普段よりも、勘は冴えていた。
遮蔽物に背を預けながらシノンは実感する。
極度の緊張状態が自分を引き上げてくれているのか。それとも純粋に自身の力量が上がったのか。もしくは
脳裏に深緑色の髪の男が映り、消える。
脳に焼き付いた彼の行動を自然と投影しているのかも知れない。不思議と嫌な気分には、ならなかった。
システムの都合上、同一とまでは言えないけれど。それでも彼が自分に影響している事は確かだろう。
かの不死者と似通っていると考えれば、ヘカートⅡと比べれば頼りない《IMI タボールAR21》も随分と力強く感じる。
小さく、息を吐く。
一定間隔で行われるサテライト・スキャン。今回の戦いに参加している全プレイヤーが映り込み、その居場所を特定されてしまう。シノンも例外ではない。
次回のスキャン時間を確認すれば、一分を切っている。
最初の遭遇戦はクリアした。あとは狩人の如く、獲物と決めたプレイヤーを狩ればいい。
スキャンされたプレイヤー達の軌跡を予測した。今の自分ならば、なんでも出来る気がした。
スキャンと同時に遮蔽物から飛び出す。
瞳に映り込む着弾予測円が脈動し端末を見ているプレイヤーを捉える。弾道予測線を見つけた敵は慌てて振り向くが、シノンがトリガーを引く方が早い。
タボールからフルオートで放たれた弾丸、身体に命中し赤いポリゴンが散っていく。
プレイヤーもまた、むざむざと死ぬ事に抵抗したのか持っていた《ベクター》をシノンへと向ける。けれど、それも遅い。
シノンから放たれた弾丸が飛翔し、プレイヤーの頭を射抜く。きっと彼の視界では急激に減少したHPを確認出来た事だろう。
散ったポリゴン片を見送る事もなく、シノンは駆ける。同時に先程までいた場所に銃弾が着弾し、弾痕と土煙を残した。
顔だけを後ろに向ければ赤い弾道予測線がコチラに向いていた。
狙撃手は恐らく完璧だった狙撃を避けられた事で狼狽しながらも再度狙いを付けているだろう。シノンにもその経験はある。
目の前の瓦礫を乗り越え、遮蔽物として背中を預ける。
顔を少しだけ出して狙撃手がいるであろう位置を見れば、咎めるように遮蔽物に銃弾が当たった。遮蔽物へ顔を戻して端末で正確な相手の位置を確認する。
狙撃手が見えていた訳ではない。けれど、自分も狙うのならばあのタイミングだった。
距離を考えれば、立ち向かうべきではない。
けれど、ここに張り付けにされているのも問題である。スキャンによって大凡の位置は全プレイヤーにバレている。銃声で戦闘中という事もバレているだろう。
キルカウントが直接順位に関わる事はない。けれど、数は減らしておくべきだ。
戦闘中ならば気付かれる可能性も低くなり、安全に数を減らす事が出来る。
彼ならば、どう動くだろうか。
シノンの脳裏にナッツがケラケラと笑っていた。死んでも死ぬだけ、といつものように口にして不敵に、飄々と、大胆に、慎重に行動を決定するだろう。
そう、死んでも
スキャンで確認した狙撃手の位置、自身の敏捷値、目標位置までの遮蔽物の数と位置。
立ち向かうと決めれば、随分と気分は楽になる。捨て身だからか、逃走を諦めたからか。
筋力値と敏捷値に物を言わせて遮蔽物から躍り出る。当たらない事が明確であっても狙撃位置へと向けてトリガーを引き続ける。
次の遮蔽物へ滑り込み、土煙を吸い込みながらマガジンを変える。遮蔽物の数で言えばあと二つ前に行けば射程範囲だ。
そこまで辿り着いて、ようやく五分五分の博打になる。
残り二つまでは相手が一方的にベットし続ける。積み重なったチップの数だけシノンの命が削られる。
更に言えば、相手は一方的にこの勝負を降りる事が出来る。だからこそ、シノンは急がなくてはならない。勝負を降りられない為に、賭けたチップを総取りする為に。
ジャケットを脱ぎ、軽く丸めておく。相手も自分が立ち向かってくると判断している事だろう。同時に接近される前に倒さなくてはいけない事を理解している筈だ。
緊張と集中。シノン自身も理解出来る狙撃手特有の感覚。
細く、息を吐き出す。
相手の射撃間隔からセミオートではない事は分かる。これでセミオートだったならばそもそも賭けは成立しない訳だ。
丸めたジャケットを遮蔽物の横から放り投げる。銃声と共にジャケットが弾けてポリゴン片へと散っていく。
その様子も見送らないままシノンは駆けた。
一つ目の遮蔽物を飛び越え、タボールのトリガーを引き続ける。先程よりも近くなった分だけ精度は良くなっている事だろう。それはつまり相手に当たる可能性が高くなっていると言えた。
当然、シノンは当たるとは思っていない。当たれば幸運程度の考えはあったけれど、それ以上に相手を威嚇する為の射撃だった。
銃弾の飛び交う中で当たらないと心に決めて、着弾予測円を狭めていくのはさぞ難しい事だろう。
そんな事が出来るのは戦場帰りか、死を厭わない人外か、システム野郎に違いない。
予定通り、三つ目の――最後の遮蔽物へと滑り込んだシノンは息を吐き出した。
五分五分。距離と武器を考えれば相手の方が有利だろう。
相手がシノンに銃弾を撃ち込むのが先か、シノンが接近出来るのが先か。
コインの表裏を当てるような賭け。両方共裏だったコインにどうにか表を作り出す事は出来た。
後は裏が出ないように祈る……いいや、自身の力で表にするだけだ。
弾丸を全て吐き出してしまったタボールのマガジンを入れ替え、コッキングレバーを操作する。機械仕掛けの音を耳に響かせて、シノンはコインを空へと弾いた。
◆◆
上から数えて十九番目。下から数えて十一番目。
第二回BoBの順位表に映る自身の名前を見ながらシノンは溜め息を吐き出した。
果たして投げたコインを裏を向いた訳である。
「エエ成績やん。予選の戦いもよかったし、本戦も中々に心踊る戦いやったよ」
場末の酒場に腰掛けたシノンの前に座っていたナッツはその成績を見ながら口を開いた。シノンの戦いぶりを一部始終見ていた男の慰めにしては随分とお粗末な物である。
そんな慰め下手な男を睨みつけて口は開かれる。
「ウルサイわよ、不参加男」
「えぇ……」
「どうせ私の戦いを見ながらゼクシードや闇風の攻略でも練っていたんでしょ」
男は応えなかった。ただケラケラと笑ってグラスを呷った。図星である。
この男の性質をある程度理解してしまったシノンはジト目で男を睨み続けた。
今回もBoBには参加しなかったナッツであるが、当然理由などない。興味が無いという方が適切だろうか
いや、第二回BoBが開催されると耳にした時のナッツは喜んでいた。第一回優勝者の戦いぶりを見て興味が向いたのか、
尤も、参加手続き前に日本サーバーのみでの開催と第一回優勝者が海外勢であった事を知ったナッツは興味が削がれたのか、この場末の酒場で傷心をアルコールに浸していた訳であるが。
ともあれ友人が出る事もあり、何かしら有益な情報でも転がっていないかと自分の目で観戦するに至ったナッツ。
通常戦と違い、大会という事もあってかカメラ越しであっても各人のモチベーションが高い事は見て取れた。けれど、ナッツからすればそれだけなのだ。
理解はしている。自分がどれほど的外れな事を望んでいて、それが理解されない物という事も。
理想を抑えるようにグラスを呷る。
独特の薫りが鼻を抜け、冷たい液体が喉を焼く。肺から出した空気が喉を撫で、薫りを伴って口から吐き出された。
「やっぱりヘカートで戦おうかしら」
「それがエエと思うで。そもそもシノンは兵士ビルドやないやろ」
「それもそうね」
自分の持ち味を消して勝てるとは思っていない。
今回もヘカートを持っていなかったのは、あの暴れ馬を自在に操れる自信が無かったのもある。後はヘカートを装備するとサイドアームが重量的に装備出来なくなるのも問題であった。
暴れ馬のヘカート一丁か、アサルトライフルとサイドアームのハンドガンか。比べるまでもなく、安定しているのは後者だった。シノンは迷う事なく後者を選択して、負けた。
肩を竦めてノンアルコールの炭酸飲料が入ったグラスを持ち上げたシノン。ナッツはその炭酸飲料が注文された時に「バフは無い」と明言したのだが、至極関係の無い事だった。
持ち上げられたグラスを見てケラケラ笑いながらナッツもグラスを持ち上げる。
「シノンの勝利に?」
「勝ってないわよ」
「やったら、敗北を味わう為に」
「……勝利への一歩に」
互いのグラスがぶつかり高い音を響かせる。
敗北の味はシュワシュワと口の中に弾け、スッキリとした甘みと僅かな苦さを伴って飲み込まれた。
敗北風味の炭酸飲料をチビチビと飲んでいれば「ん?」とナッツが何かに気付く。首を傾げてみれば顎でシノンの後ろを示される。
グラスから唇を離して振り返ればそこには銀灰色の長髪を垂らした優男が居た。
「やあシノン。祝勝会、かな?」
「残念ね、シュピーゲル。反省会よ」
「それは、ごめん」
申し訳なさそうに眉尻を下げたシュピーゲルに半ば冗談の混じっていたシノンは肩を竦めた。
予選落ちだったシュピーゲルからすれば本戦へと出場した時点で浮かれて然るべきなのかもしれない。もしくは自分も含めた皮肉なのか。
「一緒にどう?」
「……じゃあご相伴にあずかろうかな」
「なんや、ボクが奢る雰囲気になってるんやけど?」
「奢ってくれるんでしょ?」
笑顔で言ったシノンにナッツは盛大に溜め息を吐き出した。
不死者と呼ばれている人もこと戦闘を離れれば普通の人である。そんな事を苦笑に浮かべながらシュピーゲルは二人の座る席に向かう。
空いている席がナッツの横しかない事に気付いたシノンはシュピーゲル本人の事を考えて彼の為に席を譲る。当然、シノンはナッツの隣へと腰掛けた。
「どうかした?」
「いや……その、二人は仲がいいんだね」
「そうかしら?」
「どやろ?」
お互いに顔を見合わせて首を傾げた二人。片方は知りながらとぼけているが、もう片方は本当にわかっていない。
シュピーゲルから見れば、以前会った時と随分違って見えた。
シノンと彼の距離感であったり。ナッツが彼女を呼ぶ時であったり。
内心を隠しながらシュピーゲルは席に座ることなく、立ち惚ける。
「やっぱり……いいよ。僕も色々と反省しなくちゃいけないし」
「そっか」
彼の申し出をシノンは聞き入れた。彼にも彼の思う所があるのだろう。反省点は人それぞれであるし、シノンの場合はナッツという模倣すべき存在もいる。
息を飲み込んで、どうにか笑顔のまま後ろを振り返って歩き出したシュピーゲルを見送った二人はそのままグラスを傾けた。
「エエの?」
「彼には彼の考え方があるし……。それに、反省を見られたくもないでしょ、男って」
「せやろか?」
男心を物語の中でしか知らない女と心自体がすっかり分からない男。自分を伝えられない男の背中はもう見えないが、二人はボンヤリとそう呟いた。
「で、シュピーゲルが居らんようなったけど、いつまで隣に居んの?」
「いいじゃない、別に」
「……まあ、エエけど」
どういう訳か嬉しそうにしているシノンを見て戻れとも言えなくなった口が代わりに溜め息を吐き出した。
あの雨の日から、ゆっくりとシノンの世界は進んでいた。
自身の内心を全て吐露した訳ではない。その上でナッツはシノンを受け入れた。
ナッツ自身、何故受け入れたか分からないまま。
彼に受け入れられた――甘える事が出来たシノンからしてみれば、どうやら自分は思った以上に媚びを売れる人間だったらしい。と中々に的外れな感想を抱き、自己否定する。
アバターであるシノンは人形めいていて媚を売るには適した外見だろう。けれど、
彼は――私がした事も受け入れてくれるのだろうか。
きっと軽蔑するだろう。なんせ人を殺したのだ。
憑き纏う悪夢。罪悪。業。侮蔑の視線。
それらに勝つ為に――乗り越える為にシノンはここに立っていた。
ナッツは、どうなのだろう。
楽しむ為にこの世界に居る訳ではないことはわかっていた。少なくとも、彼自身が楽しんでいるのは副産物みたいなモノだ。
明確な目的があって、彼はここで勝っている。
名声ではない。富でもない。訓練というには遊び心がありすぎる。
発作を起こした時に甘えさせてくれた彼の手際は慣れているモノだった。まるでそういう人物と長く一緒に居たように。
行き過ぎたロールプレイ。発作対応の慣れ。卓越した戦闘技術。
彼は乗り越えたのだろうか。他人に優しく出来る余裕があるということは、乗り越えたのだろう。
彼は強い。私は弱い。
もしも、私が乗り越えた時にはその先で待っている彼に私は心の内を話す事が出来るだろうか。
そこまでは、甘えていても許されるだろうか。
「どないしたん? そんなぶっさいくな顔して」
「…………」
「なあ場末でも首都内やからダメージないけど、足踏んでるで?」
「そうね」
「えぇ……」
>>甘えシノン
表に出さずにスッと隣に居たり、狙撃力ゥ……ですかね。男の一人や二人、簡単に射抜いてくれます。
>>ぶさいくシノン
悩んだりして百面相の末、甘えようと頑張ってぎこちない笑顔になった結果。
実際はあの愛らしい顔が下手な笑顔をしているだけなのでブサイクでもなんでもない。可愛い(確信)。
>>第二回BoB
原作通りの展開です。シノンさんの順位を少し上げてる程度です。
あと原作やアニメで確認出来なかったので、勝手にタボール持たせてます。
ナッツは不参加。
>>シュピニキー!
残念枠。彼の視点で言うならNTRなのでは?(推理
背中で語る男。尚気持ちは語れていないもよう。
懲りずにいつもの。
>>IMI タボールAR21
AR。ブルパップ方式のアサルトライフルで、マガジンがトリガーよりも後ろに付いてる。過去に書いたファマスもこの方式。
銃身の長さをそのままに銃全体を短くする。と文章で書くとさっぱり意味の分からない物です。
>>ベクター
SMG。スレンダーで機能美溢れる身体なのに発射レートの高い早口。でも割りと静か。
映画バイオハザードで主人公が二丁持ちしてたり、表紙で持っていたりと絵になる銃。
>>銃器説明で銃の名前の前に入ってる『IMI』とか『FN』とかって何なの?
銃器メーカーです。基本的に『銃器メーカー』+『銃器名』みたいな感じらしいっすよ。