始まりのリンドヴルム   作:SUN_RISE

7 / 10
引き続き遺構探索回。
エグ過ぎない程度にエグい表現が出てきますので、耐性の無い方はご注意を。

……まあ、そこまで構える必要は無いと思われますが。



※ 六話目のあらすじ ※

ラウルに急ぎ連れられて、探索者登録を済ませたその日のうちに『彩花のブラット』へ訪れたサリア。
入口で一悶着あったものの、彼女は無事に遺構探索デビューを飾る事ができた。



……ついでに、これから嫌でも見続ける事となるレッドジェリー乱舞を3回も体験してしまったり、()()食べられるドロップアイテム『レッドグミ』をそのまま食べて悶絶したりと、なかなかに愉快(散々)な遺構デビューとなったようである。

……え? あ、遺構探索はもう少しだけ続きます。
もう終わり、みたいな雰囲気が若干出てますけどまだ続きますよ?

※ あらすじ終わり ※



それでは、どうぞ。



七ノ譚:最弱と堕精の坩堝(メルティング・スポット)

パトリシアでは、(あまね)く利用されている魔法。この世のどんな魔法も、魔素から抽出される『魔力』とそれを整え(魔法)にする『魔力運用式』の二つをもって成り立っている事は、ある程度学を修めた者なら誰しもが知っている事であるとは思う。

 

さて、その『魔法』という単語を聞いてあなたはどんなものを思い浮かべるだろうか?

 

……例えば、自分が最も得意とする攻撃魔法。

……例えば、仲間に掛けられた回復魔法。

……例えば、魔具(アーティファクト)人工魔具(テクノ・クラフト)のような魔力仕掛けの道具。

 

ほぼ全ての人が、なにかしら『魔法』に関わるものを思い浮かべたはずである。それだけ魔法は『パトリシア』という世界において、()って当たり前の身近な存在となっているのだ。

 

……しかし、そんな魔法にも『ソウゾウ()力の産物()』と呼ばれていた時代があった。まだ『魔法』として体系化されておらず、ごく一握りだけ居た魔術士達が未だ見えぬ魔術の深淵を覗き込もうと、互いに(しのぎ)を削って研究に打ち込んでいた時代が。

この時代は実に多種多様、千差万別、時に奇想天外奇々怪々な魔法までもが存在していた。現代でも通用する完成度の高い魔術から、たった一度の使用で全ての精神力を使い切ってしまうようなロマン技まで……古の魔術士達が各々の感性に任せて様々な魔術を考案し、世はまさに魔術研究の全盛期を謳歌していた。

そして時代を経ると、増え過ぎた魔術群に明確な体系化がなされていった。危険すぎる魔術は排され、実用に耐えない魔術は除外され、コストパフォーマンスに優れた魔術が選りすぐられ、改良を重ねられ……万を数えた雑多な魔術群は『魔法』として、現代までに六属性基本魔法120種・複合属性魔法20種へと絞り込まれ、習得難易度に応じて初級・下級・中級・上級・超級の五段階へと明確にランク分けされた。現在知られている魔法体系は、そんな先人達の試行錯誤により生み出されたものなのだ。

 

――― セトラ暦1993年、ヨシュア・カーディ著『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』第八章 第五節 魔法のすすめ 前半より ―――

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

赤色(レッドジェリー)の奔流を、三人は見事に突破した。深層ほど階層構成が複雑になる遺構にあって、第1階層の構成は非常に単純な事が多いのだが……今回はその中でも極みつきであった。

 

「思ったよりも楽だったな」

「そうね、分岐無しなんて珍しいわね」

「……アイテムが0というのも、珍しいな」

 

階層間を繋ぐ短い石段(それでも50段はある)を降りながら、二人は会話を交わす。部屋はたったの三つのみ、『(ゲート)』から下り階段まで分岐無しの一本道、ついでに初期配置アイテムも無し……と、彼らが考え得る中でも最もシンプルな階層構成であったので軽く驚いていたのだ。

……そのしわ寄せがレッドジェリーの集中大量出現という形で表れていなければ、なお良かったのだが……遺構というのは意地が悪いのか、そう上手くはいかないようにできているらしい。

 

「……なんか疲れた」

 

そんな二人の横に、若干一名ほど青い渦巻きとモヤモヤを背負った者がいた。

 

……言わずもがな、サリアである。驚異的な速度で増えるレッドジェリーを潰しに潰し……その際ドロップした『レッドグミ』を集めて腰袋に入れていくうちに小腹が空き、可食だと本で知っていたために軽い気持ちでそれを口にしてしまったのだ。

だが、その突き抜けた不味さは彼女の想像を遥かに越えていた。青臭さと生臭さと焦げ臭さと甘さと渋さと酸っぱさとその他諸々がごった煮になったかのような、それはそれは凄まじい衝撃が味覚神経を伝ってサリアの脳を揺さぶった。

……結果、とっさに吐く事もできずつい飲み込んでしまい、更に苦しむ羽目になってしまった。そのせいで余計に(精神的に)疲れてしまったのだ。

 

「あら、レッドグミって栄養価ものすごく高いのよ?」

「……もういや、どうせ食べるならエナ○ー○○トの方がいい。そっちの方が美味しいし」

 

若干涙目を浮かべたサリアはそう言うが……実はその○○ジーメイ○にも、栄養補助のためにレッドグミが使われていたりする。もちろん、この不味さを軽減する下処理を施したうえで。

 

「………」

 

レイラはその事を知っているようだが、ここは黙っている事にしたらしい。世の中には知らない方が幸せな事だってたくさんあるのだから、あえて言う必要も無いだろう……という、彼女なりの優しさなのだと思われる。

 

「……そういえばサリア、魔法使ってなかったわよね?」

「言われてみればそうだな。その方が楽だったはずだが、どうしたんだ?」

 

妙な方向に傾きかけた雰囲気を、レイラの問い掛けが元へと戻す。そこにラウルも追随するが、二人の疑問はもっともであるかもしれない。

……第1階層でサリアは、実は一度も魔法を撃っていない。対峙した全てのレッドジェリーを、手に持った細剣で一体ずつ斬り伏せていたのだ。せっかく全属性の魔法を扱える素養(アルス)があり、実際にレイラとの魔法訓練を通じて下級魔法まで(風属性のみ中級魔法まで)は扱えるようになっているにも関わらず、だ。

 

「うーん、何だかレッドジェリー相手にはもったいなくて……」

「……ふむ、気持ちは分からないでもないな」

 

しかしこれは、実のところなかなかに難しい問題である。

遺構中至る所で遭遇するレッドジェリー、その掃討に(こだわ)れば相応に消耗し、かといって放置すれば緊急時の対応が難しくなる。ほどよく倒すにしても、その(さじ)加減が周りの状況によって変動するため判断しにくい……という側面もある。探索に手馴れた上級探索者パーティでさえ、レッドジェリーの処理は各々の判断で適当にやっている事が多いのだ。

……ついでに言うと『赤ゲ(レッドジェリーの略称、『ゲ』の部分を特に強く発音する)は倒してもリターン少ないし、なるべく無視したい』という、いかにも探索者(シーカー)らしい本音も複雑に絡んでいたリする。

 

「……ただ、次の階は魔法も使って一気に掃討した方がいい」

「『ゴブリン』も出るから?」

「そうだ。レッドジェリーの居る部屋で他の怪物(レムレース)に接近戦を仕掛けるのは、極力避けるべきだと俺は思う」

 

……いつになく真剣な面持ちでラウルは語る。心なしかその表情は暗く、影が落ちているようにも見える。どうもレッドジェリーに対して、彼には苦い思い出があるらしい。

 

「……うん、そうする」

「ああ、そうしてくれ……さて、そろそろ第2階層だな」

「ねえお父さん、私が先頭で行ってもいい?」

「ああ、任せる」

 

第二階層の光が見えてきた所で、サリアはいつでも戦闘に移れるよう態勢を整える。今度は開口部も広く、先の様子は『(ゲート)』と違ってしっかりと見えている。

その見える範囲に限って言えば……木々が重なり合ってできた壁は相変わらずで、下った先はやはり部屋、そして怪物(レムレース)の姿は無い。部屋には音も無く、完全にシンと静まりかえっていた。

それを確認してから、サリアは開口部をくぐる。

 

「……誰もいないね」

 

やはり、怪物(レムレース)の姿はどこにも無かった。死角になっていた場所も念のため見てみるが、影も形も見当たらない。

……アイテムさえ全く落ちていなかった事に、少しだけ残念な気持ちになったのは彼女だけの秘密である。

 

「こういう時もある……というよりまあ、これが普通だ。次の部屋に行くとしようか」

「うん、分かった……ん?」

 

何かの気配を感じ取り、サリアはふと空を見上げる。

 

―――ベチャ、ベチャリ

 

……そのタイミングを狙ったかのように、二体のレッドジェリーが降ってくる。よく見ると、天井を覆う枝葉の影には他にもいくつか赤いモノが……。

 

「……あはは、そういえば忘れてた。やっぱりこうなるんだね」

「遺構ではよくある事よ。急いで進めば問題は無いわ」

「ああ、長居は無用だな」

 

幸い、残りのレッドジェリーに落ちてくる気配はまだ無い。ならばここは、無視して早いところ部屋を抜けてしまうのが一番だろう。

……そう判断した三人の行動は、それは素早いものであった。特にサリアは赤色に彩られた(レッドジェリーだらけの)第一階層での光景が、脳裏に焼き付いていたのであろう。それを(かぶり)を振って払いながら、急ぎ足で部屋を後にしたのであった。

 

 

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「……うえぇ」

 

……L字に部屋へと差し掛かるコーナー、太い幹の影で次部屋の様子を伺ったサリアが、思わず漏らした(うめ)きがコレである。眉間にこれでもかと皺を寄せ、およそ女の子がしてはいけないような表情を浮かべているが……部屋の状態がアレでは、こうなるのも致し方のない事かもしれない。

 

今まで通ってきた部屋よりも、二回り以上は大きく広い部屋の中。

 

―――グニュ、グニュ、グニュ……

―――キキキッ

 

……それを埋め尽くさんばかりの勢いで、怪物(レムレース)の群れが陣取っていたのだから。

その構成は、第1階層で嫌というほど見たレッドジェリー……そして焦げ茶色の肌に醜悪な顔付きを持ち、右手に緑青を吹いた粗末な片手剣(カッパーソード)を握った、サリアと同身長くらいの小さな人型怪物(レムレース)の二種類。

あれがゴブリン、『堕精』と呼ばれている怪物(レムレース)か……と、サリアは心の中で納得していた。

 

「あらあら、今日は怪物(レムレース)日和ね」

「おい、そんな訓練日和みたいな言い方やめてくれ」

 

……そんなサリアの横を見れば、レイラやラウルでさえも引きつった顔をしている。

ざっと数えて、部屋に居るレッドジェリーは約30体。ゴブリンはやや数が少ないものの、それでも15体は居る。怪物(レムレース)の質は第2階層だけあって大した事は無いが、その物量が尋常ではなかった。

……階段を上がってから、まだそれほど経っていないにも関わらずコレだ。レッドジェリーの増加速度やゴブリンの群れる習性を考慮したとしても、明らかにコレは自然発生した(たぐ)いのものではない。

 

「もしかしてコレ、『メルティング・スポット(怪物のるつぼ)』だったり……?」

「……正直信じられないが、そう考えざるを得ないな。見てみろ」

「……あ、査水晶(インスペクト・クリスタル)だ」

 

ラウルが指差した先には、地面に散らばる複数の査水晶(インスペクト・クリスタル)拳大(中結晶)のそれは光を反射し、這い回る赤ゲの合間で虹色に輝いている。

しかも、部屋に落ちているのはそれだけではないようだ。

 

「あとは剣と、盾と……? えっと、あの厚紙みたいなのって何?」

「あれは『測量紙(サーベイア)』かしら? こんな浅い階層で見かけるなんて、珍しい事もあるのね」

「……さーべいあ?」

「詳しい説明は後にしよう。あれはかなり便利な魔具(アーティファクト)だからな、確実に回収するぞ」

「了解よ」

 

大量の怪物(レムレース)と共に、大量のアイテムが部屋中に散らばっている。しかもラウル曰く、階層にそぐわない高レアリティな魔具(アーティファクト)まで混じっているらしい。

……これが、遺構内で稀に現れる『メルティング・スポット』である。ハイリスク(数多の怪物)ハイリターン(数多のアイテム)を地で行く、遺構の特徴の一つであり……欲望に駆られて突撃した探索者を(ことごと)く葬ってきた、地獄の名所でもあるのだ。

 

 

 

その事を、コレに何度も苦労させられたラウルは良く知っている。だからこそ、たとえ相手がレッドジェリー(最弱)ゴブリン(堕精)だけだったとしても加減しようとは微塵も考えなかったようだ。

……ラウルは長斧槍(ハルバート)を、レイラは杖を、サリアは細剣をそれぞれ握り、通路の影でじっと息をひそめる。ラウルは何度か後ろを振り返り、背後からの奇襲が無いかを警戒していた。

木の匂いに混じって、鼻をつく異臭が(かす)かに部屋から流れてくる。しかし、三人は微動だにもしない。

 

「作戦はどうするの?」

「弱いと言えど、相手は怪物(レムレース)の大群だ。まずは定石通り、魔法で一気に数を減らす……二人とも頼むぞ?」

「……了解よ」

「……!!」

 

樫製の杖に左手を添え、レイラは意識を集中させる。

……レイラの表情が瞬く間に変わっていく。蠢く怪物(レムレース)達へと向けて、斬り裂くような厳しい視線を投げ掛け……直近に居た一匹のゴブリンが身震いし、(しき)りに辺りを見回していた。

しかし、目が良くないゴブリンに彼女の姿を見つける事はかなわない。通路はかなり薄暗く、しかも5メートルは奥まった場所に居たのだから。

 

「サリアも準備しなさい」

「……は、はい」

 

その濃密な殺気に圧倒されかけていたサリアも、レイラの一言でどうにか再起動を果たす。返した言葉が無意識の内に敬語となっていたが、それだけの迫力が今のレイラにはあった。

 

「……同時に出るぞ。タイミングはレイラに任せる」

「……ええ」

 

三人の位置から部屋へは、すぐに駆け出られる距離。あとは怪物(レムレース)の群れ……正確にはゴブリン達の隙を突いて先制攻撃を叩き込めるか否かで、その苦戦度合いが多少変わってくる。

……物陰から、三人はじっと様子を伺う。近場で周囲を警戒していたゴブリンが、仲間の呼び掛けに通路から目を離して歩き出し……、

 

「……今!」

 

レイラの掛け声と同時に、三人は一気に部屋へと躍り出る。その時になって、初めてゴブリン達は明確に三人を認識したが……もう遅い。残念ながら彼らの命運は、レイラが魔法の準備を完了させ()時点で既に尽きている。

 

「異形を穿つは、雷の導き手なり……これでどうかしら? 『ライトニングコンダクター』!」

 

サリアの横を()()()()()、簡素な前口上と共にレイラは杖から雷撃魔法を放つ(誤解されがちだがコレ、れっきとした()属性中級魔法である)。(ほとばし)(いかづち)の束がバチバチと強烈な音を立てて、先ほどのゴブリンに向かってまっすぐ飛んでいき……、

 

―――ヒュッ、バチーン!!

―――ギッ………

 

スパーク音と共に着弾する。まともな悲鳴を上げる事もできず、ゴブリンは一瞬の内に黒炭の塊となって果て……そして、溶けて消えていく。どうやらゴブリンも、死ぬとレッドジェリーと同じように地面へと消えていくらしい。

……そして攻撃は、それだけに留まらない。ゴブリンを食らい尽くした雷束は更なる獲物を求め、別の怪物(レムレース)へと飛び掛かっていった。

 

―――バチッ!!

―――バチッ!

―――バチッ

―――バチン

 

放射状に次々と飛雷していき、不運にもレイラの近くにいた怪物(レムレース)が黒焦げになって(たお)れていく。しかし後になるほど威力が弱まるのか、雷撃音は徐々にか細くなっていき……最後は壁に着弾し、少しばかりの焦げ目を付けて()ぜ消えたのであった。

 

「残りは任せたわよ、サリア」

 

レイラが放った、たった一発の魔法。それだけで8体のゴブリンと7体のレッドジェリーが息絶え果て、溶けるように消えていく。

……そして遠方にいたゴブリン達は、即死はしなかったものの一部は黒煙を上げてもがき苦しみ、その他も全員痺れて身動きが取れなくなっていた。

 

「……うん、準備はできてるよ」

 

そんな光景をサリアは、若干苦い面持ちで見ていた。

……それでも彼女は、己の役割を果たすため動き出す。実は地味に風属性への並外れた耐性があり、弱電にはビクともしなかった大量の最弱(レッドジェリー)達に引導を渡すために。

 

そのトドメとなる魔法の属性へと合わせるかのように、あえて冷めた口調から魔法名を紡ぎ出す。

 

「貫け、凍える尖槍よ……『アイスパイク』」

 

……水属性初級魔法『アイスパイク』。

氷でできた小さな槍を飛ばす単発攻撃魔法で、水属性魔法では基礎中の基礎とも言える魔法。低威力だが消耗は軽く、それゆえに攻撃・攪乱・牽制と使い勝手は良好、かつ水属性魔法系統のアルスを持たない魔術士でも容易に習得できる、という特長がある。

 

―――ピキン……

 

……ただしそれは、あくまでアイスパイクを()()()()()()()()()一般的な魔術士であれば、の話。水属性魔法に関わるアルスを持ち、さらに()()魔法の研究……平たく言えば既存魔法のアレンジに余念が無い魔術士ともなれば色々と話は変わってくる。

 

そして彼女の場合は、(主にレイラの影響で)完全に後者である。

 

―――ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ!!

 

『単発』攻撃魔法という言葉はどこへやら。

鋭い凝固音の重奏と共に、数えるのも億劫(おっくう)になるほど大量の氷槍がサリアの周囲に浮かび上がってくる。それは、自然の色味溢れるブラットにはあまりにも不釣り合いな光景であり……使われたのが最低ランクの『初級』魔法である、という事実を忘れてしまいそうになるほどに圧倒的なさまであった。

 

―――キィッ!?

 

鼓膜を叩く不吉な音に、知能は低くとも自らの生命の危機を感じたのであろう。倒れ伏せていたゴブリン達が一斉にサリアの方を向き……自身を狙う氷槍群を目撃して、慌ててその場から逃れようとする。

しかし悲しい事に体は、足は痺れてなかなか動かない、動いてくれない。

 

「……行け!!」

―――ブン!!

 

サリアの命令へ応えるかのように、氷槍は大きく唸りを上げ……(ひらめ)く飛跡を残しながら、怪物(レムレース)達へ向かって一直線に突き進む。

 

―――ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスッ

 

……その次の瞬間には、氷槍は怪物(レムレース)達へと余さず突き立てられていた。

あまりの早業に反応する事も出来ず、伏したままのゴブリンは凍てつく槍身にて全身を穿たれ、立ち上がっていたゴブリンは無防備な急所を抉られ、レッドジェリーは蜂の巣にされ……部屋にいた全ての怪物(レムレース)は、例外なく息絶えたのであった。

 

 

 

「………」

 

……力尽き消えゆく怪物(レムレース)達を、サリアはどこか影の差したような表情でもって見送っていた。そこまで深刻というほどでもなく、『苦悩』と言うほどに重いものでないのは確かだが……彼女が目の前の光景に、何か薄ら暗いものを感じているであろう事は誰の目からも明らかであった。

 

「ふむ、やはりサリアもそうか」

「……えっと、何のこと?」

 

とっさに何事もなかったかのような微笑を作り、とぼけた返事をラウルに返す。

しかし彼は、(サリア)の表情の変化を見落とすような親ではない。努めて優しい口調で、サリアへと語りかける。

 

「なに、恥じるような事じゃない。『これは人ではない』と何度自分に言い聞かせても、人型の怪物(レムレース)を斬る度にモヤモヤというか、やるせないというか……俺でさえ、今でもそんな気持ちになるのだからな」

「…………お父さんも?」

「ああ」

 

……当然だが、すべてが全てそういう者ばかりという訳ではない。中には怪物(レムレース)を傷付け殺す事に、一切の抵抗を感じない者だって居よう。

サリアの場合も、レッドジェリーのような異形の怪物(レムレース)を斬るのであれば大して忌避感は感じない。しかし相手がゴブリンのような人型の怪物(レムレース)となるとどうしても、どうしても心の持ちようが変わってきてしまうのだ。

そしてサリアは、それを恥じていた。一瞬の油断が命取りになる遺構で、その心は致命的な隙を生む原因になりかねないから……という理由で。

 

……ラウルには、全てお見通しだった。

 

「……その気持ちは決して忘れるな、サリア」

「えっ?」

「『怪物(レムレース)と戦う者は、自らの心も怪物(レムレース)と成り果てぬよう気を付けねばならない』……俺が、槍の師と(あお)いだ人の言葉だ」

「どんな意味なの?」

「今はまだ分からなくてもいい。これからもサリアが探索者(シーカー)の道を歩むのであれば、自ずと分かる時が来るだろう」

「……うーん、よく分かんないけど分かった」

 

何とも曖昧な返事にラウルが苦笑した所で、この話は終わりとなった。

 

「さて、どうするサリア? 今ならもう少し進めるが……」

「まだ余裕はあるけど、今日はもうやめとく。色々あってちょっと疲れたし、これで()()階層はちょっと……ね」

「ふふふ、賢明な判断ね。でもお楽しみのアイテム回収はちゃんとしておかないとダメよ♪」

「あ、そうだった。アイテムには当たらないように気を付けたけど……どうかな、お母さん?」

「ええ、どれも無事みたいね」

 

そして三人は、怪物の坩堝(メルティング・スポット)突破者お待ちかねのアイテム集めタイムへと移る。魔法制御が下手な者だと、ここでアイテムを誤爆している事に気付いて落ち込むのだが……幸い二人の制御が正確だったためか、ゴブリンに踏まれて砕けた査水晶(インスペクト・クリスタル)以外に破損は無いようである。

……ただし、それならそれで今度は別の問題も浮かび上がってくる。

 

「えっと、この剣と盾って何て名前?」

「これは……ちょっと分からんな。出張所に鑑定所があるから、そこで鑑定してもらうとしよう」

「うーん、『鑑定』アルス持ちの人が居ると楽なのにね……」

 

……こういう訳で、せっかくアイテムを拾っても名前や効果が分からない事が割とよくあるのだ。

一応『鑑定』アルスを持った者が居れば、アイテム識別で困る事はそうそう無いのだが……そういう者は戦力として心(もと)ない事が多く、戦いではパーティの足を引っ張る厄介者になりやすい。また知識でアイテムを判別しようとしても見た目のよく似たアイテムがあまりにも多く、識別結果を保障できない事がままあったりする。

ゆえに、拾ったアイテムはギルド併設の鑑定所に持ち込んで鑑定してもらうのが確実で、有料だが安い(一つにつき500ペルナ)事もあって探索者(シーカー)の間では一般的となっている。

 

 

 

……と、そんな会話を交わしつつ三人はアイテムを拾い集めていく。

 

「………(ポイッ)」

―――ブヨン、ブヨン……

「おいおい、そんなに嫌ってやるな」

「いやだ、レッドグミだいきらい」

「あらあら……」

 

レッドジェリーを倒せば、当然その後には大量のレッドグミがドロップする……が、サリアはまるでゴミでも扱うかのように、次々と部屋の隅へ投げ捨てていた。

まあ、持ち帰っても二束三文(ギルドでの基準買取価格は一つ3ペルナ)である事は三人とも知っていたので、誰もあまり気にしていないようだが……一応は売れるので少々もったいない気もする。

 

「……こっちの方がまだ良さそう」

 

そう言いながら、ゴブリンが落としたカッパーソードを拾い上げる……が、こちらはこちらで電撃を浴びたせいか、溶けて(いびつ)な形となっていた。もはや武器としては使えないが、これでもレッドグミよりは高く売却できる(一つ10ペルナ)ので拾い集めていく。

……徐々に腰袋が重くなっていく感触を、じっくりと味わいながら。

 

 

 

「よし、これで最後だな」

 

無事な査水晶(インスペクト・クリスタル)も5個ほど回収し、最後のアイテムである測量紙(サーベイア)を回収し終える。幸い怪物(レムレース)の追加出現は無く、実に平和なアイテム回収となった。

 

「……そうだ、この測量紙(サーベイア)ってどんな魔具(アーティファクト)なの?」

「ああ、そういえば説明する約束だったか。測量紙(サーベイア)は所持者が通った場所を遺構・地上問わず自動的にマッピングし、記録保持もできる優れた魔具(アーティファクト)だ。買うと100万ペルナはする、なかなかの希少品なんだが……」

 

……なぜか言い淀むラウル。その横では、レイラも僅かに目線を横へ逸らしている。

そんな両親の挙動に疑問を抱くサリアではあったが、とりあえず今は黙って話を聞く事にした。

 

「……これ(サーベイア)は便利な分、気難しい魔具(アーティファクト)でもあってな。込める魔力属性を周囲の環境に応じて選ばないと、精度が極端に悪くなる欠点がある」

「水場が多いなら水属性、洞窟の中なら地属性、森の中なら風属性……のようにね。属性一つだけならいいけど、たまに複合属性を要求されたりする事もあって扱いが難しいのよ」

「……もしかして、何かあったの?」

 

二人の説明がやけに詳しい事に、サリアは更なる疑問を抱く。特にレイラの『扱いが難しい』云々(うんぬん)の下りは、言葉の隅々まで実感が籠っていたようにサリアには聞こえた。

彼女からすれば、純粋にその時感じた疑問をそのまま言葉にしただけ……だったのだが。

 

「「………」」

 

二人して目を逸らし、固まってしまう。何か軽く地雷を踏んでしまったような気がして、しまったと思うサリアだったが出した言葉はもう飲み込めない。

……なんとも居心地の悪い、無言の空気が流れる。部屋を抜けゆく涼やかな風でも、この嫌な雰囲気は払拭できそうになかった。

 

 

 

「……以前、過信して酷い目に遭った事があってな。それ以来使っていない。遺構は入る度に構造も変わるから、最悪いらないかと思ってな」

「……あ、あれはしょうがないでしょう」

「まあ、今から思うとレイラに火の遺構でマッピングしてもらうのは少々酷だったかもしれないな」

「もう、あれで私の誇り(プライド)はズタズタ、結構傷付いたのよ?」

「そうだな、1ヶ月は寝込んでたか?」

「……そんな事もあったかしらね」

 

しばらくして、そんな気まずい空気を打破したのは……やはりと言うべきかラウルであった。その言葉に憮然とした表情を返すレイラだったが、最後は思い返すように目線を上に向けて苦い笑いを浮かべていた。

 

……風は火に弱く、火は水に弱く、水は地に弱く、地は風に弱い。残る光と闇は、互いが互いを潰し合う関係にある。

そしてレイラは風属性専門の魔術士であり、火属性の扱いは彼女が最も苦手とするところでもある。ラウルの言う通り、火の遺構でマッピング精度が悪くなるのはある意味必然の結果だったのであろう。

高まっていく実力と名声に反し、それを扱う精神(こころ)が今一つ追い付いていなかった頃の苦い経験である。

 

「……それで、だ。この測量紙(サーベイア)はサリアに持っていてもらおうと思う」

「えっ、いいの?」

「ああ、サリアが一番うまく使いこなせそうだからな」

 

そして、この魔具(アーティファクト)はサリアにはうってつけであろう。なにせ彼女はあらゆる属性魔法に対応できるアルスを持ち、属性の得手不得手が無い珍しいタイプの魔術士なのだから。

 

「……ねえ、ちょっと試してみてもいい?」

「ああ、やってみるといい」

 

厚紙のような外見をした測量紙(サーベイア)に、ものは試しと風属性の魔力を流し込んでみる。カードに査水晶(インスペクト・クリスタル)を溶け込ませた時と同じように、測量紙(サーベイア)の表面を魔力が波打っていき……、

 

「……わぁ……」

 

……やがて、一つの黒い長方形を紙面に浮かび上がらせる。その長方形の真ん中には緑色に光る大きめの点が3つ、部屋の隅には青く小さな点が大量に付いていた。

試しにサリアは、青い点群が指し示す場所……ちょうどレッドグミが山のように廃棄されている所へ移動する。すると緑点が一つ、サリアの軌跡を追いかけるように移動していき……最終的に青い点と重なって表示された。

 

「すごい、これ現在位置まで分かるんだね」

「ああ、ここまで便利な物もそうそう無いとは思うぞ?」

 

あくまで使いこなせればな……と、ラウルは恥ずかしそうに頭を掻く。便利さゆえの弊害、『依存』というのは真に恐ろしいものがある。

 

「……ねえ、そろそろ帰りましょうか。()()()()()()()()()()()|ことですし」

「あ、やっぱり? 見上げるの嫌だったから見てないけど、そんな気はしてた」

「そうだな、帰るとしようか」

 

……足早にその場を去る三人の後で、レッドジェリーが部屋へと落ちてくる。サリアの手元で機能を発揮し続ける測量紙(サーベイア)には、怪物(レムレース)の存在を示す赤い点がポツポツと浮かび上がっていた……。

 




はい、お疲れ様です。

(パトリシアにおける)魔法・魔法科学の発展の歴史 ≒ (地球における)科学の発展の歴史……とでも捉えて頂ければ、その時代変遷がイメージしやすいのではないかと思います。
なので、パトリシアでも魔術黎明期は本当に色々あったようです。現代の常識からすると全くもって理解不能な事が、それこそあちらこちらに……。

それでは、次回をお楽しみに。
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