旅館に戻った俺と三葉は、部屋に既に用意されていた食事を前に息を飲む。
……予約をした時期がよかったから格安で良い宿を取れたんだけど、俺たちの前の豪華絢爛な食事を見たら、もう言葉を失うとしか言いようがない。
綺麗に盛り付けられたお刺身の盛り合わせ、飛騨牛をふんだんに使用したすき焼き風の石釜鍋。……基本的に和を基調とした様々な料理があった。
旅館の仲居さんがごゆっくりとお楽しみくださいませ、と言って出て行くまでとりあえずは圧倒されていたものだ。
――そんな食事を頂き、それを片付けてもらって今は二人で寄り添って話をしていた。
「……夕食、凄かったね」
「ああ。昔父さんに連れて行ってもらった料亭よりも凄かったよ」
素直にそう思う。もしかしたら地元の独自の調達ルートがあって、あの金額であれだけの料理を振舞えるんだろうか。
……とにかく幸せだ。人間の三大欲求の一つである食欲を満たされて、満足としか言いようがない。
―-それはそうと。さっきから少し気になっていることがある。
それは……
「三葉。どうしたんだ? 俺が起きてから、何か考え事をしてるのか?」
「え? ……うん」
――三葉が心なしか、ずっと考え事をしているということだ。
俺が足湯を楽しんでいる際、気が抜けて眠ってしまい、それから起きてからずっとだ。三葉は何かを考えるように無言が続くことがあった。
悩みとか不安とか、そういうのではないと思う。本当に、なんでだろうと考えるような仕草をとっていたんだ。
「さっきのおばあちゃんがね。凄く良い人だったからもっとお話したかったんだけど、急にいなくなっちゃって」
「あぁ、さっき言ってた人か。……俺が起きたから気を使って帰っちゃったのかな?」
「うん、そうだと思うんだけど……なんか気になるんよ。なんでかはわかんないんだけど」
……そう言ったとき、三葉は俺の手を少しだけ強く握った。
三葉は大切に考えているときに手を強く握る癖みたいなものがある。だからたぶん、そのおばあちゃんのことを本当に考えているんだろう。
――会ったのはほんの数分。そんな人のことを大切に考える。そんな三葉の優しいところに心底惚れたもんだな。
だけど、自分のことを考えてくれないってのは少しいただけないかな?
「三葉、ちょっと頭をこっちに寄せてくれ」
「頭? 良いけど……」
三葉は俺の言うとおり、頭を俺の方まで寄せてくる。
その瞬間、彼女の頭をガシッと掴んで、そのまま胡坐をかく俺の太ももに寝転ばせた。
「きゃっ! な、なにするんよー!」
「……やり返し。外で膝枕をして俺を辱めた三葉にお仕置きだ」
「は、辱めたって失礼やよ! あれは瀧くんが気持ちよさそうに寝てるから、善意で……」
……反論をしようとする三葉だったけど、俺の行動で次第に何も言わなくなった。
――ほつれた髪を直すように、引っかからないように手櫛で解く。一日外で歩き回っていたからだろうな。
三葉の髪は基本はストレートなんだけど、ちょっとだけ癖があるからな。
「……瀧くん、手櫛うまくなったね」
「まぁな。三葉の髪の毛弄る機会が多いし――ごめん、やっぱり嫌か? 女の子の命っていうもんな、髪の毛は」
「……嫌じゃないよ。瀧くんは優しいから、手櫛でも私を大切にしてくれるって実感できるから――好きだよ?」
「そっか。……んじゃ続けるな?」
手櫛をしつつも、たまに彼女の頭を撫でる。傍から見たらこの行動って見ていて恥ずかしいと思うんだろうか。
――まぁ外ではやらないし、良いよな? ちょっとくらいいちゃついても。
「ふふ……なんか、くすぐったいね。瀧くんはたまにはちょっと無理やりでも良いかも。いつもちょっと優しすぎ」
「るっせ。これでも色々考えてんの! ……難しいんだからな。やらかしたら嫌われるって思うから、男は好きな奴に優しくするんだよ」
「……特別扱いってやつ?」
……そうだな。嫌われたくなくて、大切にしたいからとことん優しくする。
でもとことん優しくするってことは、彼女の全てを一方的に受け入れるってことだ。それって良いことに見えて、少し壁があるように思える。
――心の壁。自分の良い部分だけを見せて、好きになってもらおうとする。だけどそうしてしまったら相手は距離を感じてしまうのかもしれない。
自分の本心、本当の姿を見せていないから。
だけど、俺は三葉には自分の全てを見せている。それはさ、良いところはめちゃくちゃ頑張って努力して磨いて見せている。だけどあれだけ一緒にいて、あれだけ接していて本心を見せていないはずがない。
だったら、俺にとって三葉はどんな扱いなんだろう。
「……特別って言われたら当然だと思う。だけど、俺にとって三葉はお姫様じゃないんだと思う。それを言っちまえば、俺にとってのお姫様はたぶん四葉辺りなんじゃないか?」
「むむ……それはちょっと、恋人的に複雑なんだけどー?」
「……お姫様はさ、守ってばかりだろ? だけど俺は三葉とは守るだけの関係じゃ嫌だな」
――こいつには、いつまでも隣にいて欲しい。支えるだけなんて嫌に決まっている。そんなもの、対等じゃない。
三葉はその意味を理解して、顔を真っ赤にして目を背ける。
「……三葉」
俺はそれをさせず、三葉の頬に手を添える。
……ちょっとくらい無理やりでも良いって言ったのはこいつだからな。
「……な、三葉。お前の望む俺は、こんな俺か?」
「た、瀧くん……す、スイッチ入っちゃったん?」
「……分からない。けど」
少し体勢を崩して、三葉の頬にキスをした。
「……今はこれくらいで良いや」
「…………」
三葉は顔を真っ赤にしながらも、俺の太ももから起き上がる。
俺の正面に座って、唇をツンと上向きにして、そして目を瞑った。
「……ちゃんと、唇にして」
「……そうだな。じゃあ……」
そして次は、三葉と唇をゆっくりと合わせた。
○●○●
……人生で不思議な体験は、誰にでも必ずある。
例えば俺もまたそんな経験をしたことがあった。
それはまだ俺が高校生のときの出来事だ。司と奥寺先輩と学校をサボってまで飛騨辺りまで旅行に来たことがあったんだ。旅行と、いうよりも……何かを捜し求めていたような気がする。
今になってそんな風に思い出した。なんで思い出したかは分からないけど、ただ――今まで曖昧で曇りがかっていた記憶が、少しだけ晴れやかになったんだ。
そのとき、何かがあって俺は二人と別行動した。俺はそのままどこかの山を登っていた。
……なんでそんなことをしていたんだっけか。
雨が降っているのに、一心不乱に山を登った。何も分からないのに、何かを求めて。
あいつに会いたかったから――あいつが誰であるか。それがまったく思い出せない。
だけど俺にとってあいつは、大切であったんだ。決して失いたくなかった。会って、接したかった。
……思い出せない。思い出せそうなのに、答えが出る寸前でいつも消えてしまう。
誰なんだ、あいつは。俺のことを、俺の名前を呼んだ彼女は――
そんな、記憶を思い返すような夢だった。
『……あった』
……その山の山頂は火山の噴火によってカルデラができていて、そこに木々や水が流れている大自然の光景だ。その円状の淵には人が走れるほどの道のようなものがある。
――俺はそこを知っていたはずなんだ。どこで知っていたかも分からないのに。
……その場所は――
――朝、目を覚ます。
そのとき、どうしようもない喪失感に襲われた。胸を締め付けられそうな喪失感。なぜか涙が溢れてしまうほどだ。
こんなこと、最近はほとんどなかった。三葉と出会ってからは一度もなかったのに、どうして……
――そんな時、俺は隣で安らかに眠っている三葉に気づいた。
別々の布団で寝ていたはずなのに、いつの間にか三葉は俺の布団の中に入っていた。
……俺はその姿を見た瞬間、咄嗟に彼女を抱きしめた。
自分の身体に彼女の柔らかい身体の感触を感じる。その温かさを感じる。
――そうしていたら、先ほどの喪失感はどこかに消えた。
「……んん。……どうしたの、瀧くん」
……優しげな三葉の声が聞こえる。
薄目を開けて微笑みを浮かべる三葉は、特に動揺することもなくそう問いかけてきた。
「……なんか、夢を見てた気がするんだ。だけどさ、それが思い出せなくて……――何か失くしてしまった気がして……」
「……そっか」
……キュッと、三葉が寝ぼけながら抱きしめ返してくれた。
「……私は、どこにもいかんよ?」
「……当たり前だ。絶対離すもんか」
「私も離さないよ……瀧、くん……」
……三葉は再び眠る。本当に寝ぼけたままだったのか。
――時計を見ると、時間はまだ6時過ぎだった。とは言っても目は冴えてしまっているからな。
俺は三葉を抱きしめるのを止めて、布団から出る。
……ふと三葉を見ると、そこには帯が緩んで上半身がはだけている三葉がいた。
「……油断しすぎ」
俺はそれを見て苦笑いをしながら、三葉に布団をかける。
――せっかくだし、朝風呂でも行くか。
俺は身支度を整えて、朝風呂に向かうのだった。
●○●○
――私と瀧くんは旅行二日目を全力で謳歌していた。
鍾乳洞に行って綺麗な景色を楽しんだり、ロープウェイに乗って雄大な北アルプスの光景を目の当たりにしたり……。
それと職業柄で美術館に行ったりと……瀧くんがそれを見て夢中になっている姿を見て眼福だったりしたんだよね。
本当に、子供みたいに絵を見つめる瀧くんの普段とのギャップで母性本能がくすぐられる。
――そんな風にデートの今、私と瀧くんはテラス席で休憩していた。
「本当に綺麗な造形だよな。建物の外も内も、装飾が凄すぎて圧倒されるよ」
……瀧くんにとっては関わりがあることだからか、私以上にその建物自体に興味を示していた。
もちろん中に展示されている作品も素晴らしいものばかりだった。
「ガラス工芸が個人的に凄かったね。世界有数の美術館だそうだよ?」
「ああ……――でもまぁ、ある意味一番ほっこりしたのは子供たちの写生会のフロアかな?」
「あぁ、あれね。すごく可愛いっていうか、見たものをそのまま自分の世界にして、頑張ってるっていうのが伝わってきてよかったね」
「……子供のときの想像力で、大人ではもう戻らないものだからな」
……失敗を恐れず、自分が良いと思ったことをする。それが子供のあるべき姿で、大人になるに連れて無くなってしまう性質。
瀧くんはそれを良く見ていたんだろう。
「……もっと、頑張らないとな」
……何を、とは私は聞かなかった。
それを私が邪推する必要もない。頑張ることは素晴らしいことだし、それに対して瀧くんがやる気になっているなら、私は応援する。
瀧くんのことだから直接手伝うより支えてあげる方が喜ぶしね。
「そういえばまだ一区画見ていないよな?」
「そやね。確か期間限定の風景画のコーナーだっけ?」
瀧くんはパンフレットを手にとって、ある一角のコーナーを指差す。
普段はないコーナーらしいけど、期間限定でこの飛騨の風景を描いたコーナーがあるそうだ。
……瀧くんもそこが気になるみたいだし、私たちはそこへ向かった。
「……こういう絵って苦手なんやよ、私。だからちょっと瀧くんが羨ましいなー」
「三葉も練習すれば出来ると思うけどな。……結構今まで見てきたところの風景が多いな」
瀧くんと手を繋ぎながら展示されている絵を見ていく。
そこには私たちが今回の旅行で見た光景も幾つもあり、私たちの目で見たものとその絵はどこか違った世界に見えた。
実際に目で見る感動と、絵で見る美しさの感動はどちらも違うもの。……そのときだった。
「たーきくん。なに見てるん?」
瀧くんの視線が目の前の絵ではなく、少し遠くの絵に向かっているのに気づいた。
私はそれが気になり、瀧くんの視線の先を見て――そして、驚いた。
「……三葉、向こうに行っても良いか?」
「……うん」
私は頷き、瀧くんについていく。
そしてその絵を前にした――それは、私の故郷を描いた一枚。
――糸守の絵だった。
「……そっか。ここからそんなに遠くないもんね」
「ああ」
私たちはしばらくその絵の前で立ち尽くした。
――糸守を鳥瞰で見下ろしたような風景画だ。糸守湖を中心にして広がる町並み。細かなところまで良く描かれていた。
……瀧くんのスケッチを見て以来の感動。あの絵と同じで、この風景画には糸守に対する想いが感じられた。
――私は瀧くんの手を強く握る。まるで彼が隣にいることを確認するように。私のことを離さないでと言いたいように。瀧くんは私を見ることなく、私の手を握り返した。
「……綺麗だな、糸守」
「うん――私の自慢の地元やの。今やったら、心の底からそう言える」
……そこからの私たちは無言だった。
ずっと手を繋ぎながら歩き、そのまま車に乗り込んで次の観光地に向かった。
――だけどどこに行っても、思い出すのは先ほどの糸守の絵のことだった。
「……ねぇ、瀧くん」
「……なんだ、三葉」
旅館に戻って、無言でいる私の傍にいてくれる瀧くんに話しかける。
私も瀧くんも、心ここにあらずだった。それが少し嫌で、気分を変えたかった。
せっかくの旅行なんだもん。瀧くんが頑張って計画してくれたんだから、私も気持ちを入れ替えないと。
この良く分からない気分を……どうにかしたい。
「私、本当に楽しい。瀧くんとの旅行が。……色々な場所に行って、色々なものを食べて、景色を見て……全部新鮮だよ」
「俺もだよ。……でも、さっきの風景画を見てから、気分が落ち着かないんだ」
――瀧くんもまた、私と同じ気持ちだった。
私と同じであの絵に何か思うことがあって、それで無言でいたんだ。
……求めてしまう。この不安な気持ちを、良く分からない気持ちを紛らわせたいがために、瀧くんを。
……チュッ、と。彼の唇にキスをする。
「ねぇ、瀧くん。露天風呂もあるんだけど、この部屋のお風呂って二人で入れるくらい大きいんだよ?」
……こんなつもりじゃなかったのに、言うつもりもなかったのに。
だけど気分が昂ぶって、何も考えられなくなる。瀧くん以外のことは――考えられなかった。
「――一緒に、入ろっか」
○●○●
――部屋の家族風呂は二人で入るには丁度良い大きさだった。
小窓から外の景色が見えて、外側からは見えないマジックミラーになっているらしい。
……そんな部屋付けのお風呂で、三葉と二人で身を寄せ合う。
もちろん彼女も俺も何も身に着けておらず、全部見えてしまっていた。
「「…………」」
そんな中で続く無言。
いつもとは違う場所で一緒に入浴している恥ずかしさと、先ほどまでの考え事が混じっているんだろうな。
……だけど、嫌ではない。先ほどまでの気分よりはマシだ。
「……あったかいね」
「三葉がくっついてるからかな?」
「……私、変なところないよね?」
すると三葉は俺に見られていることに気づいたのか、不安げにそう言ってきた。
……何を不安がることがあるんだろう。三葉は全体的にスペックが高いから、何も気にする部分はないと思うんだけどな。
「三葉が変ならこの世の女の大半が変になるからな」
「そ、そうなんだ……よかった」
三葉は安心したのか、肩の力を落とした。
……そして流れるのは、また無言。
時折水滴がポツンと落ちる音だけが聞こえ、その度に緊張の音が更に大きくなる。
「……っ」
……俺は、隣にいる三葉を正面から抱きしめる。三葉は突然のことにビクッと驚くも、すぐに俺を抱きしめ返してくれた。
――自分の胸元に感じる柔らかい感触。俺はその状態で、三葉と顔を合わせた。
「……そういえばさ。三葉、今日あの日と同じ下着つけてたよな」
「っ。……あ、あの時はその……で、出来心と言いますか勘違いと言いますか」
「すっごいよな、あれ」
クリスマス、三葉のものすごい勘違いが現実になったクリスマスの夜のことを思い出す。明らかに面積のおかしい、下着本来の目的を軽く踏みにじった下着だった。もう男を誘惑することしか考えてないようなものすごい下着――三葉は今日、それを履いていた。
「ち、違うんよ! あれは四葉がすり替えたの! しかももうあれしかないし、同じの着るわけにはいかないから……」
「……別に悪いとは思ってないよ――」
最近、三葉にやられっぱなしだからな。偶にはやり返さないと気がすまない。
俺は三葉にキスをする。突然のことに三葉は驚くけど、俺は構わずもっと深くキスをした。
舌が三葉の口内に侵入して――水滴とは違う、粘膜が擦れる音が聞こえた。
「たきくん……もっと、いっぱい――んっ」
……三葉の胸を少し刺激すると、彼女はピクッと反応する。三葉の表情が蕩けるように赤くなった。
「ほんま……、このおとこはぁ……。たきくん、おっぱいすきよね」
「なんか癖になるっていうか……。ふむ」
「も、もみしだくのきんしーっ!」
三葉はそういうも、それを無視してもっと揉みしだく。
そして残った手を胸よりももっと下へ――指先に、お湯とは違う粘液が付着する。
……もう我慢できないからな、三葉。
「三葉。口では色々言ってるけど、三葉もエロいよな。クリスマスは勝手に勘違いして色々勉強してきて披露するし」
「た、たきくんもよろこんで……たでしょ……?」
「――じゃあ今日は俺が頑張ろっか?」
――俺がそう言うと、三葉は顔を俯かせた。
そして聞こえないくらいの小声で……
「…………うん」
そう、呟いた。
●◯●◯
……裸だった。まごうことなく、私も瀧くんも全裸だった。
昨日のお風呂のことを思い出す。そこで至ったことと、私の言動とか、声とかその他諸々を含めて――悶絶した。
「う、ぅぅぅぅぅっ……! わ、私のあほー! あんな恥ずかしいこと……しかも旅館のお風呂でなんて」
そ、掃除はしたから! 旅館の人に迷惑かからないくらい、ピッカピカにしたから!
……新鮮な場所なのと、それまでの気分の昂ぶりのせいで、自分とは思えないくらいの乱れっぷりを反省する。っていうかそれに合わせてくる瀧くんが恐ろしい。
あの男はお酒も強けりゃそっちも強いんかい! ……前は結構主導権握ったけど、もう私は瀧くんに勝てません。
「おばあちゃん、四葉……三葉は汚れてしまいました」
「朝っぱらから何独り言呟いてるんだよ」
ッッッ!! た、瀧くんの笑い声が聞こえる。
瀧くんは寝転びながら肩肘をついて、微妙ににやけながら私を見ていた。
……ちょっといらってする顔だ。まるで「昨日、気持ちよかったんだろ?」って言ってきそうな顔だ。
「昨日、気持ちよかったんだろ?」
「あ、あほー!! なに私の想像通りの台詞言ってんのー!?」
「いや、今のは言わないといけないかと思ってな――ほら、朝から怒っても良いことないぞ?」
瀧くんはそういうと、上半身を起こしている私を自分の方にぐいっと引っ張った。
そして布団の上で私を抱きしめて、頭をぽんぽんと撫でる。
……それをされるだけ、何も言えなくなる私って本当にアホ。けど……好き。そんな瀧くんが。
「……うん。やっと分かった」
「……分かった?」
すると瀧くんは、何かすっきりとしたような表情でそう呟いた。
私は彼の胸に顔を埋めた状態で瀧くんの顔を見る。
「ああ。……なぁ三葉。今日、東京に戻る時間が遅くなるかもしれないけど、良いか?」
「……ま、まさか今からっ!?」
「…………お前のピンク脳に俺も驚きだよ」
瀧くんが私の勘違いを聞いて、呆れ顔をする。
……ごめんなさい、今のは私が悪いです。私が若干申し訳ない顔をしていると、瀧くんはニコッと笑った。
「――行きたいところがあるんだ。三葉と二人で、どうしても」
――私と瀧くんは早めに旅館をチェックアウトして、二人で車に乗り込む。
その間、瀧くんは昨日の雰囲気とは裏腹に、私に明るく声を掛けてくれた。
ほとんど他愛無い話だったけど、それだけで瀧くんの悩みや迷いがなくなったように感じた。
…………どこに向かうんだろう。私はそれが分からなかった。飛騨で、瀧くんが行きたい場所がまだあるのかと思った。
……道を進み、少しずつ私は理解していった。
瀧くんの行動の目的が。それはとても彼らしく、優しいものだった。
それを理解して私も瀧くんと同じようにすっきりとした声音になる。
――やっとわかった。ずっと、心ここにあらずだった原因が。
……ガクンと、車が停車する。
瀧くんは先に車を降りて、歩いていった。
「――やっぱり。そうだったんだね」
……私は車を降りて、その光景を背景にした瀧くんにそう言った。
――一番最初に思いついた言葉は、懐かしいだった。二つ目に思いついた言葉は寂しいで、最後に思いついたのは……ありがとう。
「ああ。ずっと思ってた。俺たちが一番見たい景色は、光景はなんなんだろうって。あの絵を美術館で見たときからずっと何を見ても心から楽しめなかったんだ。……だけどやっと分かった。俺は一番来たいのは、ここなんだって」
例えそこには元の光景がなくても、そこにあったという軌跡だけは残る。
……うん、分かるよ。瀧くん。
「……うん。私も分かった。ここに来て、確信したんだ――ありがとう、瀧くん。瀧くんがいなかったら私はずっとあの気持ちを背負ったままだったよ」
「ああ……」
私は瀧くんの隣に立って、フェンスから少し離れたところでその光景を見る。
……寂れた校舎。壊れた窓ガラス。木々もめちゃくちゃ。それが私の知ってる最後の記憶。
――私は呟く。
「――ただいま」
――言わないといけない気がして。
――私たちの目の前には、湖が二つになった糸守の光景があった。
……その光景を見て、涙が少し零れる。
そんな私の肩を瀧くんは抱き寄せた。
「……三葉。無くなったものは帰ってこない――だけどさ。またそこから何かは生まれる」
「……っ」
瀧くんは視線を被災地である湖の回りに向けた。
――復興が、始まっていたんだ。本当に少しずつ、あの事件で生まれた傷跡を埋めるように。
「復興、始まってたんだよ。今、国を上げて少しずつ元に戻そうとしているらしい。……何年かかるか分からない。元の形には戻らないと思う――それでもきっと、糸守は帰ってくる。新しい糸守がさ」
「……うんっ! きっと、いつかは……っ!!」
――私は瀧くんに抱きついた。涙が溢れ出て、その涙が瀧くんの服を濡らす。
それでも瀧くんは何も嫌がることなく、私のことをあやすように頭を撫でた。
……知らなかった。知らないといけないのに、ずっと目を背けていた。だから気づけなかったんだ。
――私は泣き止んだとき、ふと瀧くんに声を掛ける。
「ねぇ、瀧くん」
「……なんだ、三葉?」
そんな私に優しくそう言ってくれる瀧くん。大好きすぎて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
……私は我侭を言う。
「一つだけ、私の我侭を聞いてくれない?」
「……我侭、か。――言ってみろよ。なんでも叶えてやる」
……男らしい瀧くんの笑みを向けられ、私は少し気持ちの整理をする。
――気持ちの整理が出来て、私は言った。
「――行きたい場所があるの。どうしても行かないと行けない気がする場所があるの。瀧くんと二人で」
「……あぁ」
瀧くんは私の申し出を受け入れてくれる。
そして――私たちは向かった。
……この旅路の、最後の光景を見に。
――宮水の御神体のあるあの場所へ。
マッハで書きました、最新話!
……皆様お気づきでしょう。この話を最後までごらんに頂いた方は、この章の到達点にお気づきなさった方もいらっしゃるのではないでしょうか?
次回のお話をお待ちください。どうかよろしくお願いします。
本作は残すところあと2話、ないし3話になります。
寂しくもありますが、自分は今すぐにでも書きたいがため、今回の更新が早く出来ました。
最後までどうぞ、よろしくお願いします!