始まりのリンドヴルム   作:SUN_RISE

8 / 10
さて、ここで多少強引ながら一つ、賽を投げると致しましょう。
物語の始まりには、きっかけが必要でしょうから。



※ 七話目のあらすじ ※

初めての遺構探索でサリアが遭遇した、『メルティング・スポット(怪物の坩堝)』。
大量の怪物(レムレース)との戦闘が確定している反面、貴重なアイテムも拾う事が可能なまさにハイリスク・ハイリターンを地で行く場所であった。



……しかしまあ、所詮はレッドジェリー(最弱)ゴブリン(ブービー)なので三人の敵ではなかったようだが。
よく見ると、ラウルでさえ出番が無いくらいに余裕だったし。

そういう意味で、彼らにとってはローリスク・ハイリターンな場所だったのかもしれない。

※ あらすじ終わり ※



それでは、どうぞ。



八ノ譚:荒れ狂う嵐の中で(フェイタル・エンカウント)

 

……では『魔法は学ぶもの』となった現代において、『魔法の自作』はもはや無意味な行為なのであろうか?

答えは(いな)である。遺構探索に同行する魔術士には是非とも魔法の自作……それが難しければ『派生魔法』の修得に挑戦してほしいと、私は考えている。

 

それは、なぜか。

理由は単純で、遺構探索において上級魔法の使い出があまり良くないからである。

 

基本魔法の魔力運用式は極限まで洗練されており、非常に単純で理解しやすい。魔法が不得手でも初級魔法ならば誰でも扱えるし、資質(アルス)が合えば中級魔法までは容易に修得できる。

しかし上級魔法以上となると、運用式は理解できても必要とされる魔力制御精度や魔力量の観点から、修得はかなり厳しいものになる。また修練を積んで上級魔法を修得したとしても、今度は強力すぎて中層の怪物(レムレース)相手では確実に持て余してしまう。ゆえに多くの魔術士が修得の手間を嫌がり、中級魔法までをメインとして遺構探索へ臨んでいるのが現状なのである。

だが逆に、中級魔法では不足している要素もある。特に致命的なのは広域殲滅魔法の不足で、火属性を除いた5属性のそれは上級以上に集中しており、火属性魔術士以外は打開力不足に常に悩まされる事となるだろう。また火属性に耐性のある怪物(レムレース)も当然ながら存在するため、そうなると多数の敵に囲まれた時に打つ手が無くなってしまう恐れもある。

 

だからこそ、私が勧めたいのが『派生魔法』である。

派生魔法とは、基本魔法の魔力運用式にオリジナルの変化を加えた魔法のことだ。多少の修練は要するものの、中級魔法まででは足りない威力、効果範囲、追加効果……それらを補填し、扱いやすさや消耗度合いは(もと)となった魔法に準じつつも時にワンランク上の力を発揮する事さえあるのが、派生魔法の最大の特長である。また、魔力運用式を『覚える』のではなく『組み替える』ので式そのものへの理解が一層深まり、結果的に魔法精度向上・上級魔法の早期修得にもプラスに働くだろう。

 

是非とも修得に挑戦し、遺構探索における一つの切り札として活用して貰えたなら幸いである。

 

――― セトラ暦1993年、ヨシュア・カーディ著『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』第八章 第五節 魔法のすすめ 後半より ―――

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

陽が沈んだナトラの街を、夜の帳がゆったり包み込む。ほんの僅かに細く見える月は、しかしその存在感を殆ど発揮しておらず……夜空は満天の星が支配していた。もしも街灯の光が無かったとすれば、まともに歩く事もできないほど暗い夜であったろう。

 

「すっかり遅くなってしまったな」

「時間が経つのって早いね、まだ夕方ぐらいの気持ちだったんだけど……」

「遺構に潜ると、どうしてか時間感覚がおかしくなるのよね。これも遺構の特性かしら?」

「まさか。おおかた死と隣合わせの緊張感で、時間の事など気にしていられなくなるんだろう」

 

サリアが光属性初級魔法『ライト』で作り出した光源を頼りに、森の道から石の歩道へ、そして柳色の舗装路へ……静かな夜道を三人は帰途へと就く。移り変わる景色が暗闇で見えないのは残念だったが、心地よい疲労感と充足感、そして少しばかりの寂寥感を肌で感じながら……、

 

「……レジーナさんに怒られてしまうわね」

「……そうだな」

「……うん」

 

……失礼。もう一つ、ほんの僅かな後悔の念も心に抱きながらゆっくりと歩みを進めていた。怒ると怖いのは、何もレイラだけではないのだ。

 

「……そ、それよりも剣と盾の鑑定結果どうだったの?」

「ん、あれか? 剣の方は普通のロングソードだったが……」

「……えっと、盾の方は?」

「俺も初めて見たが、これは『再生の盾(リジェネレータ)』と言う名前の魔具(アーティファクト)らしい」

「えっ、これも魔具(アーティファクト)だったの!?」

「ああ、なんでも『核』に込めた魔力で盾の性質が変わり、核さえ無事なら壊れても魔力で再生するんだとか……」

「……再生(リジェネレート)するのはそっちなのね」

 

盾の持ち手側に付いた、無色透明の丸い宝石のような核。それを指しつつラウルが説明すると、残念そうにレイラが呟いた。

……まあ、確かに『リジェネレータ』と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、持っていると傷の治りが早くなるとか、掲げると込められた回復魔法が発動するとか……間違いなくそちらの方であろうとは思う。

 

「そうは言うがな、これはこれで相当貴重な能力だぞ?」

「……へえ、そうなのサリア?」

「うん、すごく便利だよ。相手に合わせて自由に盾を変成できるし、修理もメンテナンスも魔力込めるだけで済むから」

「ふぅーん……」

 

まさに鍛冶屋要らずの魔具(アーティファクト)である。『優秀な魔術士が居たら』という条件付きではあるものの、遺構で破損してもその場ですぐに、かつほぼ完璧な状態まで修復できる利点はかなり大きいものがある。

……だが、レイラはあまりピンと来ていないようだ。魔法をメインウェポンとする彼女には、『武具をメンテナンスする』という考え方そのものがよく分かっていないのだろう。持っている樫の杖も武器というよりはお守りのようなもので、無くても全く支障のないオマケみたいな物だから余計にそう考えるのかもしれない。

 

「……まあ、いずれにせよ俺には使いこなせないからな。これはサリアにあげようと思う」

「いいの?」

「ああ。込めた魔力次第で強度も変わるそうだし、俺みたいな魔法音痴が使いこなせる代物じゃない。それならサリアに持っていてもらった方が、この盾も幸せというものだ」

「お母さんに直して貰ったらいいんじゃないの? 私、盾の扱いはあんまり上手くないし……」

「それでも、サリアが持っていた方がいいだろう? 俺も仕事柄、長く家を空ける事が多いし……上手くないなら慣れれば良いだけの話だ」

 

そう言いながら、ラウルが盾を差し出してくる。まだ初期状態であろうそれは装飾も何も無い、ただの分厚い鉄盾のように見えた。

少しだけためらいながらも、サリアは差し出された盾を受け取る。その見た目通りにズシリとした感触が、サリアの手に……、

 

「……あれ?」

 

……伝わってこなかった、むしろ羽毛のように異様に軽かった。それこそ、サリアが片手持ちして思い切り振り回しても差し支えないほどに。

 

「驚いただろう?」

「うん。もしかして、中が空洞だったりするのかな?」

 

試しにデコピンをしてみる。音が響けば中は空洞……、

 

―――パキッ……

「………」

 

……何やら嫌な音を響かせながら、デコピンした部分がひび割れて落ちる。その断面を見るに、間違いなく中身は詰まっているようだが……。

 

「……なるほど、見た目より密度が低いのか。だからこんなに……」

「……私が魔力を込めたら変わるかも。ちょっと試してみるね?」

「ああ、また結果を教えてくれ」

 

……最初はこんなものだろうと、とりあえずは納得する事にしたようだ。今後の成果に期待するとしよう。

 

 

 

 

 

……さて、そんな事を話している間も時間は確実に過ぎていく。

もう家は目と鼻の先。明かりは煌々と灯り、中からは何とも美味しそうな匂いが漂ってきていた。

 

「「「………」」」

 

レイラとラウルが顔を見合わせ、互いに目で牽制し合う。

 

(レイラ、先に行ってくれ)

(ラウルさんこそ)

 

歩きながらさりげなく体を入れ替え、互いに前を行かせようとする。何にもならないというのに、無意味な応酬は玄関先まで続き……、

 

「……ただいま!」

「「!?!?」」

 

不毛な押し付け合いへと発展する前に、サリアの声でバッサリと断ち切られる。

……そんな彼女の声に応じるように、中からパタパタと足音が聞こえてきた。

 

「あら、お帰りなさいませサリア様」

「ごめんなさい、張り切り過ぎて遅くなっちゃった」

「………いえ、お怪我をなさっていないのであればそれで十分ですよ。さあ、中へどうぞ……」

 

玄関先まで出てきたレジーナに笑顔で迎えられるが、サリアは真っ先に頭を下げる。それが良かったのか、レジーナは特に何かを言う事もなくサリアをすんなりと家へ迎え入れた。

 

 

 

……そして、ラウルとレイラに()()()()()()を向ける。

 

「……さて、ラウル様、レイラ様。何かおっしゃる事があるのではありませんか?」

「いや、それなんだがレジ「()()()()()()()()()()()()()」……」

 

これは、ほぼ何を言っても色んな意味で本格的にダメなパターンである。何となくだが、彼女が求める言葉を自分が言うまでは家に入れさせてもらえないような……そんな気がラウルはした。

 

「「ごめんなさい」」

「……まったく、お二人が出発した時から少々嫌な予感はしていたのですが。サリア様はまだ9歳なのですから、今後はあまり遅くならないようにして下さいね?」

「「はい、分かりました」」

「はい、それではお二人もお入り下さい。夕食のほうは既に準備ができておりますから……」

 

レジーナの笑顔が、ようやく優しいものへと戻る。それに内心ホッとしつつも、それを努めて表に出さないよう二人は家に入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……さて、これで分かったのではないだろうか。

 

 

 

レイラが、立場的には自分よりも下なのであろうレジーナを呼ぶ時に『さん』を付けていた、その理由が……。

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

サリアの充実した遺構デビューから、一日が経った。今日もサリアは休日であり、朝から意気揚々と遺構(ブラット)へ出かける……、

 

「……ムグ、すごい風だね」

 

……ことは、残念ながらできなかったようだ。

普段着のワンピースを揺らめかし、椅子に座ってエナジーメイトに齧りつきながらサリアが覗く、窓の向こう。

 

 

 

ナトラの空を、黒い雲が覆いつくしている。昨日の晴れ模様とはうって変わり、しかるべき場所で輝いているはずの太陽はその姿を分厚い雲に遮られ、強風に乗って横殴りの雨は絶え間なく窓を叩き、遠雷の音が幾度となく鳴り響く。南西方向遠くには、雲渦の中心と思しき光の筋も見えた。

 

「昨日はきれいな朝焼けでしたからね……ただ、まさかここまでになるとは思いもよりませんでしたが」

 

これはもはや、疑いようもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

……二連休二日目のナトラを、大嵐が直撃していた。

 

「うーん……嵐はナトラの風物詩、とは言ってもねぇ」

 

風雨地獄と化した窓の外を眺め、どこか考え込むような素振りを見せつつレイラはお茶をすする。

……確かにロワリアス聖王国、特に温暖な南海岸沿いに位置するナトラは、昔からたびたび大きな嵐に見舞われてきた。西隣に位置するラクスタ皇国(水属性魔素の勢力が強い土地である)、その付近の海域で強大化した嵐が風属性魔素によって強く引き寄せられ……その通り道にちょうどナトラがあるため、どうしても直撃を避けられないのである。

そして、その事はナトラに住んでそれなりに経つ三人もよく分かっている。()()()()()()()()()()()()大きな嵐が来るのはよくある事なので、彼女達もいまさら嵐の一つや二つ来襲した所で普通は気にしたりしない。

 

では、レイラは一体何を考え込んでいただろうか。

 

「……ちょっと時期が早すぎないかしら?」

「はい、確かに今年は随分と早いですね」

「レジーナさんもそう思う? まだ嵐の季節でもないでしょうに、風の精霊(シルフィード)様も気が早いわねぇ……」

 

……そう、今年はその襲来時期があまりにも早すぎるのだ。はっきり言ってあり得ない事である。それこそ、ロワリアス王城の大書蔵庫に残る過去100年分の嵐の記録において、この()時期()に嵐が来たという記録が1つたりとも見つからないほどに。

まさにこれは、100年に一度の珍事なのである。

 

「……ング、どっちかと言うと火の精霊(サラマンダー)水の精霊(ウンディーネ)のせいのような気もするけど……?」

「細かい事は気にしない。とりあえず今日一日はラウルさんも帰ってこれないでしょうし、遺構探索は中止ね……あと口に物を入れたまま喋らない」

「……はーい」

 

今、家にラウルはいない。朝早くに緊急招集がかかり、騎士団の一員として出仕していったためである。おそらく今頃は、季節外れの大嵐への対応に王城でてんてこ舞いとなっているであろう。

……まあ、そのせいでサリアは再生の盾(リジェネレータ)実験の結果をラウルに話す事ができず、強烈な風雨も相まって遺構探索に行く事さえできず、完全に暇をもて余す羽目になっているわけだが。

 

「そうね、せっかくだし測量紙(サーベイア)の練習でもしてみたら?」

「……うん、そうしようかな。家の中はまだマッピングしてないし、それで練習でも……」

 

昨日の遺構探索で得られたものは数多く、しかしまだ十分に試せていない事も多い。昨夜のサリアは武器防具のメンテナンス(以前、ラウルに厳しく教えられた)と再生の盾(リジェネレータ)の実験にかかりきりで、測量紙(サーベイア)は部屋の机に置いて以降一度も触っていない。

……ゆえに測量紙(サーベイア)を取りに行くべく、サリアが席を立つ。せっかく時間ができたのだから測量紙(サーベイア)の扱いに慣れておこう……と彼女達が考えるのは、ごくごく自然な流れであっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

「……? どう致しましたか、サリア様?」

 

……唐突に、本当に唐突に、サリアの目線が窓へと釘付けになる。

そのあまりに真剣な目つきに、レジーナもつられて窓を覗き込むが……そこには変わらず風雨の騒乱が広がっているだけで、他に目に付くものは何もない。

 

「………」

「……ちょ、ちょっとサリア?」

 

……しかし、サリアの目は徐々に険しさを増していく。今まで見た事がないような娘の表情に、レイラも恐る恐るといった様子で話しかけるが……その声にさえ彼女はピクリとも反応しない。

今も、ゴブリンぐらいなら視線で刺し殺せてしまいそうなほどに鋭い目つきで外を凝視している。

 

「もう、何とか言ったら―――」

 

矢も楯もたまらなくなったレイラが、半ば怒りを含んだ声でサリアに呼びかけると同時に……、

 

「……!!」

―――ダンッ!!

 

サリアは突然走り出し、雨避けの外套を引っ掴んで玄関扉を蹴り開け外へと飛び出して行った。

……それはあっと言う間の出来事だった。突然すぎてレジーナはおろか、レイラですら反応できず茫然自失となってしまうほどに。

 

「……えっ、ちょっ、サリア様!?」

 

我に返ったレジーナが、サリアを追って外に出た時には……既に、どこにもその姿は無かった。

見れば蝶番は歪み、扉の正面には大きな凹みができている。ラッチさえも僅かに欠けていた。それほどに力一杯、扉を蹴破っていったのだ。

 

「……ど、どうしましょう。一体何が……」

「………」

 

風雨の狭間に鋭い視線を投げかけ、急に外へと飛び出していった(サリア)の姿。

 

 

 

―――……の使…

―――…果…網を…る…

 

「……まさか、ね」

 

レイラがふと漏らした呟きは、誰の耳にも届く事無く雨音に混ざり、そして消えていった……。

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

駆ける、駆ける、駆ける。

 

一心不乱に駆けていく。

 

微かに感じた『何か』に向けて。

 

無我夢中で駆けていく。

 

確証は無い。

 

『何か』があるという保障も無い。

 

それでもサリアは駆けていく。

 

幾ばくかの不安と。

 

得体の知れない歓喜と。

 

唐突に湧き出た期待感に突き動かされながら。

 

小さな体を目一杯動かして。

 

脇目も振らず駆けていく……。

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

一体、どれほどの時間走り続けたのであろうか。異様な集中状態から解き放たれ、気付けばつま先までずぶ濡れの濡れ鼠。暴風雨の最中を全力で突っ切ったせいか、雨避けの外套はほとんど意味を成さなかったようだ。

……あがりきった息を整えつつ、サリアはゆっくりと顔を見上げる。

 

「………」

 

そこは、聖王国南側の海……『中央海』に面する小さな砂浜。断崖絶壁が連なる中央海側にあって、両手で数えられるほどしかない砂浜のうちの一つである。

……そしてサリアは、この場所の事を知っていた。

 

「『アレ』もよく見えるし……ここって、もしかして虹の砂浜?」

 

そこは、ロワリアス国民の間で『虹の砂浜』と呼ばれている場所。晴れた日には『あるもの』とぴったり重なるように、綺麗な虹が見える事からそう名付けられた場所である。

そして、その『あるもの』。晴れでも雨でも、たとえ嵐の真っ只中であっても、見る者にその存在を強く訴えかけてくるもの。

 

「……嵐の中なのに、『あの雲』がよく見える」

 

……天を()くように、どこまでも延びる高い雲。雲だというのに、まるで新月の夜闇に溶け込まんばかりに黒く……そして同時に、後光が差すかのように白く輝くあまりにも不可思議な雲。

『セトラ光黒雲』と呼ばれるソレを美しい虹と共に見渡す事ができる虹の砂浜は、王都に最も近い名勝として国民の間で認識されており……また『精霊信仰』における聖地の一つとして()()()の間で広く認識されている。

 

「……ううん、そんなのどうでもいい。どこ? どこなの?」

 

今は虹も出ていないというのに、圧倒的な光景にしばしサリアは目を奪われる。

……だがしばらくして我に返ると、泡立つ波片を被りながら辺りを探索し始めた。いまだ消えぬ心のざわめき、自分をここまで衝動に駆り立てた原因を追い求めて。

 

 

 

 

 

時間がかかるかもしれない。

 

 

 

 

 

……サリア自身もそう思っていた探索は、しかし予想に反してすぐに目的へと達した。

 

「……!!」

 

およそ100メートル先の波打ち際に、微かに動く小さな影。何かの生き物のように見えるのだが波風が激しく、正確な事はこの距離では分からない。

……しかし、なぜだかサリアは確信できた。

 

 

 

その蠢く物体こそが、自分の心を乱した元凶であると。

 

 

 

風によろめき雨に打たれつつも、そこを目指して突き進む……がしかし、いつもは30秒足らずで駆け抜けられる距離も砂浜と波と風に同時に足をとられては、思うように前には進めない。

……もどかしい気持ちをどうにか押し留めながら、サリアは一歩ずつその場所へと近付いていく。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

何度も転び、2分ほど掛けながらもようやく目的の場所へと到着した。

 

「……ワイバーン?」

 

……そこに居たのは、体の下半分が波浪に浸かり、小さく丸まって震える『翼竜(ワイバーン)』であった。

サリアよりかは幾分大きな体長に、鉤爪がついた立派な両翼と全身を覆う鈍色の滑らかな鱗、翼をたためば頭から尻尾まで細く流線形を成すであろうフォルム……おそらく幼体と思われる目の前の翼竜は、しかし小さいながらも飛行に適した体が既にできていた。

 

 

 

……だが。

 

「……うっ、酷いケガ。体も冷たいし……どうしよう……」

 

鋭利な刃物で斬られたような、夥しい数の斬り傷を全身に抱え……その翼竜には少なくない出血があった。

特に背中を大きく縦に走る傷が際立って酷く、所々に白いものが見え隠れしている。ワイバーンにも表情があるのかは分からないが、心なしかその顔が苦痛に歪んでいるようにも見える。

 

幸い息はしているものの、火急を要する事は一目瞭然であった。

 

「……ッ、その身を蝕む毒を治せ! 『レメディポイズン』!」

 

今も震えて寒いだろうに、早く暖かな場所へ移動させてやりたい。しかし背中の傷だけでもどうにかしないと、動かすに動かせない。

……そう考えたサリアは、すぐさま自身の手と翼竜の傷口を水属性魔法で消毒する。本来は怪物(レムレース)から食らった毒を治療する時に使う下級回復魔法だが、実はこういう事にも応用が利いたりする。

 

「その身に刻まれし傷を癒せ! 『ヒール』!」

 

そしてサリアは血が付くのも(いと)わず、右手を直接背中の傷口に触れる。決して高くはない下級魔法の回復力を最大限活かすため、『かざす』のではなく『触れて』治療に取りかかる。

 

「……グ……」

「痛いよね、でも少しだけ我慢してね……」

 

……当然だが、そんな事をされれば誰だって痛い。微かな呻き声と共に身をよじろうとする翼竜だが……それを成すだけの余力も無いのか、体が少し動くだけに留まってしまう。

その様子を見て、サリアもまた治療を急ぐ。全快は厳しくとも、せめて血を止めるぐらいはできるよう集中して処置を施していった。

 

……どうやら、効果はあったようだ。少しずつ背中の傷が塞がっていき、出血量はみるみるうちに減っていく。あと少しすれば、血も完全に止まるだろう。

 

「……あった」

 

治療の傍ら、サリアは何かを探すように周囲を見渡し……そして目当てのものを見つけたのかホッとしたように呟き、再び傷と向き合い始める。

 

 

 

「………」

 

治療は一段落し、背中の出血も完全に止まった。これだけきっちり傷が塞がっていれば、よほど乱暴に扱わない限り開く事はまず無いだろう。

 

……さて、次は翼竜を移動させなければならないのだが……、

 

「……我に強き力を! 『マイトアップ』!」

 

一時的に筋力を強化する火属性下級補助魔法を、サリアは自身に掛ける。そして、そのまま震える翼竜の下にゆっくりと両手を差し入れた。

……総じて高い飛行能力を持つワイバーンは、その華奢なフォルムの通りに体重が軽い。同年代より小柄なサリアではあるが、補助魔法の恩恵もあってか自分より大きい翼竜を持ち上げる事ができた。

 

そして、先ほど見定めておいた崖沿いの洞窟へと運び込む。風雨が入り込みにくく、暖かい空気が留まるこの場所は看病には最適な環境となっていた。

 

「えーと……あった」

 

その中でも砂地になっている場所を選び、翼竜をゆっくりと、優しく下ろす。ジャリ、という小さな音を立てながら、サリアは暖かな地面に翼竜の体を横たえた。

……しかし、翼竜の震えが止まる気配はない。血が抜けすぎたのか、波と風に体温を奪われたのか……あるいはその両方か。

いずれにせよ、楽観はできない。

 

「小さき炎よ、『ファイア』」

 

傍らに魔法で炎をいくつか作りだし、まずは冷えきった翼竜の体を暖めてやる。魔力を火種に燃え続ける炎を見て、こういう時に魔法を使えて良かったとサリアは心の内で母に感謝した。

……いくぶん表情が和らいだ翼竜を見て、次は()()()()()ものを探し始める……が、周りには砂と岩しかなく、食料になりそうな生き物は全く見当たらなかった。

 

「……これ(エナジーメイト)しかない、か」

 

そこで、エナジーメイトを3つほどポケットに突っ込んでいた事をサリアは思い出した。

……ゆっくりと、まだ包みを解く前のそれを取り出す。全くの偶然ではあるものの、それは『栄養補給』という点で考えればこれ以上ない、優れた食品ではあった。

 

……ただ、それでも問題は残っている。

 

「……ワイバーンが食べても大丈夫なのかな、これ……?」

 

……確かにワイバーンも人と同じ雑食性だが、何でもかんでも食べさせて良い訳ではない。人には問題なくとも、ワイバーンには劇毒となってしまうような食品だってもちろんある。

特にエナジーメイトは、栄養補強のため多彩な食材が使われている。その中に、ワイバーンにとって毒となる食品が含まれている可能性も否定できなかった。

 

……しかし、他に選択肢が無いのもまた事実。改めて周りを見渡しても砂と岩の光景が続くのみで、蟹の子一匹いる気配はない。

 

「………」

 

意を決し、包みを解いて中身を取り出す。とりあえずは一つ、微妙に開いた翼竜の口元に運んだ。

……モグモグと咀嚼し、それを飲み込むだけの力は残っていたらしい。それを確認した後、更にもう一つエナジーメイトを口の中に入れる。

 

ここまで震えっぱなしだった翼竜の体だが、徐々にその震幅が小さくなっていく。宣伝文句『吸収性抜群、即効性抜群、疲れた体にコレ一本!!』は、どうやら伊達ではなかったらしい。

 

 

 

 

 

……そして震えが完全に止まったとき、翼竜は穏やかな表情で寝息を立てていた。

 

「……うん、とりあえずは大丈夫そう……ふぁ…クシュンッ」

 

可愛らしいくしゃみと共に、今度はサリアの体が大きく震える。

……春といえど朝、しかも嵐ともなれば気温もそれなりに低い。ここまで看病に必死で気付かなかったが、サリアもまた波風を被ってびしょ濡れなのだ。この状態で自然乾燥など試みようものなら、すぐさま風邪をひくことになるだろう。

 

「……ううっ、そういえば私もずぶ濡れだったっけ……『ファイア』」

 

当然、風邪などひきたくもない。翼竜を助けて自分がダウンなどしようものなら、それは本末転倒である。

ゆえに炎を増やして水浸しの自身も乾かしながら、眠る翼竜にそっと寄り添う。その方がもっと暖かくなりそうだから……などと自分に言い訳しつつも、実は頭を撫でてみたかったというのが正直なところのようだ。

 

 

 

 

 

……そこで、はたと気付く。

 

「……あれ?」

 

偶然にも目に入った翼竜の喉元、いわゆる『逆鱗』の部位()()が燃えるように()()ことに。他の鱗は金属質な灰色をしているだけに、そこだけがやけに浮いて見える。

 

「……??」

 

見間違いかと目を擦り、改めて見てみる。

……今度は逆鱗が()()なっていた。

 

「……へ? うそでしょ?」

 

あり得ないものでも見たかのように、サリアの表情が驚きに染まる。

 

 

 

 

 

……しかし、(まばた)きの間に鱗は鈍色になっていた。

そこからもじっと見つめていたが、色が変わるような気配は感じられない。

 

「………」

 

……果たして、見間違いだったのだろうか。

確かにワイバーンと一口に言っても、そこには様々な種類が居る。当然ながら住む場所は違うし、気性や体質や鱗の色も違うだろう。ならば自分が知らないだけで、そこに逆鱗だけ色が変わるワイバーンが居たとしても不思議じゃない。

 

 

 

……不思議じゃないのだが、その思考とは裏腹に何かが違うとサリアは感じていた。

家で唐突に感じた心のざわめき、砂浜に来るまでの異様な高揚感、翼竜を見つけた時の胸の高鳴り……例えるのは難しいが、そう、一言で言うならば運命的な何かを……、

 

「……ううん、やめやめ。考えても仕方ないし」

 

思考の泥沼へ、片足を突っ込みかけて踏み留まる。火種となるものが無い以上、気を逸らせばせっかく出した(ファイア)が制御を失って消えてしまう。初歩中の初歩といえど油断は禁物なのだ。

そう考え直したサリアはとりあえず寝そべり、当初の予定通り翼竜の頭を優しく撫でる事にしたのであった……。

 




はい、お疲れ様です。

後書き内になりますが、本小説における『ドラゴン』と『ワイバーン』について補足しておきます。

ドラゴン :飛行能力はほとんど持たないが、圧倒的な体躯と特殊能力を持つ『巨()
ワイバーン:大きな翼を持ち、優れた飛行能力で空を舞う『翼()

どちらも地上・遺構内の両方に生息していますが、比較的穏和かつ人と共存する種さえ居る『ワイバーン』に対し、『ドラゴン』は非常に好戦的で見る事さえ稀な生物。遺構では深層、地上でも極圏の果てや大樹海の奥底のような、過酷かつ人跡未踏な地にのみ生息しています。

……にも関わらず、『ドラゴン』という固有名詞は世間にかなり浸透しています。それこそ、より身近に居るはずの『ワイバーン』よりも。
なので、パトリシアの一般人は(国に関わらず)『ドラゴン』と『ワイバーン』を混同している人が非常に多いです。彼ら彼女らが『ドラゴン』と言う場合、それはほぼ『ワイバーン』の事を指していると考えて下さい。



まあ、あれです。
日本的に例えるならば、『ハッカー』と『クラッカー』という語彙が本来持つ意味の違いを、混同しているようなものです。



それでは、次回をお楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。