「誰がおっさんだ!!」
「ぐぇ!?」
俺の真剣な頼みに対しておっさんは拳骨が答えだと言わんばかりに勢いよく俺の頭に拳を振り下ろしてくる。
「休みの日にいきなり来たかと思えば、わけわかんないこと言いやがって。ここはガキのお前が来ていい場所じゃねぇ!さっさと帰りやがれ!」
「教えてくれるまで帰らないから。それにここってただの麻雀店じゃん。おっさんの溜まり場ってだけでガキが来ちゃいけない理由にはならないと思うな!」
「うるせぇ!おい店長!今すぐこのクソガキをつまみ出せ!」
「まぁまぁ落ち着けって、ガキに大人げねぇぞ。坊主、オレンジジュース飲むか?」
「ありがとう!ちょうど喉が渇いてたから嬉しいよ!店長さんすごく優しいね!!」
「なんだよ、礼儀正しい良い子じゃねぇか!おい、ガキの質問くらいすぐに答えてやれよ」
「この猫かぶり野郎が!いい子ちゃんぶってんじゃねぇ!」
店長からオレンジジュースを受け取りながら大人げなく騒ぐおっさんを見る。
どうしてここまで嫌われてしまっているんだ。こっちはおっさんの命の恩人だというのに。
本来であればこのおっさんは綿流しの日に同じ作業員たちと口論の末に殺されてしまう。
被害者である本人であれば、自分に暴行を加えそうな男たちに心当たりがあると思い、ここに来たのだ。
しかし素直に教えてくれるとは思っていなかったが、これは予想以上に難航しそうである。
「てめぇに話すことなんざ何もねぇ!麻雀の邪魔だからあっち行ってろ!」
しっしと鬱陶しいと言わんばかりに手で俺を追い払おうとするおっさん。
麻雀もなにも今おっさん一人しかいないじゃねぇか!
こっちはわずかな望みをかけておっさんを探し出して来たというに、話すらまともに聞いてくれないとは。
こうなったら多少脅してでも強引に聞き出してやる。
「ふーん・・・・そんなこと言うんだ。おっさんは俺に貸しが一つあること忘れてない?」
「あ?てめぇに貸しなんざ作った覚えはないぞ」
俺の言葉に対して身に覚えがないと答えるおっさん。
そうか、覚えていないのか。だったら教えてやろうじゃないか。
「おっさんさ、俺のせいで腕を折られて現場監督を解任されたなんて言いふらしてたみたいだけど、本当は腕なんて折れてなかったよね?」
「っ!?」
「大した威力もなかった俺のバットに当たって、それはもう大げさに苦しんじゃってさ。そして次の日には腕を折られたなんて嘘吹いて現場監督やめちゃうし。本当はちょっと赤くなったくらいのくせに、ていうかあの後ここで平気な顔で麻雀してたのも知ってんだからなおっさん」
「ちっ!誰がこいつに教えやがったんだ!まさか大石のやろうか!?後で問い詰めてやる!」
「そんなことよりおっさん、俺のせいにしてやめたかった現場監督を文句を言われずにやめれたんでしょ?そのお礼に俺の知りたいことに答えてくれたって罰は当たらないと思うな」
俺がそういうと舌打ちをしながら麻雀卓の近くにおいてあったタバコを乱暴に掴んで火をつける。
静かになったところを見るに少しは話を聞いてくれるようになったようだ。
「たくっ!それでなんつった?作業員の中に変なやつがいるか教えろだぁ?意味がわからねぇぞ」
「変なやつっていうか、挙動不審なやつ。明らかに体調が悪そうだったり、いつも上の空だったり、幻聴や幻覚が見えるし聞こえるとか言ってるやつを探してるんだ」
「・・・・仮にそんなやつがいたとして。なんで俺が雛見沢に住んでるてめぇに教えなきゃならねぇんだ?俺とお前は言っちまえば敵同士だろうが」
俺の言葉に対して訝しげにこちらを睨みつけながらそう答えるおっさん。
それはそうだ。理由もなしに、はいそうですかっと教えてくれるほど適当な人ではないことくらい知ってる。
「もちろん理由がある。最近雛見沢の住民から挙動不審な作業員にスコップで殴られそうになったって報告があった。だから大事になる前にその人たちを見つけて、みんなに注意をしておきたいんだよ。その人たちに近づかないようにってね。素手で殴るくらいならここまで騒ぐことないけど、殺人なんて出た日には洒落ではすまされなくなるよ」
これは嘘だ。そんな情報を俺は受け取っていない。
でももし雛見沢症候群を発症している人間がいたのなら、おっさんの耳に似たような騒ぎの情報が入っててもおかしくない。
「・・・・灯火、てめぇ俺の仲間たちが人殺しをするって本気でそう言ってんのか?だとしたら俺はてめぇをぜってぇ許さねぇぞ」
おっさんがさっきまでとは明らかに雰囲気が変わっていく。
本気で怒っているのが肌でわかった。
仕事仲間の中で人殺しをするかもしれないやつがいるなんて言われたら誰だって怒るに決まってる。
でも、こっちだって引くことはできない。
「思ってないよ。でもこっちだって大事な仲間が傷つく可能性があることを放っておくことは絶対にできないんだよ」
「・・・・・」
「・・・・別のところの現場監督とはいえ、おっさんだったら少しは知ってるんでしょ?もうすぐダム建設は終わるよ、園崎家にその情報が入ってきてる。この騒動だってもうすぐなくなるよ。いろいろあったけどさ、大怪我とか大事になるようなことはなかったんだ。最後の最後で大事が起こるなんて全員嫌に決まってるよ。だからお願いだよおっさん」
精一杯の言葉と共に頭を下げる。
頼む!この事件を回避するためにはどうしてもおっさんの力が必要なんだ。
「・・・・はぁ、てめぇほんとに小学生か?言ってることが全然かわいくねぇぞ」
俺の言葉を聞いて頭を手でかきながらそう答えるおっさん。
そしてタバコを咥え、目を細めながらゆっくりと口を開いた。
「・・・・俺の代わりに監督やってる男から様子がおかしい奴が4人いるって話を少し前に聞いてる。なんでも物静かだったやつらが性格が変わったみたいに周囲の人間に怒鳴り散らすようになったってんで困ってるって話だ。村の連中が言ってたのは多分そいつらのことだろうな」
「っ!?その人たちの特徴わかる!?どこの仕事を担当してるとかも詳しく教えて!!」
いた!いてしまった!間違いない、そいつらが綿流しの日におっさんを殺してしまう男達だ!
発症者なんていなくて、全部俺の杞憂だったらという願いはおっさんの言葉によって消え失せてしまった。
でも、今ならまだ間に合うかもしれない。
末期症状になっていないのなら、今すぐ入江さんにその四人のことを報告することで助けることが出来るはずだ。
そのためにもおっさんからその男たちの特徴を聞き出したいのだが、説明が下手でいまいち人物像が把握できない。
「おっさん説明下手すぎ!もうその人らのところに直接連れてってよ!!」
「うるせぇ!人が親切に教えてやってんのにその態度はなんだ!」
「ハゲとウザい金髪とのっぽとブサイクってなんだ!のっぽ以外ただの悪口だろうが!さっきまで仲間とか言ってたくせにもう少しマシな言い方はないのかよ!」
他にも息が臭いとか仕事が遅いとかの参考にならないものばかりで参考になりそうなのは少ししかない。
せっかく掴んだ情報だというのにこれでは見つけることが出来ない。
せめてもう少し細かい特徴を知らないことには人物を絞り込むことは出来ても断定が難しいだろう。
「これ以上ないくらいの特徴だろうが!」
「ハゲと金髪とのっぽとブサイクなんて珍しくもないわ!ていうか金髪とのっぽはともかく他はヘルメット被ってて判別しづらいんだから、もっとわかりやすい特徴を教えてよ!」
「うるせぇ!いちいち人の特徴なんて覚えてねぇよ!それだけわかれば充分だろうが!」
怒鳴りながらそう言ったおっさんはこれで話は終わりだと言わんばかりに席を立って店の奥に消えてしまった。
くそう、せっかくもう少しのところまで来たのにもう一歩の情報が手に入らなかった。
他の作業員にも聞いてみるか?いや、俺は悪い意味で有名だからな、警戒して教えてくれないか。
だったら大石さんは?おっさんと仲の良いあの人なら詳しく知っているかもしれない。
ただし、大石さんは警察だ、人の情報を簡単に教えてくれるとは思えないし、下手したら大事になる恐れもある。
新聞沙汰になるようことにはなんとかして避けたい。
俺たちはこの事件をなかったことにしたいのだ。
殺人事件にはならなくても新聞沙汰クラスになれば、いつの日か疑心暗鬼の種になってしまうかもしれない。
最終的にそれらが梨花ちゃんの死に繋がってしまう以上、大事には可能な限りしたくはない。
「・・・・とりあえず梨花ちゃんと羽入に相談してみるか」
自分だけで考えていてもしょうがないと判断して梨花ちゃんの家へと向かうために店長にお礼を言って店を後にした。
「・・・・なるほどね。確かにもう少し情報がほしいところだけど、これだけでも絞り込みには充分だわ」
「・・・・あうあうあう!お手柄なのですよ灯火!」
俺の報告を受けた梨花ちゃんと羽入から喜びの声が漏れる。
しかし喜びの声の前に少しの間があったのはきっと、雛見沢症候群の感染者がいたと確信してしまったからだろう。
俺と同じで事件も何事もなく終わるのではないかと小さな望みを願っていたのだろう。
しかしそんな願いは俺の報告によってあっけなく消えてしまった。
「・・・・一応さっきの特徴に一致する作業員を何人かは知ってる。だが、注意して見てたはずなんだけど特に違和感みたいなのはなかった」
彼女たちの望みを潰してしまったことに小さく罪悪感を覚えながらおっさんから教えられたいくつかの特徴を思い出しながら自分の記憶の中を探る。
長い間作業員たちを観察してきたため、すぐに記憶の中から該当する人間たちが現れた。
しかし、覚えている限りに彼らには問題なさそうに作業をしていて、雛見沢症候群が発症しているとは思えない。
彼らじゃないのか?それとも俺が見ていた時はまだ発症してなかったのか?
頭の中で考えが巡るが答えにはたどり着けない。
「・・・・私の記憶にも怪しい人はいないわね。でも、灯火の話を聞く限りその人たちはだいぶ末期に近いレベルまで発症しているわ。だったらさっきの特徴以外にもう一つ判別のための特徴があるはずよ」
・・・・判別のできる特徴?そんなものがあっただろうか?
梨花ちゃんの言葉を聞いて考える。
雛見沢症候群発症者の特徴・・・・ああ、確かにあった。
末期に近くならないと出ない特徴だけど、わかりやすい特徴が一つあった。
「・・・・雛見沢症候群の発症者は末期になると首にかゆみを覚えるのです。そのかゆみは傷が出来るほどかいても止まらず、やがて自分で喉の動脈を傷つけてしまうまでかきむしり、自殺をしてしまう。それが雛見沢症候群の特徴の1つなのです」
「羽入の言う通りよ。圭一に礼奈、詩音、彼らが発症した時も首にかゆみを覚え・・・・圭一に至っては自身で喉をかき切って死亡したわ」
過去の記憶を思い出したのだろう、辛そうな表情をする梨花ちゃんを羽入が慰める。
普段なら嫌悪するべき症状だが、今回ばかりは違う。
「さっきまでの特徴に加えて、首にかきむしったような傷がある男、それが綿流しの日にバラバラ殺人事件を起こす犯人たちってことだな?」
「ええ、末期に近いレベルまできているなら必ずあるはずよ」
「あとはその人たちを見つけて入江に報告して治してもらうだけなのです!あうあうあう!!」
「・・・・そうだな!さっさと見つけて事件なんてなかったことにしてしまおう!」
羽入の元気な声に合わせて俺も元気よく声を合わせる。
感染者を見つけてたとしても入江に報告して、はいそうですかと調べてくれるとは限らないが、まずは見つけないことには先へ進めないのだ。
だが・・・・感染者を見つけることが出来たとして、その人たちが末期症状だった場合は・・・・
俺の頭に浮かんだその考えは、いくら振り払おうとも頭から離れることはなかった。