ナッツは溜め息を吐き出した。フードに隠れた瞳を細めて空を見上げる。
ナッツ自身はこういったゲーム、つまるところMMORPGというジャンルをする事は初めてだ。よって、ボス攻略の予定もソロが集い、各々が役割を果たすという手前勝手な想像をしていた。
「"れいど"の形ってなんやねん……というか、パーティ組まなアカンのか……」
決してコミュニケーション能力が欠如している訳ではない。それこそナッツ自身は相手に合わせる事、相手の顔色を見る事に関しては優れていると言ってもいい。けれどソレは前提条件がなければの話。
ナッツは子供だ。そう、子供なのだ。総じて子供という立ち位置は甘える事においては優れている立ち位置であるけれど、同じ立場になる――戦闘で背中を預けるとなれば話が変わってくる。更に言えば、あの舌戦も問題だった。
ナッツは改めて大きめの溜め息を吐き出した。こんな事になるのならもう少しやんわりとベータテスター達の肩を持てば良かった。それでもあの瞬間だけはあの
いや、多少自分の好みの部分もあるけれど。
ともあれ、そんな一癖も二癖もあるナッツをパーティに入れるプレイヤーなどいない。それこそ背中を預けるに至らないと
辺りを見渡せば既に幾つかのパーティは完成している。六人の集まり多い事からナッツは最大人数が六人である事を判断した。ボッチ予備軍にはそれ程関係の無い事であるけれど。
情けない笑いを溢しながら、ナッツは未だに立ち尽くしている一人の剣士へと視線が向いた。自身と同じく"パーティ"という言葉に呆気としてしまっていたのか、立ち尽くしている彼の近くへと足を進める。
「どーも、こんにちハー」
「お、おう。えっとナッツだっけ?」
「そそ、こんなナリやからパーティ組めんでなー。もしよかったらパーティに入れてくれへん?」
「……ああ、よかったら組もう」
「やりぃ。でも二人は寂しいし、そこのフードさんもどない?」
「…………アンタもあぶれたのか」
「アブレてないわよ。周りがみんなお仲間同士みたいだったから遠慮したの」
「それをアブレてるって言うんやと思うんやけど」
剣士の呟きに反応した外套を被った――声的に少女はそのフードの奥からナッツを睨む。睨まれたナッツは「おーこわ」と冗談めかして言葉を漏らして肩を竦めた。
「あー、その。よかったら俺達と組まないか? システム的にもレイドは八パーティまでだから、そうしないと入れなくなる」
「ふん……そっちから申請するなら受けてあげないでもないわ」
「あ、僕にもよろしゅうに。パーティ申請とかやり方わからんよって」
「今までどうしてたんだよ」
「ソロでコツコツ戦闘を重ねて来た感じやね」
ナッツの言葉にフードの少女は驚いたように顔を少し上げてナッツの顔を見た。
「……見た目によらず凄いのね」
「ソレをアンタが言うのか……」
「ま、僕は子供なりに必死って事で。ん、おおっ! コレをタップしたらエエの?」
「ああ」
突然目の前に出てきたウィンドウで申請を許可すれば左上にあるナッツの名前の下に二つの名前が追加される。そんなナッツの視線に気付いたのか、剣士――
「ほな、まあよろしゅうに」
フードの奥でニヒリと笑ったナッツはそれこそ歳相応の少女――いいや、少年であるように見えた。
騎士《ディアベル》は舌だけではなく、実務の面でも優れている。ナッツはその実感を隣に居るキリトから読み取った。キリトが何かを言った訳でもなく、ただディアベルを見ながら「ほぅ」と小さく呟いた事から読み取った事である。
そんなディアベルがあぶれ組である三人に近づき、ナッツを見てから一つ頷いた。そして爽やかに口を開く。
「君たちは取り巻きコボルトの潰し残りがないように、E隊のサポートをお願いできるかな?」
「あー、ディアベルさん。申し訳無いんやけど」
「うん?」
「僕やのぅて、コッチの剣士さんに言うて。あの時にも言うたけど僕はビギナーやから、よーわからんよって」
「ああ、てっきりこの二人を言い負かしてパーティに入れてもらったと思ったよ」
「嫌やわぁ、ディアベルさん。マスコット入れれる程余裕なんてないんやで」
「ハッハッハッ、それもそうか。すまない。それで先ほどの件だが」
「了解。重要な役目だな。任せておいてくれ」
「ああ、頼んだよ」
キラッと白い歯を見せながらナイト・ディアベルは噴水の方へと戻っていった。
ナッツは笑顔でキリトは引きつった笑み、そしてその隣に居たフードの少女は剣呑な響きを帯びた声を出す。
「ドコが重要な役目よ。一回もボスに攻撃できずに終わっちゃうじゃない」
「……仕方ないだろ。三人しか居ないんだから。スイッチでPOTローテするのにも時間が全然足りない」
「すいっち? なんやボタンでもあるの?」
「……ナッツは本当にビギナーなんだな」
「隣に居る人もそうみたいやで」
少しばかり隠れた目線でキリトに合図してみれば何かを考えている様に顔を俯かせている少女。ケラケラと笑っているナッツに気付いたのかハッと顔を上げて何かを口にしようとした少女をキリトが封殺する。
「……詳しい事は後で説明する。この場で立ち話じゃとても終わらないから」
そんなキリトの言葉に対して反論を吐き出すように口を開いた少女は口を閉ざし、僅かに頷くに至った。
ケラケラと笑っているナッツを睨みつけるのも忘れない。
「はえー、案外広いんやなぁ」
「ホント……私の部屋と三十コル差なんてッ!」
「なんや
「ええ」
キリトが間借りしている農家の二階。扉を開けてナッツは思わず感嘆の声を上げてしまった。同じく感嘆の声を上げて視線を部屋へと巡らせている少女――
ソコには既に背中の片手剣と手足の防具を武装解除したキリトがソファへと身を埋めていた。ナッツの視線に気付いたのかキリトはコホンとわざとらしく咳払いをして、辿々しく言葉を繋いでいく。
「えー、その、見れば分かるけど、風呂場はそこだから……ご、ご自由にどうぞ」
「あ……う、うん」
「なんや僕がお邪魔虫みたいな雰囲気やなぁ」
「は、はぁ!?」
「冗談やって。お姉さんははよ念願のお風呂に入ってきーや」
ケラケラと笑いならがナッツが言ってやれば鼻を鳴らしてから浴室へと消えていったアスナ。そこまで風呂に執着があったならば――と考えてからナッツはその考えを放棄して、腰に下げていたナイフをストレージに入れる。
フードを外し、外套の内側に入っていた髪を外へと垂れ流す。キリトは目を見開きナッツを見た。
「君は――」
「改めまして、ナッツ言います。性別は男やから間違わんようにな」
「えー、あー」
「ええよ。自分でも
「…………」
「ツッコミどころやで」
わざわざ自分の事を美少女だと言った事に対して、「自分で言うのかよ」程度の言葉を待っていたナッツは呆れたように溜め息を吐き出して頭を振ってみせた。
キリトからすれば、その『美少女』という称号はツッコミを必要としない――つまり事実であるようにも思えた。
肩に掛かる程度の萌黄色の髪。大きな黒い瞳。人懐っこい笑み。壇上に立った時は中性的だと思ったが、こうしてじっくりと見ればやや少女寄りの顔つきである事が分かる。まだ声変わりをしていない声もまた少女に思わせてしまう要因だろう。
ジロジロと見られている感覚を感じながら、ナッツは困ったように笑みを浮かべながら視線だけを左上へと移動させる。
「えー、お兄さんが
「明らかに女性名だろ」
「ほら、元々のアバターが女やった可能性もあるし?」
恍けたようにそう言葉にして「いやー、名前わからんなー」とわざとらしく口にしているナッツを見て、ようやくキリトは意図を掴んで、諦めたように息を吐き出した。
「……キリトだ。よろしく、ナッツ」
「よろしゅうに、キリトさん」
ニッと笑ったナッツとキリトがお互いの名前を確認して握手をする。敬称を付けられた事に少しばかりむず痒く感じてしまったキリトは眉を寄せる。
「"さん"はいらないぞ」
「じゃあ、キリトで。僕の事はナッツ"様"とお呼び」
「なんでだよッ!」
「おお、さっきはなかったエエツッコミやなぁ」
足りなかった何かを補充出来たように満足気に胸を抑えたナッツ。当然システム的に何かを得た訳ではない。
何かを言おうとしたキリトであったが浴室から響いた「あぁぁぁああ……」というなんとも脱力した声によりその意思が消えてしまった。対するナッツもである。
「それにしても、よかったん?」
「?……何がだ?」
「僕をパーティに入れて。自分で言うのもアレやけど、『子守ご苦労様』とか皮肉られる程度に正気やないで」
「……そんな事言ってなかったと思うけど」
「たぶん進行中にでもあのイガグリ頭にでも言われるんちゃう?」
「イガグリ?」
「おっと、サボテンやったな」
恍けるようにケラケラ笑いながら自分の言葉を修正した。人を食った様な物言いであるけれど、キリトはナッツに少しばかりの好感を覚えていた。見た目という点でもそうであるし、あの壇上での演説もソレに繋がる。
「…………」
「どうした?」
ケラケラと笑っていたナッツがキリトを見つめて、チラリと浴室の扉を確認してから声を潜めて喋る。
「キリトがテスターって事は言わんから安心しぃや」
「なっ!?」
思わずソファから立ち上がって反応してしまった。手が震え、足が震え、行き場の無い力がキリトの頭を支配してしまう。
対してナッツは呆れたように息を吐き出して両手を上げた。
「そうやって反応するんも、問題やよって」
「ッ、カマをかけたのかよ」
「まあそういう事やね。テキトーにそしらぬ顔して『なんの事かな?』とか言うとったらコッチも何も言わんよ」
助言の部分だけはやや低いキリトの声に合わせるように言ったナッツは警戒しているキリトに向けて困ったような笑みを浮かべた。
「一々反応してるキリトを見てると、言うとかななー、思って」
「そんなに分かりやすいか?」
「例えば、そんな感じに右手の親指と人差し指を擦り合わせてるとか――
……こういう嘘に釣られて右手を見てまうからかな」
指摘された事に対して僅かに右手を揺らして視線を下げたキリトをケラケラと笑いながら更に指摘するナッツ。ドコかバツの悪そうにキリトはナッツを睨む。
「別に悪意は無いんやで。ただパーティから切り離されたく無いだけやから」
「……俺が警戒して離脱させるとか考えなかったのか?」
「そん時はキリトの悪評をバラ撒いてお終い。というか、そんな事せんやろうから忠告しとるんやって」
「ご忠告ドウモ」
「どーいたしまして」
ケラケラと笑ったナッツに疲れたように息を吐き出したキリトはソファに深く腰掛けた。テスターだとバレた事はキリトにとって誤算だった。新しく配られた《アルゴの攻略本》によって鼠のアルゴ自身がベータテスターであることを露呈させ、場が騒然となった事も考えれば――、と考えてからキリトは溜め息を吐き出した。
目の前にいる少女――あ、いや、少年はベータテスター肯定派である。そう壇上で演説もしていた。加えて、こうして忠告をしているという事は無闇矢鱈に口にもしないと言う事だろう。
半ば諦めにも似た思考結果を纏めたキリトを見計らってか、部屋にノックが響いた。
小刻みにコン、コココン。と。独特のリズムで刻まれたソレに反応したのは部屋の借り主であるキリトとリズムに覚えのあるナッツであった。
顔を見合わせて、ナッツが扉を開く。
「んオ? ナッツじゃないカ」
「なんや、アルゴさん。どないかしたん?」
「キー坊はいるカ?」
「そら、まあ」
「珍しいな。アンタが部屋にまで来るなんて」
ナッツの後ろから出てきたキリトは件のアルゴを視界に収めて少し訝しげに口を開いた。
それもその筈、今現在、この部屋――浴室にはアスナという女性が湯船に浸かっているのだ。そんな事がこのアルゴにバレてしまえばキリトの備考欄には『キリトは初対面の女性をその日の内に部屋に連れ込むような類いの男』という文字が刻まれ、この世界にいる内は常に弄られる事になるであろう。ソレだけは回避しなくてはならない。
内心冷や汗を流しているキリトをいち早く察したのはナッツである。人の機微に敏感である彼は状況の判断と合理性、そして恩を誰に売るべきかを心得ている。
「なんや込み入った話みたいやし、ちょうどお風呂も入りたかったから僕は退散しよか?」
「あ、ああ! そうしてくれ!」
キリトの背中をアルゴから見えないように突き、意図を汲ませる。疑問として言ったのはアルゴに疑問を抱かせずに、促させる為だ。尤もキリトの反応で台無しになりそうであるけれど。
ともあれ、借り主から言われたのでナッツは極々自然な動作で風呂場の扉を開き、その中へと身を滑りこませた。
扉の開いた音と何かが入ってきた気配にビクリと浴槽の中にいたアスナが動いた。
「あー、お姉さん。僕やからそれ程警戒せんといてな」
意識して少し高めの声を出したナッツはへにゃりと笑みを浮かべて、何かを意識する訳でもなくアスナの顔を見た。
警戒と疑問を浮かべながらも、アスナは自分の中で答えを出せたのか溜め息を吐き出した。
「アナタ……女の子だったのね」
「まあ、別にご一緒する訳でもないから安心して。ちょっと間が保たんくて」
「そう」
性別に関して肯定も否定もせずに、テキトウな言い訳を捏ち上げるナッツ。そしてその言い訳に納得をしたアスナは浴槽の縁に腕と顎を乗せてナッツを見る。
こうして見れば確かに少女だ。
やはりアスナは自分で出した結論に納得して、はたと気づく。
「私はアスナ。よろしくね」
「改めてやけど、僕はナッツ言います。よろしゅうに」
浴槽に浸かって緩んでいるのか、警戒心の無い笑みを浮かべたアスナに同じく警戒心の欠片すら見つけられないへにゃりとした笑みをナッツは浮かべた。
>>皮肉の言い合い
「二人を言い負かしてパーティに~」
→演説はよかったけど、子供で戦力にならないだろ。あと子守乙
「マスコット入れる余裕なんてないんやで」
→戦力にはなるから居るんやろ。アホちゃう
>>「なんや宿屋はコレよりも狭いんか」
未使用
>>
アスナさんと同程度には美少女。なお年齢の為に綺麗よりも可愛いの方が優勢のもよう
>>コミュ症キリト
自己紹介しない勢。
>>「カマをかけたのかよ」
半分以上確信犯。
>>状況判断、合理性、恩を誰に売るべきか
キリトに恩を売りながら、情報をアルゴにチラつかせて、半合法的に風呂を覗ける。