やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。 作:春雨2
渋谷凛。
高校一年生。15歳。
8月10日生まれの獅子座。
血液型はB型で利き手は右手。
身体的プロフィールは割愛。察しろ。
出身地は東京で、趣味は犬の散歩。
実家は花屋を経営しており、そこに客として来た社長にスカウトされたそうだ。
ちなみに犬の名前はハナコ。
これが俺の担当する事になったアイドル、渋谷凛である。
何と言うか、最初に抱いた感想は良くも悪くも“普通の女の子”といった印象だ。
いや、どちらかと言えば“どこにでもいる女子高生”と言った所か。
何せこの先俺は彼女以上に“普通な女の子”に会う事になるからである。
……いや、もちろん可愛いよ?
そんなこんなで俺こと新米プロデューサー比企谷八幡は、担当アイドルである渋谷凛と、喫茶店にいた。何故だ。
凛「私はコーヒーで。プロデューサーは何か頼む?」
八幡「へ? あ、あぁ。それじゃ俺もコーヒーを……」
どうせMAXコーヒーは無いだろうしな……砂糖とミルク増し増しでいこう。
こんな事になったのは社長の一言「それじゃあ親睦を深める為にも、二人で話してみるといい。そうだ! この下の喫茶店はどうかね? ウェイトレスの子が大変可愛くてね。いつかスカウトしようと(ry」が原因である。
マジ社長ェ……
いやまぁこれから先やっていくには必要な事なんだろうけどさ。
つーかプロデューサーって呼ばれるのがむず痒くてたまらん!
これに慣れなきゃんらんとは、前途多難である。
凛「……」
八幡「……」
凛「……」
八幡「……」
き、気まずい……!
やっぱこれはアレか? プロデューサーとして俺が話を切り出さなきゃならんのか!?
くそ、ぼっちにはハードルが高過ぎるぞ!
しかしそうも言ってられまい。こいつは雪ノ下こいつは雪ノ下こいつは雪ノ下……
凛「……ねぇ」
八幡「は、はい!?」
俺が何から切り出そうか頭を悩ませている間、彼女の方から話しかけられてしまった。
面目次第もございません……
凛「プロデューサーって、歳いくつ?」
何気ない仕草で訪ねてくる渋谷。
う……こうやって見てみると、やっぱり可愛いな。
容姿は雪ノ下に似ているが、どこか違った可愛さがある。
なんだろう、渋谷にはどことなくあどけなさがあるというか。いまいち言葉に出来ん。雪ノ下が達観し過ぎているというのもあるだろうがな。
八幡「17だ」
別に年齢に思う所があるわけでもないので、特に言い淀むこと無くすぐに答える。
それに対し渋谷は「ふーん」とホントに気のない返事をする。なぜ訊いたし。
そしてすかさず次の質問。
凛「どこの高校に通ってるの?」
八幡「千葉市にある総武高校ってとこだが、知らないだろ?」
凛「うん。知らない。へぇ、プロデューサーって千葉出身なんだ。奈緒と一緒だね」
千葉というワードを聞いて、思い出したように呟く渋谷。
八幡「奈緒?」
凛「うん。ウチのアイドル。この間スカウトされて入ってきたの。アニメ好きらしいよ」
ほう。そりゃまた気が合いそうだな。
きっとチバテレビでアニメの再放送を見ているに違いない。
凛「ちょっと気が強いっていうか、つんけんしちゃうけど、でも良い子だよ。すぐに仲良くなれたしね」
八幡「……へぇ」
なんとなく、分かった。この渋谷凛という少女が。
もちろん、この程度で彼女の本質が見抜けるとまでは言わない。俺にそんな分かりきったような事を言う資格はない。
それでも。なんとなくだが、何故彼女がアイドルになる事が出来たのか、それが分かった気がする。
こうして会って間もない俺に自然に話しかけ、自然に笑う。
まぁ、会話を途切れさせないように努めてるってのもあるかもしれんがな。それでも、こんな風に話せるのは凄いと思う。少なくともぼっちには無理だ。
……敬語が無いのは若干気になったが、まぁそこは気にしない。
普通なら知りもしない相手の交遊関係なんぞ聞かされても、きっと退屈なだけだろう。
そんな話をされた所で興味も関心も湧かないし、自慢話なんかされた日には苛立ちまで募ってくる。
むしろ「何? 暗に俺に友達がいない事を皮肉ってんの?」とか思っちゃう。いやこれは俺だけか。
しかし彼女が話すその口は、その言葉は、不思議と苦にならない。
きっと彼女の言葉には、嘘が無いから。
本当に思った事を話して、思った通りに笑うから。
着飾らず、自分の心を真っ直ぐに言葉にする。
それは簡単なことのように思えて、実は酷く難しい。
これは初めて会話してみて、何となく思った事に過ぎない。
だがだからこそ、彼女の言葉に、ふとそんな印象を抱いた。
聞いていて、落ち着く。
アイドルとして、これはとても重要な事だ。
素直というのとは、またちょっと違うのだろうが。
凛「それでね、加蓮っていう子が……どうしたの?」
八幡「へ? 何がだ?」
凛「いや、なんか笑ってたから。気持ち悪いよ?」
八幡「うるせぇ」
前言撤回。コイツはただ思った事を口にしているだけだ。
なんなの? 俺のお前への好印象を返してくんない?
そうやって俺が勘違いしてのお決まりパターンなのそうなの?
凛「そう言えば、今朝も事務所の前でニヤニヤしてたよね。何? そんなにアイドルのプロデューサーになれるのが嬉しかったの?」
八幡「んなわけねぇだろ。俺はそんな変態じゃない」
まぁ、完全に下心が無かったかと言われれば返答に困るが。
お、俺には戸塚がいるから(震え声)
凛「じゃあ、どうして?」
八幡「……このネクタイ」
凛「ネクタイ?」
俺は自分のネクタイを摘み、渋谷に見せるよう少し上げる。
八幡「…………妹に選んでもらったんだ」
凛「……」
何か言えよ! つーか俺も上手く誤摩化せる言葉が見つからなくて正直に答えちゃったし!
凛「そう……妹さんが……」
ど、どうくる?
「プロデューサーって兄妹中が良いんだね」と笑ってくれるか?
「うわぁ……きもっ…シスコンかよ」とゴミを見るような目で見られるか……?
(注:後者だったら死にます。俺が)
凛「……う、うん。良かった……ね?」 ピキッ
引き笑いで流されました。
やめて! 一番それが傷つくから!
気遣われる方が下手な罵倒よりも傷つくから!!
八幡「し、渋谷? お前は勘違いをしてるぞ。それはもう壮大な勘違いだ」
このままではあれだ、俺が妹にネクタイを選んでもらってニヤニヤしているシスコン野郎になってしまう。間違ってなかった。
凛「大丈夫だよ、プロデューサー。私は気にしないから」
八幡「いや気にしないとかじゃなくてな、俺は別に……」
凛「私はプロデューサーがシスコンでも、頼りにしてるから」
八幡「言っちゃったよもうオブラートに包まずハッキリと」
いや確かに俺は小町の事を愛している。もちろん妹として。
その辺の野郎になんて絶対嫁がせないと思うくらい大切に思っている。妹として。
なんだっけ、あの川なんとかさんの弟の、クラーク博士みたいな名前の奴とか、絶対に小町は渡さんからな!
八幡「……」
シスコンを否定出来る理由がどこにも無かった。
凛「まぁプロデューサーのシスコン話はどうでもいいとして」
どうでもいいとかって言っちゃったよこの子……
思った事ハッキリ言い過ぎだぞ。
ホント、正直というか素直というか。
凛「そろそろ戻ろ? なんか企画説明があるらしいから、ちゃんと聞いとかないとね」
八幡「……へいへい。会計は俺が払うから、渋谷は先に…」
凛「凛」
八幡「あ?」
凛「これから先一緒にやっていくんだから、私の事は凛でいいよ」
席を立ちかけた俺に、ズズイと寄ってくる渋谷。ち、近いから!
しかも名前呼びを強要されてしまった。マジかよ、これもプロデューサーの勤め…なのか……?
俺は自分でも分かるくらい苦々しい顔をして、たっぷり苦悶して、何とか口に出してみる。
八幡「お、おう…………凛……」
うぉぉぉおおおお!! はっ、ハッズィィィイイイ!!!
俺は気恥ずかしさのあまり顔をそらす。たぶん顔は真っ赤になっているだろう。
名前とかハードル高ぇよ! ぼっちのコミュ力舐めんな!
しかしその反応で満足したのか、渋谷……ではなく凛はニッコリと微笑むと、嬉しそうに頷いてみせた。
凛「うん。改めてこれからよろしくね。プロデューサー」
八幡「……おう」
まったく。勘違いしたらどうすんだよ、くそ。
しかしなんとなく、これで分かってしまった。
彼女の人となり以上に、分かってしまった。
おそらく俺は、彼女には敵わないのだろう。
まるでどこかの、奉仕部の彼女達と同じように。
*
プロデューサー。
映画やテレビ番組などの映像作品、ポスターや看板など広告作品、音楽作品、テレビゲーム作品制作など、制作活動の予算調達や管理、スタッフの人事などをつかさどり、制作全体を統括する職務。
以上、ユキぺ……じゃなくてウィキペディア先生より抜粋。
元々プロデュースの意味が生産や制作といった意味なので、こういった意味になるのは仕方がない。
しかし、アイドルのプロデューサーともなれば、また意味は違ってくる。
アイドルの魅力を引き出し、共に成長し、導いていく。
大抵の人は、概ねそういった印象を抱いているだろう。
しかし、だ。
俺はプロデュースのプの字も知らないが、むしろ最初に明記した“制作活動”こそがアイドルプロデュースの実態なのではないかと思う。
魅力を引き出すのではなく、大衆の流行りや好みを擦り付け。
望むと望まないとに関わらず、成長という名の決められた変化を強いられて。
結果、それはただの偶像へと成り下がる。
アイドルという作品を制作する、制作活動。
それこそがプロデューサーという職務の真実なのではないか。
そこに、本当の意味でのアイドルは存在するのか。
俺は、甚だ疑問に思う次第である。
八幡「ーーなので、俺は、全く新しい方法として、放任形式の、プロデュースを……」 カキカキ
ちひろ「比企谷くん! 声に出てるから! 魂胆まる出しだから! あと書き直し!!」
凛「……はぁ」
ちっ、もうちょいでQEDだったってのに。
あとそこ、そんな可哀想なものを見るような目でため息をつくな。いちいち可愛いだろうが。
担当アイドルであるところの渋谷凛とファーストコンタクトを経て、既に四日。
今は事務所の一室にて、書類を書かされている俺である。
つーか、別に凛は居る必要ないんだがな。学校に行けよ。
ちひろ「比企谷くん? それは今後のアイドルのプロデュース方針を社長に報告する大切な書類なんですから、真面目にやってください!」
八幡「やってますよ。ちゃんと考えた上で、こういった方針をですね…」
凛「だから、プロデューサー一人じゃ不安だったんだよ」
と、また溜め息を吐く凛。何、そんなに俺って信用無い? 無いですね。すいません。
たった四日だというのにもうここまで信用を無くすとは……自分の才能が怖いぜ(白目)。
しかし良いと思うんだけどなぁ、放任プロデュース。ほら、放任主義の家庭の子供って逆にしっかりするって言うし? ……あぁ、別にそんな事もないか。ソースは俺。
ちひろ「出来れば今日中に提出してくださいね? その書類は社長も見るんですから」
うわ、出たよその結構上の偉い人も見るからしっかり書けよっていう注意。
担任先生とか脅し文句でよく使うよなー「その作文は校長先生も見るんだから真面目に書けよー」とかってさ。絶対嘘だろ、あれ。見てたとして「あーうんうん八割書けてるねー」くらいしか目ぇ通してないって。
ちひろ「出してないのは比企谷くんだけですよ? もう」
ぷんぷんと怒った感じで腕を組むちひろさん。
可愛いですけど、もうちょっと年齢を考えて……
ちひろ「何か?」ニッコリ
コイツ……! 直接脳内に……!?
なんてやりとりを交わすくらいには、なんとか俺は余裕が持てるようになった。
凛と会ってからの三日間、俺もとい俺を含めた一般プロデューサーたちは講習を受けていた。
当たり前だ。俺たちは所詮素人。まず最低限に学ぶ事が多過ぎる。
それでも三日という日数では少なく感じるかもしれないが、元々このプロデューサー大作戦は“企画”。
ゲームとまではいかないまでも、本物のプロデュース活動とは違い、いくつかの道筋が立てられている。
例えば今回この企画を上げた事で、各業界のお偉いさん方は当然俺たちの存在を知っている。そこからアプローチし、チャンスを掴み、仕事に繋げていく。
要はプロデューサー大作戦という“基”のおかげで、幾分か難易度が下がっているのだ。
もちろんそれでも仕事は仕事。向こうだってそうホイホイと仕事はくれないだろう。
しかしそれと同時にチャンスと思っている事も事実。これだけ大きな企画だ。向こうにだって便乗しない理由は無い。
つまりその中で、どれだけ周りと差をつけられるかが鍵になってくるわけだ。
他にも講習の中では、売り出す方向性、レッスンの有無、主な得意先や営業のポイント、スタミナ、エナジードリンクのお買い求めはちひろまでなど、これからの主な行動基準を示していた。
……最後のはいらなかった気がするが。
まぁ何と言うか、“ルール説明”と言えば分かりやすいか。
とにかくそういった感じで、俺は三日間HPを著しく現象させながら過ごしたわけである。
め、めんどくさかった……
凛「プロデューサーは講習中に、他のプロデューサーと話してみたりした?」
手持ち無沙汰になったのか、隣のソファーに座っていた凛が訪ねてくる。
八幡「……まぁ、多少はな」
ふっ、あまり舐めてもらっちゃ困る。
あの華麗な会話の流れを是非見せてやりたかったぜ。
『こんにちは』
八幡『……ぇ…あ、あぁこ、こんにち、ゎ』
『……』
見事に動揺してたね。そして流されたね。それはもう華麗に。
あれ、おかしいな? 手の震えが止まらないや。
凛「…もうちょっと交流を持ったら? 競う相手とはいえ、お互い得るものもあるかもしれないし」
八幡「違うな。競う相手だからこそお互いに得てどうする。それじゃプラマイゼロになるだろーが。むしろ奪うくらいでいい」
まぁ俺は平和主義者なんで、奪う事もせずただ話しかけないがな。
いや、ビビってないよ? オペレーションだよ?
凛「……プロデューサー、友達いないでしょ」
ほう。たった四日行動を共にしただけでよく気づいたな。大正解だよおめでとう。いや全然めでたくないけど。
特に“少ない”ではなく“いない”って言った所がいいね。八幡的にポイント高い。
……あれなんだろう。視界が潤んできた。
八幡「友達がいなくて悪いかよ。友達が多いってのが良い事でも、いない事が悪い事にはならねーだろ」
凛「清々しいくらいの捻くれ具合だね……」
おお、凛が苦笑している。何かレアなモノを見た気分だ。
狼狽する雪ノ下みたいな?
凛「……でも」
八幡「あ?」
凛「悪いと思うよ。……プロデューサーの事を、友達と思っている人たちには」
八幡「……安心しろ、そんな奴はいないから」
まったく、なんでこうコイツは真っ直ぐなんかね。
もう少しくらい不純物が入っててもいいんじゃない?
ちなみに彼女が濾過された水素水なら、俺はその辺の田んぼの横の川くらいだろう。
あぁ、「カエルは田んぼに入れよなー」と追いやられた事を思い出すなぁ……せめてヒキを付けろヒキを。原型無くなっちゃってんでしょうが。
ちひろ「あのーイチャイチャするのはいいから早く書いてくれません?」
八幡・凛「「イチャイチャなんてしてません」」
ちひろ「うわー気持ち悪いくらいの無表情で否定しましたね……」
当たり前だ。俺たちに一体何を求めてんだよ。
そんなまちがった青春ラブコメは奉仕部だけで充分だ。
ちひろ「でも比企谷くん? 凛ちゃんの言う通り、少しでも他の方とお話した方が良いと思いますよ? 今ならプロデューサー人数も少ないですし……」
八幡「足りないの間違いでは?」
ちひろ「うっ……!」 グサッ
そう、足りていない。
プロデューサーが足りていないのだ。
これは講習中にも聞いた話なのだが、応募数の割に合格者が少ないらしい。
募集は随時続けていくそうだが、あまり滞り良くはいってない様子。
ちなみに講習内で学生(ぽいの)は俺含めて二人しかいなかった。
まぁ当然と言えば当然だ。大体こういった企画に挑戦しようとするのは、お調子者かアイドルオタクか余程の変わり者だろう。
ちなみに俺は三番目。たぶん。絶対。
もしも本気でこういった仕事をしたいなら、企画ではなく就職活動をするだろうからな。もっとも、これを足がかりに就職にこじつけようと目論んでいる奴もいるみたいだが。
そして地味に意外だったのが、思いのほか女性が多かった事だ。
全体の4割程度はいるか? まぁ男にろくでもないのが多かったのだろう。6割もいるのに!
しかしちひろさんから聞く話によれば、社長としては男のプロデューサーの方が期待をしているらしい。
何故か。それは女性アイドルのファンは、当たり前だが男性の方が多いからである。
男性ファンの目線でプロデュース出来る点は、確かに有利と言えるだろう。
もちろんトップアイドルとなるのであれば、女性ファンは必須。女性の目線で見る事も必要になってくるであろうが、それでもやはり、主なターゲットは男性。
そういった点では俺は有利と言えるのだが……
凛「プロデューサーのコミュ力が、それを補ってあまりあるハンデだね」
八幡「うるせぇよ」
だが、図星も事実。これは社畜モードに入らないとキツいかねぇ……
そしてそんな事を話している間に、書類を書き終える。
平塚先生のおかげでなんだかんだ、こういった作業は得意になってしまった。まぁこういう文章書くのは元々得意だったしな。なら最初からちゃんと書けよとかは言わない約束。
例え却下されると分かっていても、自分の気持ちは曲げずに書く。それが俺のジャスティス。
結果二桁代の再提出をくらっているけどね!
ちほろ「どれどれ? ……ほうほう。最初のプロデュースはコレですか。比企谷くんにしては中々の案ですね」
凛「案?」
八幡「そうですかね。別にそんな大したもんじゃないでしょう」
ちひろ「いやいや、最初の第一歩としては定石とも言えます。案外素人では思いつかないものですよ? 実際、これを提案した人はあまりいませんし」
え? うそ、マジで?
皆やってるもんだと思ってたんだがな。
凛「ねぇ、結局何を……」
「「わぁぁぁああああ!!?」」ドンガラガッシャーン!!
八幡「!?」
な、なんだ!?
突然の悲鳴と騒音に驚き振り向くと、女の子が二人ドアの前ですっ転んでいる。
状況から察するに、恐らくドアの前で聞き耳を立てていたのだろう。
「も、も~う! しまむーが何も無い所でこけるから!」
「え、ええ!? 未央ちゃんだって扉に寄りかかってたし…」
お、おお。
俺は今、感動している……!
まさかこんな漫画みたいな事を素でやる者がいようとは!!
八幡「なるほどな……このあざとさがアイドルには必要って事か……」 ゴクリ
凛「……違うと思うよ。っていうか、卯月に未央、何やってるの?」
冷静にツッコミを入れ、ジト目で二人の女の子へと視線を向ける凛。
それに対し、二人はビクッと面白いくらいに反応する。
卯月「り、凛ちゃん。これはね、えーっとー…」
未央「ご、ごめんごめん。しぶりんが噂のプロデューサーと話してるって聞いたから、気になっちゃって。あはは」
凛「……まぁ別に良いけど。プロデューサーもいいよね?」
八幡「え? あ、あぁ」
急に話を振らないでくれ。裏返っちゃう。
凛「それじゃ折角だし、紹介しちゃうね。この子たちは同期の卯月と未央」
卯月「はじめまして、プロデューサーさん! 島村卯月、17歳です。よろしくお願いしますっ!」
何故か年齢も教えてくれた島村卯月という少女。
ロングの茶髪に、明るい笑顔。
制服だろう茶色のブレザーが良く似合う。
……なんだろう。確かに可愛いのだが、なんだろう。
清純派アイドル、というのだろうか。
良い意味で王道、悪い意味で……普通?
未央「本田未央15歳、高校1年生ですっ! よろしくお願いしまーす♪」
やっぱり年齢を教えてくれた彼女は本田未央。
少し跳ねた茶髪のショートで、快活そうな笑顔が眩しい。
そして制服の上に……ジャージ? いや、パーカーか。
なんだか、若干由比ヶ浜と同じ匂いを感じる。なんかアホっぽ(ty
八幡「あ、ああ……よろしく」
このキラキラを振りまくオーラ、間違いない。上位カーストグループだ……!
まぁでも考えてみれば当然の事だよな。アイドルを目指すって事は、ある程度自分が可愛いという事を自覚していなくちゃならない。上位カーストでなければ、そういった自信もつかないだろう。
しかしアレだな。凛も横に並べてこうやって見ると、バランスが良い。
オーキド博士に「そこに三人のアイドルがおるじゃろ?」とか話をふられそう。
未央「へー、思ったよりカッコいいね。ちょっと目つきがあれだけど」
卯月「み、未央ちゃん失礼だよ! 確かに目つきはあれですけど…」
おい。あれってなんだあれって。もうはっきり言っちまえよ。
腐ってるってか。皆腐ってると思ってるんですか!?
ちひろ「ごめんね比企谷くん。この子たちはまだプロデューサーがついてなくて……そうだ!」
まるでピコーンと電球がついたかのような表情をするちひろさん。そして激しく嫌な予感。
何、新しい新作ドリンクとか思いついたの? 買わないよ?
ちひろ「比企谷くん。さっきの案を実行するなら、この子たちも一緒に連れて行ってくれません?」
八幡「は!? な、なんでですか?」
思いがけない提案、思わず大きな声が出る。
凛一人でも俺のATフィールドがズタボロなのに、更に使徒が2体とか俺がもたないんですけど!
ちひろ「折角なんですから、彼女たちにも色々と経験して貰いたいじゃないですか。もちろん、比企谷くんが俺の担当アイドルじゃないーって心の狭い事を言うんなら仕方がありませんが♪」
ぐっ! この守銭奴……!
絶対わざとやってんだろ!!
八幡「……はぁ、分かりましたよ。どうせ俺は見てるだけになるでしょうしね」
ちひろ「ありがとうございます♪」
本当は嫌で嫌でしょうがないが、まぁなるようになるだろ。
言った通り、俺は基本する事なんて無いしな。
卯月・未央「「??」」
凛「さっきから、何なの? その案っていうのは」
八幡「だから、そんな大それたもんじゃねーよ。明日早速スタジオ行くぞ」
卯月・未央「す、スタジオ!?」」
俺の言葉に驚く二人。
そしてそれに対し、凛は怪訝な表情で俺に問うてきた。
凛「な、何をするつもりなの……?」
八幡「決まってんだろ」
アイドルを売り込むのならば、基本と言ってもいいだろう。
しかしだからなのか、あまり気づく者はいないらしい。
まぁ最初からあるので充分な子もいるからな。元が良けりゃ尚更だ。
だが、だからこそここで実行する。
人間の第一印象は、見た目が9割を占めるらしい。
その9割を良くする為の第一歩。
八幡「宣材写真だ」
*
プロデュース活動の第一歩として、まず宣材写真を撮る事を決めた翌日。
場所は東京のとあるスタジオ。ウチのシンデレラプロダクション(断じてデレプロとは略さない。何故だか由比ヶ浜に負けた気分になるから。何故だか)をご贔屓にしてもらってる所らしい。
しかしよく借りられたな。
ちひろさんが色々と手回しをしてくれたみたいだから、ここは感謝しておこう。あ、ドリンクはいらないです。
未央「わ~っ、凄いねっ!」
卯月「私、スタジオって始めて入りました!」
スタジオに入るなり、はしゃぐ女子二人。
それでいいのか若手アイドル。
まぁ、プロデューサーもついてないんだから仕方ないっちゃ仕方ないか。
凛「カメラマンさんはまだ来てないみたいだね。……プロデューサー? どうしたの?」
八幡「……最近、いっぱいいっぱいで気づかなかったんだが、もうあれから5日たってたんだな」
そう。あの真っ黒い社長(意味深)にスカウトされたのが月曜日。それから5日。
つまり……
八幡「今日、日曜じゃねーか……!!」
なんて事だ……なんて事だ……!
この俺が、土曜日を気づかないままスルーしただと……!?
あ、ありのまま今起こっ(ry
凛「それがどうしたの?」
俺の絶望感もいざ知らず、普通に切って捨てる担当アイドル。
おい、俺まだ全部言ってないから。どっちにしろ心の声だけど。
八幡「どうしたも雪ノ下もあるか。お前、俺が将来的に何になりたいか知ってるか?」
凛「……ひも?」
八幡「惜しい。いや惜しくない! 専業主夫だよ!」
凛「(知らないよ……)」
未央「(まず相手いるのかな?)」
卯月「へーっ! 家庭的な男の人って素敵ですね♪」
今ちょっとこの普通に可愛い代表に軽く惚れそうになったが、それはひとまず置いておく。
八幡「働くのが嫌で俺は専業主夫を目指してたっいうのに、いつの間にか仕事に無我夢中で休みに気づかないなんて……こんなのは俺じゃない……!」
凛「安心して。傍目から見ても夢中ではなかったから。あれは五里霧中って言うの」
なんか、会ってから凛の対応がどんどん冷たくなってる気がする。
心を開いてくれてる証拠だな(棒)。
しかし、ホント気づいた時は愕然としたもんだ。
小町『あれ、お兄ちゃん今日も仕事行くんだね。日曜出勤なんてお兄ちゃんも立派になって、小町も嬉しいですよ』
八幡『なん…だと……?』
以上。今朝の様子でした。
おかげで道中最悪の気分だったよマジで。スーパーヒーロータイムは見逃すし……あ、プリキュアは録画しておきました。
八幡「はぁ…何してんだ俺……なんか急に帰りたくなってきた」
卯月「元気出してください、プロデューサーさんっ!」
未央「そうだよ~。休みの日にこんな美少女3人に囲まれて、ある意味幸せもんだよ☆ このこの!」
八幡「……」
うぅむ……やはりこの二人はなんともやり辛い。
これだけ敵意のない対応をされるとコッチが困る。
俺のぼっちオーラが見えんのか?
「失礼しま~すっ」
凛「あ、カメラマンさん来たよ。ほらプロデューサー」
八幡「へいへい……」
その後来たカメラマンさんに挨拶をし、撮影の準備に取りかかる。
ちなみに俺とカメラマンさん(男)のやりとりは誰得なのでキングクリムゾン。
とりあえず普通の話しやすい人で助かった……
凛「それでプロデューサー、なんで宣材写真をわざわざ取り直す事にしたの?」
未央「それそれ! 私たちがデレプロに所属した時に撮ったやつあったじゃん。あれじゃダメだったの?」
と、ここでずっと疑問に感じていたのか、二人が不思議そうに訊いてくる。
つーか今更それを訊く? よくここまで素直に着いてきたな……信頼というかちょっと心配だよ。
八幡「まぁ色々と理由はあるが、やっぱ一番は印象を強くしたいからだな」
凛「印象?」
きょとんとした様子で首を傾げる凛(可愛い)。
八幡「例えば、だ。お前らが最初に撮った写真。あれもよく撮れてはいるが…」
未央「よくっていうのは?」
八幡「…いや、だからよく撮れてたって…」
未央「具体的に言うと?」
八幡「…………可愛く撮れてました……」
未央「いぇいっ!」
卯月「ありがとうございますっ♪」
なに、なんなのこの羞恥プレイ?
だから連れてきたくなかったんだよ!
凛「…っ……それで? さっきの続きは?」
コイツはコイツで嬉しそうにもしねぇし。
まぁそういう所は担当アイドルとして助かるんだけどな。
つーか、もしかしたら。この二人のどっちかが担当になってた可能性もあるわけか。
……か、考えるだけで恐ろしい…!
八幡「んんッ、まぁ、あれだ。要はイメージ作りだよ」
俺は段々面倒になってきたので、かいつまんで説明する。
八幡「最初に撮ったやつは、確かに見た目こそ良くは撮れていても、そこには明確なイメージが無い。紹介的な意味合いが強かったからな。証明写真と何ら変わらん。それじゃ駄目だ」
宣材写真とは読んでそのまま、“宣伝材料となる写真”なのだ。
八幡「自分を紹介するのではなく、自分を宣伝する。これは近いようで違う。これからお前たちは自分を売り込んでいくんだからな。もっと“私はこういうアイドルなんだ”って写真を……ってどうした?」
凛「……いや、なんていうか」
見ると、凛は目を丸くして少しばかり驚いてる様子が伺える。
他の二人も同じような表情だ。
凛「プロデューサーがそこまでちゃんと考えてたなんて……以外」
普通に失礼だなおい。
八幡「そんな凄い事はしてないけどな。ホント初歩的なことだ」
これが一般者上がりのプロデューサーだから見落としがちなだけで、プロの業界なら当たり前の事なんだろう。それこそ仕事を掴む為なら、何枚でも撮って最高の宣伝材料を作る必要がある。
八幡「実際、宣材写真を自分のイメージに合ったものに変えただけで、クライアントの反応が良くなったって話もあるらしい。印象操作とはよく言ったもんだ」
ま、どこのプロダクションとは言わないけどな。
俺も少なからず調べたりもしてるって事だ。
卯月「凄いな~。ただ可愛く撮るだけじゃダメなんですね」
未央「その人に合った写真を撮る、って事か。難しいなぁ」
八幡「ま、今日一日は時間も取ってある。色々試してみろ。自分に合った写真をな」
凛「……」
後半から終始無言な凛が気になるが……
お前、黙ると怖いんだよ!
とにもかくにも、撮影開始。
*
卯月「えへへ♪ よろしくお願いしますっ!」
とりあえずは試しに色々撮ってみるという事で、まずは最初に島村が撮る事になった。
よくテレビとかで見る白いバックを背景に、カメラマンが一定の間隔でシャッターを切っていく。
カメラマン「いいねー、もう少しかがんで……そう。いい感じだね」
卯月「可愛く撮れてますか?」
カメラマン「うんうん。んじゃ次は後ろ向きで、振り返る感じで…」
へぇ、やっぱ新人とはいえ、アイドルなんだな。
こうして見ていると、中々様になっている。
ちなみに衣装は自前。ようは私服である。
ちなみに島村さん、その私服はどちらで……いや、なんでもないです。はい。
未央「次は私ねっ、よろしくお願いしまーす♪」
続いて本田が躍り出る。いやホントそれくらいの勢いでカメラの前に立った。
カメラマン「元気いいねぇ。動きのあるポーズしてみよっか」
未央「こーんな感じ?」
カメラの前で手を組んだり、かがんでみたり、時には跳ねてみたり、縦横無尽にポーズを取る。
ホントに元気だなぁ……なんだか小町を思い出す。まぁウチの小町には敵わんがな。
カメラマン「いいよいいよ、こっちまで楽しくなってくる」
未央「えへへーっ、ありがと♪」
うむうむ。大変目の保養になりますな。
これで少しは腐ってるのが治ればよいのだが。
しかし、調子が良かったのはここまでだった。
カメラマン「うーん、もうちょっと笑顔になれない? ちょっと堅いかなぁ」
凛「は、はい……!」
我が担当アイドル、渋谷凛である。
凛「……っ…」 カチコチ
うわぁ……見事にぎこちなさが伝わってくる。
笑顔になろうとしてるのはわかるのだが、引きつっているせいで苦笑いにしか見えん。
なんかどっかで見た事ある顔だなと思ったら、あれだ。俺のトラウマ話を由比ヶ浜にした時の顔にそっくりだ。何それ、あいつそんな頑張って笑顔作ってたの? 逆に悲しくなるんですけど。
カメラマン「……ちょっと休憩しようか? 落ち着いたら、また撮ってみよう」
凛「……はい」
撮影を一時中断し、凛がトボトボと帰ってくる。
なんか、しょげてる姿はそれはそれで保護欲をそそるな。
……何考えてんだ俺は。俺には戸塚が(ry
八幡「気にすんなよ。まだ時間はある……って、どこ行くんだよ」
凛「ちょっと、風に当たってくる……」
そしてそのままトボトボとスタジオを出て行く。
あの様子じゃ、相当へこんでんな。
卯月「凛ちゃん……」
未央「……」
八幡「……お前らは先に写真撮ってろ。時間が勿体ねぇしな」
時間は限られている。
早いとこ撮らないと、凛だけでなく二人まで満足に撮れないかもしれない。
だがそんな俺の言葉に、島村は表情を曇らせる。
卯月「でも…」
未央「よーっし、いっちょ気合い入れて撮りますか!」
しかし食い下がろうとする島村に対し、本田はいきなり元気いっぱい声を張り上げる。
……とりあえず、近くで叫ぶのやめてくんない? びっくりするでしょうが。
材木座だったら殴っている所である。
卯月「み、未央ちゃん?」
未央「私たちがさ、しぶりんの事を気にして写真撮れなかったら、しぶりんだってきっと嫌でしょ? だったら、私たちはしぶりんが戻ってくるまで思いっきり撮ろ? すぐ戻ってくるよ。きっと!」
まるでニコッという音まで聞こえてきそうな笑顔。
それはさっきまでカメラの前で見せていた笑顔と何ら変わりないように見え、ちょっとだけ、違って見えた。
卯月「……うん、そうだね。私たちまでしょんぼりしてたら、凛ちゃんも困っちゃうよね」
未央「うんうん♪」
卯月「よぉーし! 未央ちゃん、一緒に撮ろっ!」
未央「うんう……え?」
言うやいなや、本田の手を取り、カメラの前まで向かう島村。
未央「ちょ、ちょっとしまむー! これ、宣材写真だよ?」
卯月「二人で撮ったら、きっと凄く良い写真になるよ!」
最初はポカーンとしていた本田だが、諦めたようにクスクスと笑うと、改めてカメラに向き直る。
未央「確かにね。折角だし、思いっきり撮っちゃおう! 次はしぶりんも一緒にねっ!」
卯月「うんっ! カメラマンさーん、よろしくお願いします♪」
見ると、カメラマンと目が合う。
俺が肩をすくめて見せると、相手もならって苦笑する。迷惑かけるね。
カメラマン「オーケー、それじゃ元気よくいってみようか!」
スタジオ内に、またもシャッターを切る音が鳴り始める。
……ホント、仲がヨロシイこって。
あいつらは……島村と本田は、凛の事をライバルであり、同僚であり、友達だと思っているのだろう。
おそらく、凛も。
例え競う相手だろうと、仲良くしたい。
それはとても美しい事ように思えるが……俺にとっちゃ、そんなのはご免だ。
どうせ負ければ、本気で悔しいし、妬ましい。
そんな薄っぺらい関係など、俺は友情とは呼ばない。
……だけど、な。
ああやってカメラの前で笑顔を振りまく彼女らが、そうだとは、思えなかった。
本気でアイドルをやっているし、本当に凛を友達だと思っている。
いつかは競い合って、たとえその結果悔しい思いをしても、それでも一緒に頑張りたい。
そう信じているんだと、俺には思えた。
信じたいと、思ってしまった。
……なんだよ、ちゃんとアイドルやってんじゃねぇか。
本来なら我関せずといきたいところだが、生憎とそうもいかないらしい。
俺は、アイツのプロデューサーだからな。
*
八幡「ほれ」
スタジオを出てすぐ右の花壇。
そこのフチに凛は座っていた。
充分に間を空けて腰掛け、来る途中に自販機で買ったMAXコーヒーを渡す。
ちなみに俺の分も買ってきてある。というかむしろ俺が飲むついでだ。
凛「……ありがと」
コーヒーを受け取り、開け、一口飲む。顔をしかめる。何故だ。
凛「すっごく甘い。うん、甘い」
八幡「それが良いんだろうが。コーヒーは甘くてなんぼ」
ブラックなんぞ飲めるか。俺はそんな一方通行な味覚はしていない。
コーヒーを啜りつつ、景色を眺める。
それ以降は何も喋らず、お互い無言のままコーヒーを飲んでいた。
5分か10分がたったくらいだろうか。凛が、静かに口を開く。
凛「……私ね、写真が苦手なんだ」
少しだけ俯いて話す横顔を見るが、相変わらずの暗い表情。
凛「ううん。苦手ではないんだ。……ただ、作り笑いっていうか、人前で表情を作るのが苦手なの」
八幡「まぁ、言わんとしてる事は分かるな」
前に俺が感じたたように、渋谷凛という人間は、きっと自分に正直なのだろう。だからそれだけに、自分を偽るのが下手なのだ。
凛「笑わなきゃって思うと、どうしても引きつっちゃって……私、見ての通り愛想がないからさ」
ぽつぽつと言葉を零していく凛。
凛「こんなんじゃ、ファンなんて出来ないよね。……私、アイドルに向いてないのかな」
……それは違うだろ。
八幡「違ぇな。全然違ぇ」
凛「え?」
そんなのは、間違っている。
八幡「凛。お前に一つ話をしてやろう。俺の知り合いの兄貴の話だ」
凛「……」
凛は怪訝な表情をするものの、黙って聞く体勢に入る。
八幡「そいつは小学校時代気になる子がいてな。なんとかお近づきになりたかったんだ。……でも、そいつはコミュ症だった」
凛「……ねぇ、それって…」
八幡「まぁ最後まで聞け。んで、そいつはどうしたかっつーと、とりあえず、笑顔で自然に挨拶出来るようになろうとしたんだ。そいつは毎日鏡の前で練習した。何度も何度もな」
ちなみに練習している所をクラスメートに見られて気持ち悪がられるというホントにいらないサブエピソードもあるのだが、それは置いておこう。知り合いの兄貴の話だからね?
八幡「そしてそいつは遂に行動を開始した。偶然会ったフリをして、挨拶をする。それを一週間くらい続けたんだそうだ。結果ーー」
凛「……」
八幡「ニヤニヤした男子につけられてると先生に報告された」
あれは怖かったなぁ。まさか先生に呼び出されるとは。
八幡「それ以来、俺は女子の間でヒキニヤくんと呼ばれるようになりましたとさ」
凛「……やっぱりプロデューサーの話じゃん」
バレたか。いやそりゃそうですねすいません。
凛「結局、何が言いたかったの?」
八幡「無理に笑う必要なんざねーって事だ」
まぁ俺のトラウマ話と一緒にするのは失礼な気もするが……いや普通に失礼だな。うん。
凛「……でも、笑わないアイドルなんて」
八幡「アイドルが笑わないといけないなんて誰が決めたんだよ。そんなのは思い込みだ」
作った笑顔でなきゃ出来ないファンなんて、本当のファンじゃない。
八幡「ファンの為にーなんて事は、もっと売れてから考えろ。今は、そんな無理に笑おうとなんてしないで、お前がやりたいようにやりゃいい。愛想なんてハナコにでも食わせとけ」
凛「……」
八幡「そんで、その内ファンが出来たってんなら、それがきっと“渋谷凛”のファンだろうよ」
作り物でもなんでもない、本物のな。
凛「……ふふ」
と、いきなり笑い出す凛。
え、なに? 俺なんか可笑しいこと言った? やっぱハナコのくだりいらなかった?
俺が狼狽していると、凛は呆れたように言う。
凛「プロデューサーって変だよね」
心配するな。自覚はしてる。
まぁそんな自分が大好きだけどな。
凛「捻くれてて、めんどくさがりやで、ぼっちで……」
凛が、顔を上げて、こっちを見た。
凛「でもーー優しい」
そこには、見る者全てを幸せにしてしまいそうな、本当に奇麗な笑顔があった。
八幡「ーーっ」
やばい。今のはやばい。
危なかった…
ヒキメットが無ければ即死だった……
勘違いマスターの俺じゃなかったら、間違いなく落ちてたぜ。
凛「プロデューサー?」
八幡「な、なんでもない。ほら、そろそろ戻るぞ」
あいつらも待ってるしな。
そう言ってやると、凛は静かに頷いた。
凛「うん。私も、負けてられないからね」
立ち上がり、真っ直ぐにスタジオを見据える彼女。
そこには、ただ一人のアイドルが立っていた。
*
その後、何枚かの写真を撮り、プロデュース初日は終了した。
結果的に言えば、凛の写真は良く撮れた。
無理に笑おうとせず、時にはクールな表情を。
そして静かに、微笑んでいた。
まったく、我が担当アイドルながら恐れ入る。
一度覚悟を決めれば、どこまでも行けるらしい。
……ホント、誰かさんにそっくりだ。
撮影終了間際、カメラマンさんが呟いていたのを思い出す。
カメラマン『彼女たちが、これから新しい時代を築いていくのが楽しみだよ』
それは何かの暗示のようで、そして、希望にも思えた。
卯月「それじゃ、プロデューサーさん! 今日はありがとうございました♪」
未央「またいつでも、一緒にプロデュースしてくれてもいいからね♪」
去り際に不吉な言葉を残していく二人。
いやホント嫌な予感がすんだよね。大丈夫だよね。
未央「折角だし三人でユニット組んで、まとめてプロデュースしてもらうってのも良いカモ!」
卯月「わぁ! 良い考えですねっ!」
わぁ、最悪ですね。
ホント嫌だからね。
変なフラグ立てないでねお願いだから!
……しかし、先程のカメラマンさんの言葉を思い出す。
もしもこの三人がユニットを組む事になるなら、ユニット名は“ニュージェネレーション”とか良いかもな。
まぁ、恥ずかしいから絶対にそんな事は言わんが。
卯月・未央「「さよ~なら~っ」」
八幡「ハァ……んで、お前もこのまま帰るのか?」
凛「そうだね。今日はもう帰るよ。それでプロデューサー、明日なんだけど」
八幡「明日?」
凛「うん。明日は学校に行こうと思うんだけど、良いかな? これから本格的に休むし、手続きとかしておきたいんだ」
成る程な。確かに明日は月曜だし、丁度良いっちゃ良い。
……マジか、月曜か。滅びねぇかな。
八幡「いいんじゃないか。まだレッスン始めるって言ってないし、今の内に行っとけ」
凛「うん、ありがと。どうせならプロデューサーも行ってきたら?」
八幡「行ってきたらって……学校にか?」
ふむ……確かに俺も急に休んだもんだから、色々と手続きが残ってたような……
めんどくさいが行っておくか。ここから先、行けるようになるかも分からんし。
八幡「そうだな。平塚先生にも報告して……お…く……?」
凛「? どうしたの?」
八幡「…………やべぇ……」
凛「何が?」
八幡「雪ノ下と由比ヶ浜に、プロデュース活動の事言ってねぇじゃん……」
どうなる、俺。
続