やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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第7話 それでも神谷奈緒はゆずれない。

 

 

思い立ったが吉日とはよく言ったもので、例の総武高校ライブを決めた翌日、俺は早速我が母校、総武高校へと交渉へ向かう事にした。もちろん内容は、ライブを行うにあたっての学校側の許可である。

 

 

ちなみに凛たちは今頃レッスン中。

俺がいなくても平気だろうか。いやむしろいない方が捗っている可能性もある。よく考えたら、レッスンに付き添って何事も無かった記憶が無いもんな(主にキノ子絡みだが)。

 

加蓮の体力も考えて今日は軽めの内容にすると言っていたが……いささか不安も残る。まぁ、杞憂であることを祈ろう。

それよりも、心配しなければならないのはむしろ俺の方である。

 

 

正直、今回のライブの許可なのだが、厳しいのではないかと俺は予想している。

 

 

何故かと言われれば、それは学校側に特にメリットが見受けられないからである。

学校としては文化祭も終わり、体育祭も終わり、修学旅行も……あれ? 修g…うっ、頭が!

 

ま、まぁとにかくだ。色んなイベントを経て、これからはやっと落ち着いて勉強に集中出来るという時期に、更に急遽イベントを持ってくるのだ。

 

場所と時間、更には費用だってかかる。全てうちのプロダクションで賄うわけにもいかないからな。

そうまでしても内容は言ってしまえば娯楽程度。生徒に喜ばれる事はあっても、教員連中にとっては良い話でもないだろう。

 

それに何よりも、圧倒的に知名度が無い。

 

勿論それを良くする為の学校でのライブなのだが、そのせいで断られてしまってはどうしようもない。

そりゃ知りもしないアイドルにライブやらせてくれなんて言われても困るだろうけどな。俺だって困る。ってか困ってる。

 

しかしそうも言ってはいられまい。

一応交渉材料も用意してはいる。が、それでも上手く事が運ぶかは微妙だろう。

 

うだうだ言っていても仕方がない。ここは、一番交渉を持ち込みやすいあの人から攻めてみることにしよう。というかあの人以外に交渉出来ない。

 

 

……て、鉄拳の一発や二発は覚悟しているさ(E4突撃スマイル)。

 

 

 

 

 

 

平塚「いいんじゃないか? やってみるといい」

 

 

 

総武高校の職員室の奥。

パーテーションで区切られた応接スペース。そこで我が担任、平塚先生はなんの気も無しにそう言った。

 

 

 

八幡「……は?」

 

平塚「私から上に掛け合ってみよう。それほど大きな規模のライブでなければ、許可くらい降りるだろうさ」

 

 

 

いやいやいや、いいんじゃないかって、え?

そんな簡単に許可出しちゃっていいの?

 

まさかこんなに簡単に了承されるとは思ってもいなかったので思わず唖然としてしまう。

 

そしてそんな俺の反応が面白くなかったのか、ムッとした表情で俺を見る平塚先生。

 

 

 

平塚「何だその顔は? まさか君は、私が許可を出さないとでも思っていたのかね?」

 

 

 

図星だった。

 

 

 

八幡「いやまぁ、そう言われるとそうなんですけど……」

 

平塚「見くびってもらっちゃ困るな比企谷。生徒の頼みに首を縦に振らない教師がどこにいる?」

 

 

 

「ま、内容にもよるがね」と付け加え、苦笑しながら煙草に火を灯す平塚先生。

やだカッコいい。またもや惚れそうになっちゃったぜ。なんで結婚出来ないんだろう。今更か。

 

 

 

八幡「けど俺が言うのもなんですけど、そんな簡単に許可って出るもんなんすか?」

 

 

 

勿論こちらとしては大助かりなのだが、それでもここまであっさりと許されると逆に恐い。

すると平塚先生は嫌な笑みを浮かべ、こんな事をのたまった。

 

 

 

平塚「言っておくが、私が上に掛け合うのはあくまで”学校でライブをやる許可”だぞ?」

 

八幡「は?」

 

平塚「だから何も、授業を割いたり、場所を提供するとまでは誰も言っていない」

 

 

 

え? それってつまり……どゆこと?

 

俺が疑問符を浮かべていると、平塚先生は説明するように指を挙げて話し始める。

 

 

 

平塚「さすがに授業を中断するのは無理だからな。そうなれば放課後が妥当だろう。しかし放課後は部活動がある。ライブの出来る体育館やグラウンドを使うには、体育館やグラウンドを使用する格部の部長や顧問に許可を貰わないといけないな。その辺は私にはどうする事も出来んよ」

 

 

 

やれやれといった様子でかぶりを振る平塚先生。

なるほどな、平塚先生が許可を貰えるのはあくまでライブ自体の許可。場所や時間は自分にどうにかしろって事か……マジか。

 

くそっ! さっきのときめきを返せ! だから結婚出来ねぇんだよ! 今更か。

 

 

 

八幡「あーつまり何ですか。要は自分でライブを出来るように交渉して頼んで回れと」

 

平塚「これも営業、だろう? 良かったじゃないか。本番前の予行練習が出来て」

 

 

 

良くない。全然良くない。

他に比べれば楽に仕事を取って来れると思ってやって来たのに、これでは意味が無いではないか。

 

 

 

八幡「はぁ……仕事したくねぇなぁ」

 

平塚「おい。一応キミは今営業に来てるんだろうが。得意先に本音を零してどうする」

 

 

 

平塚先生は呆れたようにそう言うと、灰皿へ煙草を推し当て、腕を組む。

 

 

 

平塚「そこまで悲観する事もあるまい。相手は級友と教師だよ」

 

八幡「俺にとっちゃ、それは赤の他人と同義ですよ」

 

 

 

まぁ教員たちは分からんが、生徒からすれば間違いなく誰お前状態だろうな。

それに知っていたら知っていたで、逆に印象が悪くなるまである。もしかしたらそれこそ知らぬ仲の方がマシかもしれない。

 

 

 

八幡「それに、問題はまだあります」

 

平塚「問題?」

 

八幡「出来る事なら、俺がプロデューサーをやっている事を知られたくないんですよ」

 

 

 

悪名轟くグレン団! なんて程ではないが、それでも少しは俺の事を知っている奴はいる。それも悪い噂を。

そんな奴らからすれば、俺がプロデュースしてるってだけでアイドルの印象が悪い方へ行くかもしれない。そんないらんトラブルは避けたいのだ。

 

 

 

八幡「ただでさえ噂になってるんすから、これで俺が頼みに回ったら自己申告してるようなもんですよ」

 

 

 

教員たちには学校の関係上、俺がプロデューサーをやっている事は知られている。なので顧問にのみ交渉を持ち掛ければ問題は無いのだが……しかし教員連中はこちらの事情を知らない。

 

もし顧問に交渉を持ち掛けて「生徒たちに任せるから、直接聞いてみてくれ」なんて言われたら詰みだ。

 

最初に平塚先生に申し出たのも、その辺を請け負ってくれるかなーなんて期待もあったのだが……

 

 

 

平塚「身から出た錆だ。自分で何とかしたまえ」

 

八幡「さいですか……」

 

 

 

この通りであった。

 

 

 

平塚「……まぁ、もしもの時は」

 

 

 

平塚先生は悪戯っぽく微笑んだ後、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

平塚「私が顧問をしている部活を訪ねてみるといい。あそこには、頼れる子たちが揃っているよ」

 

 

 

背中を向け立ち去っていく平塚先生。

 

 

 

「ま、今は一人休んでいるせいか、少しもの寂しいがね」

 

 

 

そう言い残していく後ろ姿を、俺は黙って見送っていた。

 

……ったく、どいつもこいつも素直じゃねぇな、ホント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって奉仕部。

かつては嫌々通っていたこの部室も、今となっては懐かしさを感じてしまう。

 

かすかに漂う紅茶の香りが、何故だか、酷く尊いものに感じられた。

 

 

と、別に干渉に浸る為に奉仕部を訪ねたわけではない。

理由はさっきの平塚先生との会話の通り。交渉に当たっての相談である。

 

 

 

雪ノ下「つまり、比企谷くんの代わりに私たちが場所を提供して貰えるよう頼み込んできなさいと、そういう事で良かったかしら?」

 

八幡「……言い方がどこか辛辣だが、まぁそういう事だ」

 

 

 

顎に手をやり、いつもの澄ました表情で俺を見る雪ノ下。

相変わらず俺への対応は冷たい。俺の悪事が完全ホールドされそうだ。いや相模の話はしてないです。

 

そして考え込む雪ノ下と違って、妙に嬉しそうにしているのが由比ヶ浜。

 

 

 

由比ヶ浜「なるほどねー、じゃあじゃあ、あたしも仲良い子の部活回ってみるよ! 部長やってる子はそんなに知らないけど、その子から頼んでもらえるかも!」

 

八幡「いや、頼むのは体育館とかグラウンドを使ってる部活だけで良いんだよ。ライブ出来そうな場所を探してるわけだしな」

 

由比ヶ浜「あ、そっか。そうなるとー……うーん……隼人くん?」

 

八幡「グラウンドは諦めるか」

 

由比ヶ浜「即決だ!?」

 

 

 

あーそういや葉山ってサッカー部の部長やってたんだったな。忘れてた。

いやしかしそうすると、それって結構ラッキーなんじゃないか?

 

あいつは俺がプロデューサーをやっている事を知ってるし、頼めば恐らくは許可を出してくれるだろう。

 

……けどなぁ。

 

 

 

八幡「あいつに頼むのはなんか嫌だ」

 

由比ヶ浜「何で!?」

 

 

 

何故だろう。負けた気になる。

 

 

 

八幡「けど真面目な話、俺はどちらかと言えば体育館でのライブをやりたいと考えてる」

 

由比ヶ浜「え? どうして?」

 

 

 

キョトンした表情で?マークを頭上に浮かべる由比ヶ浜。

それに対して答えたのは雪ノ下だった。

 

 

 

雪ノ下「ステージの有無、ね」

 

 

 

Exactly(そのとおりでございます)。

 

 

 

八幡「ライブをやるんなら、やっぱステージは必要になるからな。体育館は元々粗末ではあるが、ステージは設けられているし、証明や音響もある程度は揃ってる。準備にはそれほど手間取らんだろ。けどグラウンドは別だ」

 

由比ヶ浜「あーそっか。色々準備しなきゃいけなくなるんだね」

 

 

 

そう、グラウンドは基本更地。そこに仮設のステージやら照明やら音響機材やら、言ってしまえば1から形作らなければならない。そういった面で見れば、体育館は圧倒的にライブに適した環境なのだ。

 

 

 

八幡「それにそれだけ用意をすれば費用もかかる。うちのプロダクションも、まだ名の売れてないアイドルに金を出す程お優しくもないだろうし、出来れば低コストで進めたい」

 

由比ヶ浜「世知辛いね……」

 

 

 

神妙な顔つきで唸る由比ヶ浜。

そういやコイツ、妙に主婦っぽい所があったな。

 

 

 

八幡「ま、別にそこまできっちりやる必要はないかもしれんがな。どっかのスクールアイドルだって最初はグラウンドで歌って踊ってたし」

 

雪ノ下「けれどそれにしたって、音響は最低限必要になるわ。まさか地声でライブをするわけにもいかないでしょう」

 

 

 

それこそ、路上ライブと大差ない。

やっぱ体育館での方がいいんかねぇ。

 

 

 

雪ノ下「……というか、何故私たちが手伝うという話で進んでいるのかしら?」

 

 

 

見ると、雪ノ下はこちらを睨むように見据えている。たぶん魔眼:A+くらいは持ってんなこいつ。

 

 

 

雪ノ下「元々は、あなたが自分を顧みない手法を取ったのが原因でしょう。それならば、平塚先生が言ったように自分で責任を取るのが筋じゃないの?」

 

八幡「うぐっ……」

 

由比ヶ浜「ゆ、ゆきのん! で、でもさ、ヒッキーがこうして頼んでるんだし……ね?」

 

 

 

雪ノ下を宥めるように、肩に手を置く由比ヶ浜。

 

 

 

由比ヶ浜「……あたしね、この間ヒッキーが頼むって言ってくれた時、嬉しかったんだ」

 

八幡「……」

 

由比ヶ浜「ヒッキーいつも勝手やっちゃうしさ。あたしたち、ううん、あたしって頼られてないんだって、そう思ってた」

 

 

 

ぽつりぽつりと言葉を零す由比ヶ浜。

小さく笑ってはいるが、その言葉と表情には、悲しみの色が伺える。

 

けれどそれも一瞬で、俺に向き直った由比ヶ浜は、いつもの屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

 

 

由比ヶ浜「だから嬉しかったんだ。私も、奉仕部の一員なんだって思えて」

 

 

 

純粋なその笑顔を向けられ、思わず目を反らしてしまう。

……別にそこまで考えて言ったわけじゃねーよ。

 

 

 

由比ヶ浜「ね、ゆきのんもそうでしょ?」

 

雪ノ下「わ、私は……」

 

 

 

由比ヶ浜に急に振られ、雪ノ下は少しだけ驚き、そして少しだけ言い淀んだ。

 

 

 

雪ノ下「……私は、さっき言った事が本心だし、撤回する気も無いわ。けれど…」

 

 

 

今度は、雪ノ下が俺を真っ直ぐに見つめる。

その、嘘の無い瞳で。

 

 

 

雪ノ下「これは神谷さんから奉仕部への依頼。その上で、確かにあなたがプロデューサーだという事が知られれば依頼へ支障をきたすのも事実。……だから、今回は手伝ってあげるわ」

 

 

 

最後の方だけ若干恥ずかしそうに言い、そしてすぐに目を逸らしてしまう。

 

僅かに頬を、紅潮させて。

 

 

 

雪ノ下「べ、別にあなたから頼まれたから引き受けたわけではないわ。あくまで依頼だからよ」

 

由比ヶ浜「……」

 

八幡「……」

 

 

 

何となく、由比ヶ浜と目が合ってしまう。

そして、思わずお互いに吹き出してしまった。

 

 

 

雪ノ下「……あなた達、その反応は馬鹿にしていると取っていいのかしら?」

 

 

 

見ると、ジト目でこちらを睨んでいる雪ノ下。

いやだってなぁ?

 

もう、ツンデレ乙としか言いようが無い。

 

 

 

由比ヶ浜「ゆきのんは可愛いな~♪」

 

雪ノ下「ちょ、由比ヶ浜さん? 頭を撫でるのはやめてちょうだい……!」

 

 

 

楽しそうにじゃれ合う二人を見て、思わず頬が緩む自分がいる。

この光景も、また懐かしいと思う時が来るのだろうか。

 

 

大切なものほど側に置いてはいけないと、どこかで聞いた事がある。

 

遠距離恋愛の方が実は長続きするとか、無くして初めて大事だったことに気付くとか、確かそんな風な話だった気がする。

 

離れているからこそ、その尊さを、儚さを実感出来る。

 

 

もしも俺がプロデューサーをやっていなくて、未だこの奉仕部に残っていたら、どうなっていただろうか。

……いや、それは考えるだけ無駄だろう。

 

 

俺は、もう選択したのだから。

人生にセーブポイントなんて無いし、戻る事だって出来やしない。

 

 

 

雪ノ下「比企谷くん。ニヤニヤしてないで、交渉内容について話し合いあいましょう。気持ち悪い」

 

八幡「ちょっと? そんな取って付けたように罵倒を付け足すのやめて貰える?」

 

由比ヶ浜「ほらほらいーから、早く考えよ!」

 

 

 

もしも、あの時別の選択をした俺がいたのなら、それはその時の俺に任せよう。

 

俺は俺で、この選択を選び抜こう。

 

 

いつか、間違いでなかったと言えるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奉仕部で(主に雪ノ下と)今後の取り組み方を考慮した結果、主に次の三つが挙げられた。

 

 

1、放課後に体育館を使わせてもらう為の許可。

 

2、衣装、舞台装置等の準備。

 

3、ライブを執り行うに当たっての宣伝。

 

 

細かく言えば他にも色々と準備しなければならない事はあるが、大きく分ければこんな所だろう。

そして問題なのは、これらを行う手段だ。

 

最初に懸念していたように、俺は下手に大っぴらには動けない。

俺がプロデューサーとバレる事で、アイドルたちに迷惑がかかる可能性が出てくるからな。

 

 

……まぁ、最悪それを逆手にとる方法もあるにはある。

当たり前だが出来るだけ使いたくはない。あくまで最後の手段だ。

 

この制限がある中で交渉を進めるには、やはり癪だが、雪ノ下たちの手を借りるしかない。

 

しかし実際、まだ問題はあるようだ。

 

 

 

八幡「費用が降りない……?」

 

 

 

あまりに状況の良くない報せを受話器越しに聞き、思わず低い声を出してしまう俺。

相手はご存知シンデレラプロダクションの事務員、千川ちひろさんである。

 

 

 

ちひろ『し、仕方ないじゃないですか~、これでも私も掛け合ってはみたんですよ?』

 

 

 

俺が怒っているように聞こえたのか、弱々しく返してくるちひろさん。

とりあえず威圧感を与えないよう、自分を落ち着かせ問い返してみる。

 

 

 

八幡「やっぱり、名が売れてないのが一番問題なんですか?」

 

ちひろ『そうですねぇ、やはりそれが大きいと思います。けど、社長だって手を貸してはあげたいみたいなんですよ?』

 

 

 

そう言われて思い出すのは、あの真っ黒な割に心優しい社長。

 

 

 

ちひろ『出来るだけの要望は叶えてあげたいそうなんですが、如何せんアイドルの数が数ですからね。贔屓には出来ないそうです』

 

 

 

確かにな。今回のライブは殆ど自主的なモノだ。ギャラだって出やしない。

そんなあくまで宣伝目的のライブに金を使ってしまったら、他のアイドルの子達にも同じ扱いしなくてはいけなくなるのだろう。

 

 

 

ちひろ『申し訳ありませんけど、私たち会社側からしてあげられる事はあまり多くはありません……けどもちろん、宣伝は出来るだけしますよ! 広告とか大々的な事は無理ですけど、ホームページや関係者に紹介するくらいなら!』

 

 

 

明るくそう言ってくれるちひろさん。

 

本当なら、こうして1プロデューサーが事務員さんに協力を仰ぐ時点であまり褒められた手段ではないのだが……

それでも、ひちろさんは手伝ってくれる。

 

事務員という公平でなければならない立場で、出来るだけの協力をしてくれる。

デレプロ奉仕部顧問というあって無いような役職を、全うしようとしてくれている。

 

……本当にお人好しな人だよな。

 

 

 

八幡「……ありがとうございます。それだけで、充分ですよ」

 

 

 

思わず口の端が上がるのを自覚しつつ、一応電話越しにお礼を言っておく。

たぶん直接面と向かっては言えない事を。

 

だがちひろさんは良く分かってはいないようで、まだ喋っている。

 

 

 

ちひろ『いやいや良いんですよ! 本当ならもっと私も手伝ってあげたいんですけど、最近は事務仕事も増えてきたし、それに私しばらく出番が…』

 

 

 

と、何やら余計な事まで言い始めたので電話を切る。

ほんの五日ほど前まで一緒に仕事していたというのに、何を言っているのやら。

 

そしてふと視線を感じて振り返ると、雪ノ下があまりよろしくない表情をしている。

そういや、今奉仕部の部室にいるんだったな。

 

 

 

雪ノ下「予算、降りないのかしら?」

 

八幡「ああ。やっぱ新人にそこまでの事は出来んらしい」

 

 

 

考えてみれば当たり前の事なんだがな。

けどそれでも、少なからず期待してしまうのが人間というものだ。

だから、戸塚が実は女の子なんじゃないと思ってしまうのも仕方が無い。仕方が無いんだ。

 

 

 

雪ノ下「そうなると、ますます体育館でのライブが好ましくなってきたわね。グラウンドはあくまで保険といった所かしら」

 

由比ヶ浜「で、でも、それでも他にお金が必要になってくるんじゃない? ほら、衣装とか」

 

八幡「衣装か……」

 

 

 

そこでふと思い出すのは、一人の少女。

あいつならそういった事は任せられるかもしれんが、協力してくれるかどうか。

 

 

 

八幡「……」

 

雪ノ下「何か、思い当たる人でもいるのかしら」

 

八幡「! いや、ただの思いつきだ。どうせ無理だろうよ」

 

 

 

不意に話しかけ、ジッと俺の様子を見る雪ノ下に驚きつつも返す。つーか何で分かったんだよ……

だが、俺のその返答はあまり好ましくなかったらしい。

 

雪ノ下にも、由比ヶ浜にも。

 

 

 

雪ノ下「ハァー……」

 

八幡「な、なんだよ」

 

雪ノ下「比企谷くん、あなたって人は本当に…」

 

由比ヶ浜「ダメダメだね」

 

 

 

うぐっ……!

まさか由比ヶ浜にまでそんな事を言われてしまうとは。

 

やめろ! そんな雪ノ下みたいに見下したような目で見つつ溜め息を吐くな!

雪ノ下からのそれは慣れてはいるが、由比ヶ浜にやられると、なんかホント落ち込んでしまうから不思議である。泣きたい。

 

 

 

由比ヶ浜「ヒッキー」

 

 

 

すると今度は、珍しく真面目な表情で俺を見つめてくる由比ヶ浜。

 

 

 

由比ヶ浜「ヒッキーは、いつだって自分の事をそうやって低く見るけどね……きっと、そう思わない人だって沢山いるよ」

 

雪ノ下「沢山は言い過ぎよ。由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜「す、少しはいるよ! ……と、思う」

 

 

 

なんなのお前ら。ホントに励ましてくれようとしてくれてる?

根拠の無い励ましは脅迫に似ている。誰かが言ってたのを思い出してしまった。

 

 

 

由比ヶ浜「だ、だからね。そうやって諦めないで、面と向かって頼んでみたら良いと思うんだ。きっと、手伝ってくれる人はいるよ」

 

 

 

「私たちみたいにさ」と言って笑う由比ヶ浜と「私は依頼だから違うけれどね」と笑わない雪ノ下。

 

そんな二人を見て、そんな奇特な奴らがいるだろうかと、思い返す。

 

 

 

…………。

 

 

 

いや、いないな。うん。普通に考えていないわ。

 

……まぁでも、そこまで言うんだ。

やるだけ、やってみるとしますかね。

 

 

 

八幡「……由比ヶ浜、雪ノ下」

 

由比ヶ浜「! なに?」

 

雪ノ下「何かしら?」

 

八幡「体育館でのライブ許可、校内での宣伝活動を頼みたい。……いいか?」

 

 

 

俺が恐る恐るそう言い、二人の反応を伺ってみる。

見れば、二人はお互いの顔を見合わせ、笑いながらこう言った。

 

 

 

由比ヶ浜「任せて!」

 

雪ノ下「任せなさい」

 

 

 

……どうやら平塚先生の言う通り、頼れる連中が揃っていたようだ。

 

俺がここにいた頃じゃ、絶対に分からなかったな。

誰かに対する頼もしさなんて。

 

 

 

雪ノ下「体育館での許可については私の方からアプローチをかけてみるけれど、グラウンドはどうするの?」

 

八幡「そこは保険として、俺の方から交渉してみる」

 

 

 

幸い、二人ほど心あたりがいるからな。

 

 

 

雪ノ下「分かったわ。それじゃあ宣伝は由比ヶ浜さんにお願いしてもいいかしら?」

 

由比ヶ浜「うん! ビラとか作ったり、友達に話して回ったりしてみる!」

 

 

 

ならば、残る不安材料は衣装や小道具か。

これも、さっきの通り一人心あたりがいる。頼んでみるしかあるまい。

 

 

 

雪ノ下「私たちに出来るのはここまでね。後は、あなたと渋谷さんたち次第よ」

 

由比ヶ浜「頑張ってね、ヒッキー!」

 

 

 

それはあいつらに直接言ってやってくれ。

やっぱ一番大変なのは、ライブをやる本人たちだろうからな。

 

……けど、ここまでお膳立てしてもらうんだ。やっぱ言っといたほうがいい……よな。

 

 

 

八幡「……あ、…ッ……」

 

由比ヶ浜「? ヒッキー?」

 

雪ノ下「一体どうしたの? まさか死んだ魚のような目のせいで、呼吸まで出来なくなったのかしら」

 

 

 

酷い言い草である。

 

ええいこっちの気も知らずに!

もうヤケだ!

 

 

 

 

 

 

八幡「…………あ、ありがとな…」

 

 

 

 

 

 

俺のようやく絞り出したその言葉に、二人は最初目を丸くしていたが、その後は嫌になるくらい笑っていた。

くそっ、人がお礼言ってんのに笑うって何事だよ。

 

……まぁでも、その笑顔を見ていたら、割とどうでもよくなった。

 

 

なんだか頑張れるような気がしたのは、きっと気のせいなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後進めていくやり方を細かい所まで話し合い、お開きとなった。そしてこれが重要なのだが…

 

 

 

ライブの決行は一ヶ月後。

 

 

 

それまでに、出来る準備をしていく事になった。

 

学校での事は雪ノ下たちに任せて、俺は俺の出来る事をやっていく。

まぁ、主にアイドルたちの事だがな。

 

しかし、これが思った以上に大変そうだった。というのも……

 

 

 

奈緒「なー比企谷ー、ホントにやるのかー? 別にうちの高校じゃなくってもいいだろー?」

 

八幡「もう決めた事だ。諦めろ」 カタカタ ←活動報告書作ってる

 

奈緒「いやでもさぁ、自分の学校でライブとか……恥ずかし過ぎるだろぉ?」

 

八幡「お前だって、あの時は乗り気だったじゃねぇか」 カタカタ

 

奈緒「いやそりゃあん時はテンションが上がってたっつーか、言い出せないノリだったし…」

 

八幡「そういや、加蓮はどこいったんだ?」 カタカタ

 

凛「そこのソファーでダウンしてるよ」

 

八幡「……」

 

 

 

こんな感じであった。

お前ら本当に大丈夫なのか……

 

 

俺たちは今、お馴染みの事務スペースにいる。

 

ちひろさんの前に俺、俺の両隣に凛と奈緒。加蓮はソファーでダウン。

つーか奈緒よ、わざわざ椅子持ってきてまで俺の隣にこなくてもいいんじゃないですかねぇ……

 

 

 

ちひろ「今日のレッスン、そんなに大変だったんですか?」

 

凛「いや、普通にストレッチして、軽く走って、後は簡単なダンスレッスンだったけど……」

 

ちひろ「思った以上に加蓮ちゃんの体力が落ちていた、と……」

 

凛「みたいだね」

 

 

 

苦笑いを浮かべる凛。

まぁそんな表情にもなるだろうな。こればっかりは仕方が無い。

 

 

 

加蓮「大丈夫、だよ……」

 

 

 

と、そこにフラフラとおぼつかない足取りで加蓮がやってくる。

心無しか顔色も悪い。大丈夫? 死なないよね?

 

 

 

加蓮「明日から少しづつレッスンの時間増やして、頑張るから…あっ」

 

 

 

ちょっとした段差で軽くこけ、地面にぺたんと座り込む加蓮。ぺたん娘である。ただし胸はry

 

 

 

奈緒「ちょ、大丈夫か加蓮?」

 

加蓮「あはは、少し躓いただけだから、へーきへーき…」

 

 

 

そこで加蓮が前を向く。

目線は丁度俺の足下。つまりはデスクの下。

 

 

 

 

 

 

輝子「フヒ……けが…無い……?」

 

 

加蓮「きゃあぁぁぁああああッ!??」

 

 

 

 

 

 

バタンキュー。

 

まさにその言葉がぴったりなほど奇麗にパタリと倒れる加蓮。

 

 

 

奈緒「うおぁびっくりしたぁ! って、加蓮!? かれーーんっ!?」

 

 

 

慌てて加蓮に駆け寄っていく奈緒。

 

 

 

凛「もう、驚かせたらダメだよ輝子」

 

輝子「め、面目ない……」

 

 

 

めっ、と叱る凛にショボーンとする輝子。

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

一言で言おう。

 

不安だ。

 

 

 

ちひろ「あ、スタドリセットいかがです?」

 

八幡「いりません」 カタカタ

 

ちひろ「(´・ω・`)しょぼーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間。

なんだかんだと三人は順調にレッスンをこなしていっている。

 

まぁ奈緒はいまだにやめないかと言ってくるし、加蓮はレッスンが大変そうだけどな。

 

前にレッスンに付き添った時に、「ちょっと、プロデューサー、疲れ、ちょっとぉ……」と言いながらベテラントレーナーさんに引っ張られていった時は、さすがに可哀想になった。まぁ何もせず見送っていたんだが。

 

 

さて、そして今日は俺が可哀想になるかもしれない。

残る問題の一つである、衣装についてだ。

 

さすがに買ったり、プロに頼んだりは出来ない。となると、やはりコチラ側で用意するしかない。

そこで頼めそうな人物を探す。と言っても、俺の周りでそんな奴はあいつしかいない。

 

 

そう。ご存知、川なんとかさんである。知らねぇじゃねぇか。

 

 

まぁ悪ふざけは止めにして、今回は衣装方面をクラスメイトである川崎沙希に頼む事にした。

あいつは裁縫が得意だし、文化祭の時もクラスに貢献していたからな。人材のチョイスとしては申し分無いだろう。

 

が、引き受けてくれるかは正直怪しい。というか断られる可能性の方が高い。

そこで、少しでも可能性を高める為にこんな場を用意する事にした。

 

 

 

川崎「話は分かった。衣装が必要だって事も」

 

八幡「そうか。引き受けてくれるか?」

 

川崎「その前にまず、訊きたいんだけど」

 

 

 

テーブルをコツコツを指で鳴らしながら、川崎は相変わらず不機嫌そうな顔で隣を見る。

 

 

 

川崎「なんでこの二人もいんの?」

 

小町「あ、小町の事は気にせず、続けてください」 ニコニコ

 

大志「そうだよ姉ちゃん。お兄さんの話を聞かなきゃ」

 

 

 

向かい会う俺たちの隣には、我が妹小町と、川崎の弟の大志がいた。まぁ大志も川崎だが。つーかお兄さんって呼ぶな。

 

川崎にアプローチをかけるにあたって、この二人はどうしても必要だったのだ。

 

まず、川崎の連絡先を俺は知らない。

そうすると必然的に小町から経由して、大志、川崎と連絡を取ってもらう必要があった。

 

学校に行って直接話すという手もあったのだが、そちらだと色々と面倒だからな。

それに何より、弟も同伴の方が川崎の機嫌が良い。

上手い事姉を誘導してくれよ。でなければお前を呼んだ意味が無い。というかホントは呼びたくなかった。

 

川崎もあまり深くは突っ込む気が無かったのか、今度は違う質問を出して来た。

 

 

 

川崎「じゃあ、なんでサイゼ?」

 

八幡「俺の趣味だ」

 

 

 

学生の天国、サイゼリアの空気が川崎の良心を掻き立ててくれるだろうという、俺の采配だ。

いや、俺が好きなだけなんですけどね。

 

 

 

川崎「まぁいいや……衣装を用意する事自体は別にいいよ。あんたには借りもあるしね」

 

八幡「ホントか?」

 

 

 

あまりにあっさりと了承してくれた為、俺が思わず聞き返すと、川崎はぷいっと顔を背ける。

 

 

 

川崎「別にそんな、大した事じゃない。こういう作業も嫌いじゃないし……けど」

 

 

 

そこで川崎は真剣な表情になると、俺に面と向かって顔を向けてくる。

やべぇ怖い……キルラキルされそう……

 

 

 

川崎「もう一個だけ、訊かせてくれる?」

 

八幡「なんだ?」

 

川崎「あんたはさっき言ってたように、プロデューサーやってる事をバレたくないんだよね」

 

八幡「ああ」

 

川崎「じゃあなんで、あたしには教えて良いと思ったわけ?」

 

 

 

どうして自分には教えてくれたのか。

何を訊いてくるのかと思えば、問いかけられたのはそんな事だった。

 

 

 

川崎「別に衣装を作って貰う理由なんて、誤摩化す方法はいくらでもあったでしょ。あんた口は達者そうだし」

 

八幡「それって褒めてんのか…」

 

川崎「そうせずにわざわざ事情を話してくれたのは、なんで?」

 

 

 

真っ直ぐに見据えてくる川崎。

その視線に、思わず気圧されそうになる。

 

正直その手もあったかという気持ちだったが、川崎なら話しても良いと思ったのも事実。

何故かと言えば…

 

 

 

八幡「川崎なら(誰にも言わないと)信用してるからだよ」

 

川崎「っ……はぁ!?」 カァァ

 

 

小町「ほうほう!」 キラキラ

 

大志「ねぇちゃん、頑張れ!」

 

 

 

顔をみるみる赤くしていく川崎。

 

そんな変な事言ったか俺? なんか外野も騒がしいし。

川崎ならどうせ誰も言う相手がいないと思っての発言だったんだが。

 

 

 

川崎「な、何バカな事言ってんだか……!」

 

 

 

そしてまたもぷいっとそっぽを向く川崎。

気をつけて。ポニーテールが揺れてドリンクに付きそう。

 

 

 

八幡「川崎?」

 

川崎「う、うるさい! 仕事は引き受けるから!」

 

 

 

良かった。やっぱりやめるとか言われたらどうしようかと思った。

これで衣装は何とかなりそうだ。

 

俺がほっと胸を撫で下ろしていると、やっと落ち着いたのか、川崎が言ってくる。

 

 

 

川崎「けど、今からじゃ時間も金もない。古着屋でテキトーに見繕って、後は私がリメイクするくらいになるよ」

 

八幡「それでいい。充分だ」

 

川崎「なら、そのアイドルたちの採寸を測りたいから、一度会って……」

 

 

 

その後小一時間ほど打ち合わせをし、これからの行程を決めて行った。

これで衣装は任せられる。

 

 

残る問題は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更にそれから二週間。

 

ライブに向けての準備は順調に進んでいる。

 

 

凛たちのレッスンも本格的になってきた。

最近ではマスタートレーナーさんにも協力してもらい、ライブでやる曲やダンスの打ち合わせまで行っている。

 

いまだに奈緒は恥ずかしい恥ずかしいと言っているがな。ちなみに加蓮は縄跳びで二重飛びが出来るようになったと喜んでいた。俺は笑ってやる事しか出来なかった。なおその時胸がry ←見ていたら凛にグーで殴られた。

 

 

雪ノ下は体育館でのライブ許可を何とか貰うことが出来たようだ。

 

まぁ元々あいつは有名人だったしな。そんな奴にいきなり頼まれたら断れんだろう。

それに交渉術にも長けている。……やっぱあいつがプロデューサーやればいいんじゃねぇ?

 

 

由比ヶ浜はビラとポスターを自作し、校内に張ったり、配ったりしているようだ。

“今話題のシンデレラプロダクションのアイドルによるライブ!”

その宣伝効果もあってか、まずまずの反響を見せているとか。

 

 

そして何より、あのトップカーストグループが手伝ったりしているらしい。

 

 

ここは、由比ヶ浜の強みだな。

それだけやれば、校内に広まるのも遅くはない。

 

噂は噂を呼び、いずれは学外まで。

料金も取らずに見れるとあれば、近い学校の生徒くらいは呼び込めるだろう。

 

何でも城廻先輩にも頼んで、総武高校のホームページでも宣伝して貰ったらしい。

あの人の事だから、心よく引き受けてくれたんだろうな……

 

 

ここまで、順調に進んできている。

順調過ぎて、怖いくらいに。

 

 

 

八幡「直前で、何かトラブルでも起きなきゃいいけどな」

 

 

 

もうすっかり日も暮れ、夕闇に染まっていく街並み。

一人ごちながら、レッスンスタジオへと俺は歩いていた。

 

なんでも、レッスンが終わっても凛たちは自主的に練習に励んでいるらしい。

なのでまぁ、いわゆる差し入れというものを買いに行っていたのだ。

 

階段を上り、レッスン場の扉の前までやってくる。

 

しかし、ドアノブに手をかけるその直前で、声が聞こえてきた。

 

 

 

奈緒「……あたし、ホントにライブ出来るかな」

 

 

 

その不安そうな声に、思わず手を止めてしまう。

別に盗み聞きしようとしたわけではないが、何故か歩を進める事が出来なかった。

 

 

 

凛「奈緒……」

 

加蓮「……」

 

 

 

どうやら凛と加蓮もいるようだ。

しかしその声の様子は、いつもの明るいものではない。

 

 

 

奈緒「ごめん、情けないよな。ここまで頑張っておいて、こんな事言うなんてさ。……でも、どうしようもなく恥ずかしくて…………自信が出ないんだ」

 

 

 

いつもより弱々しく、そのか細い声が、どうしようもなく耳に残る。

 

 

 

加蓮「……アタシだってそうだよ」

 

凛「加蓮……?」

 

加蓮「アタシだって、自信が無い。ううん、怖いんだ」

 

 

 

加蓮の声が震えているのが分かる。

ただ黙ってその会話を聞いている事が、まるで懺悔されているようで、俺は息を止める事しか出来ない。

 

 

 

加蓮「どれだけレッスンしても、上手く踊り切る事が出来ても、それでも、不安が消えない。本番で倒れちゃうんじゃないかって、緊張でダメになっちゃうんじゃないかって、怖いんだ」

 

 

 

気持ちは分かる。

 

いや、俺にそんな残酷な事は言えはしまい。

結局の所、他人の気持ちなんて分からない。どれだけ共感した所で、それは他人事。自分ではない。

俺はアイドルもやっていないし、ライブなんてする機会も一生やってはこないだろう。

 

だから、俺には彼女たちの苦悩が分からない。

 

そんな俺に、彼女たちにかける言葉があるのか……?

 

 

 

八幡「………」

 

 

 

俺はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「それがどうしたの?」

 

 

 

八幡「ーーっ」

 

 

 

 

 

 

思わず、目を見開く。

 

その澄んだ声に、射抜かれたような気がした。

 

 

 

奈緒「り、凛……?」

 

凛「……二人とも聞いてくれる? 今から話すのは、私の友達のお兄さんの話なんだけどさ」

 

加蓮「ちょ、ちょっと凛、どうしたの?」

 

 

 

いきなりの話の展開に、困惑した声になる二人。

おいおいホントにどうしちゃったの? 俺の真似?

 

 

 

凛「いーからいーから。その人はね、本当にどうしようもない人なの」

 

 

 

言い聞かせるように続ける凛。

少しだけ嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

凛「その人は、シスコンなの」

 

 

 

 

 

 

やだ、仲良くなれそう。

つーか俺だよね凛ちゃんんんんんっ!?

 

 

 

俺の心の声も虚しく、話を続けるリンちゃんなう。

 

 

 

凛「なんでもね、その妹さんが小さい頃、舞台で歌を歌う事があったんだって」

 

奈緒「舞台?」

 

凛「うん。まぁ小学校低学年の頃だったから、そこまで大きなものでは無かったみたいだけど。とにかく、その妹さんは嫌だったみたい」

 

加蓮「緊張しちゃってたって事?」

 

凛「うん。そこでそれを知ったお兄さんは、どうしたと思う?」

 

 

 

あー俺知ってるわー何故かその後の展開が読めるわー。

つーか、言わないでくださいお願いします。

 

 

 

 

 

 

凛「一緒に、歌って踊ったんだって」

 

 

奈緒・加蓮「「…………は?」」

 

 

 

いや懐かしい。

あん頃は色々無茶したなぁ。会場もビックリしてたよ。

ま、そりゃ舞台袖から女装少年が出て来たらびっくりもするわな。あっはっはっは。

 

凛ちゃーーーーんッ!!??

 

 

 

凛「そんなお兄さんを見て、緊張してる自分がどうでもよくなった妹さんは、今では歌って戦えるようになりましたとさ」

 

加蓮「めでたしめでたし、なのかな……?」

 

奈緒「どこのプリキュアだよ……」

 

 

 

呆れた声の二人。そらそうだわな。

何故俺は自分の知らない所で黒歴史を語られているのか。恐らくというか絶対小町のせいだな。

 

 

 

凛「……そのお兄さんはさ、無理をさせようとはしないんだよ。絶対」

 

 

 

今度は打って変わって、穏やかな言葉で語りかける凛。

その声には、どこか優しさが含まれていた。

 

 

 

凛「その時だって、『一緒に歌ってくれる?』って妹さんに頼まれたから歌ったんだって。もし妹さんが絶対に出ないって言ったら、お兄さんは止めなかったんだよ」

 

 

八幡「……」

 

 

凛「いつだって隣にいてくれて、いつだって引っ張ってくれて、背中を押してくれる。でも、突き放すような事はしないんだ」

 

奈緒「なぁ、凛…」

 

加蓮「そのお兄さんって……」

 

 

凛「だからさ」

 

 

 

いつもよりも元気に、明るく凛は言う。

まるで、自らを勇気づけるように。

 

二人に、言葉を投げかける。

 

 

 

凛「私たちは、私たちに出来る事をしよう? 本当に嫌で、本当に無理だと思うなら、プロデューサーはその選択も受け入れてくれるよ」

 

 

 

ーーきっとね。

 

そう言って笑う凛。

その言葉を聞いて、二人を何を思うのか。

 

 

 

奈緒「……ふっ」

 

加蓮「…あはは」

 

凛「? どうしたの?」

 

 

 

え? 何で笑うの? 俺に対しての笑いなのそれ? 泣くよ?

 

 

 

加蓮「いや、なんか、バカらしくなっちゃってさ」

 

奈緒「確かに、プロデューサーに比べたら、全然だね」

 

 

 

誰も俺だって言ってないから。凛の友達のお兄さんの話だから。

 

まぁ俺なんだけどさ!

 

 

 

奈緒「……頑張ってみるか」

 

 

 

さっきとは違い、どこか力を感じる奈緒の言葉。

それに対し、加蓮も応える。

 

 

 

加蓮「うん。やれるだけ、ね」

 

 

 

先程の不安はどこへやら。

聞こえてくるのは、立派なアイドルの声だった。

 

 

 

凛「……大丈夫だよ。私たちなら」

 

 

 

その言葉を最後に、俺は差し入れをドアノブにかけ、レッスン場を後にする。

さすがに、ここで邪魔するのは野暮だろうからな。

 

……頑張れよ。

 

 

 

それから、一週間。

やれる事はやってきた。後は、本番を残すのみ。

 

 

 

総武高校でのライブが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンデレラプロダクション。

 

その、事務スペースの一角。

 

 

 

八幡「……はぁ」

 

 

 

特にどういった意味も無いが、俺は深々と溜め息を吐いた。

ゆっくりと伸びをし、椅子の背もたれへと体を深く預ける。

 

何となく周りを見渡してみれば、いつの間にやら人がいない。

 

 

目の前の位置で、いつも仕事をこなしている事務員も。

 

何が面白いのか、いつも俺の作業をただジッと見ている隣の担当アイドルも。

 

 

誰も、いない。

 

 

 

八幡「…………」

 

「ふひ……」

 

八幡「ッ!」 ビクッ

 

 

 

っくりしたー……

んだよいるじゃねぇか。

 

俺は平静を装いつつ、少しばかり椅子を後退させ、デスクの下を覗き込む。

 

 

そこには、星輝子がいた。

 

 

 

八幡「……何やってんだ?」

 

輝子「フフ……いつも通り、トモダチのお世話」

 

八幡「ああ、キノコね……」

 

 

 

相変わらず陰鬱そうな雰囲気を見に纏い、しかしどこか嬉々としながらキノコを育てている。

 

……キノコって、湿気が大事なんだよな?

なに、もしかして俺の足下がジメジメしてるから場所に適してるわけ? 軽くショックだ。

 

 

 

輝子「は、八幡は、まだ帰らないの……?」

 

 

 

見ると、いつの間にやら輝子がこちらをジッと見つめていた。うぅむ。こうして真っ正面から見る分には美少女だわな。その手に抱いたキノコさえ無ければもっと良かったが。

 

 

 

八幡「まぁな。生憎と、まだ残ってる作業があるんだよ」

 

 

 

我ながら殊勝な心がけである。あれだけ働きたくないと言っておきながら、いざ始めてみればこれだ。いや、俺だってやらなくて良いんならやらないよ? だって目の前の鬼がね。言うんだもの。やれって。

 

まぁ、そろそろ休憩でもしようと思っていた所だ。どうせだから、飲み物でも買ってきますかね。

 

 

俺は椅子から立ち上がると、外の自販機へ行く為ドアへと向かう。

しかし2、3歩ほど歩いた所で、何やら気配を感じたので振り返ってみる。

 

見れば、トコトコとキノコの植木鉢を抱えながら輝子が着いてきていた。

 

 

 

八幡「……なに? なんで着いてくんの?」

 

輝子「は、八幡が、歩き出したから……帰るの?」

 

八幡「いや、飲み物買いに行くだけだよ」

 

 

 

帰るんなら、そこに置きっぱのノーパソと鞄も持ってくわい。

それに最後は戸締まりもしないと、ちっひーに怒られるしな。

 

 

 

輝子「なら、着い…てく」

 

八幡「……どーぞご勝手に」

 

 

 

それだけ言ってドアを開け、階段を降り、喫茶店前に備え付けてある自販機の前まで歩いていく。その間も、輝子はトコトコと後を着いてくる。なんだこれ。ドラクエごっこ? なんか前にも戸塚と材木座とやったような気がする。戸塚はともかく、ぼっち系ばかりのパーティってこれいかに。

 

 

自販機の前に立ち、迷わず小銭を投入する。買うものは既に決まっているからな。やっぱこれだね。MAXコーヒー。

 

ボタンを押し、落ちてきた缶を取り出した所で、チラッと隣を見てみる。

そこには、無表情の輝子。ジッと俺が飲み物を買う所を見ている。もしかして飲みたいの?

 

 

 

八幡「……どれがいいんだ?」

 

輝子「っ……え?」

 

 

 

一瞬ぴくっと反応し、不思議そうに首を傾げながら俺を見る輝子。

 

その反応を見る限り、別に飲み物を欲しがっていたわけではないらしい。

……まぁでも言っちまったしなぁ。

 

 

 

八幡「ジュースぐれー奢ってやるよ。ほら」

 

 

 

百円玉を一枚、輝子に差し出してやる。いや、別に百円ジュースに限るとか、そういう意味じゃないよ? ただ手元にある小銭がこれしか無かったのである。

 

 

 

輝子「い、いい……トモダチに買わせるの、わ、悪いし……」

 

 

 

困った顔でふるふる首を振り、差し出した俺の手を押し返そうとする輝子。

しかし俺は俺で、不意に輝子の発した言葉を聞き、小銭を握った手から力を抜いてしまう。

 

結果、百円玉はチャリーンと小気味良い音を立てて、地面に落ちてしまった。

 

 

 

輝子「あっ……!」

 

 

 

それを見て慌てて屈み、植木鉢をゆっくりと降ろし、百円玉を拾う輝子。

人のお金だからだろうか、その表情はほっとしているように見えた。

 

しかし当の俺はそんな事よりも、先程の単語が気になって仕方が無かった。

 

 

 

八幡「……まだそんな事言ってんのか?」

 

輝子「え……?」

 

八幡「友達って、今言っただろ」

 

 

 

別にそんなつもりはないのに、自然と声が冷たいものになってしまう。

違う。別に俺は、そう呼ばれる事を嫌がってるわけじゃない。むしろーー

 

 

 

輝子「八幡は、わ、私とトモダチじゃ……いや?」

 

 

輝子は、酷く哀しそうな表情で俺を見る。

これじゃまるで俺が悪役みてぇだな。

 

 

 

八幡「別に、嫌ってわけじゃない」

 

輝子「じゃあ……なんで?」

 

八幡「なんでって言われてもな……」

 

 

 

きっとこれは、ある種の怯えなのだろう。

 

昔の出来事は、嫌な事ほど頭の奥にこびり付く。

嫌な事ほど、忘れられない。

 

それらの体験が、今の俺の気持ちを形作っている。

まぁ、具体的になんと言えばいいのかも分からないがな。

 

 

 

八幡「たぶん、デフォで疑心暗鬼になっちまってんだろ」

 

 

 

そうなるくらいには、色んな出来事を体験してきたからな。

必ず、裏があるのではないかと疑ってしまう。

 

 

 

八幡「友達だって言われても、信じれない自分が、裏をかいちまう自分がいるんだよ」

 

 

 

この気持ちは、同じぼっちであった輝子にも分かるだろう。

 

俺はこの話はもうお終いとばかりに、手のMAXコーヒーを数回振る。

プルタブを開け、一口飲む。うむ、甘い。この甘さが俺を癒してくれる。

 

しかし俺がコーヒーを飲んでいる間、輝子がやけに静かなので見てみると、何やら俯いている。

 

 

 

八幡「……どうした?」

 

 

 

俺が思わず訪ねると、輝子は顔を上げる。

その顔は、いつになく真剣な表情であった。

 

俺が何も言えずたじろいでいると、輝子はキョロキョロと辺りを見渡し、やがて自分の手の平を見つめる。

そこには、俺がさっき渡した百円玉があった。

 

すると輝子は何を思ったのか、おぼつかない手つきでコインを弾き、それをたどたどしく両手でキャッチする。

そして、丁度上下で挟み込むようにして俺に向けて指し出す。これは……

 

 

 

輝子「お、表と裏、どーっちだ?」

 

八幡「……」

 

 

 

やっぱりか。何をするかと思えば、ベタな遊びをしてきたものだ。昔飽きるくらいやったっつーの。一人で。

 

 

 

八幡「なんだよいきなり……」

 

輝子「い、いいから……どっち……?」

 

八幡「…………はぁ…………裏」

 

 

 

俺は思わずやれやれと言いそうそうになりながらも、渋々付き合ってやることにする。

しかし俺が答えたというのに、輝子は一向に手を開こうとはしない。

 

 

 

輝子「……どうして、裏だと思った…?」

 

八幡「は? いや、どうしてって……テキトーだけど」

 

 

 

ホントにテキトーである。俺には透視能力も無いし、ムサシノ牛乳も好きではない。

 

 

 

輝子「り、理由とか、無いの?」

 

八幡「理由も何も、二分の一の確率だろ? そんなのどっちだってありえるだろうが」

 

輝子「……そう。じゃあ」

 

 

 

そこで、輝子は俺の目を真っ直ぐに見て。

 

 

今までに聞いた事の無いような透き通る声で。

 

 

俺に、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輝子「私は、八幡を“友達”だと思ってる」

 

 

 

 

 

 

その声が、その真っ直ぐな瞳が。

 

 

 

 

 

 

輝子「……私の言葉、表と裏……どっちだと思う?」

 

 

 

 

 

 

何故だか、酷く脳裏に焼き付いた。

 

 

 

結局俺は、その時に答えを返す事が出来なかった。

 

あの時、輝子の握るコイン。あのコインはーー

 

 

 

表と裏、どっちだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総武高校体育館。

 

 

時間は正午をまわった所。ステージ裏にある音響兼小道具部屋で、俺たち元祖奉仕部三人は顔を付き合わせていた。

いや、正確にはもう一人いる。

 

今回のこの依頼の最初の依頼者とも言える人物。

 

臨時担当アイドル、神谷奈緒であった。

 

 

 

雪ノ下「……これは、まずい事になったわね」

 

由比ヶ浜「ヒドい……」

 

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜が見ているのはパソコンの画面。

映し出されているのは、とある総武高校の生徒がやっているツイッターであった。

 

内容は、有り体に言えば誹謗中傷。

 

 

そしてその対象は、今目の前にいる神谷奈緒の事であった。

 

 

 

奈緒「…………」

 

 

 

奈緒は俯いたまま何も言わない。

その様子は、哀しさよりは悔しさを感じさせるような気がした。

 

 

この事態に気付いたの少し前。

 

由比ヶ浜が友達経由で教えてもらったのが原因で、事に気付くことが出来た。

由比ヶ浜の情報網を考えれば多少遅いくらいだったが、俺と雪ノ下ではまず気付かなかっただろうから何も言えはしまい。

 

 

今、凛と加蓮はステージでリハーサルをして貰っている。

奈緒は、出来る事であればこの件を二人には伏せたいらしい。

 

 

 

雪ノ下「これを見る限り、こういった悪評を故意に拡散させているのは、3~4人といった所かしらね」

 

 

 

雪ノ下の言う通り、個人ではなく複数の生徒が総武高校の生徒を中心に情報を流しているように思える。

と言っても、その情報こそ根も葉も無い噂を言いふらしてるわけなのだが。

 

 

「勘違い女(笑)」だの「枕アイドル」だの「自称・カワイイ」だのな。

 

……あれ、最後なんかどっかで見た事あんな。まぁどうでもいいか。

 

 

 

由比ヶ浜「しかも、本名出さないでユーザー名で言いたい事言いまくってんのがムカつく! なんなのもう!」

 

八幡「アホ。匿名だからこういう事言えんだよ。本名晒してたら、はなから言わんだろ」

 

由比ヶ浜「分かってるよそんなこと!」

 

八幡「す、すいません」

 

 

 

おお……由比ヶ浜がプンスカどころか結構マジギレしている。

なんか普通に謝ってしまった。

 

 

 

雪ノ下「しかも、タイミングも最悪ね。ある意味では完璧とも言えるのかしら」

 

 

 

そう言って顎に手をやり、難しい顔をする雪ノ下。

あれですか、西門さんですか? ごちそうさん。……割とマジでふざけてる場合じゃねぇな。

 

 

雪ノ下が言う通り、この情報が流れ出したタイミングが不味かった。

恐らくは昨日の晩から拡散を始めたのだろう。今日、今は昼休みだが、その頃にはもう総武高生のツイッターをやっている生徒ほとんどに流れてしまっているようだった。情報早過ぎんだろマジで。

 

そして問題なのは……今日が、ライブ当日ということだ。

 

 

 

八幡「もう少し日があれば、パソコンの大先生にでも協力してもらってデマの収束を見込めたんだがな。さすがに時間が無さ過ぎる」

 

由比ヶ浜「パソコンの大先生?」

 

八幡「そこは気にするな」

 

 

 

おっと。これは別の世界線での話だったな。うっかりうっかり。

 

 

 

雪ノ下「さすがにこれを見て全て鵜呑みにはしないでしょうけれど……それでも、少なからず影響は出るでしょうね」

 

八幡「だろうな。最初の印象が悪けりゃ、ライブの見方も変わってくる。そもそも見に来なくなる可能性もな」

 

 

 

学生の怖い所は、驚くべきその伝達率だ。何か少しでも話題性のある話が舞い込めば、あれよこれよと、直接口でも画面の向こうだろうと、どんどんと広がっていく。しかもその度に内容に齟齬が出てくるのだから手に負えない。

 

 

 

八幡「……この噂を流してる奴ら、知ってっか?」

 

奈緒「っ!」

 

 

 

ビクッと一瞬肩を震わせる奈緒。

さっきから何も喋らないが……その反応じゃ、やっぱりか。

 

 

 

八幡「大方、クラスの女子数人って所だろ」

 

由比ヶ浜「どういう事?」

 

八幡「簡単に言や、奈緒に対する妬みだよ」

 

 

 

同じクラスの可愛い女子がアイドルで、今度ライブをやるらしい。

そんだけの理由で妬むのは、何も不思議な事じゃない。

 

ある意味では、自然とも言える。

 

 

 

雪ノ下「なるほどね……」

 

 

 

見れば、雪ノ下が妙に納得したような表情をしている。お前、まだ西門さんポージングしてたの?

 

 

 

雪ノ下「この頭の悪そうな発信源を見て、どうにも既視感を覚えていたのだけれど……なるほど。この人たち、中学生の頃の彼女たちにそっくりだわ」

 

 

 

雪ノ下の言う“彼女たち”というのは、恐らく雪ノ下を妬んでのいじめ集団の事だろう。いや、それじゃ語弊があるか。結果的に返り討ちにされたのだからいじめられっ子と言えるかもしれない。ほら、なんか雪ノ下さん笑ってるよ。怖い。

 

 

 

雪ノ下「本当、いつの時代もこういう人たちっているものなのね」 フフフ……

 

由比ヶ浜「ゆ、ゆきのんが何か怖い……あ、じゃあさ! なおちんはクラスの誰か心当たりがあるんだよね?」

 

奈緒「……」 こくん

 

 

 

由比ヶ浜の何か閃いたかのような質問に、神妙な顔で頷く奈緒。

 

 

 

奈緒「……アタシがアイドルやってるのが、前々から気に入らなかったみたいでさ。嫌がらせってほどじゃないけど、何かとちょっかいを出してくる奴らはいるよ。たぶん、そいつらだとは思う」

 

由比ヶ浜「それなら、その人たちに会いに行って止めさせてもらえば……!」

 

八幡「無理だろうよ」

 

 

 

俺が割り込むと、キッとして俺に振り向く由比ヶ浜。いや、ちょっと落ち着いて。なんか今にも噛み付いてきそう。

 

 

八幡「た、例え今から止めたとしても、もう流れちまった情報は戻らない。拡散した噂が消えて無くなるわけじゃない」

 

雪ノ下「それに、その人たちが件の人物という証拠も無いわ。証拠も無く問いつめるのは些か問題ね」

 

 

 

本当はこういう時は、時間が解決してくれるのが一番良いんだけどな。どんな噂でも、時の流れと共に過ぎ去っていってしまうから。

まぁ、それが出来ないから困っているんだが。

 

 

 

雪ノ下「その人間的に腐っている人たちを追いつめるのはライブを終えた後という事にして、今は現状の解決を最優先に考えましょう」

 

由比ヶ浜「追いつめるのは確定なんだ……ア、アハハ」

 

 

 

引きつった笑顔で空笑いを漏らす由比ヶ浜。

幾分周囲の温度が下がった気がしたが、恐らく気のせいだろう。というかそう信じたい。

 

 

 

由比ヶ浜「でも、どうすれば解決できるのかな? もうライブまで時間も無いし……」

 

 

ライブの決行は夕方5時から。

正直、今から出来る事など殆ど無いと言える。

 

 

 

雪ノ下「原因である生徒に然るべき対処を取り、その上でデマを流しましたと公表させるのが最適でしょうけれど、今からでは間に合わないでしょうね。その話が知れ渡るのにも時間はかかるでしょうし」

 

由比ヶ浜「な、なら、思い切って今回は見送るのは? 誤解が解けてから、また改めてライブするとか…」

 

奈緒「それはダメだ!」

 

 

 

由比ヶ浜が言い終える前に、決死の表情で異を唱える奈緒。

しかし直ぐに俯き、呟くように言葉を吐く。

 

 

 

奈緒「このライブは、アタシだけじゃない。……凛と加蓮、二人のライブでもあるんだ」

 

 

 

悔しさを滲ませたその声は、ぽつりぽつりと出て行く。

 

 

 

奈緒「そのライブを、アタシのせいで中止にするなんて……アタシがアタシを許せない……!」

 

 

 

その言葉は、まるで悲痛な叫びのようだった。

 

実際には、今回の件に奈緒に非など一切ない。自分のせいだと言うその言葉は誤りだ。

だがそれでも、彼女は自分自身を責めずにはいられないのだろう。

 

もっと上手くやっていれば、もっと注意していれば、こんな事にはならなかったのではないか。

 

そう思わずには、いられないのだ。

 

 

 

八幡「……けど確かに、ライブを先延ばしにするのは俺もあまり好ましくはない」

 

由比ヶ浜「え?」

 

八幡「このタイミングでライブを中止にすれば、それこそまるで後ろめたい事があるように思われる可能性があるからな。それに先延ばしにして誤解が解ける保証もない」

 

 

 

ならばいっそ、思い切って実行した方がいいとさえ俺は思っている。逆にライブで評価をひっくり返せる可能性もあるしな。しかしそれにしたってイチかバチかにはなるだろうが。

 

 

 

奈緒「……」

 

 

 

奈緒は変わらず俯いたままだ。

何も出来ない現状に、歯痒さを感じているようにも見える。

 

 

さて、どうする。

 

この問題を治める、方法はーー

 

 

 

 

 

 

八幡「……まぁ、方法が無い事も無い」

 

奈緒「っ!」

 

 

 

俺が静かに放った言葉に、顔を上げ反応する奈緒。

 

 

 

由比ヶ浜「ヒッキー、それホント!?」

 

雪ノ下「……」

 

 

 

笑顔を見せて言う由比ヶ浜に対し、俺を見る雪ノ下の表情は暗かった。どこか睨んでいるようにすら見える。

しかし俺は気にせず、言葉を続ける。

 

 

 

八幡「要は、今奈緒に向けられている悪評や批判を解消させればいいんだ」

 

由比ヶ浜「でも、それが出来ないから困ってるんでしょ?」

 

八幡「そうだな。けど、別に何も解消させなきゃいけないわけじゃない」

 

由比ヶ浜「?? どういう……?」

 

 

 

何を言っているのか分からないという表情で、首を傾げる由比ヶ浜。

 

 

 

八幡「簡単な事だ。その悪評を、別の対象に逸らせばいい」

 

雪ノ下「ッ! あなた、まさか……」

 

 

 

俺の考えに思い至ったのか、雪ノ下が鋭い視線を俺へと向けてくる。

 

 

 

由比ヶ浜「え、どういうことなの、ゆきのん?」

 

雪ノ下「……恐らく、比企谷くんがプロデューサーである事を公表する、という事なのでしょう?」

 

八幡「ああ」

 

 

 

俺が頷いてみせると、由比ヶ浜もやっと察したように表情を曇らせる。しかしこの場で奈緒だけは、俺の意図に気がついていないようだった。

 

 

 

奈緒「? どういう事だよ。比企谷がプロデューサーだってバラすのが関係あんのか?」

 

八幡「そういや、お前は知らなかったんだったな」

 

 

 

あの文化祭の時の出来事。相模を引きずり出す為に俺がやった事を、奈緒は偶然か知らないでいた。

 

 

 

八幡「俺がぼっちなのは知ってるだろうが、その上ここ最近じゃ何かと評判も悪いんだよ俺は」

 

雪ノ下「そうやって自分に悪意を集めて、状況を緩和させようと? そんなの無理に決まっているわ」

 

 

 

俺の態度が気に入らないのか、真っ向から反対意見をぶつけてくる雪ノ下。

 

 

 

八幡「そうでもねぇよ。俺が無理矢理アイドルをこき使ってるクズプロデューサーだという事実を公表すりゃ、俺に対する悪評と一緒に、アイドルたちへの対応も少しは変わるだろ」

 

 

 

奈緒に裏があるという何処がソースかも分からない不確定な情報よりも、俺という嫌われ者のプロデューサーの言葉の方が、ずっと印象に残るはずだ。

 

そんな下衆なプロデューサーに酷い目に遭う境遇にありながら、懸命に活動を行うアイドルたち。

その肩書きだけで、評価はガラリと変わるものだ。その感情が同情に近いものだというのが、皮肉なものだがな。

 

 

 

八幡「元々ある俺の評判が良くないものなんだ。信じる奴らは結構いるだろーよ。そうだな、ライブ前にプロデューサーの挨拶って事でスピーチでもするか。一発最悪なのを構せばいい」

 

由比ヶ浜「そ、そんなの、ダメ! そんな事したら、プロデューサーだって続けられなくなるかもしれないんだよ!?」

 

 

 

つかつかと近くまで来て怒鳴る由比ヶ浜。

しかしその怒気の声とは裏腹に、顔にはどこか悲しみの色が伺えた。

 

 

 

八幡「……そん時は、それも仕方ねぇよ」

 

 

 

正直、ここまで上手くやれていたのが不思議なくらいだったのだ。

ここいらが潮時というのも、納得出来る。

 

 

 

奈緒「……んはどうするんだよ」

 

八幡「あ?」

 

奈緒「凛は、どうするんだよ!?」

 

 

 

殆ど叫びに近いくらいの声で、俺に言葉をぶつけてくる奈緒。

恐らく、本気で怒っているのだろう。

 

 

 

八幡「……」

 

奈緒「こんな、こんな事で、プロデューサー辞めて、凛はどうするんだよ!」

 

 

 

思い出されるのは、いつも隣にいた笑顔。

いや、まだ会って半年もたっていないというのに、いつもと言うのは言い過ぎか。

 

……ホント、毒されたってレベルだわ。

 

 

俺は踵を返し、部屋の出口へと向かう。

 

 

 

奈緒「比企谷ッ!」

 

八幡「……なら、何か他に良い方法でも考えるんだな。それが無けりゃ、俺は実行に移る」

 

 

 

迷いなど無い。

 

これが、今の俺に出来る事なのだから。

 

 

 

扉を締める瞬間、奈緒の俺を呼ぶ声が、ひと際大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージ横を歩きつつ、今後の事を考える。

 

確かちひろさんの話では、少数だが取材陣も来るという話だった。宣伝活動に力を入れたのが功を奏したらしい。

 

しかしその前で道化を演じるのであれば、念入りに内容を考えねばならない。

下手に半端無くゲスいスピーチをすると、シンデレラプロダクションに迷惑がかかるからな。上手いこと線引きするのが重要だ。

 

 

俺が考えに耽っていると、足音が聞こえてくる。

 

見れば、リハを終えたのか凛と加蓮が丁度やって来ていた。

 

 

 

凛「プロデューサー、お疲れさま」

 

八幡「おう。お疲れさん」

 

 

 

話しかけてきたので俺が言葉を返すと、凛は歩みを止め、黙ったままこちらを見つめ始める。

 

 

 

八幡「……? どうした?」

 

 

 

俺が不審に思って聞くと、凛は無表情で話す。

 

 

 

凛「プロデューサー、何かあった?」

 

八幡「っ!」

 

 

 

す、鋭い。

いや鋭すぎねぇ? 何こいつサトリなの? もしくは俺のサトラレ説。

 

 

 

八幡「別に、なんもねぇよ。急にどうした」

 

凛「……まぁ、プロデューサーがいいんならいいけどさ」

 

 

 

言うと凛はスタスタと横を通り過ぎ、飲み物でも買いに行くのか裏口の方へと歩いていく。

 

 

 

凛「言う必要が無いのなら聞かないよ。信じてるから。プロデューサーも……奈緒も」

 

 

 

そう言い残して、凛は出て行った。

何なのあいつ。いちいちかっけぇ。

 

 

 

八幡「……」

 

 

 

俺が出口の方を見送っていると、後ろから露骨な溜め息が聞こえてくる。

まぁ分かってはいるが、加蓮のものだった。

 

 

 

八幡「なんだよ」

 

加蓮「いや、敵わないなーと思ってさ」

 

 

 

加蓮はタオルで汗を拭いつつ、壁にもたれ座り込む。

俺が見ると、少しだけ悔しそうに笑っていた。

 

 

 

加蓮「そりゃね、あたし達だって付き合いもそれなりに長いし、何かあれば気付く自信はあるよ。奈緒とか結構露骨だもん」

 

 

 

やっぱあいつバレてたか。

ま、そりゃあんな暗い顔してたらなぁ。俺でも気付く。

 

 

 

加蓮「でも、やっぱプロデューサーの事は、凛が一番分かってるみたい。そこに気付くとは、やはり天才かって感じ」

 

八幡「それ、誰に教わったんだ?」

 

加蓮「奈緒」

 

 

 

ですよねー。

まさかあいつ、ネラーとかじゃないよな? 絶対違うと言えないのが悲しい。

 

 

 

加蓮「あ、でも、凛の指摘が図星だったのにはあたしも気付いたよ? プロデューサー、一瞬だけ表情固まったもん」

 

八幡「さてね。なんのことやら」

 

 

 

俺がそう嘯くと、加蓮がアハハと笑った後、膝に顔を埋めるようにして言う。

 

 

 

加蓮「でも、凛も言った通り、あたしも二人を信じてるからさ」

 

 

 

笑ってはいるが、少しだけ哀しそうに。

 

 

 

加蓮「……ありがとね、八幡さん」

 

 

 

思わず、目を見開いてしまった。

いや、いきなりだったからな。な、名前呼びとな。

 

 

 

八幡「どうしたいきなり……」

 

加蓮「ふふ、言ってみただけ」

 

 

 

あん時、奈緒が取り乱しまくってた気持ちがちょっと分かったな。

なんというか、こそばゆかった。

 

 

どうして、こいつらはこうも俺を惑わせるのだろう。

 

 

少しだけ、気持ちが揺らぐ。

 

けど、それでも俺がやる事は変わらない。

 

 

 

俺はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻、4時半。

 

 

既に会場には数百人の観客が訪れている。

見る限りでは、ざっと300人程度か。総武高生徒が8割。外部の人間2割といった所。

 

ほぼ無名に状態を見れば、上々の結果と言えるだろう。

 

 

しかしそれでも、やはり噂の影響は出ているようだ。

さっきからざわざわと雑談が絶えず、中にはヤジを飛ばしてくる者までいる。

 

ここにいる大半の連中は、興味本位で足を運んでいるのだろう。

そこに純粋な楽しみなど求めている方が少ない。それは当たり前だ。

 

それに加えてあの悪評の拡散である。

精々話題に乗っかろうという気持ちで来ているのが関の山だ。

 

 

……だからこそ、俺の挨拶が効くんだろうがな。

 

 

凛たちはステージ裏の部屋で待機してもらっている。

挨拶の途中で止められでもしたら面倒だからな。雪ノ下と由比ヶ浜も納得はしていないようだったが、他に名案が無い以上、俺の案で行くしかない。

 

 

……そろそろ行くか。

出来るだけ余裕をもっていた方が、何かあった時の為になる。

 

 

 

俺は舞台袖から幕の外へ出るため、ゆっくりと歩きーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その先へ歩むことが出来なかった。

 

 

 

その理由は、俺が躊躇ったからではない

 

原因は、俺の手を握る彼女。

 

 

 

 

 

 

八幡「……なんの真似だ?」

 

奈緒「……やっぱり、ダメだ」

 

 

 

神谷奈緒が、俺を行かせはしないと、手を掴んでいた。

 

 

 

奈緒「比企谷が泥を被る必要なんて、自分を犠牲にする必要なんて、ない!」

 

 

 

そのあまりの剣幕に、俺は思わず顔をしかめる。

奈緒の手を振り払い、向き合う形で見据える。

 

 

 

八幡「犠牲にしてるだと? それこそふざけるな」

 

 

 

俺は、今自分に出来る最適な方法を選んでいる。

俺がやる事で上手く治める事が出来るから。だから俺は行動している。

 

それを、犠牲だなんて絶対に言わせない。

 

 

 

八幡「これが一番可能性のある解で、それを出来るのが俺なんだよ。誰の為でもねぇ、俺は最適なプロデュースをしてるだけだ」

 

 

 

これが俺のプロデューサーとして出来ることだし、これしか、俺に出来ることは無い。

 

なら、俺は躊躇わない。

 

 

 

奈緒「……っちの台詞だ…カ…」

 

八幡「あ?」

 

 

奈緒「ふざけんなは、こっちの台詞だバァカッ!!」

 

 

 

今まで一番の怒声。

 

そのあまりの迫力に、思わず足が後ろに出てしまった。

お前、外の観客に聞こえるぞ……!

 

 

 

奈緒「最適なプロデュース……? なら言ってやるよ、そんなのは間違ってる!」

 

 

 

一歩ずつ、言葉を発しながら近づいてくる奈緒。俺は、後退しないように構えるだけで精一杯だった。

 

 

 

奈緒「お前がそうする事で、悲しむ奴らが、大事なもんを失う奴らが居るのを分かってんのか!?」

 

 

 

真っ直ぐに、奈緒の視線は俺を捉えて離さない。

 

 

 

八幡「……仮にそんな奴らが居たとして、それでも俺にとっちゃ関係ねぇよ。俺は俺の為にやってんだ」

 

奈緒「それならアタシは、アタシの為にお前を止める! お前の考えなんて認めねぇ!」

 

八幡「ッ……!」

 

 

 

なんで、なんでそこまで認めようとしない? 怒りを見せる?

 

俺には分からない。いや、分からないんじゃなくてーー

 

 

 

ふと、いつかの記憶が頭をよぎる。

 

 

 

 

 

 

『……私の言葉、表と裏……どっちだと思う?』

 

 

 

 

 

 

彼女の瞳が、重なって見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

八幡「っ……なんでだよ……なんで、そこまで……!」

 

 

奈緒「なんで、なんでだと? そんなの……!」

 

 

 

 

 

 

一気に俺まで距離を詰め、眼前へと躍り出る。

 

俺の胸ぐらを思いっきり掴み、奈緒は、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奈緒「“友達”だからに、決まってんだろッ!!!」

 

 

 

八幡「ーーーーーーっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、俺は、呆然と目を見開く事しか出来なかった。

 

ただただ、彼女の顔を見つめるのみ。

 

 

 

やがて戻って来たのは、いくつもの感情。

 

 

 

女子に胸ぐらを掴まれるという情けなさ。

 

何も言い返せなかった悔しさ。

 

それから色んな形容しがたい感情が、頭へと流れ込んでくる。

 

 

 

 

八幡「……ハハ…」

 

奈緒「…? 比企谷?」

 

 

 

思わず、笑いが零れた。

 

 

色んな感情が渦巻いて。

 

何が何だか分からなくなって。

 

 

けどーー

 

 

 

八幡「……そっか」

 

 

 

そんな事がどうでもよくなるくらい、ただ単純に。

 

 

 

 

 

 

彼女の言葉が、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

いきなり笑い始めた俺を不審に思ったのか、奈緒は手を離すと、困惑したように話しかけてくる。

 

 

 

奈緒「ど、どうした比企谷? ついにおかしくなったか?」

 

八幡「どういう意味だそりゃ。俺は至って普通だ」

 

 

 

襟元を直し、一度大きく深呼吸をする。

 

その様子を、奈緒は黙ってジッと見てた。

 

 

 

八幡「……悪かった。少しばかり意固地になってたみたいだ」

 

奈緒「! じゃ、じゃあ!」

 

八幡「けど、俺がプロデューサーだって事は公表する」

 

奈緒「な、お前……!」

 

八幡「まぁ待て」

 

 

 

また感情をむき出しにしようとする奈緒を制し、ゆっくりと話す。

 

 

 

八幡「お前の言うような、自分を貶めるような事は言わない。それでかつ、悪評をどうにかする」

 

奈緒「で、出来るのかそんなの?」

 

八幡「分からん」

 

奈緒「おい」

 

 

 

呆れた顔で突っ込んでくる奈緒。

しかし、こればっかりは今思いついた事だし、正直五分五分だ。ほとんど元の作戦と変わらないしな。

 

けどそれでも、決定的に違う事もある。

 

 

 

八幡「信じてくれ」

 

奈緒「!」

 

 

 

俺が真っ直ぐにそう言うと、奈緒は一瞬驚いた顔を作り、そして可笑しそうに微笑んだ。

 

 

 

奈緒「へっ……まさか、比企谷にそんな事言われる日が来るとはな」

 

八幡「うるせぇ」

 

 

 

自分でもびっくりだよ。

 

やっぱり、毒されたレベルじゃねぇな、こりゃ。

 

 

 

奈緒「……そんだけ言われたら、信じるしかないな」

 

 

 

微笑みながら、奈緒は言ってくれた。

 

 

 

奈緒「頼んだぜ、プロデューサー」

 

八幡「……ああ」

 

 

 

その言葉に背中を押されるように、俺は幕の向こう側へと足を踏み出した。

 

何故だか、さっきよりも軽くなったように感じる。

 

 

 

……これじゃあ、どっちがプロデュースされてるか分かんねぇな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平塚「いやー伝説に残る挨拶だったよ。最高だった」

 

 

 

俺の隣で快活に笑いながら言う女教師。

というか、俺の決死のスピーチはキングクリムゾンされてしまったわけ?

 

……いや、その方がありがたいんだがな。

 

 

 

平塚「いやーほん…と……っぷ、くく……! 最高だったよ……!」

 

ちひろ「ちょっと平塚先生、笑っちゃ……ふふ……失礼、ですよ」

 

 

 

いやあんたもしっかり笑ってんじゃねーか。

本当にこのコンビは、小町と陽乃さん並にヤバイと思います。

 

 

 

ちひろ「いやでも、最初は本当に良いスピーチでしたよ?」

 

平塚「ええ。まさか、アイドルたちの魅力を直接紹介し始めるとはね」

 

 

 

そう。今回俺がやった事は、ただ単純にアイドルを紹介しただけ。

あんな誰が言ったかも分からないような噂ではなく、近くに居た俺だから言える、本当の彼女たち。

 

 

もちろんそんな事は観客の人たちは分からないし、俺の言葉に耳を貸さない奴らだっていただろう。

けどそれでも、俺は1ファンとして、彼女たちの魅力を語った。

 

そりゃもう、恥ずかしくなるくらい語った。

 

 

 

平塚「くくっ、あの『プロデューサーの一番の特権を教えてやろうか? それはアイドルのファン第一号になれる事だ! りっんりんりー!』は名言として録音しておきたいくらいだったぞ?」

 

ちひろ「あはは。その後乱入した凛ちゃんにドロップキックされてましたけどね」

 

 

 

まさか凛たちが聞いてるとは思わなかったなぁ。

というかいちいちほじくり返すな。ホントにやめてよね! 泣きそう!

 

 

 

ちひろ「結果的に、妄信的にアイドルを愛する変態プロデューサーみたいなキャラになっちゃいましたね」

 

平塚「まったく、キミの評価が悪くなってるようでは、結局変わらんではないか」

 

八幡「すいませんね……」

 

 

 

まぁでも、と平塚先生は腕を組むと、片目を閉じて悪戯っぽく笑った。

 

 

 

平塚「今回は、及第点はくれてやるとしよう」

 

八幡「……そりゃ、どーも」

 

 

中々厳しい採点ですこと。

あれだけやってようやく及第点なのかよ。

 

 

 

ちひろ「でも、比企谷くんのスピーチのおかげでアイドルへの印象は大分良くなったと思いますよ。最後のはいらなかったと思いますけど」

 

八幡「ほっといてください。少しでも俺へのイメージを悪くしとかないと、あいつらへの“可哀想、応援したくなっちゃう”感が薄れると思ったんですよ」

 

平塚「そんな事言って、本当は照れ隠しだっだんじゃないのかね?」 うりうり

 

八幡「……ノーコメントでお願いします」

 

 

 

だから頼むから、このコンビをどうにかしてくれ。

どれだけ俺をイジり倒せば気が済むのやら。

 

 

 

ちひろ「あ、そろそろアンコールが始まりますよ」

 

 

 

ちひろさんに言われステージを見ると、遠目に黒い衣装を来た三人が見える。

 

しかし、あれでリメイクだってんだから川崎の裁縫技術は凄いな。今度何かお礼をしないとな。むしろこのまま専属のメイク小道具さんになってくれると助かる。

 

 

 

ちひろ「いやーでもあの三人のsecret baseは凄い良かったですね~。思わず鳥肌立っちゃいましたもん」

 

平塚「しかし十年以上前の曲をチョイスするとは、キミも渋いな」

 

八幡「え? あぁ、はい」

 

 

 

そういや原曲ってそんな前だっけか。その頃を当然のように知ってるって、やっぱこの人たち……いや、皆まで言うまい。

 

 

 

ちひろ「それはそうと、こんな後ろじゃなくてもっと前で見なくていいんですか?」

 

 

 

気遣うように言うちひろさん。

今俺たちは体育館のステージから丁度逆側の、最後尾に立っている。

 

 

 

八幡「いいんすよ。昔からこういう時は一番後ろで見るって決めてるんです。……それに」

 

平塚「?」

 

八幡「ここの方がアイツらも、アイツらを見る観客も、良く見えますから」

 

 

 

この光景も、きっとプロデューサーの特権なのだろう。

なら、目に焼き付けておくのも悪くない。

 

 

 

平塚「……フッ」

 

ちひろ「クスッ、比企谷くんも、もう立派なプロデューサーですね♪」

 

八幡「んな事ないっすよ。今回だって奈緒に助けられましたし」

 

ちひろ「それも含めてですよ。支え合ってこそのアイドルとプロデューサーなんですから」

 

 

 

そんなもんなのかねぇ。

 

 

 

ちひろ「そう言えば、アンコールの曲ってな…」

 

 

 

『〜〜♪』

 

 

 

ちひろ「に……へ?」

 

 

 

おお、やっぱ良い曲だわ。

 

 

 

ちひろ「ひ、比企谷くん!? これ『MEGARE!』ですよね!? なんで765プロの曲を歌ってるんですか!?」

 

八幡「え? 俺の趣味ですけど」

 

 

 

なに、ダメだった? iなら良かったんですかね?

 

 

 

ちひろ「765プロは商売敵ですよ!? いくらカバーだからって、ライバルプロダクションの歌はダメでしょう!」

 

八幡「いーじゃないっすか。あ、宣戦布告って事にしときます?」

 

ちひろ「なっ……比企谷くんがいつになく強気です……!」

 

 

 

そう言うちひろさんも妙にテンション高いな。

いや、この人は元からこんなんだっけか。

 

 

気を取り直してライブを見ていると、不意に視界の片隅にアホ毛が見えた。項垂れたあのアホ毛は……

 

 

 

八幡「何してんだ輝子」

 

輝子「っあ……はちま~ん」

 

 

 

コチラに気付くやいなや、輝子はトコトコとこちらに駆け寄ってくる。

 

 

 

輝子「り、凛ちゃんのライブ見たくて……でも、人が多くて……酔いそう」 グデーン

 

八幡「……お前、それアイドルとしてどうなの?」

 

 

 

半ば呆れていると、輝子は俺の顔をジッと見つめてくる。

……それ、癖がなんかなのか?

 

 

 

輝子「八幡、何か……良い事あった……?」

 

八幡「へ?」

 

 

 

いきなりの問いに、思わず変な声を出す。

 

良い事……ね。

 

 

 

八幡「……コイン」

 

輝子「え?」

 

八幡「コインがよ。なんつーか、あー……表だったみたいだ」

 

 

 

俺は何となく気恥ずかしくなりながら、明後日の方向を見つつそう言った。

 

輝子はそれを聞くと、最初はポカンとしていたが、やがて微笑む。

 

 

 

輝子「そっか……それはラッキーだったね。フヒヒ」

 

 

 

まるで、自分も嬉しいかのように。

 

 

 

八幡「……おう」

 

 

 

そして俺も、静かに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶の香りが漂う、奉仕部の部室。

 

 

俺は雪ノ下の淹れてくれた紅茶を一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。

やっぱ美味いな。一体何が違うのだろう。葉っぱ?

 

 

そんな俺を横目に見ているのは由比ヶ浜。

 

 

 

由比ヶ浜「今日はスーツで来たんだね。もう隠さないの?」

 

八幡「隠すも何も、完全に公になっちまったからな。もう気にせん」

 

 

 

今日だってライブの後片付けで学校に来たが、路往く生徒の視線がヤバかった。

ある意味じゃ奈緒よりも有名人になってしまった気がする。

 

 

 

雪ノ下「まぁ、あんなスピーチをすればね。自業自得というものよ」

 

 

 

手に持っていた本を置き、俺に視線を向ける雪ノ下。

 

 

 

雪ノ下「けれど、最初の下らない作戦よりはマシだったわね」

 

八幡「……そんな大差は無いだろ」

 

雪ノ下「あるわ。あの時のあなたのスピーチ。あそこに嘘は無かったもの」

 

由比ヶ浜「全部ヒッキーの本音だったもんね~」

 

 

 

静かに微笑む雪ノ下に、快活に笑う由比ヶ浜。

……ホント、なんでもお見通しってわけかい。

 

 

 

八幡「はっ、何とでも言え」

 

 

 

なんか、最近周りの俺を見る目が生暖かくて気色が悪い。

ま、それ意外の奴らの目が基本冷たいからイーブンって所だが。

 

 

 

由比ヶ浜「まぁまぁ。あれ? そう言えば今日はなおちん達は?」

 

雪ノ下「そう言えば姿が見えないわね」

 

八幡「あいつらなら、今こっちに向かってるらしいぞ。なんでも奉仕部の部室に遊びに来たいんだと」

 

 

 

俺がそう言うと、由比ヶ浜が慌てて立ち上がる。

 

 

 

由比ヶ浜「ええー! ちょっとヒッキー、早くそれ言ってよ! 何も準備してないじゃん!?」

 

八幡「いや何を準備するんだよ……」

 

 

 

その辺をウロウロと歩き始める由比ヶ浜を見て、雪ノ下が仕方なしといった具合に溜め息を吐く。

 

 

 

雪ノ下「落ち着いて由比ヶ浜さん。紅茶は用意出来るし、お菓子も少しはあるのでしょう?」

 

由比ヶ浜「そうだけどさー、遊びに来てくれるんなら、何か準備したいし!」

 

雪ノ下「なら私は席を用意するから、由比ヶ浜さんは黒板にイラストでも描いたらどうかしら。少しなら飾り付けも出来るのだし」

 

 

 

雪ノ下の言葉になるほど! と納得すると、由比ヶ浜は早速いそいそと準備を始める。

さすがは雪ノ下。由比ヶ浜の扱いに慣れているな。本人に言ったら怒られそうだが。

 

 

 

雪ノ下「では比企谷くんは、三人の出迎えに行ってちょうだい」

 

八幡「えー、別にいいだろ。奈緒は部室分かるだろうし」

 

由比ヶ浜「ヒッキーお願い! 少しでも時間を稼いで! その間に準備するから!」

 

 

 

言いつつも由比ヶ浜の手は止まらない。しょうがねぇな……

 

 

俺は渋々部室を出ると、廊下をゆっくりと歩いていく。

 

玄関へと向かう途中、生徒の話し声が耳に入ってきた。内容は、先日のライブの事。

 

 

 

「そうそう、マジ可愛かったよね~」

 

「なんつーんだっけ? トライアド・プリムス? またライブやってくんないかな~」

 

 

 

そう。会話の通り、何故かは知らないが凛たち三人は『トライアド・プリムス』というユニット名で呼ばれている。

なんでも、観客の中にいた外人のイケてるお姉さんがそう呼んだのが発端だとか。かっけぇなオイ。ちなみにそのお姉さんはウチの社長にスカウトされたとかなんとか。

 

 

しかし正直な話、臨時プロデュースは今回のライブまで。この先またあの三人がユニットを組めるかは微妙な所だ。

もしかしたら、あのライブが最初で最後だったかもしれないというのもあり得る。

 

そうやってユニット名を付けて噂になって貰えるのは嬉しいが、どうなる事やら。

 

 

 

 

 

 

八幡「ん、来たか」

 

 

 

校門前に立ち、待つ事数分。

遠目に、あの三人組が見える。

 

 

……けどま、確かに“最初で最高の三人組”だよ。

 

 

仲睦まじく、眩しいくらいの笑顔で歩く三人を見て。

 

柄にも無くそんな事を思ってしまった。

 

 

 

三人の元へ向かおうとした時。

ふと、ポケットに手を突っ込んだ瞬間何かに触れる。

 

見れば、それは一枚の百円玉だった。

 

 

 

八幡「……どうせなら、表を信じるのも悪くない、か」

 

 

 

確率は、二分の一だしな。

 

 

俺は一人小さく笑うと、ポケットの中でコインを握りしめる。

 

緩やかな風を切り。

 

 

 

俺はまた、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 


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