雪風と風の旅人   作:サイ・ナミカタ

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第90話 ユグドラシル戦役 ―閃光・爆音・そして―

 ――神聖アルビオン共和国空軍艦隊旗艦『レキシントン』号の眼前に、トリステイン軍の陣容が浮かび上がった。陣の先頭には幻獣に跨る指揮官らしき騎士が立っている。背後には大隊規模とおぼしきメイジの集団が密集陣形を組んでいた。

 

 彼らの数十メイル後方に、杖と百合をあしらったトリステインの王軍旗が見える。周辺の空域には竜騎兵とグリフォンが飛び回るのみで、艦隊らしきものの姿はない。

 

 それを見たホーキンス将軍が、顎髭をいじりながら言った。

 

「ふむ。トリステインの新艦隊は未だ建造中で、到底運用できる状態ではないという情報は正しかったようだな」

 

 艦長のボーウッドは頷いた。が、その顔には戸惑いの色が浮かんでいた。

 

「はい。この期に及んでフネを出さない訳ではなく、出せないのだと判断します。ですが……」

 

 言葉を詰まらせたボーウッドの後を継ぐように、ホーキンスは率直な感想を口にした。

 

「見事なまでにメイジ中心で編成されている。革命戦争で多くの同志を失った我々としては正直羨ましい限りだ。しかし、あの布陣の意図が理解できんな。まさかとは思うが、一点突破を狙っているのだろうか。艦隊を無視して? 正直に言うが、敵わぬと見て自棄になったとしか思えんよ」

 

「現時点ではなんとも言えません。ですが、砲撃を加えてみればわかることかと」

 

 言外に砲撃許可を求めたボーウッド艦長に対し、ホーキンス総司令は頷いた。それから即座に命令を下す。

 

「全艦、砲撃を許可する」

 

 ボーウッドは声を張り上げた。

 

「全艦隊に伝達。左斉射用意!」

 

「左斉射用意、アイ・サー」

 

 命令は即座に伝令兵に伝わり、手旗信号によって各艦に伝えられる。

 

 アルビオン艦隊の舷側が光り、轟音が轟く。艦砲斉射により放たれた数百発の砲弾が重力の後押しを受け、トリステイン軍目掛けて襲いかかった。

 

 着弾と共に砂煙が巻き起こる。しかし、それらは潮風によってすぐさま吹き飛ばされた。アルビオン艦隊の将兵たちは皆、眼下に広がるであろう凄惨な光景を想像した。

 

 ところが、砂塵と硝煙が晴れた先に見えたものは――。

 

「馬鹿な! あんなもので我が軍の砲撃を防ぎきったというのか……!?」

 

 ボーウッドはもちろんのこと、ホーキンスも。そして艦橋に集っていた士官たちはおろか、砂浜に展開した陸軍の将兵までもが、自分の見たものが信じられなかった。

 

 トリステイン側も彼らと似たようなものであった。ただ、敵側と違うのは――。

 

「作戦会議で公爵、いや陛下から伺ったときは、内心では何を馬鹿なと思ったが……」

 

「ああ。自暴自棄になっておられるのではないかと心配したものだが、これは……!」

 

「確かなのは、我々が歴史が変わる瞬間に居合わせるという栄誉を賜ったということだ」

 

 口々にそんな感想を漏らす将軍たちの視線の先には、砂浜の上に直立した二十~五十メイル級の攻城用巨大ゴーレム十数体が並んでいる。彼らは皆、金属製の大盾を構えていた。

 

 かたや、艦隊の攻撃をゴーレムで防ぐという破天荒な策を出した張本人はというと。こんなことはわかりきっていた結果だとばかりに堂々と胸を張っている。

 

 そんな若き日の親友であり、今は忠誠を誓う主君となった人物を脇目で見ていたグラモン元帥は内心で密かに苦笑していた。

 

(まったく、こういうところは相変わらずだなあ。普段は慎重に慎重を期して行動するくせに、たまに信じられない程大胆な真似をするんだよ、サンドリオンは)

 

 

 ――今から三十年ほど前。

 

 王家に対して反乱を企てていたエスターシュ大公にカリンが囚われ、でっちあげの王族暗殺未遂犯に仕立て上げられ、トリスタニアの中央広場で火あぶりの刑に処されそうになったときなどがその典型だろう。

 

 仲間の騎士たちには、

 

「ここで動いたら、大公の思うつぼだ。いいか? こちらからは絶対に手を出すなよ」

 

 などと散々言い含めていたくせに、自分はカリンを救うためアテナイスに跨り、さらに豪奢な礼装という出で立ちで、たったひとりで処刑場へ乗り込んだのだ。しかも、守備を固めていた大公お抱えのユニコーン親衛隊を半壊させるというおまけつきで。

 

 これが後に「『烈風』がたったひとりで大公の反乱を食い止めた」という逸話の大元となった事件であり、実際にそれを成し遂げたのはマンティコア隊の騎士サンドリオン、ナルシス、バッカスの三名である。カリンは処刑台に括り付けられており、参戦すらしていなかった。

 

 この件について、サンドリオン王本人曰く、

 

「思い出しただけで胃が痛くなる。我ながら無茶をしたものだ」

 

 とのことだが、今回のコレもさぞや心身共に負担がかかっているに違いない。

 

(この戦が無事終わったら、一度宮廷付きの医師に診察させたほうがよさそうだな)

 

 グラモン卿がひとり決意を固めていたところへ、再び艦隊斉射の轟音が海辺を揺るがした。ゴーレムたちのおかげでトリステイン側に損害はない――今のところは。

 

 元帥がふうと安堵のため息をついたところへ、サンドリオン王が声をかけてきた。

 

「グラモン陸軍中佐、だったかね? 卿のところの三男坊は。彼もあそこでゴーレムを操っているのだったな」

 

「はい。第二大隊の指揮官として、自ら杖を振るっております」

 

 アルビオン艦隊の斉射を受け止めてもなお屹立しているゴーレムたちの足下に、薔薇と豹の刺繍が入った軍旗が見える。彼らにとっては見慣れたグラモン家の紋章だ。

 

 そもそもサンドリオン王がこの案を思いつき、実行に移したのは――友人のグラモン伯爵から、夏の終わりに領地を襲った妖魔の群れを、留守を守っていた三男と四男が撃退したという自慢話をさんざん聞かされていたことに由来する。

 

 敵の中にトロール鬼が混じっていたことが、全ての始まりであった。

 

 トロール鬼。五メイルを超える長身に筋骨隆々のこの怪物は、滅多なことでは人里に現れないのだが……人間や他の種族を嫌っているため、彼らに見つかればただでは済まない。容貌にそぐわぬ高い知性があるのが厄介で、人間の身長ほどもある棍棒はおろか、弓や投石機まで使いこなすという器用な面を持つ。

 

 この投石機に対抗するために生まれたのが、盾を持つ巨大ゴーレムである。

 

 グラモン家の三男で、父と同じく陸軍に所属しているグラモン中佐は〝土壁(アース・ウォール)〟の魔法と工作兵やガーゴイルなどに掘らせた塹壕でしのごうと考えていたのだが、ふいに末弟のギーシュから思わぬ提案をされた。

 

「ぼくのワルキューレでは小さすぎて無理ですが、兄上のゴーレムに盾を持たせれば、投石機から身を守れるのではないかと思うのですが……どうでしょうか?」

 

 弟の顔をまじまじと見つめながら、グラモン中佐は言った。

 

「おまえ、それを誰から教わった? 父上や兄上たちではないよな?」

 

「教えられたというか、読んだ軍事教本の中に盾を持つ兵の運用法が書かれていまして。それで、盾だけを持ったゴーレムを使えばよいのではないかと考えついただけなのですが」

 

 事実、これまで何度か役立ったという弟に、グラモン中佐は真顔で尋ねた。

 

「その本、持ってきているのか?」

 

「え、あ、はい。常に持ち歩いて……」

 

「後でボクに貸せ」

 

「ええッ! で、でも、あれは東方の元帥閣下直筆の書物で……」

 

「なんだと!? つまり、東方の軍学書なんだな? とんでもない貴重品じゃないか……いったいどこで手に入れたんだ?」

 

「ですから、そうそう他人に貸し出したりするわけには……」

 

「ならば、グラモン家秘伝の書とすればいい」

 

「ダメに決まってるじゃないですか!」

 

「何故だ!?」

 

「そんなことしたら、彼の性格からいって絶対に続きを読ませてくれなくなります!」

 

「借りているものなのか。それに、他にも同じような書物を持っているのだな? そういうことなら仕方がない……だが、閲覧だけなら構わんだろう?」

 

「そのくらいなら大丈夫かと。しかし兄上、なにゆえそんなに必死なんです? あの本は、平民の部隊を指揮するためのもので……」

 

「バカ者! 東方の――それも元帥位にある人物が記した軍学書だぞ? ハルケギニアとは異なる戦法があっても不思議じゃない。実際おまえの発想は、我が軍には無いものだ。気付いていないのかもしれんがな、ボクたちふたりがハルケギニアの戦史に名を残す好機が、目の前に転がっているんだよ!」

 

 〝土壁〟や塹壕は、確かに飛び道具から身を守るのに役立つ。しかし破壊されれば補修が必要であるし、なにより一度構築してしまったらその場から動かせない。戦場が変わったら破棄するしかないのだ。だが、ゴーレムなら歩いて移動することができるではないか。

 

 ギーシュがよく使っているような人間大のゴーレムを、自分の身を守るために利用する者は大勢いる。ただし、それはあくまで『死なぬ兵』としてであって、盾を持たせるようなことは滅多にない。金属や土でできた人形の傷を気にする必要などないからだ。あにはからんや、巨大ゴーレムを攻撃以外の目的で使おうとするメイジなど、いるはずもなかった。

 

 その後、彼ら兄弟は見事妖魔の群れを撃退することに成功した。飛び道具による味方の死傷者はゼロ。ゴーレムたちは充分以上に盾としての役割を果たしたのだ。

 

 ――投石機に対し、わずか数メイルのゴーレムが成果を示した。ならば、艦隊には攻城に用いる数十メイル級の『巨人』をぶつければよい。

 

 トリステイン軍の作戦会議を騒然とさせ、今またアルビオン軍を震撼させた策は……こうして生まれた。グラモン中佐の予感は見事的中したことになる。

 

 そもそもハルケギニアにおいて、攻城にゴーレムが用いられるのは、頑丈で安価だから。これに尽きる。

 

 砲亀兵を含む移動式のカノン砲を運用するには火の秘薬が必須で、砲弾一発撃つにも金がかかる上に整備の手間もある。おまけに城からの砲撃で壊されることが多い。その際に、当然のことながら砲兵も巻きこまれることになる。

 

 破城槌も、城からの攻撃を断つまでは使えない。兵士たちにやらせれば多くの人命を失うことに繋がるし、かといってガーゴイルに肩代わりさせるにも、やはりコストがかかる。

 

 安価な投石機では〝硬化〟や〝固定化〟のかけられた城壁を打ち破ることなどまず不可能だ。

 

 その点、ゴーレムなら使い手の〝精神力〟が切れるまではいくらでも再生できるため、目標からの攻撃をあまり気にせずに済む。城に備え付けてある大砲程度では数十メイルを超えるゴーレムを破壊するのは難しいし、弓矢や魔法など、それこそ蚊に刺された程度にしか感じない。

 

 艦隊からの砲撃は、これらとは比較にならぬ程強力ではあるものの……それはあくまで正確に命中させることができればの話である。

 

 大砲はただ撃てばいいというものではない。風を読み、さらに砲身の角度や詰める秘薬の量を調整することで、初めて本来の威力を発揮することができる。着任したばかりの新兵にはまず務まらない、技術と経験こそが物を言うのがこの砲科だ。

 

 革命戦争で優秀な兵を大勢失い、ただでさえ練度が落ちているところへもって、風の強さが安定しない海辺での戦闘、しかも『烈風』カリンが魔法で風の流れを乱し、妨害しているという状況では艦砲が真価を発揮することなどできようはずもない。

 

 ――そもそもタルブの草原に諸侯軍の一部を配備していたのは、王都への直接侵攻を遅らせるだけでなく、戦場をこの砂浜に設定するという狙いがあった。海水は真水よりも水魔法の通りが良いため、安価な触媒としてよく利用される。水メイジの多いトリステインにとって、海辺はとても戦いやすい、有利な地形なのだ。

 

 風が強いという意味で、風メイジが多いアルビオン側にも利する場ではあるものの……これまた内乱で多くのメイジを死なせているために平民主体で構成せざるを得ない陸軍はもちろんのこと、最大の武器である艦隊も逆に本来の力を発揮しきれていない。地の利は間違いなくトリステイン軍にあった。しかし――。

 

 グラモン元帥が、他の誰にも聞こえない程の小声で王に囁いた。

 

「大丈夫かね? ゴーレム隊はもちろんだが、その……」

 

 言われた王も、これまた小さく呟き返した。

 

「ああ、なんとかな。とはいえ、薬を飲みたくとも無理だろう。王が今の戦況に胃を痛めているなどと知れたら、士気に関わる」

 

「きみ……失礼、陛下でなくとも胃が痛くなりますからな、この状況は」

 

 敵艦隊の舷側が何度も光る。砲弾が本陣まで届くことはなかったが、それでもこの轟音は正直なところ胃ばかりか心臓にも悪い。

 

 さらに斉射は続くが、ゴーレム隊は耐えている。そして敵陸軍が動く気配はない。いや、動きたくても動けないのだろうとグラモン元帥は分析した。

 

 アルビオン側としてはあのゴーレムたちをなんとかしない限り、トリステインの本陣へ攻撃することができない。しかし平民の兵を主軸にしている軍が、メイジの部隊に攻撃を仕掛けるなど自殺行為に等しい。メイジの小隊は平民の連隊に匹敵する戦闘力を誇るのだから。それが大隊ならば、言わずもがな。

 

 周辺に伏兵がいないことが竜騎士隊や使い魔たちの偵察によって判明している。つまり、他方からの奇襲もない。

 

 たとえ竜騎兵が飛んできたとしても、ゴーレムで攻撃すれば問題ない。もともと攻めるための兵器なのだから、そのくらいはお手の物だ。本陣に直接仕掛けてきたときのために、周囲に風竜隊とグリフォン隊、マンティコア隊を配備している。単騎での戦闘力は向こうが上だが、幸いこちらには数の優位がある。最悪でも相打ちには持ち込めるだろう。

 

 もし艦隊自体を動かしたとしても、ゴーレムは歩いて移動できる。まさに動く城壁だ。これが攻城用ゴーレムを防衛に用いる最大の利点であり、長いハルケギニアの歴史において、これまで誰も思いつかなかった画期的戦法だ。

 

 末の息子の閃めきから生まれたこの策に感心していたグラモン元帥の耳に、再び砲撃音が届く。その直後、彼の顔色が変わった。

 

 カリンの支援もあり、ゴーレム部隊は耐えている。耐えてはいる……のだが。一部、足下がぐらつきはじめたものが出始めている。

 

 盾の〝錬金〟と、そこへかける〝硬化〟〝固定化〟を行うメイジ、それらと〝クリエイト・ゴーレム〟を使う者はそれぞれ分担して行動している。ゴーレム・マスターの消耗をできうる限り抑えるためだ。

 

(それでも、この調子で敵艦隊が全ての砲弾を使い切るまで耐えられるのだろうか?)

 

 グラモン元帥の胃にも衝撃が届き始めたそのとき。バサリという羽音と共に、巨大なフクロウが舞い降りてきた。一斉に杖を抜いた衛士たちをサンドリオン王が制す。

 

 フクロウは差し出された王の腕に留まると、流暢な言葉で告げた。

 

「『鷲』からの伝言でございます。『敵軍ノ妨害ハ無シ。我、最大速度ニテ航行中。トリステイン軍ニ始祖ノ加護アランコトヲ』」

 

「承知した。では返礼だ。『貴君ラノ応援ニ心ヨリ感謝ス』」

 

 伝言を聞き終えたフクロウは翼を広げ、再び大空目掛けて飛び立った。

 

「今のフクロウは……?」

 

 敵軍の攻撃が始まって以降、無言だったアンリエッタ姫が口を開いた。彼女の声はかすかに震えている。それを耳にしたサンドリオン一世は思った。

 

(無理もない、わしですらあの艦隊の偉容に飲まれぬよう、無理矢理己を奮い立たせているのだ。温室育ちの姫殿下が、気絶せずにここまで耐えているだけでもたいしたものだ)

 

 気丈な姫君に対し、王は回答を行った。

 

「あれはトゥルーカスといいましてな、カリンの使い魔なのですよ」

 

「いえ、そういう意味ではなく……」

 

 そこまで言ったところで、アンリエッタは王の口端が少し上がっていることに気付いた。

 

(まあ! またしても、わたくしをからかっておられるのね!)

 

 抗議しようとしたアンリエッタ姫を制し、サンドリオン王は告げた。

 

「最初に話した手札のひとつ、とだけ申し上げておきます」

 

 つまり、援軍が来るということか。だが、近隣に頼れる勢力はいないはず。

 

(まさか、ヴァリエール家の兵を動かしたのかしら? 練度は国内最高峰、人数も王軍より遙かに多いと耳にしてはいますが……トリステインの東端にあるヴァリエール領から、このダングルテールまで駆け付けるには、あまりにも距離が……)

 

 そこまで考えたアンリエッタは、おそるおそる王に問うた。

 

「間に合うのですか?」

 

 と、またしても艦隊から数多の砲弾が吐き出された。とうとうゴーレムの一体が崩れ落ちる。本陣の将兵たちから悲痛な呻き声が漏れた。

 

 しかしサンドリオン王は動揺するどころか、大声で一同を鼓舞した。

 

「狼狽えるな、まだ策はある! 『始祖』の加護と、余を信じるのだ!」

 

 その直後だった。陣の後方、上空から、まるで遠雷のような爆音が近付いてきたのは。

 

 

○●○●○●

 

「おっかしーな」

 

 時を遡ること数十分ほど前。機上のひととなった才人は左手を通じて伝わってくる違和感に戸惑いを覚えていた。

 

「なに? どうかしたの?」

 

 彼の背中にしがみつくような形で同乗していたルイズの疑問に、才人は答えた。

 

「それが……なんだか前に飛んだときよりも、機体の調子がいいような気がしてさ」

 

 すると、操縦席の脇に置かれていたデルフリンガーが何でもないことのように言った。

 

「どうもこのひこうきとやらは飛ぶたんびにバラバラにして、修繕する必要があるみたいだね」

 

「え、そうなん? つーか、だったらなんで調子良くなってんだ? おかしいだろうが」

 

「あのメイジ……コルベールのおっさんが、あちこちいじくったからじゃないのかね」

 

 才人は思い出した。エンジンの研究と称して、コルベールがやたらと格納庫に出入りしていたことを……。

 

「もしかしてあれ、機体バラしてたのか……?」

 

 冷や汗をかいたと同時に驚いた。ゼロ戦の調子が良くなったということは、つまり……コルベールはエンジンその他諸々の構造を完全に理解し、自分のものとしてしまったのだ。科学はもちろんのこと、地球の機械に関する知識などゼロに等しい状態だったにも関わらず――だ。

 

「コルベール先生って、本当にとんでもない天才だよなあ」

 

 と、そこまで考えたところで才人はふと沸き上がった疑問を口にした。

 

「つか、デルフ。お前、なんでそんなことわかるんだよ」

 

「はん、俺っちだって『伝説』を担う者なんだぜ。その程度、こうやって張り付いてればすぐにわかるさ」

 

「武器の鑑定能力があるってことか。てか、そんなことできるなら最初から言えよ!」

 

「今の今まで忘れてたんだ、仕方ないやね」

 

「またかよ! お前、ほんと物忘れ激しいな」

 

「六千年も生きてんだ、そういうこともあらぁね」

 

「そういうことばっかりだろうが!!」

 

 言い争うふたりをルイズが制した。

 

「ラ・ロシェールが見えてきたわ。もうすぐよ!」

 

 才人の眼下に、アルビオンへ行くときに通った深い森と、その先にそびえ立つ世界樹が見えた。この先に戦場がある。操縦桿を握る手が、わずかに震えた。

 

 それを無理矢理押さえ込んだ才人は、同乗者たちに告げた。

 

「スピード上げるぞ。しっかり掴まってろよ!」

 

「つ、つ、掴まるって、きゃああああああッ!!」

 

 風竜では到底体感できない加速Gの圧迫感がルイズたちを襲う。そのまま、ハルケギニアの常識ではありえない速度でゼロ戦は飛行を続けた。

 

 ――それから、わずか数分で戦場へ辿り着いたふたりと一本は、風防から垣間見えた光景に度肝を抜かれていた。

 

「ファンタジーすげえ……」

 

 フーケが操っていたような巨大ゴーレムがずらりと立ち並び、盾を持って艦隊の攻撃を防いでいるという、いろいろな意味でありえない状況に才人は呆然とした。

 

「弱点だらけの人間型兵器で艦隊斉射防ぐとか、どうなってんだよ!」

 

 と、呟いた直後に思い直した。以前『イーグル』号に触れたときに積まれていた大砲のスペックを読み込んでいたことを。地球の戦車が使っているような菱の実型砲弾ではなく、鉄球だった。

 

(そっか、だから貫通力が足りなくて耐えられるんだな)

 

 とはいえ、周囲に山となった土塊がいくつも並んでいる。おそらくあれは砲撃によって壊されたゴーレムたちのなれの果てだ。今はなんとか保っているが、全ての巨兵がああなるのも時間の問題かもしれない。

 

「相棒、ぼけっとしてちゃダメだ。向こうがこっちに気付いたようだぜ」

 

 デルフリンガーの声にはっとして前を見ると、艦隊中央に陣取る巨大な戦艦の周囲を飛行していた火竜がゼロ戦目掛けて浮上してくる。

 

「ふうん、単機か。偵察かね? とはいえ、油断してあいつのブレスを浴びるなよ。一瞬で溶かされちまうからな」

 

 相棒の忠告に頷いた才人は、ぐんと操縦桿を倒した。

 

「単騎で突撃してくるとは、栄えある我がアルビオン火竜騎士団もナメられたものだ」

 

 『レキシントン』号の護衛任務を解かれ、迎撃のため離脱した竜騎士は鼻で笑った。

 

 空軍艦隊は元より、己が所属する火竜騎士団は世界最強と謳われている。そんな自分たちにたったひとりで立ち向かってきた愚か者に、無謀な行いの代償を支払わせてやろうと思った。

 

 ややあって、問題の竜を間近に捉えた騎士は首をかしげた。

 

「あんな竜、このあたりにいたか?」

 

 濃緑の皮膚はもとより、まっすぐ横に伸びた翼と、これまで聞いたことのない遠雷のような唸り声。このような生き物がハルケギニアに存在していたこと自体、知らなかった。

 

 とはいえ、相手が何者であろうが、自分のやることは変わらない。アルビオン産の火竜が吐くブレスは鉄をも溶かす。それをを浴びせてやるだけだ。竜騎士はにいっと口を歪め、急降下してくる緑色の竜を待ち受けていたのだが――すぐさま、その顔に驚愕が貼り付けられた。

 

「は、速い!」

 

 敵は信じられない速度で近付いてくる。慌てた竜騎士は大急ぎで手綱を引いた。瞬間、火竜の口がブレスを吐くために大きく開き、周囲が炎によって茜に染まる。

 

「やったか!?」

 

 だが、すぐさま後方から聞こえてきた爆音に彼の心臓は縮み上がった。ブレスを躱した敵の竜はほんの一瞬で旋回を終え、自分の後方を取ったのだ。

 

(いかん、このままではやられる!)

 

 竜騎士としての勘が、激しく警鐘を鳴らし続ける。急いで体制を立て直し、再び火を吐かせようとした直後。今度は相手の両翼が光った。

 

 バスッ、バスッと音を立て、火竜の翼や胴体に風穴が空く。猛烈な痛みに襲われた火竜が大口を開け、悲鳴を上げた。これが彼ら主従にとっての命取りとなった。

 

 ブレスの射程に対し、ゼロ戦のそれは数十倍以上ある。炎の届かない位置からの攻撃など児戯にも等しい。火竜の喉元にある油袋に七ミリ機銃の弾丸がパラパラと飛び込む。喉の奥に炸裂した機関砲弾が油とブレスの火種を引火させ――結果、火竜は爆散した。

 

 迎撃に向かった同僚が爆発する様を見届けた火竜騎士団の一同は、驚きを露わにした。

 

「なんだ、あの竜は!?」

 

「わからん。そもそも竜かどうかも怪しいぞ」

 

「敵の攻撃はブレスではありませんでした。してみると、魔法でしょうか」

 

 竜騎士隊の隊長は慌てふためく部下たちを鎮めながら、己の見解を述べた。

 

「どちらにせよ、一騎ではいかほどのものもあるまい。よし! 五騎、俺についてこい。仲間の敵討ちだ、あの竜ともどもヴァルハラへ送り込んでやろうではないか」

 

 隊長の景気良い発言に、隊員たちは沸き上がった。

 

「続いて五騎。前方斜め右下から上がってくる」

 

 デルフリンガーがいつもの調子で淡々と状況を報告する。才人が言われた方に視線を向けると、五体の火竜が渡り鳥のように横に広がって飛んでくるのが確認できた。

 

 〝ガンダールヴ〟のルーンが指示する通り、才人はぐるりと旋回して竜騎士たちの背後に回り込んだ。彼が駆るゼロ戦は現在、時速四百キロ近い速度で飛んでいる。いっぽう、竜騎士たちが跨る火竜は最高二百キロを越える風竜とは異なり、百五十キロがせいぜいだ。

 

 後ろを取られたことに慌てた騎士たちは急いで体勢を立て直そうとしたが、遅かった。彼らは既にゼロ戦の照準機にその姿を捉えられている。

 

 『ドッグ・ゼロ』から最後尾の竜騎士までの距離は、百メイル。既に照準機から機影――もとい騎影がはみ出している。才人がぐいと発射播柄(はっしゃはへい)を握り込むと、ダダダダッ! という音を立てて機銃が火を噴いた。翼をもがれた火竜が悲痛な叫び声を上げながら墜ちていく。

 

 その真横を滑るように駆け抜け、次の目標に照準を合わせる。ターゲットロックオン、発射。穴だらけにされた火竜はがくりと傾ぐと、そのまま地上へ吸い込まれるように落下していった。

 

 残された竜騎士たちは急降下して体勢を立て直そうとしたものの、上空から矢のように飛んできたゼロ戦より発射された二十ミリ機銃の弾を全身に浴び、異国の空に散った。

 

 このドッグファイトに要した時間は、わずか三分足らず。側で見ていたルイズは思わず大きな歓声を上げた。

 

「すすすすす、すごいわ! 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたいにバタバタ落ちていくなんて!!」

 

「ったりめーだ。こいつが活躍してた当時はな、世界最速で、最強の戦闘機だったんだぜ。あんなゆっくり飛んでる竜落とすのなんざ、止まってる的を狙うようなもんだ」

 

 自慢げに答える才人。

 

(つっても、それはあくまでゼロ戦が登場したばかりの頃の話で、大戦終盤は物資や人材の不足で満足に補充できなかったり、新型機の開発が遅れたりしてる間に敵が強くなっちまって、あっさり最強の座を奪われたんだ――なんて、じいちゃんはよく言ってたんだけどな)

 

 とまでは、さすがに口にしなかったが。

 

「よう、相棒。お国自慢中に悪いんだがな」

 

「べ、別に自慢なんかしてねえよ!」

 

「そうかね。それはともかくとしてだ、あのデカブツの周りにいた竜騎兵、全部こっちに向かってきてるぜ」

 

 それを聞いた才人は、すぐさま機体を上昇させる。機体がいきなり傾いたせいで、ルイズは座席に後頭部をしたたかに打ち付けてしまった。

 

「いったーい! ちょっとあんた、もっと静かに飛びなさいよ!」

 

「戦いの真っ最中に、んなことできるか!」

 

 空中戦を優位に運ぶためには、相手よりも高い位置をとること。降下することで速度が上がる。銃撃の威力も増す。そういった戦うための知識が、才人の中へ流れ込んでくる。教えられた通りに体が動く。まるでベテランパイロットの魂が乗り移ったかのような見事な操縦でもって、竜騎士たちを迎え撃った。

 

 ――数分後。

 

 ボーウッドは今、自分が目にしたものが信じられないとばかりにかぶりを振った。

 

「ぜ、全滅…… たった一騎の竜に、火竜騎士団二十名全員が墜とされた、だと!?」

 

「残念ながら、これは夢ではなく現実だ。そして問題の竜は我が艦に接近しつつある。早急に対策を立てねばならない」

 

 指揮官の声に、艦長ははっとした。

 

 実質艦隊司令を任されている自分が取り乱しては士気に関わる。それに、動揺で神経を尖らせるなどあってはならないことだ。特に、戦闘行動中は一瞬の判断の遅れが軍の命運を左右する。

 

 肺に溜まっていた息を吐き出し、乱れていた精神状態を元に戻すと、ボーウッドは呟いた。まるで自分に言い聞かせるかのように。

 

「たったの一騎で竜騎士二十を討ち果たすとは、まさに英雄ですな。しかし、たかが英雄。いち個人に過ぎません。どれだけの〝力〟を持っていようが、個人には変えられる流れと、そうでないものがあります。とはいえ、あれを放置しては我が軍の沽券に関わりますし、無駄に敵の士気を上げる手伝いをしてやる義理もないでしょう」

 

 それからボーウッドは部下たちに命令を下した。

 

「砲戦準備。弾種散弾」

 

 

 ――竜騎士隊を全滅させた才人は、遊弋している艦隊の中央に座す『レキシントン』号に目標を定めた。ニューカッスル城へ向かうときに見た巨大戦艦だ。

 

「あれが敵の親玉……アルビオンの旗艦だよな」

 

 その呟きに、デルフリンガーが答える。

 

「相棒。雑魚をいくら撃ち落としても、あのデカブツをやっつけなきゃ話にならねえ」

 

「わかってるよ」

 

「火竜騎士団を雑魚呼ばわりするくらいなんだもの、あのフネだって!」

 

 希望に満ちたルイズの声に、ひとりと一本は揃って現実を突き付けた。

 

「無理だろ」

 

「ま、不可能だぁね」

 

「そそそ、そんなの、やってみなきゃわからないじゃない!」

 

「同じ『ゼロ』でも『バイパーゼロ(F-2戦闘機)』なら対艦ミサイル積んでるはずだから、武装次第ではなんとかなったかもしんねーけど、機銃しかねえこいつじゃなあ」

 

 などと言いつつも、才人はさらにゼロ戦のスロットルを開く。フルブーストだ。急激な加速に、ルイズが再び悲鳴を上げる。

 

「なんだよ、自分でもわかってんじゃねぇか。無理だよ相棒。あいつを撃沈するなんて、逆立ちしたって無理だ」

 

「そうだな。けど、時間稼ぎくらいはできるはずだ。そうすれば、崩れたゴーレムが復活するかもしれない。大砲の弾は無限じゃねえ。弾打ち尽くすまでゴーレムが耐え切れたら、あいつら撤退するしかなくなるだろ。攻撃できねーんだから」

 

「ふうん。それなりに考えちゃいるんだね」

 

「当たり前だ」

 

「けど、相当な手間だぜ? 下手打ちゃ死ぬぞ?」

 

「だろうな」

 

 鍔をカチカチと鳴らしながら、デルフリンガーは呟いた。

 

「わかっちゃいたけど、相棒はとんでもないお人好しで、おまけにアホだね。褒美がもらえるわけでもないのに命を賭けるなんてよ」

 

「ご褒美ならあるさ」

 

「へえ、そりゃなんだね?」

 

 才人は応えず『レキシントン』号に向けてゼロ戦を近付けた。ルイズの笑顔だなんて、本人を目の前――もとい背後に置いて、言えるわけがなかった。

 

 と、艦隊の舷側がピカッと光った。一瞬の間を置いて、才人たちが乗るゼロ戦目掛けて何かが飛んでくる。それは無数の小さな鉛玉だった。機体のあちこちに小さな穴が開き、その衝撃でガクンと揺れた。

 

「きゃあああああッ!」

 

 三度ルイズが悲鳴を上げたのは、機体の揺れによるものではなく――前方から血飛沫が飛んできたからだ。風防が破られ、その破片が才人を傷付けたのだ。

 

「ちち、血、血が…… あ、あんた、大丈夫なの!?」

 

「頬かすめただけだ、たいしたことねーよ」

 

 デルフリンガーが大声を上げた。

 

「やばいぜ相棒、散弾だ! あいつら、小さな弾を大砲に込めてぶっ放しやがった!」

 

 才人は急いでゼロ戦を降下させ、二撃目から逃れる。しかし敵の砲弾は容赦なく、まるで雨のように降り注ぐ。才人はもう、それらを躱すだけで精一杯だった。

 

「このままじゃアイツに近寄れねえ。ちくしょう、なにが『勇者』だ! 俺には時間稼ぎすらできねえのかよ……!!」

 

 なんとか敵の弱点を見つけようと飛び回る才人であったが、艦の下に潜り込んだ直後、思わず叫んだ。なんとフネの真下に五十を越える砲が突き出ているのだ。

 

「船の底にまで大砲積んでるとか、ありえねえ。ハリセンボンかよ!」

 

 ぶちぶちと文句を垂れながら回避行動を続けていた才人だったが、どうにも打開策が見つからない。今のところ致命傷は負っていないが、もしも燃料タンクにあの散弾を受けたら、冗談抜きで墜落する。

 

(ん、墜落……? そうだ、そういえば――!)

 

 ややあって、才人は何かを決意したように言った。

 

「シエスタと、シエスタの父ちゃんに謝らなきゃいけないな」

 

「ちょっと! なんでここであのメイドの名前が出てくんのよ」

 

 よく才人と話しているメイドの少女。水精霊団の遠征にもついてきたことがある。

 

 そんな彼女の胸元に、時折才人の視線がちらちらと向けられているのを熟知していたルイズは、ぷっと頬を膨らませた。それからすぐに、がっくりと落ち込んだ。

 

(……やっぱり、男の子ってああいうのがいいのかしら。ででで、でも、山とは言わないまでも、わたしだって丘くらいはあるもん。ただ大きければいいってもんじゃないのよ、う、牛じゃないんだから! だけど、わたしが丘なら、あのメイドは火竜山脈……)

 

 ルイズの葛藤などつゆ知らず、才人は続ける。

 

「この『竜の羽衣』は、もともとシエスタのひいおじいちゃんが乗ってたんだ。お国の陛下にお返しして欲しいからって譲ってもらえたのに、約束破ることになりそうだからさ」

 

(なあんだ、そういうことだったのね)

 

 ルイズはほっとした。

 

(別にわたしとあの子を比較しているわけじゃ……って、ちょっと待って。約束を破る? それって、つまり――)

 

 少女の顔が、瞬時に青く染まる。

 

「あ、あ、あ、あんた、まま、まさか、このひこうきで体当たりするつもりじゃ……」

 

「そのまさかだ。俺の国には『カミカゼ』っつう戦法があるんだよ。さすがに撃沈はできないだろうけど、こいつがぶち当たれば大騒ぎになるはずだ」

 

 それを聞いたデルフリンガーが、感心したような声で言った。

 

「なるほど。旗艦が混乱すれば、指揮系統が滅茶苦茶になるだろうからな。作戦としちゃ、まあアリだと思うね」

 

 しかしルイズはそれを無視すると、顔を真っ赤にして才人を怒鳴りつけた。

 

「バカ言わないで! あんた、死なないって言ったじゃないの!」

 

「死ぬつもりなんかねえよ」

 

「だって、そんなことしたら……」

 

「お前がいるだろ」

 

「え?」

 

「〝瞬間移動〟があるじゃねえか。ゼロ戦をあの化け物の甲板にぶつかるように調整して、そのあとすぐにお前の魔法で脱出すればいい」

 

「無理よ! 今までひとりでしか跳躍したことないし、他のひとを連れて飛べるかどうかもわからないし。試したこともないのにいきなりそんな真似するなんて、危険過ぎるわ!」

 

 慌てたルイズの声とは対照的に、才人は落ち着き払った声で言った。

 

「俺は、お前を信じてる」

 

「わたしの……魔法を?」

 

「ちげーよ。俺はずっと、お前が頑張ってるのを見てきた。だから、きっとできる。俺が信じてるように、お前は自分自身を信じろ」

 

 それを聞いたルイズの両目に、じわりと涙が浮かんだ。

 

(ああ、サイトはどこまでもわたしを信じてくれている。虚無なんて不確かなものじゃなく、わたし自身を心から信頼して、挙げ句の果てに命まで賭けてくれたんだ。それも、わたしの父さまと母さまを救うために……!)

 

 ルイズは、感激のあまり震えた。それから、才人の期待に応えようとした。かつての彼女であれば与えられた栄誉に酔い、そのまま行動に移していただろう。

 

 だが――次の瞬間。かの人物の言葉が、ルイズの脳裏をよぎる。

 

『世の中にはな、本当に取り返しのつかない過ちというものが存在するのだ』

 

 同時に、猛烈な不安がルイズの胸に去来した。

 

(この場合、もしもわたしが失敗したら――どうなる? サイトはひこうきに取り残されたまま、あのフネに激突する。そしたら、こいつは……本当に死んでしまう。ボロ剣も、サイトと運命を共にすることになるわ。もう、二度と彼らに逢えない。そんなの、そんなの、絶対にイヤ!)

 

 でも、だったら――どうすればいい? 考えろ、考えるのよ、ルイズ!

 

「……ルイズ?」

 

 黙り込んでしまったルイズに、才人は返事を求めた。

 

「ねえ。確認したいことがあるんだけど」

 

「あんだよ」

 

「このひこうきで体当たりするのは、あのフネを墜とすためじゃなく――敵を混乱させて、時間を稼ぐのが目的なのよね?」

 

「あ、ああ、そうだけど」

 

「だったら、もっとずっと安全で、しかも確実な策があるわ!」

 

「え、それって……」

 

「だから、あのフネに近付いて。ここからじゃ、さすがに遠すぎると思うから」

 

「大砲のせいで近寄れないの、わかってんだろ!」

 

「それをなんとかするのがあんたの仕事でしょーが!」

 

「無茶言うなよ!」

 

 言い争うふたりの間へ割り込むように、デルフリンガーが声をかけた。

 

「上だ」

 

「え?」

 

「あのフネの真上に、大砲を向けられねえ死角がある。そこへひこうきを持っていきな」

 

 才人は言われた通りにゼロ戦を上昇させると『レキシントン』号の上空を占位した。

 

 すると、彼の背中にしがみついていたルイズが器用に才人の肩に跨り、風防を開けた。猛烈な風がふたりの顔を嬲る。

 

「お、おい、なにすんだよ! 閉めろよ!」

 

「いいから! わたしが合図するまで、ここでぐるぐる回ってて」

 

 ルイズは杖を抜いて深く息を吸い込むと、瞼を閉じた。それからカッと目を見開き、呪文の詠唱を開始する。才人は彼女が紡ぐ調べに覚えがあった。

 

(〝瞬間移動〟なんかじゃない、これは確か……)

 

 ルーンを唱え続けるルイズの中で、心地よいリズムが巡っていた。一種の懐かしさすら感じるそれは、虚無の旋律を奏でるときだけに生じるものだ。

 

 体の中に大きな波が生まれ、さらに大きくうねっていく。そしてその波は、行き場を求めて激しく暴れ始める。

 

 ルイズは右足でとんとんと軽く才人の胸を打ち、合図を送った。それを受けた才人は操縦桿をぐっと倒す。ゼロ戦は『レキシントン』号目掛けて急降下を開始した。

 

(サイトは、伝説になるために準備をしていたんだと言っていた。なら、わたしは? そうよ。きっとこの瞬間のために『始祖』はわたしに〝力〟を授けてくれたんだ)

 

 猛烈な風に嬲られながら、ゼロ戦は真っ逆さまに降下してゆく。

 

 彼らの眼前に迫るは、アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号。

 

 呪文が完成する。ルイズは己の衝動が命じるままに、杖を振り下ろした――。

 

 

 




サンドリオン王のターン! ドロー!
場に伏せていた巨大ゴーレムに盾を装備!

元帥の息子自慢のくだりは、ある意味親子らしいということでw

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