酒は飲んでも、飲まれるな。
「ん…あ…ふぁぁあ~」
朝の光が地下室に入り込んできて、わたしは目が覚めた。
「ベルは…まだ寝てるね」
ベルの方を見ると、ベルはまだ目を閉じていた。
わたしはベルが起きるまでに装備を整えて朝食を食べることにした。
わたしの装備は、胸当てとプロテクターくらいのものだ。外套を着て、その上から胸当て、プロテクターを装備しブーツを履く。それから、バックパックの整理。
これで装備は終了。
朝食は、北西のメインストリート、通称『冒険者通り』で安売りされていた乾パンと水で済ませる。
丁度全ての準備を終えたとき、ベルの短い悲鳴が聞こえた。
何事かと思ってそちらを見たら、どうやらわたしたちが寝ているうちにヘスティア様がベルのところに潜り込んでいたようだ。
ベルは顔を赤らめて驚いているだけ…かと思いきや、ヘスティア様に抱き着かれているところから、器用に身を翻らせてヘスティア様を押し倒したような体勢になる。
そして、ベルはすぐにソファから降りて、準備を始めた。
「おはよう、ベル。お楽しみ、だったのかな?」
「そ、そんなわけないよ…っていうか目が怖いよ、ケイト…」
どうやら知らぬ間に怒気を放っていたらしい。
それもそうだ。神ヘファイストスから聞いたことだが、ヘスティア様は三大処女神の一柱。いくらヘスティア様がよくても、他の女に気がある男に好きにさせるのは、わたしが許さない。
そんなことを考えていたら、ベルが準備を終えたので、わたしもバックパックを背負った。
「ベル、今日は別々に探索をしましょう」
「え、いいの?」
「そろそろわたしも本腰入れて稼がなきゃだしね。ただし、4、いや3階層までだからね?」
「分かったよ、ケイト」
わたしは、我慢させるばかりでは言うことも聞かなくなるだろうと思って、ベルに単独行動を許可した。わたしがお金を稼ぎたいというのもある。
昨日、ベルは死の恐怖を経験したばかりだし、無理な探索はしないだろう。
「そうと決まったら早速行くよ」
「うん」
「「いってきます」」
わたしとベルは、まだ寝ているヘスティア様に向かって告げ、地下室を後にした。
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わたしとベルはバベルに向かって、西のメインストリートを歩いていた。
西と北西のメインストリートの間にあるわたしたちのホームからは、西に出た方がダンジョンに行きやすいのだ。
西は規模の大きい住宅街になっている。
暫く歩いていると、何処からか視線を感じた。舐めるように見つめられているような、不快な感覚だ。
立ち止まって、目だけ動かし周囲を確認する。しかし特に怪しい人物の気配は無い。
少し遅れてベルも感じたのか、振り向いて辺りをキョロキョロ見回していた。
そこに、声がかかった。女の人の声だ。
「あの~?」
「は、はい?あっ、す、すみません。何か?」
「あ、あの、これ、落としましたよ」
見ると、ベルに声をかけてきたのは、鈍色の髪をした可愛らしい女性の
若草色を基調とした衣装に、白いエプロンとヘッドドレスをつけているので、ウェイトレスだと思う。
ふと、その女性が出てきた場所を見ると、一際大きな、しかも見覚えのある酒場だった。
看板を見上げる。そこにはやはり、『豊饒の女主人』と書いてある。
ここにはいい思い出がない。今日は別行動だから、ベルを置いて先に行くことにした。
「ベル、わたしは先に行くから。約束破ったら駄目だからね」
「あっ、ケイト?」
「それじゃ」
二人のことは気にせず、バベルへ向かう足を速める。
今日はいっぱい稼いでヘスティア様に美味しいものを食べてもらいたい。
頑張らなくては。
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「ヤッ!…っと、セイッ!」
一斉に襲ってくるインプ達を、それぞれの微妙なタイミングのズレを見極めて躱し、空いている手で殴り、足で蹴る。死角から飛び掛かって来た奴には、盾で攻撃の威力を反射して吹き飛ばす。
時には、インプ達の動きをうまく誘導して仲間を攻撃させ、その隙を突いて倒す。
残りの一匹は、跳躍して上から落下し、圧殺もしくは盾の薄い側面を使い、魔石を壊さないように頭や喉を潰し切る。
そうしているうちに、十数匹ほどインプを倒した。
盾を手放して消し、魔石を拾い始める。
盾はわたしの手から離れると消えるようになっている。
「ふぅ…今日はこんなとこかな」
今わたしがいるのは、10階層。霧が立ち込め、見通しが悪い。辺りには枯れ木が蔓延る様に生えている。
7階層までは、吹き飛ばして通路の壁に激突させてそこから圧殺ということができたが、8階層からはルームを繋ぐ通路が狭く、モンスターの多くが広い場所にいるため、そうすることができなかった。
わたしは盾などの防具しか持てず、戦闘方法は極限られている。その中で、手数が限られるのはかなりの痛手で、今のところは【ステイタス】任せでなんとかしている。
「まあ仕方ないんだけどね…」
周囲を警戒しつつ今日の探索を振り返りながら、魔石を拾い終えて帰ろうとしたとき、霧の向こうから大型モンスターの影が忍び寄ってくる。
「オークは面倒だなぁ…くわばらくわばら、っと」
倒せないこともないが、盾や徒手空拳ではオークのような大型モンスターの相手は時間がかかるので、戦闘を避けて早く地上へ戻ることにした。
「ベルはもう帰ってるかな?」
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「総額1万6千ヴァリスか…今日だけなら大丈夫、かな」
袋に入った金貨の重さを確かめながら、呟いた。
日はもう暮れて、辺りには夜の帳が落ち始めていた。
「早く帰ってヘスティア様を食事に誘おう、ついでにベルも」
もうすぐそこだったため、わたしは早足で廃教会へと向かう。
少し歩けば、すぐに着いた。
地下室への扉を開け、階段を下りる。
そして、帰還を報告―――
「ただ今帰りまし―――」
「えええぇええっ!?神様、これ間違ってませんか!?熟練度上昇値トータル160オーバーなんて!」
しようとしたが、ベルの叫びに遮られた。
その叫びを聞いたわたしも驚いた。
例のスキルのおかげだろうけれど、そんなに効果があるものなのか。
ベルがどれだけヴァレンシュタインさんに想いを寄せているのか分かった気がした。
そのベルはというと、胡坐をかいてプルプル震えているヘスティア様に嬉しそうに声をかけている。
ヘスティア様、拗ねてるなあ。
「か、神様?なんで僕、こんなに成長したのかな~って…」
「ふんっ!知るもんかっ!」
ヘスティア様は立ち上がって、クローゼットに向かい、外套を取り出す。
「ヘスティア様、ただ今帰りました。それで、今からどちらへ?」
「お、お帰りケイト君…バ、バイト先の打ち上げだよ!君たちは二人で楽しく豪華な食事でもしてくればいいさ!」
「ヘスティア様!?待ってください!」
涙目でそう言って、走って出ていくヘスティア様。
様子からして、打ち上げというのは嘘だろう。早く追いかけなければ。
その前に、わたしはベルを一瞥して言う。
「ベルの所為だからね」
「ええっ!?な、何が!?」
「さあね」
それだけ言って、わたしはヘスティア様の後を追った。
ヘスティア様はまだそれほど遠くへ行っておらず、僅かだが後姿が見えた。
敏捷全開。すぐに追いつくことができた。
「ヘスティア様!」
「ケ、ケイト君!?なんで…」
「ベルは放っておいて、一緒に食事でもどうですか?今日は結構稼いできたんですよ?」
「ボ、ボクはバイトの打ち上げがあるって言ったろう?」
「嘘ですよね?」
「うぐっ!?」
ヘスティア様を呼び止めることができたが、嘘を見抜いて食事のお誘いをしても、ヘスティア様は、ぐぬぬ、と唸り声を上げるばかりだった。
「きょ、今日はいいんだ!一人にしておくれ…」
「はぁ…分かりました」
ヘスティア様は意外と頑固だ。こうなったらもう聞かない。
「じゃあ、あまり危ないところに行かないでくださいね?」
「…うん」
「それと、今度二人で食事に行きましょう。日頃の感謝もしたいですし」
「ああ、分かったよ…」
「ふふっ…約束ですよ?では、お気をつけて」
「うん、ありがとう、ケイト君」
一緒に食事に行けなかったのは残念だが、今日ばかりは仕方ない。
それでも、食事の約束を取り付けることができたし、ヘスティア様もちょっと元気になってくれた。
こんなところか、と思って、わたしはヘスティア様と別れてホームに戻った。
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夕食はどうしようかと悩みながら地下室へと戻ったら、ベルは出かける準備をしていた。
話を聞くと、朝であった女性からお弁当を貰ったお返しに、彼女の店で食事することになったのだとか。
一緒にどうかとベルが誘ってきたので、少し迷ったが付いていくことにした。
というか、なんでそれを早く神様に言わなかったんだ、と少しイラッときたのでベルの頬を抓った。
疑問を呈していたが、罰とだけ答えておいた。
今わたしたち二人は、『豊饒の女主人』の前にいる。
ベルは店の前で立ち止まって、中の様子を窺っていた。
そうしていると、中から今朝の女性が出てきた。
「冒険者さんっ!来てくれたんですね!」
「はい…」
鈍色の髪が店内の光で輝く。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはシル・フローヴァです!」
「ベ、ベル・クラネルです」
「ベルさんですね!…あら?そちらの方は、今朝の?」
「初めまして、フローヴァさん。今朝は碌に挨拶もせずにすみませんでした。わたしはケイト、ただのケイトです」
「ケイトさんですか。わたしのことはシルで結構ですよ。さあ、二人とも、中へどうぞ!」
互いに自己紹介をして、中に入った。
店内では、シルさんの他にウェイトレスが数人動き回っていて忙しそうだ。エルフや
さまざまな冒険者が料理を食べたり酒を飲んだりして、騒いでいる。とても賑やかな雰囲気だ。
シルさんに案内されて、わたし達はカウンター席に座った。
席に座ると、カウンター内から恰幅の良いドワーフと思われる女性が声をかけてきた。
「あんたがシルの知り合いかい?冒険者って割に可愛い顔してるねぇ!隣のは彼女かい?」
「か、彼女って…」
「そんなわけないじゃないですか」
わたしは即答する。ヘスティア様には悪いが、ベルが彼氏なんて考えられない。
とりあえず注文をする。
「シルさん、わたしはパスタと果樹水を。ベルは?」
「ぼ、僕も同じので…」
「ふふっ!畏まりました!」
注文してから暫く待つと、料理が運ばれてきた。
しかし、わたしのは普通で、ベルのは山盛りだ。それから、ベルに今日のおすすめメニューが出される。
どうやらシルさんの企みの所為らしい。彼女はクスクスと笑っていた。
ベルがシルさんと話している間、わたしは料理を食べながら店内の様子を観察した。
どうやら、ウェイトレスのほとんどが、相当高レベルのようだ。身のこなしや立ち姿で分かった。
訳ありの酒場というわけか、と一人で納得する。
料理を食べ終わる頃に、
「ニャアッ!ご予約のお客様、ご来店ニャ!」
わたしがそちらを見るのと、店内がざわめくのはほぼ同時だった。
道化師のエンブレム、【ロキ・ファミリア】の精鋭メンバーが、そこにいた。
彼らは、神ロキの後ろを歩き、店内に入ってきた。
勿論、【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインさんもいる。
思わぬところで、一方的な再会を果たしたものだ。
彼女は背中の大きく開いたワンピースを着ており、綺麗な金色の髪から覗く玉の肌が美しい。
「ベルさん?ベルさーん?」
シルさんの声が聞こえてきた。そちらを見ると、ベルが真っ赤になっていた。
ヴァレンシュタインさんの姿を見たときから予想していたので、特に気にしなかった。
【ロキ・ファミリア】の面々を横目で見ながら、果樹水を飲んだ。
そうして暫くすると、一段と大きい声がする。
「よっしゃあ!アイズ!そろそろ例のあの話、みんなに披露してやろうぜぇ?」
声を上げたのは、【
気が付かなかったが、あの時ローガさんもいて一部見ていたようだ。
聞くと、わたしたちを襲ったミノタウロスは、【ロキ・ファミリア】の遠征の帰還中に遭遇した群れのうちの一体らしかった。
「そんで、そいつ、アイズが細切れにした牛野郎のくっせぇ血を浴びて、真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!おまけに、近くにいたメスのガキは壁に埋まっちまっててよぉ!情けねぇったらねぇぜ!」
【ロキ・ファミリア】の人たちは、ローガさんの話を話を聞いて苦笑している。
話を聞いて、諌める副団長、【
ローガさんは酔っぱらっているようだった。
隣から、ギュッ、と何かを握りしめる音が聞こえたが、わたしは暫くローガさんの話に耳を傾けた。
そして彼は、言い放った。
「自分より弱くて軟弱な雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格はねぇ!他ならないお前が、それを認めねぇ!」
握りしめる音が強くなる。
後処理が面倒だと思いながら、わたしは果樹水を飲み干した。
ベルのやることは大体わかっていた。
だから、ベルに向かって言う。
「ベル、程々にしておきなさい」
ローガさんが、続けた。
「雑魚じゃ釣り合わねぇんだ、アイズ・ヴァレンシュタインにはなあ!」
次の瞬間には、ベルは立ち上がって店を飛び出していた。
あの様子では、わたしの忠告も、聞こえていたかどうか。
仕方ない。わたしも少しムカついているし、とりあえず、ベルの代わりに
「店主さん、柑橘類の果樹水を」
ベルが出ていくのを見た後、わたしは女主人に伝える。
何かを察したような彼女だったが、注文を受けてくれた。
「蛮勇だねぇ。店の物は壊すんじゃないよ。それに、あんたはここの客の受けが良さそうだ」
「はい。ありがとうございます。お返しはいつか必ず」
果樹水を受け取る。
それを持って、【ロキ・ファミリア】がいるテーブル席の方に向かう。
途中で、シルさんのつけていたヘッドドレスを、サッと抜き取り、自分の頭につける。
シルさんが突然のことにびっくりしていたが、お構いなし。
そして、ローガさんの目の前に、持っていたコップを、ドンッ、と置き、一言。
「お待たせいたしました、お客様!」
お目汚し失礼いたしました。
土曜日はこんなことがあるかもしれないですね。
ご感想・ご指摘お待ちしております。
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