今回は短めです。
小さな盾には小さな疾風
ダンジョンの13階層。そこからは俗に中層と呼ばれ、1階層から12階層までの上層とはモンスターの強さや発生頻度、通路の複雑さなど全てが段違いになっている。
そのことから名付けられたこの階層の別名は、《
「盾があってもある程度の熱は感じるのか…」
わたしは今そこにいた。中層に来たのはこれが初めてのことだった。聞いてはいたが、《
「魔法の進化、ね」
わたしの魔法、【アイギス】。説明には即発魔法としか書かれておらず、詳細は分からないが鈍く光る
今はわたしの持つ一つの他、わたしの左右と背後に浮く三つの盾がある。食人花との戦闘のときは満身創痍で気を向けることができなかったが、三つの盾はそれぞれわたしの意志で動かすことができる。その為、戦術が広がったのが大きい。盾で挟み潰したり囲って逃げ場をなくしたり重ねて展開して殴ったり等々。
これはもう下手な武器より凄いんじゃないかと思ってきた。それこそ武器が持てないなんて杞憂ではないかと感じるくらいに。
「でもあの花もどきには効かないよね…」
無論、あんなモンスターとは二度と遭遇したくはないが、打撃に耐性のあるモンスターにはわたしの盾は効かない。13階層では小型のモンスターしかいないのでなんとかなったが、今後そうはいかない場面に出会うことがあるだろう。
やはり、剣を持って闘いたいという思いはあった。
しかし、わたしはとっくに決めているのだ。盾で在ろう、と。
それがわたしの役割であり、意味であるのだから。
「それにしても、【ステイタス】凄かったなぁ」
わたしが『黄昏の館』から帰った翌日、ヘスティア様に【ステイタス】の更新をしてもらったのだが、その内容には本当に驚いた。
……………………
ケイト
Lv.2
力:E484→D552
耐久:S980→EX1435
器用:F348→E419
敏捷:D534→C608
魔力:C641→A831
守護:I→G
《魔法》
【アイギス】
・即発魔法
《スキル》
【
・耐久の熟練度上昇値に補正
・武器装備時、全アビリティ大幅低下と
・防具のみ装備時、耐久に上方補正
・防具のみ装備時、得られる【
・守る対象がいる場合に効果上昇
……………………
熟練度上昇トータル800オーバー、アビリティの限界突破、発展アビリティの等級二段階上昇、スキルに追加効果。
しばらくヘスティア様が放心したのも頷けるものだ。何があったのか詳しく聞かせろ、と再三言われた時には、嘘の無いように曖昧に説明するしかなかった。怪我をしたのを知られたら、小一時間怒られた。
自分でもこんなになっていることが理解できなかった。あの花もどきはそれ程に強い相手だったということなのか。しかし、こうなってしまったが後の祭り。害にはならないのだから、世間にばれないように振る舞えば問題ない。
「注目されないようにしていかなきゃ、かな」
わたしは魔石やドロップアイテムで重くなったバックパックを背負い直した。
今日はどれくらい稼げただろうか。地上へ向かう足取りは軽いようで、重い。銀のガントレットに流れ落ちた涙滴が儚く光った。
========
迷宮都市オラリオの中央に座する白亜の摩天楼、バベル。天を衝くほどに聳え立つ巨塔はいつもと変わりなくオラリオの街を見下ろしている。
その最上階に、この世の美をその身に全て内包したかのような女が豪奢な椅子に腰かけている。艶めかしい玉の肌を曝け出すかのような紫紺のドレスを纏っているのは、【フレイヤ・ファミリア】の主神、女神フレイヤ。
その斜め後ろに筋骨隆々な
それもその
「フレイヤ様。あの少年は如何でしたか?」
「なぁに、オッタル?妬いているの?」
「いえ、そういうわけではございません。ただ、あの少年は貴女様のお眼鏡にかなったののかどうか、と」
「ふふっ、そうねぇ。あの子はとても輝いていたわ」
フレイヤは
先日の
ただ、彼女は試し、見てみたかったのだ。兎のようにか弱く、それでいて眩しい、少年の輝きを。彼女の企みは
「嗚呼、あなたが欲しいわ、ベル」
美の女神は後ろにいる眷属のことも忘れ、一人の少年に思いを馳せていた。
========
「どうしてこんなことに…」
若草色のジャンパースカートに白いエプロンとヘッドドレスを着て、いくつもコップやグラスが乗っている盆を両手に、そんなことを思った。馬鹿騒ぎをしながら酒や料理を貪る冒険者たちに注文の品を運ぶ。
ここは、酒場『豊饒の女主人』。なぜわたしがこんなところで給仕をしているのかというと、話は3時間ほど前に遡る。
わたしはダンジョンを出た後、魔石やドロップアイテムの換金を終え、帰路についた。そこまではよかった。しかし、途中で精悍なドワーフの女性に遭遇してしまったのが運の尽きだった。
買い出しをしていたミアさんに出会ったわたしは、いつかの
そうして強制的に制服に着替えさせられ、事ここに至っている。
「料理できたよ!奥のテーブルだ!」
女将のミアさんが怒号にも似た大声を上げる。今は既に日が沈み、夜の帳の中、魔石灯の光が道を照らしている。多くの冒険者が探索から帰る時間帯だ。当然、ここを含む酒場には花の蜜を求める虫達のように冒険者が集まり、騒ぐ。わたしの他の数人の店員も店の中を忙しなく動き回っていた。
「そこの可愛い嬢ちゃん!果実酒3つと今日のおすすめ!」
「こっちは麦酒を人数分!」
「かしこまりましたー」
忙しい忙しい。わたしは無心になって人形のように働いた。
騒ぐ冒険者も少なくなり、日付が変わる直前に今日のバイトは終了した。これから一週間はやってもらうとのことだ。ダンジョンに行って少しでもお金を稼がなければいけないというのに、足止めを食らってしまった。
ヘスティア様は何も言わないが、【ヘファイストス・ファミリア】の一級品の武具の気になるお値段は、最低でも0が7つはある。そして、神ヘファイストス自らが鍛えた武具となれば、金額が跳ね上がることは間違いない。
おそらく、現在【ヘスティア・ファミリア】は数億ヴァリスの借金を抱えている。頭と胃が痛かった。明日にでも神ミアハのところに行って頭痛薬と胃薬を買ってこよう。これは必要経費だ、と自分に言い聞かせた。
「何を考え込んでいるのかは知りませんが、早く退いてください。掃除の邪魔です」
「はぁ…はいはい、分かりました」
頭を悩ませるわたしに、憂鬱とさせる声がかかる。『豊饒の女主人』で働く空色の瞳に薄緑の髪のエルフ、リュー・リオン。わたしがこの店で唯一苦手な相手だ。わたしがぶっきらぼうに彼女に返事をすると、彼女はムッとした表情を浮かべた。
どうしてだか、彼女はわたしのことが気に入らないようなのだ。それはお互い様で、わたしも彼女は気に入らないのだが。
要らぬ諍いは起こしたくないので早々に立ち去ろうとするが、待ちなさい、とわたしの足を止める彼女。
「あなたはクラネルさんをどう思っているのですか?」
「何を考えているのかは知りませんが、ベルはわたしにとって護るべき家族です」
嫌味も込めて本心を告げる。ベルはまだ頼りなく、わたしから見れば弟のような存在だ。しかし最近の成長ぶりは目を見張るものがある。スキルのこともあるのだろうが、ベルには才能があると思う。指導者がいればもっと伸びるだろう。
わたしが答えると彼女はこちらを睨むが、すぐに目を逸らした。そして、また口を開く。
「何故あなたからは私と似たような感じを覚えるのでしょうか?その感覚が、わたしに貴女を気に食わなくさせる」
「奇遇ですね。わたしもですよ」
暫く視線をぶつけ合う。
多分、相手も分かっているのだ。この嫌な感情の訳を。この胸を刺すような感覚が何なのかを。
「彼を大切にしなさい。今日は早く帰ったほうがいい」
「言われなくとも」
その後、わたしは更衣室を借り元の装備を着けて、店を後にする。
頬を撫でる夜の風が少し冷たく感じた。
お目汚し失礼いたしました。
ご感想・ご指摘等ありましたらお寄せください。