名前だけは知っていたものの、本格的に出会ったのはナムコxカプコンというオールスターゲームになります。
そんなこんなで思いつき、出来上がったのが今回の小話です。
是非読んでみてください。
なお本作品はPixiv様にも掲載させて頂いております。
【またですか、ワルキューレ様】
アルサンドラ山の麓、サンドラの村に構えるクリノ・サンドラの家。
今日も今日とてワルキューレは、まだ日も登りきらぬうちから其処を訪ねていた。
「またとはなんだ。言っておくが私は仕事で来ているんだぞ」
「測天宮……でしたっけ。いまお務めなさっているところは」
「うん。マーベルランドと天上界に起きる、あらゆる事件を取り扱う部門だ。やりがいはあるが、とても大変な仕事だ。大女神様の命の下、こうして地上の視察も頻繁に行わなくてはならない」
実際クリノと出会う前も、ワルキューレはたびたび地上に降り立っては、人々の暮らしや風景を眺め回っていた。仕事というより趣味に近いようで、以前までは一人お忍びで行っていたらしいのだが、クリノと友誼を交わしてからは彼の家を拠点にするようになった。子供たちと一緒に出かけて山盛りの薬草を摘んできたり、大人たちに混じって鍬を振り回しあっという間に畑を耕していく女神の姿は、サンドラの村ではもはや珍しい光景ではない。
そんな彼女を捜しに、たまにワルキューレ以外の神族が、かんかんに怒っているか、あるいは困りきった様子でクリノを訪ねて来ることもあるのだが、クリノは神族に対してもワルキューレに対しても告げ口はしないでいた。なんだかんだで彼もワルキューレが遊びに、あるいは仕事をしに来るのを楽しみにしているのである。
「それじゃぁ、今日は何を視察します? オイラ、今日は村の外に出かけるつもりだったんですけど」
「なんだって? どこへ行くんだ」
「農具の手入れですよ。こればかりは町に行って、鍛冶屋に頼むんです」
「うんうん。じゃぁそれを視察しよう。是非ともせねば」
碧の瞳を爛々に輝かせて、ワルキューレは立ち上がった。三つ編みにされた美しい金糸の髪が、犬の尾のように揺れた。明らかにはしゃいでいる彼女の様子に、クリノ・サンドラはその真ん丸な目をほんの少し細めた。一般的にサンドラ族は表情に乏しく、感情が分かりにくいと言われる。喜んでいるときも悲しんでいるときも、暢気な顔つきでぼうっとしているように見られてしまうのだ。しかしそれでも、見るからにうきうき気分なワルキューレを見やるクリノの目には、お転婆な愛娘を優しく見守るような、それでいて輝かしい太陽を仰ぎ見るような、そんな雰囲気があるのだった。
【こうして二人で歩くのは】
片や息を飲むほど美しい、金髪の乙女。
片や小さく小太りの、緑一色の体毛に包まれた奇妙な生物。
サンドラの村から近場の町まで続く街道を、不可思議な二人組がのんびりと歩いていた。非常に目を引く組み合わせであったが、この街道を使うのはサンドラ族か、彼らに用がある行商人くらいのものである。他に人通りはなかった。
「黄金の種以来ですね。随分久しぶりな気がするや」
「そうか? ついこの間のことだろう」
いつもながら、二人の時間の感覚には些かのズレがあった。サンドラの寿命はおよそ300年だが、神族は永劫の時を生きるという。そのためか、初めて二人が出会ったときのことはおろか、それ以前に出会ったというクリノの二代前のサンドラのことすらワルキューレは昨日のことのように覚えていた。
「しかし大きな荷物だな。私が引っ張った方が早くないか」
ワルキューレはクリノが引っ張っている大きな荷車をちらと見た。荷台には村で使う鋤や鍬などの農具が山盛りになっていた。全体の重さは大岩ほどもあって、力持ちのサンドラ族でなければ動かすことも出来ないだろうが、神族たるワルキューレであるならば片手で持ち上げたところでクリノは驚かない。
「歩きも遅い。このままでは日が暮れてしまわないか?」
「いつもそうですよ。朝に出ても、町につくのはだいたい夕方頃です。だからいつも町で一泊して、明日に村へ帰るんですけど……あ! しまった」
「泊まる? 泊まるのか」
思っても見なかったようにきょとんとするワルキューレを他所に、クリノはまるで大きなピーマンのような、これまた奇妙な形をしている頭を抱えた。
二人が向かっているところはマーベルランド辺境の田舎町で、ワルキューレを迎えられるような宿などない。さらに言えばワルキューレが地上に外泊などしてしまったら、また他の神族の方々に怒られてしまうのではないか。
クリノはそっとワルキューレの方を覗き見た。
「泊まるということは宿だな。たしか宿はたいてい一階が酒場になっていると聞いたぞ。鍛冶屋に宿に酒場。なにもかも初めてだ」
案の定わくわくしていた。こうなってしまったら、もう止まらない。ワルキューレはそれこそ好奇心の塊のような女神なのだから。
「よし急ぐぞクリノ! もたもたしていたら宿が閉まってしまうかもしれない」
「ワルキューレ様。宿屋は閉まりません」
「では満室になってしまうかもしれん。そういうこともあるんだろう? 知っているんだぞ、私は」
言うが早いかワルキューレは風のような素早さで荷車の後ろに回りこみ、「それ!」と力一杯に荷車の背を押した。途端にそれまで牛のような歩みだった荷車は、まるでえさを見つけた狼のような速さで街道を走り出す。たまらないのは前にいたクリノである。
「うはーー!」
引っ張るどころか、もはや追われていた。
美しい乙女が宝物を見つけたような笑顔で荷車を押しながら爆走し、その前をふとっちょサンドラがまるで短距離選手のようにしぱしぱと手足を動かして全力疾走する。それはどこまでものどかで、ユーモラスな光景だった。
【知っているか? クリノ】
「鍛冶の技術も大昔に神族が地上に伝えたものだ。天上にも魔法の剣や道具を作る技術があるが、原理は一緒だ。要素の純度を上げる。異なる要素を掛け合わせる」
「はあ」
頭をぽりぽりとかきながら、クリノは困ったように相づちを打った。
町鍛冶とくれば、主となる仕事は町の者が扱う金物類の製造と修繕になる。今二人がいる鍛冶屋も、鍋や包丁といった生活感の漂うものを中心に取り扱っており、クリノが見ても店内に陳列されているそれらは結構な出来に見える。それにしても、隣に立つワルキューレの目の輝かせようはクリノを腑に落ちない気持ちにさせた。
「ワルキューレ様の鎧や、魔石もそうなんですか?」
「私の鎧はまた少し違うが、魔石はそうだな。どれも専門の技師が時に膨大な熱を、時に魔法を使って別の物から作り上げるものだ。そういえば以前に分けた魔石はどうした?」
「オイラの家の押し入れにありますけど、返した方がいいですか」
「いやいい。本当は良くないが、少しくらいはどうってことない。何かに役立ててくれ」
そう言われてもクリノは一介の農夫である。大岩をも貫く『楔の魔石』や、鋼鉄も切り裂く『風切りの石』が手元にあったとして、これといって使い道も思い浮かばない。なんであれば家宝にでもしたいが、子供が悪戯しそうで少々怖い。
そんなことよりも、クリノは前々から不思議に思っていたことを尋ねてみることにした。
「ワルキューレ様は、どうしてマーベルランドのものにそんなに興味津々なんです? 天上にはもっと優れたものや立派なものがあるんでしょう?」
天上界に行ったことこそないが、クリノはそう思っていたし、それは間違いではなかった。しかしワルキューレはクスリと笑みをこぼした。
「出来上がったものだけを見れば確かにそうだ。しかしな。かつて神族が人々に伝えた鍛冶の技術というのはほんのわずか、それこそ錆を取る方法くらいの簡単なものだったらしい。そしてお前たちの祖先は、そのほんのわずかな知識を広く深く探求し、やがて鉄を大量に精錬したり、貴金属を取り出す技術を独自に編み出していった。地上人はみな一を聞いて十を知り、十を知って百を考える。次の世代の者がその百を形にする。千を持つ我々神族でも、その様から学ぶことは多い」
「神族がオイラたちから学ぶのですか?」
クリノは首を傾げ、その姿を見てワルキューレはますます子を見つめる母のような笑みを深くした。けっして無いと言えるくらい首の短いサンドラがそうしていることを笑ったわけではなく。
「お前だってその一人だ。『幻の薬』に掛けられた幾つもの封印は神族が施したものだった。それこそ神族ですらそうそう越えられないほど強力に。なのに結果はお前も知っての通り。地上人はいつも神々の予測を超える」
褒められたような、嗜められたような、複雑な感じがしてクリノはふとっちょの体を縮ませた。
『幻の薬』。神々が遺した究極の治癒魔法。それを手に入れるために長い長い旅をし、結果それを手にしたのは他ならぬクリノだった。そして二人が出会う切っ掛けとなった代物である。
それはとても懐かしい、そして大切な記憶だった。
【これが、宿だな!】
「ええ、そうです」
「そして一階は酒場だ」
「というより食堂だけど」
「知っているぞ。あれだろう。寡黙な主人が名酒を見繕い、器量良しの看板娘が愛想を振りまき、旅の吟遊詩人が腕前を披露する場所だ」
あいにくとこの宿の主人はおしゃべり好きのおばあちゃんで、料理を運ぶのはもっぱらその息子である。吟遊詩人が来ているところも少なくともクリノは見たことが無い。クリノが宿泊の手続きをしている間、ワルキューレは待ちきれぬとばかりに食堂へと早足に向かい、部屋の中をずんずんと進んでは中央の大きな席に陣取った。遅れてやってきたクリノに対面の席を勧める。
吟遊詩人の姿を探してか、ワルキューレはきょろきょろと辺りを見回していた。夕餉にはやや早い時分だったが、それなりに客は入っているようだった。何人かの男はワルキューレの際立った美貌に目を奪われてもいるが、当人は周囲に溶け込めていると思い込んでいるらしく、まるで気づく様子もない。
そのうち、ワルキューレは離れた席にいる一人の客に目を留め、はっと息を飲んだ。
「クリノクリノ。詩人だ。吟遊詩人がいるぞ」
「あ、本当だ」
まさかいるとは思わなかったクリノも、真ん丸な目をさらに丸くした。
詩人というより旅芸人といった風体だが、なんにせよリュートを背中に担いでいる以上、歌語りの心得を持つのだろう。今は食事中のようだが、終わり次第、頼めば本当に一曲弾いてもらえるかもしれないとクリノもまた楽しみに思った。
「歌そのものは天上界にもあるが、地上の歌はない。当たり前だが、地上の歌とは地上の風景や、そこに住む人々の心を歌うものだからな。こればっかりは神族でも生み出せないものだ」
「それでしたらオイラの村にも、昔から伝わる歌がありますよ」
「なに、どんな歌だ」
「ええと、平和とか豊作とかを願う歌で、サンドラの歌なんて呼ばれることもあって」
「よし、聞かせてくれ」
「え」
至極当然のように振られてしまい、しまったと悔やむクリノだった。ワルキューレは両肘をつき、指を組んでそこに形のよい顎をのせた。完全に聞く体勢である。宝石のような碧の瞳が、童女のように期待に輝いている。
「あ~う~、そうだ! その前に、なにか飲み物を」
「ああ、うん。私は水だけでいい」
「食べ物は?」
「いらない。ただどんな味かは知りたいから、お前が頼んだものを一口分けてくれ」
いつものことであるので、クリノもいまさら驚きはしない。それにしても、寿命が無いというのは案外良いことばかりでもないのかも、とクリノはらしくもなく深みのある考えにふけながら、通りかかった店員にいくつかの品を注文した。すると案の定、ワルキューレはそれぞれがどんな料理かを聞きたがり、クリノは待ってましたとばかりに必要以上に懇切丁寧かつ長々と説明した。
「とまぁ、こんなところです」
「考えてみれば、料理というのもマーベルランドだけのものだ。酒の製法などは天上の錬金術が元になっているらしいが。なんだか、だんだんお前たちがうらやましくなってきたなぁ」
「オイラたちこそ、天上の暮らしには憧れますけどね」
「ううん。隣の芝は、という奴か。よし、では歌を聞かせてくれ」
「あ、覚えてた」
「もちろんだ。そうだ、なんならあの詩人にリュートを借りてこよう。心ゆくまで爪弾くといい」
「待って。お願いやめて」
「なんだ、いらないのか。……そうか! 喉一つで彼のお株を奪ってやると言うのだな。うんうん、何事も先手必勝だ。さあクリノ!」
女神の笑みには、悪気も悪意も欠片も見えない。本当にただただ無垢な期待だけがあった。
長話でごまかそうという小賢しい企みはあっさりと打ち砕かれ、いよいよ逃げ場が無くなったクリノは盛大に顔を引きつらせたが、やはり傍目からはさほど表情が変わっているように見えないのだった。
【ようよう、姉ちゃん】
突然の声にワルキューレがくるりと振り返ったので、思わずクリノは「助かった」と胸を撫で下ろした。
「ん? 私のことか」
「そうとも。この辺りじゃ見かけねえ顔だな。よければ俺たちと一緒に遊ばねえか」
格好からして町民のようだが、船乗りにもなれそうなほど体格の良い男だった。顔つきも男前だったが、やや人相が悪く、ワルキューレを見下ろす目つきにもよからぬ企みが透けて見えている。……が、しかしそれはあくまで一般的な感覚を持った者が見ればということで、あいにくそれに当てはまる者は少なくともこのテーブルにはいなかった。
「クリノ、酒場が出会いと語らいの場所というのは本当だな。見ろ、さっそく誘われたぞ」
「みたいですね」
楽しげに言うワルキューレに対し、クリノもいたって暢気に頷いた。朴訥なサンドラ族もまたこういった点では機微に疎いらしく、あくまで男の言葉をそのままの意味で受け取っていた。
「せっかくのお誘いだ。断るのも申し訳ない。クリノ、すまないが歌はまた今度聞かせてくれるか?」
「いいですともいいですとも。ええ今度。ほんと、また今度に」
ぱたぱたと手を振るクリノに、ワルキューレはやや残念そうながらも一つ頷き、声をかけた男が思わずぎょっとするほど勢い良く立ち上がった。
「こちらの話はついたぞ。何をして遊ぶんだ?」
そうして男の顔を覗き込む。どんな毒虫も、いかなる毒草も、たちまちのうちに毒気を抜かれてしまうに違いないほど、その瞳は青空のように澄み切っていた。
【踊ろう】
予想外の流れにたじろぐ男を他所に、ワルキューレは次々と捲し立てた。
せっかくなのだ、楽しい時間にしたいな。
酒場と言えば、やはり歌だ。歌に決まっている。
ううん、しかし歌を聴くだけでは物足りないなぁ。
やはり体を動かしたい。そうだ、踊りがいい。
天上界ではよく見習い仲間の女神たちと一緒に……ああ、いやなんでもない。
あ、ちょうど詩人が食事を終えたようだぞ。そうだ。彼に一曲頼もうじゃないか。
ん? クリノが頼んできてくれるのか? ありがとう! にぎやかで楽しいのを頼む。
さぁ、私たちは踊ろう。ん? どうした、踊りは苦手か?
なに、こういうのは得意・苦手でやるものではない。ただ音に乗って楽しめばいいんだ。
や、良さそうなのが流れてきたぞ。さぁ手を握って。
えい、もう。思い切りの悪い。
それ、いくぞ!
【皆が笑っている】
楽しそうに、嬉しそうに。
歌語りではなく踊りの曲を頼まれた旅芸人も、あれよあれよという間に踊りの相手をさせられることになった男も、そして周囲の客も、突然の事態に最初は呆気に取られていたようだった。しかし驚きは苦笑に変わり、苦笑は羨望に変わり、やがて誰もがうずうずするように徐々に体を揺らし始める。
我慢の利かなかっただれかが口笛を吹いた。それを機に、皆一斉に、弾けるように騒ぎだした。踊る二人を口々にはやし立て、手拍子を打つ。ついには続いて踊りだす者たちも現れ、二組、三組と増えていく。給仕をしていた宿屋の息子がいつのまにか小太鼓を持ってきて、旅芸人の旋律に勢いとリズムを加えた。
舞踏会が始まった。いつのまにか机が寄せられ小さな舞台が出来上がり、手を取り合う男女がその中央で輪を描いた。中には男同士ではっちゃけあう者たちもいた。
きっと誰もがワルキューレにあてられていた。彼女の全身から発せられる強いカリスマがそうさせるのだ。彼女が動くと人々も動く。踊る彼女はそれだけで、みなの心に訴えかける。皆、その導きに向かって我先にと駆け出していた。それでなくとも彼女の笑顔は欠片の嘘偽りなく本当に楽しそうで、それこそ太陽のように輝いていたから。
なにやら下心を持っていたらしい声をかけてきた男は、ワルキューレにくるくる振り回されているうちにすっかり下心も吹っ飛んでしまったのか、今となってはワルキューレに負けず劣らず無邪気な顔つきになって心から踊りを楽しんでいた。しかしそろそろ踊り疲れたようで、足下が覚束なくなってきている。変なところで気の利くワルキューレは切りのよいところで手を放し、優雅に一礼した。男はほっとしたような、それでいて名残惜しげな笑顔でそれに答えた。
一方まるで疲労の影がないワルキューレはさっと身を翻して、テーブルでのんびりとシチューを啜っていたクリノの手を取った。歌のみならず踊りの心得もないクリノは慌てたが、ワルキューレの笑顔には敵わないのは彼も同じだった。片や雲を踏むように軽く、片やどすどすのたのたとした足取りで、二人は舞台の中央に躍り出た。
そうして二人は踊りだす。気心の知れた相手ということで、ワルキューレは一層遠慮なく躍動した。彼女の靴には翼が付いているのではないか、と観客が思うほどだった。そして元気一杯ながらも、彼女の動きはどこか優雅で、流麗で、見る者の心を奪った。それに対しクリノの踊り方ときたら、見るからにもっさり且つわたわたとしていて、さらには調子はずれで間の抜けたものだった。しかしそれもいっそ愛嬌で、本人も一生懸命ではあったし、なにより相方は露ほども気にしていない。
そんな二人の姿は笑いを誘うものには違いなかったが、やがてまた少し別種の感情を周囲に呼び起こし始めた。空いた彼女の手を取りたくて仕方なかった多くの男たちは無念そうな顔をしていたが、段々と見る目を変えていった。クリノの不格好さに失笑していた女たちもまた。
ワルキューレが先を行き、誘う。
クリノが追う。
その様は、少しの隙間も無くぴったりとかみ合う歯車を見る者に想起させた。噛み合う歯車を前に、見た目や大小の違いを問うなど無意味と誰もが気づいた。ただ噛み合うことに意味がある。
種族も寿命も姿形も違う二人は、しかし他のどの組よりも仲良さげに、楽しそうに踊っていた。心からの友なのだと、身振り手振りで周囲に、そして互いに伝え合っていた。
これが祝福すべきことでなくて、なんなのか。
いつしか二人はいくつもの歓声の的となっていた。多種多様な部族が入り交じるこのマーベルランドの、輝かしい未来の萌芽がそこにあるかのように。
【おやすみなさい】
結局あれから月が天頂に昇る時分まで舞踏会は続いた。日をまたいだ頃に宴も徐々に収まっていき、二人も他の客の感謝やら何やらの声援に応えながら宿の部屋へと引っ込んでいった。
「なんだ、もう寝るのか。まだ話し足りないぞ私は」
「もう……勘弁してください……」
体力の塊と言っても過言ではないクリノが無惨にベッドに倒れ付しているというのに、ワルキューレときたら眠気の欠片も見当たらない。一応隣のベッドに横になっているものの毛布はかけておらず、碧の瞳はまだまだ夜は長いぞと言わんばかりに爛々と輝いている。
「とにかく今日は本当に楽しかった。ああもはしゃいだのは、何時以来だろう。ここのところ退屈な事務仕事続きで嫌になってたんだ。本当に今日は来てよかった」
「それは……本当に……よか……」
「こら、まだ寝てはだめだ。今日体験したように、まだまだマーベルランドには神族の知らない、愛すべき事柄が沢山ある。天上界から見下ろすだけでは、理解出来ることはほんの僅かなのだと、改めて実感出来た気がする。……うん、やはり現地視察は多いに続けるべきだし、むしろ奨励されてしかるべきだ。マーベルランドのためにも、天上界のためにも。決めたぞクリノ。明日天上界に帰ったら、私は早速中央宮に乗り込んでこれを大女神様に直訴しようと、こら寝るな!」
「ふぁー……いー……」
「うん? 旅? 旅といったか。そうか、旅か。つまり長期視察というわけだな。うん、いい考えだ。いや待て。ゾウナの時と違い、魔物退治の旅とは訳がちがうんだ。人々の暮らしを影から観察するには案内人が必要だな。……うん、クリノ、やはりお前がいい。『幻の薬』探しのお陰か、お前はとても顔が広いから。どうだ? もし長期視察の許可が下りたら、案内を頼めるか? 私に付いてきてくれるか?」
「ふぁ……い……」
ワルキューレは嬉しそうに目を細めた。酒場とは違う、月の夜にそっとひらく花のような笑みだった。
「お前は本当に頼りになる男だ。ああ、楽しみになってきた。やはり仕事というのはやりがいがなければ。よし、そうと決まれば寝るとしよう。おやすみクリノ」
「ぐーすかぴー…………」
翌朝、まだまだ日も出きらないうちに叩き起こされたクリノは、やけに上機嫌かつやる気に満ちあふれるワルキューレに小首を傾げたものだった。当然ながら夢半ばにいた彼は長旅の案内の話などちっとも覚えてはいなく、「なんのこと?」と平然と問い返しては、血気にはやるワルキューレを大いに落胆させてしまうこととなった。
ワルキューレが地上を大事に思ってくれることは彼にとっても喜びであり、彼女の落胆はそのままクリノの悲しみだった。
ううん、妻と子供と長老たちになんと言おうか。
ワルキューレは肩を落とし、顔をうつむかせてと、これ見よがしに落ち込んでいた。その隣で荷車を引きながら、クリノは深く深く思い悩むのだった。