果てがある道の途中   作:猫毛布

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第10話

――どうしてこんな事も出来ないの!?

――私なら、もっと――――――!!

 

 

 

 詰まった呼吸をどうにか再開して、目を覚ました。吹き出した冷や汗を拭う事もせずに、意図せず立ち上がってしまい、()()背中を木に押し付けながら周囲を見渡す。

 

「――めんなさい……ごめんなさい……」

 

 断片的な浅い呼吸を何度も繰り返して、唾を飲み込んで、小さく呪詛のように謝罪を繰り返す。

 ()()居ない。居る訳もない。

 

 

 息を整えるように呼吸をゆっくりと深くして、ナッツはようやく自身のHPが減少し続けている事に気付く。右手を見れば赤いポリゴン片を散らし続け、握っている筈の柄が見える。

 溜め息を吐き出して、投げナイフを返して、柄を軽く握って投擲する。真っ直ぐに投げられた刃は目の前の木に刺さり、揺れる。

 

 震える身体を戒めるように、左腕を外套の上から強く握った。痛みは無い。感触はあるが、ただソレだけ。だからこそ、背中に何も感じない。

 落ち着けるように、何度も深呼吸を続けて、ナッツは視界の端に映る時計を見た。

――いつもよりも長く眠っていた。

 長く眠っていた、と言ってもたった数分程長くなっただけ。常の事を考えれば倍程の時間であったから、ナッツにしてみれば()()と言えた。

 数分程、意識をハッキリさせながら身動ぎもせずに、ナッツはボンヤリと空を視界へと映す。暁ですらない時間の空。青と赤が僅かに混じり始める時間。

 小さく息を吐き出して、ナッツはいつもの様に空を瞼で閉じ込めた。

 味わうように、ゆっくりと。視界に入れた空を飲み込んでいく。

 

「ん……よっしゃ」

 

 気合を入れるにしてはやる気の欠片もなかったが、鳴らない首を曲げて、ナッツは細く、長く息を吐き出した。

 雑味の多い情報達と依頼を確認しながらナッツはその日の寝床から立ち上がった。

 

 既に震えは止まっていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 お揃いの黒鉄色の金属鎧に濃緑色の戦闘服。十二人が隊列を組み、金属鎧を鳴らしながら一定の間隔で歩いてくる。

 ようやく目的の集団が来たとばかりにナッツは立ち上がり、気軽に手を上げる。

 

「今回はよろしゅうに、コーバッツ()()殿」

「失礼ながら、()()だ。落下星殿」

「コレは失礼。()()()()()中佐殿」

「コーバッツだ。コーバッツ中佐」

 

 やや苛立ちを孕んだ声にもナッツはさして気にした様子もなくケロリとフードの奥で笑うだけであった。

 コーバッツはそんな小さな存在にバイザーの奥で眉間を盛大に寄せて舌打ちを一つする。

 

「何故、君のような輩に――」

「それは君の上司たるディアベルさんに言うべきやで? 依頼したのはディアベルさんやし、依頼を請けたからには全うするのが《王冠の妖精》の責務やとも思ってる」

「それは理解している。が、ギルドの長である君では無くていいのではないか?」

「ウチで最前線でも戦闘出来る言うたらボクかウィードだけ。ウィードはギルドの運営で忙しいからボクや。何か反論は?」

 

 暗に子供だから、と語っている視線も物ともせずにナッツは言葉を吐き出した。コーバッツは言葉を詰まらせて、舌打ちを一つだけ漏らし、苛立ちを隠そうともしない。

 

「なぜディアベル殿はこんな子供に――」

「迷宮区を歩き慣れてるから。

 最悪君らを逃がす事が出来るから。

 ガキに頼らな前線すら歩かれへんのが現状やから。

 前の《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)討伐戦》で貸しがあるから。お好きな理由をどーぞ」

 

 指折りに数えられた理由にコーバッツは顔を顰める。未踏破エリアに向かうにあたり、最前線で名前を轟かせているナッツの協力は非常にありがたい。頼らずとも戦闘も出来るであろうが、安全という意味では自分達には必須である事も理解している。

 が、物怖じしない子供は厄介すぎる。

 

「ま、納得出来ひん理由も分かるけど、君らはそういう軍に所属してる。ボクは依頼を請けた。割り切ろうや」

「む……」

「基本的にボクは君らに従うし、危険になれば君らを逃がす為に殿務めてでも逃したる。君らは損害は痛手ではないやろけど、損失は損失や」

 

 空を見上げて、ナッツは細く息を吐き出しながら頭を振る。一個人としての戦力とアインクラッド解放軍という大勢の戦力。比べるまでもなく、後者の方が優遇されて然るべきだ。

 一を切り捨てて多数を救い、そして攻勢に出られる。

 

 そもそも今回の解放軍が前線に出る事をディアベル個人は良く思っていない。時期尚早である、という事はナッツも理解出来た。けれど、そう出来ない理由もある。外聞的な、ナッツにしてみれば理解出来ない事柄ではあったけれど。

 ココでコーバッツが死んだ所でナッツは何も思う事はない。ただ死亡者のカウントが増えるだけ。大多数の内、一人が死んだだけ。

 けれど、解放軍が立ち上がろうとしている。という前提条件があれば話は変わる。守勢であった解放軍が攻勢に出れば進行速度も必然と上がる。士気も上がる。同時にソレは今回の失敗――運悪くコーバッツが死ねばどうなるか。全ては反転する。解放軍が立ち上がる事は殆ど無くなってしまう。

 

「――ま、仲良くいこうや。コーバッツ中佐殿」

「……ああ、よろしく頼む。落下星殿」

 

 故に、ナッツとしての行動など既に確定したも同然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ソロでの動きを基準にしてみれば、アインクラッド解放軍、コーバッツ中佐率いる小隊の行軍速度というのは目に余るモノだった。

 戦闘は効率化されず、事前に情報収集はしているだろうが不足も見える。慎重に慎重を重ねるクセに無策が目立ち、無謀とも取れる行動はしないが被害が出るであろう立ち回り。

 基準がソロである事、そしてその基準で判断しているのがナッツだからこそ、まるで蝋燭を眺めているようであった。尤も、ナッツはソレに苛立ちもせずにノンビリと歩幅を合わせて行軍しているのだが。

 ソロと集団での行動差が出るのは仕方がない。ナッツ自身、自分の行動速度が速い事は理解している。特に地図埋めに関しては索敵技能と隠蔽技能を十全に張り巡らせ踏破していくのだから、差が生じるのも当然である。

 

 準備不足に関して、これと言って意見はない。そもそも未踏破エリアの情報を準備しろ、と無理な事を言うつもりもない。回復POTはそこそこに持っている分自分よりも準備はしている、という感想すら溢れる。

 戦闘に関しても多数だから取れる戦い方だ。誰かがミスをすれば、誰かがカバーする。当然の行為であるし、現在はナッツもその一端を担っている。

 

 最前線を一人で歩くナッツとしては楽な速度であったが、小隊人員としては過酷と言ってもいい速度であった。

 最前線である緊張。未踏破エリアという不安。知らぬ敵。減っていく回復POT。終わりのない迷宮。肉体疲労は殆どない世界であるが精神的な疲労は大きすぎる。

 更に言えば、フードを被る小さな存在もその緊張の一端であった。

 

 《笑う棺桶討伐作戦》において、見せしめとして殺しを行った少女。解放軍の一員がソレを目撃し、抵抗したと言っても、既に腕を切断されていた無抵抗の存在を躊躇なく殺した。ソレは、事実である。

 仕方ない、という事も頭では理解していた。けれど、ソレは事柄の理解であり、ナッツ個人の理解ではない。

 殺すことはなかったのではないか? そんな思考が過ったが、自身達はその場に居なかった。決定的に自身達とは相容れないであろう存在。異質と言ってもいい。

 

「なんや? 疲れてるん?」

「いえっ! 大丈夫です!」

「さよか。ま、疲れたんやったら言うんやで」

 

 こうして少女が疲れた誰かに寄って聞いていく事さえ、隊員達の緊張を煽っていた。

 人殺しをした少女。効率を求め続ける戦闘方法。被害対効果を第一とした出発時の宣言。もしも「疲れた」などと言ってみろ。疲れる事すら出来なくなるに違いない。

 

 肩で息をしている隊員を不思議に思いながらナッツは首を傾げつつも先頭を歩くコーバッツに並ぶ。

 

「落下星殿。我が隊への命令権はない筈ですが?」

「行軍速度が下がるぐらいなら休憩いれた方がエエやろ? コーバッツ中佐殿」

 

 そうした苦言を言われる程度には会話は交わした。ナッツからすればコーバッツ中佐の評価は上がる一方であった。

 ロールプレイなのか、元々がそういう気質であったのか。実直な――目的の為に多少の無理を顧みない事を考えれば愚直な男である。使いやすい、という意味では実に素晴らしいとも思った。軍としての規律を重んじる存在。

 自身の部下であるウィードと似通っている、とナッツは思い、その思考を捨てる。あんな小児性愛者というべきか、自身をまるで神様でも崇めるように見る存在は二人と要らない。

 

「ん?」

「どうかしたか?」

「……いンや。目の前にある安全エリアに冒険者一同がおるだけや」

「ふむ。マップデータを持っているかも知れんな」

「…………あー……譲ってくれるとは思うけど、どうやろ」

「?」

 

 索敵範囲に引っ掛かった反応に眉間を寄せたナッツは言葉を濁らせる。ソレを疑問に思いつつナッツを見たコーバッツであったがナッツはこれ以上何も言う気はないのかフードの端を摘んで前へと無理やり引っ張った。

 マップデータを埋める苦労はナッツとてわかっている。伊達にソロで動いている訳ではない。そもそもマップデータがない前提で思考しているのだから、ソレは重要ではない。

 

 問題は、その一団である。

 あの一件以来、まともな会話はない。メッセージのやり取りはするが、それでも以前よりも交流は減ったと言える。

 

 安全エリアに入り、その一団とは逆側の端に集まった小隊はコーバッツが短く「休め」と言った瞬間に崩れるように座り込んだ。

 ソレをチラリと見たナッツは「やっぱり疲れてたんやん」と溜め息を吐き出して視線を前へと向けた。どうしてか後ろで金属鎧が震えるような音が聞こえた気がしたが、気のせいであろう。

 

 赤い武者鎧の隊。野武士のような無精髭に趣味の悪いバンダナの刀使い。

 血盟騎士団の制服である白い装束に綺羅びやかな細剣。栗色の髪の細剣使い。

 ソレと相対するような黒い装束に身にまとった、黒髪の直剣使い。

 

「……久しぶりだな、ナッツ」

「ん。久しゅうに。キリト」

 

 ドコか遠慮したように手を上げたキリトにナッツは苦笑しながら軽く手を上げて反応した。

 意図せず殺してしまった者。意図して殺した者。結果は同じであろうが、その意味は決定的に違いすぎた。

 

「ナッツ。どうして軍なんかと」

「ちょっと依頼で。アスナさんが考えてるような内容は――……あー、うん」

「いや、誰もダジャレとか思わねぇからな?」

「せやけど、関西弁使(つこ)ゥてるとダジャレに聞こえてしまうやん?」

 

 せっかく飲み込んだ言葉をクラインにより掘り返されてナッツは肩を落としながらゲンナリと口を開いた。

 金属鎧の音を聞いて、ナッツが横を見ればコーバッツがヘルメットを外して立っていた。

 

「あー、コチラ、アインクラッド解放軍のコーバッツ中佐」

「コーバッツだ」

「キリト。ソロだ」

 

 握手をすることもなく、一定の距離を挟んだ会話であったが自己紹介は簡潔に終わった。

 

「それで、君らはこの先も攻略しているのか?」

「……ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」

「うむ。ではそのマップデータを提供して貰いたい」

 

 まるで当然だと言わんばかりのコーバッツの物言いにナッツは頭を抱えて溜め息を吐き出した。ここまで認識が違うと怒りを通り越して呆れてしまう。

 

「手前ェ、マッピングする苦労が解ってソレを言ってんのか!?」

「我々は――」

「あー、はいはい。コーバッツ中佐。ちょっと、あっちで休んどき」

「む?」

「こういう交渉もボクがするから。知り合いやし、中佐がするよりも円滑に進む。中佐も疲労してるんやし、ちょっとは休んどき」

 

 というか、アッチに行ってろ。とは言えなかった。言えば反発してこの場に居残り、更には義務の強制を振りかざしたであろう。

 暫し考えた素振りを見せ、「では頼む」と短く、どこか納得してなさそうに応えたコーバッツにナッツは小さく息を吐き出して安堵する。

 

 キリトの性格だけを考えればコーバッツに任せても問題はなかったが、アスナとクラインが居れば話は別である。あるデータを貰える事もないかもしれない。ソレは避けるべきである。

 離れたコーバッツを見送り、ナッツはフードを外してその顔を晒す。萌黄色の髪が迷宮の明かりに照らされる。

 

「あー……そのスマンね」

「ナッツが謝る事じゃねぇだろ」

「ま、ほら。アチラさんは軍としての矜持もあるんやろうし」

「しかしなぁ」

「ココはボクの顔に免じて、でアカン?」

 

 ニヘラと弱々しく笑ったナッツにクラインは何も言えなかった。決して見惚れていたわけではない。これだけは真実である。

 

「それで、ボスは覗いたん?」

「ああ。パッと見の武装は大型剣だけ。特殊行動もありそうだ」

「ふーん……」

「ナッツ。ボスに挑むなんて言わないわよね?」

()()()()()挑むつもりはないって」

「ホント?」

「心配性やなぁ」

 

 眉尻を下げて情けなく笑うナッツにアスナは何も言えない。挑むつもりはなくても、心配は心配だ。

 特にナッツはアッサリと自身を切り捨てる。以前の討伐戦でも囮役である事は後で聞いたが、殿を申し出た。そして極めつけは《見せしめ》である。ナッツがやる必要はなかった。けれど、誰かがやる必要はあっただろう。

 

「……マップデータは譲るよ」

「ホンマに?」

「どうせ渡さなくても、お前なら行けるだろうし。安全を考えれば渡すべきだろ」

「過分な評価やで」

 

 トレード画面を開きながらナッツは苦笑する。キリトはキリトで真面目な顔でナッツを見ながら、少しだけ目を伏せてからナッツを真っ直ぐ見つめる。

 

「ナッツ。お前は――()()()()()()?」

「――わかってたことやからね。ま、問題はないよ」

「……そうか」

「うん。ありがとう」

 

 キリトの言葉を飲み込んで、ナッツは力無く笑いながらフードを被って踵を返す。

 そうナッツはわかってた事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()という事は。そこにナッツは後悔はない。自身の作戦に組み込まれた事でもあった。

 問題も何もない。

 

 ナッツは細く息を吐き出しながらトレードしたマップデータを確認していき、ある程度のルートを絞り込んでいく。

 コーバッツはようやく戻ってきたナッツを見下げて問いかける。

 

「どうだ?」

「ん。万事問題なく」

「では行くか」

「……立ち向かうつもりかいな」

「ああ、当然だ。我々は一般プレイヤーを解放するために戦っているのだから」

 

 そこに意地があるのか、退けない何かがあるのか。ナッツは目を細めてコーバッツを見たけれどバイザー越しには何も分かりはしない。

 唯一わかっているのはコーバッツが退く気もなく、無謀な挑戦をしようとしている事という事実だけである。大きく息を吸い込んで、思考に埋没し、溜め息で息継ぎをしたナッツは口を開く。

 

「…………ま、エエわ。ただ、ボスに挑戦するんやったら引き際の判断はボクがさせてもらうで」

「……我々はこの程度で根を上げるような軟弱者ではない」

「確実性の違いや。突破だけが攻略やない。必要な情報を持ち帰る事も攻略の一手や。

 自分の事やけど、君らが死んだら王冠の妖精達の評価にも関わってまう。今のところ依頼の達成率はイイ方やのに、ギルド長自ら下げてまうんも問題やし」

「……了解した」

「ん。どーも。折れるべき所で折れる事の出来る矜持でよかったわ」

 

 へにゃりと口で笑みを作ったナッツはコーバッツの部下達を一人一人眺めながら、大きく息を吐き出した。

 

「ほな、行こか」




>>二刀流バレ
 次回予定。

>>冒頭の文……あッ(察し
 やったぜ。

>>ソーバッド中佐
 so bad(残念)中佐

>>ディアベル兄貴
 現在、アインクラッド解放軍に所属。攻略には乗り気だけれど時期尚早ともわかっているので所謂『タカ派を抑えているハト派』。『はじまりの街』で行われているアレソレに関しては見れば咎めるが、見てなければ咎めない程度。

>>ナッツ<コーバッツ隊
 ソロとして活躍しているナッツよりも、軍として動けるコーバッツ隊の方が優先度が高め。
 平和の為に軍隊と傭兵を動かして、傭兵が被害を被る形になるのと一緒。

>>「疲れてるん?」
 兵「(疲れてるとか言ったら殺される!?)だ、大丈夫です!」
種実「さよか」
 当然、殺すなんてしません。

>>「ナッツは――大丈夫なのか?」
 キリト:ナッツも人を()()()()()()()、俺みたいに思い悩んでるだろうけど頑張ってる。俺ももうちょっと頑張ろう(主人公並感)

>>「大丈夫だ。問題ない」
 ナッツ:あの殺しは作戦上に必要な事だったので、残忍だとか、人でなしだとか、言われても気にしない。

 認識と意識の違い。

>>内容は?
 ないよう☆
 と言うと「は?(威圧」となる厳しい社会

>>
 本当は戦闘まで書こうと思っていましたが……長くなりすぎそうだったので。

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