始まりのリンドヴルム   作:SUN_RISE

6 / 10
本話は、食事前・食事中の閲覧はなるべくお控え頂いた方がよろしいかと存じます。
大してエグい表現ではありませんが、耐性の無い方は少々不快な気分となる可能性のある比喩表現がありますので……。



※ 五話目のあらすじ ※

仕事モードへと入ったホリィのもと、サリアは探索者登録を進めていく。

その過程で発覚した、サリアの計り知れない将来性。
年齢に見合わぬ高レベル、武術・魔法共に潜在能力の高さを窺わせるクラス、独自技能(アルス・オリジン)……まっさらなカードに記載されたのは、正しく規格外と呼べるモノであった。



……重大過ぎる責任に、ホリィは果たしてどう対応するのであろうか? プレッシャーには強そうなので、そこまで心配はいらないような気もするが……。

※ あらすじ終わり ※



それでは、どうぞ。



六ノ譚:初めて尽くしの遺構探索(ルインズ・ブラット)

 

さて、この第二章ではロワリアス聖王国にある3つの遺構、その特徴について順番に説明していこうと思う。穏やかな気候で知られるロワリアス聖王国は遺構内の環境もさほど厳しくなく、怪物(レムレース)との戦闘経験を積む場としてはうってつけであろう。

……しかし、それでも遺構は遺構。常に死と隣り合わせである事を念頭に置いて行動して欲しい。環境がどれほど(やさ)しくとも、特に中層以降で環境()()の要因が、信じられないほどの脅威となって襲いかかってくる遺構もあるのだから。

 

 

 

……特に本節で解説することになる遺構『彩花(さいか)のブラット』は、その最たる実例であると言えよう。

 

ブラットは王都ナトラから程近く、徒歩でわずか片道15分の距離にある。その立地の良さもさる事ながら、ロワリアス聖王国にある三つの遺構の中で……いや、世界中全ての遺構を見渡してさえ、最も環境の易しい遺構であるとも言える。他の遺構の多くが防寒・防暑・防砂・防雷・探照灯など、何らかの準備を行わなければ探索さえままならないのに対し、ブラットはそういった対策がなくとも怪物(レムレース)との戦いに集中できる環境が元々整っているのだ。

それゆえに、探索に不慣れで資金も少ない初級探索者が多く集まる遺構として知られている。王都から近いだけあって、ギルドの手厚いサポートを受けやすい事も大いに影響しているのだろう。

 

……ただし中級以上の探索者(シーカー)から『食人植物』なるあだ名を(いただ)くこの遺構は、上層階の怪物(レムレース)の御しやすさから一転して中層階以降の怪物(レムレース)脅威度(リスク)、及び得られる財貨(リターン)が桁違いに増す遺構としても知られている。さながら甘い香りで獲物を呼び寄せ、じわじわとその命を絡め捕る食虫植物のように……金銭欲に目が眩み、深く潜り込んでしまった初級探索者の命運を(ことごと)く刈り取ってきた、恐怖の遺構でもあるのだ。

事実、毎年ギルドから公表される『遺構別 死者数総計』においてブラットは常にワースト一位、しかも二位以下を毎年のように倍以上も突き放すほど死亡者数が多い。その死亡者の内訳も大半……というより約99%が、レベル30未満の初級探索者である。探索するとしてもゆめゆめ油断はせず、決して中層以降へは深入りしない事が肝要となる。

 

 

――― セトラ暦1993年、ヨシュア・カーディ著『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』第二章 第一節 彩花のブラット上層解説 前半より ―――

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

◇レベル◇

Lv.18

 

◇クラス◇

魔法戦士

・魔法を使いこなす戦士

・前衛よりも後衛が得意

 

◇所持アルス◇

①武術一般(ランク1):Pt.5

・あらゆる武器の取扱に対し巧化補正

・手に持った武器自体の強化補正

 

②魔匠の娘(ランク2):Pt.10

・あらゆる魔法の使用時に強化補正

・魔法早期修得

・Pt上昇に伴う詠唱並行行動の解禁

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

……くりくりした翡翠のような瞳が、出来上がったばかりのカードを覗き込む。並木の道を三人並んで歩きつつ、徐々に傾いていく太陽に何度も(かざ)して透かし……それでも汚れ一つ見当たらないカードを眺めながら、感嘆のため息がサリアから漏れる。

 

「……ホリィさんって、凄いね」

「そうね、あそこまで親身に対応してくれるアドバイザーはそうそう居ないわ」

「俺達も、ホリィには随分助けられたな……」

「あらあら、無茶し過ぎてホリィさんにいつも説教されてたのは、どこの誰だったかしら?」

「……レイラ、それは俺が一番よく分かってる」

 

茶色の瞳が不意に揺れだす。どうやらレイラの一言で、ラウルは思い出したくもない出来事を思い出してしまったらしい……が、そんなにホリィの説教は怖いのであろうか。

 

 

 

……どうやら、聞かなかった事にした方が良さそうである。

 

「……その話は置いておいて、だ。今日は早速、遺構へ行ってみようか」

「えっ? 今日はもう遅いし、明日の方がいいんじゃないかな……?」

「『善は急げ』と言うだろう。今から帰ってすぐ準備すれば、少しは潜る時間を作れるぞ?」

「なら、やっぱり『ブラット』よね。久しぶりだわ」

「ん? レイラも行くのか?」

「行くに決まってるじゃないの。サリアの初探索ですもの、行かなかったら一生後悔するわよ」

「え、えーと、あの……」

 

二人(ラウルとレイラ)の間でトントン拍子に話は固まっていくが、当のサリアは見事に置いてけぼりである。それでも両親の顔を交互に見比べつつ、どうにか話へ割り込もうとするのだが……悲しいかな、声が小さくて両親には全く届いていない。

家を()つ前あたりから、どうにも二人(特にラウル)の様子がおかしい事にはサリアも気付いていた。良い意味でも悪い意味でも、凄まじくノリノリなのだ。

 

……それこそ、三年越しの目標を達成したサリア以上に浮かれているのではないか、と思うくらいに。

 

「よし、そうと決まればさっさと行くぞサリア」

「ほら、早くしないと準備時間が無くなるわよ、サリア?」

「え、えっと……う、うん、分かった」

 

まあ、必要十分な理性はしっかりと保っているようなので、特に問題がある訳ではないのだが……。

 

 

 

……やっぱり、親バカである。

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

森林公園。

 

……ブラットの入口付近をそう称するのは、ある意味で自然な流れだと言えよう。

見渡す限りの森、森、森……その中で大きく開けた真円の広場に、外界から一本だけ続く石畳の道。広場は若草色のカーペットに隅々まで覆われ、なんとも長閑(のどか)な空気が辺りを覆っているのだから。

 

そして、円の中央には……、

 

「ここがブラットの入口? 気のせいかな、どこからどう見ても普通の建物にしか見えないような……」

 

……ロワリアス聖王国のどこでも見られるような、至って平凡な平屋の建物があった。その扉に『探索者組合 ロワリアス聖王国支部 ブラット出張所』と書かれた木札が掛けられていなければ、ただの民家と勘違いしてしまうほどに普通(ノーマル)感溢れる建物である。

やたら目立つ本舎屋とは、色んな意味で対照的だった。

 

「ここは少し特殊でな。遺構の真上にギルドの出張所が作られていて、建物の中にブラットの入口がある」

「前は別々に分かれてたそうよ。でも、あまりに亡くなる人が多いからって、わざわざ出張所を真上まで移転したらしいわ」

「………」

 

準備万端、訓練で使っていたライトアーマーを着込むサリアに向けて、難しい顔で二人は語る。

……おそらくは死者数の多さゆえの、水際対策であろう。実際、この対策前後で四半分以下にまで死者数が減った(それでもブラットでの死者数は群を抜いて多い)事を考えれば、ギルドの行動は正解だったと()()()()()()()()のだ。

 

……ただ、そのせいで全く別の問題が起きているのも周知の事実ではあるのだが。

 

「……とりあえず、中へ入るとしよう」

「そうね、そうしm『はぁ!? なんでダメなんだよ!! テメェらの目は節穴か!?』……あらあら、早速始まったわね」

「!? えっ、何が始まったの!?」

「入れば分かる。さあ、行くぞサリア」

 

建物の中から唐突に響き渡る、なかなかの音量を伴った口汚い怒声。初めてここへ来たサリアは驚くが、()()()()()二人は何事も無かったかのように扉を開いていく。

 

「何度も申し上げた通りです。現状のあなた方では準備不足、中層階への挑戦は認められません」

 

……扉の内側には、ブラット出張所で『名物』とまで言われるほどによく見る光景が広がっていた。

地下へと続く石造りの階段(ブラットの入口)、それをグルッと囲うようにカウンターが設置され、その一角のみが切り抜かれて通路となっているのだが……その唯一の通路で、初級探索者と(おぼ)しき四人パーティと大柄のギルド職員が言い合っていたのだ。

そのカウンターの内側には他に男性職員が二人、女性職員が二人立っていて、事の成り行きをじっと見つめている。それ以外に人影はなく、出張所内は意外に閑散としていた。

 

「俺達の力量ならな、もう上層の雑魚(レムレース)なんざ片手で楽勝に捻り潰せるわけだ。ってのに、いつまで俺らはチンタラしてりゃいいんだ、ああ!?」

「そうよそうよ、私達もうレベル25なのよ? いい加減先に進んでもいい頃合いでしょ?」

 

腰にロングソードと革袋を提げ、ガラが悪そうな面構えをした男がこれでもかと早口で吠え立てる。見る限りそれなりに鍛えているようだが、ラウルと比べれば雲泥の差……いや、泥に対して失礼なくらいに色々と残念である。ついでに武器は立派なのに、まともな防具が革製の鎧のみとアンバランスなのも残念さに拍車をかけている。

そんな男に追随するように、盗賊風の軽装をした女もやたらと自身のレベル(力量)を強調している……が、こちらはこちらで武器の手入れがおざなり、腰に差した数本のダガーには小さな刃毀れがあった。

……そして後ろの男二人は、完全なる傍観状態である。二人共に同じデザインの黒く磨き上げられたライトアーマー・二本差しの手入れが行き届いたショートソードを装備し、酷似した顔立ちを持つ事からおそらくは年の近い兄弟なのであろう。溜め息まで吐いて首を振っている所を見ると、どうやら彼らも二人の暴走には手を焼いているらしい。

 

「ですから、レベル(力量)の問題ではないのです。何度申し上げれば分かって頂けるのですか……!?」

 

それらに対するのは、心底うんざりした表情を浮かべたギルド職員の男性……だったのだが、ラウルが入ってきた事に気付くと驚いた表情へ変わる。かなりガタイが良く強面(コワモテ)で、パッと見では下手な探索者(シーカー)よりも強そうである(……まあ、事実この馬鹿二人よりも強いのだが)。こんなギルド職員に食ってかかるとは、この二人は本当に怖いもの知らずである。

そして言い合いに終始する二人(+諦観中の二人)は、真後ろだった事もあってかラウル達が入ってきた事に全く気付いていない。

 

「……そこの君達、悪いが道を譲ってはもらえないだろうか?」

「あぁ!? この俺様に『どけ』とはいい度胸してんな……!?」

 

ラウルが声を掛けると、男はラウルに対しても食ってかかろうとする。『どけ』などとラウルは一言も言っていないのだが、もはや条件反射的に因縁を付けているようにしか見えない。

……しかし振り返った先に鈍色の全身鎧+長斧槍(ハルバード)を背負い、威圧感十分にこちらを睨みつける巨漢がいればどうなるだろうか。これでもまだ食ってかかれるのなら、ある意味で本物だったのだが……

 

「なんだ、聞こえなかったのか?」

「う……い、いや……」

 

途端にしどろもどろとなる男。自分よりも遥か格上、しかも敵意を滲ませた目で見てくる相手に突っかかるほどの蛮勇はさすがに持ち合わせていなかったらしい。見れば隣の女も威圧感にあてられて、口をパクパクさせている。

 

「君達はもう少し己を(かえり)みた方がいい。勢いだけでどうにかなるほど、ブラットの中層階は甘くない」

「……確かに、これじゃ中層階は無理かも。もし私がギルドの人でも、多分止めるかな?」

 

ひょこりと、サリアはラウルの後ろから四人パーティを眺める。武器を見て、具足を見て、腰袋を見て……たったそれだけでサリアは、彼らが中層階へ行かせてもらえない理由に気付いてしまった。

 

「……な、なにが無理なのよ?」

「あら、そんな事も知らずに『もっと先へ行きたい』などとおっしゃっているのですか? 今年10歳になる私の娘ですら分かる事が分からないなんて、不勉強にもほどがありますわね♪」

「「な、この野郎……!!」」

「女性に対して『野郎』などと言うものではありませんわよ♪」

 

図星を正確に突き、どこか楽しげに煽るレイラを前に(いきどお)る馬鹿二人。ラウルに臆していたとは思えないほど顔を真っ赤にさせ、ほぼ同時に怒りを含んだ言葉を浴びせかける……が、当のレイラはどこ吹く風でそれを受け流す。手が出てこなかったのは、ひとえに未だ威圧感を放つラウルが目の前にいたからであろう。

 

「それくらいにしておけ、レイラ。時間がもったいない」

「あらあら、ではこれくらいにさせて頂きましょうか、ラウルさん」

 

やや残念そうな表情を浮かべたレイラが言葉を返すと、ラウルは時間が惜しいとばかりに一歩前へ踏み出す。ただそれだけで馬鹿二人は道を空け(兄弟二人は最初から退いていた)……なぜか、大柄のギルド職員はすぐさま頭を下げた。

 

「ラウル様ですね、連絡はホリィから受けております」

「ああ、今日は上層階のみを探索する予定だ。手続きを頼めるか?」

「はい、直ちに」

 

職員の男性が、カウンターの下から紙を取り出し何やら書き込み始める。どうやら、これが入構手続きに必要な書類らしい。

……そして書類とペンをラウルが受け取ると、ラウルも何やら紙に書き込み始めた。

 

「ラウル・アルフォード、レイラ・アルフォード、サリア・アルフォード……と。よし、これでいいか?」

「はい、ありがとうございます。それでは皆さま、ご武運を」

「ああ」

 

三人分の名前を書類に書いて渡すと、ギルド職員が道を開ける。そのままラウルはカウンターを通過し、続いてレイラとサリアもカウンターを通過していく。

……その後ろ姿を、睨み付ける事しかできない馬鹿二人。ギリギリ、ギリギリ……と、歯が割れないか心配になるほど激しく歯軋りした男は一言吐き捨てた。

 

誰にも、聞こえないように。

 

「……今に見てろよ、クソが」

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

淡く光る石の踏み面が、まるで探索者(シーカー)道標(みちしるべ)となるかのように地下深くへと続く。

 

―――コツン、コツン、コツン……

 

階段を降りる音が三人分、石作りの壁に規則正しく跳ね返っては響く。全員並ぶには窮屈で、しかし二人では少し余る程度の幅を持つ石段を、三人は一列に並んでゆっくりと(くだ)っていた。

 

「……結構深いね、お父さん。100段くらい下りたけど、これってどこまで続くの?」

「そうだな……あと100段ぐらいか。ほら、あそこに強い光が見えるだろう? あれが『(ゲート)』、第1階層の入口だ」

「うえぇ、まだ半分なの? 遠いよ~」

「そうそう、最初だけ妙に長いのよね……しかも帰りはこれを上るのよ、サリア?」

「うっ……」

 

遺構探索は全て、このうっすら輝く不思議な階段を降りる事から始まる。それは、初めて遺構へ潜る者からすればなかなかに幻想的な光景として映るのであろう。

……しかしこの石段は、言うなれば天国(地上)から地獄(遺構)へと続く黄泉の坂。抜けた先の『(ゲート)』をくぐれば、そこは一瞬の油断が死を招く怪物(レムレース)巣窟(そうくつ)である。それを知る者の目からすれば、これ(光る石段)はまるで『遺構』という巨大な怪物(レムレース)が、探索者(シーカー)を誘き寄せるために仕掛けた罠のように映っているのであろう。

 

……それでも探索者(シーカー)は、先へと進む。

 

或る者は栄誉を。

或る者は魔具(アーティファクト)を。

或る者は財貨を求めて。

 

己の命を懸けて、進むのである。

……まあ、帰りの昇段の事は考えぬが花、というものであろう。『(ゲート)』をくぐるまでは怪物(レムレース)が出ない安全地帯なので、最悪ここにたどり着いてしまえば何とかなるのだから……。

 

 

 

 

 

「……さて、もう少しで『(ゲート)』か」

 

長く続いた薄闇のトンネルも、残りは僅かに数段。遠くに見えた光源もグッと明るくなり、ブラットの『(ゲート)』……この幻想的な空間と、第1階層との境目となる場所は目の前にあった。

その『(ゲート)』を、サリアが覗き込む。

 

「真っ白……何にも見えないよ?」

「くぐるまでは、先が見えないようになっているからな。さあ、いくぞ」

 

壁がアーチ状にくり貫かれたかのような造形の『(ゲート)』。先が見えず、人ひとりがどうにかくぐれる程度の大きさしかないそれを、ラウルは躊躇無くくぐっていく。

 

「サリア、先に行ってちょうだい」

「……うん」

 

続いて、サリアも『門』をくぐっていく。予想以上に強い光が彼女を包み込み、目を一瞬眩ませる……が、それでもすぐに慣れて、サリアはゆっくりと目を開けた。

 

「……うわぁ」

 

そこに広がっていたのは、地下とは到底思えない光景だった。

 

「木の幹が壁みたいに……ここって本当に地下なの?」

 

(ひし)めきあう木々、生い茂る草花、柔らかな腐葉土、飛び交う羽虫、枝葉の隙間から差し込む光……それは地上にしか、いや地上でもロワリアス聖王国にしか存在しないはずの、豊かな森林の姿そのものであった。違いと言えば木々があり得ないほどに密集し、太い幹がそのまま堅い壁に、折り重なった枝がそのまま分厚い天井となって大きな部屋を形成している事ぐらいであろうか。

 

まさにそれは、大自然の迷宮(彩花のブラット)と呼ぶに相応しい面構えをしていた。

 

「やはり、居るか」

 

……早速だが訂正しよう。もう一つ、決定的な違いがその部屋にはあった。

地上の森林には絶対に居るはずのない、緑と茶色で塗りつぶされた背景には全く似つかわしくないソレ。

 

「……えっと、なにアレ?」

 

目も鼻も口も手も足も胴も頭もない、ただひたすらにプルプルしたゲル状の体を持つ赤いナニか。成人の頭ほどの大きさを持つソレが6体ほど、大きな部屋の中をズルズル、ノロノロと這いずり回っていた。

……はっきり言って気味が悪い。巨大ナメクジが這い進む様子を5倍速くらいで見たかのような、あるいは低速の巨大Gを眺めたかのような(おぞ)ましささえ、その光景からは感じられた。しかも、さっきからそのナニかは部屋の中をウロウロするだけで、三人の近くを通っても襲いかかるどころか反応する素振りさえ見せないのだ。

 

「何って、アレが『レッドジェリー』よ?」

「えっ、アレが最弱の?」

 

『最弱』。

 

なんの捻りも無い暴言であるそれは、このアレ……コホン、レッドジェリーという怪物(レムレース)に付けられた、ある意味では正しい呼び名であり、またある意味では()()である。

鈍く、弱く、知能は無いに等しく、そのくせ数はやたらと多い。世界中どの遺構でも出てきては、その異常な出現数で探索者(シーカー)を辟易させる邪魔者。当然その弱さゆえ、レベルアップに必要な経験もコイツ相手ではほとんど積むことはできない。

……しかも不思議な事に、どの遺構でも(もちろんブラットでも)第1階層はコイツしか出現しないのである。他の怪物(レムレース)は一切出てこない。

 

「……まあ、サリアには確実に物足りない相手だろうな」

「でも、あまり長く見ていたくない光景よね……あ、奥の通路からも何体か来たわよ」

「うっ……」

 

三人が会話している間にも、レッドジェリーはその数を増していく。部屋より伸びる一本の通路、その奥から8体のレッドジェリーがワラワラと姿を現し……そして、同じように部屋中を徘徊し始める。

三人には、一切目もくれずに。命よりも先にSAN値(正気度)が尽きてしまいそうな、悍ましい光景が倍増しで目の前に広がる。

 

「………」

―――キィン

 

のっけからの嫌すぎる光景を見て、若干引いていたサリアであったが……意を決したように鞘から細剣を抜き放ち、両手で持って一歩前へと踏み出す。訓練用の剣とは違う、研ぎ澄まされた刃を持つそれは光を反射し、銀色の刀身を(きらめ)かせていた。

 

「……大丈夫だよね?」

「ああ、まあサリアなら大丈夫だろう。油断はするなよ?」

「うん」

 

その一言で、サリアは姿勢を低くし弾丸のように駆け出した。

一歩、二歩、三歩……四歩で最高速へと達したサリアは、手近にいた一体へと狙いを定める。ゲル状の体に刃が押し負けぬよう、すれ違いざまに細剣を思い切り振り抜いた。

 

―――グニュリ

 

……刃が振れた瞬間、いかんとも表現しがたい微妙な手応えがサリアの手に返ってくる。

しかし、押し返してくるような感触は勢い付いた刀身がゲル状の体へ入り込むと共に、少しづつその反発力を弱めていった。

 

「はぁぁぁ!!」

ーーーこれなら、いける!!

 

そう確信したサリアは、一際強い力を剣へと込める。

 

―――ズバッ!!

 

そのまま刀身は正中を切り裂き、レッドジェリーの体を綺麗に両断した。

……斬られたレッドジェリーが、地面へと溶け込むように薄く広がっていく。それが完全に地中へと消えた後には、何やら赤い小さなグミのようなものが残っていた。

 

「はぁ、はぁ……うん、倒せた!!」

 

相手は、最弱と称される怪物(レッドジェリー)。それでもサリアは、初めての怪物(レムレース)討伐を独力で成し遂げたのであった。

歓喜の笑顔が、サリアの顔に浮かぶ。天使のような可愛らしい顔を両親のほうに向け……、

 

「その調子よサリア。さあ、あと1()体いるから頑張って!」

「……え゛!?」

 

……次の瞬間には、目を見開いて辺りを見回す。

レイラの言った数が、なんかおかしい。部屋を動き回るレッドジェリーの数を、サリアは指折りで数えてみた……。

 

―――た、確かに15体に増えてる……

 

最初いた数が6体、追加で通路の奥から8体、そこで1体斬り伏せたので、現状で部屋に居るのは13体でなければおかしい。

……おかしいはずなのに、レッドジェリーは間違いなく15体に増えていた。なら、この差分の2体はどこから来たのだろうか?

 

……混乱するサリアを見かねてか、ラウルからアドバイスが掛けられる。

 

「まあ、ジェリー系の怪物(レムレース)にはよくある事だ。こいつら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな」

「え゛!?!?」

 

……が、それはサリアの混迷を更に深めてしまったようだ。

 

文字通り降って湧いた話に、サリアは物凄く嫌そうな顔を浮かべてレッドジェリー達をまじまじと見つめ……その目の前に、上から1体のレッドジェリーが落ちてきた。

思わずといった様子で、天を仰ぐサリア。その視線の先で、枝葉の隙間からもう1体のレッドジェリーが這い出てくるのが見えた……いや、見えてしまった。

 

「………」

 

そのレッドジェリーもべチャリと地面に落ち、総数は17体となる。コイツらそのものはいくら居ようと大した脅威にはならないのだが、数が多すぎて足の踏み場が無くなりつつあった。

……部屋がこの状態では、いざという時に身動きが取れなくなってしまう。

 

「これで分かったな? 『部屋で怪物(レムレース)と戦ってはいけない』と言われる理由が」

「……うん」

 

力のない(うなず)きだった。

 

 

 

……結局、その部屋のレッドジェリーは三人で協力して掃討した。その最中に2体増えたので、そこだけで合計20体のレッドジェリーを潰した事になる。

ちなみに次の部屋では15体、その次の部屋でも16体ものレッドジェリーを倒し、コイツらのドロップアイテムである『レッドグミ』を拾い集めつつも摘まみ食いしたサリアが、そのあまりの不味さに悶絶していた事を追記しておく。

 

……こうして、サリアの初めての遺構探索は幕を開けたのであった。

 




はい、お疲れ様です。

さて、サリアの初めての遺構探索はあと少しだけ続きます。小説内での時間は少々押していますが、流石に『最弱(レッドジェリー)倒してハイ終わり』というのはあまりにも(むな)しすぎるので(魔法も撃ってませんし)。

それでは、次回をお楽しみに。
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