寂しくなって佐倉に会いたくて美術室へ向かうもそこにはいなかった。
今は夏もとうに終わっていて、あとは寒くなるばかりの10月の秋。
俺は放課後の教室で机に突っ伏して寝ていて、頬で感じる机のひんやりとした寒さに目を覚ます。
教室の時計は午後4時を指していて夕日が差し込む教室には誰もいなく、閉め切っている窓の外からは運動部の元気な声が響く。
ぼーっとする頭でなんで寝てしまったかを思い出す。
今日は朝までひたすら漫画のプロットを考えていて、その眠気に負けてしまったんだったか。
悲しくもホームルーム中だったと思う。眠気に負けて、予定通りの学校スケジュールを送れなかったのは残念だと思うが―――いや、これも経験のひとつだろう。
誰か起こしてくれてもよさそうなものなんだが。佐倉や御子柴は来なかったんだろうか。
机から顔をあげると、頬に紙が張り付いていた。
それをはがすと、紙には『美術部に行ってきます』と小さく可愛らしい文字の書置きがあった。1度は来てくれたものの、眠る俺が珍しかったのかそのまま放っておいたらしい。
佐倉は今日は美術部か、と思うと自然にため息が出る。
このため息の意味が自分でもわからず、首もかしげて考えるも答えが出ない。
そのまま十数秒は硬直したまま考えるのもどうかと思い、さっさと帰宅して作業でもするかと立ち上がる。
制服を着ているその上から何かをかけられていたらしく、何かが落ちるかすかな感触と音がする。
それは薄紫色のカーディガン。普段から佐倉が着ている物だ。
今は冷える時期なのにわざわざ俺にかける必要性が感じられない。ひょっとするとこれは着ているものじゃなくて予備のものなんだろうか。
家に帰る予定だったが、俺を心配してくれた佐倉に会いに行く必要性を感じた。
心のどこかがほんのりと暖かくなるのを感じて。
会いに行くと決めたら行動は早い。
椅子から立ち上がっては机の脇にかけてある鞄を取り、床に落ちてしまったカーディガンを拾う。
その時にいい香りがほんのりとして思考がまっしろになる。顔を近づけてしまいたくなる衝動を抑え、カーディガンを軽く叩いてほこりを落とすと折りたたんで手に持つ。
一呼吸し、意識を整えると佐倉がいる美術部へと向かう。
急ぐ必要がないのに俺の足取りは速く、走る寸前までになってしまった。
ちょっとだけ息を荒くして美術部の前へとたどりつき、息を整えてから扉を開けて入るとそこには佐倉はいなかった。
部屋にいた数人の美術部員が言うには、寒いなかで屋上へ空を描きに行くと言ったらしい。
会いたくなった今日に限ってすんなりと会えないのは中々にもやもやとした気分にされてしまう。
美術部を離れ、早足で階段を登って屋上へ続く扉の前に着く。
すぐに扉を開けようと思ったが絵を描いているなら邪魔してはいけないと思い、音ができるだけ鳴らないようにそっとドアノブを回して扉を開ける。
そこには絵描き道具をまわりに置いている佐倉がこちらに足を向けて仰向けで倒れていた。
肘ほどまであるオレンジがかった長い髪は、髪の両側に結んでいる白い水玉模様の赤い大きなリボンと一緒にアスファルトの地面についている。
服は制服のみで、寝ている俺にかけられていたのは着ていたカーディガンだったみたいだ。
顔は目をつむっていて寒い空の下だというのに穏やかな顔をしている。
何が起きたのかと考える前に彼女に駆け寄り、彼女の冷えている体を抱き起こすと目がぱちりと開いては俺と目があう。
そのままお互いに視線があって10秒。
「の、野崎くん!? なんでいるの!!」
「いや、倒れていたら気にするのは当然だろう?」
「そうじゃなくて!」
佐倉の声は落ち着くなぁとなごんでいたら、ぱっと立ちあがってスカートのよごれをはたくと、スカートのすそを抑えながら上目遣いで俺を見上げてくる。
「見た……?」
何のことかと思ったがすぐに思い当たる。
「パンツなら見えなかったな。少年漫画だと主人公の男がドキドキして喜ぶものだが、実際はそうでもないとよくわかった」
「そういう答えなの!?」
今日も感情の起伏が激しい佐倉を前にし安心する。それは至近距離で目があったことに緊張してしまったことに気付かれなかったから。
ひと呼吸して佐倉が落ち着くのを待ってから、手に持っていたカーディガンを手渡すと佐倉がここに来た理由の空を見上げる。
「普段は空を見ないけど、なんとなく見たい気分になって見ると心が落ち着くんだよね」
「わざわざ屋上にまで来なくても見れるだろう。ここは寒すぎる」
俺が空を見上げるとすぐ隣にまでやってきて一緒に空を眺める。
身長が俺より頭ひとつ分以上に小さい佐倉の背はいつも見ているのに、なんだか儚げに感じるのは秋の空のせいだろう。それとさっきの倒れていたのを見てしまったの影響もあるはず。
男女逆なら漫画に使えるかとシーンを考えていると隣から可愛らしい小さなくしゃみの声が聞こえる。
「あ、ごめんね野崎くん。なんか考え事してるの邪魔して」
「それは別に構わないが、もう戻ったほうがいいな」
「もうちょっとで空のスケッチが終わるんだけど」
「風邪を引きそうな状態で我慢しながら描いても勉強にならないだろ」
「そうなんだけどね。ほら、今の雲って綺麗だから」
夕日と空に、うろこ雲。
もうすぐ日が落ちてゆく時間のなかで、言われてみれば綺麗に思える。
白い雲にオレンジ色の光があたると、青空の時とは違う表情を見せてくれる空。
「確かに綺麗だな」
「この時期、この時間帯が1番綺麗だよね」
空を見るのをやめ、隣にいる佐倉を見るとちょうど目があう。
夕日の光があたるなか、俺が見たのは彼女の笑顔。視線が彼女の顔から動かせなくなり、その笑顔は普段から見ているよりも素敵に見える。
空を見ていたからだろうか、それとも佐倉といる空気にあてられたかもしれない。
おだやかな風に髪が揺れるのを見た瞬間、一瞬にして心がときめく感じがしたような気がする。
そう、少女漫画でよくある光景。
恋に落ちる瞬間……かと思ったが、佐倉がさっきとは違う可愛らしくないくしゃみをして意識がはっきりと戻ってくる。
顔に手をあて、ぼーっとした意識になったのを反省する。
そうしてから佐倉の持ってきた道具を素早く集めると手を引いて屋上から出ようとする。
「あ、あれ、野崎くん、手。手!」
「手? ああ、外にいたから冷えてるな。冷やすのは体に悪いぞ」
顔が赤くなったり視線をきょろきょろとするのが少々可愛らしくも見え、いじめたい衝動がわずかに出てくるがそれは抑えておく。
それよりも今はこの心臓が強く動いている音と、赤くなった俺の顔のほうが重要だから。
佐倉に顔を見られないようにして手を引っ張って歩く。
それは屋上を出てからも続き、一緒に帰るときもなぜか雰囲気的に手をつながないといけないような気がして、手をつなぐ。
その時の感情はなんだか心が暖かくなった。
外の空気が寒いほどに強くそう思う。
以前、艦これ小説の息抜きに書いたもの。