ここまではなんとかうまくいった。
雛見沢の舗装されていない田舎道を進むさなか、今までのことを振り返りながらこれからのことについて思考を進める。
あの時おっさんが介入してくれなければ彼らを病院へ連れていくことはかなり難しくなっていただろう。
俺らの行動とおっさんの行動がうまく噛み合ったことで奇跡ともいえるこの状況は生まれた。
雛見沢症候群の発症者の四人を見つけ、治療手段のある入江診療所に連れていくことも出来ている。
残るは彼らの病気を治して家族の元に帰らせるだけだ。
しかし・・・・最後の山場がこの先にはあることを俺は知っている。
梨花ちゃんと羽入は気付いていない、いや気付けるわけがない。
彼らを入江診療所に連れていくことが、彼らを救うことができる唯一無二の手段であることは間違いない。
今、入江さんたちが雛見沢症候群に対してどこまでの治療が出来るのかはわからないが、少なくともこれ以上の悪化を防ぐくらいは今の段階でも出来るはずだ。
つまり、入江さんたちの元に到着して診察を受けた時点で今回の件についてはほぼ完了と言ってもいいはずなのに、胸の中の不安は診療所に近づくにつれて大きくなっていく。
原因は・・・・鷹野さんたちが彼らを救わない可能性があるということだ。
救えないのではなく、救わない。
雛見沢症候群の末期レベル近くまで発症しているであろう彼らを見て、あの鷹野さんが大人しくしているとはどうしても思えない。
梨花ちゃんと羽入がこの可能性に気付くことはない。
なぜなら、彼女たちはおっさんを殺した作業員の男の一人が行方不明になった原因が、鷹野さんたちにあることを知らないのだから。
けれど俺は知っている、末期状態の雛見沢症候群を発症しておっさんを殺した男を確保し、研究のために生きたまま脳を解剖したことを。
それを知っている以上、入江診療所に行くということは彼らを救える可能性と同じくらい、救わない可能性があることをどうしても否定することは出来ない。
一応、今の彼らが本来の世界とは明確に違う点が一つある。
今、田舎道に苦戦しながら車を運転しているおっさん、彼を殺していないことだ。
解剖を行った入江さんは、本来の世界ではおっさんを殺害した殺人者だという理由によって解剖に踏み切った。
だが、この世界の彼らは何の罪も犯していない一般人であり、末期レベルの患者でもない。
これによって少なくとも入江さんは彼らに対して解剖するなんてマネはせず、精一杯治療を行ってくれるはず。
問題は、入江さんを抜きにして鷹野さんが彼らの解剖に乗り出しても何ら不思議ではないということ。
たとえ殺してしまったとしても、彼女の持つ力なら死んでしまったとか、脱走して行方不明になったとか、適当な理由をつけて真相を闇の中に隠すことが出来てしまう。
赤子の手をひねるくらい簡単に、鷹野さんは彼らの命を奪ってしまえる。
それも、罪悪感をかけらも持つことなく。
・・・・もし彼らが死んでしまったのなら、それはここへ誘導した俺の責任だ。
それはつまり俺が彼らを殺したのと同じこと。
・・・・想像しただけで吐き気がこみ上げてくる。
背負いきれない十字架を背負って潰されるなんてごめんだ。
いざとなったら手術室に突撃してでも止めてやる。
そしてそのためには鷹野さんたちが不審な動きをしないように監視をする必要がある。
それも鷹野さんはもちろん、山狗にも気付かれることなくだ。
・・・・そんなことが出来るやつは一人しかいない。
「・・・・梨花ちゃん、羽入。診察が終わった後で大事な話がある」
「・・・・大事な話?わかったわ、診察が終わったあとね」
「わかりました・・・・灯火、なんだか辛そうな顔しているのですよ、大丈夫なのですか?」
羽入が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
自分でも緊張しているのは自覚している、この後も診断結果はもちろんだが、俺はこの後二人にずっと秘密にしてきたことを打ち明けるつもりでいる。
誰にもバレずに鷹野さんたちを監視することが出来るのは羽入をおいてほかにいない。
彼女の協力を得るためには、作業員の人たちが鷹野さんたちに殺される可能性があることを伝える必要がある。
今まで起きていたバラバラ殺人事件の真相も一緒に。
そしてそれは、今までの怪死事件の犯人が鷹野さんと山狗の仕業であると言っているのと同じことだ。
どうして知っているのかもうまく説明しなければならないし、今まで数々の世界で梨花ちゃんを殺していた犯人が鷹野さんであるという事実に梨花ちゃんがどう思うのか想像が出来ない。
怒りで鷹野さんを殺そうとするだろうか、それとも強大すぎる敵に絶望してしまうだろうか。
どっちの姿も容易に想像が出来る。
どうやらこの後の話は今までで一番大変なことになりそうだ。
話す順番を入念に考えながら、頭の中で深いため息を吐くのを止めることが出来なかった。
◇
「・・・・まさか入院までするくらい酷いとはな。ほっといたらどうなっていたのか想像もしたくないぜ」
裏口の駐車場に停めていた車へと戻るために歩きながら、ここまで作業員たちを連れてきた元現場監督の男がため息と共にそう口にする。
私は診断結果を聞く前から入院は確実にするだろうと予想していたので驚きはない。
沙都子が雛見沢症候群を発症した時も長い間入院生活を送ったのだ、そう考えて当然だ。
診断結果は重度の精神疾患で治療のためにはしばらく安静にしなければならないと入江は言っていたが、入江が作業員たちの症状を見る時に険しい顔をしていたのを私は見逃さなかった。
雛見沢症候群について私たちに説明することはなかったが、きっと今頃鷹野たちと共に彼らの症状について話し合っているだろう。
それを見越して羽入には入江のところに残ってもらい、彼らの症状がどこまでひどいのかを確認してもらっている。
「現場監督のほうにはあいつらが入院するってこと言っとかないとな。灯火、あと梨花ちゃんだったか。案内ありがとよ、どうやら俺が想像してた以上にやばい状況だったみたいだ」
「みぃ、お気になさらずなのですよ。にぱ~☆」
お礼の言葉に対して満面の笑みで応える。
お礼を言いたいのはむしろこちらのほうだ、この人のおかげで作業員の人たちをここに連れてくることが出来たのだから。
彼は私の笑みを見ると乱暴に私の頭を撫でて車へと乗りこんでいった。
もう彼や今の現場監督が運命に殺されることはない。
なぜなら彼を害したであろう作業員たちは診療所に入院して出ていくことは出来ないのだから。
残る唯一の心配は彼らを狂わす原因である雛見沢症候群がどのレベルまで進行しているかだ。
もし末期症状にまで悪化しているのなら、入江たちでも救うことは難しいだろう。
車の中での様子を見る限り末期レベルまで陥ってはいないと思うが、完全に不安を消すことは出来ない。
こればかりは羽入が持ち帰ってくる情報を待つしかない。
「あうあうあう!ただいま戻りましたのですー!」
声を聞き診療所の方へと視線を向ければ、ちょうどいいタイミングで羽入がこちらに戻ってきている姿が見えた。
「・・・・早かったわね、入江たちはなんて言ったの?」
「どうやら末期症状ではないようです、ただし油断できる状態ではないらしくて、入江がいろんな人たちに難しい言葉で指示をしていたのです!」
「・・・・そう、ひとまず末期症状ではないようね」
指示の細かい内容はわからないが、彼らが末期症状ではないというのなら安心だ。
きっと入江たちなら彼らを治療してくれるだろう。
「・・・・羽入、鷹野さんは何か言ってたか?」
診療所に入ってからずっと静かだった灯火がここで初めて口を開く。
鷹野?確かに彼女も雛見沢症候群に精通しているが、入江だけの言葉では不安だったのだろうか。
「鷹野はずっと入江のそばでニヤニヤと笑っているだけでした。僕が鷹野を嫌いだからそう見えたのかもしれないのですが、はっきり言ってゾッとするような嫌な笑みでした」
「・・・・そうか、ありがとう羽入。それから二人とも、車の中で大事な話があるって言ったよな。その話をしたいんだが大丈夫か?」
羽入の報告を聞いた灯火は、一度何かに耐えるように目を閉じた後、車の中で彼が言っていた大事な話についてきりだした。
「ええ、構わないわ」
「僕も大丈夫なのです」
私たちが了承すると、場所を変えて話したいと言いながら診療所の外へと歩き出す。
誰かに聞かれたらまずい内容ということね。
無言で歩く灯火についていき、やがて彼が立ち止まったのは人気のない神社だった。
神社の中に入った灯火は明らかに人気がないというのに羽入にここらに人がいないことを再度確認させた。
ここまで慎重な灯火は初めてみる。
私の家で今後の話をする時でさえ、ここまで誰かに聞かれないように徹底はしていなかった。
つまり、これからする話は今まででもっとも重要な話ということになる。
「・・・・もったいぶるのはあんたらしいといえばらしいけど、もうそろそろ話してくれないかしら?いい加減気になってしょうがないわ」
ここまで我慢したがそろそろ限界だ。
彼が何を話そうとしているのか想像すらできないが、どんな内容でも聞く覚悟は先ほどの道中で十分済ませている。
「もったいぶって悪かった、診療所の前では絶対に話せない内容だったからな」
「診療所の前では?じゃあ話す内容は入江たち関係のお話ということですか?」
灯火の話を聞いて羽入が疑問を口にする。
私も同じ意見だ、先ほど送り届けた作業員たちについての話だろうか。
灯火は羽入の質問に対しそうだと答え、さらに続けてとんでもないことを口にした。
「単刀直入に言うぞ、このままでは作業員の人たちが鷹野さんたちによって殺される可能性がある」
「っ!?な、なにを言ってるの!?彼女たちがそんなことするはずがないじゃない!」
「り、梨花の言う通りなのです!鷹野たちが彼らを殺す理由なんてないのですよ!」
灯火の言葉を理解した瞬間、ほとんど反射的に否定の言葉を叫ぶ。
鷹野や入江が作業員の人たちを殺す?そんなことをして彼らになんのメリットがあるというのだ。
「正確にいうなら死んだことにするんだ。そしてメリットならあるさ、診療所から脱走して行方不明になったことにしてしまえば思う存分することが出来るからな。雛見沢症候群を発症した彼らに非人道的な実験と研究をな」
「なっ!?いくら鷹野たちでもそんなことするわけがないわ!」
入江や鷹野が雛見沢症候群に並々ならぬ努力をしているのは知っている。
しかし、そんな外道なことを彼らがするとはとても思えない。
「・・・・梨花ちゃん、羽入。俺は二人に嘘をついていたことがある、本当のことを言えば梨花ちゃんに多くの不安を与えてしまうかもしれないと思ってずっと言えなかったことだ」
「なにを言ってるの!?今はそれよりもどうしてあなたは鷹野たちが彼らを殺すのかっていう話をして「俺は梨花ちゃんを殺す犯人を知っている」
私は最後まで言葉を発することは出来なかった。
私の言葉にかぶせるように言った灯火の言葉が私の耳に入る。
犯人?なんの?梨花ちゃん?私?
私を殺す犯人を知っている?
「・・・・え、灯火・・・・今、なんて言ったのですか・・・・?」
震えながら羽入が何かを呟いている。
しかし私は羽入の言葉が耳に入らなかった、ずっと頭の中で先ほどの灯火の言葉が鳴り響いている。
「もう一度言うぞ、俺は梨花ちゃんを殺す犯人を知っている。そしてその犯人はバラバラ殺人を含め、これから起こる全ての怪死事件に関わっている」
「・・・・だれ・・・・教えて灯火、わたしを・・・・今までずっと私を殺してきた犯人は一体誰!!?」
なぜ灯火が犯人を知っているという疑問よりも早く私の心は真相への答えを求めていた。
答えを聞き出すべく灯火へ詰め寄る。
余裕のない私を見て灯火は辛そうな表情を見せながらゆっくりと犯人の名を口に出した。
「鷹野さんだ。今まで数々の世界で梨花ちゃんを殺してきた人間は、全て鷹野さんだ」
「た、鷹野が私を!?それはありえないわ!だって鷹野はどの世界でも必ず昭和58年の綿流しの後に富竹と一緒に殺されてるのよ!!」
鷹野のわけがない、彼女が私を殺すなんて不可能だわ!
いえでも、灯火が大事な話と私たちに前置きして言うような話が嘘だなんて思えない。
・・・・わからない、いきなり許容できる量を越えた情報が飛んできて頭がどうにかなってしまいそうだ。
頭に鋭い痛みを覚えて思わず顔をしかめながら頭を押さえる。
それを見た灯火は私の肩に手をおきながらまっすぐ私の目を見つめてくる。
「混乱するのは当然だ。だが俺が言ってることは全て真実なんだ、ゆっくり説明するから落ち着いて聞いてくれ」
灯火の落ち着いた声を聞いて、混乱していた思考が少しずつ冷静に戻るのを感じる。
「・・・・わかったわ」
私が冷静になったのを確認した灯火はゆっくりと語り始めた。
私と羽入が知らない惨劇の真実を。
◇
「・・・・以上が俺が知っている裏で行われた全ての出来事だ」
そう言っておよそ30分に及ぶ灯火の説明が終わった。
ゆっくりと丁寧に語られた真実に私と羽入は口を挟むことも出来ずに灯火の話を聞き終えた。
「・・・・」
「梨花・・・・」
羽入の心配そうな声が耳に届くが応える余裕は今の私にはない。
今の私の心を支配するのはどうしようもないほどの怒りだ。
鷹野の祖父の論文を世界に認めさせるために私は殺されていた?
私だけじゃない、村の住民全てを毒ガスで殺していたですって?
論文を認めさせる、そんな下らない理由で私たちの人生をめちゃくちゃにした。
・・・・ふざけるな!!!
お前に何の権利があって私たちの人生を弄ぶんだ!!神様にでもなったつもりなのか!!
強く噛みすぎたせいで唇から血が垂れる、手からも爪が皮膚に食い込んだことで出血していた。
しかしそんなことは気にならない、今すぐ鷹野を殺してやらないと気が済まない。
「・・・・怒るのは当然だ。落ち着けなんて言わないさ。存分に怒ればいい、梨花ちゃんにはその権利がある」
怒りで身体を震わす私に灯火が語りかけてくる。
その声は真っ赤になった私の心に染み込むように入り込んでくる。
「このまま梨花ちゃんが鷹野さんに今までの復讐をしにいくっていうなら俺は止めない。むしろ全力で協力するぜ、園崎家も警察も全部巻き込んでめちゃくちゃにしてやるよ、たとえ多くの犠牲が出ようと鷹野さんにけじめをつけさせてやる」
「・・・・」
「だが梨花ちゃん、もう少しだけ我慢できるなら俺が鷹野さんから完全勝利をとってやる。誰も犠牲になんかならない、笑っちまうくらい幸せな世界を俺が梨花ちゃんに見せてやる!」
「・・・・っ」
「もし俺を信じてくれるのなら、今はその怒りを涙に変えてくれ。絶対に後悔はさせない!」
「・・・・っ、う・・うあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」
灯火の言葉をきっかけに溺れてしまいそうなほどの涙が瞳から溢れる。
灯火に抱き着いて心を全て吐き出すように叫ぶ。
灯火はそんな私を無言で抱きしめてくれた、涙で服が濡れるのも気にせずに。
「ありがとう梨花ちゃん、絶対に無駄にはしないから」
耳元から灯火の声が聞こえる。
ええ、当然よ。勝たなきゃ許さないわ。
私はもちろん、羽入、沙都子、礼奈、魅音、詩音、悟史、圭一、そしてあなた自身、みんなが笑い合える未来を必ず勝ち取りなさい!!
あなたがその未来を勝ち取ってくれるなら私は全力であなたに協力するわ。
◇
「落ち着いたか?」
「ええ、だいぶ落ち着いたわ、ありがとう。その、ごめんなさい、私のせいで服がめちゃくちゃに」
「気にすんな、むしろ誇らしいくらいだ」
「なによそれ」
私の涙でめちゃくちゃになってしまった服を気にした様子もなく屈託ない笑顔をこちらに向ける灯火を見て、自然とこちらも笑顔になってしまう。
「羽入もいきなり取り乱しちゃって悪かったわね」
「いえ!元気になってよかったのです!」
羽入も同じくらい衝撃を受けていたはずなのに気丈にふるまってくれている。
「あーそれとどうして俺が梨花ちゃん達のことの知らない情報を知っているかなんだが」
そこで灯火は言いにくそうに口を止める。
確かにどうして灯火が私の知らない情報を知っているかは気になる。
「・・・・言いたくないなら別に言わなくていいわ」
「え?」
私の言葉に灯火は意外そうな表情を浮かべる。
私だって出来るなら知りたいわ。でも灯火は言いたくないようだし、それを無理してまで聞こうとは思わない。
私はそうやって知られたくない秘密を聞こうとして疑心暗鬼に陥ってしまった子を知っているから。
それに灯火が特別な存在だってことはわかってる。
このカケラで初めて出会った存在、そして私のことを、そして未来のことを知っている。
これらだけあれば嫌でも彼が何か特別な存在なんだと気づく。
でもいい、特別でも何でも私の傍にいてくれてるんだ。
それだけで十分すぎるほど助かってるんだから。
「話を戻すけれど、鷹野が入院している作業員たちを殺す可能性があるんだったわね」
「あ、ああ。だから羽入にはしばらくの間、鷹野さんたちが彼らに危険なことをしていないか監視してもらいたい。梨花ちゃん、沙都子が以前に雛見沢症候群を発症した時はどれくらい入院していたんだ?」
「・・・・だいたい2か月ってところね」
「だとしたら入院期間はだいたい綿流しの日くらいまでだな。それを過ぎれば症状だって落ち着いて退院できる」
「それまでの間、僕が鷹野たちが怪しい動きをしていないか見張ればいいのですね!任せてくださいなのです!」
「そうだ、羽入の負担が大きくなるけどよろしく頼む。あとこれは俺の予想だけど、もし鷹野さんたちが動くとしたら綿流しの日だと思う。村のみんなの意識が祭りに集中する絶好の機会だしな」
「・・・・確かにそうね」
灯火の予想に同意する。
綿流しの日であれば彼らが診療所を脱走してどこかに行ってしまい、それを誰にも見られていないという理由付けに使える。
そう考えれば鷹野たちが実行に移すとしたら、綿流しの日しか考えれない。
「それを防ぐために入江さんと鷹野さんには何としてでも祭りに参加してもらう必要があるな。あの2人がいなければ当日に何かするってことは出来ない。それでも彼らを拘束してどこかに収容して別の日に実行する可能性がある、祭り当日だけ葛西に頼んで遠くから監視してもらおう。葛西なら山狗にも遅れはとらないと信じられる」
俺を撃った犯人がここに現れるかもしれないという情報を手に入れたと言えば、葛西なら全力で手を貸してくれる、勢い余って殺してしまいそうだけど、と若干頬を引きつらせながらそう告げる灯火。
以前に聞いた病院での葛西のけじめ事件の出来事を思い出しているのだろう。
「問題はどうやって入江と鷹野を祭りに留まらせるかよ。誘えば今後の付き合いを考えて顔くらいは出してくれるでしょうけど今の綿流しのお祭りは、はっきり言ってテント下で大人たちが飲んで騒ぐだけの祭りともいえない小さな催しでしかないわ」
ダム反対運動の影響で去年から屋台を出したりなどに使う費用がないのだ。
来年になれば例年通りの賑わいを見せるだろうが、今年はそれを期待することは出来ない。
「確かにな、そんなんじゃあ公由さんや梨花ちゃんの両親、園崎家のみんなに挨拶だけして帰ってしまうだろうな。うーん、入江さんと鷹野さんの興味を引く何かがいるな」
「あう、難しいのです・・・・何かいい策が思いつけばいいのですが」
3人で頭を悩ませるが中々いい策が思い浮かばない。
気分転換にふと空を見上げればもう夕暮れだった。
どうやら随分と長い間話し込んでいたらしい。
「一度家に戻りましょう。喉が渇いたわ、家で落ち着いて考えればいい案が浮かぶかもしれない」
ここで考えてもしょうがないと何気なく提案したのだが、それを聞いた灯火は、じっと私のことを見つめながら何かを考えだし、そしていきなり私の両肩に勢いよく手をおいて口を開いた。
「それだ!!梨花ちゃんのおかげで面白、じゃなくて良い案を思いついたぜ!!」
満面の笑みで私の肩を掴む灯火を見て、私は嫌な予感を覚えざるをえなかった。