君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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二人のプレゼント ~後編~

 ――クリスマス・イヴの当日。俺は今日の夜のサプライズパーティーのために色々と用意をしていた。

 今回は三葉に対するサプライズということで、事前に四葉にお願いして手伝ってもらっているんだ。

 三葉には夜、俺の家に来てくれって言ってある。

 ……準備は順調に進んでいるんだけど、手伝いをしてくれている四葉が何故か、他所他所しいんだよな。さっきからずっと。

 

「どうしたんだよ、四葉。さっきからなんかそわそわしてないか?」

「え、えぇ!? そ、そんなことないよ? ……ちょっと慣れないもの(・ ・ ・ ・ ・ ・ )を着てるといいますか……」

「慣れないもの?」

「――な、なんでもないよ!! それより早く買い物済まそうよ!」

 

 四葉は顔を真っ赤にして俺の手を引っ張りながら先に進む。

 ……何事かは分からないけど、まぁ気にするだけ無駄だよな。

 ――クリスマス・イヴである今日は天気が良く、しかしながら気温がかなり低い。もしかしたら今日は雪が降るかもしれないなんて天気予報で言っていたっけ。

 ……降ってくれたら嬉しいんだけど、あんまり期待しないでおこう。

 ―――ともあれ、今俺は四葉と二人でスーパーに食材の調達に来ていた。

 ケーキとかは菓子店に予約しているけど、料理に関しては自分たちで用意したほうが安く済むからな。

 それに今回は真太がパーティーに来れるらしい。なんでも真太の働いている店はクリスマスはあまり人が来ないらしく、今日は休みなんだそうだ。

 だから昼過ぎからうちに来て手伝ってもらう手筈になっている。

 司は多少用事があるそうで今日は夕方から来るそうで、奥寺先輩は司と一緒に来るらしい。

 さやちんとテッシーは夜になるかもしれないそうだ。

 ……本当は新婚のクリスマスは二人で過ごしたいはずなのに、二人は快く俺のお願いを聞いてくれた。

 今度なんかお礼しないとな。

 

「でも今日は何作るの? 瀧くんのお友達の人が手伝ってくれるんだよね?」

「おう。しかも本格的な料理店の厨房で働いているから、すげーもん作ってくれるぞ? まぁ俺もするんだけどな」

「じゃあ四葉も手伝うー♪」

 

 四葉はわざとらしく挙手してそう言うものだから、俺は苦笑してしまった。

 そのとき、ふと思ったことを四葉に聞いてみることにした。

 

「そういえば四葉はクリスマス、予定とかなかったのか? 快諾してくれたのは助かったけどさ」

「んー。強いて言えば友達に誘われたり、男の子に予定聞かれたりしてたけど」

「お、流石――って良いのかよ。そんなチャンスを棒に振って」

「――いいんだよ。だって私は瀧くんやお姉ちゃんと一緒にいる方が楽しいしさ。同級生とお兄ちゃんならまずお兄ちゃんを選ぶよ」

「……お前のお兄ちゃん呼びも定着したな」

「ふふーん♪ 私は妹キャラを売りにしているんでね?」

 

 四葉は俺の服の裾をキュッと掴み、はにかみながら俺を見た。

 

「……だからしばらくは今の関係のままでいたいんだ。硬派で有名な宮水姉妹にこんなにも想われるなんて、瀧くんは罪作りな男やよ?」

「――大丈夫だ。お前みたいな良い女は、良い男が放っておくわけないからさ。気づいたらすげぇ男がお前のことを好きになってくれるよ」

「…………瀧くんがそんなだから、私のハードルがどんどん上がっているんだよね」

 

 四葉は俺の気遣いを無視して、苦笑しながらそんなことを言ってくる。

 ……お前の方も俺のことを過大評価しすぎだよ。俺はそんな風に思いつつ、四葉と買い物を済ましたのだった。

 

○●○●

 

 俺と四葉で部屋の飾り付けをしている最中に真太がやってきた。

 

「おっす、瀧……っと、その子はあれか? 瀧の愛人?」

「はーい♪ 私、瀧くんの二番目のおん――」

 

 四葉が真太の冗談に乗っかろうとしていたので、俺はその口を手で押さえて溜息を吐く。

 ……四葉は何か唸っているが、俺はニヤニヤしている真太を睨んだ。

 

「そんな怒るなって、冗談だろ? それで紹介してくれよ、その子」

「……三葉の妹の四葉だよ。今回は色々手伝ってもらってる」

 

 俺は四葉の口を押さえていた手を退けると、四葉はくるっと俺の方に顔を向けてきた。

 

「乙女の口を押さえるなんて罪深いよ、お兄ちゃん♪」

「お、お前……彼女の妹にお兄ちゃん呼びさせてんの!?」

「よ、四葉ぁぁぁぁ!!」

 

 俺はなおも悪乗りをする四葉の名を叫ぶのだった。

 ――初めて会って何気に絶妙なコンビネーションで俺を弄ってきた二人はすぐに打ち解けた。

 真太が面倒見が良いのも幸いしたんだろう。基本的に俺を巻き込んでに会話ではあるが、四葉も真太も楽しそうだ。

 ……っていうかタイプが同じで俺が疲れるってもんだよ。

 

「ほほぅ……瀧がそんなイケメン発言を連発か」

「そうなんですよー。それでお姉ちゃん、私に逐一それを話してくるから、困ったものなんですよ! ――俺、三葉の傍にずっと一緒にいるんで。あぁ、私も言われたいなー」

「俺も言ってみたいもんだ」

「――おまえらなぁ! 俺を弄ってそんなに楽しいか!?」

「「もちろん♪」」

 

 ……もうやだ、この二人。

 俺はそんなことを思いつつ、包丁で野菜を適当な大きさに切っていく。

 俺を弄りながらも真太は俺よりもテキパキとした手捌きで調理を進めていた。

 

「高木くん、すごいね! 瀧くんよりも料理できる男の人、初めて見ました!」

「そりゃあこれを職業にしてるんだからな。逆にこいつが素人の癖に出来過ぎなんだよ。昔のイタリアンのバイトでもホールの癖にキッチンの仕事まで手を出してたんだからな」

「見てたらやりたくなったんだから仕方ないだろ? ホールって色々面倒なんだしさ」

 

 因縁つけてくる客もいるし、なんか奥寺先輩はピザに楊枝が入っていたなんていちゃもんをつけられたらしいしな。

 なんかその対応を最初にしていたのは俺らしいけど、何故か記憶にないんだよな。

 

「ローストビーフはあとは置いておくだけでオッケー。じゃあ瀧シェフ? 次は何する?」

「ん~……じゃあ野菜料理を」

「ならば高木オリジナルのシーザーサラダ作ってやるよ」

 

 真太は少し楽しげにそう言うと、また調理に取り掛かった。

 ……こいつは昔からこんなだ。好きなことに熱中して、それを極めようとする。

 これと決めたら一直線で、義理堅くて、友達を大切にする。

 ――俺の自慢の親友だ。だから、三葉や三葉の親友の二人とも仲良くなってほしい。

 その理由も今回のサプライズパーティーに含まれている。……どうしようもなく、この面子で一度顔合わせをしたかったんだよ。

 ――久しぶりに、自分の俺は掌を見つめた。

 三葉と一緒になってからは消えていた癖だ。何もないのに、あたかもそこに何か大切なものがあるという錯覚。

 ……それを今の一瞬だけ、感じた。

 

「……すごいね。なんか、色々」

「真太はガチだからな。何度か食わせてもらったことあるけど、あいつの料理は本気で旨いから楽しみにしとけよ?」

「うん! ――でも今のすごいってのは、それだけじゃないんだよ?」

 

 四葉は背中を俺に向けて、顔を見せずにそう言った。

 ……それだけじゃない? ならいったい、四葉はなんのことを言っているんだろう。

 

「……お姉ちゃんのために色々な人に聞いて、たくさん頑張ってる瀧くんも。クリスマスを普通に祝う方が楽なのに、瀧くんはこうしてサプライズを選んだんだよね?」

「……ああ。色々考えて、これなら皆喜ぶかなって思ったんだ」

「――それがすごいと思う。それに羨ましいって思っちゃうし、嬉しいとも思っちゃうんだー」

 

 四葉は満面の笑みを俺に浮かべた。

 

「……だから色々とありがとうって言いたかったの。ずっと言えてなかったから。たくさんのことを――私のこと、お姉ちゃんのこと。色々な事をありがとうって」

「……それは俺の台詞だよ。三葉に会って、四葉に会って……色々なことが楽しくなった。仕事も恋も、お前たちの絡みも全部全部新鮮でさ」

 

 だから余計に、俺と三葉の二人だけの世界では終わらせたくないんだ。

 

「四葉や三葉たちにも俺の親友たちと仲良くなってほしい。あいつら、すげぇ良いやつだからさ」

「……うん。瀧くんの考えは絶対に間違いじゃないよ――今日のサプライズ、絶対に成功させようね?」

「おう!」

 

 俺と四葉は腕をがっしりと絡めて、笑いながらそう言った。

 そんなとき、キッチンにいる真太は特に俺に話しかけることもせず、穏やかそうな笑顔で俺たちを見ていた。

 

「……瀧が幸せそうで何よりだ」

 

 ……そんな声が聞こえてきたような気がした。

 ――そんなとき、家の呼び鈴が鳴り響く。

 俺は時間を確認すると、既に17時を迎えていた。

 ……もしかして三葉? そんな風に思いながら家の扉を開けると、そこには予想が外れ、違う人たちがいた。

 

「――やっほ、瀧くん。ちょっと早いけど奥寺、入りま~す♪」

「一応お土産も買ってきたぞ、瀧」

 

 そこには奥寺先輩と司がいて、更にその後ろには――

 

「それと、この二人がお前の家を探していたみたいだから連れてきたぞ。お前が呼んだんだろ?」

「――テッシー、さやちん!」

 

 ――これまた予想外に、そこにはテッシーとさやちんが苦笑いしながらいた。

 俺が二人を確認すると、そっと前に出てくる。

 

「夜になると思ってたんやけど、思った以上に早く来れたわ」

「結婚式以来やね、瀧くん」

「ああ――今日は来てくれて本当に嬉しいよ!」

 

 俺は三葉を除く面々が予想外に早く集まったことについ嬉しくなり、声のトーンが少し上がる。

 4人を家に招きいれ、そのままリビングに入ってもらう。

 既に待機していた真太と四葉がそれに気づいて、リビングでは会話に花が咲いた。

 ――四葉やさやちん、テッシーと司、真太、奥寺先輩の新鮮な会話が聞こえてくる中、俺は心が温かくなる。

 ……でもこの温かさは、一人で感じたくない。

 ――早く、三葉に会いたい。三葉と一緒に、この温もりを感じていたい。

 俺はそう、思わざるを得なかった。

 ……時は迫る――後は三葉が来るのを心待つだけであった。

 

●○●○

 

 鏡の前で自分の姿を確認すること、12回。

 今日着ていく服をコーディネイトすること2時間30分。

 ……朝から私の行動は今日の夜のための用意で埋め尽くされていた。

 数日前、瀧くんのパソコンの画面を見てから、その翌日に勝負下着を購入し、そして今日という日に備えた。

 ――準備は万全だ。……心以外は。

 

「うぅぅぅ……なに、この妙なドキドキ。……時間は――」

 

 こういうときに限って時間っていうものは経つのが遅い。

 さっき見たときは昼過ぎだったのに、今はまだ3時に差し掛かったばかりだ。

 ……しかもこういう日に限って四葉は出かけちゃうし――つまり落ち着かなかった。

 

「おや、三葉。まだ家におったんか?」

 

 ……すると、寝室の方からおばあちゃんがゆっくりとした足つきで私に近づき、話しかけてきた。

 

「お、おばあちゃん! 落ち着かんよぉ~!」

「……なに子供みたいなこと言ってるんやさ。全く……それなら、瀧のとこに行ってしまえばええんやよ」

「それが、瀧くんが夜に来てくれっていうんやよ?」

「……せっかく綺麗にしてるんやさ。情けない顔をするもんやない」

 

 おばあちゃんは私の頭をそっと撫でて、微笑む。

 ……少し心が落ち着くような気がした。昔からおばあちゃんに育てられていたっていうのもあまって、私や四葉にとっておばあちゃんは親みたいなものだもん。

 ……瀧くんとは違う温もりを感じながら、おばあちゃんはふと声を漏らした。

 

「最初な。初めて三葉に男が出来たって聞いて気が気でなかったんやさ。ほんま大丈夫かって思った。……でも日が過ぎるごとにあんたは幸せそうになっていった――瀧と最初に会ったのはそんなときや。困っていたわしを、あの子は助けてくれた。言われてみれば些細なことや。やけど、そんな些細なことを、わしのことを三葉の祖母って知らんのにやってくれた。――嬉かったんやよ。そんな良い男をしっかりと選んだあんたの成長が見れて」

「……おばあちゃん」

「――わしはもう90や。いつまで生きられるか分からん。でも生きている間に、あんたが幸せになる姿を見れた。四葉もそうや。……あの子にはな、感謝の言葉しか思い浮かばん」

 

 ……しわだらけの顔で、微笑を浮かべるおばあちゃん。

 ――私のことを誰よりも近くでずっと見てくれていたのは、思えばおばあちゃんだった。

 四葉とは少し違う視点でいつも私を見守ってくれていたのは……おばあちゃんだったんだ。そのことに気づいて、私は少しだけ涙が溜まる。

 

「……なぁ、三葉。落ち着かんのは、なんでや? 自分に自信がないからか?」

「……わからない。すごくソワソワして、緊張して――でもすぐにでも会いに行きたいの。瀧くんのこと、大好きだから」

「――ならそれは良い緊張や。安心しない。あんたはわしの目から見ても良い女や。あんた以上の女、なかなかおらへん。瀧の目もな、あんたに釘付けや」

 

 それだけ言うと、おばあちゃんは重い腰を上げて立ち上がる。

 

「三葉。今日は楽しんで来ない――きっと、あんたの人生で一番楽しい時間になるでな」

「……うん!!」

 

 私はおばあちゃんの言葉に頷くと、もう一度鏡の前に行く。

 ……もちろん緊張はある。だけど、おばあちゃんのおかげでそれは心地良いものに変わった。

 ――努力は最大限した。多少の勉強もしたし、用意するものも用意した。

 ……瀧くんが喜んでくれるかな、それだけが唯一の心配。

 ――よし! ……私はそう意気込んだ。

 

●○●○

 

 時間はあれからあっという間に過ぎていき、私は家を出た。

 外もかなり暗くなっていて、非常に寒い。

 ……瀧くんの家の最寄駅につくと、そこには寒そうに体を振るわせる瀧くんがいた。

 瀧くんは時計で時間を確認しながら私を待ってくれていたんだろう。来る時間なんて伝えてなかったから、ずっと待ってくれていたのかもしれない。

 ……私は彼に気づかれないように近づき、後ろから抱きついた。

 

「うぇ!?」

「ふふ、何? その声。変やよ?」

 

 瀧くんは突然私に抱きつかれたからか、素っ頓狂な声を漏らす。

 それが私には面白くて、そして可愛く映った。……これが私の彼なんや~、なんて惚気が私の頭の中で始まる。瀧くんの言葉や反応はいつも私のツボを的確に射抜くんだよね。

 ――これが惚れた弱みなのかな、なんて思った。

 

「み、三葉……」

「……待っててくれてたの? こんなに寒いのに」

 

 私は瀧くんの手をそっと取り、自分の両手で覆う。

 ……冷たい。それはずっと、私のことを待っていてくれていた証拠。それが理解できて、余計に彼のことが愛しく思った。

 瀧くんはいつも一生懸命で、いつも私のことを想ってくれていて、私たちの関係を大切にしてくれている。……それだけじゃない。四葉やおばあちゃん、さやちんやテッシー。それに友達やミキさん――色々な人との関係を大事にしている本当に優しい人。

 ……今になって再確認した。

 ――あの時、あの電車ですれ違い、そして出会って会話を交わした瞬間の出来事が正しかったのだと。あの出会いが、私の見ていた世界を変えてくれたことを。

 あの出会いがなかったら、きっと私は今もモヤモヤが残る現実をただ生きていただけだ。

 ……私は自分の手の温もりで、瀧くんの悴んだ冷たい手を優しく握る。

 

「……三葉、良いよ。三葉だって冷たいだろ?」

「いいの。……私が、こうしたいの」

 

 ――先ほどまでの緊張が嘘のようになくなった。

 瀧くんと触れ合って会話を交わして……それだけで寒いはずなのに、心と身体がポカポカと温かくなるような錯覚に囚われる。

 ……でもきっと、これは錯覚なんかじゃない。

 

「――瀧くん、行こ?」

「……おう」

 

 ……この気分は、あれだよ――瀧くんが望んでいたことを、今私も強く望んでいた。

 今すぐに瀧くんにキスしたい、今すぐにくっつきたい――今すぐにでも、彼に尽くしてあげたい。

 駅から瀧くんのお家までは大して距離はない。二人で歩いていると時間はあっという間に過ぎていって、名残惜しく玄関の扉の前についてしまう。

 私は扉の鍵を開け、扉をくぐり、家に入る――と同時に、瀧くんの身体を自分の方に引き寄せた。

 

「ちょ、みつ……は」

「んん……」

 

 ……こんなに強引に瀧くんにキスしたのはたぶん初めて。

 ――恥ずかしい。こんなことをして、淫らな女って瀧くんに思われたくない。だけど今の感情を押し殺してまで普通でいれるほど、私は冷静じゃない。

 ……舌を瀧くんの口内に進入させ、彼の背中をギュッと抱きしめる。

 

「ちょ――ちょっと、待てって!」

「あ……」

 

 ……瀧くんの唇が私から離れて、名残惜しい声が漏れる。

 ――瀧くんは顔を真っ赤にしていて、本当に驚いているって顔をしていた。その顔が可愛くて、もっともっと彼と接したくなった。

 ――そんなとき、瀧くんは優しく私を抱き寄せた。

 

「……こんな予定じゃ、なかったんだけどな」

「……予定?」

「こっちの話――なぁ三葉。今日はその……クリスマス・イヴじゃん?」

 

 ……すると瀧くんは少し恥ずかしげに私にそう言ってくる。

 ――そうだ。今日はこんなものでは終わらないし、終われない。瀧くんは私を望んでいるんだから、私は恋人としてそれに応えないと! 

 ……それに私も、望んでいるし。

 

「……うん」

「それでさ。俺、考えたんだ――三葉に何かしてあげたいって。永遠に、心に残るイヴにしたいって」

 

 ――え、永遠に心に残るイヴ!? た、瀧くん一体何するつもりなん!? 

 ……心底驚いた。これはやばい。本当にやばい……っ。いつものじゃないの!? ――今日、履いてきて本当によかったと思った。

 

「……うん。私、頑張るんやよ!」

「……ん?」

 

 瀧くんは何故かキョトンとした顔で首を傾げる――なるほど、瀧くんは主導権を握るから、私は頑張らなくても良いってこと? でもそれだといつも通りだし……

 

「まぁいいや――だから色々俺も考えて、色々用意してさ」

「い、色々用意!? た、瀧くん何するつもりやの!?」

「え、そ、そんなに驚くの? まだ見せてないのに……」

「――だ、大丈夫! どんなすごいのでも、私、受け止めるから!」

「お、おう――夜遅くまでなりそうだし、楽しもうな?」

 

 ――もう恥ずかしくて、取り繕うことも出来ない。

 瀧くんが何をするのか、全く想像できないけど――二人でなら何とかなるよね!?

 

「お、オールってことだね!? た、体力持つかなぁ……」

「……ほら、三葉。行くよ?」

 

 た、瀧くんは色々と不安を抱く私の手を取ってリビングに向かう。

 

「……ま、まずは二人でシャワーを浴びて、それから――」

 

 私は瀧くんにそう提案をした――それと同時に、瀧くんはリビングの扉を開いて私の背中を押した。

 その瞬間――パンパン!! ……クラッカーを同時に鳴り響かせたような音が響いた。

 

「きゃっ……!」

 

 私はその音に驚き、反射的に目を瞑る――そして薄目を開いて周りを見て、そして……目を見開かせて、驚いた。

 

『――メリークリスマス!!』

 

 ――たくさんの人の声が同時に私の耳に届き、そしてその声の主たちの姿をこの目で確認する。

 ――そこには、いろいろな人がいた。

 ……私は、ふと横に立つ瀧くんの顔を見上げる。

 

「た、瀧くん……こ、これは?」

「三葉と俺と、みんなで楽しめるのはなんだろうって考えてさ。……三葉の大切な人たちと俺の大切な人たち。皆で――サプライズパーティーだよ」

 

 ――四葉やさやちん、テッシーにミキさん。それに瀧くんの親友の二人。そこには、それぞれ笑顔を浮かべた皆がいた。

 わ、私は状況が飲み込めない。

 ただ――

 

「――今日はいっぱい、楽しもうな? 三葉!」

 

 ――私の大切な瀧くんからのプレゼント。それは本当に、優しすぎるものだった。

 心が更に温かくなる。……自分が勘違いをしていたのにもすぐに気づいた。それで自分の考えの浅さにいやになるけど……今はそんなことどうだってよくなるくらい――本当に、嬉しかったんだ。

 ……涙が少しだけ零れる。私は指先でそれを拭い、笑みを浮かべている瀧くんにこう言った。

 

「――ありがと。大好き、瀧くん」

 

 ――本当に、ありがとう。その気持ちが私の全てであった。

 

○●○●

 

「話は瀧から色々聞いてます。俺、瀧の親友兼保護者の藤井司って言います」

「あ、君が司くんかぁ……初めまして、宮水三葉です!」

「やっほ、三葉ちゃん♪ サプライズを予想通りの反応で、隠してきた甲斐があったもんだよね」

「み、ミキさん! やっぱりこのこと知ってたんだ! もぅ……」

「宮水さん、奥寺先輩の悪戯なとこは半分諦めた方がいいっすよ?」

 

 ――サプライズパーティーがはじまって、三葉は瀧の友人たちと交流を深めていた。

 その姿はある意味で新鮮とも言え、しかしどこかしっくりとくるものを彼は見て感じた。

 そんな彼の傍によるのは、三葉の親しい面子である。

 

「……瀧くん、素敵なこと考えるよね。本当に三葉のこと好きなんやね」

「まぁ俺の認めた男やからな。これくらいできんとな! うんうん」

「……テッシーは逆立ちしても出来ないから、あんまり口開かない方が良いと思うよ? ってか口開かないでね」

「四葉ちゃんが辛辣!?」

 

 瀧はその会話を聞いて苦笑した。

 ……三葉を除く他の面子が揃ってから、皆は交流を深めていた。

 やはり価値観の違う多くが集まると会話は弾むようで、特に同性は同性とかなり仲がよくなっているようなのだ。

 特に司もまた建築に携わる職業であるため、克彦と会話が合うことがあり、真太は持ち前の明るさや料理の点で克彦や早耶香、四葉とも会話を弾ませていた。

 ……その光景や、今の光景を見て、瀧はふと思う。

 

「……よかった。三葉、楽しそうで」

 

 ふと漏れた呟きに、克彦と早耶香は顔を合わせて笑いあった。

 

「ほんまお前は三葉のこと大好きやな」

「そうね~。ちょっと妬けちゃうくらいにね~」

「……でもそれが瀧くんだよね」

「――うるせー。しょうがないだろ? ……嬉しいもんは嬉しいんだよ」

 

 顔をプイッとさせ、恥ずかしそうにそう言う瀧に三人は更に笑みを浮かべる。

 ……四葉と早耶香はそのタイミングで三葉たちのところに行き、会話に花を咲かせた。

 

「……ありがとな。こんな機会、作ってくれて」

「……いいよ。俺がしたくてやったことだし、むしろ来てくれて助かったというか……」

「それでもや。やっぱりお前にはちゃんとお礼は言わんとあかんと思ってな――皆、ええ笑顔や」

 

 克彦は瀧と二人で目の前の光景を見て、そう断言する。

 ……三葉も四葉も、ミキも早耶香も司も真太も――瀧も克彦も、皆が皆、笑顔を浮かべていた。

 それは今日、瀧が三葉のために動かなければ起こることのなかった光景だ。それほどに綺麗なものがそこにはあった。

 

「……不思議なもんや。出会ったんは本当に少し前やのに、俺はお前に確かな友情を感じてる。……どうしようもない信頼や。なぁ、瀧――」

「――俺も。それはテッシーだけじゃないよ。さやちんとも、四葉とも、三葉とも。こんな言葉くさいけどさ――運命じゃないかって思う。俺たちが出会って、仲良くなって、こうしてワイワイ騒げる関係になったのはきっと、なるべくしてなったんだ」

 

 瀧は克彦に対して苦笑を向けながら、そう呟いた。

 

「だから、きっとこれは最後なんかじゃない。――一度結ばれたものってさ、中々解けないんだぜ? ムスビはそういうもんなんだよ」

「……三葉みたいなこと言うんやな――やけど、そうだな。これから何年先、何十年先。お前らと楽しくやっていける。俺はそう思うわ」

「おぅ。だからまぁ次はテッシーが考えてくれよ? 楽しいイベント」

「――しゃーないなぁ」

 

 克彦と瀧がそんな会話をしている最中、輪から抜けて司が二人に近づく。

 

「おっす、楽しんでるか? 司」

「あぁ、おかげさまでな。……なんていうか。話し聞いてたからどんな人かっていうのは知ってたけど、実際に話してみるとまぁ理解できたな」

「理解?」

「ああ――あれは他の男が引っかからないわけだ。宮水さんの目には瀧のことしか入っていないってこと。瀧にはちょっと勿体無いみたいな?」

 

 司は少し悪戯に言いながら笑みを浮かべる。

 

「おまえなぁ……」

「あはは、嘘だよ、嘘――あの子にはお前しか無理だ。逆にお前にはあの子しか無理なようにな。だからまぁ……今日は呼んでくれてありがとう。それだけ言いたかったんだ」

「……お前が素直だとなんか怖いな」

「失礼なやつだなぁ――絶対に手放すなよ? じゃないと俺が狙っちまうからな」

「心配すんな――絶対、離さないから」

 

 ……そう言い合う瀧と司は、不敵に笑いあう。

 

「おーい、瀧くん♪ こっちにおいでー?」

 

 するとそのとき、ミキがにやけた笑みを浮かべながら瀧を飛び、手招きをした。

 それを見て少しばかり嫌な予感を感じる瀧だが、しかし傍の二人の友人は途端にニヤけ、そして瀧の背中を押した。

 

「ほら、瀧。お呼びだぞ?」

「女待たせるもんじゃないでな。ほら、行ってこい!」

「お、おまえらなぁ! 楽しんでるだけだろ!?」

「「もちろん!」」

 

 克彦と司の見事な連携で、瀧は女性の輪の中に入ってしまう。

 それと同時に真太は克彦と司の元まで歩いてきて、二カッと笑った。

 

「真太ぁ、お前の料理上手かったでな。また次はお前の店に食べに行くわ」

「それは何より。是非是非おいでなすってくださいね」

「……んで? どうしたんだ、真太」

「いいやー? まぁこっから瀧は女性陣のおもちゃになるだろうからと、男子同士で交流を深めようと思ってな!」

 

 真太は持ち前の二カッとした気持ちの良い笑みを浮かべると、司と克彦も微笑を浮かべる。

 

「――この出会いも、運命って瀧の奴が言うとった」

「ほぅ……あいつにしては中々ロマンチックなことを言っていますね」

「でも、まぁそれもそうなんやないかな……なんて思ってしまうよな。この状況」

「そうっすね――んじゃ一発飲みましょうか?」

「お、いいねぇ。俺について来れるんか?」

「望むところです」

 

 ――瀧の興したサプライズパーティー。

 それはただ交流を深めるだけのものではなかった。

 様々な分野に精通した者たちが集まったこの出会いは、ただの出会いだけでは終わらない――もちろんそれはまた別のお話なのであるが。

 ……パーティーは笑顔のまま進んでいく。

 ――そうして、時は過ぎていった……

 

●○●○

 

「んんん~~~~……楽しかったぁ、本当に」

「……そうだな」

 

 ――日を跨いだ時間帯。

 電車の終電になる前に他の皆は帰宅し、明日は用事があるという四葉も珍しく家に帰った今、瀧の家にいるのは三葉と瀧の二人だけであった。

 サプライズパーティーは無事終わり、今は二人で自室にて隣り合いながら話をしていた。

 ……今日のことを。楽しかった時間のことを。

 

「楽しい時間ってあっという間だよね――瀧くん、ありがとう。私、本当に嬉しかったよ? 瀧くんの大切なお友達とも仲良くなれて、その友達も私の大切な人たちと仲良くなって……自分のことみたいに、嬉しかったんだ」

「俺もだよ――頑張ってきた甲斐があった。なんて自画自賛してみたりな」

「……自画自賛じゃなくて、本当にそうなんだもん――色々と勘違いしてたけどね」

 

 ……勘違い? その言葉を聞いて、俺はつい不思議に思った。

 そういえば最初の方、三葉は突然キスしてきたり、なんか話がかみ合わないことが多かったような……。

 

「……実はね、瀧くんのパソコンの中、一回見ちゃったんだよ」

「え」

 

 ――俺が最後にパソコンを使ったのは数日前。しかも調べていた内容は、魔がさして調べてしまった恋人たちが過ごす夜、みたいな記事だった気が……ま、まさか!?

 

「そ、そこにね? その……そういう記事が載ってて、瀧くんは私とこういうクリスマスを過ごしたいのかなって思ったの」

「ち、ち、違うからな!? さ、参考がてらにちょっと調べただけで、俺が強くそう望んでいたわけじゃ――」

「――違うの?」

 

 ――三葉は、俺の手をキュッと握りながら、ふとそう呟いた。

 ……頬はお酒を飲んだように紅潮していて、そのまま三葉は俺の肩に頭を乗せた。

 

「……ねぇ、瀧くん。だから私、色々と勉強してきたんだよ?」

「べ、勉強……」

 

 ゴクリ、と息を呑む。

 いつもとは少し印象の違う三葉の表情に、不意にドキリとした。

 なんていうんだろう――魔性、って言えばいいのか。

 

「……瀧くん、私さ――瀧くんを感じたい……かな?」

「……三葉っ」

 

 ――俺は、三葉を押し倒す。

 ……そこからのことは、深くは覚えていない。

 っていうか刺激が強すぎて、思い出しただけで反応してしまうからであって――ただ一つだけ。

 ――主導権を握った三葉の行動は、それはもう恐ろしいものだった。

 

○●○●

 

「……そういえばさ。一つ忘れていたことがあるんだ」

「んん……忘れていたもの?」

「ああ――俺から三葉に対するプレゼント。って言っても同時に俺へのものでもあるんだけどさ。ほら、三葉は俺にマフラーを編んでくれただろ? ……あれとはまた違うんだけどさ」

「……開けても良い?」

「ああ」

「――こ、これって……」

「ああ――次の春にさ。二人で旅行に行こう。その場所は――」

 

 ――物語は、紡がれる。

 これはムスビの物語。

 二人が出会うことで解かれたムスビは繋がれ、二人が繋がることでそのムスビは強まり――そして最後のムスビに向かう。

 ただそれだけの物語。

 出会うはずのなかった二人が出会った奇跡は、それだけでは終わらない。

 ――最後のムスビ。それを探す旅路が、今始まる。





ってことで最新話でした。
あの勘違いな部分を描くの結構楽しかったです!
……さて、本作も残すところあと数話です。
今回の最後からお察しのとおり、最終章は最後のムスビを探す旅路編となります。
ここから先は基本的に瀧と三葉の二人だけの世界。それを数話にかけて繰り広げます。
それでは長くは語らず、また次回の更新をお待ちください!

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