「梨花ちゃーん!迎えに来たぞー」
「はーいなのです」
俺が名前を呼ぶと巫女服姿の梨花ちゃんがトテトテとやってきた。
「お。可愛いな」
「ありがとうなのです。にぱー☆」
「礼奈に襲われないようにな」
「灯火ちゃん。梨花をお願いね」
俺たちが話していると梨花ちゃんのお母さんがやってきた。
「任せてください。俺の命にかえても梨花ちゃんを守ります!」
主に礼奈から。
確実にかぁいいモードに入るからな。
兄だからなのか、礼奈がかぁいいモードに入っても止めることが出来る。
「ふふ、灯火ちゃんがそういうなら安心ね」
「はい!梨花ちゃん行こうぜ、下でみんな待ってる」
「はいなのです!」
◇
家の外にある階段を降りるとまだ幼い親友たちの姿があった。
・・・・本当に知り合いなのね。
「はうー!梨花ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りー!」
いつものかぁいいモードに入り、私に飛びかかろうとするレナ。
こうなったレナは誰にも止められない。
ていうかこの時期からすでにかぁいいモードになるのね。
目の前に迫るレナを見て諦めの境地にいる私は呑気にそんなことに考える。
「これから祭りだ。我慢しろ」
灯火が礼奈の頭にチョップをして礼奈の暴走を止める。
「みぃ!!?」
レナのかぁいいモードを止めたですって!?
レナのかぁいいモードは無敵で止めれる人なんていないと思っていたのに!?
私は内心で戦慄する。
こ、これがレナの兄の力だっていうの!?
テンパって変なことを考えている私の現状など知るよしもなく四人は楽しそうに話している。
「よしゃ!祭りを荒らしまくるぞー!!」
「「「「おー!!」」」」
灯火の一声で全員が手を突き上げて応える。
・・・・随分と仲がいいのね。
小さな親友たちが笑い合う光景は新鮮でついつい笑みを浮かべてしまう。
みんなのその姿が、大きくなったみんなと重なる。
今回はレナに兄である灯火もいるのよね、部活が始まったらすごいことになりそうだわ。
私は早くも未来のことを想像してしまい頬を緩める。
「梨花?行きますわよ」
沙都子に手を引っ張られ我に帰る。
「あ、いま行くのです」
急いで少し先を歩く仲間たちに合流する。
今回の世界は、少なくとも退屈はしなさそうね。
久しぶりの未知なる興奮によって心臓の動きが早くなるのを感じた。
◇
「おー盛り上がってるな」
灯火の言う通り、祭りにはすでに多くの人が集まって確かな賑わいを見せていた。
「まずはりんご飴だったよね」
「そうですわ!」
悟史の声に沙都子が興奮したように言う。
その顔には早く行きたいと書いている。
いつもならここで魅音から部活の号令がかかるけど、今はいないものね。
まぁこうした普通の綿流しもいいわね。
「じゃあ行くか」
灯火の声によってみんな祭りの賑わいの中に入る。
そしてすぐに大勢の人に囲まれた。
「おう!灯火に悟史じゃねーか!ちょうどいい!手伝え!力仕事だ!!」
「げっ!?なんでこんな時に!!」
「あはは」
ハチマキをした男性たちに灯火と悟史が抱えられるように連れ去られる。
「あら礼奈ちゃんに沙都子ちゃんじゃない。こっちにおいで。綿菓子あげるわ」
「やったー!」
「ありがとうですわ!」
綿菓子を作っていたおばちゃんに呼ばれて二人も迷うことなくそちらに行ってしまう。
「・・・・ふえ?」
一瞬の出来事で呆然としてしまう。
え、え?さっきまで五人だったわね?
なんか囲まれたと思ったら一瞬で一人になったのだけれど。
そのまま呆然としているとレナと沙都子が戻ってくる。
よかった、このまま戻ってこなかったらどうしようかと思ったわ。
「梨花。お待たせですわ」
沙都子とレナの手には大きな綿菓子が握られている。
どうやらさっきの人にもらったようね。
「はい。梨花の分ですわ」
両手に持っていた綿菓子を渡される。
私の分までもらってくれていたのね。
「あ、ありがとうなのです」
沙都子から綿菓子を受け取る。
な、なんだか今回の綿流しは様子が違うわね。
「・・・・おっさん共め、自分の店の材料を俺らに運ばせやがった。貴重な祭りの時間を」
「ラムネ貰えたんだからいいじゃないか」
綿菓子を食べていると両手にラムネを持った灯火と悟史が帰ってきた。
「ほら戦利品だ」
両手に持ったラムネを私たちに渡す灯火と悟史。
レナと沙都子も嬉しそうに受け取る。
まだお金を使ってないのにどんどん食べ物が増えていくわね。
「あれ?礼奈それは?」
灯火がレナが持っている綿菓子を指差す。
「空おばちゃんにもらったの」
「なに!?俺も貰ってくる!おばちゃーん!俺と悟史の分もくれー!」
そう叫びながら灯火は祭りの中を走っていく。
そしてすぐに大勢の人にもみくちゃにされて姿が消えて行った。
「いっぱいもらったー」
両手に綿あめ2つに5人分の焼きそばとイカ焼き、たこ焼き、りんご飴をもった灯火が帰ってきた。
嘘でしょ!?さっきのもみくちゃにされた時に何をしたのよ!?
「やったー!」
「いっぱい貰ってきたね」
「大量ですわ!」
灯火の両手いっぱいの食料を見て喜ぶ3人。
いや、いくら何でももらいすぎでしょ。
「・・・・どういうこと?」
私だけがその状況についていけなかった。
「四人の日頃の行いのおかげなのです」
「羽入?どういうこと?」
隣に現れた羽入の言葉に疑問を持つ。
普段から灯火たちは何かしているの?
「四人は毎日村の人たちのお手伝いをしているのです」
羽入は彼らの姿を微笑ましく見ながら呟く。
羽入の話によれば、毎日荷物を運んだり、畑の手伝い、ゴミ拾い、雑草抜きなどをして村の人たちの手伝いをしているようだ。
「・・・・それであの人気なわけね」
4人は村の人たちに囲まれて楽しそうに話している。
確かにそんなことを毎日していれば好かれるだろう。
今日のこの様子はみんなの頑張りの成果ってことね。
・・・・これなら悟史と沙都子が村から迫害を受けることはないかもしれない。
私は近い未来に起こる悟史と沙都子に待ち受ける過酷な未来を思う。
今の村の人たちに笑顔で囲まれる悟史と沙都子を見ていれば、その未来は変わるのではと、そんな希望が私に宿る。
こんなことは今までのどの世界にもなかった。
「・・・・どうしてこの世界だけ」
「灯火のおかげなのです」
羽入が私の独り言に答える。
灯火のおかげ?
「灯火が三人を引っ張って積極的に手伝いを行っていたのです」
「なるほどね。まったく、私より人気なんじゃないの?」
目の前の光景を見て苦笑いを浮かべる。
一応これでもオヤシロ様の生まれ変わりだって村の人たちから敬われてるんだけど。
この光景を作り出したのは羽入の言う通り、あなたなのでしょうね。
灯火がいなければいつも通りの光景が目の前にあったはずだ。
「・・・・不思議な人」
灯火を見ながら私は無意識にそう呟いた。
そんな私を羽入は優しい瞳で見つめていた。
◇
「いやー食ったな!」
「さすがにお腹いっぱいですわ」
灯火と沙都子が腹を抑えながら呟く。
焼きそばを二つも食べたのだから当然でしょうね。
「まさかこんなに貰えるとは思わなかったよ」
「俺たちの日頃の行いだろ?ていうか本気で食い過ぎた。いま腹に衝撃を受けたら大惨事を起こすぞ」
「「お兄ちゃーん!」」
「ごふっ!?また鳩尾に!?」
灯火がそう言った直後、2人の少女が灯火の腹に飛び込んできた。
灯火は苦しそうな顔をしながらもなんとか受け止めていた。
よかったわね、大惨事にならなくて。
「魅音に詩音!いてーだろうが!あとちょっとで俺の綿流しが終わりを迎えてたぞ!」
「いやーお兄ちゃんが見つかったから嬉しくてつい」
「妹を受け止めるのは兄の務めでしょ?」
「こいつら反省してねぇ」
少女たちの言葉に口元をヒクヒクさせる灯火。
・・・・んんん?待って?
「魅音に詩音!?」
まさかこの2人とも知り合いだったの!?
ていうかお兄ちゃんってなに!?
あなた!魅音と詩音に何をしたのよ!?
レナは血のつながった兄妹だからわかるけど、あなた達は普通に他人でしょうが!!
「魅音に詩音。来てたんだ」
「当たり前じゃん!お兄ちゃんめー!どうして私たちを誘わない!」
魅音が灯火の頬をつねる。それによって灯火が悲鳴をあげた。
悟史も普通に魅音達のことを知ってるようね。
ということはすでに圭一以外のメンバー全員が知り合いになってるってことになるわね。
・・・・いや灯火あなた、本当に何をしたのよ。
私は思わず彼のことをジト目で睨みつけてしまう。
そんな私の視線に彼は気づくことなく魅音の相手をしている。
「悪い悪い、焼きそばやるから許してくれ」
「ん。許す」
「魅音ちゃん、詩音ちゃん。あっちで輪投げしてるよ!行こ!!」
「お!いいねー言っとくけど私はめちゃくちゃ上手いよ?」
「あ、おねぇズルい!私もやりたい!」
レナの誘いに乗って魅音と詩音は輪投げ屋さんのほうに姿を消した。
そのあとを追うように悟史と沙都子も輪投げへと向かう。
「仲の良い姉妹だぜ、でもそこは兄も誘ってほしかった」
灯火は輪投げで遊ぶ5人を見ながら呟く。
「灯火。姉妹ってどういう」
私がそう聞こうとした時
「ここにいたのかい。探したよ灯火」
黒い着物を着た茜が現れた。
・・・・どうやら茜とも知り合いのようね。
「こんばんわ茜さん」
「こんばんわ、祭りは楽しんでるかい?」
「最高ですね!無料でご飯も食えてうはうはです!!」
「そいつは何よりだ。それで灯火」
「なんですか?」
「おばばがあんたを呼んでるよ」
「・・・・嘘ですよね?」
「ほんと」
「・・・・勘弁してくださいよ。毎回心臓が壊れそうになってるんですから」
「あははは!あんたはそんなヤワじゃないさね!ほら向こうのテントにいるから行っといで。年寄りを待たすんじゃないよ」
「・・・・行ってきます」
灯火は何か諦めた顔でトボトボとテントに向かった。
「灯火もおばばに好かれるとは幸運なんだか災難なんだか」
やれやれというジェスチャーで首を振る茜。
・・・・ちょっと頭の中を整理するわ。
え?お魎とも知り合いなの?
しかもテントに呼ばれるほど気に入られてるの?
・・・・お魎は園崎家の頭首。しかも実質雛見沢で一番偉い人なのよ?
灯火、あなたは本当に私の記憶がない間に何してたのよ。
「あれ?お兄ちゃんは?」
そうしているうちに輪投げの景品を持った魅音たちが帰ってきた。
「おばばに呼ばれて向こうに行ったよ」
テントの方を指差しながらそういう茜。
「あちゃぁ、お兄ちゃんも災難だね」
「ですね」
それを聞いた魅音と詩音が苦笑いを浮かべる。
「はう?お兄ちゃんはどこに行ったのかな?かな?」
礼奈たちはお魎を知らないらしく疑問顔をしている。
「うちのばっちゃに呼ばれたみたい。ばっちゃ、お兄ちゃんのことかなり気に入ってるからね」
「そうなの?」
「うん。うちのばっちゃ、すごく怖いんだけどさ。お兄ちゃんが初めて会った時にばっちゃの睨みに一切動じることなく逆に睨み返してそこにいた親戚全員をビビらせちゃったんだ。そりゃあ、ばっちゃが気にいるよ」
「あれにはびっくりしたね。灯火の雰囲気がいきなり変わるんだから。ふふ、あたしも思わず見入っちまったよ」
・・・・いやほんと何やらかしてるのあなた。
いくらあのレナの兄だからって何でもしていいとは限らないのよ?
いえ、やってることは本当にすごいのだけど。
「そんなわけでばっちゃに気に入られたお兄ちゃんはよくばっちゃに呼び出されて話し相手をさせられているのさ」
「たまに灯火が死にそうな顔をしてたのはそういうことだったんだね」
悟史が納得した顔をする。
「これはお兄ちゃんはしばらく帰ってこないね。みんなで屋台を回ろっか」
「「「「さんせーい!」」」」
一瞬で灯火は見捨てられ。みんなは祭りの中に消えた。
誰一人、灯火のことを待とうとはしなかった。
・・・・これは流石に哀れね。