果てがある道の途中   作:猫毛布

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戦闘描写はもっと濃い方がいいかな
アッサリ戦闘が多すぎる(自戒)



第29話

 腰のホルスターにファイブセブンを収めて、光剣のストラップを右腰のベルトへと引っ掛ける。

 初心者にあるまじきコンソール操作の早さであったが、それを目にしていたナッツは大した驚きもなく少女のような印象を覚える兄貴分へ視線を下げた。

 

「ファイブセブンに光剣なぁ。ディーグルとか装備すると思ってたけど外したか」

「でぃーぐる?」

「デザート・イーグル。メインが光剣ならわからんでもないか」

 

 艶やかな黒髪の頭頂から足元までを品定めをするように見渡したナッツに思わずキリトは身震いしてしまう。

 現実のナッツの姿はSAOを通じて知っているけれど、今の長身の男性アバターでされるのは随分と事情が違う。加えて、キリト自身のアバターが少女に見えるのも彼の中の問題点なのだろう。

 少しばかり顔を顰めたキリトの表情を見て両手を上げて謝罪が口から出た。悪気の欠片もないが、キリトの感情は理解出来るつもりだ。

 

「お前は――……相変わらずわからないな」

「外套あるしな。というか、見てもわからんやろ」

 

 仕返しとばかりにキリトはナッツを値踏みしようとつま先からフードを脱いだ顔を見上げる。相変わらず茶褐色のボロ外套で身を隠している長身男から得られる情報はさっぱり無い。

 仕返しの失敗を告げるように指摘したナッツに歯噛みして悔しがる。

 

「それで? 銃には詳しくないキリトちゃんはなんでGGO(コッチ)に?」

「あー……その、そう! 銃に詳しくなろうと思ってな!」

「ふーん。わざわざALOのアバターをコンバートしてまで?」

「ぐ……その、えっと」

「……ま、言いたくないならエエわ」

 

 あっさりと質問から身を引いたナッツは扉を開きドーム内部へと足を進める。その後ろを忙しなく足を動かして追いついたキリトがナッツを見上げる。

 見た目は天と地程差があるけれど、間違いなくこの男がナッツであるとキリトは確信している。それを証明しろ、と言われてもキリトには無理なのだが。

 雰囲気であったり、口調の抑揚であったり、小さな仕草であったり。そんな些細な事で確信している。この男は間違いなくSAOに存在していた落下星である、と。

 その男の背中を見ていたキリトはふと気づき、口を開く。

 

「どうして俺がALOをプレイしてる事を知ってるんだ?」

「……エギルさんから聞いたんよ」

「エギルから?」

 

 キリトの頭の中に悪役レスラー顔の気のいい黒人の巨漢が笑みを浮かべて登場する。斧を持ったエギルは緩やかに現実へと変換されて、今は真っ白いシャツの襟元に小さな蝶ネクタイをして喫茶店を経営している。

 エギルことアンドリュー・ギルバート・ミズルに話を聞いたという事はSAOが終わってから、現実世界での出来事なのだろう。

 

「……じゃあ、アッチで何が起きてたかは――」

「知っとるよ。エギルさんから助けを求められもした……無理やったけどな」

「そうか……」

「出来れば手助けしたかったけど、現実(リアル)で色々あったんと、()()()()()が厳しくてな」

 

 バツの悪そうに言ったナッツにキリトは思わず苦笑してしまう。

 確かに、ナッツの助けがあったならばきっと状況は楽に進んだ事だろう。特にああいった事態に陥ると姿をヒョッコリ現すナッツが現れない事に心配もした。

 現れない理由があるとは思った。当然、VRMMOにトラウマを持っている可能性もあった。心配はしたけれど、ソレを咎める理由はない。何より、こうして会えたのだ。

 

「気にするなよ。それにしても、その姿で母親が厳しいって言われると違和感がすごいな」

「……ママが厳しくて」

「言い方の問題じゃねぇよ」

 

 ケラケラと笑いながらボックス席に座ったナッツの隣にキリトは腰掛ける。笑みを浮かべながら随分と懐かしい雰囲気に包まれる。

 二年間続けた経験。一年ほど無かった会話。懐かしさを感じるには十分だろう。

 

「そういえばキリトは死銃関係でコッチに来たんやろ?」

「ああ……あー」

 

 自身の失態に即座に気付いたキリトが落ち込むように声を漏らした。どうせナッツの事だから確信を持っていっているのだろうけれど、それでも自分から言ってしまうのは問題だ。

 

「そういう所も相変わらずやなぁ」

「お前もな……!」

 

 歯を見せて意地悪く笑う長身男を睨む少女顔の男。

 

「随分と仲がイイわね」

 

 そんな二人を冷たい瞳で見る山猫少女。首に巻かれたマフラーが二又の尾の様に動き、彼女の怒りを表すように異様な雰囲気を醸し出していた。

 お怒りでいらっしゃる。と即座に判断したキリトは冷や汗を垂らしながらナッツへと目配せをした。そのナッツは相変わらず意地悪い笑みを浮かべている。

 

「前のゲームで仲良かったしなぁ。兄弟分みたいなモンや」

「それは……面倒そうな兄貴分ね」

 

 溜め息と一緒に出てきた言葉と呆れた視線を一身に受けたナッツがキョトンとする。少しだけ考えてニタリと笑みを浮かべる。

 

「ホンマに、頼れる弟分やったで」

「……ああ、そういう」

 

 ケラケラと笑ってキリトの肩を持つ。キリトはその()()()()()()()()の言動を理解して納得する。

 単なるイタズラの可能性もあるけれど、事実を伝えるのも面倒なのだろう。

 そもそも現在のキリトとナッツのアバターを見れば勘違いは自然の思い込みであるし、シノンにしてみればナッツのオッサン臭さもその要因になっている。

 肩を寄せた二人を見て少しばかり視線を強めたシノンが肩を竦めた。

 

「その弟分に言ってくれるかしら? 光剣なんて蜂の巣にされて予選落ちするって」

「それはないよ」

「へ?」

「この世界で、真正面からキリトと戦って勝てる存在なんて居らんよ」

「……ふぅーん」

 

 確信を含めた口調にシノンの視線が更に強くなる。その視線を受けたキリトは乾いた笑いを浮かべて口角を痙攣させている。

 全幅の信頼をナッツから寄せられている。《前のゲームで兄弟分》であったという理由だけで、それが許されている。《頼れる弟分》だからという理由だけで、それが許容されている。

 

 シノンはキリトを睨んだ視線を瞼を閉じる事で切り、小さく息を吐き出す。

 心に燻る感情を理解する。信頼を寄せられた存在が()()であることも原因なのだろう。

 瞼を上げれば彼とその隣にいる女顔の男が笑いあっている。まるで自然に、違和感もなく。

 全身の毛を逆撫でされたような不快感。ザワめく心。

 その不快感を抑えるように深く息を吸い込んで、細く吐き出す。瞼を上げて一歩踏み出す。

 

「ん?」

「なに?」

 

 男二人の間に身を入れ込んで座ったシノンにナッツは訝しげな表情をしたものの、彼女の問いには応える事もなく口のへの字にした。

 何かを察したようにキリトはシノンを穏やかな瞳で見てから、ナッツへと視線を向けて驚く。いいや、彼の年齢を考えればシノンの気持ちを察していない事は正しい事なのか。

 

「ま、詳しい話は後々しよか」

「何の話だったのかしら?」

「ナンパの方法やな」

「……サイテー」

 

 冷たい視線にケラケラと笑いながら惚けてみせたナッツを見てキリトは納得した。

 ナッツはシノンを巻き込む気はない。或いは、彼が既に死銃の殺しのリストを予想して、その中に彼女が入っているのか。

 

「キリトも、こんなオッサンに影響されちゃダメよ」

「オッサン……」

 

 実物を知っているからこそ、キリトは言葉に詰まってしまった。

 彼の実物を見て『オッサン』と称するには無理のある話だし、今の見た目も精々『お兄さん』と言える年齢だ。

 そんなキリトの沈黙に僅かに違和感を覚えたシノンは変らずケラケラと笑っているナッツへと視線を向けた。

 

「……ホントに女性なの?」

「ドアホぉ。異性アバターになる要因はあらへんよ」

「そうよね……私もアナタが同性とは思いたくないわ」

「どういう意味やそれ」

「そういう意味よ」

 

 果たしてシノンの言い回しがさっぱり理解出来なかったナッツは不満そうに口をへの字に曲げる。ニッコリと笑いながらソレを眺めるシノンに『鬼畜ショタも形無し』と笑みを浮かべるキリト。

 への字に曲げた口のまま天井を仰いだナッツがゆるりと立ち上がる。

 

「そろそろ時間やね」

「……負けないでよ、ナッツ」

「負けるかいな。死ぬ訳にもいかんしな」

 

 ハッキリと声に出したナッツは面倒くさそうで、けれども笑みを浮かべている。

 不死者の称号に恥じぬ文言にシノンは肩を竦めて立ち上がる。この男に追いつき、追い越す為に――自分がどれほど強くなったのかを確かめる為の戦い。

 予選ブロックの違う彼と戦うのは本戦になるだろう。彼が負ける姿ほど想像出来ないものもない。

 マフラーの下で苦笑を浮かべたシノンは隣に未だ座っていた黒髪の少女のような男へと視線を落とす。何かに驚いたように目を見開き、ナッツを見ている。

 

「――ナッツ、お前――――」

 

 小さすぎて聞こえない呟きはシノンの耳に届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 黄昏が色濃く空に映えた。

 落ちていく太陽が千切れた雲を橙に焼き、風が小さい雲を流していく。

 ボロ外套のフードを両手で持ち目深に被る。空を収めるように瞼を閉じて、小さく息を吐く。

 ゆっくりと瞼を上げて、思考を一気に切り替える。不必要なモノを全て切り捨てていく。

 ただ純粋な命のやり取りにまで意識を落とし込み、感覚をいつかのように研ぎ澄ませていく。

 

 対戦者の名前は見たこともない。何を使うかもわからない。どういう戦いをするのかも、わからない。

 相手は死なない。ここはゲームの世界だから。夢幻の中に存在した()()()でもない。

 自分は――死ぬ。いいや、それを死と表現するべきかナッツは判断出来ないけれど、ナッツは容易く死ぬ。

 死んでも後悔はない。後悔が出来るような生き方を――後悔が出来る程いい生かされ方はしていない。ナッツが死ぬことは確定されたもので、ナッツが死ぬのは義務でもあった。

 死んでも死ぬだけ。ナッツとしての自分が消えてなくなるだけ。繰り返してきた生と死と同じように。

 ただ、少しばかりナッツでいる時が長かった。

 

「――――」

 

 肌を突き刺す殺意の塊。けれど今まで感じたどれよりも弱い。

「嗚呼」落胆する。所詮はその程度でしかない。そもそも自分と相手は同じ土俵にいない。

 単なるスリルを求めているプレイヤー達と生死のやり取りを望む自分は決定的に違う。

 そんな事は度重なる襲撃でわかっていた。ある程度情報を操作して自分を狙わせるようにしてみせたが、幾ら殺しても自分が求めるような結果とは巡り合わなかった。

 だからこそ、名誉というこの世界の生を賭けたゼクシードには可能性を見出した。

 だからこそ、ゼクシードを殺してみせた死銃に可能性を見出した。

 

 小さく、溜め息が吐き出された。

 ボロ外套が内から捲られ、ナッツの右腕が姿を現す。握られた銃《ウィンチェスター M1895》が光を浴びた。

 その銃を見た対戦者は思わず息を飲み込み、嘲笑う(わらう)

 量産型不死者の象徴たるボロ外套。手には骨董品にも思えるレバーアクションライフル。当然、その能力値も思い出せる範囲の銃の中でも弱い部類だ。

 予選二回戦までの駒は悠々と進むだろう。

 自身の手に持った《CBJ-MS》の方が優秀であることは明白であるし、量産型不死者程度に負ける力量ではない。敏捷値に割り振ったビルドで接近し、回避し、速射する。いつもと変わらない戦法であり、勝利に一番近い行動である。

 

 遮蔽物から飛び出した対戦者がその敏捷値を誇示するように地を蹴り飛ばした。

 飛び出してきた存在に迷うこと無く銃を構えたナッツであるが、その銃の先からは赤い《弾道予測線》が見えている。

 放たれた弾丸は男ではなく地面へと当たり、ナッツはトリガーガードと一緒になったレバーを操作して排莢し、装填し、更に狙いをつける。

 男は身体を左右に振ることでナッツの狙いをブレさせ、その度に元いた所に銃弾が当たる。

 揺れる赤いラインと地面に吸い込まれる銃弾が捉えられていない事を意識させる。

 瞳の中に映る量産型不死者と激しく拡縮を繰り返す《着弾予測円》。

 狙いなど定めなくていい。相手がその円の中にさえ入っていれば、あとはトリガーを引き絞るだけでいい。

 身を屈めて更に加速する。ライフルにとって接近される事は愚策だ。ファイアレートを考えれば、短機関銃を持つ方が有利である。

 だから、ナッツは後ろへ一歩身を引いた。

 けれど、それは遅い。既に射程圏内へとナッツは捉えられている。

 

 構えた釘打ち機にも似た銃。拡縮する円の中にボロ外套の男。

 獲った。

 そう思った男の視界がスローになる。

 トリガーを引く指に力が入っていく。足が地を蹴り飛ばす。どれも認識出来るほどに身にへばり付くような時間。

 拡縮する円。捉えたボロ外套の男。視界の下から砂と一緒に持ち上がってきたレモン型の物体。

 外れたレバーが視界を過ぎり、咄嗟の判断で身を屈めて頭を守る。

 

 耳を劈く音。甲高い耳鳴りが鼓膜を支配して、視界内に存在しているHPバーが減少していく。

 白から緑へ、黄色から赤へと。

 点滅して停止した赤いHPバーを見て、一先ずは安心した。何より、同じ程度の距離で爆発しただろう手榴弾の影響はボロ外套も受けている筈だ。

 

 舞う砂埃と煙を払うように腕を薙いだ男の眉間に銃が突きつけられる。

 骨董品にも見紛う銃。それを辿れば爆発により更に擦り切れたボロ外套。

 フードの中からこちらを見下す瞳。

 瞬間に理解した。これが不死者(イモータル)だ。これが死そのものだ。

 殺される。ゲームの中という事を理解していても、叩きつけられた意志がそう思わせる。

 

 銃弾は男の眉間に吸い込まれた。

 跳ね上がった銃身を腕だけで操作して、ポリゴンへと変化した男を見送る。

 ハズレであった。けれど、不死者(イモータル)がいる喧伝にはなったであろう。

 レバーを操作して、薬莢が宙に吐き出され、新しい弾薬を装填する。

 

 満足出来る訳がなかった。

 相手が必死でなかった訳ではない。決意が足りなかった訳ではない。弱かった訳でもない。

 ただ、ナッツが満足出来なかっただけ。それだけなのだ。

 小さく息を吐き出したナッツが手を振るように武器をストレージへと戻し、ボロ外套を着直す。

 

 空になった薬莢が甲高く音を鳴らし地面に落ちた。




>>ALO
 アルヴヘイム・オンライン。この物語上では一切語られてない幻想妖精ゲーム。
 おっぱいの大きい金髪の妖精さんがいる。

>>情報提供者エギル兄貴
 喫茶店《DICEY CAFE》の店主。桐ヶ谷和人と接点がある人物の中で現実世界で加藤夏樹に唯一会った人物。
 ALOに居たキリトにその存在を言わなかったのは、夏樹自身に口止めをされていた為。

>>ナッツの母親
 比喩的表現でも養母という意味でもないし、誰かにバブみを感じている訳でもない。

>>死銃関係
 殺人が起こったタイミングでALOに居たはずのキリトがやってきたから多少はね。
 国からの要請って事は知らない。

>>死ぬ訳にもいかない
 SAO出身のキリトは気付く言い回し。ただ本質的な部分はナッツしかわからない。



いつもの
>>ディーグル
 DEagle。デザート・イーグル。皆大好き大口径拳銃。辞典では防げないので注意だゾ。

>>ウィンチェスター M1895
 ライフル。レバーアクション。西部劇とかで出てくるライフルの後継機……でいいんですかね? スピンコックをしたいが為に書いたけど、死銃戦かなぁ。

>>CBJ-MS
 釘打ち機。画像を見て頂ければわかるけど、釘打ち機。可愛い。

>>スピンコック
 ターミネーター2でバイクを乗りながらアーノルド・シュワルツェネッガーが銃を振り回してるアレ。

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