君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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幸せな未来のサクセーション

「あー、このお写真、ママが泣いてるー」

 

 瀧と三葉の愛娘である双葉は、本棚の中にあったアルバムに挟まる写真の一枚を指差して、そんなことを言いだした。

 そんな双葉を膝の上に乗せて家族サービスをしている瀧は、娘の横から顔を覗かせてその一枚を見る。

 

「あぁ、それな。パパとママの結婚式の時の写真だよ」

「……ママきれいだね」

「そうだなぁ。ママはな、それはもう美人さんな上に化粧もばっちりだったから、それはもう綺麗でな。いや、今でも綺麗なんだけど」

「……パパ、ふたばはかわいい?」

「もちろん、世界で一番可愛いぞ」

「ママより?」

「……可愛さ部門ではぶっちぎりだよ」

 

 娘の何気ない嫉妬に上手に返す瀧は、少し頬を膨らませる娘の頭を優しく撫でた。すると満更でもないのか、双葉は蕩けた笑みを浮かべて父の胸に顔を埋める。

 ……双葉はもちろん母である三葉にも懐いているが、どちらかといえばお父さん子なのだ。瀧の子供たちとの距離間は絶妙で、非常に年下に好まれることが多い。それについては三葉も少しばかり嫉妬している様子である。

 

「でもパパ、しゃしんよりもいまのほうがかっこいいよー?」

「そっか、ありがとな」

「――でもうわきはだめだよ? パパ、ただでさえねんねんモテてきてるんだから」

「……お前は本当に耳年増だよ。っていうかモテないから。そんなことを言ったらママがすげぇ不安がるんだぞ?」

「え、でもよつはちゃんが、かいしゃでパパはにんきがすごいっていってたよ?」

「――あの野郎、今度仕事倍増にしてやる」

 

 今ではすっかり優秀な部下である義妹を思い出して、休日明けで顔を合わせる時にどうしてやろうかと考える瀧。

 そんなことをしていると、リビングにドタドタと足音が響いた。

 

「とうちゃん、そとでサッカーしよう!!」

「え、双葉とのんびりしてるから一人でゴーだ」

「――ちょっとはあそんでよー!!」

「……しゃーないなー。双葉、お兄ちゃんが我が儘ばかり言っているけど、どう思う?」

「……しかたないなー。おにいちゃんのためにいもうとがひとはだぬぎますかー」

「――ふたばがとうちゃんみたいになってるきがする」

 

 しかし遊んでもらえることが嬉しいのか、息子の龍一はサッカーボールを片手に先に庭に出て行った。双葉もなんだかんだで兄のことが大好きなのか、兄についていって一緒にサッカーで遊んでいる様子。

 

「あ、瀧くん。あとで買い物に行くんだけど、良い?」

 

 すると二階から洗濯籠をもって降りてきた三葉が、瀧にそう話しかけてきた。

 

「おう。車で行くか?」

「うん――って、アルバム見てたの?」

 

 すると三葉は机の上に広げられたアルバムを発見し、そしてそこにある写真を見る。

 

「……懐かしいね。結婚式の写真だね。しかも私、泣いてるし」

「そうだな。……8年くらい前じゃないか?」

「うん――そっか、もう8年も経ったんだね」

 

 時の流れの早さに驚きを隠せない二人である。

 

「結婚して、龍一が生まれて双葉が生まれて……私、ちゃんと瀧くんのお嫁さん出来てるかな?」

「バーカ。三葉で出来てなかったら誰も嫁に出来ねぇよ」

 

なぜか不安がる三葉の頭をクシャクシャと撫で回す瀧。

 

「そ、そういうのは子供たちだけにしてや! 恥ずかしい……」

「変に不安がるから悪い――心配しなくても三葉は良妻賢母で有名だから大丈夫だよ」

「ちょっと待って、どこで有名なん!? 瀧くん、もしかして会社で言いふらしてるんじゃ……ちょっと、顔を合わせなさーい!」

 

――結婚8年目の夫婦の会話である。良くも悪くも変わらない二人をじっと見つめるのは、彼らの愛息子と愛娘。庭から二人を見つめていた。

 

「おにーちゃん、パパとママがイチャイチャしてる!」

「よつはちゃんに報告だ!!」

「「――それだけはやめてー!!」」

 

――立花夫婦の全力の叫び声が重なり響くのであった。

……風が吹き、アルバムの次のページが捲られる。

それは、二人にとっての最愛の()に泣かされた思い出だ。

写真には三人泣き腫らした顔で、しかし確かな笑顔で写真に映っている。幸せな記憶、二度と忘れない出来事だ。

――幸せな未来へのサクサーション。続きの話は、もう少しだけ続く。

 

 

○●○●

 恐らく、この会場の誰よりも緊張をしているのは私である――そんなことを考えている私、宮水四葉の心臓はバクバクとうるさいくらいに木霊していた。

 髪の毛をきっちりと整え、高校の制服を着て豪華絢爛な椅子に座り、借りてきた猫のようにちょこんと座っている。

 ……こういうことは慣れていないというのもあるけど、それ以上に大きいのは不安だ。

 ――お姉ちゃんと瀧くんの結婚式が本当にあと少しで始まる。既に結婚式に参加する人は大方は集まっているようだけど、ほぼ大半が私よりも大人だ。少なくとも高校の制服を着た人なんて一人もいない。

 

「なにを緊張しとるんや、四葉」

「そ、そんなことないよ?」

 

 嘘である。

 私の左側に座る、いつもよりも豪華な着物を着込んでいるおばあちゃんが呆れるようにため息を吐いていた。

 ……しかし緊張していても仕方ないというのはわかってる。だってこれは私の大舞台でも晴れ舞台でもない、この世界で一番大好きな二人の晴れ舞台なのだから。

 私が緊張していることはもっと別のこと。それは足元にある、紙袋の中身のことだ。

 ――二人へ向けたプレゼント。色々と考えて用意したそれは、決して高価なものではない。だけど私の思いが全部こもっている。お姉ちゃんへ向けた想いと瀧くんに向けた想い。色々と複雑な気持ちはあるけれども、それでも伝えたいことをこのプレゼントに乗せた――と思いたい。

 ……すると私に近づいてくる影が二つ。

 

「――えっと、四葉ちゃんだっけか? かなり前のクリスマス以来だな!」

「俺は少し前に瀧と会ったけどな。久しぶり、四葉ちゃん」

 

 瀧くんの親友の高木真太さんと藤井司さんだ。しっかりとスーツを着込んだ二人が、親友の晴れ舞台に足を運ばせたんだろう。

 私の方に近づいて、挨拶をしてくれた。

 

「お久しぶりです! 藤井さんは……そうですね、一週間前にちょっと会いましたね」

 

 私と瀧くんがお買い物の約束をしていて、それまでの時間を藤井さんと会っていたそうで、そこで私は彼に再会した。

 ……すると藤井さんは目ざとく、私の足元のものを発見した。

 

「……頑張って」

「は、はい」

 

 私の肩に手を置いて、全てを悟ったようにそういう藤井さん。この人、無駄に鋭いって瀧くんがいっていたけど、本当にそうだ。

 ……二人は私に挨拶を済ますと、次は私の近くのおばあちゃん、そしてお父さんの方に向かっていった。

 お父さんはなんというか、近づき難いオーラのようなものがある。しかしそんなことをはお構いなしに話しかける二人は流石だ。

 

「初めまして。私は立花瀧の親友の藤井司といいます。三葉さんとも少しばかり交流がありまして、ご挨拶に来ました。こっちは同じ親友の……」

「高木真太です! 今日はちょっと司会を頼まれているんで、前の方で騒がしくすると思うんで、そこのところは平にご容赦でお願いします!」

「あぁ、三葉と瀧くんから話はよく聞いているよ。今日は私の子供たちのために来てくれてありがとう。それと、ぜひとも今後とも二人をよろしく頼むよ」

「老婆のことは気にせず、好きにするとええよ」

 

 ……お父さんは本当に穏やかになった。今でも見た目は厳格だけど、それでも物腰は昔のように張り詰めたものではなくなった。

 流石に結婚のときは色々と大変だったけれど、今ではもう瀧くんのことを息子のように思っているからね。

 おばあちゃんは相変わらずだけど。

 ……私たちへの挨拶を済ますと、二人は手を軽く振りながらその場から離れていく。

 

「……あ、いた」

 

 私は少し遠い席に顔見知りを見つけ、バッと席を立ってそっちのほうに小走りで向かっていった。

 

「テッシー、さやちん! ……と、奥寺さん!!」

 

 その席はお姉ちゃんと瀧くんの友人席で、そこに三人が座っていた。奥寺さんはお姉ちゃんたちと同世代で、その繋がりがあってかすぐに打ち解けて仲良くなったんだよね。だから私も少し顔見知りで、前はご飯をご馳走になったりもしていた。

 

「四葉ちゃん、やっほー。メイクもばっちりだし、流石は三葉ちゃんの妹。可愛いのぉ~」

「ちょ、奥寺さん!」

 

 奥寺さんは私の頬に手を添えてこねるように触ってくる。嫌ではないけど、なんか子供扱いされているようで複雑。もちろん悪意はないんだろうけどね。

 ……しかし奥寺さんは綺麗だ。スタイル抜群で、大人の色気がすごい。これで人妻なんだから、さぞ会社では男性にモテるんだろうな。

 対するさやちんはなんていうか……安心する。

 

「ちょ、四葉ちゃん! 今、私とミキちゃん交互に見てほっこりしたやろ!? どういうこと!? ねぇ、どういうこと!?」

「あはは、そんなことないよー。さやちんはなんか見てて安心するの」

「――それ、全然褒めてへんよね!?」

 

 ……さやちんも綺麗ではあると思うけど、奥寺さんに比べればね。それにどちらかといえば可愛い系だし。

 ――そう思うとお姉ちゃんってどっちでもないよね。可愛い系でもあるし、綺麗系でもある。ちょうどその中間地点の良い位置。

 ……私はどっちなんだろう。後で瀧くんに聞いてみよう。

 

「そんで、どうや? 瀧と三葉は」

 

 するとテッシーは私にそう聞いてきた。

 どう、と聞かれれば――

 

「普通だったよ。なんか、いつも通り過ぎて肩透かしというか……あ、でもお姉ちゃんは結構すごいことになってるかも」

「すごいこと?」

「うん。胸元とか、お化粧とか」

「…………」

 

 ……あ、テッシーがゴクリと飲んだ。きっとお姉ちゃんのその姿を想像したんだろう。隣のさやちんはすごく怒って彼に掴みかかっていた。

 

「あんた、三葉を変な目で見たら許さんよ!!」

「そ、そんな目で見ん!! っていうかなんも言っとらんやろ!?」

「鼻がのびてるんやさ!」

 

 ……微笑ましいなぁ。ちなみに奥寺さんも同じような目だった。

 

「……四葉ちゃん、そろそろ時間だから席に戻りなよ」

「あ、はい。……じゃあ今日は、よろしくお願いします!」

 

 私は奥寺さんに言われるがまま自分の席に戻る。私が戻るとおばあちゃんが一瞥するが、特に何も言わずに前を向いてしまった。

 ――そうしていると、アナウンスが入った。

 お父さんは一旦席を立って別室に向かう。たぶん新婦であるお姉ちゃんの下に向かったんだろう。

 挙式が始まると途端に静かになる。私の方が何故かドキドキとしてきた。

 ちょっと前にさやちんとテッシーの結婚式があったばかりだから流れを知っているはずなのに、あの時とは違う緊張感に包まれる。

 ――すると、新郎である瀧くんが、脇から現れた。

 ……かっこいいと、素直に思った。

 白いタキシードに身を包んでいて、いつもよりも髪型をしっかりと整えていた。表情は堂々としていて、不安な要素が全くないといわんばかりの微笑を浮かべている。

 ……ふと瀧くんは私の方を見た。

 

「……がんばれ、瀧くん」

 

 小声で私がそういうと、瀧くんは私に向けて笑みを浮かべてくれる。

 

『ご来賓の皆様、大変長らくお待たせしました。これより、新婦の入場となります』

 

 ――そして、アナウンスが流れる。チャペルの扉が開き、そこから二つの人影が見えた。

 一つはお父さんで、もう一つがお姉ちゃん。

 ……私は今一度、お姉ちゃんの姿を目視する。

 ――あぁ、綺麗な人だな、と。そう改めて思った。お父さんに手を引かれて歩くお姉ちゃんは、晴れやかな表情を浮かべて一歩、また一歩と、瀧くんに向かって歩いていく。

 その道中、お姉ちゃんを祝福する声が聞こえた。私たちの席は一番前だから、通るのは最後だ。

 ……近づいてくると、胸が嫌なほどにドキドキとうるさくなる。あぁ、この鼓動はいつになったら収まってくれるのだろう。

 ――お姉ちゃんが、私の隣にくる。今まで周りに向いていた視線は私に向き、そして顔があったとき……私は自然と声が出た。

 

「お姉ちゃん、おめでとう!」

 

 ……私の祝福の言葉を聞くと、お姉ちゃんはにこりと笑って一瞬私の頭を撫でた。しかしその手はすぐに離れ、お姉ちゃんは瀧くんの方に歩いていってしまう。

 ――あぁ、懐かしい手だった。優しく私の頭を撫でてくれる、姉の手。昔から何かあったときはいつもやさしくて、たまに変だけど強いお姉ちゃん。

 ……離れていく感覚に囚われる。そんな風に思ってしまう自分がどうしようもなく情けない。

 

「……幸せにしてくれないと、許さないからね」

 

 ……小声で私は瀧くんに向かって、そう呟いた。

 ――それはお姉ちゃんのことでもあるし、きっと私のことでもある。お姉ちゃんを幸せにするのなら、妹の私も幸せにしてくれないといけないっていう、すごく自分勝手な言い分だ。

 だけどあの人は、そんなことを言わずともそうしてくれる――だからずるいんだよね。

 ……そして、二人が結ばれる挙式が始まった。

 

○●○●

 

 ――目の前にいる彼女が綺麗だと、彼は心の中で思っていた。

 緊張なんてしない、なんて思っていたが、実際にこの場に立ってみるとそんなことがあるはずがない。周りから見たら堂々としているその姿も、内心は緊張だらけなのだ。

 ……それも最愛の彼女が隣に来ることで消えてくれた。今は不安などない。

 

「新郎、瀧殿」

「はい」

 

 ……神父の優しげな問いかけがかかる。瀧はそれに応えると、神父は恒例の言葉を口にした。

 

「あなたはこの女性を健やかな時も、病める時も富める時も、良い時も悪い時も。どんな時でも愛し合い、敬い、慰め助けて、変わらなく永遠の愛を誓いますか?」

「はい、誓います」

「よろしい――それでは新婦、三葉殿」

 

 神父に呼ばれて一瞬だけビクッとする三葉。そんな彼女の手をそっと握る瀧。

 

「はい」

「あなたはこの男性を健やかな時も、病める時も富める時も。どんな時でも愛し合い、敬い、慰め助けて支え合い、変わらない永遠の愛を誓いますか?」

「――誓います。必ず」

 

 よろしい、と神父が言った。

 ……そして次が最後の誓いだ。

 

「あなたたちは、自分自身の全てを互いに捧げることを誓いますか?」

「「――誓います」」

「よろしい。ではここに永遠の愛を誓うための証明として、指輪を」

 

 神父の言葉を聞いて、瀧は指輪を取り出し、三葉の細い指にすっと嵌めた。そして彼女のヴェールを上げて、彼女と向き合う。

 ……彼女の顔は赤く染まっていた。

 

「……顔、真っ赤だぞ」

「うん……なんか、これで瀧くんとずっと一緒だなって思ったら、緊張してきちゃって――きっと嬉しいんだよ」

「よくそんなことを公衆の面前で言えるな」

 

 だがそれを嫌がるそぶりは見せない。

 

「まだまだ俺はさ、未熟だよ。社会人としても男としても半人前だと思う――それでも俺は三葉を守っていける自信があるんだ」

「……うん」

「だから――俺と一緒に、幸せになってくれますか?」

 

 瀧の言葉がチャペルに響く。その言葉を聞いて涙を浮かべる人がいて、ジーンと感動をするものがいた。聞いている方が恥ずかしくなるような言葉。

 ……そんな瀧の心の底からの本音を、三葉はチャペルに負けないほどの明るい笑顔で応えた。

 

「――幸せに、してください」

 

 ――二人だけの誓いが、結ばれる。

 そして次第に二人は顔を近づける。神父から誓いのキスの催促があったからだ。

 ……キスなど、何度でもしてきた。

 だけど、このキスは人生で一度きりと大切なものだ。永遠の愛を誓うためのキス。そして――二人の新しい一歩を踏み出すための、そんな誓い。

 

「「――」」

 

 重なる唇。

 交差する吐息。

 会場は息を呑むようにその美しい光景を目の当たりにした。

 ――こうなったこと自体が奇跡なのではないかと、誰かが思った。

 糸守を襲った未曾有の災害で三葉がもしも死んでいたら、決して見えなかった光景。

 ……奇跡が起きて、町の住民のほとんどが生き延びた。

 

 

 

 ――誰も知らないだろう。大切な人を守るために時空さえも超えて、懸命に救おうとした少年少女の物語など。そしてその二人が結ばれる奇跡の一瞬であるということなど。

 知らない。だけど――それは確かにあったこと。

 そして、それは今もずっと残っている――二人の心の中で、今もまだ残り続けているのだ。





とのことで蛇足編、第二幕でございます。

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