欲しくないわ」

 

 そう言って、手をひらひらさせてみせる太公望。

 

「た、たた、大公の地位を、面倒って……」

 

「筋金入りの面倒くさがり屋だなオイ」

 

「ダァホ! 大公職なんぞ引き受けた日には身動きが取れんくなるだろうが!!」

 

「なんで?」

 

「わからぬか!? これまで縁の無かった地域の状態を調べて、どうすれば領民を豊かにできるか考えねばならぬし、新しく役人を雇うだけでなく、誰がどんな仕事に向いているのか見極めねばロクでもないことになるのは目に見えておる。他の領主とのつきあいもせねばならぬし、王への報告も必要だ。民を守るために軍備も整えねばいかん。そのためには金を用意せねばな。毎日大量の書類と格闘せねばならんくなる。ああもう、想像しただけで面倒で面倒でやってられるかああああああ!!」

 

 バン! と両手でテーブルを叩く太公望。

 

 ああ、このひと普段はぐうたらしてるけど、実は根が真面目でやり過ぎちゃうタイプなんだろうなあ……と暖かい眼差しを向ける一同。

 

「とにかくだ! 斉は信頼できる周時代の部下に任せ、地上に降りる許可を〝崑崙山〟から得た上でのんびり旅をしていたのだよ。その後、斉や周がどうなったのかまでは知らぬ。たまに王宮へ顔を出すことはあったが、口は絶対に挟まなかったしな」

 

(大公の地位に就いていたかもしれない人物……そんなところまで似なくてもいいのに)

 

 タバサはもう本気で頭を抱えるしかなかった。彼らの話が本当ならば、自分が召喚してしまったのは、サイトの世界で三千年以上も前に生きていたひと。しかも歴史に名を刻み――海を隔てた隣国にまでその功績が知れ渡っているほどの英雄ということになる。

 

 確かにタバサは心のどこかでずっと憧れ、夢見ていた。

 

 子供の頃、母に繰り返し読んでもらった絵本『イーヴァルディの勇者』。そこに描かれている勇者さまのような人物が、過酷な運命を強いられている自分を助けに来てくれたなら、どんなに素晴らしいことだろう、と。

 

 ……ところが、そんなタバサの〝召喚〟に応えてくれたのは勇者どころか魔王だった。ただし、何故か甘いものに弱く、争いごとが大嫌い。その言動や姿は一見すると子供っぽく、頭に『味方には』という注釈を入れる必要はあるが、とても心優しい魔王さまだ。

 

 うっかり敵対すると厄介極まりないが、味方につけると非常に頼もしい存在。そんなパートナーにタバサは不満など全く――いや、たまに心臓に悪いことをするのでそれだけは正直勘弁してもらいたいと思ってはいるが、それ以外の点については文句はない。

 

 最近では、今のままだとこちらが彼とは不釣り合いなのではないかと不安になってしまうほどだ。そんな思いもあり、タバサは以前よりもさらに熱心に、勉学や修行に励むようになっていた。

 

 そんな彼女の複雑な思いとは裏腹に『魔王』は話を元に戻そうと奮闘していた。

 

「で、結局〝仙人〟とやらになる方法とは、いったいどんなものなのだ?」

 

「ああ、仙人は中国の魔法使い最高位の存在、かな。ただ、なるまでがとにかく大変なんだ。まず、最初は肉と魚を食べられなくなくなる。次に、生きているもの……野菜とか、果物なんかを口にしちゃダメになる。その先に進むと、水しか飲めなくなって――最終的に肉体を捨てて魂だけの存在になったのが仙人だ。身体が無いから死なないし、歳もとらない。当然、何も食べなくても生きていける」

 

 その才人の説明に、太公望は深いため息をついて答えた。

 

「甘味と桃と酒のない生活などわしには無理だ」

 

「デスヨネー」

 

 太公望はほっとした。なるほど、途中までは〝不老不死の秘法〟を習得するための技法に当てはまっているが、さすがに〝仙人界〟の秘中の秘であっただけに正確な伝承は残っていないようだ。

 

「それにしても、どこからそんな知識を手に入れてくるのだ? おぬしは」

 

「ネットとかマンガ、かな。ガキの頃、友達と一緒に仙人になろうとか言って実際に給食の肉と魚残しました……先生と母さんに滅茶苦茶怒られたけど」

 

「当たり前だ!」

 

 子供の好奇心で、そこまで調べられる環境が周囲にあるのがまず怖ろしい。しかし肉体を捨てた状態になるというのは……まるで〝神界〟にいる、かつて『封神』された者たちのようではないか。

 

 ――よし。ならば、この情報を少し利用させてもらおう。太公望は、即断した。

 

「ふむ。わしが肉と魚を食べないというのは〝崑崙山〟の掟によるものだ。水以外に何も口にしないなどという無茶な話は聞いたことがない。だいたい、そんな真似をしたら死んでしまうわ!」

 

「ダヨネー」

 

「ただ、先に述べた通り魂の操作についてはある程度だがやれないことはないぞ。実際、今こうして全員の魂魄を〝夢渡り〟によって、ひとつのところに集めているのだから。そのあたりがいろいろと混じり合って、伝承として残っておるのかもしれぬな」

 

「あ、そういえばこれ夢なのよね」

 

 ルイズの呟きに、太公望は頷いた。

 

「そうだ。だが、覚めてもしっかり記憶として残る。おまけに身体は眠っておるから、体力も通常通りに回復する。しかも、外の者に聞かれる心配もないから、夜に行う密談用にはうってつけの〝術〟なのだ。わしのような空間使いが行使した場合、このような快適空間を提供することもできる」

 

「だから、みんなを〝夢世界〟に招いたの?」

 

「そういうことだ。なかなか良いものであろう? とはいえ面白くてついハマりすぎると、うっかり数ヶ月間眠り続けてしまったりするので、近くに監視役を置いてこないと危ないのだが……それについてはタバサが〝遍在〟を出して外に置いてくれとるから心配ない」

 

(ああ、だからここに入る前に〝遍在〟を出せと言っていたのか)

 

 タバサはようやく納得した。

 

「それにしても、まさかファンタジー世界で周の大軍師に会うなんてな。想像もつかなかったぜ」

 

 才人の発言に太公望は苦笑した。

 

「それはお互い様だのう。まさかおぬしが地球人だとは予想だにしとらんかった。おまけに、ここまでわしのことを知っておるとは思いも寄らんかったわ」

 

「いやあ、俺、軍とか武器とか、そういうのが好きでいろいろ調べてたから。と、ちょうどいいや。『軍師』太公望に聞きたいことがあるんだけど」

 

「何だ?」

 

「周軍三万で、殷の軍七十万撃破したっていうのはほんと?」

 

 それを聞いて女性陣全員が顔を引きつらせた。どんな怪物指揮官だ、それは!

 

「これ才人、経過を端折るな! 準備に数年をかけ、大勢の仲間たちに手を貸してもらいながら、できる限り戦を仕掛けることなく、軍備を増強しつつ周辺諸国と同盟を結び、どうにか周軍・同盟側二十五万に加えて援軍五万を最終決戦までに用意した。その上で、周囲の地形を利用した策を用いて、七十万おった殷側を実質十万程度しか動けない状態に持ち込み、黄河の中へ押し込んで、ほとんどの敵兵を降参させることに成功したのだ」

 

「ゴメン、どの程度まで本当なのか知りたくて。スゲエ……歴史の本に書かれてる内容そのまんまだわ。しかも、そんだけ数の不利があったのにしっかり勝ったわけだろ!? 数よりも質を上げて、自信満々で仕掛けたってところなのか?」

 

「いや、実のところ同盟軍三十万・対・敵軍十万……最悪でも十五万相手での合戦規模を想定していたところへ、例の女狐が国中から即座に人員かき集めて、なんと七十万も用意してきおったのだ。あのときは内心『わしも周も同盟軍もまとめて終わったかもしれぬ』なんて一瞬考えてしまった。まあ、今だから言える、ここだけの秘密だ」

 

「……本当に容赦がなかったのね、例の女狐さん」

 

「いやはや、正直なところあれは危なかった……自軍本陣まで突っ込まれて、しかも武王が槍で腹を貫かれてしまってのう。あの大怪我で、よくぞ最後まで生き延びてくれたわ」

 

 当時を思い出したのであろう、青ざめた顔で語る太公望。

 

「本当にぎりぎりの戦いだった。わし自身も、例の女狐に〝力在る者〟として絶対回避できぬ一騎打ちを仕掛けられた結果、自力では動けなくなるほどの大怪我を負わされて、戦線離脱を余儀なくされてしまったのだ」

 

 実際のところは彼女の〝魅惑の術(テンプテーション)〟を打ち消すために〝力〟を使いすぎて、体内が限界までぼろぼろになってしまったというのが正解なのだが、ハルケギニアのメイジたちや才人にはわかりにくい概念なので、あえて『怪我』という表現を用いた太公望であった。

 

「『スクウェア』のミスタを一方的に!? 正真正銘の実力者なのね、女狐さんて」

 

「信じがたい」

 

 そう呟いたのはタバサだ。太公望の実力を目の当たりにしている彼女からすれば、女狐の強さは既に想像の粋を越えていた。彼らの反応に、太公望は苦笑しながら先を続ける。

 

「実際、よくもまあ勝てたものだよ。わしに何かあったときのために、念のため作戦指揮用のマニュアルを配っておいたのが功を奏した。おまけに女狐の奴が、己の術でわしを一方的にズタズタにしてくれよった直後に『いやぁ~ん! 太公望ちゃんがいじめるのぉん! 紂王さま助けてぇ~ん!』とか意味不明なことを叫んで戦場から消えてくれなかったら、わしは黄河のほとりに屍を晒しておったかもしれぬ」

 

「ああいうマニュアル、合戦でもやっぱり用意してたのね……」

 

「抜け目がない」

 

「てか、なんなんだよその女……」

 

「本当に意味がわからないわ……」

 

 口々に感想を言い合う少年少女に、太公望は実に苦々しげな声で呟き返した。

 

「あやつの考えについて、わしに聞かれても困る。実力者であることは間違いないのだが、とにかくやることなすこと本当に意味不明! そういう実に気まぐれな女だったのだよ」

 

 そう言ってガックリと肩を落とした太公望を見て、キュルケは思った。

 

(なるほど、例の女狐さんってそういう趣味だったのね。おまけに、対象の彼がニブすぎるから余計いじめたくなっちゃう的な?)

 

 今までの話を吟味し、彼女なりの推理は進む。

 

(ものすごく頑張って、倍以上の兵士つれてきて、気に入ってる彼を驚かせた。でもって威圧して、わざわざ一騎打ちまで仕掛けたのは戦わずに降伏させて……自分のモノにしようとしたからよね。でも、メイジとしては格下のミスタが圧倒的に上の〝力〟を持ってる自分に全力で抵抗してきたからへそをまげちゃったんじゃないの? 彼女)

 

 じとりと横目で太公望を睨むキュルケ。

 

(だいたい、本気でミスタを倒すつもりなら、とっくにとどめを刺してなきゃおかしい状況じゃないのよ、それって。で、気に入ってる彼を死なせたくない。でも、自分が作り出した圧倒的な数的有利は覆らない。だから万が一を考えて、わざと彼を戦線離脱させるように仕向けたとしか思えないわ。う~ん、ミスタってば頭はいいけど、女性関係は意外と奥手なのかしら……)

 

 ……と、彼女はまたしてもそっち方面におかしな想像をかきたてている。だが、これがツェルプストー家の通常運転だ。

 

 それにしても……と、太公望は改めて才人を見た。

 

「おぬし、本当に詳しいのう」

 

 その素直な感嘆に、才人は照れくさそうに頭を掻く。

 

「周の建国とかは世界史でも習ったし。けど殷周易姓革命戦争で俺がそこまで知ってるのは、始まりの部分と最後の牧野の戦いだけだよ。少ない兵力で大軍を打ち破るとか、男のロマンっていうか。ネットでそういう資料探して見るのが好きだったから。ま、その戦いが魔法大戦だったっていうのはさすがに知らなかったけどな」

 

「正直なところ、わしとしては不本意極まりない戦いだったのだがな。勝てる状態まで自軍を整えてから兵を動かすのが本来の在りかたなのだ。にもかかわらず、女狐に完全に裏をかかれてしまった」

 

「ふうん、大軍師・太公望にも天敵がいたんだなあ……俺が知ってる歴史に名前が残ってないのが不思議だよ」

 

「あれほどの策士の名が全く残っておらぬのか! まあ、事実上殷を滅ぼすきっかけとなった女だから、後世の歴史に残したくなかったのだと考えたにしても……不自然だのう」

 

「伝説ってそんなもんじゃね? 師叔だって、こんなに若かったんだし。三千年前のことなんだから、そんな正確には記録されてないんじゃないかなあ。もしかすると、男の武将に書き換えられてるのかもしれないぜ」

 

「それはありえるかもしれぬな。しかし、こうして改めて話し合ってわかったことだが……才人よ。おぬし、案外本当に武成王殿の血を引いておるのかもしれぬな。『武器』を扱う能力といい、普段の性格といい、話に聞いた若い頃の彼とそっくりだ」

 

 そう感慨深げに言葉を紡ぎ出した太公望は、噂で聞いた武成王・黄飛虎の若き日の話を彼らに披露した。明るく、豪快で、お調子者。だが、一本筋を通す為ならば、たとえ自分よりも身分の高い者――なんと上司の将軍や国王までをも殴り倒してしまったほどの熱血漢。

 

 とはいえ別に乱暴者というわけではなく、普段は誰にでも分け隔て無く接する心優しい青年であったのだという。若いうちに軍学を修めた彼は、後に政治についても学び……大人になるに伴って、お調子者だった性格はだんだんと影を潜め、大武将・大貴族のそれに相応しい風格が現れてきたのだという。元来の豪放さは最後まで変わらなかったが。

 

「なんだか食堂でギーシュにつっかかっていった時なんかと被るわね、その話」

 

 ルイズの言葉に頷く太公望。才人本人を除く他の面々も、納得顔だ。

 

「実際、それならば才人が〝召喚〟されたことについて、色々と納得がゆくのだよ。彼の血縁者には〝力在る者〟それも『武器』の扱いに長けた能力者が多く現れるという特徴があったからのう。ちなみに言うと、武成王殿はとてつもない愛妻家で、奥方一筋なのだ。本来であれば妾をもつことなぞ絶対にありえぬ。わしが『才人が武成王の妾腹の息子』などという作り話を流したことが知れたら、彼の持つ飛刀で背中から刺されるやもしれぬ」

 

 そう語りながらブルブルと身体を震わせる太公望を見て、全員が笑い声を上げた。

 

「というかそれ、作り話だったのね」

 

 肩をすくめたキュルケに「内緒だぞ?」と念を押す太公望。彼女は素直に頷いた。そんなふたりのやりとりを聞いていた才人がぽつりと言った。

 

「俺、本当にその武成王……黄飛虎さんの子孫だったらいいなあ。ふたりは轡を並べて戦ってたんだろう? 師叔にとって戦はもちろん嫌なものだったんだろうけど……そりゃ、俺だって戦争するのなんかごめんだけどさ。少しだけ憧れるな、そういう関係」

 

「その気持ちはわからぬでもないよ。しかし、本当にそうだとしたら……奇縁だのう」

 

「だよなあ」

 

 本来であれば絶対に交わることのなかったふたりの『道』。それが〝召喚〟(サモン・サーヴァント)という奇跡によって、こうして重なり合った。

 

「そういう意味では、ここハルケギニアと地球の繋がりにも縁を感じるのう」

 

「それは、どんな……?」

 

「たとえばラグドリアン湖。あそこには〝星の力〟が満ちあふれていた。それも……地球と同質のものが、だ。もしも世界に在る〝力〟が完全に異なっておれば、わしは空を飛ぶどころか〝風〟を起こすことすらおぼつかなかったはずだ」

 

「そういや、シエスタのひいおじいちゃんがゼロ戦で迷い込んだりしてたもんな。例の『破壊の杖』で、学院長先生を助けてくれたっていう兵士さんとかもそうだし。探せば、俺たちの他にも地球人がいるかもしれない!」

 

 才人の推測に頷く太公望。そして彼は、さらなる推論を述べた。

 

「もしやすると、例の『星の始祖』と同じ『滅びた世界』から来た者たちがこの世界を創世したのかもしれぬな。そののちに、地球から〝力在る者〟『始祖』ブリミルが降臨し――メイジたちに魔法を授けた。そう考えると楽しくなってこんか?」

 

「ルーンも同じ」

 

「そういえばそうね!」

 

 ルーンに関してはそれらしく真似しているだけなのだが、あえて言及せず太公望――伏羲はついと『打神鞭』を振り、星の海が広がっていた『窓』の映像を切り替えた。

 

 ――新たに映し出されたのは……どこまでも青く美しい天体と、その側にある衛星。

 

「師叔。これ、地球だろ……!? 隣にあるのは……」

 

「そうだ才人。ハルケギニアにはふたつあり、わしらの世界にはひとつしかない月だ」

 

 それを聞くなり窓の側へ駆け出していった才人と、彼を追い掛けていった少女たち。そして彼らは見た。眼前に広がる、煌めく青い宝石のような『世界』の姿を。

 

「綺麗……これが惑星……」

 

 タバサが魅入られたように呟けば。

 

「ここがサイトの故郷なの? あの青い部分は、もしかして空かしら?」

 

 ルイズが早速疑問点を才人に尋ねる。

 

「いや、あれは水……つまり海だ。そんでもって、白いのは雲だよ。ほら、この島が俺の住んでる日本だ。で、隣に見えるのがユーラシア大陸……このあたり全部が師叔の周だ」

 

「ニホンの大きさってどのくらいなの?」

 

「あー、俺ハルケギニアの面積の単位わかんねえから島の端から端までの長さでいいか? だいたい三千リーグくらいだったはずだ」

 

「と、トリステインより大きいのは確定ね……。でも、あんたの国基準にした場合、シュウってめちゃくちゃ広くない!?」

 

「そりゃそうだ。世界で三番目にデカイからな」

 

「こ、これより大きな国がまだあるなんて……」

 

 指を差しながら答える才人と、驚きを新たにしたルイズ。

 

 そんな彼らの話を聞きつつ、新たな疑問を覚えるキュルケ。

 

「ひょっとすると、ハルケギニアも外から見たらこんな姿をしているのかしら? 今までずっと、世界は平らで……端っこに行ったら、どこまでも落ちていくものだと思っていたわ」

 

 キュルケの独白を耳にした才人が言った。

 

「ハルケギニアも地球と同じで、丸いと思うぞ」

 

「え? どうしてそんなこと言えるわけ?」

 

「魔法学院から離れた場所にある森の木が、上のほうしか見えないからだよ。平らなモノの上に立ってたら、全部見えなきゃおかしいだろ? つまり、球体の上に載っかってるんだ」

 

 しかし、女生徒三名はその説明を受けてもわからないといった顔をしている。どうやって理解させればいいのか苦しむ才人に、太公望が助け船を出した。

 

「才人が言っておるのはこういうことだ」

 

 その言葉と共に『窓』に映っていた光景が変化した。真円の図の左右に2本の棒が立ち、それぞれを結ぶような形で、複数のラインが平行に引かれている。

 

「この円が地面。棒が人間。ラインが視線だ。ほれ、こうして図にしてみると……」

 

「ほんとだわ! 丸い地面が邪魔して、下が見えないのね」

 

「わかりやすい」

 

「これが俺や師叔が習ってた自然科学ってやつだ」

 

「なるほど」

 

「面白いわ!」

 

「エレオノール姉さまが喜びそう……」

 

 そんなやりとりの後。太公望がとんでもない発言をして、居合わせた者を驚かせた。

 

「実際に宇宙まで出られれば、一発なのだがのう。さすがに生身で大気圏を突破して宇宙遊泳をするのは辛過ぎるから、実証できぬ」

 

「オイ待てや! 宇宙遊泳が()()じゃなくて()()()()なのかよ!!」

 

「〝風〟をうまく操れば、なんとかなりそうなものだが」

 

「ならねーよ!」

 

 才人の猛烈なツッコミもなんのその。太公望はさらりと爆弾発言を追加する。

 

「わし、実際に中間圏までなら出たことがあるぞ。髪と服の一部が凍り付いてしまったが。あの時ほど、温かい湯に浸かることを望んだことはない」

 

「あるのかよ! てか、なんでそれだけで済むんだよ!!」

 

「使い魔の背に乗っておったからのう。スープーは騎乗者を守るシールドを張ることができるのだ。時間制限はあるがな」

 

「ファンタジーにも程があるだろ、地球のドラゴンと魔法使い!」

 

「才人よ。おぬしもその『ファンタジー』に連なる可能性があるのだが?」

 

「そうだったあぁぁあッ! 俺の中の常識がッ、もはやブレイク寸前だッ!!」

 

「ふぬう。才人よ、おぬしの時代の常識とやらも、できればいろいろと聞いておきたいのだが」

 

「あ、それは聞きたいわね」

 

「あたしも!」

 

「わたしにも聞かせて欲しい」

 

 ――こんな感じで彼らは夜が明けるまで様々なものを見、聞き、話し合い……結果。これらの事実――つまり太公望と才人の正体や彼らの出身地に関する情報は、もうしばらくの間ここにいる『最初の五人』だけの秘密にするということで決着した。

 

 

 




さらば霊幻道士。
地球儀を中国視点じゃなくもうちょい回していたら……。

今週末まで忙しいため、少しペース落ちると思います。

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