やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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後日談 野郎共の、うぃー・うぃる・ろっく・ゆー★

 

 

ある日の風景 野郎共編

 

 

 

八幡「…………」

 

葉山「あれ、こんな所で何してるんだ?」

 

八幡「っ! 葉山……」

 

葉山「ここから何を見て……ああ、テニスコートか」

 

八幡「……なんだよ」

 

葉山「いや、別に何でもないよ」

 

八幡「嘘つけ。すげぇ納得したような顔しやがって」

 

葉山「気のせいだろ。別に戸塚を見てたんだなとか思ってないよ」

 

八幡「めっちゃ思ってんじゃねぇか」

 

葉山「……いつもここで昼食を?」

 

八幡「……悪いか」

 

葉山「……いや、悪くない」

 

八幡「なら別に……っておい。なに隣に座ってんだよ」

 

葉山「悪いか?」

 

八幡「悪い」

 

葉山「ハハ。言うと思った」

 

八幡「暇人め」

 

葉山「それはお互い様かな」

 

八幡「…………」

 

葉山「…………」

 

八幡「…………」

 

葉山「……なぁ、比企谷」

 

八幡「……あん?」

 

葉山「最近、どうだ?」

 

八幡「お前は俺の親父か」

 

葉山「茶化すなよ。プロデューサーを辞めてから、元の生活には馴染んだか?」

 

八幡「……また、おかしな質問だな」

 

葉山「え?」

 

八幡「プロデューサーになる前から、元々周囲に馴染めてなかっただろ」

 

葉山「……また君は、そういう事を言う」

 

八幡「事実だ」

 

葉山「でも奉仕部は勿論、戸塚や材木座くん、最近は戸部とも仲良いだろ?」

 

八幡「お前にはどんな風に見えてんだ。つーか、戸部がああなったのはお前のせいだろうが」

 

葉山「さぁ? 何のことか分からないな」

 

八幡「……さいですか」

 

葉山「じゃあ、訊き方を変えるよ。最近は何してるんだ?」

 

八幡「何って……そりゃ、あれだろ。…………奉仕部」

 

葉山「まぁそれも間違いではないな。じゃあプライベートでは普段何してるんだ?」

 

八幡「さっきからどうしたお前? 何、俺のこと好きなの?」

 

葉山「どちらかと言えば嫌いだよ」

 

八幡「お、おう…………はっきり言いやがるな」

 

葉山「それもお互い様、さ。……ただの興味だよ。ハマっているものとか無いのか?」

 

八幡「……ハマっているもの、ねぇ」

 

戸塚「あれ、二人でいるなんて珍しいね」

 

八幡「戸塚っ!」

 

葉山「(今日一の声量だな……)」

 

戸塚「何の話してたの?」

 

八幡「いや、大した話じゃ…」

 

葉山「最近何にハマってるかって話してたんだ」

 

戸塚「ハマってるもの? あはは、そう言えば前にもそんな話してたね」

 

葉山「そうなのかい?」

 

戸塚「うん。八幡の趣味を探そう、って」

 

八幡「その話はもういい。というか、原作7巻のぼーなすとらっく!を読むか特典ドラマCDを聴け」

 

戸塚「何の話?」

 

八幡「こっちの話だ」

 

葉山「でも、趣味を持つのは良いと思うよ。スポーツとか、身体を動かすと気持ちいいしね」

 

戸塚「そうだよ八幡。今度一緒にテニスしよ?」

 

八幡「うぐっ…………戸塚に誘われると断れん。むしろ是非とも行きたい」

 

戸塚「決まりだね♪」 パァァ

 

八幡「可愛い」

 

葉山「比企谷。声に出てるぞ」

 

戸塚「葉山くんもどう?」

 

葉山「いいね、俺も参加させて貰うよ。……ああ、でも」

 

戸塚「?」

 

葉山「そうしたら、3人だからダブルスは出来ないな。あと一人いれば…」

 

八幡「馬鹿、んなこと言ってっとあいt」

 

材木座「剣豪将軍んんんん、義輝! 参、上ッ!!」

 

八幡「遅かった……つーかホントに来やがった……」

 

材木座「けぷこんけぷこん! 我にかかれば雑作も無い。自分の話題には敏感なのだ」

 

八幡「女子のヒソヒソ話が全部自分の陰口に思えてしまうアレか」

 

材木座「うむ。少し違うが似たようなものよ」

 

戸塚「あ、あはは。それじゃあ今度の休み、皆でやろうね!」

 

材木座「クックック、我の108の絶技を見せてやろう……お蝶夫人は来ないよね?」

 

八幡「波動球でも打てんのかお前は……来ないよな?」

 

葉山「(誰の事か分かるのが嫌だな……)呼ばないから安心してくれ」

 

材木座「で、であれば結構……はーはっはっは!」

 

戸塚「楽しみだなぁ」

 

八幡「……まぁ、たまにはいいか」

 

材木座「しかし、何故テニスの話になったのだ?」

 

八幡「今更それ訊くのかよ」

 

葉山「比企谷の趣味を見つけようって話をしてたんだ」

 

材木座「お、おう……成る程な」

 

八幡「(こいつまだ葉山に慣れてねぇのか)」

 

材木座「しかし、何やらデジャヴを感じる話題よのう」

 

戸塚「懐かしいよね」

 

八幡「俺としては、あまり思い出したくはない話題だ」

 

戸塚「そういえば、八幡って昔ギターやってたって言ってたよね」

 

葉山「え、そうなのか?」

 

八幡「……あれをやってた内に入れていいのかは微妙だがな」

 

葉山「なんだ、それならそうと言ってくれれば良かったものを」

 

八幡「いやお前に言ってどうすんだよ。つーか今はやってねぇ」

 

葉山「なら、また始めればいい」

 

八幡「は?」

 

葉山「文化祭までまだ日はある。今からでも簡単な曲なら間に合うんじゃないかな」

 

八幡「……何の話だ」

 

葉山「俺もギターやってるんだ」

 

八幡「知ってる」

 

葉山「一緒にどうだ?」

 

八幡「何を」

 

葉山「バンド」

 

八幡「…………冗談だろ?」

 

葉山「本気だよ」

 

八幡「無理。絶対無理。むーりぃー」

 

葉山「どうせなら、君たちも一緒にやらないか?」

 

八幡「聞けよ」

 

戸塚「ば、バンド? でも僕、楽器なんて弾いたこと無いし……」

 

葉山「大丈夫、最初は皆そうだよ。材木座くんはどうだい?」

 

材木座「ふむ……我の新たな才能を発揮させるのも一興か……ならば是非ともギターを…」

 

八幡「どう考えてもお前はドラムだろ」

 

材木座「ですよねー」

 

葉山「なら、戸塚はベースだな。俺がリードギターやるから、比企谷はリズムギターをやれば丁度良い」

 

八幡「何、俺あずにゃんポジ? いやそうじゃなくてだな…」

 

材木座「うむ。ムギちゃん枠はどうなるのだ」

 

八幡「そこでもない。……ギターなんて、本当にちょろっとやってただけだ。素人と大して変わらんぞ」

 

葉山「そんなにギターは嫌か?」

 

八幡「というか、楽器を演奏するのが無理ゲー過ぎる」

 

葉山「なら、もうパートは決まりだな」

 

八幡「は?」

 

葉山「比企谷はボーカルをやればいい」

 

八幡「………………………………………………What?」

 

葉山「無駄に発音良いな」

 

八幡「んなこたどうでもいい」

 

戸塚「(葉山くん、八幡と話す時はちょっとだけ雰囲気違うな。こっちが素なのかな?)」

 

八幡「あのな葉山。ボーカルってお前あれだぞ? いっちゃん目立つパートだぞ? まだギターのがマシだっつの」

 

葉山「じゃあ、ボーカル兼ギターだな」 ニッコリ

 

八幡「いや何がじゃあなの? 人の話聞いてた?」

 

戸塚「(そして楽しそう……)」

 

材木座「(ほむぅ……ブラック葉山と言った所か。確かに何でも知っていそうではある)」

 

葉山「それじゃ、テニスやった後は楽器見に行こう。知り合いの店を知ってるから、そこなら大分安くして貰えるよ」

 

戸塚「大丈夫かな……でもちょっと楽しみかも」

 

材木座「ふむ、帰ったらDVDを見返すか。あ、けいおんのね?」

 

八幡「分かっとる。つーか、何でやる流れなの……」

 

戸塚「でも八幡、確か渋谷さんも楽器やってなかった?」

 

八幡「あぁ……企画で少しの間ベースやってたな。本人も結構乗り気で買おうか迷ってたよ」

 

戸塚「なら、一緒にセッション? 出来るかもしれないし、やってみるのも良いんじゃないかな」

 

八幡「ん…………うぅむ…」

 

葉山「(やるな戸塚……)」

 

八幡「…………」

 

葉山「…………」

 

戸塚「…………」

 

材木座「…………」

 

八幡「………………………はぁ、しょうがねぇな」

 

戸塚「っ!」

 

八幡「……とりあえず、楽器見るだけだからな」

 

戸塚「やった!」

 

葉山「そうこなくちゃな」

 

材木座「クックック、ならば我々のバンド名は……“タウゼント・ブラット”だッ!!」

 

八幡「いやまだやるとは言ってないっての。つーか無駄に格好良くてムカつく」

 

戸塚「どういう意味なの?」

 

葉山「ちょっと待ってくれ、今ケータイで翻訳を……あぁ、なるほどね」

 

八幡「最高の名前だな」

 

戸塚「八幡!?」

 

八幡「全く、蘭子も見習ってほしいものだ」

 

材木座「光速の手の平返し……それでこそお主だ! 八幡!」

 

葉山「ハ、ハハハ…」

 

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン……

 

 

 

戸塚「あ、予鈴が!」

 

材木座「ぬぅ、次は移動授業ではないか! 急ぐぞ皆の衆!」

 

八幡「いやお前だけ違うクラスだろ」

 

葉山「まぁまぁ、俺たちも行こう」

 

材木座「くっ……あの遅れて教室に入るアウェー感だけは免れなければ……!」

 

戸塚「あ、材木座くん! 走ると危ないよ!」

 

八幡「…………」

 

葉山「? どうしたんだ比企谷。俺たちも早く行かないと」

 

八幡「…………俺は」

 

葉山「ん?」

 

八幡「俺はそんなに、見てられない状態だったか?」

 

葉山「…………」

 

八幡「お前に気を遣わせる程、燃え尽きてるつもりは無かったんだけどな」

 

葉山「……そんなんじゃないよ」

 

八幡「…………」

 

葉山「これは俺がやりたいからやってるだけさ。たぶん、彼らもね」

 

八幡「……お人好しめ」

 

葉山「それこそそんなんじゃない。…………というか、理由なんていらないだろ」

 

八幡「あ?」

 

葉山「クラスメイトを遊びに誘って、何かおかしいか?」

 

八幡「…………いや」

 

葉山「なら、いいだろ」

 

八幡「……つーか、そこは友達を、とは言わないんだな」

 

葉山「言ってほしかったのか?」

 

八幡「ふざけろ」

 

葉山「くく……言うと思った」

 

八幡「……フッ」

 

材木座「ええい! 何をしている貴様ら! 早くしないと置いていくぞぅ!!」

 

戸塚「八幡! 葉山くん! 早く早く!!」

 

葉山「さ、早く行こう」

 

八幡「ああ………………礼は言わないからな」 ボソッ

 

葉山「? 今何か言ったか?」

 

八幡「なんでもねぇよ」

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

 

海老名「…………」

 

三浦「? 海老名、こんなとこで何してんの? 授業始まんよ?」

 

海老名「………………ここが、edeNか」 ブハッ!

 

三浦「よく分かんないけど、とりあえず擬態しろし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の風景 野郎共編 その2

 

 

 

八幡「(拝啓、渋谷凛様。私こと比企谷八幡は今、テニスをしております)」

 

戸塚「それじゃあ次は材木座くんからサーブだね」

 

材木座「う、うむ。いつになってもテニスのルールはよく分からぬな……サーブの交代あたりが特に」

 

葉山「大丈夫、すぐなれるさ。バレーとかと違って、点を取った方にサーブ権が移るわけじゃないから…」

 

八幡「(それも何故か、異色ともとれるこの四人組。正直我ながら事態についていけません)」

 

材木座「フゥーハッハッハァ!! ゆくぞ! 我のターン!」

 

戸塚「ボールを上げる時は、なるべく真っ直ぐ上に投げると良いよ。そのまま投げた手でキャッチ出来るつもりでね」

 

葉山「おっ、さすがテニス部主将。それらしいこと言うじゃないか」

 

戸塚「しゅ、主将なんて、そんな大それたものじゃ……」 カァァ

 

材木座「うむ! ゆくぞっ!!」

 

八幡「(しかもこの後は昼飯を食べ、その後楽器を見に行くという予定まである。これじゃ普通にともぶげらっ!?」 パカーンっ

 

戸塚「は、八幡!?」

 

葉山「だ、大丈夫か比企谷?」 タッタッタ

 

八幡「あ、ああ。悪い、ボーッとしてた」

 

材木座「フッ、我の高速サーブに身動きも取れなんだか……情けないぞ、八幡!」

 

戸塚「材木座くん。フォルトだよ」

 

八幡「なぁ、あいつ殴っていいか?」

 

葉山「ま、まぁまぁ」

 

戸塚「でも八幡、試合中なんだからよそ見してたら危ないよ?」

 

八幡「うっ……いや、別によそ見してたわけじゃないんだが……すまん」

 

葉山「(戸塚が相手だと本当に聞き分けが良いな)」

 

八幡「……しかしテニスをするのはいいが、一つ訊いてもいいか?」

 

戸塚「どうしたの?」

 

八幡「何で俺がこいつとペアなんだ」

 

葉山「心から嫌そうに言うな君は……」 ←こいつ

 

戸塚「でも、たぶん一番今のペアがバランス良いと思うんだよね」

 

材木座「ふむ。持つ者と持たざる者のペアということか……」

 

八幡「一応訊くが、持たざる者ってのは誰と誰の事を言ってんだ?」

 

材木座「がっはっは! そりゃ我らの事に決まっておろう、八幡よ!」

 

八幡「はっはっは。否定できん」

 

葉山「そんな悲しい自己主張はやめてくれ……」

 

戸塚「た、単純に経験の差のことを言ったんだよ?」

 

八幡「大丈夫だ戸塚、分かってる。分かってるが、それでも何で俺とこいつがペア?」

 

葉山「そんなに嫌か。……まぁ、試合が終わったらペアを変えてみればいいさ」

 

戸塚「そうだね。ローテーションして、全員違うペアと組むまでやってみようよ」

 

材木座「くっくっく、では続きといくぞ! 精々次はボールに当たらんよう気をつけるのだな!」

 

八幡「はっ、言ってろ。俺には動かずともボールをさばく技……比企谷ゾーンがあるんだよ」

 

材木座「な、何ィ!? まさか、我のボールを全て引き寄せ……!?」

 

八幡「いや、俺が動く代わりにボールを打ち返してくれるんだ。葉山が」

 

葉山「よし、ペア変えようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の風景 野郎共編 その3

 

 

 

材木座「ゆきぽ! ゆきぽに決まっておろう! あの天使の笑顔が分からんのか!」

 

八幡「あぁ? そりゃ確かに萩原も可愛いのは認める。だが天使の代名詞を使っていいのはやよいちゃん、もしくは戸塚だけだろうがッ! あぁん!?」

 

材木座「たわけがぁ! 人類皆ロリコンだと思ったら大間違いだぞ、八幡よッ!」 グワァッ

 

八幡「おい表出ろこら。俺がやよいちゃんに感じてるのは父性だって何回言や分かんだおらぁッ!」 ガァンッ

 

戸塚「ふ、二人とも落ち着いて!」

 

葉山「戸塚の言う通りだ。これ以上騒ぐとお店に迷惑だしね。……あと比企谷、さすがにキャラが変わり過ぎだ」

 

八幡「チッ……」 

 

材木座「ふぅむ……」

 

戸塚「ま、まさか765プロの話題になっただけでここまで白熱するなんてね……」

 

葉山「それだけ、譲れないものがあるってことさ」

 

材木座「……少々熱くなり過ぎたようだ。確かに、やよいっちの笑顔が素晴らしいのもまた事実」

 

八幡「……あぁ。萩原の純真な微笑みも確かに最高だ」

 

材木座「八幡……!」

 

八幡「材木座……!」

 

材木座「今度、我の家で一緒にライブDVD見よう!」

 

八幡「いやそれはさすがに気持ち悪い」

 

戸塚「良かった、いつもの二人だ」 ホッ

 

葉山「(これがいつも通りって戸塚も大分毒されてるな……)」

 

材木座「ふーむ……そういえば、二人の推しメンは誰なのだ?」

 

戸塚「え?」

 

葉山「俺たちのかい?」

 

八幡「他に誰がいんだよ」

 

葉山「うーん……推しメン、か。あまりアイドルに詳しくもないし、考えたこと無かったな」

 

戸塚「僕もかな。……あぁでも、我那覇響さんは知ってるよ。響チャレンジが好きで、いつも応援してるんだ」

 

葉山「そういう事なら、俺は如月さんかな。曲もダウンロードしたことあるから、ファンと言えばファンかもしれない」

 

材木座「……うむ。何と言うか…」

 

八幡「無難な答えだな」

 

葉山「俺たちに一体何を期待してるんだ……」

 

戸塚「あ、あはは。なんかゴメンね」

 

八幡「いや、いい(だが葉山のあの答え……明らかに“用意してました”感がハンパない。勘繰り過ぎか?)」

 

材木座「さて、一段落した所で食事に戻ろうか!」

 

戸塚「ちなみにお昼はマックにやってきてるよ」

 

葉山「学生だし、妥当な所だな」

 

八幡「説明乙。……俺としてはサイゼでも良かったがな」

 

材木座「ふぁれもふぁれも!」 もっきゅもっきゅ

 

八幡「食いながら喋るな。あとその擬音を使っていいのは女の子だけだ」

 

戸塚「それにしても、なんだかお客さん少ないね。休日のお昼時なのに、どうして…」

 

葉山「それ以上はよくない」

 

材木座「ごっくん! ……して、この後の予定はどうするのだ?」

 

戸塚「確か、葉山くんの知り合いの人のお店に行くんだよね?」

 

葉山「ああ。初心者向けのも置いてあるし、結構良い所だよ」

 

八幡「今更だが、本当に行くんだな……」

 

材木座「ここまで来ておいて何を言っておる。我など楽しみ過ぎて1期2期劇場版全て見返してしまったぞ!」

 

八幡「……テンション高いとこ悪いが、一番お前がお高いんだぞ?」

 

材木座「へ?」

 

葉山「……確かに、ドラムセットは高いね」

 

八幡「その店がどれだけ安くしてくれるかは知らんが、それでも一学生が変える値段ではないだろうな」

 

材木座「ふむ。ggrks(ググるカス)」 カチカチ

 

葉山「(そのスラングを自分に使う人を初めて見た)」

 

材木座「ふむふむ………………ファッ!?」 ガーン

 

八幡「まぁぶっちゃけ俺なら買えない事もないがな」

 

戸塚「あ、もしかしてプロデューサーをやってた時の貯金?」

 

八幡「使う機会も無かったしな。ほぼ残してあるよ」

 

材木座「八幡氏、肩は凝っておられるか?」 手もみ手もみ

 

葉山「そして分かりやすい……」

 

材木座「えーん、ハチえもーん! お金出してー!」

 

八幡「ただのクズじゃねぇか」

 

葉山「まぁまぁ。今から行くお店はレンタルもやってるから、とりあえずはそれでいいんじゃないかな」

 

材木座「あ、そうなの? ……ふむ。田井中スティックだけでも購入しておいて良かったようだな」

 

戸塚「…………こくん。田井中?」

 

八幡「いいんだ戸塚。お前は知らなくていい。あと、お前はもっきゅもっきゅ言っていいんだ。むしろ言ってくれ」

 

葉山「は、はは。まぁとりあえずの方針は決まったという事で…」

 

材木座「うむ。次はデレプロの中での推しメンでいくか」

 

戸塚「え?」

 

材木座「765プロの話題はもう終えた。ならばデレプロに移るのが定石だろう!」

 

八幡「誰が決めたんだそんなもん……」

 

戸塚「デレプロかぁ……あ。そういえばこの前テレビで見たんだけど、日野…茜……さん、だったかな? 彼女は凄く良い子だと思うよ」

 

八幡「……そのテレビってまさか」

 

葉山「やってたね。……『茜と修造の熱血スポーツ対決!!』、って番組」

 

材木座「うむ……我も見たが終始画面が紅蓮の如く熱かったな」

 

戸塚「テニスやラグビーだけじゃなくて、色んなスポーツで戦ってたのが面白かったよね。ああいう一生懸命な女の子は好きだなぁ」

 

八幡「(あの組み合わせは笑いを取りにいってるとしか思えなかったがな)」 

 

材木座「では次は我が…………正直、好みの子が多過ぎて選べん!!」

 

葉山「本当に正直だな……」

 

八幡「お前のことだから、緒方とか大沼あたりじゃねーの?」

 

材木座「クックック、さすがは八幡。心得ておる」

 

葉山「そして当たってるのか……」

 

八幡「あとはそうだな……アニメや漫画に理解がありそうな所で荒木さん、奈緒とかが妥当な所だろう」

 

材木座「お主、もしやレベル7のサイコメトラーか?」

 

八幡「残念ながらCV:戸松遥ではない。……そういや、蘭子はお前としてはどうなんだ?」

 

材木座「っ!」

 

戸塚「蘭子って……確か神崎蘭子さんだよね」

 

葉山「あぁ、あの中二病アイドルの」

 

材木座「……ふむ。奴は我にとっても複雑な所なのだ。同士であり、好敵手でもあり、そして何よりも、前世から続く深淵の如き因縁が…」

 

八幡「次、葉山の番だな。お前は誰推しよ」

 

材木座「最後まで聞いて!」

 

葉山「はは、参ったな。さっきも言ったけど、俺はあまりアイドルに詳しくないし…」

 

八幡「その割には今まで出て来たアイドルの名前、全部知ってたようだが」

 

葉山「っ!」

 

八幡「……別に本当によく知らないんならいいがな。もしも俺たちが正直に話してるのにお前は誤摩化してるってんなら、それはフェアじゃないんじゃないか?」

 

葉山「…………」

 

八幡「(正直、こいつが誰を推しているのかは興味がある。あの誰とも付き合おうとしない葉山がファンになる程のアイドル。それは一体誰なのか……)」

 

葉山「…………」

 

戸塚「…………」

 

材木座「…………」 もぐもぐ

 

八幡「…………」

 

葉山「…………る…」

 

八幡「あ?」

 

葉山「…………結城……晴ちゃん……とか、良い子だと思うな」

 

八幡「…………」

 

材木座「…………」

 

戸塚「えっと……ごめん、僕分からないや」

 

八幡「……葉山」

 

葉山「…………」

 

八幡「人類皆ロリコンだと思ったら、大間違いだぜ?」 ぶふっ

 

葉山「殴るぞ」

 

材木座「ハーハッハッハーッ!! まさか、お主が結城晴を推すとはなぁ! 握手!」

 

葉山「……だから言いたくなかったんだ」

 

八幡「いや……っ……良い、と思うぞ。けど、ちゃん付けって……くく…」

 

戸塚「は、八幡、笑い過ぎだよ?」

 

葉山「…………」 ←割と殺気の籠った目

 

八幡「ん、んんっ! …………悪い、取り乱した。結城って事は、やっぱサッカー繋がりか?」

 

葉山「ああ。昔からよく見てるサッカー番組で、楽しそうにサッカーしてるのを見てね。一回だけの特別企画だったけど、それが凄く印象に残ってる」

 

戸塚「あ、それなら知ってるかも。その後ミニコーナーのレギュラーになったんだっけ?」

 

葉山「それだね。……正直、今まであまり恥ずかしくて言えなかったけど、陰ながら応援してるんだ」

 

材木座「ふむ……ファンの形は人それぞれ。応援がアイドルの力になる事はあっても、迷惑になる事など無いものよ」

 

葉山「ありがとう、材木座くん」

 

材木座「べ、別にお主の為に言ったんじゃないんだからね!」

 

八幡「(……まさか容姿端麗才色兼備な葉山の推しが、ボーイッシュなオレッ娘とはな。しかしそれも俺と同じ父性から来る親心みたいなもんだろう。結局、恋愛対象としての好みは聞けずじまい、か…………まぁでも)」

 

葉山「? どうしたんだ比企谷?」

 

八幡「いや。なんでもねぇよ」

 

葉山「?」

 

八幡「(コイツにもこんな一面があるんだな、と。意外な所を見て、少しだけ得した気分になったのは黙っておこう)」

 

戸塚「じゃあ次は…」

 

八幡「そろそろ頃合いだな。店出るか」

 

材木座「なぬ?」

 

八幡「俺がゴミ捨てとくから、お前らは先に出て…」

 

葉山「それはちょっと卑怯なんじゃないか? 比企谷」 ガシッ

 

八幡「……何がだ?」

 

葉山「君の番がまだ終わっていない。……お互い正直に話さないのは、フェアじゃないんだろう?」 ニコッ

 

八幡「……俺は、やよいちゃん一筋だと最初っから言ってるだろ」

 

葉山「誤摩化すなよ。それは765プロの話。シンデレラプロダクションのアイドルの中だったら、君は誰を推すんだい?」

 

八幡「そんなの、お前……」

 

葉山「なんだい?」

 

八幡「…………言わなくたって、分かってんだろ」

 

葉山「さてね」 シラー

 

材木座「えー我分かんなーい。教えて教えてー」 ぶーぶー

 

戸塚「ぼ、僕も分からないかなーなんて……」 タハハ

 

八幡「と、戸塚まで…………材木座は後でしばく」

 

材木座「何故!?」 ガーン

 

葉山「ほら、どうなんだ比企谷?」

 

八幡「(くそっ……さっきの仕返しか葉山……!)」

 

戸塚「…………」

 

材木座「…………」 もぐもぐ

 

葉山「…………」

 

八幡「……………ん……」

 

葉山「ん?」

 

 

 

 

 

 

八幡「……………………渋谷……凛……っ……!」 カァァ

 

 

 

 

 

 

葉山「…………」 ニッコリ

 

材木座「…………」 ニヤニヤ

 

戸塚「ひゃー……」 ドキドキ

 

八幡「…………!」 ダッ

 

葉山「あっ、比企谷!?」

 

戸塚「ちょ、どこ行くの八幡!?」

 

材木座「ぬう!? もう店から出るのか!?」 もぐもぐ

 

葉山「比企谷、そっちは楽器屋と逆方向だぞ!?」

 

八幡「知るかッ!」

 

戸塚「待ってよはちまーん!」

 

材木座「え、ちょっ……我を置いてかないでー!」 もぐもぐ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の風景 野郎共編 その4

 

 

 

八幡「……おお」

 

材木座「こ、ここが……!」

 

戸塚「うわー凄いね! いっぱい楽器があるよ八幡!」 パァァ

 

八幡「まぁ、楽器屋だからな(可愛い)」

 

材木座「うむ。これだけ種類があれば我に相応しい相棒も見つかるであろう(可愛い)」

 

葉山「この辺じゃ、一番品揃えが良いお店だからね(かわ……いかんいかん)」

 

八幡「しかしホントに何でもあるな。ヴァイオリンやチェロ、サックスなんかも置いてあんぞ…………東郷さんいそう」

 

戸塚「わぁ、真っ白いピアノもあるよ!」

 

材木座「よくは分からんが、バンドよりも吹奏楽などに使う楽器が多いのう……」

 

葉山「俺たちが見たい系統は二階の方にあるからね。行ってみよう」

 

八幡「二階まであんのかよ……しかし、これだけあると目移りして仕方ないな」

 

戸塚「うん。思わずキョロキョロしちゃうね」 キョロキョロ

 

材木座「な、なんか場違い感ハンパないなぁ……リア充空間に飲まれそう…」

 

八幡「おい素出まくってんぞ」

 

葉山「は、ハハハ。とりあえずは色々見て回ってみようか」

 

 

 

 

 

 

戸塚「べ、ベースだけでも沢山種類があるんだね。よく分からないや」

 

葉山「最初は特に悩まなくてもいいんじゃないかな。気に入ったデザインとか、手頃な値段のモノで良いと思うよ」

 

戸塚「デザインかぁ……あ、これなんか凄い尖ってて戦えそう」

 

材木座「ふむ。なんとも中二心をくすぐられる」

 

八幡「(この二つ合体してるのはどうやって使うんだ……カイリキー専用?)」

 

戸塚「うーん……あ、これとか可愛いかも」

 

八幡「? これもベースなのか?」

 

葉山「ヴァイオリンベースだね。値段も丁度いいし、良いんじゃないか?」

 

戸塚「で、でも、僕にはちょっとオシャレ過ぎないかな……?」

 

八幡「そんな事ないぞ戸塚。試しに肩に掛けてみたらどうだ」

 

戸塚「え?」

 

材木座「うむ。もしくは上に放り投げて、差し出した腕にぶつからなかったら相応しいな」

 

八幡「どこの海賊狩りだ」

 

葉山「というか楽器が壊れるよ……ほら、ストラップを付けて」

 

戸塚「う、うん。……よいしょ、っと」

 

材木座「……おお! 様になってるではないか!」

 

八幡「いい! いいぞ戸塚っ!」

 

葉山「(比企谷のテンションがちょっと怖い)」

 

戸塚「そ、そう……かな?」 てれっ

 

葉山「でも実際良いと思うよ。ネックが細いから手が小さい人にも使いやすいし、女の子なんかにはピッタリだと思う」

 

戸塚「ぼ、僕女の子じゃないよ!?」

 

葉山「え? あ、いや、別にそういう意味で言ったんじゃなくて…」

 

八幡「葉山」 肩ぽんっ

 

葉山「ひ、比企谷……?」

 

八幡「残念ながら、戸塚は男なんだ。……本当に残念ながら、な」 遠い目

 

葉山「俺は君の事が本当に残念に思うよ」

 

 

 

 

 

 

材木座「ふむ……まさによりどりみどりと言った所だな」

 

八幡「正直ドラムセットって種類があるとは思わなかったんだが、見る限りそうでもないんだな」

 

葉山「もちろん。演奏するアーティストや曲によっても変わってくるからね」

 

材木座「ぬ? セットの内容は決まっているのではないのか?」

 

葉山「基本的にドラムセットはバスドラム、スネアドラム、フロアタム、トムトム、シンバル、ハイハットシンバルの6セットだね。皆が思い浮かべてる一般的なドラムセットはその認識で大丈夫だと思う」

 

戸塚「(トムトムってなんか可愛いな)」

 

葉山「ただ、それ以外にも組み合わせられる打楽器は何種類もある。バリエーションもツーバスとかツインペダルとか、テンポの早い演奏用のセットも…」

 

材木座「う、うぅむ……?」 ぷしゅー

 

八幡「ストップだ葉山。それ以上は材木座の頭がついていけん」

 

葉山「あ、あぁ悪い悪い」

 

材木座「つ、つまりどういうことなんだってばよ……」

 

葉山「とりあえずは最初に言った6セットで良いかな。それならレンタルの費用もそこまでかからないし」

 

八幡「となると、レンタル用はこっちか」

 

材木座「クックック……我は既に目星をつけたぞ」

 

戸塚「え? もう決まったの?」

 

材木座「これぞ運命と呼ぶ他ない……。眩い黄金色のその輝き……君に決めた!」 ビシィッ

 

八幡「一番安いのじゃねぇか」

 

葉山「まぁ、レンタルはそもそも種類が少ないからね」

 

戸塚「(ミニドラムセットなんてのもあるんだ。僕でもできるかな?)」

 

材木座「フゥーハッハッハ! よろしく頼むぞ、相棒!」

 

八幡「何度も別の奴と組まされる相棒ってのもどうなんだ」

 

葉山「ま、まぁ、右京さんみたいなモノだと思えば、ね」

 

 

 

 

 

 

葉山「そういえばギター経験があるって事は、比企谷は既にギターを持ってるのか?」

 

八幡「あいつは顔も知らないどこかの誰かの下で、今も音を奏でてるだろうぜ。もしくはまだ店頭」

 

葉山「売ったんだな……」

 

八幡「まぁ、一応あることはあるがな。けどそれも親父のだ。ほとんど手入れもしてない」

 

葉山「なるほど。なら、やっぱり折角だし新しいのを買ってみたら良いんじゃないか? お金に余裕だってあるんだろ?」

 

八幡「いや、そりゃあるにはあるが……」

 

葉山「なら決まりだな」

 

八幡「(つーか、そもそもバンド自体まだやるとは言ってないんだがな。……けど)」

 

葉山「? 比企谷?」

 

八幡「……」 ちらっ

 

戸塚「弦もいっぱいあるなぁ……ラケットで言うガットみたいなものなのかな?」 キョロキョロ

 

八幡「……」 ちらっ

 

材木座「ふーむ。スティックは木製しか無いと思っていたが、他にもあるのだな。田井中スティックだけでは心もとないか…」 ジーッ

 

八幡「……はぁ」

 

葉山「どうかしたのか?」

 

八幡「いや。……揃いも揃って、楽しそうだなと思ってよ」

 

葉山「……くくっ」

 

八幡「あん? なんだよその笑いは」

 

葉山「いや……そう言う比企谷も、結構楽しそうにしてたなと思ってさ」

 

八幡「ッ! 俺が……?」

 

葉山「ああ。少なくとも、俺の目にはそう見えたよ」

 

八幡「……気のせいだろ」

 

葉山「さて、どうだろうね」

 

八幡「チッ……」

 

葉山「……俺も、今日は久しぶりに楽しいよ」

 

八幡「…………」

 

葉山「…………」

 

八幡「……どれがオススメなんだ」

 

葉山「え?」

 

八幡「ギター。どれがオススメなんだ? 正直多過ぎて分からねぇんだよ」

 

葉山「……ハハ」

 

八幡「なに笑ってんだ。ほら、早くしろよ」

 

葉山「あぁ、悪い。……時間はあるし、色々見て回ってみようか」

 

八幡「ああ」

 

葉山「そういえば、比企谷はエレキギターについてはどれくらいの知識があるんだ?」

 

八幡「レスポールとストラトの違いくらいは分かるな」

 

葉山「……ほとんど素人って事は分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の風景 野郎共編 その5

 

 

 

八幡「演奏してみたい曲?」

 

葉山「ああ。何か簡単な曲を一曲決めて、皆一緒に練習していくのが上達するのに一番手っ取り早いと思うからね」

 

戸塚「でも、コード? とか覚えるのが先じゃなくていいの?」

 

葉山「もちろんそれも平行して練習するさ。でもどうせなら、曲を練習する方が楽しいだろ?」

 

材木座「ふむ。ゲームに例えると、説明書を読んで遊び方を覚えるより実際にプレイしてみた方が楽しく覚えられる、ということか」

 

葉山「そういうこと。演りたい曲とかあるかい?」

 

八幡「いや……急にそう言われてもな」

 

戸塚「うーん……好きな曲、って言っても、何が簡単で何が難しいかも分からないからね」

 

材木座「ならば、ここはやはりアニソンであろう! のう八幡っ!」

 

八幡「俺に振るな」

 

葉山「確かにアニソンなら簡単な曲も多いかもね。ただ…」

 

戸塚「ただ?」

 

葉山「一応俺たちが演奏する曲だから、ボーカルがその曲を歌う事も考えないといけないな」

 

材木座「…………」 ちらっ

 

戸塚「…………」 ちらっ

 

葉山「…………」 ちらっ

 

八幡「……何故俺を見る」

 

葉山「頼むよリードボーカル」

 

八幡「いや無理無理無理無理」

 

材木座「ええい! 誰もが憧れるバンドの花形を譲ると言っておるのだぞ!? 大人しく歌えい!」

 

八幡「誰もそんなん頼んでねぇ。つーかそこまで言うならお前が歌えばいいだろ。C-C-Bさながら」

 

戸塚「しーしーびー?」

 

葉山「その例えは今の若い子には伝わらないと思うぞ……」

 

八幡「じゃあ戸塚で良いんじゃないか。野郎より可愛い子が歌った方が眼福もんだろ」

 

戸塚「僕も男だよ!?」

 

八幡「……とまぁ冗談は置いといて」

 

材木座「(明らか冗談では無かったでござる)」

 

葉山「(確かに端から見たら紅一点だな)」

 

八幡「冷静に考えりゃ、葉山がやるのが当然だろ」

 

葉山「……どうしてだい?」

 

八幡「お前はこん中で唯一経験者だ……まぁ俺も少しやっていたが、あれは経験と言っていい代物じゃないからこの際置いておく」

 

戸塚「置いとくんだ……」

 

八幡「そしてポジションはリードギター。ボーカルにはおあつらえ向きだ。それに加え歌も上手い」

 

葉山「俺の歌を聴いた事あるのか?」

 

八幡「Sakura addictionは割と好きだったぞ」

 

葉山「噛み殺すよ」

 

戸塚「ねぇ、二人は何を言って…」

 

材木座「それ以上いくない」

 

八幡「そんで何よりも一番重要な点が……ビジュアルだ」

 

戸塚「あー……」

 

在木材「ふむ。……そう言われては納得せざるを得んな」

 

葉山「そんなに言う程か?」

 

八幡「そんなに言う程だ。あの有名エアバンドだって、ドラムがボーカルよりもイケメンだからあんな白塗りになってんだぞ。……まぁそれだけが理由ではないだろうがな」

 

葉山「いや、俺が言ってるのはそっちじゃなくて」

 

八幡「あ?」

 

葉山「比企谷だって、自分で自分の顔は良い方だって言ってたじゃないか」

 

八幡「…………」

 

葉山「まぁ、俺が直接聞いたわけじゃないけどね。結衣から聞いたんだ」

 

八幡「(さすガハマさん。余計な事を。つーか完全に俺ナルシストみたいじゃねぇか! 確かに言ったけども!)」

 

戸塚「でも、僕も八幡がボーカルで良いと思うよ。葉山くんも勿論カッコイイけど、八幡だって負けないくらいカッコイイよ!」

 

八幡「お、おお……」

 

材木座「ぬぅ……己の容姿を良いと言うような輩に対しこの言葉、ぐう聖や、ホンマもんのぐう聖がおるぞ!」

 

葉山「(自分の名前が出なかった事に関しては何も言わないんだね……)」

 

八幡「はぁ、今の一言で今日来て良かったと思えた。さ、帰るか」

 

葉山「いやちょっと待て」 ガシッ

 

八幡「チッ……(さすがに誤摩化せんか)」

 

葉山「じゃあ、とりあえずボーカルは保留にしておこう。出来るだけ簡単で歌い易そうな曲を選んで、練習しながら後で決めればいい」

 

八幡「結局はそうなるか……」

 

戸塚「なら、有名な曲の方が良いのかな?」

 

葉山「そうだね。皆で色々見ながら探してみよう」

 

材木座「うむ! 放課後ティータイムはどこの棚だーッ!?」 ダダダッ

 

八幡「あいつは自分が歌う可能性がある事を考慮しとらんのか……してないんだろうな」

 

 

 

 

 

 

八幡「…………」 キョロキョロ

 

 

 

「ぬうー!? 何故全曲置いとらんのだ!? 差別か、アニソンに対する差別なのか!?」

 

 

 

八幡「……(もうちょい静かに探せんのか)」

 

 

 

「えーっと……タ行がここだから……あれ、アルファベットで探さないと無いのかな?」

 

 

 

八幡「(可愛い。バンドスコアを探すその姿からもう可愛い)」

 

 

 

「んー……やっぱこっちの曲の方がロックかなぁ。いや、でもこっちの曲も…」

 

 

 

八幡「ん?」 ピクッ

 

 

 

「あれ、無いや。あっちを探してみますかねー」

 

 

 

八幡「…………」 振り返り

 

 

 

棚「…………」 シーン

 

 

 

八幡「……気のせいか」

 

 

 

「材木座くん。何か良いのあった?」

 

「うむ……やはりなんだかんだ言って、一期の曲の方が我は好きだな」

 

「あ、僕も。ホッチキスが一番好きかなぁ」

 

 

 

八幡「(今、何だか見覚えのあるロックなヘッドホンが見えた気がしたが……まさか、な)……ん?」

 

棚「…………」 ア行

 

八幡「……この曲」

 

 

 

 

 

 

葉山「うーん。やっぱり俺が演奏したことある曲の方が教え易いかな……」

 

棚「…………」 よりどりみどり

 

葉山「……いや。折角だし、一緒に知らない曲を練習した方が楽しいか」 スッ

 

「あっ……」 スッ

 

葉山「え? あ、すいません。お先にどうぞ…」

 

「いや、こちらこそ。そっちが先に……って、あれ」

 

葉山「はい?」

 

「お前、隼人か?」

 

葉山「……あ、夏樹さん?」

 

夏樹「おー久しぶりだな! まさかこんな所で会うなんてよ」

 

葉山「本当ですね、お久しぶりです」

 

夏樹「そういや、お前はこっちの方の出身だったもんな」

 

葉山「ええ。でもまさか、こんな所で会えるとは思いませんでしたよ。前に会ったのは去年のライブハウスでしたっけ?」

 

夏樹「ああ、あれは良いライブだった。懐かしいな」

 

葉山「あはは。夏樹さん凄いノってましたもんね」

 

夏樹「お前は相変わらずクールっつうか、大人びてんな。ホントに年下かよ」

 

葉山「褒め言葉として受け取っておきます。またこっちに来てるって事は、近い内にライブでもするんですか?」

 

夏樹「あーいや、ライブしに来たんじゃなくてな…」

 

葉山「?」

 

夏樹「色々あって、今はこっちに住んでんだアタシ」

 

葉山「そうなんですか?」

 

夏樹「ああ。……立ち話もなんだし、そこの休憩所にでも行くか。お互い積もる話もあるだろうしよ」

 

葉山「そうですね……って、すいません。俺今日は連れと来てるんでした」

 

夏樹「なんだ、そうなのか。もしかして女か? だったら悪いな」

 

葉山「いえ、そういうんじゃないですよ。新しくバンドを組む事になったんで、そのメンバーたちと一緒に来てるんです」

 

夏樹「っ! バンドを組むって、お前がか?」

 

葉山「ええ」

 

夏樹「そりゃまた、なんつーか珍しいな」

 

葉山「そうですか?」

 

夏樹「そうだろ。少なくともアタシはお前が助っ人以外でバンドに加わってるの、見たこと無いよ」

 

葉山「……まぁ、心境の変化って奴かもしれないですね」

 

夏樹「へぇ、お前がそんなこと言うなんてな。何にせよ、お前がボーカルやってギター弾いてるってだけでも興味を引くバンドだぜ」

 

葉山「いえ、俺はボーカルじゃありませんよ」

 

夏樹「は?」

 

葉山「別の奴です。そもそもバンド組む事になったのも、俺が彼を誘ったからですし」

 

夏樹「お前がバンドを組もうって誘ったのか?」

 

葉山「ええ。……あ、丁度良かった。彼ですよ、ウチのバンドのボーカル。……の予定ですけど」

 

夏樹「ん?」 チラッ

 

 

 

八幡「Uの所には無かったから、たぶんウ行だよな。ウ、ウ、ウー……?」 キョロキョロ

 

「うーんやっぱ激しい曲ほど難しいのかなー……一回なつきちに訊いてから……」 キョロキョロ

 

 

 

夏樹「あ、だりー」

 

葉山「え? ……あ、危なっ…!」

 

 

 

八幡「あ? って、おわっ」 どんっ

 

「へ? ってきゃあッ!」 どんっ

 

 

 

夏樹「あっちゃあ……」

 

葉山「だ、大丈夫か?」 タタタッ

 

 

 

「いてて……」

 

八幡「すんません、大…丈夫……?」

 

「いやいや、こちらこそ……ん?」

 

八幡「……多田?」

 

「あーっと……凛ちゃんの、プロデューサー?」

 

 

 

葉山「怪我は……って、アイドルの多田李衣菜?」

 

李衣菜「え? 誰? ……あ、なつきち」

 

夏樹「何やってんだ、だりー」

 

葉山「え……知り合い、ですか?」

 

八幡「(誰だ、この超ロックな姉ちゃん)」

 

 

 

戸塚「……あれ、どういう状況?」

 

材木座「ふむ……カツアゲ、か?」

 

戸塚「それは違うと思うな」

 

 

 

 

 

 

葉山「夏樹さん、アイドルになったんですか!?」

 

夏樹「まぁ、なったっつーか、まだ駆け出しだけどな」

 

李衣菜「そういう意味では、私のが先輩だね」 へへん

 

夏樹「ほぉ? お願いだからギター教えてくれって頼んできたのは、どこの先輩さんだったかな?」

 

李衣菜「ちょっ、それは言わない約束じゃーん!」

 

夏樹「冗談だ。アイドルの事はまだよく分からねぇから、色々教えてもらって助かってるよ」

 

戸塚「ざ、材木座くん。本物のリーナちゃんだよ……!」 ヒソヒソ

 

材木座「う、うむ。本当にROCKと書いたTシャツを着ておるぞ……!」 ヒソヒソ

 

八幡「(そこなのか)」

 

葉山「なるほど。だからこっちに一人暮らししてるって言ってたんですね」

 

夏樹「ああ。地元でライブしてたら、終わった後に声かけられてな。元々アイドルには興味あったし、いっちょロックなアイドルでも目指してみようかなってね」

 

葉山「はは。夏樹さんらしいですね」

 

夏樹「事務所に入ったのはホント最近だから、まだ全然活動出来てないけどな」

 

八幡「(そうか、だから俺が知らなかったわけだ)」

 

李衣菜「それよりも、私はプロデューサーがいたのにビックリしたよ。バンド組むって本当なの?」

 

八幡「……まぁ、成り行きでな。つーかもうプロデューサーじゃない」

 

夏樹「アタシは会うのは初めてだが、あんたの事は噂には聞いてたよ」

 

八幡「…………」

 

夏樹「悪徳記者に濡れ衣を着せられ、担当アイドルの為に謂れの無い全ての罪を背負い、自分一人辞めていった最高にロックな孤高の元プロデューサーってな」

 

八幡「いやちょっと待て」

 

李衣菜「……」 うんうん

 

八幡「いやうんうんじゃなく。え、なに。もしかしてお前か? お前がそんな逆に恥ずかしくなるような説明をしたのか?」

 

李衣菜「え、違った?」

 

八幡「違うだろ。……違うよね?」

 

葉山「俺に訊かれても……」

 

李衣菜「まぁ、私もプロデューサーとは殆ど話したこと無かったけどさ。事情を知ってる子たちから何があったかは聞いたよ」

 

八幡「…………」

 

李衣菜「それで、少なくとも私には、さっきなつきちが言った通りの印象に感じたかな」

 

八幡「……そんなカッコイイもんじゃねぇよ。あと、プロデューサーじゃねぇ」

 

李衣菜「あはは、そうだったね。ならそっちこそ私のことはリーナと…」

 

夏樹「んな事より、楽器は決まったのか? もうパートは決まってんだろ?」

 

李衣菜「なつきちー! んなことって何さー!」

 

葉山「一応俺がリードギター、そこの戸塚がベース、隣の材木座くんがドラム、そして比企谷がリズムギター兼ボーカルですね」

 

八幡「いや、だから俺はボーカルって柄じゃ…」

 

李衣菜「えっ! プロデューサーボーカルなの!? 凄いじゃん! ギターでボーカルとか超ロック!」

 

八幡「お前はロックの意味をはき違えてないか? あとプロデューサーじゃない」

 

葉山「楽器はもう目星を付けてます。それで、さっきは練習用の曲を探してたんですよ」

 

夏樹「なるほどな。で、良い曲はあったのか?」

 

葉山「あー……俺はまだあんまり見てなかったですね」

 

戸塚「僕も、何だかいまいちパッとしなくて……」

 

材木座「うむ。放課後ティータイム良いと思うんだけどなぁ……」 ←却下された

 

李衣菜「プロデューサーは?」

 

八幡「お前もしやわざと言ってんのか? ……俺も別に」

 

夏樹「あれ、でもバンスコ持ってんじゃねぇか」

 

八幡「いや、これは個人的に買っておこうかと思って…」

 

材木座「ぬぅん、水臭い。素直にこれ演りたい! と言えばいいものを」

 

八幡「(うぜぇ……)」

 

葉山「ちょっと見せてくれるか? ……へぇ、アジカンか」

 

夏樹「お、良いんじゃねぇか? 確か簡単な曲もいくつかあったろ」

 

李衣菜「いいねぇアジカン! 私も好きだよ! 超ロックだし!」

 

戸塚「(なんか、ロックがゲシュタルト崩壊してきちゃった……)」

 

葉山「そういえば、あの時もアジカン歌ってたな」

 

八幡「お前覚えてたのかよ……」

 

葉山「確か、或る街だったよな?」

 

夏樹「或る街の群青か。良い曲だが、あれは少し難しくなかったか?」

 

葉山「そうですね。初心者にはちょっと厳しいかと思います」

 

八幡「いや誰もやるとは言ってないんだが」

 

葉山「けど、比企谷の持ってたこの曲は結構簡単そうだね。これなら初心者には丁度いいんじゃないか?」

 

夏樹「どれ……おっ、確かに」

 

李衣菜「私も私も! …………見ても分かんないや」

 

夏樹「だりー……」

 

李衣菜「これから! これから覚えていくから!」

 

葉山「でも、なんでこの曲を選んだんだ?」

 

八幡「いや、別に深い意味はねぇよ……ただ」

 

葉山「?」

 

八幡「個人的に思い入れがあるってだけだ。……好きな曲を演ってみたいってだけじゃ、おかしいか?」

 

葉山「……いや」

 

夏樹「へへっ、分かるぜ。ギター始めた頃思い出すよ」

 

李衣菜「な、なつきちー。私も演りたい曲があるんだけど……?」

 

夏樹「分かってるよ。……そうだ。折角だし、今度一緒に練習するか?」

 

葉山「え?」

 

夏樹「アタシたちは仕事の合間見ての練習になるだろうけど、たまーにこのメンバーで集まってよ。セッションとかしてみようぜ」

 

李衣菜「いいねそれ! どっちが早く上手くなれるか勝負って奴だねっ!」

 

戸塚「で、でも、良いのかな……?」

 

夏樹「遠慮すんな。みんなでやった方が楽しいだろ?」

 

材木座「クックック……久々に燃えてきおったわい。この血の滾りが運命を決めるッ!」

 

李衣菜「おお! なんかカッコイイ!」

 

材木座「え、あ、ありがとうございます」

 

葉山「まぁ、俺たちとしては嬉しい限りですけど…」

 

八幡「いや、俺がアイドルと会うのはマズいだろ」

 

夏樹「大丈夫じゃないか? アタシらが千葉の練習スタジオまで行けば、誰に見られる事も無いだろ」

 

李衣菜「それにスタジオで練習してるだけなんだから、見られたとしても文句言われる筋合いなんてないしね」

 

葉山「……だってさ」

 

八幡「……さいですか」

 

夏樹「それに、あの葉山がバンドに誘った男ってのも気になるしな」

 

八幡「?」

 

夏樹「自分を差し置いてボーカルに推した男……俄然、興味が湧いてきたぜ」

 

八幡「お前、なんか言ったのか?」 ジトッ

 

葉山「さぁ、何の事かな」 目逸らし

 

李衣菜「へへっ、面白くなってきたぜぇー!」

 

 

 

 

 

 

それから数日たったある日

 

 

 

夏樹「っし、義輝。出しといた課題はちゃんとこなしてたか?」

 

材木座「う、うむ。腕立て30回、腹筋30回、背筋30回、スクワット30回を毎日5セット……この世の地獄を見るようだった…危うく痩せる所だったぞ……」

 

夏樹「いやそこは遠慮せず痩せろよ」

 

八幡「(しかし意外な事に材木座がキチンとやってたのには驚いたな。昼休みに付き合わされる俺の身にもなれとは思ったが)」

 

材木座「最近は雑誌で作った簡易ドラムセットもボロボロになってきたからな……自分の能力が恐ろしい」

 

八幡「ナチュラルに能力をちからと読むな」

 

夏樹「まぁ良い事じゃねーか。ちゃんと練習してるようで何よりだ」

 

葉山「ドラムは体力を沢山消費するし、基礎体力を上げとくに超したことはないからね」

 

戸塚「でも材木座くん、そのコート暑くないの?」

 

材木座「ぬぅ……!?」

 

八幡「(戸塚。そこに触れちゃいけない。それは材木座にとっての……なんだ、アーチャーの赤い外套みたいなもんなんだ。察してやれ)」

 

材木座「こ、これは我の……」

 

李衣菜「えーいいじゃん。ドラムって薄着のイメージあるから、逆にそれはそれでカッコよくない?」

 

八幡「えっ」

 

李衣菜「どうせなら、コートの下は黒いタンクトップとか良いんじゃない?」

 

材木座「……そして、シルバー系のアクセサリーを身につけたり、か?」

 

李衣菜「そーそー! 分かってるなー。あと、コートの首もとに無駄にファーとか着いちゃったり!」

 

材木座「うむ! あとは所々不自然に破けていたりな!」

 

李衣菜「カッコイイ! ロックだよロック!!」

 

戸塚「な、なんか盛り上がってるね」

 

葉山「ハハハ、まさかの意気投合だな」

 

八幡「やっぱにわか同士は引かれ合うのか」

 

夏樹「それ、当人たちには言ってやるなよ……」

 

 

 

 

 

 

更に数日たった別のある日

 

 

 

戸塚「最近、指の皮が固くなってきた気がするなぁ……」

 

八幡「なに?」

 

戸塚「あ、ほら。弦を触ってたからか、左手の指が、ね?」

 

八幡「ほう」 スッ

 

戸塚「あっ……」

 

八幡「…………」 さわさわ

 

戸塚「は、はちまん?」

 

八幡「…………」 さわさわ

 

戸塚「ちょ、ちょっと八幡。くすぐったいんだけど……?」

 

八幡「……はっ。わ、悪い戸塚」

 

戸塚「い、いや。大丈夫だよ。少し恥ずかしかったけど……」 顔真っ赤

 

材木座「(ほむぅ……何故だ。とてもイケナイものを見ている気持ちになる)」

 

夏樹「ほーら何イチャイチャしてんだ。さっさと練習に戻んぞ」

 

李衣菜「プロデューサー! ほら、私の指の皮も固くなってきたよ、ほら!」

 

八幡「プロデューサーじゃない。つーか、そ、そんなに手を差し出すな。近い……!」

 

葉山「指の痛みはもう大丈夫かい?」

 

戸塚「うん。皮が剥けてたのも治ったし、大分良くなったよ」

 

夏樹「また痛くなったら言えよ? しっかり治してから練習しないとな」

 

戸塚「はい。ありがとうございます」

 

夏樹「別に敬語なんて使わなくていいよ。……まぁ、彩加みたいな可愛い女の子じゃ皮が固くなるのに抵抗あるかもしれねぇけど、これもベーシストの通る道だ」

 

戸塚「…………僕、男なんですけど……?」

 

夏樹・李衣菜「「えっ」」

 

八幡・葉山「「(正直この展開は読めてた)」」

 

 

 

 

 

 

また更に数日たった別のある日

 

 

 

葉山「それじゃあ、もう一回セッションしてみようか」

 

戸塚「ふー……他の人に合わせるのって難しいね」

 

夏樹「義輝はちょっと走り過ぎだな。もう少し落ち着け」

 

材木座「う、うむ。まさかりっちゃんの気持ちがここまで分かる日が来ようとは……」

 

李衣菜「いいなー早く私もやりたいなぁ」

 

夏樹「だりーは次な。八幡は準備良いか?」

 

八幡「うっす」

 

夏樹「それじゃあ…………あ、そうだ」

 

八幡「?」

 

夏樹「八幡、次ちょっと歌ってみろよ」

 

八幡「……は?」

 

李衣菜「おっ、いいねーいいねー!」

 

葉山「そういえば、まだ声入れながらってのはやってなかったな」

 

八幡「いや、急に何を…」

 

材木座「遂にか……この時を待っておったぞ八幡っ!」 ニヤリ

 

八幡「(てめぇ、面白がってんな……!)」

 

戸塚「八幡、がんばって!」

 

八幡「と、戸塚……」

 

夏樹「さ、お前の心の準備が出来たらいつでも始めるぜ?」

 

八幡「ぐっ……」

 

葉山「…………」

 

戸塚「…………」

 

材木座「…………」

 

李衣菜「…………」 わくわく

 

夏樹「…………」

 

八幡「………………ハァ、分かったよ」

 

葉山「っ!」

 

李衣菜「おお!」

 

八幡「う、上手く歌えなくても笑うなよ」

 

夏樹「へっ、最初は誰だってそうさ。その為の練習だ」

 

李衣菜「うんうん!」

 

八幡「……ふう」

 

 

 

カンッ カンッ カンッ

 

 

 

八幡「ーーっーー♪」

 

 

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「は? バックバンド?」

 

 

 

思わず、呆れるような声が出た。

 

目の前にいる少女。相も変わらず首にヘッドホンをかけ、今日はROCKと背中に大きく書かれたパーカーを着ている、この美少女と言って差し支えない女の子。

彼女は期待に目を輝かせ、俺の事を真っ直ぐに見つめていた。

 

 

 

李衣菜「そう! 今度やるライブで、プロデューサーたちには私となつきちのバックバンドをやって貰いたいんだよね!」

 

 

 

場所はいつもの某スタジオ。千葉にあるこの場所にも、今ではすっかり通い慣れていた。

そして珍しく早めに来たと思ったらこれだ。スタジオに入るなり、満面の笑顔の多田に頼まれてしまった。

 

いや、バックバンドってお前……

 

 

 

八幡「無理だろ。普通に考えて」

 

李衣菜「えぇっ! ど、どうして!?」

 

 

 

まるで予想外だったと言わんばかりの多田の反応。むしろ、何故引き受けてくれると思ったのか。

 

と、そこで助け舟とばかりに近寄ってくる一人の陰。

こちらも同じく先に来ていた木村先輩だ。

 

 

 

夏樹「まぁ話でも聞いてくれ八幡。何も武道館ライブのバックバンドやってくれって頼んでるわけじゃねぇんだからよ」

 

八幡「……非公式のライブって事っすか?」

 

 

 

今の台詞の感じだと、お金を取るようなちゃんとしたライブではないのかと思い至る。……いや、それにしたって厳しいですけどね? 始めてまだたかだか数ヶ月ですよ?

 

 

 

夏樹「非公式、ってわけじゃないんけどな。なんつーんだ、学園ライブ? って言えばいいのか」

 

八幡「学園ライブ?」

 

夏樹「ま、要は学校の体育館使ってライブしようって事だ」

 

李衣菜「いやー良いよね。まさに青春って感じで!」

 

 

 

本当に楽しそうにそう言う多田。

いやいや、簡単そうに言うけどライブはライブだぞ? 黙ってプロに任せた方が得策だと思うんだが。

 

俺の表情だけで通じたのか、木村先輩は俺を諭すように補足説明をしてくれる。

 

 

 

夏樹「お前の言いたい事は分かる。けど、予定じゃ四曲の内一曲を任せようって話になってるからさ。今から一曲集中して練習すれば充分間に合うだろ。他の曲はプロがちゃんとやるしな」

 

八幡「…………」

 

 

 

一曲、か。

 

確かにそれなら割と何とかなる気もする。

だけど、なぁ。さすがにいきなりは……

 

俺が未だに悩み唸っていると、木村先輩は念を押すように更に言ってくる。

 

 

 

夏樹「それに、自分の学校の生徒がバックバンドをやってるってだけで絶対盛り上がるだろ?」

 

八幡「まぁ、確かに葉山が演奏してるだけで女子人気は間違い無し……って、え?」

 

 

 

思わず、一瞬思考が固まる。

今、この人は何と言った?

 

 

 

八幡「“自分の学校の生徒”……? って、まさかライブする学校って……!」

 

葉山「総武高校だよ。もう学校には話を通してあるから、近々告知されと思う」

 

 

 

は、葉山ぁぁぁああああ!? 何してくれてんだお前はぁ!?

 

スタジオの扉を開け、図ったように会話に参加してきた葉山を睨みつける。

 

 

 

葉山「そう怖い顔をするなよ。良いじゃないか。ホーム戦だと思えば」

 

八幡「馬鹿かお前は。俺にとっちゃホーム戦=アウェー戦だっつうの」

 

夏樹「そんな悲しい事を威張るなよ……」

 

 

 

いやいやいや、マジでキツいだろ。

え、ホントに? ホントに俺があの学校でライブすんの? ギター弾くの? ……それなんて青春ラブコメ?

 

俺は受け入れ難い現実に、ただただ呆然と立ち尽くす。

 

一瞬だけ、幼き日の嫌な思い出が頭を過った。

 

 

 

李衣菜「大丈夫だよプロデューサー。私たちがついてるから!」

 

 

 

肩をポンと叩き、何の気無しに言ってのける多田。

それに続き、木村先輩までも逆側の肩へと手を乗せる。

 

 

 

夏樹「だりーの言う通りだな。気楽に、そんで楽しんでこーぜ」

 

 

 

……本当に、簡単に言ってくれる。

自分たちだって、緊張してるはずなのにな。

 

 

多田はCDデビューもしているし、それなりに場数を踏んでいるだろうが、それでも学園でのライブは初めてだろう。

 

木村先輩だってライブ自体は経験豊富でも、アイドルとしてのステージは初のはず。今までと勝手が違うのは明白だ。

 

 

それでも、こんだけ勇気を持って、楽しみにしていられる。

笑って、大きな舞台に挑む事が出来る。

 

それはやっぱ……

 

 

 

この二人が、アイドルだからなんだろうな。

 

 

 

八幡「………………ハァ、練習するか」

 

 

 

諦めたように、我ながら情けない返事とも言えない返事を返す。

 

だがそれだけで、多田は笑顔になり、木村先輩は首肯し、葉山は満足げに目を閉じた。

 

 

 

夏樹「さ、他の二人が来次第、新しい曲の練習に取りかかるぜ!」

 

李衣菜「おう! 演奏する曲は私のデビュー曲……『Twilight Sky』だー!」

 

 

 

意気揚々と、拳を掲げる彼女たち。

 

かくして、俺たちの恐らくは最初で最後のライブが始まる。

 

 

数ヶ月前までは、ライブへと送り出す側だった俺。その俺が、今度は何故かライブをする側へとなってしまった。

もちろん主役はアイドルの二人だ。だがそれでも、こんな舞台で緊張しないわけがない。

 

一体、何がどうなってこうなってしまったのか。

今となっては、それは俺にも分からない。

 

 

だが、これだけは言える。

 

 

 

多田よ。俺はもうプロデューサーじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⑥ やがて、彼らの1ページが捲られる。

 

 

 

“子供の心にトラウマを刻むのに、大事件はいらないものだ”

 

 

これは昔読んだ、ある物語での一節。

当時の俺は中学生くらいだったと思うが、読んだ時、酷く共感したのを覚えている。

 

今でこそ俺の黒歴史は大なり小なりいくつもあるが、それでも小さな頃は大したものはそれほど無かった。あって精々、子供ながらのありがちな悪戯やからかい。今にして思えば、取るに足らない戯事だっとすら思える。

 

だが、それも“今思えば”という意味でしかない。

 

当時の俺は心底嫌だと思っていたし、それが原因で本気で落ち込んだりもした。

小さな事でも、些細な事でも、子供にとっては充分なトラウマになり得る。

 

 

大事件なんか無くたって、ふとした事が心に傷をつける事があるんだ。

 

 

まぁ、そんな事が高校生になるまで多少あって……多少って言葉で片付けていいのか微妙だが……俺は現在へと至る。

 

小さな事から大きな事まで、様々な経験を経て、俺は今の人格へと形成されていった。

それが良い事なのか悪い事なのか、正直判別はつかない。だが、あれらが無ければ今の俺が無いというのもまた事実。

 

恐らく褒められた人間には成長できていないんだろうが……そんな事はこの際どうでもいい。他人にどう言われようと、俺くらいは俺を認めてやらんとな。

 

……それに、こんな俺を慕ってくれる奇特な奴らもいる。これだから世の中わからんものだ。

 

 

きっと、良い事も悪い事もあって、人ってのは形を成していくんだと思う。

高校生の分際で何を、と思われるかもしれんが、そう思うくらいには色んな事があり過ぎた。

 

良い事も、悪い事も。

 

 

 

そういえば、前に凛が俺の昔話をした事があったな。

確か奈緒と加蓮のライブ前の緊張を和らげる為に言ったんだったか。当時緊張で舞台に上がれなかった小さい頃の小町を勇気づける為に、俺も一緒に歌って踊ってあげたあの事件。

 

……あれは酷い暴露事件だった。元凶は完全に小町だけどね!

 

凛はさも美談のように話していたが、実は実際はそうじゃない。

確かにあれは小町の為にやった事ではあったが……それと同時に、自分自身に踏ん切りを付ける為でもあった。

 

それと言うもの、俺自身も似たような経験がかつてあったから。

 

小町がもっと幼い、俺も記憶があやふやな歳の頃。

学芸会か何かで俺も舞台に立つ事があった。合唱だったとは思うんだが、その中で、一人一人ソロで歌うパートがあったんだ。

 

本番前、クラスメイトが緊張するねーだの、しっかり歌えよーだのと、お互い言い合っていたのを何となく覚えている。

 

 

俺が、一人で緊張を抑えようとしていたのも。

 

 

そして本番で、俺は見事やらかした。

 

頭が真っ白になり、覚えていた歌詞も完全に飛び、一言も声を発せなかった。

まぁ元々短いフレーズだったし、次の順番の奴が何事も無く歌ったので特に大きな問題にはならなかったがな。他にも辿々しい奴が何人かいたし。

 

だがそれでも、俺の心へ傷を付けるのには充分だった。

 

 

緊張で手が震え、目が泳ぎ、観客の奇異の目が耐えられない。

 

頭では何も考えられず、口を開けたまま、一言も声が出ない。

 

しまいには目を伏せて、ただただ歯を食いしばる事しか出来なかった。

 

 

終わった後だって慰められる事は無く、クラスメイトは何やってんだという責め立てるような視線を送ってくるだけ。担任の先生もちゃんと歌わなきゃダメだろとしか言わなかった。

 

ぼっちの舞台なんて、結局はそんなもんだ。

 

 

ちなみに両親はパートを知らなかったので「ごめん、八幡のソロパート見逃しちゃったみたい! どこで歌ってた!?」と申し訳なさそうに言っていた。……申し訳ないのはこっちなのに、見栄を張って「歌ってたよ」としか言えなかったけどな。そんな自分が酷く情けなかった。

 

 

そしてそれからしばらくして、凛が話していた小町の件が起きたんだ。

あの時のような気持ちを小町にさせてはいけないと、俺はお兄ちゃんパワーを発揮させたわけなんだが……

 

それと同時に、きっと自分自身が乗り越えたかったんだと思う。

 

 

過去の、自分自身を。

 

 

結果的にはもっと大惨事になったような気もするが、それでも踏ん切りをつける事はできた。

だから、これはもう過ぎたこと。

 

 

 

……過ぎたことな筈なんだがな。

 

 

 

 

 

 

八幡「今になって思い出してんだから、乗り越えられてないんだろうな……」

 

一色「先輩なに一人で話してるんですか? 気持ち悪いですよ?」

 

八幡「……ほっとけ」

 

 

 

 

 

 

昼休み。

 

 

いつもの場所でいつもの昼飯。戸塚の練習風景を見ながら(今日はいない)のぼっちタイム。

至高のその時間に、何故かこいつはそこにいた。

 

 

一色いろは。

 

現総武高の生徒会長にして、小悪魔系女子高生である。

 

 

 

一色「先輩、今日もここでお昼ご飯ですか」

 

八幡「それがどうかしたか」

 

一色「一人で、ですか」

 

八幡「……それがどうかしたか」

 

 

思わずワントーン低くなる俺の声。

それに対し、一色は「うわー……」という可哀想な子を見る表情で俺を見る。隠す気ゼロだよこの子!

 

この間初めてこいつに会った時、この場所までそのまま来たのは失敗だったな。どうも昼休みは俺はここへ来る事を覚えられてしまったらしい。

それからたまーにここへ来てはどうでもいい話(主に葉山絡み)をし、俺のSAN値を削ってくる。なんともはた迷惑な奴だ。

 

 

 

一色「ていうか、先輩こんな所で普通にご飯食べてていいんですか?」

 

八幡「何でだ」

 

一色「だって今日ってライブの本番ですよね? バックバンドの人も何か打ち合わせとかあるんじゃないかなーと」

 

 

 

一色が何とも無しに言った台詞。その言葉に、思わず眉を寄せてしまう。

 

ライブ。そう、ライブだ。

今日はシンデレラプロダクションのアイドル、多田李衣菜と木村夏樹による、総武高校の学園ライブ。

 

そして、俺はそのライブでの一曲とはいえバックバンドのギターをやる事になっていた。本当にどうしてこうなった。

 

 

 

八幡「まぁ、無い事も無い。実際これ食ったら打ち合わせに向かうしな」

 

 

 

ローテンションを隠そうともせず、俺は焼きそばパンを齧る。

 

いやホント楽しみとかそんな気持ちが微塵も湧かないんだからヤバイ。緊張と不安でパンが逆流してきそう。やっぱアイドルって凄いんだな、とかそんな感想しか湧いてこなかった。俺ホントに元プロデューサーなのかしら?

 

そして一色はと言うと、俺のそんなテンションよりも台詞が気になったご様子。

 

 

 

一色「え。打ち合わせって事はあれですか葉山先輩も来るんですかそれ」

 

八幡「そりゃな」

 

 

 

バックバンドのもう一人のギターは葉山。ならばあいつが打ち合わせに来るのは当然と言える。

 

質問に返すと、一色は腕を組み、人差し指を顎に添えて思考のポーズを取る。

考える時まで可愛さアピールを忘れないその殊勝な心がけ、大変素晴らしいと思います。だが、あざとい。

 

そして一色は思考を終えたのか、思わず花丸をあげたくなるほどの眩しい笑顔でこう言った。

 

 

 

一色「先輩。生徒会長として、わたしもその打ち合わせに同行します!」

 

 

 

どっちかって言うと欲まみれの笑顔のようだった。

 

 

 

八幡「いや曲の打ち合わせだから、お前が来ても何も話すこと無いと思うんだが…」

 

一色「いえいえ。やっぱり生徒会長ですし、演奏者さん達の様子も見ないと!」

 

八幡「お前が見たいのは葉山だろ……」

 

 

 

確かに総武高のイベントではあるし、実際生徒会には開催に当たって色々と仕事を手伝って貰った。会場の設営しかり、校内への広報しかりな。

 

ただだからと言って曲の演奏自体には何も関与しちゃいない。来た所で、めんどくさい事にしかならないから遠慮してもらいたいんだが……

 

 

と、俺がどう一色を説得しようか、いろはすでも買い与えようかと考えていた時だった。

視界の隅に、一人の影を捉える。あの特徴的な太眉とお団子は……

 

 

 

奈緒「おーっす。こんな所にいたのか比企谷」

 

八幡「奈緒か。なした」

 

 

 

手を振りつつ、機嫌良さそうに歩いてくる現役女子高生アイドル神谷奈緒。

つーかもうあれなのね。この場所は周知されまくってんのね。

 

 

 

奈緒「いや、きっと緊張してるんだろうなーと思ってよ。からかいに来た」

 

 

 

そう言って快活に笑う彼女。

また何とも意地の悪い直球な理由だな。……けど、どうせこいつの事だ。

 

 

 

八幡「そうか。悪いな心配かけて」

 

奈緒「べ、別にそういうつもりで来たわけじゃねーよ! 勘違いすんな!」

 

 

 

みるみる顔を真っ赤にする奈緒。

本当に分かり易い奴だ。ツンとデレが合わさって最強に見える。つまりツンデレは最高。

 

 

 

奈緒「ったく……あれ、いろはもいたのか」

 

一色「お久しぶりです奈緒先輩。その節はどうも」

 

 

 

笑顔でぺこりとお辞儀する一色。そういや、こいつらも面識あったんだったな。生徒会選挙絡みで。

結局その件に関してはあまり話を聞いていないので、経緯はよく知らんが。

 

 

 

奈緒「お前らも知り合いだったんだな。何話してたんだ?」

 

一色「あー何かこれから打ち合わせがあるらしいので、私も同行しなきゃーって話してたんです」

 

 

 

さも当然とばかりに一色がそう言うので、奈緒はなるほどなーと納得してしまう。

いやいや、打ち合わせはあくまでバンドの話よ? いろはすは関係ないよ?

 

 

 

奈緒「思い出すなー。アタシらの時も大変だったよな」

 

八幡「まぁ、大変だったのはライブ以前の問題だったけどな」

 

奈緒「お前が言うかそれ?」

 

 

 

呆れるように笑い、奈緒は肩をポンっと叩きながら言う。

 

 

 

奈緒「ま、アタシらも応援してるから頑張れよ。ファイトだタウゼント・ブラット!」

 

八幡「それ恥ずかしいからやめろ……」

 

 

 

つーか何でお前がそれ知ってんだ。あれか。材木座の野郎から聞いたのか。余計な事を。

俺が思わず眉を寄せていると、そこで一色がキョトンとしている顔が視界に入る。

 

 

 

一色「あれ? そういえば奈緒先輩は打ち合わせに行かないんですか?」

 

 

 

不思議そうにしながら、疑問をそのまま口にする一色。ま、まずい……!

 

 

 

奈緒「え? なんでアタシが打ち合わせに参加する必要があるんだ?」

 

一色「は? だって奈緒先輩も…」

 

八幡「よし。打ち合わせ行くか一色」

 

 

 

相変わらず先輩への態度が悪い一色の前に出るように、その先の言葉を遮る。

危ねぇ……もう少し遅かったら言われる所だった。

 

 

 

一色「え! わたしも行って良いんですか!」

 

八幡「ああ。構わん。だから早く行くぞ」

 

 

 

こうなれば仕方が無い。あれが奈緒にバレるくらいなら、まだ一色が打ち合わせに来る方がマシだからな。

 

そして俺と一色がさっさとその場を後にしようとすると、当然奈緒が抗議をあげてくる。

 

 

 

奈緒「いや、ちょっと待て。今いろは何か言って…」

 

八幡「奈緒」

 

奈緒「な、なんだよ」

 

 

 

俺の真剣な呼びかけに、思わず押し黙る奈緒。

ふむ。ここはあの作戦でいこう。

 

 

 

八幡「問題だ。『μ's』名義の曲は全部で何曲あるでしょう」

 

奈緒「は? μ's名義の曲?」

 

八幡「ああ」

 

 

 

突然の出題。奈緒は怪訝な顔をしながらも考え始める。

 

 

 

奈緒「そんなのシングルの数を数えれば……あぁでもカップリングもあるのか。待てよ、ぼらららはラブライブ名義だったから数えないとして、友情ノーチェンジも……あ! つーかDVDの特典曲もあるじゃねーか! それも数えて、えーっと……比企谷、シングルとアルバムは分けて考えればいいのか? ……って、あれ。どこいった? 比企谷? 比企谷ーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「なんとか撒けたな……」

 

 

 

その名も『いきなり問題を出してはぐらかす作戦』。主に小町や由比ヶ浜のようなアホの子にしか使えん作戦だが、奈緒にも効いたようで何よりだ。あいつは趣味関連の話題には弱いな。

 

そこで、前を歩く一色が不思議そうに訊いてくる。無論内容は先程の事。

 

 

 

一色「先輩、なんで急に逃げたんですかー?」

 

八幡「いや、あのままじゃ奈緒にバレる所だったから、思わずな」

 

一色「? バレる?」

 

 

 

全然分からんという様子で首を傾げる一色。

まぁ、ここまで来たらこいつには言っても問題無いか。

 

 

 

八幡「あいつ、今日自分も歌う事を知らないんだよ」

 

一色「はぁ……って、えぇッ!?」

 

 

 

思わず、ぎょっとした表情で勢いよく振り返る一色。

 

 

 

一色「いやだって、総武高のライブだから奈緒先輩にサプライズゲストで歌って貰おうってこの間企画会議で言ってたじゃないですか」

 

八幡「ああ。サプライズだな。本人にも」

 

一色「えー……そういう意味ですか」

 

 

 

告知では多田と木村先輩による学園ライブとだけ銘打っているが、やはりここは総武高校。なので、奈緒にはサプライズで出てもらう事にしたのだ。本人にも内緒でな。

 

少し可愛そうだとは思ったが、まぁ企画したのは俺じゃないし、なんだ、その……頑張って! としか言えん。

 

 

 

八幡「とりあえずバレなくて助かった。奈緒には悪いがな」

 

一色「アイドルって大変なんですね……」

 

 

 

なんとも他人事のような一言であった。心底同意できるけどな。

 

……あぁ、ライブの事を考えたらまた腹が痛くなってきた。もうばっくれようかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから打ち合わせを経て、午後の授業をこなし、胃を痛めながらもライブまでの時間を俺は過ごした。

 

 

今日は奉仕部の部室へも向かわず、体育館へと直行する。まぁ、最近は練習の為に顔を出さない事も多かったがな。しかしあいつらも見に来るんだろうか……見に来るんだろうな。

 

俺たちがバックバンドをやる事は周知していないが、それでもあの二人はデレプロのファンだ。恐らく見に来るのは間違いない。やっべぇな、超恥ずかしい。カメラとかで撮られたらどうるするよ……

 

 

 

だが、俺のそんな不安も関係無しに事態は急転した。

 

 

 

元来、こういったイベント毎にトラブルは付き物だ。そういう意味では、まだ軽いものだとも言える。

 

その報せが届いたのは、ライブの開演開始まで30分を切った時だった。

 

 

 

 

 

 

八幡「多田と木村先輩が遅れてる……?」

 

 

 

舞台袖で準備をしていたその時。

一色からのその連絡に、思わず目を見開く。

 

 

 

一色「はい。なんでも前の仕事が長引いてしまったらしくて……」

 

葉山「どれくらい遅れるんだ?」

 

一色「1時間くらいは見てほしいそうです」

 

 

 

1時間……

 

つまり、30分近くは開演出来ないって事か。

 

 

 

戸塚「良かった。そんなに遅くはならないんだね」

 

材木座「ふむ。それならば事情を話して、少し待ってもらえば……」

 

八幡「いや。それはあまり良い手ではないな」

 

材木座「ぬぅ? 何故だ」

 

 

 

意味が分からんとばかりに首を傾げる材木座。お前がそれやっても何も可愛くないぞ。

 

 

 

八幡「イメージに影響するからだ。仕方が無い事態だったとしても、待たされる事に変わりは無いからな。不満も出るし、少なからず帰る奴も現れる」

 

 

 

こう言っちゃ悪いが、多田はともかく木村先輩はまだ駆け出しのアイドルだ。初っぱなから遅刻というのは出来れば避けたい。

 

 

 

八幡「出来る事なら遅れてるってのは告げない方が良いな。なんかテキトーに場を繋いで、30分持ちこたえた方が…」

 

葉山「でも、何をすればいいんだ?」

 

八幡「…………一色」

 

一色「ええ!? わたしですか!?」

 

 

 

秘技・他力本願の術。

いや、俺も言った手前何も思いつかないんだよね。どうしましょ……

 

 

 

一色「あ、奈緒先輩に歌って貰ったらどうですか?」

 

八幡「だがそれだとサプライズが……」

 

一色「そんなこと言ってる場合じゃないですって!」

 

 

 

確かに一色の言う通りだな……。奈緒も、事情を話せば恐らく強力してくれる。サプライズ出来ないのは痛いが、遅らせるよりは良いか。

 

だが、そこで葉山が神妙な顔つきで言ってくる。

 

 

 

葉山「いや、それだと曲を演奏できない。バックバンドの人たちも夏樹さん達と一緒に来る手筈だったから、神谷さんの曲を演奏できる人がいないんだ」

 

戸塚「そっか。僕たちはTwilight Skyしか出来ないもんね……」

 

 

 

落ち込むように言う戸塚。

そういやそうだった。まさかアカペラで歌ってもらうわけにもいかねぇし。

 

ならトーク? ……無理だ。未央や卯月とかならともかく、奈緒にトークで30分ももたせろとか流石に酷過ぎる。

 

 

他に何か無いか? ここにあるのは、事前に運び込まれた楽器と機材……。

 

 

 

……楽器は、あるんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一色「あ、でしたら先輩たちが演奏すれば良いんじゃないですかー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

いや、何その手があったかみたいな顔してんのお前ら?

 

 

 

葉山「なるほどな……確かに楽器はあるし、前座って事にすれば違和感も無い」

 

八幡「いや待て。ちょっと待て」

 

 

 

本当に待ってほしい。さっきから嫌な予感が止まらないんだ。気を抜くと足が震えてきそう。

 

 

 

八幡「そうだ雪ノ下たちに頼もう。文化祭で演奏してたし、あいつらに頼めば…」

 

葉山「けど今回は陽乃さんがいない。ドラムを代わりに叩ける人を探そうにも宛が無いしね」

 

材木座「うむ。我は練習した曲意外は知らんしな」

 

 

 

そ、そうだった。

畜生! なんでこういう時に限っていないんだあの人! 必要ない時だけ来やがって!

 

 

 

八幡「い、いやしかしだな。それ言ったらTwilight Skyは誰が歌うんだ。奈緒も歌えるか分からんぞ?」

 

葉山「大丈夫。俺たちが演奏するのはそっちじゃない」

 

八幡「…………」

 

葉山「あるだろ? もう一曲練習してた曲が」

 

 

 

ありました。確かにありましたねー。あったあった。

いやでも、それってつまり、うん。そういう事だよね。

 

葉山は、真剣な眼差しで俺に言う。

 

 

 

 

 

 

葉山「歌うんだ。比企谷」

 

 

八幡「無理無理無理無理無理無理」

 

 

 

 

 

 

いやー無理だろ! ほんっきで無理だろ!? え、馬鹿なの? 死ぬの? 俺が。

 

 

 

戸塚「だ、大丈夫かな。最近はTwilight Skyの練習ばっかりだったから、ちゃんと弾けるか心配だよ」

 

材木座「う、うむ。本番前に何回か練習を…」

 

八幡「いや何やる気になってんだそこ」

 

一色「とりあえず最初10分くらいは司会に引っ張ってもらってー、後は曲の演奏とトークでどうにかなりそうですかね」

 

葉山「ああ。少し尺があまりそうだけど、そこは機材の入れ替えとかで誤摩化せば何とかなるか」

 

八幡「聞いてくれ。頼むから……」

 

 

 

なぜか着々と話が進んでしまっている。

これはもう、決まりなのか? 俺が、歌うってのか? 

 

 

 

また、あの記憶が頭を過る。

 

 

 

胸を締め付けるような痛みが一瞬やってきて、それから遅れてカタカタと震えてきた。

 

……なんだ。やっぱ全然乗り越えられてねぇな。

 

 

 

葉山「比企谷?」

 

八幡「っ!」

 

葉山「大丈夫か?」

 

 

 

心配そうに覗き込んでくる葉山。

いやお前が歌えって言うからこんなんなってるんですがそれは。

 

 

 

八幡「……大丈夫じゃねぇよ」

 

 

 

大丈夫じゃないに決まってる。

全然大丈夫なんかじゃないが、それでも覚悟を決めなければならないのも分かってる。

 

 

多田と木村先輩。

 

 

普段の仕事もあるのに、彼女たちは俺らの練習に付き合ってくれた。

そして、今回のこのライブを楽しみにしていた。その様子は、俺たちが一番近くで目にしていたんだ。

 

なら、そのライブを台無しにしちゃいけない。していい筈がない。

そもそも遅れてると告げてはいけないと言ったのは俺なんだ。なら、最後まで責任を持つのは当然と言える。

 

 

その言葉に、責任を。

 

 

 

八幡「……一色」

 

一色「っ! なんですか?」

 

八幡「ギリギリまで生徒を会場に入れるな。出来るだけ合わせたいからな」

 

 

 

俺の言葉に一色はぽかんとし、葉山たちは微笑んでいた。

正直、怖くて緊張してどうにかなりそうだが、やるしかない。

 

 

凛は、あいつらは、もっと大きな舞台で頑張っていたんだ。

 

比べるのもおこがましいだろう。けど、俺だって近くで彼女たちを見て来た。

 

 

 

だからーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざわざわと、幕の向こう側から声が聞こえてくる。

 

 

結局あれから数回しか合わせる事は出来なかった。それほど失敗はしなかったが、それでも本番前の練習としては心もとない。

 

周りを見れば、薄暗い中他のメンバーがスタンバっている。

 

 

 

材木座は冷や汗を流し。

 

戸塚はそわそわしている。

 

そしてあの葉山でさえも、どこか不安げだ。

 

 

 

……きっとこいつの事だから、俺らの心配をしてるんだろうな。

その様子に、少しだけ気分が楽になる。

 

他の奴がテンパっていると、自分は逆に落ち着いてくるというアレみたいなもんか。

 

 

 

幕の向こう側で、一色の声が少しだけ聞こえた。

それに呼応するように、観客の歓声も大きくなる。

 

 

どうやら、前座で他のバンドが演奏するのも良い演出と受け取って貰えたらしい。

 

そりゃ、同じ高校の生徒がやるとなれば多少は盛り上がるか。

 

 

 

やっぱ葉山がボーカルのが良かったんじゃね? 絶対がっかりされるだろ、俺。

 

あと、どれくらいだ? 合図はまだか?

 

いや、出来るだけ引っ張ってもらった方が良いのか。ああでも、早く終わってほしい。

 

 

 

ダメだ、思考が、まとまらない。

 

 

 

やっぱりあいつらは、アイドルは、凄いんだなって。

 

そんな感想しか、出て来ない。

 

 

 

と、そこで舞台袖からライトが光った。

合図だ。間もなく幕が上がる。

 

それに習って、心臓が跳ね上がる。

 

 

 

周りを見る。

 

材木座と、戸塚と、葉山と、頷き合った。

 

 

 

幕が、上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「ーーーーっ」

 

 

 

 

 

 

思わず、息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

人でいっぱいの会場。

 

 

 

見慣れた筈の体育館が、今は全然違って見える。

 

薄暗いながらも、観客の姿が目に映る。

 

 

 

ざわざわと、声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

          「あれ、葉山くん?」

 

                   「いないと思ったら演奏する側だったんだねー」

 

    「ドラムの太った人だれ?」

 

                                   「ベースの子可愛いー。何年生?」

 

          「葉山くんの歌とか絶対上手いじゃん」

 

                      「あれ、でもマイクはあるけど真ん中じゃなくね?」

 

  「コーラスって事でしょ」

 

                 「え、じゃあ真ん中のあいつが……?」

 

     「ボーカル?」

 

                                「どっかで見たことない?」

 

             「あいつって噂の……」

 

 

 

 

 

 

言葉が、止まらない。

 

 

 

耳にはしっかりと届いてくる。

 

けど、意味を理解する余裕が無かった。

 

 

 

まるで、あの時のように。

 

 

 

八幡「…………っ……」

 

 

 

葉山「(比企谷、挨拶を!)」

 

 

 

葉山が、小声で何か言っている。

 

だが、俺には何も聞こえない。

 

 

 

戸塚「(は、八幡……?)」

 

葉山「(……っ、材木座くん! カウントを!)」

 

材木座「(う、うむ)」

 

 

 

カンッ、カンッ、カンッ

 

 

 

遠くで、スティックを叩く音が聞こえた。

 

そうだ、歌わなきゃ。俺が最初に歌い出さなきゃ、演奏が……

 

 

 

 

 

 

八幡「……あ……っ…」

 

 

 

 

 

 

声が、出ない。

 

歌詞が出て来ない。息も上手く出来ない。

 

 

何も、考えられない。

 

 

 

葉山「(比企谷……!)」

 

 

 

 

 

 

                   「あれ、曲始まんないよ?」

 

  「ボーカルの様子変じゃね?」

 

                                      「カンカンって叩いたのにね」

 

       「なんか他のメンバーが慌ててるっぽい?」

 

                                 「機材トラブルか?」

 

                「でも歌ってる様子も無いし」

 

   「なんか具合悪そう」

 

                      「どうしたどうした。怖じ気づいたか?」

 

 

 

 

 

 

ざわざわと、また喧噪が大きくなった。

 

 

 

ダメだ、落ち着け。とにかく、落ち着くんだ。

 

けど、身体が言う事をきいてくれない。

 

 

 

 

手が震え、目が泳ぐ。

 

口を開けたまま、声が出ない。

 

 

耳に入ってくる音が、やけに五月蝿い。

 

 

 

「大丈夫かあいつ?」

 

 

 

頼むから、静かにしてくれ。

 

 

 

「早くやれよー」

 

 

 

騒ぐな。考えられない。

 

 

 

「もう見てらんねーな」

 

 

 

目線が、どんどんと下がって行く。

 

観客の奇異の目に、耐えられない。

 

 

 

「帰るか」

 

 

 

俺の足が、目に入った。

 

もう、顔を上げられない。

 

 

 

もう、何もーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『また、下向いてる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「ーーっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛『プロデューサー、また下向いてるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音が、やんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛『そんなに下ばっかり見てたら危ないよ?』

 

 

八幡『なに言ってんだ。俺は自分の足下を見る事で自分の立ち位置を把握できる、地に足が着いた人間なんだよ』

 

 

凛『またそうやって屁理屈言って……』

 

 

 

 

 

 

いつかの、何気ない風景。

 

それが何故か、ふと頭の中へと蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

凛『もう……ちゃんと上も見ないとダメだよ?』

 

 

八幡『安心しろ。俺だってちゃんと歩く時は顔上げてる』

 

 

凛『いやそういう事じゃなくてさ……』

 

 

八幡『?』

 

 

凛『……下ばっかり見てたら、大切なものを見落としちゃうってこと』

 

 

八幡『そりゃまた、随分と大袈裟だな』

 

 

凛『大袈裟なんかじゃないよ。見上げてみれば……』

 

 

 

 

 

 

顔を、上げる。

 

 

自分の足下から、観客へ。

 

 

真っ直ぐと。

 

 

 

 

 

 

凛『いつもと違う景色が、見えてくるから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加蓮「八幡さぁーーーーーん!! めっがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「ーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客の奥の奥の、一番後ろの方。

 

 

そこに、確かに見えた。

 

 

確かに、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

奈緒「ちょっ、こら加蓮! そんな大きな声出したらバレるだろうが!?」

 

未央「あ。プロデューサーこっちに気付いたみたいだよ。おーい!」

 

卯月「み、未央ちゃん! ダメですよ!」

 

雪ノ下「それに彼は今プロデューサーじゃないわね」

 

輝子「ふひっ……がんばれ八幡」

 

由比ヶ浜「ていうか皆、もっと静かに! ほ、ほら、周りの人見てるよ~!」

 

 

 

 

 

 

八幡「あいつら……」

 

 

 

騒がしく、周りの目を引く一団。

変装しているつもりなのだろうが、発言から既に台無しだった。

 

遠くの遠く、一番後ろの方にいる彼女たち。

 

あんなに遠いのに、それでも気付く事が出来た。

 

 

ちゃんと、見つけられた。

 

 

 

八幡「……っ」

 

 

 

ふと、気付く。

 

いつの間にか、震えは止まっていた。

 

 

 

八幡「……確かに、見落としてたみてぇだな」

 

 

 

今は隣にいない。

 

それでも、あいつの存在を確かに感じる。

 

こんな時でも、背中を押してくれる。

 

 

 

葉山「比企谷……?」

 

 

 

心配そうに、声をかけてくる葉山。

材木座も戸塚も、同じような様子だった。

 

振り返らず、俺は言う。

 

 

 

八幡「悪い。待たせた」

 

 

 

その言葉に、葉山は一瞬驚き、そして微笑む。

 

 

 

葉山「……いいさ」

 

 

 

戸塚と材木座も、答えてくれる。

 

 

 

戸塚「うん。頑張ろうね!」

 

材木座「うむ……では、ゆくぞっ!!」

 

 

 

鼓動が高鳴っていく。

 

でも、さっきとは違う。

 

 

 

カウントが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ カンッ カンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡『ーー♪」

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜「あ……」

 

 

 

 

 

 

八幡『〜♪』

 

 

 

 

 

 

ーー♪ ーー♪

 

 

 

 

 

 

雪ノ下「………」

 

 

 

 

 

 

八幡『〜〜♪ 〜〜♪』

 

 

 

 

 

 

未央「たしか、アジカンの『アンダースタンド』……だっけ?」

 

加蓮「……ふふ、八幡さんらしい」

 

 

 

 

 

 

八幡『〜〜♪ 〜〜♪』

 

 

 

 

 

 

輝子「フヒ……」

 

卯月「〜〜♪」

 

 

 

 

 

 

八幡『〜〜♪』

 

 

 

 

 

 

奈緒「……良い曲だな」

 

 

 

 

 

 

ーー♪ ーー♪

 

 

 

 

 

 

八幡『〜〜♪ 〜〜♪』

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

ーー♪ ーー♪

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡「……………………疲れた」

 

 

 

椅子へ腰掛け、何とか絞り出た言葉はそれだけだった。

 

いやホント、マジで疲れた……

 

 

 

葉山「良かったじゃないか。無事に成功してさ」

 

 

 

場所はステージの舞台袖。

 

缶コーヒーをこちらへと差し出し、そう笑う葉山。

マッカンとは、こいつも多少は俺を分かってきたようだ。

 

 

 

八幡「……まぁ、な」

 

 

 

自分で言うのもなんだが、確かに観客の反応を見るに成功ではあったようだ。

あれは歓声だったんだよな? 極度の緊張で罵声がそう聞こえたとかじゃないよね?

 

 

 

葉山「でも夏樹さんたちも早めに着いてくれて助かったよ。あのままじゃアンコール! とかってのもあり得たしな」

 

八幡「無いとは思うが、もしそうなってたらと考えると恐ろしいな」

 

 

 

あの後多田と木村先輩は無事到着。ライブはもちろん大成功。やっぱ多田は場慣れしてるし、木村先輩もライブ経験があるからだろう、見事なパフォーマンスを見せてくれた。

 

つーか、あの人ら俺たちの演奏聴いてたらしいぜ? なんなんそれ? 完全に俺ピエロですやん!

……まぁ、早めに着いてくれたおかげでトークとやらをせずに済んだのは本気で助かったけどな。

 

 

 

八幡「あと10分ばかし早かったらな。俺らが演らずにすんだものを…」

 

葉山「くくっ」

 

八幡「……なんだよその笑いは」

 

 

 

何、俺が慌てふためいてのが面白かったとか、そういう笑いなの? 泣くぞ?

 

 

 

葉山「いや。そう言う割には、良い笑顔だったなと思ってさ」

 

八幡「……だから、気のせいだろ」

 

 

 

確かに、演奏を終えた時に心地いい達成感は感じた。

 

 

観客の歓声が聞こえてきて、心臓が高鳴るのが自分で分かって。

 

とにかく、言いようの無い感情が胸にいっぱいになった。

 

 

戸塚が涙ぐむくらい喜んでて、材木座は相変わらず汗だくでハイテンションで。

 

葉山は、見た事ないくらい満面の笑みで。

 

 

 

……思わず、ハイタッチしてしまった。何故だ。

 

 

 

葉山「比企谷?」

 

八幡「……なんでもねぇ」

 

 

 

いや今思い出しても恥ずかしい……なんで俺あんなテンション上がってたんだろう。やよいちゃんならともかく、葉山とハイタッチとか。海老名さんしか得しねぇよ!

 

 

 

八幡「そういや、戸塚とついでに材木座はどこ行ったんだ?」

 

葉山「そろそろ後片付けだからね。先に行ってるみたいだよ」

 

 

 

ああ、そうか。そういやそれもあったな。

いやーめんどくさいな。正直疲れ果ててやる気なんて微塵も無いが……まぁ、最後までやるのが筋だろうな。

 

 

 

八幡「そうか。んじゃさっさと終わらせっか」

 

 

 

コーヒーを飲み干し、よっこらせっと椅子から立ち上がる。

ステージへ向かおうと歩き出すが、そこで葉山が動こうとしないのに気付く。

 

なした? と視線だけ向けると、葉山は少しだけ暗い表情をしていた。

 

 

 

八幡「……行かねーのか。片付け」

 

葉山「いや、行くよ。ただその前に一ついいか?」

 

 

 

葉山の言葉に、俺は無言で首肯する。

 

 

 

葉山「……バンド、続ける気はあるかい?」

 

八幡「っ!」

 

 

 

葉山のその問い掛け。

正直、少し驚いた。本当は後で自分から切り出すつもりだったからな。

 

まさか、先に訊かれるとは。

 

 

 

八幡「……そうだな」

 

 

 

だから、俺の答えはもう用意されている。

 

 

 

葉山「……」

 

八幡「悪い。やめるわ、バンド」

 

 

 

その言葉に、葉山は特に驚いた様子も無かった。

 

 

 

葉山「……理由を訊いてもいいかい?」

 

八幡「別に、大した理由じゃない。ただ…」

 

葉山「ただ?」

 

 

 

あの時、演奏を終えた時の景色。

 

いつもの日常じゃ、絶対に見られないであろう光景。

 

観客の歓声が心地よくて、言いようの無い達成感に襲われて。

 

アイドルたちが見ているのは、こんな景色だったんだと気付いた。

 

 

 

そしてそれと同時にーー

 

 

 

 

 

 

あいつがこの景色を見ている時、俺はもう隣にいないんだという事に、気付いた。

 

 

 

 

 

 

八幡「……やりたい事が、出来たんだ」

 

 

 

分かっていたつもりだった。だがそれでも、今更ながらに気付かされた。

 

無駄かもしれない。意味が無いかもしれない。でも、何もせずにいることなんて出来ない。

もう、この気持ちは止められなかった。

 

 

 

葉山「……そうか」

 

 

 

俺の言葉に、葉山はそれ以上訊こうとはしなかった。

何をしたいのかも、どんな事なのかも。

 

ただ……

 

 

 

葉山「よかったよ」

 

八幡「あ?」

 

葉山「君にも、“夢中になれる何か”が見つかって」

 

 

 

それだけ言って、葉山は笑った。

 

俺の言葉に、充分満足したように。

 

 

……こいつも、大概あざといよな。

 

 

 

葉山「でも、たまには息抜きに演るのも良いと思うよ。材木座くんも戸塚も、誘えばきっと喜ぶ」

 

八幡「ああ」

 

葉山「それじゃ、俺たちも片付けに…」

 

八幡「葉山」

 

 

 

ステージへ向かおうとした葉山へ呼びかける。

 

これから俺は、血迷った事を言う。それだけ先に言っておく。

きっとこれが最初で最後で、もうきっと言う事は無いだろう。

 

 

それでも、言っとかないと後悔しそうな気がしたから。

 

 

 

 

 

 

八幡「ありがとな」

 

 

 

 

 

 

表情は変えず、目線はそっぽを向いたまま。

だがそれでも、葉山が驚いているのは分かった。

 

その後に、微笑んだのも。

 

 

 

 

 

 

葉山「……どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

それだけ交わして、俺たちはステージへと向かった。

 

 

たぶん、俺のライブもこれが最初で最後。

こんな青春の1ページみたいな事をやるなんて、昔の俺じゃ考えられなかったな。

 

しかし、今回ばかりは良しとしよう。

 

 

 

材木座「ぬぅ…!? 遅いぞ貴様ら! さっさと片付けて打ち上げに行くぞ!!」

 

八幡「は? 打ち上げ? 俺そんなん聞いてないんだが」

 

戸塚「いいからいいから、早く終わらせて行こ? ね、八幡」

 

八幡「よし。じゃあ俺は先にアンプを持つから……おい葉山、そっち持ておら早くしろ」

 

葉山「クク……ブレないな君は」

 

 

 

他愛の無い、どうでもいいとも言えるような些細な戯れ。

 

そこに価値は無いと思っていたし、意味なんて見い出せないと思ってた。

 

 

だが、そこにもきっと馬鹿に出来ない何かがあって。

 

素敵な何かが、溢れているんだと知ったから。

 

 

なら、俺はこの1ページを受け入れよう。

 

 

 

真っ白な嘘というものがある。真っ赤な嘘が人を騙す為のものなら、真っ白な嘘は人を救う優しい嘘。

 

そして、必要悪というものもある。その悪があるからこそ、世は成り立つ。

 

 

だからきっと、嘘であり悪であるとしたこの青春も。

 

 

 

……案外良いものだ。少しだけ、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 … 後日 …

 

 

 

奈緒「いやー昨日は大変だった。……まさかアタシまで歌う事になるとは」

 

加蓮「あはは、こっちは見てる側だったから面白かったけどね」

 

奈緒「他人事だからってお前…………って、凛」

 

凛「おはよ二人とも。何の話?」

 

加蓮「あ、うん。昨日見に行ったライブの、ね」

 

凛「ああ、そういえば昨日だったね」

 

奈緒「(こ、これはマズイな何とか話しを逸らさないと……)」

 

加蓮「(凛、頑なに八幡さんと直接会おうとしないよね。まぁそれは八幡さんもだけど)」

 

奈緒「(二人とも変な所で頑固だもんなぁ。ライブくらい行けば良かったのによ)」

 

凛「? どうかした?」

 

加蓮「い、いや? 別に何も…」

 

李衣菜「おっはよー! いやー昨日のライブ楽しかったなー。前座とはいえ、プロデューサーたちの演奏も凄かったし!」

 

奈緒・加蓮「「(く、空気読めなさそうな奴きたー!?)」」

 

凛「おはよ李衣菜。昨日のライブの話?」

 

李衣菜「あ、凛ちゃん。そうそう凄かったんだよ昨日!」

 

奈緒「あ、ちょっ…」

 

 

 

 

 

 

李衣菜「歌上手いし、超ロックだった! いやーさすがは凛ちゃんのプロデューサーだね!」

 

 

 

凛「っ!」

 

 

 

 

 

 

加蓮「り、凛……?」

 

凛「……ふふ」

 

李衣菜「あれだったらミュージシャンとしてもやっていけるんじゃないかなぁ。あ、さすがに言い過ぎ? ……って、どうかした?」

 

凛「いや、なんでもないよ」

 

李衣菜「?」

 

凛「私のプロデューサーだもん。当然だね」 ニコニコ

 

奈緒・加蓮「「っ!」」

 

李衣菜「いいなー。アタシもロックなプロデューサー欲しいや」

 

凛「あぁでも、今はプロデューサーじゃないから。元プロデューサーね」

 

 

 

わいわい

 

 

 

奈緒「……なんか」

 

加蓮「惚気られただけだったね……」

 

 

 

 

 

 

おわり

 


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