始まりのリンドヴルム   作:SUN_RISE

9 / 10

大変遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
書き溜めをしておりまして投稿が遅くなってしまいましたが、本年もどうぞ「はじまりのリンドヴルム」をよろしくお願い申し上げます。

さて、今回はほっこり&少しだけシリアス回。サリア以外の人物に注目した視点も、初登場します。


※ 八話目のあらすじ ※

季節外れの大嵐の中。
家を飛び出したサリアが虹の砂浜で見たものは、波間にうずくまる鈍色の翼竜(ワイバーン)だった。それは深い傷を負い、意識さえはっきりしないほどに酷い状態であった。
そんな翼竜に八方あらゆる手を尽くし、サリアは治療を施す。下級魔法までしか使えない彼女ではあるが、多属性が扱える利点をどうにか活かして治療を進める。

……そうして一命を取り留めさせる事ができたサリアだが、ふと不思議な光景を目撃する。



色が変わる、不思議な逆鱗。



しかし数瞬の後には、逆鱗は元の鈍色に戻っていた。

さて、この出会いが彼女に一体何をもたらすのであろうか……?



……あらすじの雰囲気が最後まで大真面目すぎるって?
まあ、たまにはこういう事もありますよ……。

※ あらすじ終わり ※



それでは、どうぞ。



九ノ譚:鈍色の翼竜(プレイフルネス・ワイバーン)

 

『広く深き魔法世界、そこに伝説級(レジェンドクラス)は六振り在り。其は剣、槍、斧、弓、鞭、杖の形を成し、六属の加護を得る物なり』

 

各属性1本ずつ、計6本が存在すると言われる強力な魔具(アーティファクト)伝説級(レジェンドクラス)』。シリバス共和国に存在し、神話の時代から現存するという伝承石碑群『魔の秘跡』に刻まれたこの言い伝えは……しかし長きに渡って伝説級(レジェンドクラス)が発見されなかった事から、その信憑性が疑問視されてきた。

 

……だが数年前、それは覆った。

 

ロワリアス聖王国において、最も多くの探索者(シーカー)達が集まる遺構『彩花のブラット』。その深層へ足を踏み入れたある探索者(シーカー)コンビが、一つの魔具(アーティファクト)を地上に持ち帰ってきた。

ソレは百戦錬磨の二人をして見た事の無い、杖のような形をした物だった。ゆえにその探索者(シーカー)達は、すぐに魔具(アーティファクト)を鑑定所へと持ち込んだ。

……そして鑑定の結果、なんとこれが伝承にあった『伝説級(レジェンドクラス)』である事が判明したのだ。

 

その名は『聖風杖ヴィエーチル』。

 

強大な風属性魔力を秘めた杖の魔具(アーティファクト)で、風属性魔法使用時にそれを大きくブーストする効果があり、所持しているだけで上級補助魔法『ゲイルスウィフト』が掛かっているのと同等の効果をもたらす。また溜めた魔力を開放する事で、風属性超級魔法『スーパーセル』と同等の魔法をノーコストで放つ事ができるのだそうだ。

しかし扱いが非常に難しく、今までこれを使いこなせたのは『魔匠』ただ一人だけなのだとか。あまりにブーストが強すぎて、並の魔術士では魔法が全く制御できなくなるらしい。その風属性のスペシャリスト(魔匠)にさえ『全開は無理、制御がきかなくなる』と言わしめることからも、その効果のほどが見てとれるだろう。

……このようにして伝説級(レジェンドクラス)は、その実在と強力過ぎる効果を持つ事が確認された。見つかっていない他の武器もヴィエーチル同様、おそらくは対応する属性魔法をブーストし、更に補助魔法と同等の効果を所持者にもたらす物……なのではないかと考えられている。

 

これら伝説級(レジェンドクラス)以外にも、伝承のみで未だ発見されていない貴重な魔具(アーティファクト)は数多くある。それらを探す事もまた、探索者(シーカー)の醍醐味の一つと言えよう。遺構の奥深くへと挑める程の実力が付いた暁には、是非とも伝承の発見に挑戦してみてはいかがだろうか。

 

――― セトラ暦1993年、ヨシュア・カーディ著『深淵なる魔法世界・パトリシア ~ 世界遺構探索記 ~』第八章 第六節 伝説級の武具(レジェンドクラス) より ―――

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

―――キュイ、キュイ……

「……ん……」

 

聞き覚えの無い、しかし鳥のような可愛らしい鳴き声がサリアの耳をくすぐる。だが微睡(まどろ)みの海の中に、その声はそっと入り込み……泡沫に包まれてゆっくりと沈んでいく。

 

 

 

―――ツン、ツン……

「……うん……?」

 

何やら固くて丸いものが、サリアの額に当たる。なぜだか顔に、生暖かい風を感じた。

しかし、波間に揺蕩(たゆた)う彼女の意識を完全に引き揚げるまでには至らない。

 

 

 

―――クイ、クイ……

「……うーん、もう少し寝かせて……」

 

今度は、袖を引っ張られるような感触がくる。それでも睡霧がかかった頭のまま、サリアは二度寝へ突入しようと寝返りを打ち……、

 

―――ベロン

「……っひゃあ!?」

 

左耳を走るヌルリとした感覚を最後に、一気に覚醒を促される。エルフの尖った耳先は、たとえハーフであっても大変に敏感なのだ。

……翼竜を看病するうち、いつの間にか眠ってしまったらしい。だが、いくら何でもこんな起こし方はあんまりではないだろうか。

 

―――うあぁ、なんか耳がベタベタする……もう、一体どこの誰よこんな事するのは!

 

心地よい安眠を何者かに妨げられては、さすがのサリアも怒りの面持ちで振り返る。

 

「……キュ、キュイ?」

「……あ」

 

……下手人の姿が、サリアの視界いっぱいに飛び込んでくる。

よくよく見れば、それはあの翼竜の子供。大きな傷はそのほとんどが塞がり、いまだ浅傷は残っているものの起き上がれる程度には回復してくれたようだ。ホッと一安心である。

 

……そして、それが不安そうな顔でこちらを覗いていた事でサリアの怒りは急速に鎮火していった。

 

「キュイ、キュイ」

「……お、起きたの……?」

「キュイ!」

 

キョトンとした表情のまま尋ねれば……人の言葉が分かるのだろうか、翼竜は勢いよく頷き返してくる。サリアがもう怒っていない事を察したのか、その顔に不安の影は残っていない……ように、サリアには見えた。

 

「ケガは? まだ痛む?」

「キュウ」

「動けそう?」

「キュウ……」

「……お腹、減った?」

「キュイ!」

 

……上から順に、否定、否定、肯定の意を表しているようだ。ケガはもう痛まないが、ものすごくお腹が減っていて一歩も動けないらしい。その割に『お腹が減ったか』と聞かれた時の返事は、やたらと元気が良かったけども。とてもじゃないが、さっきまで死にかけていた翼竜と同一人物……いや、同一竜物とは思えないほどだった。

 

その所作で完全に毒気を抜き切られたサリアは、つられて微笑み返す。もやが掛かっていた頭もすっきりしてきた所で……、

 

―――グゥゥ……

 

……どこかから、お腹の鳴る音が聞こえる。朝食は一応済ませてきた(ついでにエナジーメイトも家で食べている)ので、サリアのお腹が鳴った可能性は低いだろう……。

 

「キュウゥ……」

 

……やっぱり翼竜のお腹の音だった。育ち盛りだからなのか、それとも元々空腹だったからなのかは分からないが、エナジーメイト二本では量が全く足りなかったようだ。

しかし懸念だったエナジーメイトの毒性も、翼竜がこの様子なら問題は無さそうである。

 

「アハハ……これ、まだ残ってるけど食べる?」

「キュイ!」

 

本当は自分で食べるつもりだった最後のエナジーメイトを、苦笑いしつつも包みを解いて翼竜に差し出す。それを翼竜は鉤爪で器用に受け取ると、何とも幸せそうに齧りついた。

……一口でいくかと思いきや、少しづつはむ、はむと噛んでは、味わうように口をモグモグさせている。それでも口が大きいせいか、四口くらいで完全に胃袋の中へと消えてしまったようだ。

 

「キュイ、キュイ」

「えっ、もう持ってないよ?」

 

次を要求するように袖を甘噛みしてくる翼竜だが、エナジーメイトは残念ながらこれで打ち止め(ラストオーダー)。ポケットをどれだけ探っても、もう食べるものは入っていない。

 

「キュウゥ……」

 

それを伝えると、翼竜は何とも残念そうに首を垂れる。それでも、なんとなく目線で『本当は持ってるんじゃないの?』とでも言っているようにサリアには思えたが……無いものは無い、さすがに無から有を生み出す事などできないのだ。

首を横に振った事で察したのか、翼竜は今度こそ目線を完全に地へ落としてしまった。

 

―――そういえば……

 

……ふと気になって、うなだれる翼竜に気付かれないよう逆鱗を覗き見る。

 

 

 

 

 

……至って普通の、鈍色のままだ。最後に見た時から、特に変化した様子はない。

 

―――やっぱり見間違い、だったのかな……?

 

必死の後、緊張が一気に解けたせいで見間違えたのかもしれない。あるいは、たまたま光の加減でそう見えただけかもしれない。

……心に微かな違和感は残ったが、それらを無視して翼竜に向き直る。目の前の翼竜は元気そうに落ち込んでいるが、ほんの少し前まで大けがを負い生死の境を彷徨っていたのだ、目は離せない。

 

「……キュイ?」

―――スッ……

 

ふと目が合い、何となく翼竜の頭に手を伸ばす。

努めてゆっくり、そっと優しく撫でてみる……ほんのり温かく、少しばかりサラサラとした触感が妙に心地いい。

 

―――サラ、サラ、サラ……

「……えへへ」

 

ふとサリアから、なんとも幸せそうな笑みがこぼれる。寝落ちするまでの時も撫で続けていたサリアだが、いつの間にやらこの感触の虜となってしまったらしい。その証拠に、手が止まる気配は微塵も無い。

 

「キュイィ~……」

 

対する翼竜も気持ちよさそうに目を細め、サリアへとすり寄っていく。こちらもこちらで撫でられていた時には意識が混濁していたはずだが、サリアの手の柔らかな感触は覚えていたようだ。

そのまま、二人は身を寄せ合い……、

 

「……キュウ……」

「……寒いね……」

 

……不意に、二人が身震いする。

風向きが変わったのだろうか。暴風が入り口からまともに吹き込んでくるようになり、洞窟内の気温を少しずつ低下させていた。

先ほど暖を振りまいていた(ファイア)も、サリアが一度寝てしまったためか制御を失い消えている。

 

「キュイィ……」

「……うん、分かった。ファイア」

 

震える翼竜を強く抱き寄せ、サリアは再び(ファイア)を点火させる。

燃え盛る火炎が、周りを取り囲むように一つ、二つ、三つ……入り込む冷風が二人を凍えさせようと躍起になって暴れ回るが、新たに作り出された炎壁に阻まれてはそれも叶わない。体感は多少下がったものの、十分に許容範囲と言える気温で二人の周りは落ち着いた。

 

―――サラ、サラ……

「………」

―――スリ、スリ……

「……キュ……」

 

……それを尻目に、サリアは翼竜の頭を再び撫で始める。翼竜も翼竜でサリアに頬擦りし始め……外の荒れ模様とは180度違う、穏やかな時間が洞窟内をゆっくりと流れるのであった……。

 

 

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さて、二人の邂逅から少しばかり時間は遡り……。

 

 

 

ここは聖王国の(まつりごと)の中心、ナトラの中央に位置するロワリアス王城区画。広大な土地に数多植えられた木々は美しく整い、内を流れる穏やかな小川のせせらぎと相まって、()()()静謐な環境をその場所に作り出している。

そんな緑連なる区画の中心に建つ王城が、放つ雰囲気は清廉にして荘厳。石と木とで形作られた白塗りの外壁の中に、長い歴史に裏打ちされた重厚感を内包する見事な建造物である。

 

 

 

「おい、危険箇所一覧地図はどこいった!?」

「そこにあるから、自分でとってくれ!」

 

……しかし、今はその静謐さもどこへやら。

 

聖王国においては最も高い、五階建ての立派な王城。その一階にある詰所では鎧姿の兵士が右往左往し、件の嵐へ対応すべく慌ただしさに包まれていた。

 

「資料持ってきたぞ、どこに置けばいい?」

「そこにスペースが……ああ!? 誰だ兜を置いたのは!?」

「……ああ、すまない」

「……! ラウル様のでしたか、失礼致しました!」

 

チェインメイルの上にハーフアーマーを着込んだ一般兵士が、音を立ててガチャガチャと行き交い……その集団の中に、ときおり全身鎧姿の兵士が混ざる。

右肩にワイバーンの意匠が刻まれた白銀の鎧は、ロワリアス聖王国において聖竜騎士団員(最精鋭)である事を意味する証。例え銀鎧が(やかま)しい音を立てる、ただひたすらに耳障りな邪魔物でしかなかったとしても……彼らは常に鎧を身に付ける。それが周りに、計り知れない安心感を与えると知っているから。

それほどに、聖王国における聖竜騎士団の存在は大きいものがあるのだ。

 

「……クライド、東側で崖崩れがあったそうだが状況はどうなっている?」

「一般兵5人が現地調査に向かってる。30分ぐらい前に出発してったが、まだ速報は届いてないな」

「分かった……アドル、南市街の火災はどうなった?」

「住民の協力で無事鎮火しました。原因は雷だと思われますが、これから詳しい調査を行います」

「そうか……川の水位はどうだ、フェリス?」

「南市街を流れるセイム川、北を流れるアーデ川、共に注意レベルに達しています。このまま雨が降り続くと警戒レベルを越し、越水や破堤の恐れもあります」

「……風の様子は?」

「今は比較的落ち着いていますが、いつまた強く吹き始めるか……いかが致しましょうか、ラウルさん?」

「……むう」

 

……そんな喧騒の中心に置かれた、四方2メートルほどの正方形の机。その上で広げられたナトラ市街地図に刻まれる、多数の赤い×印と机の前で腕を組み険しい表情を貼り付けたラウルとがただならぬ雰囲気を詰所内に漂わせていた。

 

「人員は不足、とてもナトラ全域はカバーできない。雷が激しくてワイバーンは出せず、機動力も思うように発揮できない……」

 

独り言のようにブツブツと漏れるラウルの呟きは、どれも懸念材料を告げるものばかり。未だ遠くに存在するというのに、季節外れの強力な嵐は既にナトラ市街へと被害をもたらし始めていた。

……しかしそれに対応したくとも、『聖竜』騎士団と呼ばれるゆえんであるワイバーン(翼竜)を駆っての空中立体機動は、激しさを増す雷雨によって阻まれてしまった。しかも雷雨はこれからが本番、時間を追うごとに身動きは取れなくなっていき……逆に洪水や崖崩れといった、災害の危険は更に高まっていくだろう。

重ねて悪い事に、嵐が不意打ち気味に来てしまったせいで即応できる人員が不足している。しかも現状ここにいるのは、多くが若く未熟な兵士達ばかりであり……それは聖竜騎士団の面々も例外ではない。経験も訓練もまだまだ不十分な彼らでは、なおさら思うようには動けない。

 

不安材料だけは次々と積み上がり、しかし有効な打開策が打てず八方手詰まり。動ける中では最年長ゆえ指揮を任されたラウルも、冷静に見えるが内心ではかなり焦っていた。

 

 

 

「浮かない顔だな、ラウルよ」

 

……そんな折、詰所を訪れる一人の男の姿があった。

 

年齢は、60代後半といった所だろうか。白く立派な髭を蓄え、皺が印象的な優しい表情の中に鷹のように鋭い目を携えた男だ。背丈はラウルよりも少し小さい……はずなのだが、身に纏う雰囲気のためか不思議とラウルより大きく見える。

『只者ではない』……それが、彼に対して多くの者が抱く第一印象である。

 

「団長、来られていたのですか?」

「はっはっはっ、わしはもう聖竜騎士団長ではないぞ、ラウルよ」

 

濃緑色に金飾りがあしらわれたコートを揺らめかせ、老将は豪快に笑う。同色で揃えられた内の軍服に、いくつも提げられ付けられた勲章が……しかしこの男を前にしては全く嫌味に見えず、むしろその輝きが相応しいとさえ感じてしまう。それほどの貫禄を、その老将は十二分に持っていた。

 

「申し訳ありません、()()

「まったく、相変わらず固い奴だ。仮にも一部隊をまとめている者がそんな調子では、部隊の士気に関わるぞ?」

「……善処致します」

「はっはっはっ、その辺りも変わらんなラウルは」

 

元帥と呼び直されたその男は、苦笑を浮かべてラウルを見やる。真面目で温厚、しかし少々心配性で優柔不断な所があるラウルの性格を、その男はよく熟知しているらしい。

今も、一人でも多くの住民が無事嵐を乗り切れるようラウルが悩み……そして内心焦っている事は、その男には丸分かりであったのだから。

 

「……将たるもの、常に冷静沈着に。己と相手の力量を正確に測り、不動の心で大局を見据えねばならん」

「しかし元帥、それは戦場の……」

「変わらぬよ。ここがたとえ戦場でなくとも、たとえ相手が生き物でなくとも……な」

 

ゆえに元帥と呼ばれた男は苦笑を収め、これ以上無いほどの真剣さを以ってラウルに諭しかける。

……男が聖竜騎士団長を務めていた頃には、相手を変えて何度も見られた光景。気付けばラウルだけでなく、周りで浮足立っていた兵士達もいつの間にか居住まいを正し、元帥をじっと見つめていた。

 

「ときにラウルよ、嵐とはどのような相手だ? お前の思う通りに答えてみよ」

「……一言で申し上げるならば、強敵です。私達人間(ヒューマ)如きでは絶対に勝てない、と思わされるほどに圧倒的な……」

「そうだ、自然の力とは誠に恐ろしく……そして果てしなく強大だ。どれほど『魔科学(マジック・サイエンス)』が発展し、どれほど優れた人工魔具(テクノ・クラフト)が生み出されようと、自然の絶対的優位は未来永劫揺らがぬだろう」

 

粛々と紡がれる元帥の言葉に、近くを歩いていた者までもが足を止め、聞き入る。確かな年月を重ね洗練された老将の言葉は、王城にも負けない圧倒的なまでの重厚感をもって兵士達の耳に届いた。

 

「だからこそ、あれやこれやと悩むより三十六計逃げるに如かず……住民を危険から遠ざける事こそが先決だろう?」

「避難が最優先、という事でしょうか。しかし人手が……」

「……せっかく城に()()()()があるのだから、それを使わぬのはもったいないぞ?」

「……!!」

 

元帥の言葉に、はっとしたようにラウルは天井を見上げる。

……てんやわんやですっかり忘れていた、とある人工魔具(テクノ・クラフト)システムの存在にラウルは思い当たったからだ。

 

「……ありがとうございます、元帥。私にもようやく()()()()()

「そうか。ならばラウルなりに考えた行動、わしにも見せて貰えるか?」

「はい、見ていて下さい」

 

一転、柔らかくなった表情を見せてからラウルは駆ける。

……その行き先は、上階へ繋がる木の階段。時間が惜しいとばかりに、文字通り全速力で駆け上がっていった。

 

 

 

『……えー皆様、こちらは聖竜騎士団、こちらは、えー聖竜騎士団です。周りの方と協力し、指定された避難場所へと避難を開始して下さい。えー繰り返します……』

 

そして数分後には、荒天にラウルの声が響き渡っていた。その声は風雨の音へと鋭く割り込み、ナトラの隅々まで遍く轟いていく。

……昨年、嵐対策のため新たに設置した人工魔具(テクノ・クラフト)システム『ラウドスピーカ』。マイクで拾った声を増幅・高声化し、王城の八方に向けられたスピーカーから広範囲に向けて放送する……魔科学(マジック・サイエンス)の発展が可能にした、広域情報伝達手段である。

 

「全く、誰かに任せればよいものを……まあ、それがあやつの良い所でもあるのだがな」

 

しかし寡黙というほどではないが、同僚の騎士団員10人に聞いたら10人が『行動で語るタイプ』と言う程度には口下手なラウル。彼の優れた行動力と判断力は誰もが認めているものの、これでは残念ながら空回りしている感が否めない。

 

「元帥……」

「そう慌てるでない。お前達は聖竜騎士団員の指示に従って、市民の避難誘導に努めればよい」

「は、はい!」

 

……それでも、老将はニヤリと笑う。髭をいじりながら、余裕の笑みで若い団員達に軽く指示を出しておく。

そして、あまり深入りはしない。今すぐ動けば本嵐までには十分対応が間に合うし、深入りして彼らの成長機会を奪ってしまっては元も子も無いのだから。

 

「情報精査と詰所の指揮は、俺がまとめてやっておこう」

「任せたアドル、俺は兵士達と避難誘導の準備に入っとくよ。フェリスは……」

「分かってるわよクライド、ラウルさんの手助けに行けって事でしょ?」

「ああ、頼んだ」

 

それを察したのだろうか。老将の目の前で、明らかに顔つきの変わった若き聖竜騎士団員達が次々と周りに指示を飛ばしていく。それにつられて兵士達も落ち着きを取り戻し、乱れきっていた足並みが少しづつ揃い始めた。

……これが『元帥』、ロワリアス聖王国軍全てを束ねる最高権力者の実力。国中から有望な若者を自らの目と足で集め、自らの手でまとめ上げ……たった一代で一騎当千の実力を持つ空軍(聖竜騎士団)にまで昇華させた、聖王国屈指の雄将である。

 

―――わしも老い、先はあまり長くないからのう……さて、残りの人生でこやつらに何を残してやれるかな?

 

だが、それも永遠に続くものではない。彼も人間である以上、寄る年波には決して抗う事はできない。いつかは『死』という形で、この愛する国(聖王国)と別れる時が必ず来る。

……ゆえに、『元帥』の称号を継いだ老将に暇は無い。今は未熟なヒヨッコとして老将の目に映る彼らにも、いつかは聖王国の代表として相応しい『格』を身に付けて貰わなくてはならないからだ。それは歴代の元帥が脈々と受け継いできた課題であり……その結果が出るのは、間違いなく彼の命が尽きてからになるだろう。

 

「……ふむ、やるべき事は盛りだくさんだな」

 

呟きと共に、老将は小さく頷く。同時に、ガチャガチャと鎧の擦れる音が詰所から二つ、遠ざかっていく。

一つは、クライドが一般兵士を率いて避難誘導の陣頭指揮に向かった音。

一つは、フェリスが情報をまとめた紙を持って上階へと走り去った音だ。

 

……カリカリと、ペンで紙を引っ掻く音が絶え間なく響く。

詰所に唯一残ったアドルが、淀みなく書類に情報をまとめている音だ。その片手間で、周りの兵士達に指示を出している。

 

指示を聞いた兵士達も、怒鳴り声を上げる事は一切無くなり……あのぎこちなさが嘘だったかのように、スムーズに動き始めた。この分なら、避難誘導も間に合うだろう。

 

 

 

「ふっ」

 

なんとも嬉しげに、老将は笑う。

『このヒヨッコどもが立派になりおって』と、自分が生きている間に言わせてくれるような気がして……。





はい、お疲れ様です。

……え、固くて丸いもの?
翼竜の鼻に決まってるじゃないですか。

それでは、次回をお楽しみに。
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