「・・・・こんばんは鷹野さん、本当に夜風が気持ちいいですね」
身体に冷汗が流れるのを感じながらなんとか冷静に言葉を返す。
「今日、すごい大勢の人がお見舞いに来てたわね。それも園崎家に古手家、村長の公由さんまで来るなんて、ふふふ・・・・村の偉い方と仲が良いのね」
「・・・・そうですね、仲良くさせてもらってます。別に狙ったわけじゃないですけどね」
「ふふふ、ごめんなさいね。別に嫌味で言ったわけじゃないのよ?」
そう言ってクスクスと笑う鷹野さん。
うん・・・・小さく笑う姿は美人だなって思うけど、やっぱり怖いな。
だって俺を見る目・・・・完全にモルモットを見る目なんだもん。
園崎家と関わりだしてから俺はいろんな視線を浴びてきた。
怒りや恐怖、そして畏怖。
色んな目を見てきたからわかるのだ。この人は俺のことを、ただの雛見沢症候群を解明するためのモルモットとしか見ていない。
子供に向けていい視線じゃないぞ!いや、もちろん大人にだって向けちゃダメなんだけどさ。
「・・・・こんな時間にどうしたんですか?ナースコールを使った覚えもないんですけど」
「ふふふ、そんなに警戒しないでちょうだい。あなたが悪い誘拐犯を見事撃退したって話を聞いたから、ちょっと話を聞いてみたくなっただけよ」
いやいや、絶対撃退された本人から話聞いてるでしょ。
噛み千切るぐらいの気持ちで噛み付いたからな、きっと今も痛みに苦しんでるに違いない。
あれ?・・・・・そう考えたら今の状況ってやばくね。
だってここって言わば敵の本拠地でしょ?
しかも目の前にいる人って、死神たちの親玉でしょ?
何も見えないくらい暗い夜。
静まり返った室内。
俺のせいでイライラしているであろう誘拐犯の男。
不気味に笑う鷹野さん。
いや落ち着け!クールになるんだ竜宮灯火。
いきなり俺の中の雛見沢の怖い人ランキングTOP5の第1位に輝く人が現れてビビったが、今の鷹野さんは梨花ちゃんを殺そうと考えてはいないし、研究がバレるリスクを背負ってまで俺に危害を加える理由だってないはずだ。
腹が膨れたライオンが目の前を歩く草食動物を見逃すように、今の鷹野さんは今の現状に満足しているはずなのだから。
ん?・・・・よく考えたらまだこの時って梨花ちゃんが雛見沢症候群の女王感染者だって気づいてないんじゃね?
梨花ちゃんからも病院で検査をしているって話は聞いてないし。
しかも今ってまだ雛見沢症候群の病原体が見つかってないはずだから、けっこうイライラしてるんじゃね?
イラついている鷹野さん。
そこにのこのこと現れた雛見沢出身で雛見沢症候群を宿しているであろう俺。
さらに俺は誘拐犯の山狗の姿を目撃している。
あれ?・・・・まずくね?
「い、いやいや!俺なんて何もしてないですよ!見事撃退したのは、この前こっちに来てた赤坂さんですから!俺はちょっと相手の腕に噛みついただけで、ちょっと、そう甘噛みって言ってもいいくらい優しく噛みついたくらいですよ!相手さんも今頃きっと笑って許してくれてるに違いないです!」
体中から滝のように冷汗を流しながら早口で言葉を口にする。
「さぁ、どうかしらねぇ?年端のいかない子供に文字通り歯向かわれてイライラしてるかもしれないわよ・・・・もしかしたら仕返しにくるんじゃないかしら?」
そういいながら空いたままの病室の扉のほうへと目を向ける鷹野さん。
つられて扉に目を向けるが、そこには暗い廊下しか見えない。
薄暗い廊下を見ていると闇がこちらのほうへと這いずってくるような錯覚を覚える。
俺がゴクリと唾を飲む姿を見て、鷹野さんはクスクス笑いながら口を開く。
「もしかしたら・・・・もうあの廊下まで来てるかもしれないわよ?」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!
脳内であらん限りの叫び声をあげる。
実際に起こる可能性があるという事実がより強烈な恐怖をこちらに与えてくる。
え?いないよね?あの廊下の先からひょこって出てきたりしないよね?
ちょっと子供に噛まれたくらいで仕返しに来たりしないよね?
「あら、びっくりしないのね。怖がる顔が見たかったのに残念だわ」
こちらの様子を見てつまらなそうにため息を吐く鷹野さん。
いや、めちゃくちゃビビってます。
ある一定のラインを超えると表情が固まって動かなくなってしまうだけなんです。
「その話で思い出したんですけど、もう1人の誘拐犯はどうなったんですか?警察の監視の下、病院で治療を受けていると聞いているんですけど」
この話の流れのまま気になっていたことについて尋ねる。
捕まった男から何かしら証言を手に入れることが出来れば、警察に山狗という特殊部隊がいることを伝えられるかもしれない。
山狗というのは諜報、殺し、工作、なんでもござれの特殊部隊だ。雛見沢症候群を解明するために派遣された死神たちで、彼らは鷹野の命令1つでどんなことでも、殺しだろうとまったくためらいを覚えずに実行する。
「ああ、それなら昨夜目を覚まして取り調べをしてたみたいよ。どうも上手くいってはいないみたいだけど」
「・・・・そうですか、教えてくださってありがとうございます」
俺の言葉に対して動揺もなくあっさりと答えてくれる鷹野さん。
まったく焦りを感じてない、山狗の正体を暴くにはこれくらいでは足りないってことか。
なかなかしっぽが掴めない敵に心の中で舌打ちをする。
「・・・・そろそろ戻ったほうがいいんじゃないですか?誘拐事件の件だってさっき言った通り、俺はほとんど何もしてないんで、いやホントマジで」
山狗に目を付けられるのは勘弁願いたいので割と切実に自分の役立たず具合を強調する。
「あら、つれないわね。もっと事件について教えてほしいのに」
そういいながら口を尖らせる鷹野さん。
いや、そろそろ本当に帰ってもらわないと困る。
「いいじゃない、今はあなたと私の2人っきりなんだから・・・・誰も私たちの話を聞いてなんかいないわ」
そう言ってこちらに近づいてくる鷹野さん。
こちらに合わせて姿勢を低くして近づいてきたため、鷹野さんの胸元が強調されて、うん、非常にエロい。
「・・・・今、鷹野さん・・・・2人っきりって言いましたよね」
「?ええ言ったわよ?ふふ、灯火君には私たち以外にここにいる誰かが見えるのかしら」
それならぜひ私にも教えてもらいたいわねと笑いながらさらに近づいてくる鷹野さんに俺も笑みで返す。
「・・・・鷹野さんが知りたいのなら教えてあげますよ」
鷹野さんが俺の寝ているベッドにまで来たタイミングでそう告げる。
顔を俯かせ、意識して暗い声を出す。
暗く静まり返った病室に合うように不気味な雰囲気を身体に纏わせる。
鷹野さん、あんた勘違いしてるよ。
ずっと2人っきりとあんたは思ってたかもしれないが、そうじゃない。
「鷹野さん・・・・実はあなたがここに来た時から・・・・ずっと2人っきりなんかじゃなかったんですよ」
「っ!?」
俺の言葉に表情を硬直させる鷹野さん。
おら、起きてるの知ってるんだぞ! 布団から出て正体を現せ!
俺の布団の中に潜む者たちに合図を送った瞬間、俺の被っていた布団が突如として盛り上がり、中から正体不明の化け物------ではなく、今日の朝からずっと俺から離れない呪いの装備と化していた礼奈、魅音、詩音が飛び出した。
「「「ばぁぁぁぁぁ!!!!」」」
「きゃっ!?って、礼奈ちゃんに魅音ちゃんに詩音ちゃんじゃない!!」
少し前まで布団の中でぐっすりと眠っていた三人だが、鷹野さんと話している途中で三人が起きたことに気づいたのだ。
ふははは!ざまぁみやがれってんだ!相手を怖がらせるのはそっちだけじゃないんだよ!
「鷹野さん!お兄ちゃんを誘惑しちゃ、めっ!なんだよ!めっ!」
「お兄ちゃん、さっき鷹野さんの胸を見てにやけてたよね?ちょっと正座しよ?お説教するから」
「・・・・(親の仇のように鷹野さんの胸を睨みつける詩音)」
鷹野さんはいきなり布団から現れた三人に一瞬驚いたが、すぐに三人の正体がわかると、驚かされたことに気づいて頭に怒りマークを付けていた。
「あなたたち、とっくの昔に見舞い客の退出時間を過ぎてることは知ってるわよね?」
頭に怒りマークをつけたまま、にこやかに告げる鷹野さん。
鷹野さんの怒りを感じたのか、三人とも息がつまったように、うっっと声をあげる。
自分がからかわれたことに相当ご立腹のようだ。
「「「「・・・・・ごめんなさい!!!」」」」
予想以上にご立腹な鷹野さんに対し、四人で声を合わせて謝罪をする。
やべぇ、調子に乗って怒らせすぎた。
「はぁ・・・・もう遅いし、今日は特別よ?明日の朝にはちゃんと家に帰ること。いいわね?」
俺たちの謝罪を受けた鷹野さんはため息を吐きながら、そう告げて病室から出ていく。
さっきまでのシリアスな雰囲気から、どんよりした暗い、疲れた雰囲気を背中に乗せながら出ていく姿に勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
ふ、俺にかかればシリアスなんてこのざまよ!
勝ち誇った笑みで鷹野さんを見送った後、寝るために再び布団へと潜り込む準備を始める。
今日はいい夢を見れそうだ。
「・・・・何いい笑顔で寝ようとしてるのかな?かな?」
「お兄ちゃん、お説教するって言ったよね?早く正座して」
「・・・・(無言で自分の胸を見ながら悔しそうな顔をしている詩音)」
俺への説教は騒ぎを聞きつけて再びやってきた鷹野さんに怒られるまで続いたのだった。
捕まった山犬の一人について書きましたが、山犬は警察に強いコネクションがあり、さらに大臣の孫の誘拐事件は裏取引によってなかったことになりました。捕まった犯人も山犬の部隊の一員なので自身の素性は完璧に隠蔽しているでしょう。
鷹野の組織のバックが強すぎるので、これくらいではしっぽを掴むことは出来ないと思います。
少し甘いかもしれませんがご容赦を。