君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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初々しいオトメゴコロ

 ――運命的な出会いを果たした彼らに待ち受けていたのは、案の定上司からの説教だった。

 仕事の遅刻に加えてその日の立花瀧と宮水三葉は仕事に身が入っておらず、挙句の果てには体調不良を心配される始末。

 そんな日の終わり、仕事が終わり自宅へと帰宅した三葉はそのままベットへと倒れこんだ。

 そして枕に顔を埋めて、奇妙にも「ん~~~」っと声を漏らす。その顔は――

 

「え、へへ……瀧くん、かぁ~」

 

 ――ひどく締まりのない、ふにゃふにゃな笑顔だった。

 彼女、宮水三葉を知る人物ならば想像もできない表情だ。

 宮水三葉は家族、友人、会社など様々な顔を持ち合わせているが、基本的にこんな笑顔を浮かべている女性ではない。

 思慮深く、どこかいつも何かを考えているというのが周りからの彼女への印象だ。

 美人であるのに男の影はなく、どんな男性からのお誘いも即答で断るなど、社内でも「鉄の女」などと噂されるほどだ。

 そんな鉄の女、三葉は手元のスマートフォンを操作して、今朝方に連絡先を交換した彼――立花瀧の連絡先を眺めて口元を緩める。

 

「瀧くんはまだお仕事かな? 電話するのは迷惑かな~?」

 

 恋する乙女、と称しても良い。彼女の年齢を忘れさせるほどに可憐な三葉はベットの上でゴロゴロと転がる。

 ――今朝、三葉は立花瀧と出会った。

 もちろん二人には面識はなく、本能が体を突き動かすように通勤を放棄して電車を降りて、そして出会ったのだ。

 何の変哲もない住宅街の、短い階段で。

 そこで二人は互いの名前を知る。

 ――立花瀧、宮水三葉。

 その名前を聞いたとき、不思議と二人はすっとその名前が頭に入っていった。

 まるでその名前を知ることを待っていたというように、瀧は三葉と自然に呼び、三葉は瀧くんと自然に呼ぶ。

 本当ならそのまま一緒に居たいと思っていたが、しかし二人は社会人である。互いに仕事があるので、とりあえず連絡先と互いの顔写真を交換して別れたのだ。

 ――三葉はふと顔写真のことを思い出して、携帯画面に表示する。そこには突然写真を撮られて驚いている瀧の顔があり、三葉は蕩けた表情で画面を指でなぞる。

 

「瀧くん、端正な顔つきだよね……。可愛い系? でもでも、体つきはしっかり男の子だし……」

 

 傍から聞いたら変態的であるが、今の三葉を縛るものは何もない。

 瀧と交わした言葉は二言三言であるが、それでも三葉はこれほどに暴走するほどに瀧という年下の男の子に対して溺れているのだ。

 それを証明するように、現在は瀧を抱きしめるようにスマートフォンを胸に抱いてしめている。

 ――面白いほどに三葉が壊れているとき、ふと胸元のスマートフォンが振動する。

 

「ひゃっ! も、もしかして瀧くん!?」

 

 三葉はスマートフォンの振動が電話であることに気づき、それを瀧だと断定してワンコールで電話に出て、すぐさま話し始める。

 

「た、瀧くん!? ど、どうしたの? あ、もしかしてもう仕事終わった!? よ、よかったら今からお話とかできたなって――」

『――ごめんなー、お姉ちゃん。四葉は瀧くん(・ ・ ・)じゃないんやよー』

「――っっっ!!?」

 

 ――三葉はスマートフォンの受話部分から急いで耳を離して、通話相手を見る。

 そこには『宮水四葉』の名前が表示されていた――と、同時に血の気が引く。

 今の失態を、しかも一番知られたくない実の妹に知られたことに三葉は絶大な羞恥を抱くしかなかった。

 

『あれ~? お姉ちゃん大丈夫? あれ、切れてるのかな。おーい、お姉ちゃん~! 早く返事してくれないと瀧くんに嫌われるよー』

「――嫌われんよぉ!!」

 

 三葉は四葉の悪戯心からの言葉に敏感に反応する。その反応を聞いて、余計に四葉が楽しそうに笑うのだが、冷静さを失っている三葉がそれを理解できるはずもない。

 

『まぁまぁ落ち着いてよ、お姉ちゃん。そっかそっか、とうとうお姉ちゃんにも春が来たんやね』

「は、春なんてそんな、やめてよねー! ……えへへ~」

『……お姉ちゃんってたまに可笑しくなるよね、昔だって一時期自分のおっぱい揉んでいたことがあったし』

 

 なんてことを軽口で呟くも、惚気ている三葉にそんな言葉が届くはずもなかった。電話越しにでもわかるほど四葉が肩を落としているのが目に見える。

 ……面白いことには間違いないが、四葉は壊れている姉に電話をした理由を思い出し、電話越しに話しかけた。

 

『お惚気中に悪いけどさー。今日、一緒にご飯食べに行くって約束、忘れてないよね?』

「……あ」

 

 先ほどまでの緩みきった笑みは四葉の一言で消えて、三葉は妹との約束を思い出す。

 今日は四葉からの相談を受けると言う名目でご飯を食べに行くことになっていたのだ。

 

『……お姉ちゃん、忘れてたんだ』

 

 電話越しでもわかる、四葉の怒りの声。三葉はすぐに先ほどまでの幸せな気持ちがどこかに消えて、背筋がビシッと伸びた。

 

「す、すぐ向かうから待ってて!!」

『ほんと、しっかりしてよねー。ホントまったく、お姉ちゃんは』

「だ、だからごめんって!」

『――ま、いいや。おかげで面白そうなこと聞けたし。後でその辺りのこと、根掘り葉掘り聞かせてもらうからね?』

 

 四葉からの悪戯に楽しそうな声が三葉の耳に通り、そのまま電話を切られる。

 最後の一言で恐ろしく足が重くなる三葉。しかしそうは言っていられないので、すぐに身支度を済ませた。

 ……ただ、いつもより化粧や身だしなみに気をつけて。

 

「で、電車に乗るんだから当たり前……だよね。うん――瀧くんに会えたらな、なんて考えてないんだから!」

 

 誰に言っているんだか、という言葉がどこからか聞こえてきそうになるほど彼女はやはり面白かった。

 

○●○●

 

「うわぁ……」

 

 三葉は電車の車内の状態を見て、ついついそのような声が出る。

 電車内はいわばすし詰め状態で、恐らくはサラリーマンなどの帰宅ラッシュと重なったのだろう。女性である三葉はこの中に入ることは少し拒否したくなるが、この電車を逃したら確実に四葉から小言を貰うことは間違いない。

 三葉は意を決して無理やり電車に乗り込んた。

 

 ……ガタンゴトン、と車内が揺れる。その度に前後から身体を押し付けれるような感覚に囚われる三葉。

 もちろん痴漢などされているわけではないが、やはり嫌なものは嫌なのだ。三葉は何とか出口付近の手すりに掴まろうと手を伸ばした。

 出口付近は比較的スペースがあって、しかも降車するときに楽である。押し潰されるような感覚に囚われながら三葉は手すりに向かって歩き、そしてそのまま掴んだ。

 

『えぇ~、次は○○、○○。お忘れ物のないようにお降りください』

 

 っと、三葉の目的駅のアナウンスが聞こえる。

 三葉はこの地獄からようやく抜け出せると安堵して、時間を確認した。幸いにも三葉は快速急行の電車に乗り込んだため到着は予定よりも早く着く。

 電車は到着したが、しかし三葉の掴んでいた手すり側の扉とは反対の扉が開く。三葉はそれに気付いてすぐに降りようとした。

 

「す、すいません降ります!」

 

 三葉は人筋を抜けていき、電車から降りようとした――その時、一人のスーツを着た男性が車内に乗り込んでくる。無論、三葉が降り遅れたことが原因で車内に入ってくる男性と肩がぶつかった。

 三葉は体勢を崩して倒れそうになるも、その男性は彼女を支えるように抱き留めた。

 その行動はひどく紳士的で三葉も少しドキリとしたが、三葉には今は瀧にしか目がない。

 その男性に一礼だけ感謝を述べようと去ろうとしたとき、男性の顔が目に入って動きが止まる。

 ――今一度言おう。三葉の目には、今は瀧しか映っていない。

たとえ目の前の男性がどれだけ紳士的な行動に出ようと、どれだけ容姿が整っていようが、三葉は何とも思わない。

 だが例えばそれが――

 

「――大丈夫か? 三葉」

「た、瀧くん⁉︎」

 

 ――例えばその瀧であれば、相乗効果によって三葉のただでさえ温まっている瀧への感情が爆発する。

 まるでタイミングを見計らっていたと疑ってしまうほどのタイミングで、三葉は今朝ぶりに意中の相手――立花瀧と念願の再会をするのであった。

 しかしそれは……

 

『えー、扉が閉まります、ご注意くださいぃ』

「……あ」

 

 ――妹を更に怒らせる結果になってしまった。

 無情にも閉まり行く扉に対して諦めの目を送る三葉は、妹に怒られることを覚悟した後にすぐに喜びの気持ちを大きくさせる。

 ――瀧くんにまた会えた、という喜びが三葉の心を再び鼓舞する。

 三葉は瀧と距離がほぼゼロであることにドキドキを隠せず、頬を赤らめた。

 それは瀧も同じで、満員電車のため仕方ないとはいえ三葉と至近距離にいるために視線を下に向けない。

 そんな瀧を見て、三葉は不意に「可愛い」と思った。

 ……三葉はドギマギする瀧のスーツの裾をギュッと掴んで、小さな声で呟く。

 

「――瀧くん、ちょっとお話ししない?」

 

 ――三葉のその行為に、瀧は内心で心拍数が上がりながら頷いた。




早くイチャイチャを書きたい反面、こういう過程も必要と考えて控えめに書きました。
しばらくはこんな感じで初々しい瀧くんと三葉ちゃんを描くかと!

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