始まりのリンドヴルム   作:SUN_RISE

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投稿間隔が空いてしまった時に備えて、前話のあらすじを前書きに書く事にしました。これで『前ってどんな話だったっけ?』という事も少なくなるのではないか……と期待しております、はい。
もちろん『こんなの覚えてるからどうでもいい』という状況が一番望ましいんですが、いかんせん(リアル世界の方の事情が)色々とありますので……本当に念のためです、他意はありません。



※ 一話目のあらすじ ※

魔法世界パトリシア、それは『魔素』が全ての根源として存在し、魔素を用いた特殊技法『魔法』が存在する世界。
魔素を動力源(燃料)に動き続ける人工魔具(テクノ・クラフト)が発展し、人々の生活に浸透した世界である。

そして、主人公サリア・アルフォードが登場。
アルフォード一家も全員顔見せを済ませ、これにてようやく本格的に物語が進んでいきます。



……そう思っていた時期が、私にもありました。

※ あらすじ終わり ※



それでは、本編へどうぞ。



二ノ譚:日常(デイリー・ライフ)

 

私と言う人間は、抱いた疑問は徹底的に追求しなければ気が済まない(たち)である。自分でも難儀な性格だと自覚はしているが、そうでない私など私ではない。

ゆえに私は疑問に対する解答を求め、あらゆる手を尽くしてきた。

 

時には、遥か昔の文献を片っ端から読み解いた。今では読める者もほとんど居ない、古代文字で書かれた書物も構わずあたった。

時には、過去の偉人が著した文献を紐解いた。浅学な私とはまるで違う、深い知見から導き出された鋭い考察を彼ら彼女らは書物にしたためていた。

そのような書物を何十、何百冊と集めて読み漁り……しかし明快な解答はそこには無かった。よくよく考えれば、過去の偉人達でさえ誰も『神々の遺構』へ足を踏み入れた事がないのだから当然の帰結である。

 

ならばと私は、『遺構』……『神々の遺構』とは違い誰でも立ち入る事ができる、しかし不思議な性質を持った迷宮を探索(シーク)した。入るたびにその内部構造を変え、異形の『怪物(レムレース)』が闊歩し、神話の時代に作られたとされる品『魔具(アーティファクト)』が無限に発見される……世界に18か所だけある不思議で危険な迷宮に、剣技と地属性魔法と読書で得た知識ぐらいしか能のない私は力の限り潜り続けた。そこに『神々の遺構』へと繋がる何かがあると、固く信じて。

 

 

 

……しかし気付けば、私の齢は71を数えてしまっていた。鍛え上げた剣技は見る影も無く衰え、磨き上げた魔術は詠唱すらもままならず、あれほど迸っていた情熱もぬるま湯のごとく冷えかけていた。私の人生の、ほぼ全てを懸けた決死の探求は……しかし、残念ながら私を解へと導いてはくれなかったのだ。

 

なればこそ私は、私の最期の義務を果たそうと思う。

 

すなわち……我が70年の探求で得た知見を後世に残すこと、同時に果たせなかった我が夢を前途溢れる若き『探索者(シーカー)』達に託すことだ。それがたとえ茨の道、灼熱地獄に足を踏み入れるかのごとき苦難の道であったとしても、若き力がそれを跳ね退けてくれるものと、私は信じている。

その一助となるために私は、残された最後の力である『読書』の力を『綴書』の力へと変えて本書を執筆した。ここには私が50年以上に渡って続けた探索者(シーカー)人生、その探求の集大成がまとめられている。これから探索者(シーカー)を志す者、そして既に探索者(シーカー)として活動を始めている者も、是非とも本書を手に取って最後まで読んで欲しい。

 

 

……本書を出版するにあたり、未熟極まる私に手を貸してくださった全ての方々に感謝したい。

そして、本書を手に取ってくださった全ての方々にも深く感謝の念を示したい。

 

願わくば、本書を読んでくださった方の中から我が夢を果たし、苦難の道を乗り越え『神々の遺構』の謎を解き明かす方が現れんことを……。

 

 

 

――― セトラ暦1993年、ヨシュア・カーディ著『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』巻頭後半より ―――

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……ごちそうさまでした」

「「「ごちそうさまでした」」」

 

もの静かな朝食が、「ごちそうさま」の挨拶と共に終わりを告げる。所狭しとテーブルに乗せられていた料理の数々は、その全てが四人の胃袋の中へと消えていた。今、皿の上に一切の食べ残し(さすがに魚の骨は残っているが)はない。

……そう、あの山盛りのローストビーフも全てラウルの胃袋(ブラックホール)の中へと消えていったのだ。これでどんぶり二杯分のご飯までしっかりとかきこんでいるのだから、つい今が朝食だという事を忘れてしまいそうになる。

 

「では、後片付けいたしますね」

「ああ、よろしく頼む」

「あ、お皿ちょうだいお母さん」

「はい、任せたわよ」

 

なお、アルフォード家において食事後の後片付けはレジーナとサリアの担当となっている。ゆえにレジーナは席を立って流し台の前に移動し、サリアはその場で皿をいくつかまとめ、流し台の方へと持っていく。

そのままサリアは一往復、二往復、三往復……テーブルの皿が全て無くなると、今度はコップに箸をさして持っていく。まだレイラがお茶を飲んでいたので、それ以外のコップから先に片付け始めた。

 

四往復、五往復……既に流し台からはカチャカチャと皿同士が擦れ合う音と、バシャバシャと水の跳ねる音が聞こえてきていた。

 

「「………」」

 

サクサクと手際よく片付けられていくテーブルの上を、片肘を付いたラウルがぼんやりと眺めていた。やる事がなく手持ちぶさたなのか、なんとも暇そうな雰囲気を漂わせている。

そんな彼の向かいに座るレイラはというと、こちらはカップに注いだお茶を優雅に飲んでいる……のだが、彼女も彼女でチラチラとテーブルやキッチンの方を見ている。やはり、自分が片付けに全く関与できていない事を気にしているのだろう。

 

 

 

だが彼には……否、彼らにはサリア達の手伝いをするわけにもいかない、重大な理由があった。

 

「なあサリア、俺達も何かしy」

「『五ヶ条の家族ルール 第三条』。はい、お母さん」

 

……それが、この『五ヶ条の家族ルール』である。

『良い家族生活を維持し続けるため』という名目で定められた五ヶ条のルールは、言うなればアルフォード家でのみ適用される鉄の掟(マイルール)。家長のラウルにさえ、破る事は許されていない。

 

「……『家事全般は、全てサリアとレジーナがすること』」

「正解、だからお父さんはゆっくり座ってて」

「………」

 

そして今しがたレイラが暗唱したのは、その第三条にあたる内容。

暇を持て余したラウルが手伝いを提案しても、かなり真剣な表情を浮かべたサリア(とレジーナ)がこのルールを持ち出し、やんわりはっきりと拒否するほどに重要なルールなのである。

 

 

 

……ん? なぜそんなおかしなルールがあるのか、とな?

確かにこの第三条、見るからに不可解なルールではある。言い換えれば『ラウルとレイラは家事をしなくてよい』と言っているわけであるし……そもそもこの条文の発案・制定者は、()()()()()()()()()サリアだ。レイラでも、ラウルでもない。

 

ならば、強制力のある『五ヶ条の家族ルール』にこんな条文を入れた理由は、一体なんなのであろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……勘の鋭い方は既にお気づきだと思うがこの二人(ラウルとレイラ)、じつは相当な家事音痴なのである……いや、音痴だとかいう生易しいレベルではない。

 

掃除をすれば、全てが(要るもの・要らないもの関係なく)ゴミと化し。

料理をすれば、料理どころかキッチン全体までダークマターまみれになり。

洗濯をすれば、洗濯物がボロ雑巾へ変貌する事を覚悟しなければならないのだ。

 

これ、比喩でも冗談でも嘘でもなく全て事実……いや、実際はもっとヒドイ事もやらかしていたので事実などとは到底言いがたいのだが、彼らが家事をしようものならこれくらいの事は簡単に起こり得る。

しかも、それがどちらか片方だけならまだ笑い話で済んだのだが……偶然なのか、あるいは必然なのかは分からないが、残念ながら両方がその有様であった。容姿も種族も全く違う(ほぼ正反対と言っていいぐらい)のに妙な所で一致点がある(揃いも揃って家事音痴である)事には、もはや『似た者夫婦』と言うほかに評する言葉が見つかりそうにない。運命の悪戯というものは、いつの時代どこの国でも摩訶不思議なものである。

 

……ちなみに、サリアは小さい頃からレジーナに教え込まれて育った(サリア曰く家事を教える時のレジーナは、普段は絶対見られないような必死の形相だったらしい)ため、一通りの家事をそつなくこなす事ができる。もしサリアまで家事音痴になっていたとしたら、アルフォード家は本当に崩壊していたかもしれない……物理的に(本当に冗談抜きで)。

 

 

 

「……よし、訓練の準備でもしてくるか……」

 

……とにかく、不承不承といった様子ながらもルールとして明文化されている以上は従うしかない。普段はサリアを教え導く立場の二人なのだが、今この時だけはサリアに逆らえないのであった……。

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

流し台の横に置かれた、水切り用の木製の棚。そこへ整然と並べられた純白の食器達がまるで宝石のように、少しだけ水に濡れたその身を陽に晒して光っている。

……そして、それはテーブルも同じであった。ロワリアス聖王国産の木材から切り出されたテーブルはきれいに拭き上げられ、天然素材とは思えないほど整った美しい木目がくっきりと浮かび上がっている。湿った天面からは、瑞々しい木の薫りさえ漂ってきていた。

こと『木材の加工』という分野において、ロワリアス王国の職人達は非常に高い技術を持つが……このテーブル一つとってみても、それが伊達でない事はよく分かる。

『新たな付加価値を求めて』。それを合言葉に、職人達は日々その技術を向上させている。

 

―――キンッ、キィンッ

 

「ふふふ、今日も気合十分ね」

「はい、いつもの事ながら凄いですね」

 

そんな職人技が生み出した芸術品(テーブル)を囲い、まるで美術品のような二人の美人……レイラとレジーナが椅子に腰掛ける。その(みどり)の双眼は開いた大窓、より正確には()()()()()()()()()()()へと向けられており、そこから入り込む爽やかな風と絶妙な光加減が相まって二人の金色の髪に神秘的な輝きをもたらしていた。なるほど彼女達は純血のエルフなのだな……と改めて認識させられてしまうほどに、その姿は独特の雰囲気を醸し出している。

 

―――ガギギギ!!

―――ガキィン!!

 

「……私じゃ、とてもじゃないけどあの速度には付いていけないわ。本当にすごいわね……」

「ラウル様がお強いのは当然としても……あれを捌くサリア様も、相当な腕前をお持ちだと思いますよ?」

「サリアも腕を上げてるのね……ふふふ、これは私も負けてられないわ♪」

「……あ、あはは。レイラ様、ほどほどに加減はしてあげて下さいね……?」

「あらレジーナさん、なんの事でしょうか?」

 

苦笑いをするレジーナの前で……なんというか、()()()笑顔をレイラが浮かべる。食事前に浮かべていた微笑みとはどこか質の違う、少しサドっ気が入ったかのような笑顔である。もしかしてこの人、本気で怒ると滅茶苦茶怖いタイプだろうか?

……いや、もしかしなくともそうなのであろう。普段優しげな人ほど、スイッチが入った時は怖いとも言うのだから……。

 

「でも、ラウルさんの言う通りそろそろ()()()かもしれないわね」

「……そうですね」

 

 

 

―――ギィン!!

―――ガン!!

 

 

 

……さて、ここで大窓の外へと目を向けてみるとしよう。

 

外では蒼空に浮かぶ太陽が徐々にその高度を増し、辺りの暑気を少しずつ押し上げていた。それは自然溢れるロワリアス聖王国、その王都『ナトラ』を春の陽気で包み上げんとする勢いであり……雲一つ存在しない青空が、今日が絶好の外出日和である事を示していた。

遺構で発掘される『魔具(アーティファクト)』や、それを基に人の手で作られた魔具……人工魔具(テクノ・クラフト)の恩恵により大幅な魔法近代化が進んでいるとは言えど、やはりそこは『森樹の聖王国』と呼ばれる国の王都。木材をベースに造られた建物や街路樹が整然と立ち並ぶ通り沿い、丁寧に緑化された広い河川敷など、そこかしこに自然の息吹を感じる事ができる。そんな美しき王都も陽の光に照らされ、心なしか喜んでいるようにも見えた。

 

……そしてアルフォード家は、そんな王都ナトラの一角に建っている。

しかも、かなり広い。

 

ナトラは他国の首都、特にお隣の『ラクスタ皇国』に比べるとかなり土地には余裕があり、それゆえ建物が全体的に大きいのだが……それを考慮してもアルフォード家は広く、特に庭がかなり広くとられている。

その庭の一角に、柳色の地面が広がる場所があった。形は半径約10メートルの円形、その表面は滑らかで弾性に富み、それでいて足を取られにくく滑りにくいという、なんとも都合のy……ゴホン、不思議な材質でできた人工の床である。仮にこの上で派手に転んだとしても、大したケガにはならないであろう……いや、むしろ()()()()()()()()()()()()()として、この場所は作られているらしい。

……私設の割には、随分と立派な練兵場である。流石にそこまで広くはないものの、柳色の円の外に置かれた木製の武器立てに百本を優に超える武器が所狭しと立てかけられていたり、あらゆる傷を瞬時に治す霊薬(エリクサー)が常備されていたり、全天候対応・防犯用に練兵場全体を覆うドーム状の囲いが『リモコン』なる物のワンボタンで出せるようになっていたり、挙句の果てには人工魔具(テクノ・クラフト)の『自動木人形(オート・マタ)』(あらかじめ設定した思考パターンに従って自動行動する木製ゴーレムで、多少は自動修復機能もあるため組手の相手には最適)まで準備されていたり……と異常なほどにここの設備は充実しており、作り手の強いこだわりが伺える。

 

 

 

そんな練兵場の中央で、大小一対の影が対峙していた。先ほどから響いてくる金属音は、どうやらここが音源のようだ。

 

―――タッ!!

 

駆ける小さい方の影は……サリア。穏やかな水色に色で縁取られた半袖ジャケットが風に靡き、その下に着込んだ白銀のライトアーマー(急所となる胴体のみを覆った、機動性重視の軽鎧)と黒の半袖アンダーシャツ、萌木色のハーフパンツがチラリと覗く。肘まで覆う白いロンググローブと膝上まで覆う黒いニーハイソックス+膝当てで肌を保護し、セミロングの髪は運動の邪魔にならないよう、白い花の意匠をした髪留めでお団子一つにして纏めていた。

 

……そして、そこに先ほどまでのほっこりするような笑顔を浮かべた姿は無い。

 

「……ハァ……スゥ……」

 

そこにあるのは、凛々しく鋭い視線を相手に投げかける小さな戦士の姿。

細身の剣……()()()に刃引きされ、子供でも扱えるよう重心と重量、そして何より強度を重視して作られた刃渡り70センチほどの特注の細剣を手に、まっすぐ柳の円上を駆けていく。

 

「たぁ!!」

―――ヒュッ

 

勇ましい掛け声が響いたコンマ数秒後に、迷いのない白銀の直線が(ひらめ)く。それにほんの僅か遅れて鋭い斬空音が小さく轟き……手に持った細身の剣へ乗せた威力を、最適化した動きで一点集中。

今のサリアが放てる最高の一撃(突き)が、唸りをあげて大きい影……普段着を着て、片手でショートソード(もちろん訓練用で刃引き済み)を構えたラウルに迫る。

 

「……ほう、なかなか良い突きだ」

 

……しかし、対するラウルの挙動には余裕が滲み出る。迫り来る剣閃を悠々と眺め、ニヤリと笑って呟きながら……心なしか、剣を握る手に力がこもる。

だが彼は、その場から一歩も動こうとしない。正中を狙ったサリアの攻撃が、そのままラウルへと吸い込まれるように……

 

「だが、ほんの半歩踏み込みが足りないな」

 

……当たる直前、ラウルが小さく呟く。その声はサリアの耳にギリギリ届くかどうか、といった程度の声量であった。

 

―――ガキィン!!

 

そして直進していた銀閃(最高の突き)が、見るからに加減されたラウルの一撃によって横に鋭く振り払われてしまう。

 

「っ!! くぅっ!!」

 

激しい衝撃が刀身を伝ってサリアを襲い、横合いへと強引に引っ張られた腕から危うく細剣を取り落としそうになる。手加減されているのにも関わらず、それは突きの速度を全て食い潰してなお勢い余るほどの、あまりにも重い一発だった。

……そのせいでサリアは大きく体勢を崩し、ガラ空きの胴体をラウルに晒してしまう。慌てて剣を引き戻し、一歩距離を取って体勢を整えようとするが……。

 

「どうした、怖気づいたのか!?」

「……!!」

 

言うまでもない事だが、ラウルとサリアでは体格が三回り以上は違う。ゆえに同じように剣を使っていても、最も攻撃力を発揮できる間合い……さしずめ『相応間合』とでも言うべきものにも、大きな違いが生まれる。

つまるところ、サリアはリスクを負ってでもラウルの懐に飛び込み、至近戦を仕掛けなければならなかったのだ。そんな場面で彼我の距離を離すというのは、もはや悪手以外の何物でもない。

 

……その代償として返ってきたのは、同じくサリアの正中を狙って迫るラウルの攻撃(突き)だった。

あくまで『訓練』という一線を越えないようギリギリの所で手加減された、されど並大抵ではない速度と威力の攻撃が放たれる。たとえライトアーマー越しでも直撃すればタダでは済まないだろうことは、素人目からも明らかであった。

しかしサリアの体勢、狙い所、そして攻速……今から回避行動を取ったとしても、絶対に間に合わない。

 

その事に気付いたのか、あるいは本能的に感じ取ったのか……攻撃を見たサリアの動きは速かった。どうにか手元へと引き戻した剣を両手で構え……

 

―――ガッ、ギギギギギギギギギギギ!!

 

火花と耳障りな金属音を激しく飛び散らせながら、鋭角に差し込んだ細い刀身上にラウルの剣の切っ先を滑らせていく。

……凄まじい圧力が、サリアの両腕へとかかる。振動が刀身から柄を通って腕へと伝わり、手から細剣を引きはがそうと暴れまわった。

しかし、サリアは健気にもそれに耐え抜く。子供であるサリアでも扱えるよう軽く、しかし異常なほど頑丈に作られた細剣は刃毀れ一つ起こす事なく……

 

―――ギィン!!

 

サリアの想定通りに、強烈な一撃を自身の左へと受け流す。まともに受ければ軽く吹き飛ばされてしまうような、威力、速度、重量……そのいずれも十分に乗ったラウルの攻撃を、サリアは神技とも言える剣捌きで見事に凌いでみせたのだ。

……しかし、やはりその一撃はサリアにとって、あまりにも重すぎた。彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために、無意識のうちに一息ついてしまい……次の行動へ移るのがコンマ数秒ほど遅れてしまった。

 

それが、命取りとなった。

 

「甘い!!」

 

一度捌いたはずのラウルの攻撃(突き)が反転し、薙ぎ払い攻撃として再び襲いかかってきたのだ。

 

―――ガッ!!

 

間髪入れず放たれた攻撃にどうにか反応し、サリアは剣を差し挟んで受け止める事ができた………できたが、受け流すまでの余裕はもはやサリアには無かった。

倍以上の体格差がある相手からの攻撃。それをまともに受け止めて、サリアに耐えられる道理はない。

 

「っ!! きゃあぁぁ!!」

―――ゴロゴロ……

 

直撃こそ免れたものの、サリアは大きく吹き飛ばされ地面を転がっていく。

一回転、二回転、三回転……柳色の床が衝撃と擦過(さっか)を和らげたために怪我は無かったが、その速度が落ち始めた時には既に円の端まで弾き飛ばされていた。

 

「……どうしたサリア、もう疲れたのか?」

 

刃引きされたショートソードを構える大きな影(ラウル)と、同じく刃引きされた細身の剣を片手に地へ伏せる小さな影(サリア)

彼我の状態は、対照的であった。普段着で剣を構えるラウルは、汗一つすらかかず雄然と佇んでいるのに対し……

 

「……っ、ハァ、ハァ……」

 

ライトアーマー姿のサリアは汗を額に浮かべ、息もだいぶ上がっており……その表情も苦しそうなものを浮かべている。極限まで集中力を高め、常に数手先を読み、最善手を考え……その理想の挙動へ無理矢理にでも体の動きを合わせなければ、たとえ訓練で手加減されていると言えどとてもラウルの攻撃を捌く事などできなかったのだ。

それゆえの消耗、疲労の色は明らかに濃かった。

 

……しかしサリアの目は、しっかりと円の対角に立つ父ラウルを見据えていた。

 

―――まだ、やれる

 

声を発する余力すら、もはやどこにも無い。それでも目で強くそう訴えかけながら、サリアは手に持った細剣を杖代わりにフラフラと立ち上がる。本当は立っているだけで精一杯なのだが……崩れ落ちそうになる足を気力で地面に縫い付け、震えて細剣を落としそうになる腕を意志の力で持ち上げる。

 

柳色の円の中央を挟み、再び大小一対の視線が交錯する。風が二人の間を吹き抜け、打ち合いで温まった体を少しだけ涼ませていく。

 

 

 

 

 

……そしてこれこそが、アルフォード家の日常風景の一つ。

 

ロワリアス聖王国軍きっての精鋭部隊『聖竜騎士団』の団員、ラウル・アルフォード。

ロワリアス聖王国領の東部に位置する『エルフの森』出身にして、史上最強との呼び声高い魔術士、レイラ・アルフォード。

かつて超一流の探索者(シーカー)として名を馳せた二人は、結婚を機に探索者(シーカー)を引退。片や精鋭騎士団の団員、片や普通の母親(を装った猛者(もさ))として、今では穏やかな日々を過ごしていた。

 

……そんな二人の娘であり、二人の素質を強く受け継いだサリア・アルフォード。元は探索者(シーカー)だった両親の話を聞いて育ち、自身も探索者(シーカー)という存在に強い憧れを抱いていた。

 

―――いつかは、父親のような力強い武を振るってみたい。

―――いつかは、母親のような激しい魔を操ってみたい。

―――そして、いつかは両親のように冒険がしてみたい。

 

……しかし、未だ幼い身には何もかもが全く足りていなかった。才能はあっても、それを支える経験が、肉体が、知識が……そして、なによりも精神(覚悟)が足りていなかった。年齢の事もあるが、そもそもがとても探索者(シーカー)としてやっていけるような力量ではなかったのだ。当然、両親も首を縦に振る事はなかった。

 

ゆえに彼女は、厳しい訓練を自ら両親に志願した。自分に足りない『心』『技』『体』を、徹底的に鍛えるために。

ゆえに彼女は、『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』を愛読書と定めた。自分に足りない知識を、徹底的に積み上げるために。

そして、探索者(シーカー)になっても良いかどうかのその判断を、一家の長であり元探索者(シーカー)でもあるラウルに委ねた。

 

それがちょうど三年前、サリアがまだ6歳だった時の事だ。

 

……それから彼女は、ラウルとの武術訓練で何度も地面に転がされた。捌き損なって見事に直撃を貰い、気絶する事もよくあった。

……それから彼女は、レイラとの魔法訓練で何度も魔法を暴発させた。水浸し、黒焦げ、切り傷だらけ……と一通りの酷い状態は既に経験した。

……それから彼女は、辞書よりも分厚く難解な本を読み込んだ。それこそ知恵熱を出しそうなくらいに……いや、実際に出して寝込んだ事もあった。

 

それでも、決してラウルはサリアが探索者(シーカー)となる事を認めなかった。

 

何度も、心が折れそうになった。こんなに苦しい思いをするくらいなら、いっそこのまま夢も何もかもを投げ出して普通の平凡な人生を歩めればそれでいい……という考えに、幾度となく囚われかけた。

だが、その度に彼女は耐えた。諦めそうになる心を、必死に奮い立たせてきた。何度地面に叩き付けられても、その度に立ち上がってきた。制御を誤った魔法が己の身を削っても、恐れず挑戦を繰り返した。子供でも分かる易しい辞書を片手に、夜な夜な難読本の読破に邁進した。

 

ただひたすらに、がむしゃらに。

昨日の自分より、少しでも上を目指して。

……そんな努力の積み重ねは、元々溢れんばかりにあった彼女の才能を凄まじい勢いで開花させ始めていた。

 

 

 

 

 

―――タッ

 

その小さな足音は、呼吸を整えた小さい影(サリア)が再び一歩を踏み出す音。それを合図に、止まっていた二つの影が再度動き出した。

サリアが、踏み込みからの鋭い突きを再び繰り出す。さすがに疲労の色は隠せず、先ほどの突きに比べれば威力も速度も見るからに落ちていたが……そんな事は関係ないとばかりに、あらん限りの全力を彼女は振り絞る。

 

―――踏み込みが足りないなら、もっと足を早く、大きく前に出せばいい

―――速度が足りないなら、もっと引きを早く、もっと突き出しを早くすればいい

―――威力が足りないなら、体捌きを工夫して重さを剣に乗せればいい

 

―――体力が限界を迎えそうなら、代わりに気力を奮い立たせればいい

 

ロワリアス聖王国の王都ナトラの一角に構えられたアルフォード家には、今日も高い金属音が響き渡るのであった……。

 

 





はい、お疲れ様です。

これが、アルフォード家の日常なのです。

普通の光景なのです。


……でいりーらいふ、なのです。

それでは、次回をお楽しみに。

※追記(2016/11/03)
ラウルの肩書きを『団長』→『団員』に修正

※追記2(2016/11/07)
文章を細々と修正
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