相変わらずどうしてこうなった的な地の文の多さェ…お暇なときにでもお読みください。
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※pixivにも投稿してます
『――まずは己の過去と向き合え』
声が聞こえる。いつかの墓所で聞いた声。――自分が、乗り越えることの出来なかった。そう、これはもう終わったこと、夢に過ぎない。あの墓所から帰って以来、何度も見るようになった、ただの夢。だというのに。
「いや、いや……」
エミリアの弱弱しい否定が、虚しく響く。
『悪魔の子』
『許されざる魂』
『憎悪の源』
『魔女の娘』
自分を受け入れてくれていたエリオール大森林の皆が、むき出しの悪意を向けてくる。彼らですらも、エミリアを出自で差別して、エミリア自身を見てはくれない。向けられる憎悪よりも何よりも、それが悲しかった。
「いや……いや……」
彼らからの絶対的な拒否に、エミリアは弱弱しい呟きを返すことしかできない。皆に謝らなければならないと思っているのに、向き合うことすら出来ない。
「助けて」
エミリア自身、誰へ向けたのかもわからないSOSが、か細く助けを求める声が、憎悪に支配された空間に放たれる。
「助けて……スバル」
それが言葉になるかならないかのところで、不意に暖かい何かに包まれたような気がして、意識が浮上を始める。それを感じたエミリアの心に去来するのは、己の罪に向き合えない弱さへの後悔や、彼らに謝れなかったことに対する申し訳なさではなく。
――ただただ、その場から立ち去れることへの安堵だった。
「――エミリアたん!エミリアたん!」
声が聞こえる。自分が最もそばにいてほしい人の声。熱を感じる。自分を落ち着かせてくれる暖かさ。
「すばる……?」
「そうだ、俺だよ。エミリアたん」
思ったよりも近くから発せられた声に、少し驚く。エミリアは、スバルの胸の中にいた。どうりで、温もりを感じるわけだ。スバルは体勢を変えることなく言葉を続ける。
「部屋の前まで来て、うなされているみたいだったから勝手に入ったんだ。ゴメン」
申し訳なさそうな彼の言葉に、思わず言葉を返してしまう。
「わ、私のほうこそ迷惑かけてごめんなさい。――その、怒ったり、しない?」
「いつも言ってるけど、エミリアたんにかけられる迷惑は迷惑じゃないから!」
とびっきりの、見ているこっちの心が温かくなるような笑顔を浮かべて、スバルがいつもの台詞を言う。それじゃあまた後でと言い残して、スバルが離れていく。
消えていくぬくもりに、一抹の寂しさを感じながらも、それを引き止めることは許されない。スバルの判断は絶対だからだ。後に残されるのは、ようやく頭が回りだし、スバルに抱きすくめられていたという事実を理解したためにリンガのように真っ赤になったエミリアと
――悪夢のために精神の均衡を失い、制御できなくなったエミリアのマナがあふれ出したために、嫌に冷え切った部屋、だけだった。
朝食をスバルと食べ終え、いつもの様にスバルに教えてもらった課題に取り組む。――スバルの言うとおりに。勉学に励みながらも、エミリアはスバルのことを想ってしまう。ナツキ・スバル。今、ただ一人エミリアをエミリアとして見てくれる人。唯一エミリアに期待してくれる人。
皆がエミリアをエミリアとして見てくれないのも、仕方が無いことなのかもしれない。もともと銀髪のハーフエルフはこの世界で憎まれる対象なのだから。でも、かつてなら、パックが――自分と契約した精霊が、いた筈だった。
確かに、パックはエミリアの絶対的な肯定者でしかなかったけれど、それでも彼は自分を本当の娘のように可愛がってくれた。愛してくれていた。……聖域に行くまでは。
聖域に入って以来、パックは自分の前に姿を現してはくれなくなった。きっと、彼ですら自分に愛想をつかしたのだろう。当然だ、自分は己の過去に向き合うことが出来ずに、部屋でめそめそないているだけしかできなかったのだから。
スバルに比べて、自分のなんと無力なことか。彼は、たった一人で試練を突破し、聖域にとらわれたアーラム村の人たちを解放し、大兎を打ち破る手筈まで整えたというのに。
その後だって、プリステラでも他のところでもスバルは何時だって正しかった。スバルなら間違わない、スバルなら必ず最善を選んでくれる。だから、スバルが今、エミリアは勉強するべきだと言うのなら、自分はどれだけだって勉強しよう。それが、スバルの期待に応えてる唯一の方法なのだから。
そう、スバルの期待に応えるために。もう、誰も自分に期待してはくれない。ただ、スバルだけがエミリアに期待してくれる。もしも、スバルが自分に期待してくれなくなったら、もうこの世界に自分を見てくれる人はいなくなる。正真正銘、エミリアはこの世界で独りぼっちになってしまう。
それは、とても寂しくて悲しいことで。だから、スバルの期待には応え続けなければならない。ただ一人自分を見てくれるスバルに失望されたくない。今となっては、それがエミリアを動かしている。
――そこに、平等に扱ってほしい、対等に見てほしいという、ハーフへの差別と戦おうとしたかつての少女の姿を見出すことはもう出来ない。
……ホントウニ?
声が聞こえる。聞きなれないような、それでいて良く聞くような誰かの声。耳を貸してはいけない。早く勉強に戻らなければならない。だというのに、その声を聞いてしまう。スバルを信じて、勉学に励むことが、スバルの信頼に応えるためには最も良い方法で。
……ホントウニ?
声が、再び問いかけてくる。
……ホントウニすばるハワタシニキタイシテイルノ?
いけない。考えてはいけないのに、それを考えてしまう。スバルはいつだって優しい言葉をかけてくれて、自分を見ていてくれているのに。そんな彼を疑うなんてどうかしている。しかし、今すぐに勉強に戻らなくてはと思いつつも、それを考えることを止められない。
――スバルは、本当は自分をうっとうしく思っているのではないか?だから、ずっと自分ひとりで勉強をさせて遠ざけているのではないか?
そんな筈は無い。王を目指すというエミリアの夢をスバルは応援してくれていて。でも、立派な王になるためにはいろんな知識が必要で。だからエミリアは今勉強しているのだ。
それに、スバルが自分の勉強についていないのは、エミリアの勉強を邪魔しないためだし、なにより彼が忙しいからだ。そして、エミリアが勉強をきちんと頑張れば頭を撫でてくれるし、もし間違えても叱りもせずに優しい言葉をかけてくれるではないか。
しかし、一度生まれた疑念は、エミリアの心を掴んで独りでに大きくなっていく。
本当は、スバルは自分に期待などしていないのではないか?
どんな間違いも許してくれるのは、叱りも怒りもしないのは、スバルがそもそも自分に期待していないからではないか?
「い、いや……」
そんなことには耐えられない。スバルはただ一人自分を見てくれている、期待してくれている人だ。それが、もしそうでなかったとしたら。正真正銘、エミリアはこの世界でただ一人になってしまう。
その考えを振り払おうとエミリアは必死に頭を振る。エミリアの、短くなった銀髪が揺れる。感情を制御できない。もし、もしも本当にそうだったとしたら。震えが止まらない。不安に押しつぶされそうになる。制御できなくなった自身のマナが、周囲を凍らせ始めて……
「エミリアたん!」
急に部屋のドアが開く。今自分が、最も聞きたい声。開いたドアのそばに、スバルが居た。そのままこちらに駆け寄ってきて、自分を抱きしめる。たったそれだけなのに、それだけで乱れていた自分の心が落ち着いていくのがわかる。不安な心が何処かに消えて、代わりに暖かい感情に包まれていく。
「……スバル」
「そうだ。俺だよ、エミリアたん。……落ち着いた?」
「うん、ありがとうスバル。もう大丈夫です」
なら良かった、といつもの笑顔を浮かべながらスバルが離れていく。それに寂しさを感じながらも、止めることはしない。その代わり、スバルに尋ねる。自分の不安を解消するために。
「ねえ、スバル。少し、聞きたいことがあるのだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ、エミリアたん。何時だって、何だって聞いてくれ!」
頼もしいスバルの言葉、それを信じて、エミリアは自身が先ほど抱いた疑念について尋ねる。
「――その。スバルは、ホントに私に期待してくれてるよね?」
スバルの顔を直接見るのが怖くて、伏目がちに問いかける。だから、エミリアは気付かない、気付けない。スバルの顔が、一瞬、どうしようもないほど歪んでいたことに。でも、それはあくまでも一瞬のことに過ぎなかった。
「勿論だよ、エミリアたん!俺はいつだって君に期待してるよ!」
何か不安にさせちゃったかな?ゴメン、とスバルが続ける。ただ、それだけの言葉だというのに、彼の言葉というだけで、彼の判断ということをもって、エミリアはそれが絶対不変の真理と捉える。
やっぱりスバルは、自分に期待してくれている。エミリアを見てくれている。スバルが自分を遠ざけたいと思っているなんて、嘘っぱちだった。自分のほしかった答えを、ちゃんとスバルは返してくれた。その言葉がすごーくうれしくって、はにかみながら感謝を伝える。
「そうじゃないの。でもありがとう、スバル」
「どういたしまして。それじゃあ、俺はこれぐらいで失礼するよ」
そういって、部屋から出て行こうとするスバルに、声をかける。
「その、スバル。もう一つお願いがあるんだけど」
「ん?何かな、エミリアたん。エミリアたんのお願いなら、何だって聞くよ」
「またそういう調子の良い事言うんだから。その……ね、スバル。今日だけで良いから、一緒に寝てほしいの」
そうして、自分の願望を口にする。きっと、スバルと一緒なら、あの悪夢も見なくて済むから。もし見ても、隣に感じる暖かさで、きっと悪夢に立ち向かえるから。それに対してスバルは。
「もちろん良いよ、エミリアたん。むしろ、それ俺のご褒美でしかないけど、大丈夫?」
いつもの様に、茶化しながら返事をくれる。
「うん、約束だからね」
エミリアの返事を聞き届けたスバルは、また夜にお邪魔するよ、といって今度こそ退出してゆく。それを見届けながら、エミリアはスバルのことを想う。ただ彼のことを想うだけで、暖くなり、満たされていく自分の心。きっと自分が王になったら、彼とともに過ごすことになるのだろう。それが、とても嬉しいことに思えて、エミリアは知らず笑顔を浮かべてしまう。
「ふふ、すばる……」
王選終了まで、後わずか。人形であることを望んだ少女と、人形使いであることを受け入れた少年の人形ごっこは、果たして何処に向かうのか。――それは、誰にも知りえぬことだった。