君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

20 / 30
旅路編
二人のプレゼント ~前編~


 ――季節は巡り、秋を越えて冬になる。

 紅葉は全て散り、枯れ木となった冬景色の道を二人きりで歩く男女がいた。

 

「――瀧くん、今日の夕食は何にしよっか?」

「んー……。ハンバーグとか?」

「あ、瀧くん子供舌やー」

「いいだろ。それに三葉の作るハンバーグ、めちゃくちゃ美味いんだからさ」

「…………そう言われたら何も言えなくなるって分かってる癖に。生意気ー。瀧くんの癖に」

 

 ――立花瀧と宮水三葉は、もはや恒例となった会話を続けながら道を歩き続ける。

 ……12月の中盤となった。昨日は東京にしては珍しく雪が降り、現在は少しばかり雪が積もっている。

 克彦と早耶香の結婚式を経て、二人の関係は少しばかり変わった。

 ――自然になった、というべきだろうか。

 例えば会話をするにしてもごく自然な会話をするようになった。恋人の域を超えた落ち着きのある付き合いといえばいいか。

 互いの不安や不満を伝え合える信頼関係を得たのだ。恋人のステップが一段階進んだといえば良いだろう。

 他に変わったといえば――三葉が瀧の家に泊まる頻度が高くなったことだ。

 最早実家にいる日数の方が少なくなっているほどだ。一週間の内、多い時で四日泊まる日があるほどに三葉は瀧の家に入り浸っていた。

 もちろん今日も泊まる予定であり、肩に掛けられたトートバックには着替えや生理用品が入っている。

 

「……寒いね、瀧くん」

「冬だからな。……ほら」

 

 瀧は三葉のかじかんだ手を掴み、そのまま自分のコートのポケットの中で手を繋ぐ。

 三葉の冷えた手は瀧の手の平の温もりで暖かめられ、彼女は彼の肩にポンと頭を乗せた。

 

「……うん。あったかい」

「おかげで俺の体温が下げられてるけどな」

「むー。デリカシーがないんやよ。こういうときはキスくらいするのが男の甲斐性でしょ?」

 

 そう言うと三葉は立ち止まり、顎をクイッと上げて、目を瞑って唇をキュッとしめる。

 ……そんな三葉に対して苦笑いをしながらも、瀧は周りに誰もいないことを確認して彼女にキスをした。

 

「ふふ。瀧くん、唇カサカサやね。後でリップ塗ってあげる」

「悪かったよ、感触わるかったか?」

「……ううん。いつも通り、優しいキスだったよ――ほら、早く帰ろ?」

 

 三葉は頬を赤く染めながら、瀧の手を引っ張って前に進む。

 ――これが二人の日常。

 季節は冬――二人はクリスマスを控えていた。

 

 ●◯●◯

 

 ……台所から心地いい包丁の音が聞こえる。

 今、三葉は夕食の準備をしてくれていて、俺はと言えば――パソコンとにらめっこするように向き合っていた。

 もうそろそろクリスマスの季節だ。三葉と恋人になってから初めてのクリスマスだから色々と考えているんだけど、これが何分難しい。

 なんせ今まで恋人がいたことがなくてクリスマスだってバイトか、司や真太と遊んでいたくらいだからな。

 ……三葉は一緒にいるだけで良いって言うかもしれない。

 だけど俺的には何かしてあげたいんだよな。

 プレゼントについては色々考えついてはいるんだけど、問題は当日だよな。

 今調べているサイトでは夜景の見えるレストランやら、豪華ホテルやらそんなのばかりだ。

 ……でもなぁ。良いとは思うんだけど、それって俺っぽくないんだよな。

 気取ってるっていえば聞こえは悪いんだけど――もっと俺たちっぽい祝い方があると思うんだよ。

 ……でもサプライズも捨てがたいしなぁ。

 

「あぁ、どうしたらいいんだろうなぁ」

「――どうしたの、たーきくん」

 

 ――俺が頭を抱えて悩んでいると、蕩けそうな三葉の声が聞こえ、間髪入れずに後ろから抱きつかれた。

 

「うぇぇ!? み、三葉?」

「うぇぇ、ってひどい反応ー。それでどうしたの?何か悩んでたみたいだけど……」

 

 三葉が俺の顔を真横で覗きながらそう心配してくる。俺はバレないようにパソコンを閉じた。

 ……バレてもいいけど、出来れば知られたくないしな。

 

「何でもないよ。……って、いつまで抱きついてるわけ?」

「許してくれるならいつまでもこうしているよ?」

「……じゃあしばらく」

 

 ――甘えてくる三葉が無性に可愛く思えて、俺は顔をそらしてそう言った。

 三葉の髪の香りが鼻腔をくすぐって気持ちが高揚する。

 ……そんな風に接していると、先ほどまで悩んでいたことが嘘みたいに解決していく。

 ――思いついた。俺も嬉しくて、三葉も喜んでくれること。

 

「……三葉、ありがとう」

「え?……ど、どういたしまして?」

 

 三葉は何に対してお礼を言われてるか理解していないのか、首を傾げながらそう返答した。

 ……やることは決まった。

 あとは準備な訳だけど――三葉喜ぶ顔が見れるなら、なんだって頑張れる!

 その日から俺は動き出した――クリスマスのサプライズパーティーに向けて。

 

 ◯●○●

 

 クリスマスを数日後に控えた今日、私はミキさんの前で沈んでいた。

 沈んでいるというよりかは気分が乗らないんだよ――瀧くんとの触れ合いが足りなくて。

 

「三葉ちゃん、どうしたの?机に突っ伏しちゃって……」

「んん〜……最近ね、瀧くんがお仕事忙しくてなかなかゆっくり出来ないんよー」

「あぁ、それで寂しいわけだ。うんうん、放ったらかしにされるのは辛いよね」

 

 ミキさんは私の肩をポンポンと叩きながら、同情するようにそう言う。

 ……もうすぐクリスマスなのに、瀧くんはクリスマスってことわかってるのかな?

 私だって特別なことを望んでいるわけじゃない。一緒にいて、触れ合って、夜はその……うん。

 とりあえず普段みたいに出来ればそれで良いんだよ。

 だけど今、瀧くんは仕事が凄く忙しくて一緒の時間を作れないし……。

 

「でも瀧くんのことだから、クリスマスに三葉ちゃんと一緒に過ごすために必死で仕事を終わらせようとしてるんじゃないかな?」

「……そうだよね。うん、きっとそう」

 

 ……私が瀧くんを信じないで誰が信じるって話だよね。

 ――今日辺り、瀧くんのお家にお邪魔しようかな?

 最近色々とご無沙汰だし、ちゃんとご飯を食べてるかも分からないからね。

 瀧くんはああ見えて自分の事になると適当なことがあるし!

 

「ごめんね、ミキさん。愚痴みたいになっちゃって」

「私からしたら惚気みたいなものだったけどね――とりあえず仕事しよっか」

「あ、はい」

 

 ――今が新作の最終打ち合わせであることをすっかり忘れていた私だった。

 ……しっかりしなきゃ!

 そう意気込み、私はミキさんとの打ち合わせに勤しんだ。

 

 ミキさんとの打ち合わせが終わり、私は一足先に瀧くんのお家に向かった。

 途中で夕食の買い物を済ましてから瀧くんのお家に向かう最中、駅の方でイルミネーションの光が灯されているのを見た。

 ……ああいうのも良いよね。二人で綺麗な景色をゆっくりと見ているのも、嫌いじゃないから。

 そんなことを考えながら私は瀧くんの部屋に向かう。マンションの階段を上がって、鞄の中から合鍵を出して扉を開け、部屋に入った。

 

「瀧くんはまだお仕事かな?」

 

 部屋の中に人の気配がない。私の方が仕事が早く終わることは結構あるから、よく先に帰って夕食の準備をしているんだよね。

 ――我ながらお嫁さんみたいなことをしていると思った。

 

「瀧くんのお嫁さんか……。えへへ――おかえりなさい、あなた……なんて、似合わないかな?」

 

 私の頭がお花畑になっていることを自覚しながら、私はリビングに入ってエプロンを着る。

 買ってきた食材を冷蔵庫に収めて、調理の準備をしようと思った――その時、リビングの机の上のノートパソコンに気がついた。

 瀧くんは朝急いでいたのか、ノートパソコンの電源を切らずにそのままにしている。

 画面はスリープモードで真っ暗だけど、マウスを少し動かすと画面が明るくなった。

 

「……そういえば最近、瀧くんパソコン見ながらなやんでたことがあったよね?」

 

 ……好奇心というのは出てくるもので、悪いと思いつつ私はパソコンの画面が気になった。

 インターネットで何かを調べていたみたいで、私はマウスのカーソルをWebブラウザのアイコンに持っていき、そのままクリックした。

 ――すると、一つの記事が画面に表示された。

 

「な、な、な…………っ!!?」

 

 ――その記事は、クリスマス特集だった。

 ただし、ただのクリスマス特集ではなく――性なる夜を恋人と過ごそう、と題名付けられる記事だった!

 

「た、瀧くん……。や、やっぱりそうだよね?男の子なんだし、それに最近ご無沙汰だし……。うん、でもちゃんとクリスマスのことを考えてくれてたんだ」

 

 そのことを嬉しいと思うと共に、私はどうしても画面に表示される記事が気になる。

 ……わ、私も瀧くんが初めての相手で、不慣れだし……うん、こういうのは予習が大切っていうし?

 いつも瀧くんに任せてるから、私もこういうことを勉強しないといけないよね?

 ……私は机に座り、マウスを片手に記事を読む。

 ――クリスマスに彼氏がサプライズ!そんな彼女は優しい彼氏にご奉仕するべし!聖なる夜を性なる夜にし、最高のクリスマスにしよう!!

 ……見出しはそんなことを書かれていた。

 

「う、うわぁ……え、でも出来るかな? ……とりあえずあれを買って――が、頑張らないと!」

 

 ――顔が熱い。記事を読み終わる頃には、気分がちょっと変な方向に向かっていた。

 ……やばい。今、瀧くんの顔ちゃんと見れないかも。

 でも、瀧くんのために頑張ろう!

 私がそう意気込んだ時だった。

 

「――三葉ー? 来てるのか?l」

 

 ――瀧くんが帰ってきた!

 私はすぐにパソコンを閉じて、椅子から飛び退いて玄関に向かう。

 そして瀧くんに顔を見られないために、勢い良く瀧くんに抱きついた。

 

「……? 三葉、どうしたんだ?」

「――私、頑張るから。瀧くんが喜んでくれるように勉強するからね」

「ん? なんかわからないけど、頑張れよ?」

 

 瀧くんはキョトンとしながらそう言うと、そのままリビングに向かって歩いていく。

 ……全く、瀧くんめ。澄ました顔してえっちなことばっかり考えて。

 でも次は私がやり返してやんやからね!

 私はそう決意して、とりあえず夕食の準備をするのだった。

 

 ●○●○

 

 ――こうしてクリスマスは近づいていく。

 クリスマスがあと一日と差し迫る中、瀧は当日のサプライズのために色々な準備をしていた。

 たくさんの人に連絡を取る瀧は、今も電話を片手に手帳に色々と書き込んでいる。

 

「テッシーとさやちんは夜からなら大丈夫なんだよな?」

『おう、もちろんや。でも初めてのクリスマスやろ?三葉と二人で過ごすってのもええと思うぞ?』

「……それも考えたよ。でも俺はそれでもこれをしたいと思ったんだ――きっと三葉も喜んでくれると思うんだ」

『……そうやな。瀧が言うんやったら、きっとそうや――分かった。時間は必ず作るでな』

 

 克彦はそう言うと、そのまま電話を切った。

 

「……これで皆の時間は合わせられたな」

 

 瀧の手帳には様々な人物の名前が書かれていて、その名前には丸が付けられている。

 ……これは瀧が、三葉、そして自分が楽しむために用意したサプライズ。

 瀧と三葉、互いの親しい友人たちを招いてする、一世一代のサプライズパーティーなのだ。

 当然先ほど克彦に指摘されたことを瀧もまた考えはした。

 ……クリスマスは二人きりで過ごしてもいいんじゃないか。瀧はそれももちろん良いと思った。

 ――だが瀧は、彼女と出会ってからのことを思い出して、その考えを改めた。

 ……二人きりのクリスマスは、この先何十年も実現できる。だけど、瀧が今しようとしていることは今しかできないかもしれないのだ。

 ――司や真太、ミキや克彦、早耶香や四葉、一葉。それ以外にもたくさんの人に二人は祝福されてきた。

 たくさんの人たちと出会い、再会し、自分たちが幸せであることを周りの人たちは喜んでくれた。それがどれだけ嬉しかったことか、恐らくそれは瀧の心中の中でしかわからない。

 そんな人たちとも共に過ごすクリスマス――瀧はそれを何よりも素晴らしいものだと思った。

 だから瀧は実現に動いた。その結果、時間はまばらであるが他の皆の時間を合わせることができた。

 

「……それにこれも」

 

 ……ふと瀧は、手元の封筒を見る。

 ――瀧が三葉のために密かに用意していたクリスマスプレゼント。プレゼントといえるかも分からない品であるのだが、瀧はそれを手にとる。

 

 

 ――時を同じくして、東京のとあるショッピングモールの一角に、三葉と四葉は買い物をしていた。

 

「あ、これ可愛い――お姉ちゃん見て! これ、絶対お姉ちゃんに似合うと思うよ! これを着れば瀧くんが喜ぶこと間違いなし♪」

「…………」

 

 ……四葉がリボンとシルエットをあしらったワンピースを三葉に見せるも、三葉の視線はそこにはなかった。

 二人がいる反対側に位置しているお店を無言で、無表情で三葉は見つめる。

 

「どうしたの、お姉ちゃん? 何を見て――ッ!?」

 

 四葉は、三葉の視線の先の店を見て戦慄する。

 ――それはランジェリーショップであった。しかもお高めの、少なくとも四葉は入ろうとも思わなかった高級ブランド。

 四葉は基本的に鋭い少女である。目ざといと言ってもいい。

 現に瀧からクリスマスの予定を聞かれて瞬時にサプライズのことに感づいたレベルだ。

 だからこそ分かる――三葉はあそこまで真剣にランジェリーショップを見つめる真意を。

 

「(お、お姉ちゃんっ! もしかして瀧くんとあれであれなクリスマスを過ごすために意気込んでる!? ……あれ、でも瀧くんは私を巻き込んでまで何かしようとしてるから二人きりじゃ……――ま、まさか私がいる前で!?)」

「お、お姉ちゃん! 私、ちゃんと空気読むからね!!」

「……は? 何言っとるん、あんた」

 

 一人、凄まじい勘違いをしている少女がいるのだが、三葉の視線は再びランジェリーショップに視線を映す。

 ――三葉は四葉を店に放置して、今日の本来の目的であったランジェリーショップの前に立つ。

 まるで大きな門がそこに身構えていると錯覚する三葉。ごくっと息を飲んで、肩からかけるバッグをぎゅっと掴む。

 ……瀧が望んでいるのならば、それを叶えてあげるのが彼女の――宮水三葉の役目である。

 そう心に言い聞かせて、三葉は一歩、前に進んだ。

 

「いらっしゃませー」

 

 その途端に女性店員の軽快な声が届き、少しばかりビクッとする。

 三葉は恐る恐る店を巡回して品物を確認していく――も、経験がないためにどうすべきか分からなくなったところに、一人の店員が三葉に近づいてきた。

 

「――お客様、何かお困りでございますか?」

「へ? あ……はい、お困りです」

 

 店員はニコニコした表情でそう尋ねてくる――まるで全てを悟っているかのように。

 ……店員は三葉をよく観察する。

 ――メリハリのついたスタイル。全体的に細いのにも関わらず、出るところはしっかりと出ているスタイルを見て、目を光らせた。

 

「その――もうすぐクリスマスじゃないですか? それでその……」

「――なるほど、勝負というわけですね」

「――はい、勝負です」

 

 ――宮水三葉がお求めの品は、彼女が持とうとも思わなかったここぞという時に着用する下着。

 勝負下着である。最初からそのことを分かっていた女性店員はニコリと笑って三葉をあるコーナーに引き連れていった。

 

「……そんなお客様にぴったりの下着、当店は取り揃えております。ええ、私がしっかりとコーディネイトしましょう!」

「は、はい! 不束者ですが、よろしくお願いします!!」

 

 背筋をピンとしてそういう三葉を見て、店員は不覚にも同性である彼女を可愛いと思ったのだった。

 

 

 ――クリスマスは迫る。

 そんな中、あるカップルは互いのことを想って行動しているのにも関わらず、凄まじいすれ違いを起こしていた。

 ……ランジェリーショップから出て、購入したそれ(・ ・)を持ちながら顔を真っ赤にする。

 ……瀧は穏やかな表情で、自室にて用意したそれ(・ ・)の淵をなぞる。

 まこと偶然ながら、そのとき、その瞬間に二人の言葉は重なった。

 

「「――三葉(瀧くん)、よろこんでくれるかな?」」

 

 ――そうして、二人(+一人)は勘違いを起こしたまま聖なるクリスマスを迎えた。





お待たせしました!
君とずっと、最終章突入の第一話目です!
今回のお話は、まぁどちらかといえばコメディーテイストが強いわけですが(当人たちは真剣そのもの)、楽しんでいただけたら幸いです。
今回は前編後編で分けさせていただきました。次回はこの続きからです!
この話で最終章がどういう風に進んでいくのかがわかると思います!
……それでは、また次回の更新をお待ちください!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。