家族を護る盾になるのは間違っているだろうか   作:ティエン

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難産って感じですね


盾、飢えては職をえらばず

元々は霊験あらたかだったのだろうが、今は見るも無残な廃教会。今尚それだけが神聖さを表すステンドグラスが朝日を浴びて光り輝く。石煉瓦の床の隙間から、地下の隠し部屋に陽光が入り込んだ。

昨日はとても疲れていて帰ったらすぐに寝てしまった。ヘスティア様とベルはわたしを待っていたのか、ソファで座りながら眠っていたので、ありがたくベッドを使わせてもらった。

まだ二人はぐっすりと眠っているようで、すぐには起きそうにない。二人の仲良く寄り添うように眠る光景を見たら、つい口元が緩んでしまった。

 

そういえば昨日ミアさんに、今日は朝から入るように言われていたのだった。思い出して、すぐに準備をする。遅刻をしたらどんなお仕置き(制裁)が待っているか分からない。

 

「書き置きは…いいかな」

 

ばれるのは時間の問題だろうが、自分で言うのもなんだか恥ずかしい。特に二人に言っておくことも無いので、わたしは二人を起こさないように地下室を出た。

 

 

 

オラリオの朝は早く、日が出てからまだ1時間ほどしか立ってはいない。それでも冒険者や無所属(フリー)の労働者が道を歩いているのはいつものことだ。その光景を歩きながら眺めて、今日も給仕か、と億劫になる。

 

『豊饒の女主人』に着いて中に入ると、着替え終わって店内にいる人もいた。急いで離れの更衣室に行き、着替えを済ます。長い髪はポニーテールに結わえ、ヘッドドレスを着けて準備完了。髪型を変えたのは気紛れだ。

 

「ケイトさん、おはようございます!」

「おはようございます、シルさん。朝から元気ですね」

「はい!私はいつも元気ですよ!」

「二人とも、早く店内の掃除を済まさないとミア母さんに叱られてしまう」

 

更衣室を出ると、シルさんとリューに出会った。不服だが怒られるのだけは嫌なので三人で店の方に行く。わたしが、また掃除か、と小さく文句を垂れると、店仕舞いの前の掃除は零れた料理や酒を片付け、開店前の掃除は埃も塵も無いように綺麗にする為だ、とリューがすかさず言ってきた。それ以前に、文句を言えばミアさんに怒られる、とシルさんが補足する。

理解したわたしは、黙って掃除用具を手に取り作業を開始した。

 

「ケイトがここで正式に働くようになればミャー達の稼ぎも増えるんだけどニャー」

「そうニャ。昨日はいつもよりお客さんの入りが良かったのニャ」

「そこの猫二匹、サボってるとミア母さんにどやされるよ」

 

わたしが掃除をしているときにカウンターで寛いでいるのは、猫人(キャットピープル)のクロエ・ロロさんとアーニャ・フローメルさんだ。注意をするヒューマンのルノア・ファウストさんとクロエさん、アーニャさんのやり取りはいつものことらしい。

 

この『豊饒の女主人』は、元一流の冒険者であったミア・グランドさんが所属していた【ファミリア】を半ば脱退することで開いたと聞いた。彼女の意向によって、ここの従業員は()()()が多く、そういった者は住み込みで働いている。しかし唯一シルさんだけは住み込みではない。

 

「掃除は終わったかい、お前達?」

「はい、ミア母さん」

「アーニャとクロエはサボってたけどねぇ」

「そ、そんなことないニャ。ケイトに仕事を教えてたのニャー」

「そ、そうニャ!先輩として見本になってやったのニャ!」

 

掃除を終えると丁度ミアさんが現れた。両肩に酒樽を乗せている姿がとても絵になっている。

ルノアさんが二人の怠慢を愚痴ると、ミアさんの方から冷気のような何かを感じた。アーニャさんとクロエさんの顔が真っ青だ。

 

「それなら、わたしの仕事は座ってダラダラすることですね」

「二人とも、今日は休憩無しで店仕舞いまで働いてもらうよ!」

「「は、はいニャ!」」

 

尻尾までピンと伸ばして敬礼する二匹の猫がいた。

 

ミアさんが開店の支度をするように皆に告げると、各自持ち場に着き、厨房で仕込みやら店内のテーブルや椅子のセッティングやらし始める。

わたしはホール担当なので、セッティングを手伝った。ミアさんには料理もできるとは言ったのだが、昨日の盛況がどうもわたしの所為らしいということで厨房には入らせてもらえなかった。実に不本意だ。

 

「すまない。少しいいだろうか」

 

不意に入口の方から男の声が聞こえてきた。見ると、紅のフード付きの外套を身に着け、顔はフードを目深に被っているせいで分からないが、顔中に包帯を巻いているようだ。

男から発せられた声は包帯の所為かくぐもってはっきり聞こえなかったが、近くにいたアーニャさんとクロエさんがそれに応える。わたしも何となく気になったので男に近づいていった。

 

「なんだニャ?まだ開店してないニャ」

「様子を見れば分かる。ただ、この辺りに宿があるかどうか聞きたい」

「そんなのそこら辺探せばあるけどニャー」

「…」

 

二人が適当に言うと、男は困ったように黙り込み、踵を返そうとした。このままではなんだか悪いと思い、わたしは男に声を掛けた。

 

「宿なら東の闘技場周辺に色々とありますよ」

 

男は振り返り、固まった。近くで見ると、身長は180C(セルチ)といったところで、橙色の髪がフードから僅かに見えた。右側だけ包帯から覗く赤褐色の瞳が、何故か驚愕の色を帯びている。

 

「――リア」

「え?」

 

男の声は小さく、近くにいても聞こえなかった。わたしは男に怪訝な視線を向ける。

 

「――ああ、いや、なんでもないんだ。教えてくれてありがとう」

「…いえ、どういたしまして」

 

男は我に返ったのか、取り繕うように言った。そしてすぐに出て行ってしまった。何だったのだろうか。

 

「碌な奴じゃなさそうだニャー」

「まったくニャ」

 

クロエさんとアーニャさんは文句を言いながら奥へと戻っていく。わたしは暫く入口の方から目が離せなかった。

ミアさんに叱られた。頭頂部が痛くなった。

 

 

 

準備が終わり開店すると、最初の客層は女性中心の一般市民となる。少し瀟洒な雰囲気の酒場は女性に人気があるようだ。朝と夜でメニューの内容と金額を変え、時間毎に客層を変える策も上手く働いているおかげでもある。

夜は金額を高くしてダンジョンで稼いできた冒険者からたっぷり金をいただく。実にいい商売だ。その話をミアさんから聞いて、下手にダンジョンに潜るよりか収入がいいのでは、と一瞬思ったほどだ。

朝はあまり客は多くなく、仕事は楽だった。

 

まだ店が混んでいない夕暮れ前、食材が幾つか足りないので二人くらいで買い出しに行くように、とミアさんから言われた。丁度話を聞いていたわたしと、ルノアさん、アーニャさん、クロエさん、シルさん、それとリューの6人のうちからくじ引き決めることにした。

結果、わたしとリューの二人。絶対に避けたい組み合わせだったのに、もう運命の悪戯にしか思えない。リューも良い顔はしていなかった。

 

「ふふっ、買い物デートだね」

「「あまりからかわないでください、シル(さん)」」

「あら?うふふふふっ」

「「…」」

 

リューと言葉が被ってしまった。それを聞いてシルさんが楽しそうに笑い、鈍色の髪を揺らす。わたしがリューを横目で睨むと、彼女も同じように睨んでくる。ふん、とすぐにそっぽを向けば、シルさんが手で口と腹を押えて笑った。ルノアさんたちもニヤニヤしていた。

 

「早く行きますよ」

「分かってます」

 

あちらも居心地が悪かったのか、リューが催促してきたのでその後を追い、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

わたしは野菜の入った紙袋を抱えながらリューの隣から2歩ほど後ろを歩き、夕暮れの道にいる人々を眺めた。露店から大きな声を上げて自分の商品の宣伝をする商人。すれ違う際に肩がぶつかり罵詈雑言を投げ交わす冒険者。自分の働く酒場に人を呼び込もうと可愛らしい声を張る少女。手を繋ぎながら今日の夕飯の話をしている亜人(デミ・ヒューマン)の親子。

わたしは、このオラリオには沢山の人がいるのだな、と黄昏れていた。どうして急にこんなことを思うのか自分でも不思議だが、気分は悪くなく、寧ろこの喧噪の中に身を置いているのがほんの少しだけ心地良かった。一日中平和な場所で過ごすのも、偶には良い。

 

「早くしないと店が混み合う時間になってしまう。急ぎましょう」

「はーい」

 

リューの言葉に間延びした返事をする。彼女は特に気にする素振りは見せず、足を少し速めた。わたしもそれについていく。来るときと同じように、沈黙の時間がわたしと彼女の間に流れる。しかし、その沈黙は一つの剣戟の音によって破られる。目先にある『豊饒の女主人』への近道となる路地から聞こえた。

人が折角平穏を心行くままに堪能しているというのに、物騒な。

 

「冒険者同士の喧嘩ですかね」

「分かりませんが、近道を使わなければ遅れてしまう。行きましょう」

 

リューの纏う雰囲気が変わった。どうやら仲裁する気らしい。

仕方ない、どうせ夜には平和ともいかないか。それに、遅れたらミアさんの拳骨が怖い。

足早になった彼女の脇で、わたしは溜め息を吐いた。

 

「やめなさい」

 

大袈裟に肩を落とすわたしに見向きもぜず、リューは路地に入る手前で止まり、何者かに告げる。彼女の陰から覗くと、そこにはベルがいた。ベルの前には片手直剣を構えた黒髪の男がおり、剣をベルに向けている。ベルもナイフを構えていたが、二人は声がしたこちらの方を向いた。

 

「はぁ…街中で剣を交えるとは、穏やかではありませんね」

「あぁ?口出しすんじゃねぇ!とっとと失せ――」

「吠えるな」

 

瞬間、リューの殺気が膨れ上がる。男は硬直し、狼狽える。

 

「手荒なことはしたくありません。私はいつもやりすぎてしまう」

 

それはとても怒っているようで、とても哀しんでいるようにも思えた。

男は、くそっ、と悪態を吐いて走り去った。それを見たベルは安堵して息を吐いた。

 

「はぁ…ありがとうございます。助かりました、リューさん」

「いえ、差し出がましい真似を」

「なんでベルはこんなところで襲われてるのよ…」

「えええっ!?なんでケイト!?その恰好…」

「気付くの遅っ!?はぁ…まさかこんなにすぐばれるとはね…」

 

ベルはわたしの姿に心底驚いている。口が大きく開いたままだ。分からなくもないが、そこまでされるとは心外だ。

 

「か、神様もバイト掛け持ちしてたし、もしかして二人とも、このナイフのお金を…?」

「落ち着きなさい、ベル……そう、ヘスティア様が…」

 

ベルはあわあわと戦慄し出した。それもそうだろう。ベルに正しい金額が分かっているかは定かではないが、なんせベルの《神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)》は高級ブランド【ヘファイストス・ファミリア】の、この世に二つと無い代物なのだから。

それにしても、ヘスティア様にバイトを掛け持ちさせてしまうなんて、わたしはなんて愚図で間抜けで馬鹿なのだろう。わたしは無力だ。絶望した。

 

「ベル!今日からわたしとベルの食費は最低限にまで削るわ。但し、ヘスティア様にはいつもと変わらないかそれ以上のお食事を用意すること!分かった?」

「は、はいぃ!」

 

しかし、落ち込んでいるばかりではいられない。この現状を打破するために必要なのは、倹約と労働と金だ。ヘスティア様に気付かれないようにできる限り節約をしなければ。

 

「分かったなら行ってよし!くれぐれもわたしの事話しちゃ駄目だからね!」

「わ、分かったよ」

 

そうしてベルはホームの方へ帰って行った。リューがなんだか引き気味だが気にしない。

 

「早く帰りましょう!労働あるのみです!」

「は、はい…」

 

その後『豊饒の女主人』に戻ったわたしは、自分の持てる全てを接客と呼び込みに注ぎ込んだ。後からアーニャさんに聞いたら、いつもの倍近くは客が来たらしいが、看板娘のシルさんも含めた従業員皆がわたしのことを「末恐ろしい子」と言っていたという。

悲しくは、なかった。

 




お目汚し失礼いたしました。

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