待たせた分長い気がしますが、物語の進み具合は……ハイ
廃ビルの影が長く伸びる。伸びた影の先に見える空は黄昏から暗闇へと綺麗にグラデーションに彩られている。
こんな仮想の空であっても、彼は好んで見ていた。何かに憧れるように空を眺め、どうしてか悲しそうに笑っていたのだ。
果たして草葉の陰から見守られているようであるが、件の彼は未だに生き延びている事だろう。
コンクリートで作られた短い階段上部で片膝を上げて座り込み、時間を数秒単位で刻んでいる時計を一瞥して、ヘカートを抱きしめる。
黒と青と赤の交じる不思議な空を見つめながらゆっくりと息を吸い込んで、細く、長く、架空の肺に溜まった空気を吐き出して、瞳に映り込む黄昏を静かに瞼の中へと閉じ込めていく。
「……凄いな」
「――何が?」
閉じた瞼を上げて数段下にいる少女顔へと視線を向ける。シノンの端的な物言いが不機嫌に聞こえたのか、ただ単純にキリトのコミュニケーション不足が問題なのか、ありもしない言葉の牙を避けるように慌てて質問を言い換える。
「いや、その……戦いに慣れているというか、すぐに緊張が解けたから」
「ああ……」
なるほど、と口にする事もなくシノンは鼻で笑うように苦笑する。
戦いに慣れている。すぐに緊張が解けた。そんな事を言うキリトが少しばかりおかしく見えたからだ。なんせあの鉄橋から都市廃墟までの道中を警戒しながらルート先導をしていた存在が戦いに慣れていると言い、自分のように条件付けした行動をしなくとも自分程度には緊張が解けている存在がすぐに緊張が解けたと言うのだ。
皮肉というには随分言い方に嫌味が足りないし、遠回しの自画自賛にしてもすんなりと言えていない。
この二日でキリトの性格をある程度把握しているシノンは当然そのどちらでも無い事を理解しているし、単なる賛辞として言われている事もわかっている。世辞を言えるようなコミュニケーション能力が無いことも知っている。
首に巻いたマフラーの中で笑みを隠してシノンはヘカートを抱え直す。
「彼に、教えてもらったの」
「ナッツに?」
キリトの確認を短く肯定しながら、シノンは空を改めて見上げる。
戦い方。緊張の解き方。世界の歩き方。どれほどこの世界が自由なのかを。この世界がどれほど美しいのかを。全てが全てだとは言わないけれど、彼に教えて貰ったことは多い。
そんな彼を鉄橋から都市廃墟に至るまでの道中でキリトに重ねてしまったのは、きっと二人が似ているからだろう。
言葉や行動、歩き方、戦い方が似ている訳ではない。シノンにとって《とんでもない事》をしでかす事は一緒だが。
例えば、ルート取りであったり。例えば、索敵の精度であったり。例えば、敵からの隠れ方であったり。例えば、追撃や撤退の判断であったり。そういった細かい部分が似ているのだ。
当然、キリトのそれらを正しく見抜いた訳でもなく、経験した訳でもない。ナッツのように事細かに指示を出していた訳でもない。
兄としているナッツにキリトが似ているのだろう。シノンはそう納得した。
「そうか、ナッツに」
「……その、
どこか神妙に頷いているキリトを見て、不躾であると分かっている質問をシノンは口にする。
あっち、という言葉をSAOである事を理解したキリトは苦笑しながら思い出すように顎に手を置いて、眉を顰める。
戦闘面においてキリトの方が優れていたのでキリトからナッツへと何かを言うことはあっても、その逆は少なかった。あるとしても情報の交換や、レアドロップの情報、ヒット時の硬直時間、スキル硬直時間、スキル硬直を軽減する方法の調査、狩りの効率上げの為に意見を交わした時ぐらいだろうか。
けれど人間関係という部分で大いにキリトはナッツに迷惑を掛けており、その事を言われる事は多かった。黒猫団然り、鍛冶屋然り、単純な人付き合い然り。その中には心に直撃するような言葉も幾つか含まれている。
それでもナッツという人物と付き合いがあったのは彼の言うことがキリトも自覚している正論であったからに他ならない。更に言えばキリトの心情を理解して言葉を選んでくれている事もわかるし、その大部分がキリト自身の為の忠告である事も理解していた。
尤も、正論を混じえた言いくるめであった場合もあったが、それを覆すだけの弁舌やコミュニケーション能力を持ち合わせていない事も同時に理解していたし、なによりキリト自身にとって不利益な事が無いことも漠然とであるが理解していた。ゴシップ誌に載ったアイドルのような扱いを受けた事は絶対に忘れないが。
「まさか、あっちでも呑んだくれてたの……?」
「ああ、いや。向こうでは酒なんて全然飲んでなかったよ」
「ホント? 信じられないわ……」
シノンの苦々しい言葉にキリトは乾いた笑いを口から溢した。
キリトからしてみればGGOの世界のアバターであろうとナッツが酒を飲んでいる姿に違和感しか覚えない。シノンからしてみればその逆なのであろうが。
SAOのアバターでこの世界に居たならば、きっと印象も変わっていただろう。尤も、その時は渾名の中に小さな悪魔か過去に彼が作り上げたギルド名が加わっていた事だろう。
どれだけ飲んでるんだよ、と心の中で今は居ない青年男性の中身にツッコミを入れるキリト。当然、BoB中のメッセージのやり取りは禁止されているから届く事も無い。
「なんていうか、ずっと戦いの中に居たというか」
「気が休まらなかったってこと?」
「いや、街ではちゃんと休めたよ。ただアイツはずっと外に居たんだ」
「……どうして?」
「……あー、その……向こうでは現実の姿だったんだよ」
「つまり……中年のオッサンが狙われるような世界だった訳?」
「ホントこの世界で何してんだよ、アイツ」
次は我慢出来ずに声にしてしまったキリトであるがシノンは至極真面目に――いや少しばかりの冗談を含めて言葉にしている。
頭を抱えたキリトは否定の言葉とその意味を口にしようとして、慌てて飲み込んだ。
傍目から見て――それこそ人間関係に疎いキリトから見ても、この少女は幾らかナッツに惹かれている事はわかる。軽快に喋るナッツとキリトに向けて不感情を叩きつけていたのだからその感情を汲取る事は出来た。尤も、キリトの判断は親愛や友愛というカテゴリーに入っているので正しくはない。
正しくはなくとも、友愛や親愛、或いは尊敬や憧憬であるのならば、ナッツという存在の正体――SAO内での姿、つまるところの現実世界の姿を言えばどうなるのか。
あのナッツが長身細身である姿は容易く想像出来るし、キリト自身は納得出来た。まるで
それこそシノンが抱く『呑んだくれでおっさん臭い、戦闘面では頼りになりすぎる、デバッカーもどきの青年』という印象像とは真逆の愛らしい少女染みた少年という姿なのだ。納得出来る訳がない。それこそ手前勝手に抱いているであろう期待や希望の姿ではない。
口を噤んだキリトを見て、少しだけ言葉を待ってからシノンは何かに気付いたように首を横に振った。
「いいわ。言わなくて。確かに現実の姿を知るなんてマナー違反だもの」
「……悪い」
「私が悪かったのよ、気にしないで」
キリトが口籠っていた内容を間違って理解したシノンはすっぱりと問いの答えを諦める。
仮想世界で現実世界を求める事もマナー違反であるし、何より本人の居ない所でこういった話をする事もマナー的に問題であろう。
キリトの言う謝罪を正しく間違って受け取り小さく息を吐き出してからゆっくりと戦闘方面へと意識を傾けている。諦めた答えはBoBが終わってから、彼本人に聞けばいい。それこそ勝った報奨として聞けばいいのだ。
シノンが間違った受け取り方をしていることを把握しながらもキリトはそれを訂正する事はなかった。キリト自身は謝る意味も無いことなのだけれど、きっと彼女はナッツの現実の姿を見て驚く事だろう。キリトも現実での彼を見たことはないけれど。
SAOでのナッツ。狂気の中に存在した子供。地獄を嗤う冠を乗せた妖精。
下層プレイヤー達の援助と同等に彼は
彼が仕出かした事を正しく全てキリトは知っている訳ではない。風の――鼠の噂話を小耳に挟んだ程度だ。それこそ犯罪ギルドが自ら流したナッツの悪評の数々である。
そしてキリトの脳裏にあの瞬間が過ぎる。悪評の数々の幾つかが真実である事を明白にしたあの瞬間。
ナッツの曲剣が容易く横一文字を描き、人の首を落としたあの瞬間が。
背筋に冷たい物が駆け上がる。
自らを心配するが故に目を向けなかった事実。自己防衛の為に忘れてしまっていた証明。悪夢で見たナッツの背後に存在する黒々とした影。
「……ナッツが危険だ」
「え?」
「なんで忘れてたんだ。すぐに気づけた筈なのにッ!」
「ちょっと落ち着いて」
「死銃は俺よりもナッツを恨んでるなんて当然の事だったんだ!」
仲間を殺されて恨まない存在などいない。抵抗すら出来なかった仲間を殺したナッツを恨むのは当然の事であったのに。
絶対の上位者であれど、チュートリアルと呼ばれた彼であっても、不意打ちからの電磁スタン弾を回避は出来ないだろう。ナッツの戦闘が情報の上に成り立っている事を知っているシノンであるならば尚更それを理解する事が出来てしまった。
そして死銃は――
狼狽えるキリトの肩を掴んで自身の方へと向けたシノンは真っ直ぐに視線を合わせる。ナッツが――憧れが危険であるという事実を確認する為に。
「アイツは――ナッツは前に死銃の仲間を殺してるんだ」
「――ッ」
息を飲み込んだ。
キリトの言う通り、SAOでの殺し合いが文字通りであったならば。そしてキリトの言葉が真実であったならば。
人伝に聞いてはいけない事実を聞いた罪悪感が込み上げ、同時にナッツが危険である事の意味を理解する。狙われる可能性が上昇する。
シノンの腰部に微振動が空気に伝わり、二人は急いでスキャナ端末を開く。
「前のスキャンでナッツはどこに居た!?」
「わかんないわよ!」
知る余裕など無かった。前回のサテライト・スキャンではペイルライダーを殺した死銃を探す事で手一杯だった。
お互いに自身の詰めの甘さに舌打ちをして、後悔と反省を後へと回す。今必要な事はそんな事でははない。
「シノンは右からッ」
「了解ッ」
地図に映し出される幾つもの光点。タップすれば詳細を確認出来ると同時に時間が取られてしまう。
死銃はきっと廃墟都市に存在している。それは追いかけてきた二人だから分かる事だ。そしてその廃墟都市に二つの光点がある。
一つ――北部にある砂漠地帯を抜けて廃墟都市へと侵入を果たした光点。タップすれば詳細が開き、Nameの欄には
そしてもう一つ。名前を《銃士X》。
死銃が廃墟都市へと入ったのは確実であり、恐らく水底にいたヤツがサテライトスキャンに映し出されなかったのだとすれば。ナッツを狙っているのであれば。銃士Xは――。
シノンとキリトの行動は素早かった。
今にも接敵しそうな二つの光点を確認した瞬間に即時反応した。
「シノンはここに居ろ!」
「私も――」
「ヤツが出てきたら迷わず撃て」
それはつまり二人が負けてしまう可能性であった。銃の世界で剣を振り回す初心者とこの世界の上位に君臨する狂人の負けを意味する言葉である。
そして、死銃に負けるという意味は――死だ。
血の気が引いていく感覚を押さえ込むように、シノンは拳を握る。狙撃手であるから、或いは単純に力不足だから。
頭の冷静な部分が可能性の低さと、低くても可能性がある事を理解させる。そして低い方の可能性に傾けば――終わらせるのは自分である事も理解できた。
「……わかったわ」
血を吐くように言葉を返し、走るキリトをシノンは見送った。
大丈夫、と何度か唱えながらシノンは頭を切り替えていく。冷徹な狙撃手のソレへと思考を落とし込んで、地図を開く。
銃士Xと自身の位置関係。廃墟都市の凡その外観。瓦礫の位置。射線の予測。現在の位置からの移動距離。
数秒ほど吟味した結果を行動に移す。
大丈夫。そう何も問題はない。あの二人が――ナッツが負ける訳がない。
だから自分は狙撃位置へと移動して、出てきた二人を倒せばいい。そこに死銃は関係無い。そうだ。そうなのだ。
ヘカートを肩に掛けて、一歩目を踏み出そうとして、ただ直感的にシノンは腰のホルスターから《グロック18C》を抜き後ろへと振り返りトリガーを引いた。
フルオートで吐き出される弾丸。横薙ぎになるように飛来する弾丸達は景色に吸い込まれるだけに終わる。
勘違い? けれど今もまるで銃口を向けられている
漠然とした、システム上ありもしない直感がシノンを動かした。グロックの銃口から煙が昇り、シノンは視線を忙しなく動かす。
その視界に閃光を捉えた。同時に右上腕部に衝撃が襲う。
冷静な判断ではなく、単なる反射としてシノンはそれを銃撃だと判断出来た。だからこそ逃げるように一歩を踏み出そうとして、身体が全く動かずに前のめりに倒れた。
何が、何が起きた? 動転する脳を無理やり押さえ込んで視界から情報を必死に得る。
撃たれた。何に? ダメージを見れば軽微。どうにか動く瞳で腕部を見れば銃弾ではなく
電磁スタン弾である事は理解出来た。ペイルライダーを襲った弾丸であることなどすぐに理解出来た。けれどシノンは否定する。あり得るわけがない。自分達が警戒しながら移動してきた方向からの攻撃など――。
そしてシノンの双眸はその存在を捉えた。約二十メートル先、皮肉にもシノンとキリトが警戒して走り抜けた方向からソレは現れる。
空間が歪んだように動き、何もない空間から砂埃が舞う。景色が裂け人間の足が地面を踏みしめる。揺れる景色が電子的なノイズを浮かべ、景色の透過が出来なくなる。
ソレは確かにそこに存在していた。ぼんやりとした赤い鬼火を二つ瞳に浮かべて、倒れ伏すシノンへと歩み寄る。
メタマテリアル光歪曲迷彩。一部の超高レベルのボスモンスターのみが持つことを許された究極の迷彩能力。光を歪曲させ意図的に不可視化する迷彩。
なぜソレを持っているか? いつの間にソレが実装されたのか? そんな疑問は彼方へと消え去った。
ナッツとは意匠の違う
一歩、一歩。ゆっくりと絶望を突きつけるように。地面を鳴らしながら倒れるシノンへと歩み寄る。
――死銃。予想していた存在ではない。銃士Xなどではない。確かにここに存在し、誰にも感知されない亡霊。そして唯一死を与える事の出来る死神。
心の中でシノンは彼の名前を唱えた。システム上届く訳がない事を知りながらも、そう祈るしかなかった。
死銃の足が止まる。凡そ、二メートル程シノンから離れた位置で停止し、マシンノイズの混ざった息が吐き出された。
「これで、ハッキリする……ナッツ……」
途切れ途切れの抑揚のない言葉が死銃から吐き出される。その視線はシノンを見ておらず、ナッツがいるであろう場所へ向いている。
「お前の、仲間を……、女を殺せば、お前は、狂うしかない……、あの日のように、加減など、出来ない……、あの日の、ように……手の平の上では、ない……、撤退も、無い……、さあ、見せてみろ、お前の、怒りを、殺意を、全てを……」
独白のように吐き出された台詞がシノンへと届く。明白に、殺意を持って届いてしまう。
指先の感覚からスタン状態の残り時間を割り出して、視界の情報を集めていく。どうすればこの狂人から逃げられるのか。不意打ちを狙えば倒せる可能性もある。
動け、動け――!
スタン状態を無理やり破るように指を動かし、グロックへと触れる。
同時に死銃は重々しくボロマントから空の左手を取り出し、自身の額へと触れる。ゆっくりと落とされる指が縦の線を描く。
その動作にペイルライダーの結末がシノンの脳裏に過ぎり、憎々しく死銃を睨む。その後方上空には水色の三重円に赤文字で『●REC』と浮かべる中継カメラが漂っている。
無数の視聴者は仰々しく十字を切るパフォーマンスをしている死銃とその前で無様にも横たわるシノンを見て歓談している事であろう。彼らはこの動作の意味を理解していない。その映像が『殺し』であり『死刑』である事を理解など出来る訳がない。
死銃の左手が右肩から左肩へと移動し、右手がマントの中へと隠れる。
取り出されたのは
シノンの予想通りに自動拳銃であった。
シノンの予想とは裏腹にそれは『悪夢』であった。
《ノンリコ 五四式
思考が止まる。真っ白になった思考に叩きつけるように赤が広がる。スタン弾がなければ泣き叫んでいたかもしれない。
なぜ――、なぜ――、どうして……。
フラッシュバックする悪夢が殺意と混ざる。
殺される――殺しにきた――。
ボロマントの亡霊が銃を向ける。シノンを殺そうと銃を向けている。あの日殺された恨みを晴らすべく、亡霊はここにいるのだ。
シノンの視界からフードの中身が見える。それは骸骨にも似た赤い双眸のマスクではない。粘液のようにマスクが蠢き、人の顔を象る。
過去を断ち切る事など出来なかった。足掻いてきた事全てが無駄であった。
逃げることの出来ない運命だ。自身の意志よりもより強大な何かが自分を押しつぶす。
諦めるしかなかった。自身の死を受け入れるしかなかった。
溢れてきた涙が顔を伝い地面を濡らしていく。
――死にたくない。足掻いてきたソレを無駄と呼びたくない。
――死にたくない。《強さ》の意味を理解できそうなのに。
――生きていたい。戦う意味もようやく知れたのに。
――生きたい。彼の隣でもっと戦っていたかったのに。
――死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。生きたい。
――助けて……。
咆哮の如き銃声が響いた。同時に金属同士が打つかる高い音の後に何かが地面を転がるように滑る音。
シノンの視界に右手を庇うようにして彼方を睨むボロマント。その右手に拳銃は握られていない。瞬間、ボロマントへと向かい幾つもの銃弾が飛来する。
狙いすましたような物ではなく、乱雑な射撃であったけれど、死銃はボロマントを翻し地面に転がる拳銃を拾い上げて遮蔽物へと身を隠した。
死銃が姿を隠したとほぼ同時にシノンと遮蔽物の間に円筒型の何かが空から落ちてきた。
シノンはそれに見覚えがあった。なんせ相棒とも呼べる男がよく好んで持っていた物だからである。
吹き出す白煙を貫くように弾丸が飛翔し遮蔽物を穿ち、軌跡を隠すように煙が充満していく。
逃げる最後のチャンスであることは明白であった。震える身体を無理やり押さえ込んで、必死に移動しようとしても身体が言うことを聞かない。
そんなシノンの視界が揺れる。腕を掴まれ、何かに掛けられて力の無い身体が地面から離れた。
白磁のような肌に映える黒曜石が如く黒い髪が視界の端で揺れた。彼の名前を、シノンは呼ぶことが出来なかった。
少女と見紛う美貌が必死な表情を浮かべている。それは危機的状況に緊張している訳ではない。アバターの限界を越えた積載量を運ぶ為に神経系が焼ききれる程命令を下しているからだ。
STR先行型で、軽量装備であるキリトであってもヘカートとシノンを持って移動する事は楽に行える事ではない。
煙から脱して、先程の位置から距離を離してもキリトは走り続けた。荒い息を溢し、歯を食い縛り、シノンを抱えて走り続けた。
円形スタジアムの東側から回り込み、北側に抜けるメインストリート。直線に伸びるそこには瓦礫や廃バスが散見しているが、姿を隠しながら逃げるには厳しいだろう。
そんなシノンの意図を裏切るように鼓動のように音を響かせるエンジン音が鼓膜を揺らした。
視界にいたのはボロ外套の長身細身の男。起動している三輪バギーに腰掛け、その隣には見慣れぬ銃が掛けられている。
「無事で何よりや」
「ナッツ……」
自然と口から出た彼の名前。キリトの腕から離れ、倒れそうになりながらもシノンは前へと足を進めて、慌てたようにナッツがそれを支えた。彼の首に腕を巻いて、ようやくシノンは安心する事が出来た。
震えるシノンを支えながら肩を竦めたナッツはキリトへと顔を向ける。
「追ってきとる?」
「ああ、たぶん」
「ほなさっさと逃げよか」
シノンを支えたまま歩こうとしたナッツが眉間に皺を作り、小さく息を吐き出してから肩に掛けていたJNGを地面に
エンジンの掛かる三輪バギーの奥には壊れたネオンサインに【Rent―a―Buggy&Horse】。無人営業のレンタル乗り物屋には壊れた三輪バギーが幾つかと嘶きを上げるロボット馬が並んでいる。
「ナッツ。馬はいいのか?」
「ああ、そう思って準備してたんよ」
「準備?」
ニッと笑ったナッツが手を空へと上げて指を鳴らす。
瞬間、ロボット馬を爆炎が包み込み、熱風が三人の肌を撫でる。チリチリと火粉が舞い、炎が世界を焦がしていく。
ボロ外套が熱風ではためく。したり顔のナッツとは違い、目をパチクリとさせているシノンとキリト。
「これで懸念なし。さっさと逃げて仕切り直しや」
「……色々言いたいことあるけど、後でいいか」
「説教は勘弁やなぁ」
バギーへとシノンを乗せたナッツは情けなく笑いながらキリトへと言葉を返した。
どこか慣れたような空気にシノンは安心してしまう。この二人ならば――何も問題がない、と。
そう、安堵した瞬間にナッツに抱き寄せられる。慌てて押しのけようとしたけれど、それよりも強く抱きしめられる。反抗の声を出そうとしたシノンはナッツの顔を見てその言葉を飲み込んだ。
「キリトッ!」
焦り。驚き。先程の爆発を見た自分たちよりも驚きを露わにしている表情が一瞬にして悲痛に染まる。
叫んだ彼の目の前には倒れる黒髪の美少女。肩に刺さった
距離は離れている。けれどもすぐに詰められるだろう。
「――ッ」
だからこそナッツは選択をした。
M1895を虚空から取り出し、片手のまま構える。その銃口の向きは死銃――ではない。
自身の目の前で倒れている兄弟分へと向けた。
「……すまんな、キリト」
キリトはどうにか動く視線だけをナッツへと向けて歯を見せるように痺れる身体で笑う。
泣きそうだった、悲痛な表情を一瞬で冷めた表情で塗りつぶしたナッツは引き金を絞る。
銃弾はキリトの眉間へと吸い込まれ、キリトのHPバーがクリティカル補正されたダメージにより減少していく。緑から橙へ、橙から赤へ。そして、暗転する。
弾けたグレネードは倒れて【Dead】の文字を浮かべるキリトを包み込むように焼夷剤を撒き散らし燃え上がる。
「ナッツ……」
「逃げるで」
心配そうに声を掛けてくるシノンを無視するようにナッツは振り向く事もなく短くそう言う。
排気音を煩く鳴らしたバギーが廃墟を走り去る。その後ろでは轟々と炎が舞い、貸し乗り物屋とプレイヤー一人を隠すように燃え盛っていた。
>>シノンとキリトの会話
原作よりも余裕をもって到着してます。シノンさんの微強化だったりしますが、特に意味は無いです。
>>オッサンが襲われるVRMMO
最先端親父狩り。
>>ゴシップ誌アイドル【黒の剣士】
主犯ショタ「悪気があった訳じゃない。仕方ない事だった」
共犯ネズミ「やばいと思ったが、愉悦が抑えきれなかった」
被害者剣士「絶許」
>>ナッツが危険だ!(唐突
おっそうだな()
>>シノンの直感
NT感
>>死銃ニキ
「(ふぁっ!? 迷彩看破された!?)」
なお看破されてなかったもよう。
>>銃士X"ネキ"
感想欄でシレーっとミスってた気がするので。なお前門の狂人、後門の奇人により脱落。
>>黒星狙撃などの一連
JNGでの狙撃→キリト出現→スモグレ→救出及び威嚇射撃
>>馬を爆散させた意味
追手を防ぐ為
……なんですが、ぶっちゃけトラップ仕掛ける方が有効だと思います。ただ絵面的に問題ですし、死銃君がトラップ引っかかって乙するのも……ねぇ。
>>JNGはポイーで
積載量の都合です。シノンが(武装込みで)重いのが悪い。
>>キリト脱落
全部死銃ってヤツが悪いんだッ!
色々先を考えてると「もうキリトが解決すればいいんじゃね?」ってなったので……。許して(土下座)
あれ
>>グロック18C
フルオート出来る自動拳銃。ドラムマガジン装備でフルオート出来る。するようなものじゃない(確信)
>>ノンリコ五四式"黒星"
トカレフを元にしたデッドコピー。シノンさんのトラウマ。