君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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誓いはいつかの未来へのムスビ

 披露宴の会場の、宮水家のために用意された円卓のテーブルには、一葉、三葉、四葉と瀧が座っていた。

 本来瀧の座る席には三葉と四葉の父親である宮水俊樹の席なのであるが、今回は俊樹が不在ということで瀧が座っている。

 しかしながらこの披露宴、瀧にとっては宮水家以外は知らない人たちばかりなのである。

 それもそのはずだ。この会場にいるのは糸守出身の人たちがほとんどで、しかも平均的な年齢層も高目と来ている。

 むしろ若い世代が瀧や三葉、四葉を含め数えるほどしかいないのだ。

 

「三葉、なんか俺、ジロジロ見られてないか?」

「ん~……そうかも」

 

 瀧の不安げな言葉に三葉は苦笑いで返した。

 実際に瀧の言うとおりで、糸守出身の克彦や早耶香の親戚筋は興味深そうに彼を見ている。

 宮水家は糸守ではかなり有名な家の一つで、更にその家の長女である三葉は巫女としても有名だったのだ。そんな三葉の隣に座り、親しげに話す男性――それだけで興味が集まるのは必然だ。

 

「しゃんとしない、瀧。何も、取って食われるわけじゃないんや。背筋を伸ばし」

「つってもさ、お婆ちゃん」

「……しゃーない。三葉、あんたは瀧連れて一回化粧直してきない」

 

 一葉はそう催促すると、三葉は苦笑いを浮かべながら席を立ち、瀧を連れて会場から出る。

 その時も視線を集めるわけだが、瀧はなるべくその視線を気にしないようにしながら三葉についていった。

 そして三葉は瀧を廊下に連れて行き、そして立ち止まると振り返る。

 

「……ごめんね、瀧くん。慣れないことに付き合わせちゃって」

「別に三葉が謝ることじゃないだろ? そもそも俺が来たいと思って来たんだしさ」

「そう言ってくれるとは思ったんだけどさ。……さやちん、すっごく幸せそうだったね」

 

 三葉は話を変えるように、先ほどの克彦と早耶香の挙式のことを思い出して、しみじみと呟いた。

 

「そうだな。テッシーもすっげー男らしいこと言ってたし」

「……そうだね。たぶんさやちんだけが知ってるテッシーなんだと思うよ」

 

 人目も気にしないで、ただ早耶香にずっと一緒にいてくれと言い切った克彦は、瀧の目から見てもかっこいいと感じた。

 それを受け止める早耶香についても、本当にお似合いであると感じたのだ。

 ……同時に、羨ましくも感じた。

 

「…………」

 

 瀧は三葉のことをじっと見てしまう。

 ……果たして、自分は彼女を支えることはできるのかと。

 今はいい。三葉も自分を求めてくれていると断言でき、実際に交際も上手くいっているから。

 だが不安は募ってくるものだ。経済的にも瀧はまだ駆け出しの社会人で、そういう意味では三葉の周りには経済的ゆとりがある男性が多い。

 何より三葉は魅力的な女性であることを瀧が誰よりも理解しているのだ。

 ……その不安を振り払うように、瀧は三葉の手を取った。

 

「……どうしたの? 瀧くん」

「……ちょっと不安だから」

 

 三葉は特に動揺することもなく尋ねると、瀧はそう言って三葉の手を強く握る。

 三葉はそんな瀧を受け入れるように握り返した。

 ――三葉の本当の魅力を知っているのは俺だけだと心に言い聞かせる。本当は嫉妬深くて不安ばかりで、お酒を飲み過ぎて暴走したのを知っているのは自分だけだ。そのくせ甘えたがりで、年上ぶって……でも誰よりも純粋で優しいことを彼だけは知っていた。

 本当の三葉は殻を被って本当の自分をひたすらに隠す内向的な人間だ。だから外見を気にして、周りを気にする。

 そうやって出来た外側がなければ生きていけない――過去の話だ。

 少なくとも高校生のときの三葉はそうやって、本当に心の置ける友人にしか自分というものを見せなかった。

 なぜ瀧がそれを見抜いたのか、それは瀧でもわからない。

 だけど、今はそれが自信に繋がった。

 

「ごめん、三葉。もう大丈夫だ」

 

 瀧はそう言って三葉の手を離そうとする――も、三葉はその手を離さなかった。

 その表情は少し悪戯に笑っていて、三葉はそのまま瀧と腕を組んだ。

 

「み、三葉?」

「――恋人のエスコートは彼氏の役目でしょ? それに説明が面倒くさいんやったら、態度で示せばええんやよ」

「り、理解はしたけど納得できないんだけど!?」

「もう、行くよ! ほら、覚悟決めてよね、瀧くん!」

 

 三葉は楽しそうな声音で瀧の腕を引っ張ると、瀧は慌てたようにそれについていく。

 しかし引っ張られ続けるのは癪なのか、それとも覚悟を決めたのか――最後は三葉の隣で彼女を引っ張っていった。

 

○●○●

 

「それでは大変長らくお待たせしました! 新郎新婦のご入場です!!」

 

 ――司会進行の声とともに始まった披露宴。

 それが始まるまでの時間は、瀧と三葉は質問攻めにあっていた。

 帰りに腕を組んで帰ってきたことが原因なのかはわからないものの、ともかく瀧=三葉の彼氏ということを周りが断定したのだ。

 糸守にいた頃は彼氏どころか、男の影すらも見せなかった三葉が連れてきた突然の男ということに話題が集中した。

 ……そんなこんなで始まった披露宴。今は克彦と早耶香は新郎新婦の席で楽しげに話していて、その周りにはたくさんの人がいた。

 おそらくは彼らの親戚筋だろう。宮水家の席の四人はそれを遠巻きに見ながら、運ばれてきた料理を食べていた。

 

「あれは迂闊に近づけないな」

 

 人が消えることのない二人の周りで、瀧と三葉は様子を見計らう。

 この辺りが周りに気を使いすぎる二人の悪い癖なのであるが、仕方がない。

 こういうときに真価を発揮するのは他の誰でもない――

 

「四葉、行ってきま~す♪」

 

 ――四葉である。

 四葉は自慢のツインテールをゆらゆらと揺らしながら、人の群れの中に突入して行った。

 それに気づいた瀧と三葉はすぐさま席を立ち上がる。

 

「あ、あの子はホンマに! お婆ちゃん、荷物見といて!」

「はいはい、行ってきない」

 

 一葉は手を振りながらそういうと、瀧と三葉は四葉を追いかけていく。

 追いかけた先には既に四葉が克彦と早耶香と接触していた。

 

「二人とも、おめでとう! お姉ちゃんと瀧くんに先駆けて、私が来ました♪」

「四葉ちゃん! ありがとぉ!!」

 

 四葉がわざとらしくびしっと敬礼をしながらそう言うと、早耶香が嬉しそうに声を上げた。

 それとほぼ同時に瀧と三葉も二人の前に到着すると、克彦と早耶香の視線が二人に集中する。

 

「――三葉!」

「さ、さやちん!」

 

 早耶香は三葉の登場に感極まって席を立ち、抱きつくと三葉は驚きつつもそれを受け止める。

 克彦もまた席を立って瀧の隣に行くと、肩に手を置いた。

 

「前ぶりやな、瀧」

「テッシーも元気そうで何よりだよ――結婚おめでとう。さっきの、めちゃくちゃかっこよかったぜ?」

「よせやい、恥ずかしいわ! あんなん二度と言わん!」

「えぇ~、それはさやちん的には可哀想だよ~? ね、お兄ちゃん?」

 

 克彦弄りに瀧と四葉が加わり、執拗に弄る。

 ……そんな中、ふと隣から視線を感じた。

 

「……なるほど、君が噂の瀧くんなんやね」

「え、えっと……初めまして」

 

 そこには早耶香がいて、穏やかな表情で瀧を見ていた。瀧は少し緊張を覚えるも、克彦が彼の肩に手をポンと置く。

 すると驚くほどに緊張は消えて、瀧は一歩前に出た。

 

「その、テッシーと知り合ったのは最近で、ここに来て良いものなのか迷ったけど……でもなんか、二人のことを直接お祝いしたいのでお邪魔しました――三葉の恋人の立花瀧っていいます」

「敬語はええよ? ……早耶香です。この度、勅使河原早耶香になりました」

 

 早耶香は克彦の方をチラッと見てそう言うと、克彦は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 その反応を見て可笑しそうに笑う早耶香と瀧。それにつられるのは三葉と四葉だ。

 ……ひとしきり笑うと、早耶香は瀧の方を見た。その表情はどこか納得したようなものだった。

 

「……なんか懐かしいと思ったけど、なるほど――何でかはわからないんだけど、瀧くんと三葉、そっくりやね」

「「……そっくり?」」

 

 早耶香の意味深な発言に、二人は首を傾げた。

 

「あぁ、ごめんごめん。別に見た目とか性格とかじゃないんやよ。ただ、雰囲気がそっくりと言うか……」

「なるほど、つまりオーラの波長が同じってわけやな」

「ん~、克彦のオカルトが合ってるってのが癪やけど、そうだね。うん、克彦の言うとおりなんよ」

 

 瀧と三葉は早耶香の言っていることの意味の真意を理解できないものの、それは褒め言葉であると受け入れる。

 何より似ているという事は二人にとっては嬉しいことであり、特に深くは考えなかった。

 

「ん~、でもなんかやっぱり知ってるような……なんかモヤモヤするよぉ」

「お前は何を言うてるんや――ほら、まずは他の親戚筋の挨拶終わらせるで。すまん、瀧、三葉、四葉ちゃん。また後でゆっくり話そうな」

 

 克彦はそう言うと、早耶香を連れて席に戻っていく。

 残された瀧と三葉は早耶香に言われたことに首をかしげながらも、席に戻っていった。

 

●○●○

 

 披露宴もかなりの時間が経過し、両家の親の言葉やちょっとした催し物が一通り終わり、お開きの時間が近づいてきた。

 そんな時間に差し掛かった頃、三葉はそわそわとし始めていた。

 なぜ三葉がそわそわと緊張しているのか――それは最後に控えている親友から二人に向けてメッセージを送ることになっているからだ。

 二人のために何かしてあげたいと考えた三葉は瀧に相談したのはほんの数週間前の出来事。それから二人は色々と意見を出し合い、二人が何をしたら喜んでくれるかと考えた結果――披露宴で、三葉の口から直接言葉を掛けるということに決まったのだ。

 ……その時間も差し迫る中、三葉は緊張する。

 伝えたい言葉がいくつもある。言葉だけでは伝えられないことがたくさんある。

 ――そんなとき、三葉の異変に気づいた瀧が彼女の手を握った。

 

「三葉も緊張するんだな」

「……うん。結構人の前に立つことが多かったから平気かなって思ったけど――大切な親友のためだからかな。緊張しちゃった」

「――大丈夫。三葉の言葉は絶対に二人に伝わるから。だから三葉はいつも通りの三葉で頑張ってこい!」

 

 瀧は三葉の背中を押す。

 それとほぼ同じタイミングで会場が暗くなり、そしてスポットライトが三葉に当てられた。

 ――これはサプライズ。克彦と早耶香の親に三葉が直接頼み込んで計画したものだ。

 突然のことに克彦も早耶香も驚きを隠せない。

 三葉は一度大きく深呼吸をする。

 そして新郎新婦席の近くにある壇上に歩いていき、そして壇上の上に立って二人に向き合った。

 ――緊張は、もうなかった。

 

「――まず最初に。さやちん、テッシー。二人の晴れ舞台に呼んでくれて、本当にありがとう。そしておめでとう! 誰よりも大切な親友の二人が幸せになってくれたことが、私は本当に嬉しいよ」

 

 三葉は用意していた手紙を開けず、今の自分の気持ちのすべてを言葉にしていた。

 

「考えてみれば二人との付き合いって、本当に長いよね。幼稚園も小学校も中学校も高校も……こっちに来てからもずっと仲良くなって――大学生になって二人が恋人になったってきいたときさ。私、嬉しいって思う反面寂しかったんだ」

 

 ……本当のことだ。三葉は本当に、祝福すると同時に寂しさが心に広がっていた。

 

「大切な二人が幸せになって、私は置いてけぼりになってしまうんじゃないかって。全然そんなことないのに、私の弱さが二人を心から祝福できなかったの。だからこの場でまずはごめんなさい」

「――そんなことないよ、三葉! 三葉はずっとちゃんと向き合ってくれた! 私が克彦のことが好きって知ってて、助けてくれたもん!!」

 

 早耶香は涙ぐみながら大きな声でそう言った。

 

「……思えば二人にはすごく迷惑を掛けたこともあったと思う。私の我侭に付き合ってもらったことも、すごく危ない橋を渡ったことも――それでも二人はいつも私についてきてくれた。支えてくれた。それがさ、本当に嬉しかったんやよ?」

 

 三葉もまた、涙が溢れる。その涙は瀧から借りたハンカチで拭いながら、言葉を紡いだ。

 

「私が周りに悪く言われたとき、何も言わずに傍にいてくれてありがとう。駄目なときはちゃんと怒ってくれてありがとう。怪我をしたときは助けてくれてありがとう――私とずっと親友でいてくれて、ありがとう……っ!」

「……三葉」

 

 克彦もまた、目頭が熱くなった。これまで三葉の本音を聞いたことがなかったからだろうか。

 それともこうして勇気を出して、自分たちのために話してくれているからだろうか……克彦は三葉の言葉を黙って聞いた。

 

「――でもね。今は違うんだ。今の私は二人を心の底から祝福できるの」

 

 三葉は、自分の胸に手を置き、穏やかな表情で言う。

 

「今さ、私は毎日がすごく楽しいんだ。今の私は二人に負けないくらい幸せって断言できる――私を支えてくれる人がいる。私を想ってくれる人が出来たの。いつも助けてくれて、頼りになって、でもたまに無性に可愛いときがある。……そんな大切な人が、出来たんやよ」

 

 ――だから。

 

「二人にはすっごく心配かけたと思う。だから言うよ――もう大丈夫。私も幸せになるから、二人も心置きなく幸せになってください。親友として、二人の末永い幸せを心から願っています!」

 

 ――三葉はそう言うと、壇上から降りて二人の前に行き、そっと便箋に包まれた手紙を手渡した。

 早耶香はそれを受け取り、大粒の涙を流しながら三葉を見つめる。

 

「みつはぁ……っ」

「もう、さやちんっ。そんなふうに泣かんといてよ……っ」

「……泣かしたんはお前や。責任、とれよっ」

「……もう、しょーがないなー。泣き虫なさやちんとテッシーは」

 

 ――それを見ていた瀧を含めた会場の空気は、暖かくなる。

 そんな時、瀧の近くの席の四葉が傍に寄ってきた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お姉ちゃん、幸せになるって」

「……あぁ。言ってたな」

「それってさ――遠まわしに幸せにしてくださいって言っているようなものだよね。たぶんあの人、そんな自覚ないけど」

「……そう、だろうな――まぁ大丈夫だ」

「……ほんっと、良いよね。お姉ちゃんは幸せ者で」

 

 ――四葉は少し羨ましそうにそう言った。

 しかしその声は瀧に届いており、瀧はそんな四葉の頭をグリグリと撫でた。

 

「心配しなくても、お前も大丈夫だろ。お前だって幸せ者だよ、馬鹿四葉」

「……本当に、この人は。彼女の妹をこんな気持ちにさせるなんて、罪作りな男だよ」

 

 そんな風に口を開くも、四葉はどこか嬉しそうな声であった。

 ――二人は新郎新婦席の三人を見る。

 その光景はいつまでも変わらない――親友たちの穏やかな光景であった。

 

○●○●

 

 披露宴は終わり、お開きとなった。

 そこから二次会となるのだが、実は瀧と三葉は明日は仕事であるため、二次会には参加できないのだ。

 そんな二人のために早耶香と克彦は、二次会までの間の時間を作った。

 少し小奇麗な普段着に身を包む克彦と早耶香は目の前の瀧と三葉と対面する。

 

「さっきはよくも泣かせてくれたね、三葉ぁ!」

「え~、可愛かったよ? ね、テッシー」

「……まぁまぁやな」

「まぁまぁってなんよ!? そこは可愛いで良いじゃん! ね、瀧くんもそう思うやんね!?」

「そうそう、素直に可愛かったって言えば良いじゃん、テッシーよ」

「おま、裏切るんか!? 男の友情も地に堕ちたもんやなぁ!」

 

 ――特に着飾った会話でもなければ、特別性のないただのじゃれあいのような会話である。

 瀧が入ってもさして違和感のないことに親友三人組は気づきもしないまま、楽しい時間を過ごしていた。

 披露宴の会場から出た廊下で談笑する四人。

 そこには四葉や一葉、それ以外の親戚筋はいなく、本当に四人だけであった。

 

「三葉さん三葉さん、テッシーが汚い言葉を使って年下の俺を苛めてくるんだけど」

「テッシー、人の彼氏にいちゃもんつけんといてよ!」

「お、おい!? 俺には逃げ道ないんか!? ってか瀧、三葉を味方につけるんはズルいで!」 

 

 克彦は急いで瀧に取り入ろうとするものの、年下の特権と女性二人を味方にした瀧に通じるはずもない。

 ともあれ克彦は格好の弄りの的になるのである――しかしながらそのような楽しい時間は長くは続かなかった。

 時間は楽しければあっという間である。数分に感じていた時間も、気づいてみれば一時間近くも経過していたのだ。

 名残惜しいものの、瀧は時間を見ながら三葉の肩に手を置いた。

 

「……ごめん、そろそろ時間だ」

「もうそんな時間か――早いもんやな、時間っていうもんは」

 

 克彦はしみじみとそう呟きながら、瀧の肩に腕を回した。

 そして自分の方に瀧を引き寄せると、瀧にしか聞こえない声音で

 

「――今回は俺やったけど、次はお前のとこに呼べよ?」

「わ、……わかってるよ」

「ならええんや――お前も、末永くな。また遊びに来てくれ」

 

 克彦は気持ちのいいくらいにニカッと笑うと、瀧を三葉の方に渡すように押した。

 

「三葉! こんなええ男、絶対に離すなよ!! 瀧手放したらお前ずっと独身やで!」

「んなっ!? 人聞きの悪い言い方すんなー! 私と瀧くんは心配しなくても大丈夫なんよー!!」

「……なら、心配あらへんな」

「うん、全くね」

 

 ――勅使河原夫妻は、穏やかな表情で瀧と三葉を眺めた。

 先ほどから組まれた二人の腕は決して離れることはないように見えた。

 例え離れていても、その離れた空白の部分に何か糸のようなものが見えるように感じた。

 瀧の腕には三葉の持つそれと良く似た組紐があり、それを見て二人は大丈夫であると確信した。

 

「……よろしくね、三葉のこと。この子、意外と無理するから、君がしっかりと尻に敷いてあげて?」

「ちょ、さやちん!? そこは私の役目じゃ」

「――任せろさやちん。ちゃんと三葉の手綱は俺が引くから」

「――瀧くんも乗るなー!!」

 

 ……三葉はそう少し大きな声を出して怒るも、瀧はそんな三葉を収めながら彼女を連れて歩いていく。

 その去り際、一度だけ克彦と早耶香の方を見て、ニコッと笑った。

 口をパクパクとさせて何かを克彦と早耶香に言うと、それを理解した二人は赤面させた。

 

「あ、あの野郎……っ。余計なお世話や阿呆!!」

「こ、子供なんて……っ。か、克彦は何人くらいほしいん……?」

 

 ――次は子供が出来たらな。そんなことを笑顔で言ってくるのは、彼らの周りでは瀧くらいだ。

 そんな爆弾を置いて二人は去っていく。

 ……残された早耶香と克彦。すると早耶香は少し赤面しながら、克彦の腕をキュッと掴んだ。

 

「……じ、実はね。今日って、その――結構危険日なんやよ」

「え、えっと……そ、それは……」

「ほ、ほら! 克彦も収入が安定してきて、私も気分的にそろそろママになりたいなー……なんてさ? うん、でもこういうのって勢いは駄目だし、やっぱナシ――」

 

 早耶香が克彦の手をパッと離した瞬間、克彦は早耶香の腕をギュッと引き寄せた。

 

「……お前が悪いんやからな。その気にさせたんやからな」

「……うん」

 

 ――早耶香は少しばかり強引な克彦の言葉に、少し驚きつつも弱い声音で頷いた。

 ともあれ、どうやら二人の一日はこのままでは終わらないのであった。

 

●○●○

 

「……あんたはええんか? 子供たちに顔見せんで」

「ええ。……あんな幸せそうな娘たちの顔を見たら、今私が出て行くのはお呼びではないでしょう」

 

 ――披露宴会場の外で、先ほどまで一緒に話していた四人を伺うように見ていた一葉と一人の男性は、二人で会話をしていた。

 

「……あんたやったら、三葉に恋人が出来たって知ったらいの一番に出て行くと思ったんやけどな」

「それは相手の男がどうしようもない男だった場合ですよ。……少なくとも、三葉と四葉が認める男がそんな男ではないでしょう? ……まぁ、いずれは男同士で話はしますが」

「――心配せんでも、瀧なら三葉も四葉も幸せにする。わしが保障したる」

「……ならば安心です――はは。こうやって母さんと腹割って話すのも、久しぶりですね」

 

 男性――宮水俊樹は先ほど通り過ぎていった瀧と三葉の後姿を見つめながら、一葉にそう小声でそう言った。

 

「……あんたが過去を清算してなかったら、まぁなかったことやけどなぁ」

「わかってますよ――それでも三葉に本当の笑顔は戻らなかった。あいつに必要だったのは私ではなく、彼だったんでしょうね」

「……嫌に素直やな」

「――似たような経験があるんですよ。きっと三葉もそうだったんでしょう」

 

 俊樹は懐かしそうにそう呟きながら、自分の胸に手をやる。

 

「――私が二葉に恋焦がれたときも。彼女しかいないと思ったものでした。私は彼女と繋がるために生きてきたとも思いました」

「……そうやな。――わしら年寄りは、そうやって子供たちを見守って行くしかないんやよ」

「珍しく意見が合いましたね」

 

 ……俊樹は空を見上げる。

 

「――彗星の片割れが落ちたあの日、私は三葉の本当の姿を見ました。私に『今すぐ避難指示を出して』と願ったあいつの顔は、誰よりも二葉に似ていて……私の愛した二葉とは、全く違うものでした」

 

 三葉は二葉に年を重ねる毎に似ていった。

 娘の成長を喜ぶ反面、それを見るのが辛くなっていった。

 ……それもようやく、過去のものとなってくれたのだ。なぜか俊樹には確信がある。

 

「……彼なら、三葉をずっと笑顔にし続けてくれますよ。二葉の言い方にするなら――ずっと探していた何かを見つけてたような笑み、でしょうか? 二人はそんな表情を浮かべているものですから」

 

 ――いつか先にある未来。

 その光景を、俊樹は思い浮かべる。

 恐らくはそう長くはない。何故なら――宮水の直感は、馬鹿に出来ないから。

 

 

 

 

 

 瀧と三葉は帰りの道を二人で歩く。

 周りには誰もいなく、無言のまま、互いの温もりを感じながら歩み続ける。

 ほんの少し先から駅の近くに軽いイルミネーションのようなものが見えた。

 

「……そろそろ寒くなってきたね」

「……そうだな。肌寒くなってきたかも――もう10月か」

 

 瀧と三葉が出会って6ヶ月。それまでたくさんのことがあった。

 春が過ぎ、夏を越えて、秋を迎えた。きっとこれからいくつもの季節を越えるのだと二人は思う。

 ……三葉は思い出す。今日の、親友たちの幸せそうな笑顔を。自分の言葉で泣いてくれた二人の姿を。

 そんな二人を見て心の底から羨ましいと思った。もし自分があの二人みたいになれたら――なんて、まだ気が早いだろうか。

 

「……三葉」

 

 そんなとき、瀧は三葉に声をかけた。

 

「……まだ俺たちが出会って6ヶ月くらいだけどさ――きっとどれだけでも俺たちは一緒にいれる」

「そ、それって――」

「――でも、まだその言葉は待ってほしい」

 

 瀧は、少し俯きつつもそう包み隠さずにそう言った。

 ――瀧はまだ、自信が持てないのだ。今日の克彦を見て、改めてそう思った。

 克彦は早耶香を養えるほどの稼ぎを得て、経済的な安定を鑑みて結婚に踏み切った。

 だけど瀧はまだまだ若く、あまりにも未熟なのだ。

 

「……気持ちだけでいいなら今すぐにでも言いたい。でもさ。そういう言葉って、勢いで言うものじゃないんだと思うんだ。俺はずっと三葉を大切にしたい――俺、色々と考えてるからさ。今後、三葉と一緒にいられるためならどんな努力だってする」

 

 瀧は三葉を抱きしめた。

 

「――だからもう少しだけでいい。俺に、時間をください」

「…………」

 

 ――自分の知らないところで、瀧がたくさんのことを考えてくれていた。

 そのことを三葉は知って、三葉は無性に嬉しい反面――少しだけ怒る。

 

「――ちょっとは彼女に頼ってよね。そういうのは一人だけで頑張るものじゃないんやよ?」

 

 ……三葉は瀧の頭を撫でながら、余った片手で瀧を抱きしめ返す。

 

「……それはさ、嬉しいよ? でもね。瀧くんはまだ社会人になったばっかで、下積みの段階なの。だから焦ったら駄目――大丈夫。いつまでも私、待てるよ? だって8年も――あれ?」

 

 ――三葉は自分の言葉に疑問を覚える。

 今、自分は何を言おうとしたのだろうか。……8年も待った。三葉はそう言おうとしたのだ。

 わからない。なぜ自分がそう口ずさみそうになったのか。だけど何故かそうであるとも思えた。

 

「……そんなに長くは待たせないからな?」

「う、うん――それにそんなに待たせないから」

「うわ、止めろよ。尻に敷くとか――さやちんに尻に敷くようにお願いされてるんだからさ」

「なっ! あれはさやちんの冗談で」

 

 三葉は反論しようとした時――グイッと頭を引かれ、そのまま瀧にキスされた。

 それで三葉は何も言えなくなり、瀧の顔を見開いた目で見つめる。

 

「……瀧くん。我侭、一個だけ言っていい? そしたら何も言わないから」

「……あぁ」

「――もう一回、キスしても……いい?」

 

 ――ほんのり涼しい秋風の元で、ほんのりと輝くイルミネーションの輝きに照らされた二人が、吐息混じりに唇を合わせる。

 まるでそれは、誓いのキスのように神聖なものであった――……




ってことで最新話、如何だったでしょうか?
今回はテッシー、さやちん、三葉に瀧、そして俊樹さんもチラッと登場するなど色々構成が大変でした。
最終的には三葉と瀧に落としたところで、再会編の終幕となります。
次回からは最終章に突入します!
更新も数えるほどとなりますが、最後までの応援をよろしくお願いします!
それではまた次回の更新をお待ちください!

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