君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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 これはムスビの物語。
 一度切れてしまった糸を紡ぐ、必然の物語。
 思い出すことで紡がれる最後のムスビは――ただ、優しいものであった。


君と、ずっと

 君の名前は、と。二人は確認し合うように、そう言った。

 瀧と三葉は繋いだ手を強く握りしめ、互いの存在を確かめ合うように――より強く、もっと強く握り合った。

 繋いだ手から感じるのは確かな温もり。そこに瀧、三葉がいると確信できた。

 それを確認して――手が震える。

 三葉がいる。瀧がいる。……そこにいることが奇跡のように感じ、涙を流した。

 

 

「……瀧、くんなんよね? 本当に……そこにいるんだよね?」

「ああ……っ。俺は、ここにいるよ――三葉。やっと、お前に会えた……っ!」

 

 ……瀧は涙で濡れたままの頬で、三葉を抱き寄せた。

 その華奢な身体を力一杯抱きしめた。壊れそうなほど力を込めると、三葉はそれを受け入れるように瀧の背中に手を回す。

 ――あの時は、こんなにくっつかなかったな、と瀧は思った。

 ……あの時、この場所で、二人は確かに会っていた。そのことを思い出した。

 祭壇の前で眠り、そして見た夢の内容を、今二人は確かに覚えていた。

 

「……瀧くんや。瀧くんが、おる……っ」

「……なんだよ、それ。あの時の真似?」

 

 三葉が感傷深く言った言葉に、瀧は苦笑しながらそう返した。

 ――カタワレ時。辺りは暗く、しかし空はまだ輝いていて辺りをピンク色の間接光で包み込んでいる。

 これを二人で体感するのは、これで二度目だった。

 

「……でも、変な感じだよね。全部思い出しても、あんまり変わらないや」

「だって最近ずっと一緒にいるんだからさ。……でも色々と納得した。三葉と出会ってからのこと――全部思い出したから」

 

 ――記憶は確かに蘇った。

 瀧と三葉は会っていた。今よりも昔に、二人が高校生であったあの時に。会っていた、という認識は少し違う。

 会っていた、のではなく入れ替わっていたのだ。

 瀧は三葉に、三葉は瀧に。夢の中で入れ替わって、その違う人生の一部分を生きてきた。

 

「……そうだ。俺たちは入れ替わっていたんだ。俺の中に、お前が入っていたんだったな」

「――あ、思い出したからね。瀧くん、私の胸を揉んでたでしょ?」

「……そ、そうだっけ?」

「――そうだよね?」

 

 三葉の満面の笑みが瀧に向けられ、瀧は何も言えず素直に「はい」と言った。

 それを見て三葉はくすっと笑みを溢す。

 

「……なんだよ。仕方ないだろ? あれは、その……男の性なんだよ。うん」

「もぅ、怒ってないから言い訳しないの! ……笑ったのは、本当に思い出したんだなって今になって実感したから。今まであったモヤモヤがやっと晴れたから」

 

 二人は抱きしめ合うのを止めて、そっと離れる。

 しかしその手は繋いだまま顔をしっかりと見合わせた。

 

「……運命ってさ。俺、ずっと信じることが出来なかったんだ」

「……うん」

「ずっと何かを探して、何も上手くいかなくて、モヤモヤしてむしゃくしゃして……三葉のことを忘れてしまってから、俺ずっとそんな感じだったんだ」

 

 瀧は思い出すように、そう吐き出す。

 

「ずっと、探していたんだ。顔も名前も知らないはずなのに、気付いたら誰かを探して。でもその正体が分からなくて、余計に気になって……」

「……そうだね――でも、会えたよ? 瀧くん」

 

 ――三葉は両手で瀧の手を包み隠すように覆い、微笑みを浮かべてそう言った。

 ……穏やかな笑みだった。これまで瀧が見てきた三葉の中でも、安堵に包み込まれた表情。……本当の意味での、満面の笑みだ。

 三葉は穏やかな表情のまま話し続けた。

 

「私たちは思い出さなくても出会って、恋をしたんやよ。例え全部忘れてしまっても、私たちは会えた――私たちだから、その奇跡が起きたんだと思う。互いを想い合っていたから」

「三葉……」

「――私たちはきっと、出会ったらすぐに分かったんだ。私の中に入っていたのは君なんだって。君の中に入っていたのは私なんだって。……例え覚えていなくても、大切な存在であるってことを」

 

 恥ずかしげもなくそんな台詞を漏らす三葉を、瀧は無性に愛しいと思った。

 この握られる手を振りほどいて、今すぐにでも抱きしめて、キスをしたいとも思った。

 ……しかし、この手を振りほどくことは出来ない。

 ――今は、一瞬でも彼女から離れたくないから。

 だから瀧は言葉で態度を示す。

 

「なぁ、三葉」

「……なに、瀧くん」

「――好きだ」

 

 ――単純だった。

 たった一つの言葉だった。

 自分の想いをただ一言の言葉でまとめたもの……その言葉を聞いて、三葉の瞳にまたもや涙が溢れた。

 ――あの時、瀧の名前を忘れて、どうしようもない気持ちに囚われた。

 忘れてはいけないのに、忘れるはずがないのに、少しずつ消えていく瀧のこと。その感覚に焦りを覚えて何も考えられなかった――その時、自分を奮起させてくれた瀧からのメッセージ。それと同時に彼女が自分の本当の気持ちに気付くことが出来た言葉。

 手の平にマジックペンで書かれたその言葉を、三葉は思い出した。

 ……だから彼女の返す言葉もまた、たった一つだ。

 あのとき彼に伝えることが出来なかった言葉。

 三葉は言う。

 はっきりとした声音で、瀧の目をしっかりと見据えて、涙を流しながらも笑顔で。

 

「――大好きだよ、瀧くん……っ!」

 

 ――カタワレ時の糸守を背景にして、今、ようやくその言葉が交わされる。

 その景色は――ただひたすらに、美しいものだった。

 

○●○●

 

 山頂の岩場に二人は座り込んでいた。

 肩を寄せ合い、片手を繋いで糸守を見ながら、なんてことのない会話をしていた。

 

「おまえってなんで昔、あんなに悪口言われて何も言わなかったんだよ。俺の中に入っている時はかなりファンキーに生活してた癖に」

「ふ、ファンキーは失礼やよ!」

 

 瀧のふとした軽口に、三葉は反応しながらも彼の質問について考えた。

 

「……そうやね。たぶん、色々なことを諦めてたんだと思う。私は宮水の巫女で、ここでずっといることはほとんど内定しているようなものだから。だから一々周りの言葉に反応してたら疲れるだけやからね。だから外面ばっかり気にして内側にあるものは何にも見せようとしなかった」

「……そっか」

「うん。でも……ちょっと瀧くんに感謝もしとったよ。確かに瀧くんは私の身体で色々好き勝手しとったけど」

 

 グサリと刺さる三葉の言葉。瀧は思い当る節があり過ぎて(主に毎朝の日課)、図星を突かれたように引き笑いになる。

 

「髪の毛はしっかりしないし、下着はちゃんとつけないし、男子の目があるのに飛んだり跳ねたりするし、脚は開くし、マイケルの真似するし、体育で無駄に目立つし、胸は揉むし……言ってたらムカついてきた」

「そ、それは言ったらキリがないだろ!?」

「――でも、瀧くんは私のことを思って行動してくれてたよね」

 

 三葉は瀧の言葉を遮るように、そう言った。

 

「泣いてる四葉をフォローしてくれて、後から聞いたけどこの山を登った時、お婆ちゃんをおぶってくれたんやよね? ……でも一番は、たぶん私の言えないことを私の代わりに言ってくれたこと」

「……あれか」

「うん。私が影口を叩かれてる時、いつも瀧くんはちょっと荒っぽい方法だけど、助けてくれたよ。それで最初は勝手にせんといて! って言ってたけど、本音はいつもありがとう、だったの」

「……別に。俺はああいうの嫌いなだけ。ああいう陰湿なのがムカついただけだ」

「でも、それをはっきり言うのは中々出来ないことだと思う。実際に他のクラスメイトは誰も言えなかったんだもん」

 

 瀧が恥ずかしがろうと、それは確定的なのだ。

 三葉は少し恥ずかしがる瀧に面白がって言葉を立て掛ける。

 

「そんな瀧くんだもん。私越しであっても、さやちんもテッシーも瀧くんのことを友達って認めてたと思う。だから二人とも仲良くなれたんだと思うよ?」

「……やめろって。何か、恥ずかしい」

「ううん、やめへんよ。あ、そういえば胸は揉む癖にお風呂は絶対に入らんかったよね、瀧くん」

「……それは境目として、ちゃんとしないといけないと思ったからだよ。揉むのは我慢できなかったけど、三葉の全裸を自分から見るのはなんか違うなって思ったんだよ」

 

 実際に、胸を揉む時も服の上からしか揉まなかったしな、などとも漏らす瀧。

 ……そのとき、ふと瀧はお風呂というキーワードで思い出したことがあった。

 

「――おい三葉。お前、実は俺の身体でお風呂入ってただろ」

「……へ?」

 

 ……今まで自分が優勢のままで会話が進んでいたため、三葉は油断をしていた。そのため瀧の突然の発言に態度を隠すことなく反応してしまったのだ。

 

「な、なんのこと?」

「しらを切るなよ? お前が入った次の日に、俺の頭からシャンプーの匂いがしたんだよ。親父に聞いたら、昨日普通にお風呂入ってたって言ってたからな」

「……な、なんのことなか~? 三葉さん、ちょっとそこは思い出してないや~」

 

 瀧のジト目が、三葉に突き刺さる。

 ――もちろん、嘘である。

 瀧の言う通り、三葉はしっかりとお風呂に入っていた。

 女の子のため、一日の汗をしっかりと洗い流さないと気持ちが悪いことと――単に男の子の身体に興味があったのだ。

 自分とは違う肉体。自分よりも背丈が高く、声が低くて身体が全体的に筋肉質。……思春期の男子が女子の身体に興味津々なのと同様に、三葉もまた興味があったのだった。

 

「三葉。俺だけ責めて、自分だけ逃げるのはちょっと違うと思うんだよ。な、三葉?」

「うぅぅ……その、ね? 中身は女の子やし、お風呂入らんかったら気持ち悪くて、その……ごめんなさい」

 

 三葉は言い訳のしようがないことを悟ったのか、素直に謝る。

 そんな三葉を見て、瀧は少し悪戯な表情を浮かべながら彼女の頭を撫でた。

 

「……ま、おあいこだけどな。この話題は二人とも傷つくから止めようぜ」

「そ、そうだね」

 

 二人はその意見に同調した。

 ――そして、ふと少しずつ沈む日を見つめた。

 

「綺麗だね」

 

 ふと三葉は夕陽が差し込む糸守を見て、呟いた。

 二つに増えた糸守湖の水面はカタワレ時の夕陽によって反射され、ただひたすらに美しい光景を写していた。

 まるで現実ではないような、幻想的な光景。奇跡のような光景。

 ……三葉は、瀧は、この状況を不思議に思っていた。

 あの日、この場所で二人は出会い、全てを忘れた。

 二人にとってこの御神体は奇跡を起こしてくれる場所であると同時に、大切なことを忘れた場所でもある。

 ――もしかしたら、奇跡は一時だけで、また忘れてしまうのかもしれない。

 あの時、ここで再会し、ここで別れた。

 未来を変えるために、二人は代償として互いのことをすべて忘れた。

 

「……ねぇ、瀧くん」

 

 三葉は瀧の手を少し強く握る。

 キュッと、その存在を確かめるように。

 

「……怖いよな」

 

 ――そんな三葉の心を理解しているように、瀧はそう言った。

 瀧は三葉の方を見ることなく、糸守を見下ろしながら呟いた。

 

「……うん。怖いよ。今、こうして瀧くんと話していることが、どうしようもなく幸せすぎて――それを忘れてしまうのかもしれないって考えたら……、どうしようもなく、怖い……ッ」

「……そうだな――俺も、苦しかったし、怖かったよ」

 

 瀧は思い出すように話す。

 ――あの日、カタワレ時に三葉と出会い、語らい、触れ合ったあの日。あの時の時間を、今は鮮明に思い出せる。

 しかしカタワレ時が終わり、次第に消えていった。三葉との語らいも、触れ合いも、名前でさえも。

 奇跡の代償を支払うように、嫌なほど綺麗に忘れてしまった。

 その怖さを、今なら思い出せる。

 

「大切な人って理解しているのに、少しずつ消えていくんだ。君のことが……。辛かった。涙も流した。――でも今は違うんだ」

 

 瀧は立ち上がって、空を見上げた。

 その声は恐れなどない晴れ晴れとした声で、明々と話を続けた。

 

「忘れていても、忘れないことはあった。三葉とちゃんと出会って、それだけは断言できる。俺は君を探していたって。世界中の誰よりも、君と出会いたくて、君を探して――見つけたんだ」

「瀧くん……ッ」

「……だから今、あの時言えなかったことを言うよ――例え三葉は世界中のどこに居たって、俺が必ず逢いに行く。……つっても、出会ってるんだけどさ」

 

 ……瀧は少し苦笑しながら、三葉に手を伸ばした。

 

「……そっか。それなら、私も怖くないよ」

 

 その手を、三葉は握る。

 三葉は立ち上がり、瀧を見上げた。

 

「この手は、もう二度と離してなんてやらないんやよ。覚悟してね、瀧くん――ずっと、この手は離さないだから」

「望むところだ。……よし」

 

 ――その時、瀧は意を決するように意気込んだ。

 瀧は自分の鞄をあけ、その中から箱のようなものを取り出した。

 三葉は瀧のその姿を不思議そうに見つめながら、彼のことを待っていると、瀧は覚悟を決めたように立ち上がる。

 

「……本当なら、もっと先にしようと思っていたんだ。まだ早いかなって、先に買うだけ買って、中々勇気が出なくて――でも今しかないって思ったんだ」

「今しかないって、瀧くん何言って……」

 

 ――その瞬間、沈みかけていたはずの日の光が一瞬、強く輝いた。

 三葉は、自分の前に出されたものを見て、言葉を失う。

 言葉を失った後に初めて出したのは、言葉ではなく――涙だった。

 

「あ、こ、これって……そ、その……」

「…………」

 

 三葉はアワアワとした声で狼狽した。

 瀧が差し出した箱の中身と、その意味を理解すると余計に何も考えられなくなった。

 ――嬉しすぎて。ただ嬉しくて、慌てた。

 

「……まだまだ俺、三葉のことを支えるくらいにしっかりと自立は出来ない。社会人一年目で、未熟かもしれない――でも俺、絶対に三葉と幸せになる自信があるんだ。三葉となら、どんな困難でも二人で乗り切れる。何年も、何十年も、何億光年だって!!」

 

 紡ぐ言葉は、彼女への誓い。

 三葉は瀧から発せられる感情的で、ぶっつけ本番の本音を何度も頷いて応えた。

 

「だから、その……こんなとき、なんて言葉を言えば良いかわかんないけど――」

 

 ――瀧が視線を逸らした瞬間、三葉は彼にキスをした。

 瀧はその行為に驚いて目を見開くも……すぐに心を落ち着かせた。

 唇がゆっくりと離れる。

 ……三葉は何も言わず、瀧に笑顔を見せた。そこには先ほどまで見せた慌てた素振りはなく、ただ瀧の言葉を待っていた。

 ……瀧は一度、深呼吸して――

 

「俺は――立花瀧は、宮水三葉のことを、心の底から愛しています。だから、俺とずっと一緒に同じ人生を歩んでくれませんか?」

「――はい。喜んで」

 

 ――瀧の言葉に、三葉は一瞬の躊躇いもなく頷いて見せた。

 瀧に左手の差し出す。

 

「……このことだって忘れるかもしれないのに。瀧くんって本当にあほよね。ロマン的に最高だけど、後のことを何も考えてないでしょ?」

「……自分でも馬鹿って分かってるよ――もし忘れたなら、その時は忘れてしまった俺が悪いから、未来の俺がどうにか三葉に想いを伝えるよ」

「……じゃあ三葉さんがそんな瀧くんに教えてあげる――例えどんな場面でも、私は瀧くんの想いを受け止める自信があるよ?」

「じゃあ、安心だよな」

 

 ……瀧は箱から婚約指輪を取り出し、三葉の左手の薬指に嵌めた。

 指に金属の冷たさが伝わる度に三葉の心は温かくなり、彼のことを愛おしくなる。

 三葉の指に婚約指輪が嵌り、彼女はそれを眺めるために手を開いた。

 

「……言葉に出来ないね。実感がないっていうか、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうやよ」

「……めちゃくちゃ緊張したんだからな。たぶん三葉に会って一番頑張ったよ、俺」

 

 ――二人は笑い合う。

 幸せそうに、手と手を取り合って。

 ……そんな幸せな時間は、本当にあっという間に過ぎてしまう。

 少しずつ色褪せていく空が、濃紺に向けて染まっていく様が確認できた。

 それはこの時間の終わりを告げていた。カタワレ時の終わり。

 ――忘れるかもしれない。忘れないのかもしれない。どう転ぶかは二人でさえ分からない。

 ……そんなとき、瀧は三葉に声を掛けた。

 

「……あの時は、手の平に名前を書こうとしてたよな。忘れないために」

「瀧くん、名前書くって言った癖に好きだって書いたよね?」

「あ、あれは! ……絶対忘れないって思ったから、先に言いにくいことを言おうって思って」

「――分かってるよ。そんなこと」

 

 どうなるか分からない状況下でも、それでも――二人には確信があった。

 

「――じゃあさ、前みたいに最後に手の平にメッセージ書こうぜ」

「……良いね、それ。忘れちゃった場合の防止策?」

「それもあるし、普通にやってみたい。あの時は時間が足りなかったけど、今なら大丈夫だろ?」

 

 瀧は鞄からマジックペンを取り出して、キャップを外して三葉の手の平に書き込む。

 その間、三葉はそれを見ようとせず、書き終るとペンを受け取った。

 

「何書いたかは、カタワレ時が終わってから見よ? ……じゃあ私も」

 

 ……三葉は瀧の手の平にマジックペンの先を滑らせる。優し気な微笑みを浮かばせて。このメッセージを見た後、彼はどのような反応をするか。それを思い浮かべると自然と笑みが零れたのだ。

 ……互いにメッセージを書いた手を握り合い、見つめ合った。

 

「……もうすぐ、終わっちゃうね。カタワレ時」

「あぁ。だけど――何があっても俺たちは」

 

 ――それを言おうとした瞬間だった。

 日は完全に沈み、そして――カタワレ時は、終わった。

 その瞬間、瀧と三葉は唐突に意識が薄れる。

 薄れゆく意識の中、二人は決して手を離さなかった。

 ……二人は確かな確信があった。

 それは――

 

●○●○

 

 ――目を覚ますと、そこには大切な人の顔があった。

 山頂の岩場にいる俺たち(私たち)は、何故か岩場の上で手をしっかりと繋いで眠っていた。

 

「んん……俺たち、なんでこんなところで眠ってたんだろ?」

「……なんでだろうね」

 

 三葉(瀧くん)は不思議そうな顔でこちらを見てくる。

 ……でもなんでだろう――この心が満たされたような気持ちは。

 ――何か、大切なことを忘れたような気がした。それなのに、なぜこんなにも心が満たされているんだろう。

 何かが分からないのに、どうして満足しているんだろう。

 今までにない感覚が、()の中にはあった。

 ――そう、()は感じた。

 

 

 ――ふと、私は自分の薬指にある違和感に気付いた。瀧くんと手を繋いでいるのに、金物を付けているような冷たさを感じた。

 そこにあったのは……指輪。

 

「え……えぇぇ!? な、なにこれ!?」

「ん、どうしたんだよ、三葉――はぁぁ!? な、なんで三葉、それつけてんだよ!?」

 

 それは、俺がいざという時にいつでも渡せるように用意していた、婚約指輪だった。

 なんでそれが三葉の薬指に嵌められているということに、心の底から驚きを隠せなかった。

 

「し、知らんよ!? っていうか、え? こ、これってそういうこと!?」

「そ、そういうことだけど、そういう事だけど!! 俺、渡した記憶ないんだけど!?」

「渡された記憶もないよ! っていうか瀧くん、こういう大切なことはもっとロマンチックな場面でね!?――っていうかもしかして、驚かそうと思って私が起きる前にこっそり……ッ!!」

「違うからな!? 流石の俺もその線引きくらいは分かるから!」

 

 ――そんな会話をする。

 起きたら意味の分からない状況になっている。

 そんなことがあったのは初めてだった――それなのに、何故だか昔に同じような状況にあったことがあるような気がした。

 なぜこうも、この意味の分からない状況下で心が満たされているのか。

 どうして今までほんの少しだけ残っていた不安が消えているのか。

 それは、自分たちでも分からなかった。

 何も覚えていないのに、それでも心が休まるのは初めてだった。

 ……ほんの少し、脳裏に宿るのは見知らぬ記憶。それは一瞬、風のように通り抜けて消えていく。

 ……忘れるんじゃなくて、脳裏に浸透して自分の一部になっている。そんな気がした。

 ――言い合いをしている中、俺たち(私たち)はふと空を見上げた。

 

「――あ。流れ星」

 

 そんな時、雲一つない空を一筋の流星が流れた。

 それは少しの間に何度も流れては消え、また流れる。

 その光景は昔見た光景にそっくりだった。

 ――9年前のティアマト彗星。甚大な悲劇を起こしたあの災害の大元。

 それでも……それでも、ただ美しいと感じた。

 

「……ここで見る流れ星は、特別に感じるな」

「そうだね――ん?」

 

 ……ふと、私は手の平にある違和感に気が付いた。

 それは俺も同じで、俺と三葉は同時に手を開いて、そこにあるものを見て目を見開いた。

 

「……これって――」

「……ほんと、何なんだろうな。これ」

 

 ()はその文字を見て、笑みを溢した。

 こんなものを、いつ書いたんだろうと。

 ――それを見て、また心が温かくなる。

 ……いつの間にか、手の平を見ることが癖になっていた。いつ頃かはしっかりとは覚えていない。本当にある日突然だった。

 ……その意味が、今ようやく繋がった気がした。

 ――全く、本当に三葉(瀧くん)は仕方がないと思った。

 こういう分かりにくい方法で、大切なことを伝えるんだから。

 だから、言ってやろう――答えを。

 

「――お前のことを、一生愛し続けるよ」

「――喜んで、君のお嫁さんになるんやよ?」

 

 ――そこにあったのは、一つのメッセージだった。

 たぶん、目の前のこいつ()が自分に送った大切なメッセージ。

 それは本当に率直で、幸せでしかないようなものだった。

 

 ――俺の手の平に描かれたメッセージは、「ずっと、愛してね?」だった。

 ――私の手の平に描かれたメッセージは、「結婚してください」だった。

 

 それを()は力強く頷いて、満点の星空の下でキスをする。

 流星がしきりに流れる中、()は心の底から強く願った。

 

 

 ――これから先のことを。たくさん色々なことを経験して、二人で成長していく未来を。

 その光景が次々と思い浮かんでいく。

 結婚して、子供を作って、父と母になって、年を取って、子供が結婚して、孫が出来て。

 

 ――結婚式では友人らを呼んで、盛大にしよう。

 ――子供は二人、男の子と女の子の二人が良いな。

 ――子供たちと一緒に色々な経験をして、幸せな家庭を築こう。

 ――子供たちが思春期になったら、その時は彼と一緒に苦難を乗り越えよう。

 ――あの日、テッシーと約束したことを絶対に果たそう。

 ――四葉と彼と三人で、いつまでも変わらない関係でいよう。

 

 ――きっとそれは、何にも替えられない幸せな光景だ!!

 

「――ねぇ瀧くん」

「……なんだ、三葉」

「これから先のこと。色々なことがあると思う」

「……そうだな。幸せだけじゃあ、すまないことだってあると思う。だけど――」

「――私たちなら、大丈夫だよ」

「――当たり前だろ?」

 

 ……これから先の幸せを願い――そのために必要なことをひたすらに願った。

 それは――どこまでも、何年でも、何十年先も。

 どんな時でも――

 夜空に流れる流星は、まるで何本もの糸が一つの場所に収束するように、ひたすらに流れる。

 それはまるで自分たちの今を、これからを現しているようだった。

 

「――瀧くんとなら。君とならどこまで」

「……ずっと一緒に」

 

 ――君と、ずっと……どこまでも、幸せに生きていこう。

 そんな未来を――二人で描き続けていく。




――お待たせしました、最新話であり、最終話です。
この話を書き始めてたくさんの方に読んでいただき、完結まで描くことが出来ました。
感無量というか、言葉に出来ないというのが素直な気持ちです。
自分が何かの作品を完結させたのは実は本作が初めてで、本当に上手く言葉に表せないです。
でも「君と、ずっと」という作品で自分が描きたかった二人の未来を描ききりました。
この後の後日談とかも考えたりしたんですが、それはこの作品内においては蛇足にしかならないと思うんですよね。
もちろんたくさんの方にもっと本作を読みたいって言っていただけることが多々あります。
そんな有難い読者さまの気持ちを汲みたいですが、本作で語ることはないです。それだけはご容赦ください。
……最後になりますが、まずはお礼を。
本作を投降し始めてから度々ランキングに載り、評価も常に赤をキープしていることを大変うれしく思っていました。君の名は。の原作部門の総合評価では本作が一位となっていることが本当に感無量です!
駄目な部分はしっかりと指摘してくださったこともありました。それもまた監視やしております。
感想を何度もくれた方も、誤字報告を毎回送ってくれた方も、ツイッターで絡んでくれた方も――全ての読者様、ありがとうございました!

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