果てがある道の途中   作:猫毛布

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長い……長くない?
はじめましょー、はじめましょー。

ウィードとのおねショタ分はコレで良いのだろうか(震え声


第17話

「ミナ、パン一つとって!」

「ほら、余所見してると溢すよっ!」

「あーっ、先生ー! ジンが目玉焼き取ったー!」

「かわりにニンジンやったろ!」

 

 

「これは……すごいな……」

「そうだね……」

 

 長机二つに所狭しと並べられた大皿の卵やソーセージ、野菜サラダを二十数名の子供たちが騒ぎながら手を忙しなく動かしている。

 眼前で繰り広げられる戦闘を思わせるような食事風景にキリトとアスナが呆然としながら呟きを溢した。

 長机とは別に準備されたテーブルに座ったサーシャとナッツは同席しているそんな二人を見て苦笑している。

 

「いつもこんな感じやな」

「そうですね」

「ナッツはアッチじゃなくていいのか?」

「子供らの取り分を減らす程コドモやないよ」

 

 カップに口を付けながらキリトの問いに応えたナッツ。十分に子供ではないか、というキリトとアスナの思考に気付いたのか、それともカップに入ったお茶がSAOの味覚システム特有の変な味だったのか、ともあれナッツは口をへの字にしてカップを置いた。

 そんなナッツの隣にいるのはニコニコと楽しそうに食事をしているユイである。

 早朝になり目を覚ましたユイが朝食の場に訪れた際、自然とナッツの隣に座ったのがそもそもの原因なのだが。ソレを邪険にする訳もなくナッツは何も言わずにユイに世話を焼いているし、微笑ましく見守るに至ったアスナとキリト、そしてサーシャの感情は十分に理解する事が出来る。

 

「それで、ナッツ。軍の事なんだが」

「……半年ぐらい前からやね。知ってる限りやけど」

 

 とナッツがサーシャの方を向けば、サーシャが頷く。子供達を保護するに至ってサーシャは《王冠の妖精》に情報を売っている。基本的には街の事であり、それこそ噂話に至るまで沢山の事を《王冠の妖精》は買い取ってくれるのだ。

 その中の一部に軍――《アインクラッド解放軍(ALF)》の事も含まれている。

 

「軍の上の方で色々あって、その弊害やね」

()()?」

「これ以上は情報料出しや」

「む」

「あんまり僕から情報出ていくと情報屋達の収入無くなるし。これ以上情報屋から恨まれたくもないんよ」

「お前……何したんだよ……」

「情報屋に金をバラ撒いて情報の操作とか、まあ色々?」

 

 ニッコリと綺麗な笑みを浮かべたナッツ。果たしてアインクラッドの裏に潜んでいるのはPoHだけではないのである。

 思わず引きつった笑みを浮かべたキリトとアスナを咎める事など出来ないだろう。

 優雅にカップを傾けているこの美少女(♂)と扇動家でもあるPoHが組めば忽ちSAOの社会など壊されてしまうだろう。尤も、目的の違いすぎる二人が組むことなどあり得もしないのだが。

 

「ま、軍の方にも色々持ち掛けたり、恩は売ってるけど末端には影響ないみたいやし」

「そうか……なあアスナ。奴はこの状況を知ってるのか?」

 

 奴、という不特定の一人を示す呼称であったが、良人の何処か嫌そうな響きに誰か察したアスナは笑みを噛み殺しながら某人の事を思い浮かべる。

 

「知ってる、んじゃないかな……。ヒースクリフ団長も軍の動向には詳しいし。聞いてる限り、ナッツも報告はしてそうだし」

「情報屋を通じてやけどな。まあヒースクリフさんは動かんと思うけど」

「そうなのよね……。あの人、ハイレベルの攻略プレイヤー以外は興味無さそうだし」

「攻略目的やからなぁ。《笑う棺桶》討伐の時もエラい出費と説得させられたし」

 

 その時を思い出した様で苦々しい顔をしたナッツ。彼がどれほどの苦労を強いられたのかはこの際置いておくとして。

 

「だからあの人がこの件で動くんやったら……せやなぁ……。軍の人員を攻略組にする為の育成時間、経費、規律の厳格化、KoBに対しての工面もせなアカンし――」

「わかった、アイツが動かないって事はよくわかったから落ち着けナッツ」

 

 指折りに必要であろう条件を口にしていたナッツをキリトが至極嫌そうに止めた。果たして討伐戦の時には一体何を求められたのか、キリトの想像は恐らく超えているのだろう。

 申し訳無さそうな顔をしているアスナとは違いナッツは重々しく溜め息を吐き出してカップを持ち上げようとして途中で静止した。

 横目でキリトへと視線を送り、カップを置いて立ち上がる。

 

「キリト」

「ああ」

「どうしたの?」

「お客さんや。コッチは任せてええ?」

「任せろ」

 

 自身の後腰に僅かに反った愛剣を出現させたナッツは飾り布を揺らしながら歩き食堂から出ていった。

 そんな様子を不安そうに見つめるユイに警戒を表に出していたキリトが苦笑して頭を撫でる。指の間をすり抜けるような艶やかな黒髪を撫でればユイはそれでも不安そうにキリトを見上げた。

 

「ナッツは大丈夫だよ」

「……ほんと?」

「ああ。なんたってパパの相棒なんだからな」

 

 ニッと歯を見せて、なるべく安心させるように笑ったキリト。よもやナッツも教会の目の前で何かを起こす事はないだろう。それこそ危害を加えられた訳でもなく、危害を加えてきた昨日の男達が()()()()に対して一日で動き出すとは考え難い。

 そんなキリトの笑みを見てユイは視線をアスナへと向ける。アスナもユイを安心させるように微笑みを浮かべて頷いた。

 それを証明するように食堂の扉が開きナッツが戻ってくる。その後ろには一人の女性が立っている。

 銀色の長い髪をポニーテールに束ねた、怜悧な女性。空色の瞳が何処か申し訳無さそうにサーシャを捉えて、頭を下げる。

 

「――……ナッツ」

 

 ありありと警戒を露わにしたキリトの空気に察したのか、それとも彼女の鉄灰色のケープの下に隠された()()()()()()()()に気付いたのか、子供たちも押し黙り食事の手を止めている。

 

「大丈夫や。問題ない」

 

 ナッツ自身が武器をストレージに戻した事から子供たちは安心したように息を吐き出して、食事という名の戦争を再開する。

 その様子に苦笑したナッツは女性をキリト達の座る丸テーブルへと促して、椅子に座らせる。

 

「コチラ、ユリエールさん」

「はじめまして、ユリエールです。ギルドALFに所属してます」

 

 ナッツの紹介に肖り軽く頭を下げたユリエールが自己紹介をする。

 

「ALF?」

「《アインクラッド解放軍》――Aincrad Leave Forcesの頭文字三つの略称やね」

「すいません、正式名はどうも苦手で……」

 

 はじめて聞くギルド名に疑問を抱いたアスナに対してナッツが応えてユリエールが補足を加える。

 なるほど、と一つ呟いてからアスナは慣れたように挨拶を返す。

 

「はじめまして。私は《血盟騎士団》の――あ、いえ、今は一時脱退中なんですが、アスナと言います。この子はユイ。それと――この人はキリト」

「旦那が挨拶するもんやないんかなぁ」

 

 礼儀作法の類いでキリトにジトリと視線を送ったナッツに対してキリトは逃げるように視線を宙へと飛ばした。

 フルーツジュースを飲んでいたユイは、顔を上げてユリエールを注視し、ニパッと笑った後にまたフルーツジュースへと挑みかかった。

 

「KoB……なるほどナッツが信頼する訳ですね」

「ほほぅ。ナッツが信頼、と」

「なんやねん」

 

 こっそりとそう評されている事にニヤリと笑ってナッツへと向いたキリトであるが、残念な事にナッツはその事に関して恥ずかしさも何も持ち合わせていない。当然だろう、という顔で肩を竦めてみせた。

 

「それで、ナッツ――」

「迅速に動くなら二人の協力は必須や。僕一人で動けん事もないけど、リスクが大きい。準備するならするで時間が掛かる」

「何かあったのか?」

「ちょっと、な」

「……はい。最初から、説明します」

 

 決してナッツから説得される訳ではないことを察したユリエールは起こってしまった問題を――そこに至るまでに起こった事を説明していく。

 

 

 

 

 

 そもそも、《アインクラッド解放軍》は独善的なギルドではなかった。情報や食料などの資源を均等に分ける為に作られたギルドであった。

 けれど、それは理想なのだ。理想を実現する為には圧倒的なリーダーシップ――カリスマか、協力、もしくは恐怖や暴力によって統制されていなければならない。

 アインクラッド解放軍のリーダーであるシンカーにその力量があったのかと問われれば、既に解は出ているのだ。

 得たアイテムの秘匿、粛清、反発。悪循環の結果として理想は崩壊した。指導力を失っていくリーダーに打って出るように一人の男が台頭した。

 

 名をキバオウ。

 

 キバオウは指導力を失ったリーダーの為に立ち上がった。体制の強化、志を共にする幹部プレイヤー達の統率。ギルドの収入の増大。

 善良な言い方をすれば――と頭に付け加えられるのだが。事実としてアインクラッド解放軍の横行は酷くなる一方であった。狩り場を独占。街区圏内での《徴税》。

 そんな事をして許される訳もなかった。そもそも安全な所で胡座をかいている解放軍は攻略に参加していない。それこそヒースクリフが()()()()程に、攻略組としての名前は連ねられていない。

 末端プレイヤーからの不満を押さえ込む為にキバオウは博打を打つ。最前線の攻略である。同ギルドに所属し、シンカー派であったディアベルはソレに反対を示したがキバオウは無視をして作戦を実行した。

 キリトとアスナ――そしてナッツの記憶にも新しい第七十四層攻略である。

 

 結果として、《アインクラッド解放軍》はナッツに――《王冠の妖精》に大きな借りを作っただけに過ぎない。

 当然、キバオウは事実の隠蔽と捏造に動いた。幸いな事にコーバッツを含めた実働部隊は生存して戻ってきたのだ。コレを使わない手はない。

 けれど、どうしたことか。隠蔽した事実は流れる事もなく、事実が大きく喧伝された。末端プレイヤー達に「隠蔽をしようとした事実」も一緒に。よもや情報系統が既に握られているなど気付く訳がない。

 そもそもキバオウがその思考をする余裕すらもない。時間が経つにつれて次第に悪化していく立場。栄華が遠のく感覚。どうにかしなくては……どうにかしなくては。

 

 キバオウは強攻策へと打って出る。

 シンカーの謀殺である。

 

 シンカーを謀殺して、キバオウの立場が良くなるのか? と問われればYesだ。ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》を操作出来る存在がシンカーとキバオウだけなのだ。

 シンカーが死ねばどうなるのか? キバオウ体制はより盤石と成り、そして軍はより横暴に振る舞うだろう。数の暴力とは言ったものである。

 

 件のシンカーの名前に横線は引かれず、今もまだ生きている事が示されている。

 ユリエールの依頼はそのシンカーの救助だ。

 

 ならばそのシンカーが何処にいるのか――。

 

 

 

 

「ぬおおおおおお!」

 

 キリトに握られた右の剣が鋭くモンスターを切り裂く。

 

「りゃぁぁぁああああ!」

 

 これまたキリトに握られた左の剣が唸りを上げてモンスターを吹き飛ばす。

 黒鉄宮の地下に出現した大型ダンジョン内でキリトの声が響く。ソードスキルが輝くごとに消し飛んでいくモンスター達にユリエールは唖然としつつ、キリトの狂戦士っぷりにやや引き気味である。

 その隣ではアスナがキリトを眺めながら「やれやれ」とでも言わんばかりに苦笑をしており、同じく溜め息混じりにマッピングを行っているナッツに手を握られたユイに至っては「パパーがんばれー」となんとも緊迫感の薄れる声援を送っている。

 もっと言えば、余裕がありすぎるのかユイの声援が聞こえる度に「おうっ!」とキメ顔で返事をするキリトが原因でもあるのだが。

 

 ダンジョンにユイも共に潜るのはキリト、アスナの両名は反対であった。当然のようにサーシャへと預けようとしたのだが頑固にも一緒にいくと聞かなかった。

 困ったようにしているアスナとキリトに対して「僕が守るからエエやろ」と進言したのはナッツである。ナッツの防御能力を知っている二人にすれば納得出来そうな要因であるが、それでも危険な事には変わりない。更に加えるように転移結晶を持たせる事でようやくキリトとアスナは納得し、ユイはナッツの隣で声援を送っている訳である。

 

「しかし、ナッツがユイに助け舟を送るとはなぁ」

「なにぃさ」

「お前に娘はやらんぞッ!」

「はいはい」

 

 モンスターの群衆を吹き飛ばして来たキリトがニタニタと笑いながらナッツに絡む。絡んできた兄貴分を邪険に扱う様子にユリエールが耐えれないようにくっくっと笑いを溢す。

 

「お姉ちゃん、はじめて笑った!」

 

 それを嬉しそうに指摘したユイも満面の笑みである。果たしてアスナは何を感じたのか、そんなユイを抱き上げてギュッと抱きしめた。

 そんな様子を見て、羨ましそうに見ていたナッツに気付いたキリトは少しだけ考えて口を開く。

 

「お前もやってやろうか?」

「ド阿呆」

 

 バッサリとソレは切り捨てられたが……。

 

 

 

 

 ダンジョンに入って少ししてからキリトに任せっぱなしが気に食わなかったのか、ユイが抱き上げられた事で手持ち無沙汰になったのか戦闘にナッツも参加しはじめて少し。

 モンスターも水中生物型だったモンスター達がゾンビやゴーストなどといったおばけ系統へと変化し始めた。スポーンした端から二刀と紅色の牙によって消し去られていくのだが。

 

「……なあナッツ」

「何?」

「お前一人でも行けただろ」

「……せやね」

「どうしてだ?」

「僕はお人好しにはなれんのや。それこそキリトやアスナさんみたいに」

 

 後腰の鞘へと紅い牙を収めたナッツが苦笑してそう応えた。

 キリトやアスナを巻き込まなくとも、ナッツ一人で問題は無かっただろう。連戦になった所でナッツならば突破は容易いとキリトは確信している。ナッツがダンジョンの安全マージンをユリエールから聞いていなかったとは考え難い。

 

 きっとナッツ一人だったならばユリエールの依頼をアッサリと断っていただろう。ナッツ自身、そして《王冠の妖精》に、攻略に利がないのだ。

 それこそ『シンカーの救助』は絶大な恩を売ることが出来るが、現体制の軍にそれ程の価値はない。シンカーが死んでしまう事もナッツにとってはそれ程大きな損失ではない。

 軍の横行が悪化すると決定した時点でキバオウを殺せば話は終わる。残ったハリボテの軍を吸収し、体裁を整えて、攻略組へと編成すれば結果としては得になる。

 巨大な組織であるが、ナッツには大きな力がある。カリスマでも、誰かの協力でもない。《人殺し》という圧倒的な恐怖がある。ソレを基点として規律を()()()()()いい。

 

 何にしろ、ソレはシンカーが死んでからの話だ。幾度か話した事もある男を好き好んで殺す意味もないが()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、ナッツはユリエールの依頼を《王冠の妖精》として受けるつもりはなかった。個人としての助力をするつもりではあったが、それこそ利がない。たかだか数回話した程度の男にリスクを負うなどナッツは願い下げであった。

 

 そのリスク軽減の為にユリエールをキリトとアスナに案内した訳である。お人好しになれない狂人のせめてもの抵抗である。

 

「ま、シンカーが死ぬんは惜しいけどな」

「なら受ければ良かっただろ」

「天秤の都合や」

 

 そんな真意を語る事もなく、適当な言葉で誤魔化したナッツにキリトは、不器用な弟分だ、と小さく溜め息を吐き出した。

 

 そんなキリト達の先に暖かな光の洩れる通路が目に入った。

 

「目的地、みたいやな」

「……ああ、奥にプレイヤーが一人いる。グリーンだ」

「シンカー!」

 

 キリトの確認を聞いたのか、ユリエールが全身鎧を鳴らして走り出す。

 その様子に慌てて後を追うキリトとユイを抱えたアスナ。ナッツは索敵スキルを十全に展開しながら急ぎ足で追う。

 

 右に湾曲した通路を進めば、大きな十字路と、その先にある小部屋が目に入った。

 暗闇に慣れた瞳には眩いばかりの光を溜め込んだ小部屋の入り口には一人の男が立っており、両手を大きく振っている。

 

「――チッ」

 

 瞬間、ナッツは息を飲み込んで舌打ちをした。警戒をし続けたナッツだからこそいち早く気付くことが出来た。

 脚へと力を込めて低く飛ぶように地を蹴り出す。アスナの隣を素通りし、同じく疾走し始めたキリトが並走する。

 一瞬、キリトとナッツの視線がかち合い、同時に剣を抜いた。

 曲刀の柄尻にある飾り布をキリトが握り締め、ナッツが更に速度を上げてユリエールの腹部に腕を回す。

 

「キリトッ!」

「ああ!」

 

 合図と同時に剣を地面に突き立てたキリト。けたたましい金属音が響き急制止が掛かる。ソレは飾り布を伝ってナッツの速度を落とし、そして抱えられたユリエールの制止に繋がった。

 焦げた匂いが漂い、ようやく制止した所でナッツ達の前の空間を地響きを鳴らし巨大な黒い影が横切った。

 ソレは左の通路に飛び込むと、数十メートル程進んで動きを止めた。

 その動きを見て、キリトとナッツは同じく左の通路へと入り込み剣を構えた。

 

 《The Fatal-scythe》。定冠詞を飾った名前。

 全長二メートルを優に超えるであろうボロボロの黒のローブを纏った人型のシルエット。

 袖から見える白骨の手には肉の代わりだと言わんばかりに密度の濃い闇が蠢き、フードの奥に備えられた髑髏には爛々と獲物を見据える生々しい瞳。

 右手に握られた体躯相応の巨大な鎌。その気味悪く湾曲した刃の先から深い赤の雫が落ちていく。べチャリと音を立てそうな程粘っこい雫が地面に痕を残す。

 

「ナッツ、見えるか?」

「まったく」

「だよな」

 

 短いやり取りで簡潔に情報を交わす。

 ソロに特化した二人の識別スキルであってもそのデータは見る事が出来ない。このダンジョンに置いてソロであっても安全と言える程のレベルがあってもだ。

 純然たる事実と絶望がキリトに突き付けられる。

 

「キリト君!」

 

 そんなキリトの後ろで細剣を構えるアスナ。横目でチラリと確認したキリトは息を飲み込んで、真っ直ぐに死神とも呼べるべき存在を睨んだ。

 

「アスナ、今すぐに安全エリアにいる三人を連れて、クリスタルで脱出しろ」

「え……?」

「僕らの識別スキルでデータがまったく出ん。八十後半ぐらいの相手や」

 

 ナッツの言葉にアスナが息を飲み込んだ。

 ナッツは一切視線を動かさずに死神へと定めている。深く呼吸を繰り返し、相手の動きを見切る為に。

 

「俺とナッツが時間を稼ぐから、早く!」

「ふ、二人も一緒に――」

「あとで行くよって、はよ逃げ」

 

 アスナの言葉を封殺するようにナッツが被せて言葉を放つ。

 キリトとナッツならば自分たちが脱出出来る時間を稼ぐことは容易いだろう。けれど、その後はどうなる? 二人の速度で安全エリアへと飛び込むことは可能なのか? この死神が先程見せた突進速度で――。

 アスナの心がゾクリと震える。キリトが戻って来なかったら――ソレこそ耐えれるモノではない。

 右の通路の奥を見たアスナは内心でユイへと謝罪する。深く、何度も謝り、決意した。

 

「ユリエールさん、ユイを頼みます! 三人で脱出してください!」

 

 その言葉にピクリと身体を反応させたのはナッツであった。決して視線を動かす事はなかったが、それでも僅かに気が逸れてしまった。

 まるで見計らったように死神は動き出す。大きな鎌を振りかぶり、横振りする。

 死神の行動に一瞬だけ遅れてナッツが動き出す。一瞬だけだった、それが致命的である事はナッツが一番良く分かっていた。

 だからこそ反撃ではなく、無様にも防御という選択を選んだ。ナッツは"受け流し"の為に幾度も攻撃を覚えている節がある。無様、と称したがソレは最前線のタンクにも劣らぬ防御だ。

 

 

 その防御を嘲笑うように、凶刃はナッツを弾き飛ばした。

 ピンボールのように弾き飛ばされたナッツは天井に叩きつけられ、地面を跳ね、壁へと打ち付けられた所でようやく速度を落として床へと落下する事が出来た。

 明滅する視界。衝撃によるスタン状態。HPバーは半分を下回り黄色に染まっている。

 

「ナッツ!」

「キリト君ッ!」

 

 吹き飛ばされた戦友へと声を掛ければソレが切欠だったように凶刃はアスナとキリトへと振り下ろされた。

 呼吸が止まり、視界が暗くなる。

 キリトも自分も死に体だ。立ち上がらなければならない事は理解しているが身体に力が入らない。

 死神へと視線を上げれば、一つ一つ丁寧に魂を回収すべく重々しく鎌を振り上げていた。

 最初は一番近かった、自分らしい。

 強張った唇は声を紡ぐ事が出来ない。アスナの脳裏にキリトとの休日が駆け巡り、必死に立ち上がろうとするキリトが視界に入った。何かを言いたい、けれど声が出る筈もなく虚しく唇が震える。

 

 

 カラリ、と音が響いた。

 萌黄色の髪が揺れ動き、曲剣を握りしめる。

 

 

「――ァァァアアアアアッッ!!」

 

 まるで獣の咆哮であった。恥も外聞も捨て去った()()

 《威嚇(ハウル)》に反応して、死神がゆらりと向きを変える。曲剣を杖代わりに辛うじて立っているだけの存在をその視界に捉えた。

 震える脚で強く床を踏みしめて、ナッツは曲剣を構えた。

 

 内心ではこの行動を否定している。狂人――()()()()()()()()行動である、と。良き人生であったと嘯き、粛々と運命を受け入れる。狂人としてならば、そう在るべきなのだ。

 だからこそ――この行動は()()()()()()ではない。()()()()()()()()()()など、あり得ない。そんな役柄では無い。

 

 

――知ったことではない。

 

「――――ハッ」

 

 咳き込むように、鼻で笑ったナッツは食いしばる様に笑みを浮かべ、死神へと向いた。

 役柄としての行動ではない。与えられた存在ではない。経験してきた人生のどれでもない。

 

 まるで意識を入れ替えるように、瞼を閉じて――ゆっくりと開いた。

 

「死なせない……絶対に」

 

 震えていた切っ先が真っ直ぐに死神へと向いた。濃密な死の塊に煌々と決意した瞳が向く。

 行動を咎める様に騒がしかった心は既に落ちつている。()()は静かに微笑みながら感謝と謝罪を心に落とす。

 

「キリトさん、アスナさん。僕が死んだ瞬間にスタンが解けます。逃げて下さい」

「ッざけんな!」

「彼なら、敵を引き寄せも出来るんでしょうが……すいません」

 

 キリトの糾弾を聞いても、ナッツは――夏樹は穏やかに笑みを浮かべ、息を深く吐き出した。

 死ぬのは怖い。そんな事、知っていた筈だった。

 生を惜しみ、死を恐れる。なんと人間らしいことか。

 ()()()()は震えながらも、笑みを深めた。

 

 迫りくる凶刃をじっくりと視界へと収めて、受け入れるように瞼を閉じる。

 

 

 

 金属が硬い何かに打つかったような、大きな音が鼓膜を揺らし、瞼を上げる。

 鮮やかな紫色の障壁が視え、そして黒い髪の少女が目の前に見えた。

 

「――だいじょうぶだよ」

 

 幼子に言い聞かせるように――自分がそうされたように、ユイの口から穏やかな声が紡がれた。

 笑みを浮かべるユイとソレを見てか納得したように笑んだ少年。

 

「少しだけ眠ってもいいよ。私が居るから、もう少しだけ」

 

 紅蓮の炎をそのまま剣にしたような真っ赤な剣を握ったユイに安心したのか、穏やかに微笑んだ少年は糸が切れた人形のように力が抜け、地面に倒れた。

 

「――大丈夫。アナタもココにいるよ」

 

 そんな少女の声を鼓膜に残しながら。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 数分程して目を覚ましたナッツは心配そうに見るアスナとキリトの顔にヘニャリと笑ってみせた。

 

「ユイは?」

 

 周辺を見渡して少女が居ない事に気付いたナッツはキリトとアスナの顔を見て何処か納得する。

 気付いていなかった、という訳ではない。自分と似たような存在であったけれど、自分とは決して違う存在である事は分かっていたのだ。

 

「その、ユイは――」

「エエよ。なんとなくわかったし」

 

 ソレだけを言ってナッツは立ち上がって背を伸ばす。小さく息を吐き出して、シンカーとユリエールへと向く。

 

「軍はどうするん?」

「――解散するつもりです」

「さよか。入り用なら手伝うから連絡しぃや」

「……もっと怒るかと思いましたよ」

「アホ言いな。ココで繋がりを絶つ方が損や」

 

 バッサリと損得勘定を述べたナッツに噂通りだとシンカーは空笑いをする。

 歩き出そう脚を進めるナッツをキリトが呼び止めた。

 

「簡単なパーティでもしようと思うんだけど?」

「……僕は遠慮するわ。ちょっとギルドに戻りたいし」

「そっか。じゃあ、()()()

「ほな、また」

 

 ヒラヒラと背中越しに手を振ったナッツは転移結晶を使ってギルドホームへと転移する。

 

 

 大きく息を吐き出して、ホームの扉を開けばギルドメンバーの視線が集まり、片手で簡単に挨拶を交わす。

 そんな長の姿に気付いたのか、金髪を揺らした美女はいち早くナッツの前へと現れた。

 

「我が君、お帰りなさいませ」

 

 まるで従者がそうするように、胸に手を当てて軽く頭を下げたウィード。

 そんなウィードを見て、ナッツは疲れたように溜め息を吐き出した。

 そんな溜め息にもニンマリと笑みを浮かべたウィードにナッツは近寄り、倒れ込む。

 珍しく()()()なご主人様を不思議に思いながらもしっかりと支えたウィードに視界にメッセージが出現する。

 

「……ちょっと寝る」

「はい、お疲れ様です」

 

 ハラスメント警告を即座に理解し、奇跡的に弱っている主を抱きしめたウィードは穏やかに言葉を吐き出した。

 ギルドリーダーに充てがわれる部屋のベッドにナッツを降ろして、ウィードは小さく息を吐き出して扉を出た。

 

 

「良いですか! 絶対に! 絶対(ゼェェッタイ)に部屋に入ってはいけませんよ!」

 

 ウィードは現在居るギルドメンバーに聞こえるようにそう宣言してから、自然と浮かび上がる笑みを抑える事もせずに鼻歌でも奏でそうな程上機嫌で部屋へと姿を消した。

 

 

 誰も入んねぇよ。アンタもリーダーも綺麗な顔して怖いんだから。

 というギルドメンバーの心の声など届くこともない。




>>nutsとPoHペア
 扇動家と情報操作で暗躍し、快楽殺人者を大量に生産し、餌(人)の提供をして基盤からSAOを壊しに掛かる狂人ペア。尚二人の仲は悪い模様。

>>”奴”
 孤独なsilhouetteが動き出せば、それは紛れもなく"奴"さ――ッ

>>防御を嘲笑うように――
 守れると思った!?
 レベル差が有り過ぎて無理なんだよなぁ(白目

>>……あ(察し
 そうだよ(迫真
 まあ本編でちゃんと書くと思うから……たぶん。

>>ヒーロー(ユイ)
 ゆいたそ~

>>おねショタ
 ウィードとナッツのおねショタ……ショタ?
 因みに部屋の中での出来事は書きません。妄想で補うんやで(丸投げ
 まあナッツは感情を出しすぎて疲れて寝てるだけだし、ウィードも変な事はしないでしょう。だから美女と美少女(♂)が一緒の布団で寝てるだけだゾ!

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