始まりのリンドヴルム   作:SUN_RISE

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日常系 ⇒ 日常っていいよね(共感)
新日常系 ⇒ 日常っていいよね(痛感)


……ニ○ニ○大百科を見ていて、思わず唸ってしまった説明文です。
近年話題のジャンル『新日常系(そう、最初はほのぼのアニメに見えるアレの事です)』の説明なのですが、ここまで簡潔かつ的確に、誰にでも分かるよう表した言葉はそうそう見かけないので妙に印象に残っています。『新日常系アニメって何?』という人でも、これを見れば大体想像がつくのではないでしょうか?
あるアニメのプロデューサーさんが、そのアニメについてインタビューを受けた際に語った言葉が元になっているとの事ですが……自分もこれぐらい、スッキリハッキリとした表現をしてみたいものですね。

……などと言いつつ、今回はおなじみ出だしのアレが非常に長いです(3000文字ほどありました……長すぎだろ)。
一応、今話~次々話くらいまでの予備知識という事でかなーり長めに書いています……が、説明文ばかりなのできついと思ったら読み飛ばしていただいても構いません(切り所が上手く見つからなかった、なんて口が裂けても言えない……)。



※ 二話目のあらすじ ※

朝食を終え、父親との剣術の訓練に臨んだサリア。
全力の打ち込みをあっさりと返され、反撃で地面を転がされ……それでもめげずに立ち上がり、剣を振るう。

その訓練中に垣間見せる、父親から受け継いだ才覚の片鱗。未だ幼く未熟な部分はあれど、将来が楽しみな逸材である。





……でも、両親の壊滅的(文字通りの意味で)な家事音痴まで受け継がなくて本当に良かったね。そんな事になってたら、アルフォード家は(物理的に)消滅していたかもしれない……いや、割とマジで。

※ あらすじ終わり ※



それでは、どうぞ。



三ノ譚:最終試験(ファイナル・テスト)

 

『知識や情報は、強力な不可視の武器である』

 

知識や情報は、時に剣や魔法よりも強い力を発揮する『見えない武器』である。ゆえに、面倒だからといって収集を怠ってはならない……という、探索者(シーカー)に向けた(いまし)めの意味を持つ言葉だ。探索者(シーカー)としての我が師が、生前まるで口癖のように語っていた言葉であり……そして既に探索者(シーカー)となった方にとっては、おそらく耳にタコができるほど聞いた格言であろう。

しかし、地道な鍛錬なくして強き戦士が生まれないのと同様、知識や情報も日々の収集・精査なくして成り立たないのは、紛れもない事実である。そして扱いを間違えたそれ(情報)は、剣や斧といった『見える武器』よりも静かに、しかし遥かに恐ろしい脅威となって探索者(シーカー)へと降り注ぐ事になる。

そんな恐ろしい事態を防ぐためにも、基礎的な内容を収録した本章には必ず目を通しておく事を勧める。経験が浅い初級者はもちろん、遺構探索に慣れた中級者や上級者であっても基本を(ないがし)ろにした結果、あっさり死んでしまうというケースは枚挙に暇がないのだから。

 

 

 

……さて、それでは早速始めるとしよう。

 

最初に、本節では『遺構に共通する性質』について解説する。探索者(シーカー)にとっては基本中の基本、全ての土台と言っても良いほどに重要な知識であるがゆえに、ここに挙げた事項はなるべく委細漏らさず修得する事を勧めておく。

 

 

まず『遺構』というものを一言で表すのであれば、それは『不思議な地下ダンジョン』……となる。

世界六ヶ国それぞれに三つずつ、合計で十八ヶ所に存在する広大な地下迷宮。それぞれが土地柄に応じた特徴を持つのだが、共通の性質として、

 

怪物(レムレース)が闊歩している

②ランダムにアイテムが落ちている

③一つの階層は『一つの上り階段』『最低でも一つの下り階段』『いくつかの部屋』『部屋同士を繋ぐ通路』で構成されており、階層間の移動は基本的に階段を使って行われる

④別の階層に移動するたびに、元いた階層で内部構造の再構築が行われる。ただし、対象階層に生者がいる間は再構築は行われない

怪物(レムレース)が全く出現しない、いわゆる安全階層(セーフティ・フロア)と呼ばれる階層が幾つかある

 

……という特徴を持っている。この中でも、特に大事な部分について補足を加えていこう。

 

まず①の怪物(レムレース)についてだが……彼らは探索者(シーカー)の直接的な脅威として、全ての遺構のほとんど全階層に存在している。そして、深い階層に潜るほど高い戦闘力・厄介な特殊能力を持った怪物(レムレース)が現れるようになる。

その種類も実に多彩で、赤いゲル状の体を持つ『レッドジェリー』やおなじみ『ゴブリン』、斧を武器とする二足歩行の筋骨隆々な牛『タウロス』、口や体から炎を撒き散らす馬『フレイムポニー』、その逆で吹雪を吐き付けてくる鳥『アイスバード』、深層部ともなれば『ミストドラゴン』や『シャドウドラゴン』といった強力なドラゴン種までもが現れる。

……そして、遺構で彼らに負ける事 = すなわち死を意味する。『死に戻り』などという都合の良い話は存在せず、そもそも遺体や遺品が欠片でも戻ってくる事すら稀である。遺構では一瞬の油断が命取りとなる事を、よく肝に銘じておかなくてはならない。

ただし遺構ごと、階層ごとに出てくる怪物(レムレース)の種類は完全に決まっており、また怪物(レムレース)には必ず一つは弱点が存在するので、情報収集と事前準備を十分にしてから遺構へと潜るようにすれば生存率はグッと上がるであろう。

 

続いて②だが……遺構にはどういうわけか、ランダムにアイテムが落ちている。床に無造作に落ちている事が大半であるが、壁を掘った時に出てきたり、怪物(レムレース)を倒した時に落としたりもする。その種類も魔具(アーティファクト)であったり、武器であったり、防具であったり、傷薬などの消耗品であったりと多種多様で、倒した怪物(レムレース)によってはユニークなドロップアイテムが入手できる事もある。

基本的に深く潜れば潜るほど性能の良いアイテムが入手できるが、それに応じて怪物(レムレース)も手強くなるので引き際を見極める事が肝心である。どれだけ良いアイテムを手に入れたとしても、死んでしまっては何にもならないのだから。

 

③については、詳しい説明は割愛させて頂く。初級~中級者の間は『階段で階層移動ができる』事と『部屋で怪物(レムレース)と遭った時は、通路に誘い込んで戦う』という事だけ覚えておけば十分である。

 

続いて④だが……これは非常に重要、かつ非常に厄介な性質である。

なにせ、このせいで遺構では地図が事前に準備できないのだ。入るたびに毎回異なる階層構造が探索者(シーカー)達を待ち受けており、臨機応変な対応が求められるのである。

……そしてこの④の性質のせいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事も覚えておかなければならない。『行き』と同じだけの負担が『帰り』もかかる事になるので、遺構に深く潜る際は帰りの道程にも十分に気を配る必要がある。

 

そこで有効活用して欲しいのが、⑤の安全階層(セーフティ・フロア)だ。

広さ約30畳、天井高さ約5メートルの長方形の部屋に、対面するように上りと下りの階段が付いたシンプルな構造の階層。ここには怪物(レムレース)が一切出現せず、かつ設置位置は完全固定(全ての遺構で、第14階層と第15階層の間に最初の一つがある)なので、休憩や仮眠をとるのに最適な場所である。計画的に利用すれぼ、生存率が大きく上がるであろう。

……ただし初級探索者には一つ、安全階層(セーフティ・フロア)に関して注意して欲しい点がある。

 

それは、安全階層(セーフティ・フロア)を越えた先では、前の階層より怪物(レムレース)が大幅に強くなる傾向にあることだ。

 

特に各遺構で最初の安全階層(セーフティ・フロア)を越えた先は、それ以前とは天と地ほど攻略難易度に差がある。それを知らずに鼻歌交じりで第15階層へと(おもむ)き……そして帰って来なかった探索者を、私は数え切れないほど知っている。

ゆえに、各遺構で第15階層は『初級探索者の墓場』などという名で呼ばれている。よほど入念な下準備をしない限りは、最初の安全階層(セーフティ・フロア)を越えて先へは進まないようにして欲しい。

 

 

 

……さて、ここまで遺構について説明してきたが、どうだっただろうか?

少々長くなってしまったが、本節で説明した事は全ての遺構に共通する性質を抜き出したものだ。ここに遺構ごとに異なる様々な特殊環境や性質が付加されて、それぞれの遺構の『顔』や『表情』といったものができあがっていくのである。

 

……だからこそ、どの遺構に潜る時でもベース(基本)となる部分は同じ。

 

潜る前に怪物(レムレース)の情報を集め、それに合った装備や道具を準備し

潜った後は、決して無理はせず早めに撤退し

部屋で怪物(レムレース)と遭ったら、通路に誘い込んで戦い

もし安全階層(セーフティ・フロア)を越えるつもりならば、さらに入念な下準備と十分な休息をとる。

 

これらをしっかりと心に刻みこんでおけば、少なくとも遺構で人生を終えるなどという最悪の結末は回避できるはずだ。ここで説明した遺構の基本をよく頭に叩き込み、焦らず力を蓄え……そして、いつかは遺構の踏破を目指してほしい。

 

なお、後の第二章~第七章では国ごとに章を分け、それぞれの国に存在する遺構について詳しく説明する。遺構へ潜る前には、ぜひそちらも参照してほしい。

 

――― セトラ暦1993年、ヨシュア・カーディ著『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』第一章 第一節より ―――

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

(ひのき)の匂いを纏った蒸気が、鼻腔を優しくくすぐっていく。薄っすら湯煙に包まれるアルフォード家の脱衣所は、壁、床、天井、棚、扉……あらゆる箇所が腐食に強い(ひのき)材で構成されており、あちらこちらから心地良い木の香りが滲み出ていた。

……どうやらサリアは、この香りが大好きなようだ。今も脱衣所内に備え付けられた椅子に座り、気持ち良さそうな表情を浮かべながら尖った耳を(しき)りにピクピクさせている。その身に人間の血が半分流れるハーフエルフであっても、やはり自然を愛するエルフの本能には逆らえないらしい。

「風呂は命の洗濯だ」と誰かが言っていたが、まさにその通りなのであろう。

 

「………」

 

……しかし、残念ながらいつまでもここには居られない。時刻は既に、正午を少し過ぎているのだから。

多少名残惜しげにしながらもサリアは立ちあがり、左手で白色のバスタオルを掴む。

 

そして、そのまま廊下へと繋がる扉を開け放つ。香り立つ水蒸気は気圧差に引っ張られ、廊下に薄く長く広がっていった。

 

「……ふぅ、さっぱりした~」

 

しっとり湿った金髪から白い湯気が細く立ち上り、檜の蒸気にまぎれては、窓から入り込む風にたなびいて消えてゆく。体を拭くのに使ったバスタオルは水に濡れ、確かな重みをもって左腕にゆったりとのしかかっている。

そんなバスタオルよりも更に真っ白な、部屋着用の長袖ワンピースを窓風に揺らめかせ……サリアが脱衣室からゆったりと歩み出てくる。遮るものの無い春空のもと、厳しい訓練を最後までやり切ったのだから、風呂で汗を流したその心地良さは一入(ひとしお)であろう。

 

 

 

 

 

……そう思っていたのだが、サリアの表情は何とも冴えない。

 

「……うん、今日は本当に死ぬかと思った。お父さん、最近加減が無さすぎ……ハァ……」

 

どこか彼方を遠く見つめるような目線と共に、溜め息がサリアの口をついて出る。その様子と言葉から察するに、おそらくは……いや間違いなく、今日午前のラウルとの訓練を思い返しているのだろう。

 

……あれからサリアは、体力の限界を迎えるまで訓練を続けた。直撃すれば()()()()()()()()()()()()()()()程度に強烈な攻撃を何度も捌き……威力を殺し切れずに幾度となく地面を転がされた。必殺の気迫を込めたいくつもの攻撃を、まるで羽虫でも払うかの如く打ち落とされ……その度に手痛いカウンターを食らった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度に手加減するという、ある意味で鬼畜じみたラウルの攻撃を、文字通り気が遠くなる一歩手前まで必死で捌き続けた。訓練が終わった時には、20分ほど寝転んで休憩しなければ自力で立つ事すらできないほどにまでヘロヘロになっていた。

 

……どう考えても、とても9歳の女の子が送るような日常とは思えない。思えないのだが……こんな過酷極まりない日々を、サリアはもう三年もの間ずっと続けている。

そして三年前に比べると、その訓練内容は徐々に……しかし、確実に厳しさを増してきていた。

 

「でも、少しずつだけど確かに強くなってる。三年前……ううん、一年前よりも、強く……」

 

厳しさを増す訓練は、そのままサリアが自身の実力を測るものさしにもなる。そして訓練が厳しいという事は、裏を返せば『それを耐え抜ける程度には、自身の実力が向上してきている』という証左にもなる。訓練が実戦形式であるがゆえに、強くなったという実感も得やすい。

 

……しかし、だからこそ分かってしまう事もある。

 

「……でも、まだ遠いなぁ……」

 

視線を、空いた右手に落とし込む。5本の指を閉じては開き、また閉じては開き……その所作の度に、サリアの白く小さな手には似つかわしくない大きなマメが手のひらから顔を覗かせる。それは時に剣を、時に槍を振るい続けた結果できた努力の跡であり……彼女が今までどれほどのものを積み上げてきたのかを、如実に示していた。

……しかし、それでも父親の背中はまだまだ遥か遠い。今日の訓練とて、普段着でラウルは訓練に出て……その身にかすり傷の一つさえ負ってはいなかったのだから。

 

―――でも、いつかは絶対に……!!

 

心の中で、サリアは強くそう誓う。

……しかし彼女なら、いつか父親に並び立つ猛者へと成長してくれるだろう。根拠は無いが、そんな気がするのだ。

 

「………」

 

手にできた努力の跡(マメ)を一瞥し、サリアは廊下を歩いていく。窓から吹き込む風を受けて心地良さそうに目を細め、午後は部屋でゆっくり本でも読もうかな、などと考えながら階段の手すりに手をかけた。

 

 

 

……そこで彼女は、はたと思い出す。

 

「……あ」

―――訓練の後に大事な話があるから、風呂から出たらすぐに居間へ来てくれ―――

 

訓練後、ラウルにそう言われていた事を。

……その時は疲労困憊、ギリギリ働いていた頭でどうにか音を拾っていたせいか、今の今までその事を忘れていたようだ。むしろ、完全に記憶が飛んでいかなかっただけでも奇跡だったのかもしれない。

 

「……危ない危ない、忘れるとこだった」

 

まあ、本を読む云々以前に昼食すら摂っていないのだが……どうも疲れが抜け切っていないのか、あるいは脱衣所で羽を伸ばし過ぎたせいなのか、そんな単純な事でさえも彼女の頭の中から抜け落ちてしまっていたようだ。

 

……自室に向けていた足を、居間へと変えて歩き出すサリア。ラウルの言う『大事な話』に思いを巡らせつつ、心なしかその足取りは早くなっていくのであった……。

 

 

「お父さん、大事な話ってなあに?」

「……サリア、お腹減ってないのか?」

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

……昼食を終え、居間ではいつものように後片付けが始まる。サリアが食器運びとテーブル拭きをし、レジーナが洗い物をする……なんら変わりのない、いつも通りの食後の風景だった。

しかし、そんな中でサリアの様子だけがどうもおかしい。

 

―――大事な話、大事な話……

 

……ソワソワと、明らかに落ち着きが無いのだ。視線が(せわ)しなく父親の方(あっち)へ飛んだり手元(こっち)に戻ったりしているのを見て、こっちまで気が(そぞ)ろになってしまいそうなくらいには落ち着きが無かった。

 

ゆえにきれいになったテーブルへ、朝と同じ配席で四人が座った直後に……

 

「……それでお父さん、大事な話ってなあに?」

 

……待ってましたとばかりに話を切り出すのは、ある意味で当然の帰結だったのかもしれない。

 

「うむ、その事なんだがな……」

 

わざとらしく言葉を切り、穏やかな表情で謎のタメを作るラウル。そして周りを見れば、やたら真剣な顔つきのサリアを除いた全員が笑顔()()()()()()(……のだが、残念ながらレイラだけは微かに笑顔がひくついている)。

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

「……サリアを、『探索者組合(シーカーズ・ギルド)』に紹介しようか……と考えている」

「………」

 

……瞬間、辺りの空気がシーンと静まり返る。ふとレイラを見れば、何かを我慢するのがやっとといった様子で口元を抑えていた。

 

「……本当に?」

「ああ」

「聞き間違いじゃないよね?」

「間違いじゃない」

「本当にホントウ?」

「本当だ」

 

聞き返す度、サリアの真剣顔は怪訝そうな表情へ……そして、ほのかな笑顔へと変わっていく。

 

 

 

……この世界に点在する遺構の殆どは、それぞれの遺構が属する国から委託を受けて探索者組合(シーカーズ・ギルド)が管理を行っている。ゆえに探索者(シーカー)として活動するためには、一度は必ず探索者組合(シーカーズ・ギルド)の事務所へと(おもむ)いて探索者(シーカー)登録を行わなくてはならない。

 

それを認めたという事は……そう、つまりラウルは、サリアに探索者(シーカー)として遺構に潜る事を認めたのである。

 

「ふふふ、良かったじゃないのサリア」

「………」

「……サリア様?」

 

サリアにとってそれは、三年間ずっと待ち望んでいた言葉だった。厳しい訓練に耐え抜いてきたのも、分不相応だと分かっていながら本を必死に読み解き知識を蓄え続けたのも……全ては、この言葉を聞きたいがためだったのだから。

 

―――ようやく、父親(ラウル)と鍛えた武を振るう事ができる。

―――ようやく、母親(レイラ)から学んだ魔を操る事ができる。

―――ようやく、両親と同じように遺構を冒険できる。

 

……だから、彼女は()()()()喜んでいた。

 

「……どうした? 嬉しくないのか?」

「ううん、凄く嬉しいよ。だって、三年間待ってた言葉だもん。でも……」

 

これが一年ほど前のサリアならば、手放しで喜んでいたかもしれない。諸手(もろて)を上げて、浮かれていたかもしれない。今でさえ、気を抜くとつい飛び跳ねて喜んでしまいそうなのだから、少し前の自分ではこの気持ちは抑えられなかっただろう……と、サリアはどこか冷静になった頭で考えていた。

しかし三年間、厳しい訓練を通じて心技体、特に『(覚悟)』を鍛えた今なら分かる。

 

「むしろ、大事なのはこれから……そうでしょ、お父さん?」

 

探索者(シーカー)とは、ひとたび遺構に潜れば等しく命の危険が伴うもの。どれだけ力があろうとも、一時の感情に流されて正常な判断力を損なうような者に待つのは、『遺構』という巨大な怪物に食い殺される未来のみである。

……そして、遺構に潜った事の無いサリアでさえその事を分かっているのだ。自分よりも遥かに強く、探索者(シーカー)としての知識も経験も豊富なラウルがその事を理解していないはずがない。

その事に思い当たったからこそ、サリアはこれが……探索者組合(シーカーズ・ギルド)行きを伝える事そのものが、実はラウルからの最終試験なのではないか、とあたりを付けていたのである。

 

「……ふむ、それが分かっているなら()()だ」

「あらあら、見抜かれちゃったわね。おめでとう、サリア」

「サリア様、おめでとうございます……しかしレイラ様、もう少しちゃんと演技して頂かないと……」

「……こういうの、昔から苦手なんですもの。無理を言わないで下さいな」

 

それまで笑顔を貼り付けていた二人(ラウルとレジーナ)(レイラは態度がバレバレだったのでカウントしない事にする)が、フッと本当の意味で破顔し口々に祝福の言葉を出す。やはり、サリアの予想は正しかったようだ。

 

……そして、これでサリアはしっかりと『合格』を貰った。

 

今度こそ本当に、遺構へ潜る事を認められたのだ。

 

「でも、いつギルドに行くの?」

 

そして、そうなると次に気になるのは『ギルドに行くのはいつなのか』という事だ。間違いなく、彼女の人生でも指折りの特別な日となるのだから、本人としてもできれば大事にしたいところであろう。

 

―――もう昼過ぎだし、今日はお母さんと午後に訓練して……明日かな。明後日は学校があるし、お父さんもお仕事だから……

 

……そう、のんびりと考えていたサリア。だが、こういう時の現実はいつだって予想の斜め上を行くものである。

 

「今から、に決まっているだろう」

「……へ?」

「思い立ったが何とやら、というヤツだ。すぐに行くぞ、サリア」

「……えっ? えっ? ちょっと待って、せめてコレ着替えてから……あっ、ちょっ!!」

 

ラウルは有無を言わさず、唖然とするサリアの右腕を引っ張って引きずっていく。数瞬後、我に返ってジタバタと懸命にもがくサリアではあったが、程よくしっかりと握られたラウルの手を振りほどくには彼女はあまりにも非力すぎた。

……必死の抵抗も空しく、そのまま彼女は廊下へと連れ出されてしまう。

 

「ふふふ……じゃあレジーナさん、後はお願いね?」

「はい、かしこまりました。行ってらっしゃいませ、レイラ様」

 

その光景を優しい目で見届けると、レイラもまたソファーを立つ。彼女も外出の準備を整えていたようで、傍らに用意した樫の杖を手にサリアの後を追い、扉の向こうへと消えていく。

……徐々に遠ざかっていくサリアの声。玄関の扉が開き、そして閉じられる音がレジーナの耳に聞こえた。

 

「……もしかしたら、一番嬉しかったのはラウル様だったのかもしれませんね」

 

レジーナの言う通り、あの場で一番浮かれていたのはサリアではなく、実のところラウルだったのかもしれない。

……もしそうであるなら、彼もまた娘の成長を喜ぶ事のできる至って普通の親バカであった、という事であろう……。

 




はい、お疲れ様です。

……あの長ったらしい冒頭を読み込んで、なんとなく『不思○なダンジョン』を思い浮かべた方。



流石です。

『やられ戻り』が無いこと(この小説では本当に死ぬ)、上り階段で帰還できること、行動がターン制でなくリアルタイム制であること、敵となる怪物(レムレース)に必ず弱点属性が存在すること、一度の敵出現数が桁違いに多いこと、などなど違う点も多いですが、基本的な部分は『不○議なダンジョン』のシステムに似たものであると考えて頂いて差し支えありません。

……そう、例えば探索者(シーカー)の目が届かない位置で怪物(レムレース)が生まれたり。
……そう、例えば長く同じフロアに留まったりすると、かなりヤバい事が起きたり……ね?

もちろん、そんなの全く分からないよ~という方でも楽しんで頂けるようフォローは適宜入れていきますので、そこはどうかご安心を。

それでは、次回をお楽しみに。


※追記(2016/10/31)
レイラが持っていた武器(樫の杖)の描写が無かったので追加
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