梨花ちゃんと羽入に別れを告げ古手神社を出た俺は一度自宅に帰るために帰路についていた。
なぜ一度帰るかと言うと礼奈と合流して悟史と沙都子に引っ越しのことを言うためだ。
・・・・気が重い。
梨花ちゃんの時もそうだったが好きな人と別れるのはどうしても堪える。
礼奈には1人で行くと言ったのだが、自分で言いたいと真剣な顔で言われたので一緒に行くことになった。
「・・・・はぁ」
ため息をつきながら歩いているとあっという間に家が見えてきた。
近くにつれ家の前に誰かが立っているのが見える。
「・・・・礼奈」
近くまで行くとそこには礼奈が立っていた。
「お兄ちゃん」
俺が呼ぶと礼奈はこちらに近づいてくる。
俺の帰りを待っていたようだ。
「すまん。待ったか?」
「ううん。大丈夫だよ」
「・・・・行くか」
「・・・・うん」
俺がそう言うと礼奈は一瞬暗い顔をしたが、すぐに覚悟を決めた顔になった。
俺の妹は本当に強いな。
決意した礼奈の顔はとてもかっこよかった。
そんな顔を見てしまったら兄の俺が情けない顔をするわけにはいかなくなる。
妹の覚悟を見て俺も覚悟を決める。
「行こう礼奈」
「うん!」
2人で硬く手を握りあって悟史と沙都子が待つ、いつもの集合場所に向かった。
◇
「灯火、礼奈やっと来たね。今日は随分と遅かったね」
「お二人とも!遅いですわよ!」
集合場所に行くといつものように悟史と沙都子がすでに集合していて沙都子がプンプンっといった様子で怒り、悟史がそれを見て苦笑いをしている。
涙が出そうなほどいつもの光景だ。
「ごめんねー沙都子ちゃん」
礼奈が申し訳なさそうに謝ると沙都子は慌てて礼奈にフォローを入れる。
「礼奈さんは悪くありませんわ!全て礼奈さんの横に立っている遅刻魔のせいですの!」
ビシ!っと俺には指さしながらそう言う沙都子。
「・・・・おいおい俺のせいかよ」
「違いますの?」
「違わない」
「ほら見なさい!灯火さんのせいで礼奈さんまで遅刻しているのですよ!少しは兄らしくしっかりしてくださいまし」
「・・・・耳がいてぇー」
「あはは、ごめんね沙都子ちゃん」
俺が耳を押さえていると横で礼奈が苦笑いをしていた。
「はいはい沙都子。あんまり灯火をいじめちゃダメだよ?」
「いじめではありませんわ!しつけですの!」
「おい」
「あはは、それで今日はどうするの?」
悟史が苦笑いしながら俺に聞いてくる。
そこで取り繕っていた仮面が剥がれる。
言うなら早い方がいいだろう。
「・・・・今日は」
心臓が締め付けられるような苦しさを感じる。
だが、礼奈に言わすわけにいかない、俺が言うべきだ。
「お前らに言わなきゃいけないことがある」
「・・・・どうしたの灯火?すごく辛そうだよ」
「灯火さん?大丈夫ですの?何か嫌なことでも」
悟史と沙都子が俺を心配そうに覗きこむ。
二人の優しさに口が閉じそうになるがそれでも言わなければならない。
「・・・・実は」
俺は閉じたくなる口をなんとか開き、悟史と沙都子に引っ越しのことを話し始めた。
◇
「・・・・そんな」
「うそ・・・・ですわよね?」
俺の話を聞くと2人とも今にも死んでしまいそうな顔で震えながら俺の顔を見ている。
その顔は今すぐにさっきの話は嘘だと言ってくれと言っている。
「・・・・ごめん」
俺も嘘だと言いたい、でもどうしようもないほどにこれは真実だ。
「・・・・っ!!」
悟史は顔を悲痛に歪ませる。
「そんなのイヤですわ!灯火さんと礼奈さんと会えなくなるなんて、いや、いや!!」
沙都子は大粒の涙を流しながら固く目を閉じながら座り込み泣き叫ぶ。
まるで真実を受け止めたくなくて目を閉じて真実を受け入れなくしているようだ。
俺は2人になんて声をかければいいかわからない。
何を言えばいい?
梨花ちゃんの時は引っ越しの件がうやむやになったから、ここまで感情が荒れることはなかった。
園崎家に頼んでここに帰ってくると言う?
まだ確定でもないことを言って希望を持たせるのか?
二人にはこれから辛い未来が待ってるんだぞ。
二人を救うのは月に一回帰ってくる程度でどうにか出来る問題なのか?
2人の泣いている姿を見ると自分の中からふつふつと怒りの感情が湧きあがってくる。
「・・・・くそ!!」
2人の姿を見て叫ぶ。
なんで俺たちが別れないとダメなんだよ!
せっかく仲良くなったのに!
これから辛い目に会うかもしれない二人を傍で守りたいのに!!
一緒にいてやりたいのに!それすら出来ないのか!!
目から自然と涙がこぼれた。その姿を見せないように顔を下に向ける。
地面は俺の涙が落ちた箇所で濡れ、次第にその範囲を大きくしていった。
雰囲気は重く冷たく。
俺たちの嗚咽だけが響く。
そんな中、礼奈だけがしっかりと顔を上げていた。
「沙都子ちゃん」
礼奈は泣いている沙都子に近づき、優しく抱きしめる。
「うぅ、ひっく。礼奈、さん」
「沙都子ちゃん。これはお別れじゃないよ。だから私はさよならは言わない。だって絶対また会えるから」
「・・・・礼奈」
俺は沙都子に語りかける礼奈を見守り、俺の横では悟史も同じように礼奈と沙都子の光景を見守っていた。
「お兄ちゃんが言ってた。確かにこれからは会いにくくなるけど、会えない分だけ次に会った時、会えなかった分すごく嬉しい気持ちが溢れてくるって。だからその時のことを考えて2人で笑おうって」
「・・・・」
「だから笑おうよ。またねって涙を笑顔に変えて手を振ろうよ。いつかまた会えるのを楽しみにしながらお兄ちゃんと帰ろうよ」
「・・・・礼奈さん」
「大丈夫。礼奈も沙都子ちゃんも1人じゃない、私たちにはとっても頼りになってかっこいい大好きなお兄ちゃんがいるんだから!」
礼奈は暗い空気を吹き飛ばすような最高な笑顔で最高な言葉を言ってくれた。
・・・・本当に、礼奈には敵わないな。
思わず見惚れてしまうほど綺麗に笑う礼奈を見て心の底からそう思った。
「・・・・にーに」
「そうだね。沙都子には僕がついてるよ」
沙都子が見上げた先には穏やかな笑顔の悟史がいた。
悟史は沙都子の頭を優しく撫でる。
「二人で灯火たちが帰ってくるのを待っていよう、次に会う時のことを楽しみに考えながら」
そう言って微笑む悟史に沙都子は涙を浮かべながらも頷く。
「・・・・わかりましたわ」
沙都子は悟史を見上げた後。袖で涙を拭き、真剣な顔になる。
「礼奈さん灯火さん。わたくしは待ってますわ!またお二人と会えるのをずっと!」
沙都子はしっかりと力のこもった声でそう言った。
「沙都子ちゃん!」
礼奈は涙ぐみながら再び沙都子に抱きつく。
抱き着かれた沙都子はまた目に涙を浮かべ、そして二人そろって泣き出した。
「灯火」
「・・・・悟史」
悟史が俺の方を向いて名前を呼ぶので俺も悟史に向き直る。
「離れていても僕たち・・・・友達だよね?」
「当たり前だ」
悟史の言葉に俺は即答する。
当たり前だ。
お前は俺にとって初めての友達なんだから。
「・・・・よかった」
安心したように息をはく悟史。
それを見て俺という友達をどれだけ大事に思っているかを感じ嬉しくなる。
「悟史、これは渡しておく」
俺は持ってきていたバッグからあるものを悟史に渡す。
「これは、手紙と切手?」
悟史の手には俺が渡した大量の手紙と切手がある。
「これなら離れてても連絡ができるだろ?」
手紙の中には俺の新しい住所がすでに書かれているから切手を貼って出すだけだ。
そう。これから辛い時期に入る悟史のストレスを少しでも軽減できないかと考えたのが文通である。
乙女だって?なんとでも言えこのやろう!!
「灯火、すごく嬉しいよ。ありがとう!絶対毎日書くよ!」
「悟史。この手紙には辛いことがあったら必ず書け。辛いことを一人で抱え込もうとは絶対にするな!辛い時はこの手紙に思ったこと、辛かったことを全部書け!いいな!約束だぞ!」
俺が悟史を見つめながらそう言うと悟史は瞳を潤ませながら頷く。
「・・・・わかった!辛いことがあったら書かせてもらうよ」
「俺も園崎家にお願いしてなるべく帰るようにする」
「もう魅音と詩音にはお別れしたの?」
「・・・・まだなんだよなぁ」
最後にして1番めんどくさいとこが残ってるんだよね。
「・・・・頑張れ灯火!」
俺の肩に手を置きニコッと笑う悟史。
「他人事だと思いやがって」
もしかしたら殺られちゃうかもしれないんだよ?
「案外力ずくで灯火の引越しをなくしちゃうんじゃない?」
「まさか。あるわけないだろ」
いくら魅音と詩音が茜さんに頼もうと、無理があるというものだ。
「離れたくないからって友達の引越しをなくすなんてあるわけないだろ」