映画『君の名は。』の別エンディングを考えてみました。
ネタバレ多いので原作を見ていない方はご注意ください。
なお、作者は映画を1回しか見ておらず、小説版すら読んでいないにわかです。いろいろとすみませんでした。


9月6日22時15分ごろに少しだけ改変&あとがきに解説を追加。ご確認ください。

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君の名は。 another end

 

 

 

 

 

 

 

 何か忘れている。それは誰かなのか、建物なのか、はたまた物なのか。わからない。でも、確かに俺は何かを忘れていた。

「はぁ……」

 夕焼け空を歩道橋の上から見上げ、そっとため息を吐く。やっと就職先も決まった。しかも、その就職先は就きたかった建築系の仕事。これでやっとこの喪失感から逃れられる。そう思っていた。だが、俺の探している物はどうやら別の物だったらしく、この心を締めつける糸は解けない。仕事が決まってからこの喪失感の正体を知るために街を適当に徘徊しているが効果はあまり芳しくない。

 そろそろ四月になる季節。まだ肌寒いがいずれ春になり、ポカポカした気候に変わるだろう。そうなれば晴れて俺も社会人だ。しかし、こんな気持ちでそれを迎えてもいいのだろうか。そんな疑問を持ちながら歩道橋を降りる。

「っと」「きゃっ」

 その途中、上の空で降りていたせいか人とぶつかってしまった。チラリとそちらを見ると黒髪がとても綺麗な女性だった。彼女はこちらを見て目を丸くしている。そんなにぶつかったことが意外だったのだろうか。それは申し訳ないことをしてしまった。

「すみません」

 すぐに頭を下げて足を動かす。何も言わず、変な言いがかりを付けられたら大変だ。急いでこの場を――。

「待って!」

 ――離れようとしたが、上から制止の声が響く。その声があまりにも必死で俺の足は自然と止まり、先ほどぶつかってしまった女性を見上げた。

「ッ……あ、あれ。なんで私……」

 何を言われるのか少しだけドキドキしていたが、視線の先にいる彼女は狼狽えていた。まるで、自分の行動を不思議に思っているように。

「えっと……何か?」

「あ……えーっと。いや、そのですね……そう! お怪我はありませんか!?」

「怪我って……倒れたならまだしもぶつかっただけですし」

「そう……ですよね」

 そう言いながら彼女は謝りながら頭を下げ、振り返った。すると、女性の黒髪を結っている紅い紐が目に入る。

「あのっ!」

 それが目に入った瞬間、俺は何故か彼女を呼び止めていた。まさか呼び止められるとは思わなかったのか再び、彼女はこちらを見る。

「その、紐……」

「え? これ、ですか? ただの組紐ですけど」

「組紐……」

 何だ、この感じ。俺はあの組紐を見て何を思った。この感情を一言で言うなら――。

「懐かしい……俺、それ持ってたことあります」

 そうだ。中学生のいつだったか忘れたが、俺はその組紐を誰かに貰って高校生の途中まで何となくお守り代わりに手首に巻いていたのだ。いつの間にかなくなっていてちょっとショックだったのを覚えている。

「組紐を? 男の方が持ってたなんて珍しい……あ、すみません」

「違うんです」

「違う?」

「俺……その組紐を持ってたんです」

 ああ、間違いない。チラッとしか見えなかったが何年も付け続けたお守りだ。忘れるわけがない。じゃあ、何故今彼女が俺の組紐を持っている?

「この組紐を? それはありえません! だって、これ私が作った組紐ですから!」

「なに?」

 思わず、素の口調で聞き返してしまった。俺が持っていた組紐は彼女の手作り? いや、それはおかしい。確かにあの組紐は誰かから貰った物。でも、もし、本当に組紐を作ったのが彼女であれば俺と彼女は知り合っていなければならないのだから。

「あの……本当に失礼なことを言いますけど。その組紐、見せていただけませんか?」

「え!?」

「お願いします。とても……大切なことが思い出せそうなんです」

 やっと見つけた手がかりなのだ。ここで逃すわけにはいかない。俺の真剣さが伝わったのか最初は戸惑っていた女性はおそるおそる組紐を解き、俺の元まで降りて来てくれた。

「ど、どうぞ」

 そう言って俺の手に組紐を落とす。お礼を言って組紐を広げてみた。

「やっぱり……俺の持ってた組紐だ。でも、なんで……」

 わからない。何がわからないのかもわからない。ああ、もどかしい。

「……すみません。ありがとうございました」

 しばらく組紐を眺めていたが結局、何も思い出せなかった。肩を落とし、組紐を彼女に差し出す。

「いえ……何か思い出しました?」

「何も――ッ」

 心配そうに問いかけて来た彼女に対し、ため息交じりに返答しながら組紐の先端を彼女の手の平に落とす。その瞬間、頭の中でバチッと火花が散った。彼女も同様に何かに怯んだように体を震わせる。

 ――たきくん……たきくん……ねぇ、覚えて、ない?

 そんな声が聞こえたような気がした。俺の名前を呼ぶ誰か。名前の知らない誰か。いきなり俺の目の前に現れ、そう聞いて来た人がいた。そして、俺はその人の名前を聞いて、組紐を貰った。確か、その人の名前は。名前は――。

「……みつは」

「……え?」

 俺の呟きが聞えたのか、彼女は目を丸くして声を漏らす。やばい。女性の前で女の子の名前を呟けば怪しまれるに決まっている。下手すれば変態扱いされて警察を呼ばれてしまうかもしれない。

「あ、すみません! この組紐をくれた人の名前が確かそんな名前だった、かなって」

「……私、三葉って言います」

「え?」

 唐突なカミングアウトに俺は思わず、狼狽してしまった。

「この組紐を作った人も私で……君に組紐をあげた人の名前も私と、同じ。これって……偶然にしては、出来過ぎてませんか?」

 確かに偶然にしては出来過ぎている。それに名前は思い出せても組紐をくれた人の顔は全く思い出せなかった。何か関係でもあるのだろうか。

「えっと……ものすごく変なこと聞いてもいいですか?」

「はい?」

 首を傾げて思考を巡らせていると不意に女性――三葉さんが聞いて来た。

「貴方の名前……たきって言いませんか?」

「ッ!? どうして、俺の名前を?」

「それが、わからないんです……自然と頭に浮かんで。それにこの組紐は……私、一度誰かに渡したような気がするんです。渡したはずなのに……すぐに手元に返って来てて。あれは夢だったのかなって思ってて」

 組紐を作ったのは彼女で、その彼女は組紐を誰かに渡したような覚えがある。

 そして、俺は誰かに組紐を貰って、数年もの間、お守り代わりに持っていた。組紐をくれた人の名前は『みつは』で、彼女の名前も『三葉』。

 だが、彼女が言うには組紐はすぐに返って来た。数年をすぐとは言うまい。矛盾が生じている。

「この組紐を渡したのは……いつだったか覚えてますか?」

 でも、もう少しで何かわかりそうなのだ。ここで諦めたくない。

「えっと……確か、私が高校生だった時だから7~8年前?」

「ッ……組紐を貰った時期と被ってる。もしかして電車の中で渡しませんでした?」

「渡しました! 確か私が電車から出ようとした時に!」

 ああ、そうだ。そうだった。人の流れに乗って電車から出ようとしていた彼女を俺が呼び止めたのだ。その時に名前と一緒にくれたのがこの組紐。

「でも、これはすぐに私のところに戻って来た……でも、あなたは? どのくらい持ってたの?」

「……3年ぐらい持ってたと思います。あ、ちょっと待ってください!」

 確か携帯の中に当時の写真が残っていたはずだ。急いで携帯を操作してお目当ての写真を見せる。

「ほら、ここ! 俺の手首に巻いてあるの、その組紐ですよね?」

「ッ! 本当!? この組紐や!」

 ……や?

「あ、ごめんなさい。思わず、方便が」

 恥ずかしかったのか顔を赤くする三葉さん。その姿を可愛らしいと思ってしまったが、それよりも大事なことがあった。

「待って! 三葉さんはどこ出身ですか!?」

「え、どうしてそんなことを?」

「聞き覚えがあるんです、その方便! 『やんな』とか『やよ』とか!」

「ぎ、岐阜です……岐阜の……糸守です」

「ッ――」

 糸守。それは8年前、ティアマト彗星の核が分裂し、墜落した場所だ。そして、何故か俺が魅かれる土地でもある。それが彼女の出身地。

「あ、あの……これを見てくれませんか」

 本当にこんな偶然があっていいのだろうか。俺が何故か魅かれてしまう糸守が三葉さんの出身地で、今日たまたま俺が書いた糸守の風景画が描かれているスケッチブックを持っているなんて。

「こ、これ!? 糸守やん!?」

 スケッチブックに描かれた風景を見てまた方便が漏れる三葉さん。だが、よほど衝撃的だったのか方便のことなど気にする様子もなくぺらぺらとスケッチブックを捲っている。

「ッ!?」

 そして、不意に彼女の手が止まった。横から覗き込んでみると誰かの部屋の光景が描かれている。昔の俺は何を思ってこの絵を描いたのだろう。

「それ、俺もどうして描いたのか思い出せないです。でも、どうしても捨てられなくて」

 一度は壁にまで貼っていたが、さすがにスケッチブックに描き直したのだ。だって、部屋に他の人の部屋が描かれた絵を飾っているのはさすがに変態すぎるし。

「これ……私の部屋や」

「え?」

「まだ糸守に住んでた頃の私の部屋! これも私の神社やし、ここなんて私が通ってた学校の校庭! ああああ、ご神体のある山まで!?」

 ものすごい形相で三葉さんはスケッチブックを眺めている。何かあったのだろうか。

「その部屋……三葉さんの部屋だったんですか?」

「そう! なんで君が知ってるん!? え、どうして!? なんで!?」

 俺だって知りたい。だからここまで必死になっているのだ。聞かれても困ってしまう。

「特にご神体! ここまでの道は険しくて道を知らないとなかなかたどり着けないのに!」

「あー……そこだけは俺、一回行ったことあります。何でそこに行けたのか、そこに行ったのかもう思い出せませんけど」

「ご神体だけは行ったこと……ある? じゃあ、他の風景は?」

「わかりません……何故か描いてました。自分でも見たことのない風景なのに何故か描いてたんです」

 と言うより、見て描いていたら色々とまずい。三葉さんの部屋とか。

「何がどうなってるの?」

 衝撃的なことが立て続けに起きたせいか三葉さんはふらっとバランスを崩した。立ちくらみでもしたのだろう。だが、場所が悪かった。ここは歩道橋の階段。そんなところで立ちくらみなどしてみろ。

「あっ……」

 落ちるに決まっている。三葉さんの体はゆっくりと落ちていく。俺も咄嗟のことですぐには動けなかった。急いで手を伸ばすがすでに彼女の手には届かない距離まで離れてしまっている。

「三葉!!」

 だからだろうか。俺は自分の手にまだあった三葉さんの組紐を彼女に向かって伸ばしていた。彼女の名を呼びながら。

「瀧くん!!」

 彼女も俺の名を呼び、組紐を掴んだ。それを見た瞬間、力任せに組紐を引っ張った。さすがに人1人の体重に耐え切れるほど頑丈には出来ていなかったようで組紐はブチッと真ん中から千切れる。

 

 

「――」

「――」

 

 

 

 その瞬間、俺は――。そして、彼女も――。

 

 

 

 

 驚愕はほんの一瞬だけだった。今はそれどころじゃない。組紐は千切れてしまったが、幸運にもほんの少しだけ三葉の体を浮かせられた。組紐を掴んだその手を開き、彼女の手を掴んだ。そのまま強引にこちらに引き寄せる。ぶつかるように俺の胸に飛び込んで来た三葉を抱きしめ、その場にしゃがんだ。

「「はぁ……はぁ……」」

 2人の荒い呼吸だけが聞こえる。俺たちの傍には千切れてしまった紅い組紐。ああ、そうだ。この組紐はいつも俺たちが結んでくれていた。一度は手放してしまった彼女をこの組紐が結び、俺を彼女の元まで連れて行ってくれた。詳しい話はまだ思い出せないけれど、それだけはわかる。

「瀧、くん……私、思い出したよ。君の名前を」

「ああ……俺も思い出した。やっと思い出せた」

 宮水 三葉。俺がずっと忘れていた君の名。

 立花 瀧。君が忘れていた俺の名。

 また組紐が俺たちを結んでくれた。

 

 

 

 ムスビ。誰かから聞いた話。

 

 

 

 きっと、俺たちにとってこの組紐が『ムスビ』だったのだろう。だから、役目を終えた『ムスビ」は千切れた。組紐が俺たちに『ムスビ』はもう必要ないと言ってくれている。そんな気がした。

 




少しだけ解説。


ムスビである組紐の謎を瀧と三葉が紐解いた(ほどいた)ことにより、少しずつ記憶を取り戻していった。しかし、紐解いている途中で組紐が千切れてしまったため、中途半端に記憶が戻った。それは途中まで解けた部分がお互いの手に(ちぎれた瞬間)あったから。


こんな感じです。いかがだったでしょうか?
何かミスなどがありましたら感想などで教えてください。


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