果てがある道の途中   作:猫毛布

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場面区切りですので短め


第30話

 鮮烈であった。

 第三者として、あの不死者の戦いというモノを初めて見たプレイヤー達はそう感じた。

 今までは不死者と相対する自分、或いはチームメイトと自分だった状況。その枠組から一歩外に出て初めて彼の戦闘というモノを見た。

 ただの一戦だけでは解らない情報量。フラググレネードの置き方、相手の視線誘導、照準を合わせるまでの時間、エトセトラエトセトラ。

 正面に立てば化物にも等しい不死者。その巣窟である彼の狩り場。

 その狩り場からレイドボスが這い出てきた。獲物を探しに、舌舐めずりをして、狩りの為に。

 

 当然、罵声は飛び交った。

 死なない存在が公式の大会を荒らしに来ているのだ。勝てる訳がない。

 そんな声は少数である。

 過半数はナッツを殺す事が出来る好機であると判断した。

 化物が絶対強者である巣から這い出てきた。その理由はわからない。あのゼクシードの挑発に乗った故か、それとも大会に興味が出たか、或いは単なる気まぐれか他の理由かもしれない。

 けれど、不死者しか知らないであろう巣から出てきている。

 この大会では単純な力量によって比べられる。あの化物を単なるプレイヤーという対等な位置にまで落とせる。

 倒せばGGO内での自分の評価はどうなる? それこそ上がるだろう。そしてナッツを殺した事で非公式の外部サイトにも書かれるであろう自身の名前。

 これは絶望の大会などではない。好機なのだ。

 あの不死者を殺せる、好機なのだ。

 

 

 予選一回戦が終わり戻ってきたナッツは外套で隠れた口元を緩める。

 好奇と落胆であった視線のほとんどが変化している。観察と敵意、ほんの少しの殺意を混ぜられた視線に満足した。

 先程までよりもマシ程度の意識の変化であるが、GGO内で言えば十分だろう。

 この大会に参加した主目的とは逸脱した望みではあるけれど、GGOに入った理由を考えれば順当な望みである。

 纏わり付く視線を感じながら、フードの中で笑みを浮かべたままナッツは振り返る。

 自分から四歩程離れた位置に一人のプレイヤーが立っていた。

 幽鬼のようにダークグレーのボロボロのマント。目深に被ったフードの奥では極めつけのように仄かに灯る赤い鬼火が二つ揺れる。

 紛い物。類似品。偽物。ナッツ自身と酷似した存在達に充てがわれる名称。少なからずナッツ自身も出会った事がある。当然、彼らは本物にはなることは出来なかった。

 第三者が見れば、不死者であると証明してみせたナッツとソレに似た存在。どちらが類似品であるかなど比べるまでもなかった。

 けれど、ナッツは違う。背筋に走る緊張と明確に突きつけられた殺意。どれもがGGO内では味わう事が出来なかったものであり、どの類似品にも無かったものだ。

 

「おまえ、本物か?」

 

 金属で磨り潰したようにノイズのある声がナッツの鼓膜を揺らした。

 

「本物? はて、どういう意味や?」

 

 惚けたようにナッツは幽鬼に聞き返した。肩を竦めて少し大げさに反応しながら、ナッツは相手の全身を確認する。

 当然のように見せびらかさない武器。灰色のボロマントにより隠された肉体。僅かな身じろぎ。

 この時ばかりは生存本能の薄いGGOプレイヤーを見習ってほしいとまで思うほど、得られる情報は少ない。

 幽鬼はユラリとマントを揺らしながら右腕を薄明るい光へと晒した。

 細い腕の先に付けられた手。そこから伸びる五本の針金のような指。生気の乏しい指が宙空をなぞり、予選トーナメント表を浮かべる。その中の一角を叩き、目の前に居たナッツと僅かに顔を上下することで見比べる。

 

「この、名前。さっきの、反応。……おまえは、本物か?」

「だから、何がやねん。類似品かどうかなんて、自分で確かめたぁエエやろ」

 

 変わらぬノイズの混ざる金属音声の問いにナッツは大げさに両手を広げて見せて、一歩前に進んだ。そして――幽鬼が一歩後ろに下がる。

 ああ。とナッツは納得した。少しばかり遠いから忘れていたけれど、確かに今の体躯で予想するならばその位置になるだろう。

 足を止めて、ナッツは口元に嗤いを浮かべた。

 自分と戦った事がある存在だ。そして自分が殺せなかったか、殺さなかったか、何にしろ生きて現実へと帰還した存在である事は間違いない。

 GGOの世界でのナッツならばこの距離でも撃ち抜ける。けれど幽鬼は()()()()()()

 SAOの世界のナッツならばこの距離では戦えない。一歩か一歩半踏み込まなければ、もしくは相手が攻撃してくるまでは戦えない。

 

「ああ、そういうことか。くはっ、ひひ」

 

 歪めた口から吐き出された嗤いを噛み締めて、ナッツは改めて目の前の存在を注視する。

 SAO時代を考えれば自分に恨みを持っている存在は少なくない。こうして目の前に現れて殺意を突きつける存在には覚えがありすぎる。

 或いは、()()()()()亡霊のような物か。

 何にしろ、思わぬ釣果であることは確かであった。

 

「ああ、そうや。()()()()()

「……そうか」

 

 ――必ず、殺す。

 ザラついた金属声で宣言した男にナッツは更に笑みを深めてみせた。

 踵を返した幽鬼はユラリとマントを揺らしながら歩き、そして文字通り幽鬼の如く忽然と消えてみせた。

 残滓のようにナッツの六感にへばり付く感覚。居ないはずなのに、存在を感じてしまう。

 今までなかった感覚にナッツは疑問を覚えたが、この世界に入ってからズレていた感覚の弊害だと判断してナッツも踵を返した。

 

 

 ふらり、ふらりと亡霊のようにボロ外套を揺らして一回戦が始まる前に居たボックス席に向かい、ナッツは眉を寄せた。

 女性型にも似たアバターの黒髪の少年が震えていた。そしてその少年に手を握られている水色髪の人形めいた少女。

 震えを止めるように少女の手を握った()()()()()()。祈るように彼女の手に額に付けて安心を得ようと足掻く友人。

 大方、先程の幽鬼と会ったのだろう。という予想は簡単に出来た。

 震えている原因も、凡そ理解出来る。ある種の必然的な事である事も、分かった。

 嫌な感覚が自分の奥底で蠢く。兄貴分に抱くには変とも言える悪感情が心に障る。

 苛立つ。苦しい。不快。

 単調な言葉で自分の状態を表そうとしてみたが、どれも当て嵌まる。けれどどれでもない。

 

「あ、ナッツ。あなたも勝ったのね」

「…………?」

「ナッツ?」

「あー、いや。ま、勝つんは当然やろ」

 

 コチラに気付いたシノンが声を掛ければ、どういう訳か状況は一緒の筈なのに不快感が消えた。

 さっぱり意味がわからない。消えた悪感情を首を傾げて考えてみたけれど答えはない。

 シノンに悟られるのも癪なので、ナッツはいつものようにケラケラと笑みを浮かべて見せて戯ける。

 そうしてようやくナッツの声に気付いたキリトが顔を上げて、蒼白の顔をナッツへと向けた。

 向けて震える唇で何かを言おうとした瞬間に、キリトの体は淡い光に包まれて消えた。

 それが予選への転送である事は容易に理解出来たナッツは眉を寄せて、小さく息を吐き出した。

 

「……大丈夫かしら」

「心配せんでもエエやろ」

「……知り合いなのに冷たいのね」

「この程度でアレが負けるとは思わんからなぁ」

 

 キリトに向けられる圧倒的な信頼にシノンは眉の間に皺を寄せた。

 羨ましさと嫉妬を混ぜた感情が心中を駆け巡り、なるべく表に出さないように素っ気なく「ふーん」と呟いた。

 作られた素っ気なさに気付いたナッツは、はて? と小首を傾げてみせたがさっぱり理解出来ない。かと言って追及するのも野暮である。

 

「キリトに予選終わったら話あるって伝えといてぇさ」

「……自分で言えばいいじゃない」

「ここから先、確実に会えるんはシノンやろ」

 

 相手が決まれば即出場を余儀なくされる予選ではナッツとキリトの会えるタイミングというのは限られる。

 それこそどちらかが負けてしまえば会うこともなく、総督府へと転送されてしまう。勝ったとしても入れ違いになる可能性も高い。

 同じブロックだから、という理由であろう事を理解したシノンは唇を尖らせて不満気にナッツを睨む。

 睨まれたナッツは口をへの字に折り曲げて予選トーナメント表を宙空に広げる。

 

「ほら。決勝でぶつかるやん」

 

 シノンとキリトの名前から指で辿りながら山の頂点を叩く。

 何の疑いもない、まるで確定事項を話すような口調。キリトは勿論の事、シノンが負けるとすら思っていない。

 信頼されてない訳ではない。そんな嬉しさがじんわりと広がり、やはり隠すように素っ気なくしてみせる。

 素っ気なくしたついでに気付いた事を口にする。

 

「でも、私が相手なら話す前に終わるわよ」

 

 光剣とハンドガンを持つキリトと対物ライフルを装備するシノン。

 剣士対狙撃手。会話出来る距離で交戦する事もなく、会話出来る距離ならば剣士がアッサリと狙撃手を斬るだろう。

 そんな当然の疑問にナッツはキョトンとしてからクツクツと意地悪く笑ってみせる。

 その笑いから彼が自分とキリトの戦いでどちらに軍配が上がるかを予想しているかがわかる。

 

「無理だと思ってるの?」

「……おっと、そろそろ僕の相手が決まりそうやな」

「ちょっと!」

「ほなよろしゅうにぃ」

 

 シノンの睨みから逃げるように応える事もなく立ち去ったナッツ。シノンにしてみればそれが答えにも聞こえた。

 溜め息を吐き出して、思考をトーナメント表へと向ける。

 自分の対戦相手を考え、自身に出来る事は超遠距離からの狙撃である事を再認識する。

 だからこそ、剣士と相対した時の事など考えなくてもいい。それこそ近距離――剣の届くような距離まで接近される前に撃ち抜けばいいのだ。

 けれど、それでもナッツが信頼しているキリトという泥棒猫がその程度で終わるとは考えられない。お金を稼いだ時もそうだった。

 あの反射神経で銃弾を避けられたらどうする? 次弾で当てればいい。避け続けられなくなるように、撃てばいい。

 数回程、剣士を撃ち抜く思考演習をしてからシノンはやはり問題ない事に気付いた。

 接近されたとしても、システム上必中距離で撃てば当たるし、なによりヘカートの破壊力を考えれば何処に当たろうが致命傷になるだろう。

 ナッツには申し訳ないけれど、どうやら言伝は完遂出来そうにない。

 肩を竦めて皮肉交じりに意地悪い笑みを浮かべたシノンは新しい的の準備された戦場へと転送される。

 

 

 シノンの思考演習の中には必中距離で放たれた超音速の銃弾を斬るという人間離れした所行は当然含まれてない訳である。




>>幽鬼「おまえ、本物か?」
 要訳。
 幽鬼「似てる奴多すぎるんだよ! マジ本物だよね!? もっかい確認するよ!? 本物!? ホントにあのナッツ?! あのショタ!? もっとキリトみたいに分かりやすい行動しろよ! わかりにく過ぎて類似品に同じ事しかけたわ……」

>>キリトVSシノン
 ナッツの中では8:2ぐらいでキリト有利。
 一発目で仕留められなければ接近は確定。その一発目はキリトなら警戒している筈。
 あとはメンタル的に参ってる癖に勝利にはこだわる剣士が女の子を斬る程の度胸も甲斐性もない事を知ってるから伝言。

>>超音速の銃弾を両断
 十三代目の大泥棒は集団からのマシンガン乱射を全部叩き切ってるからヘーキヘーキ

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