10000字ぐらい詰め込んでるけど、
私は元気です(真顔
――夏樹。起きなさい、夏樹。
母の声が聞こえた気がした。それとも扉が開いた音だろうか。
ナッツはじんわりと意識を覚醒させていき、瞼を持ち上げる。この五ヶ月で見慣れてしまったHPバーと時計を見つめて欠伸を噛む。
零れ落ちそうだった投げナイフを改めて握り直して、丸めた膝を抱いていた腕を僅かに緩めて、索敵スキルを発動させて安全を確認する。
「くぁ……ぁふ」
安全が確認出来たのか、ようやく情けない欠伸を一つ溢し、持っていたナイフをストレージへと戻した。
思っていた以上に新しい外套の寝心地がよかったな。とぼんやりと頭に浮かべて寝惚け眼でメニューを開く。いつもの様に回復POTと装備の耐久値を確認してからメニューを閉じて、立ち上がる。
後腰に斜め向きで差した
日頃に意識付けしているソレを終わらせてナッツはようやくチカチカと点滅しているメッセージへと指を這わせる。
一つはアルゴによる依頼。極々簡単なモノであり、ナッツはコレが返信をさせるモノである事と顔を見せろ、というアルゴからのお達しである事を理解している。宙に視線を向けながら、頭の中で指を折っていく。ピッタリ両手の指で数えれた数字にナッツは情けなく声を出して頬を掻いた。
了承の旨を送り、別のメッセージへとスクロールする。
次のメッセージはアスナからである。内容は血盟騎士団への勧誘。コチラに対してはナッツは見て見ぬふりを貫いた。決してアスナとの仲が悪いという訳ではなく、ギルドという
それでもナッツは攻略ギルドに入る事に価値を感じていない。束縛、義務。そんな事を考えればソロでいる方がマシだ。
メニューを消して、深呼吸を一つ。
ナッツは未だに地獄の中で笑っていた。
◆◆
「それで? 呼びだされた訳やけど、どないかしたん?」
「あのナ……。カーソルも戻ったんだかラ、いい加減街で休息を取るようにしロ」
「外
「……ハァ」
NPCが営業している人気のない小さなカフェでフードを被った存在が二人、机を間に座っている。
存在の片方であるナッツはケラケラと笑って
「と
「ナッツは目立つからナ」
「ふーん……僕の情報を売らんってナンボ掛かるん?」
「? 何かあったのカ?」
「アスナさんから
「アー……」
「しかも、僕が街に入ってないとか知ってるし。僕が目立つぅ言うても限度があるやろ」
「へー、まあオレっちは知らないナー」
「……僕の情報を売ってる奴の名前を買うで」
「教えられないナー」
「さいでっか……」
クツクツと意地の悪い笑いを浮かべたアルゴにナッツは口を尖らせて不満を表す。水滴も付いていないグラスに口を付けてナッツは息を吐き出して話を切り替える。
「それで、まあ、僕の情報の販売に関してはええわ。言うてもそれほど高くないやろうし」
アルゴはその言葉に対してから笑いをする。最前線を張る少女(少年)の情報が高くない訳がない。血盟騎士団に入ったアスナの情報も高いが次点でナッツも高い事など言える訳がない。
から笑いをしているアルゴをナッツはジトリと睨んだ。
「なんや、エラい高いんか」
「高くはないヨ」
「さいで。まあ情報の値段を聞くのにコル取られるやからエエや」
「チッ」
「おーこわ」
ニヒリと笑ったナッツと変わらず意地の悪そうな笑みを浮かべるアルゴ。ただでさえフードの二人組というだけで視線を集めるというのに、笑い合えば余計に注目されるだろう。尤も、ココは人気もないカフェなので視線などないのだけれど。
「それで?」
「おお、そうそう。僕の情報が正確過ぎひん? コレでもアルゴさんが集めてるにしても位置情報が正確過ぎて怖いんやけど」
「アー、それナ」
「なんや原因知っとるんかい……」
「千コル」
「金取るんか……」
「商売だからナ」
自分の情報だというのに、と愚痴を言いながら千コルを渡したナッツ。アルゴはニシシと笑いながら口を開く。
「モブと戦ってる時に何度かプレイヤーに見られてるだロ? オレっちが最終確認した場所からそういったナッツの目撃情報を
「……色々言いたいことあるけど、僕の場所変わってたらどないするんさ。ソレ」
「同じモブ、
「…………あー、つまり、なんや、自業自得言うことかい」
大きく溜め息を吐き出して自分の行いを振り返って嫌気が差す。何度も戦う事はナッツの戦闘では必須の事だから止める事など出来ない。例えソレが経験値的に旨味の無い敵だったとしても、ナッツはソレを止める事など出来なかった。
特異な戦い方をしているフードの少女(少年)、というなんとも分かりやすい情報はスグにアルゴの耳に入ることになる。なった結果がアスナからの勧誘攻撃である。
「それでも僕なんて事わからんやろ、普通」
「あのナ、ナッツ。攻略組に名前を連ねてて、そんなフードを被ってて、わかりやすい格好をしてる奴は他にはいないだロ」
「いや、自分の格好見ィさ、アルゴさん」
「オレっちは攻略組じゃネェからナ」
それでも有名な事は変わらないだろう。とナッツはジト目で睨んだ。口をへの字にして不公平さに不満を表していれば、アルゴが言い聞かせるように言葉を吐き出す。
「それに、そんなフードがこんな低階層で同じモブ相手に何度も戦ってるならナッツの名前じゃなくても噂にはなるだロ」
「むぅ……」
「マ、諦めロ」
クツクツと笑うアルゴにナッツはムスッとした顔を向けて不満を漏らす。
どうにか血盟騎士団の勧誘を上手く断る事は出来ないだろうか。次にアスナと面と向かう時があったならば、たぶん無理矢理にでも入れられそう……。
そんな未来を思い浮かべてナッツは深く溜め息を吐き出した。
「まあエエ。最悪ヒースクリフさんに言うて逃げよ」
「そんなに血盟騎士団に入るのは嫌カ? ナッツなら幹部ぐらいなれるだロ」
「……それはどないかわからんけど、まあ、ちょっと思うこともあってなぁ……」
「ふーん……何コルだ?」
「コル積まれても言わんよ。別にどーでもエエことやし」
「そうカ」
ケラケラと笑って話を流そうとしたナッツを追及するでもなく、アルゴはあっさりと話を流した。追及した所でナッツは言わないだろうし、ナッツとの関係に罅が入るのも避けたかった。貴重な情報源を手放す訳にもいかず、それに嫌われたくもない。
笑っていたナッツが何かを思い出したように小さく「お、そうや」と呟いた。
「そういや、キリトはどないなん?」
「別にどうもなってないガ?」
「……何コル?」
「四千」
「たっか!? 僕の情報より高いんか、キリト……」
「他人だからだヨ」
「人見て商売しとるんか……」
「人を見なきゃ商売は出来ないゾ」
まあエエけど。と呟きながら提示されていた金額を払う。アルゴとしてはご満悦なようで、ニシシと口を上げながら笑って、情報を話す。
「ナッツの知りたい事はキリトが最近夜にしかレベリングしてない事だロ?」
「そうそう。深夜帯でレベリングとか馬鹿みたいな事してるん僕ぐらいやったのに、気ィ付いたら狩場を荒らされとるんやで……。話聞いたら昼にレベリングしてない言うし」
「なんだ、ソコまでは知ってるんだナ」
「そこまでしか知らんねんって。最前線でアタッカー出来る人間減るんはマズいやろ、流石に」
「…………なあ、ナッツ。もしも、もしもの話なんだケド。最前線にキリトが戻らない理由があったらどうするんダ?」
「そら理由を排除すべきやろ」
「…………そうカ」
「まあ金は払ってんし、情報ちょーだい」
◆◆
隠密スキルにおいて、現在のナッツ以上のプレイヤーはいない。それこそ、野宿をし続けて自然と上昇してしまったポイントと張り合うのもオカシイ事なのだけれど。だからこそ、ナッツは日中の森の中で一つの存在へと視線を向ける。黒い髪、黒い装束、盾を持たない片手剣使い――キリトへと。
ソロ専門――というよりはコミュニケーション能力的に問題のあるキリトである筈なのに、パーティを組んでいた。その時点でナッツとしては「他人?」という疑念が沸いたけれど、アルゴの情報もあり、一先ずは納得する。
月夜の黒猫団。ソレがギルドの名前。キリトを省けばメイスと盾を持った男、短剣を装備している軽装の男、長槍使いが二人、棍使いが一人。戦闘を見続けて分かる事はキリトが殆ど攻撃らしい攻撃もせずに防御に徹しているという事。よく見るソードスキルも使ってないこと。
「なんや、アレ」
ナッツからすればソレはとても歪だった。戦闘面ではなく、人間関係という話で。上位プレイヤーがレベリングを手伝う事はある。それこそナッツは下層でモブ狩りをする時間もあるので、相応にソレを体験した事もあった。けれど、あの関係はソレとは別種だ。
自分の為でもなく、相手のレベルだけしか上がらない。キリトがそういった――所謂聖人ロールだったなら理解する事も出来た。けれどナッツの知るキリトはそんな性格ではない。お人好しであるけれど、その罪と責任を全て背負える程人間は出来ていない。今ですら一階層ボスでキバオウから言われたチートだのを気にしている、そんな存在だ。
「…………もうちょっと観察してみるか」
だからこそキリトの意図が知りたかった。未来予知の能力なんて持ち合わせていないナッツであるが、最低の予想だけは一人前に出来た。
綻んで、キリトがあのギルドに責められるだけならばまだいい。それは最悪であっても最低の結果ではない。全体を見ても、大した問題ではない。最前線のアタッカーが暫し休業する程度だ。キリトならば、その程度大丈夫だとナッツは信じている。
最低な状態は――、全て無くなってしまう事に他ならない。
かといって、事情も知らずにナッツが動く事はそれこそ無意味な事だろう。
だから――ナッツは溜め息を吐き出して、現在居る階層の情報収集へと意識を向ける。面倒な敵、ダンジョンデータ、トラップ、安全なレベル帯。ゆったりと瞼を上げてからナッツは一団の動きを観察し続ける。
「動かんにしろ、殺すにしろ、情報もないから何とも言えんなぁ……」
「なんやアレ、ホンマ、なんやねん」
珍しくもなくナッツは舌打ちをしてフードの上から頭を乱暴に掻いた。レベリングも重要であるが、プレイヤースキルの上昇も重要だと思っているナッツからすれば件の月夜の黒猫団は苛立たしいモノだった。
キリトが深夜帯にも最前線に出向かなくなって三週間程経過して、情報収集をしながらも最前線へと出向いていたナッツはむしゃくしゃした気持ちを空へと吐き出していた。
長槍使いから盾剣士へと転向をしようとしていた少女が長槍使いに戻った事、それによりキリトの負担が増えた事、ソレは別に問題ではない。戦闘を見続けていれば長槍使いの少女が戦闘自体に怯えている事はよくわかった。だから、恐らく長槍使いへと戻したキリトの判断は正しい。
「ああ、もう。クソ。クソ、クソ!!」
だからこそ苛立たしい。別に長槍使いの少女が技術的に劣っているだとか、キリトへの負担が増えただとか、
並びのイイ歯を軋ませて、木の根を勢いをつけて何度も踏んでナッツは苛立ちを散らしていく。レベルだけの話をすれば、それこそ安全だ。けれどナッツから言えばソレは苛立ちの要因にしかなっていない。
キリトがいるから、というぬるま湯に浸かってギルドの緊張感は薄らいでいる。安全なレベル帯だから、という言葉で警戒すらない。技術を磨く事もしない。情報もそこそこにしか集めない。
ナッツはもう一度舌打ちをする。
「アカン、やめよ。苛つくだけ不毛やし……ギルドホーム買うらしいし。ちょっとは我が身を見直すやろ……」
落ち着けば、余裕が出来る。だからこそ自分を見直す事もだろう。キリトも
最善ならば、キリトが月夜の黒猫団を攻略ギルドにまで押し上げて、最前線を経験し続けて技術を磨く事だろう。けれど、きっとそうはいかない。ある種の確信めいたモノがナッツの中にはあった。
キリトに負んぶに抱っこのギルドにそこまでの期待はしていない。確かにレベルだけでもココまで育ったギルド、という事を考えればそれなりの評価をしてもいいかも知れない。
「間に合わんかったら……まあ、しゃーないか」
この幻想に溢れた世界で唯一の現実を叩きつけるしかない。理想を抱くのも、夢想を掲げるのも、勝手にすればいい。ナッツにソレは関係の無い事だ。
けれど、ナッツ自身に関係あるのなら別だ。今回は最前線でも名前がスグに上がるキリトがいるからこそ、尚更だ。
「さっさと
起こらんやろなぁ。と呟いたナッツはキリトの戦闘方法を緻密に思い出す。何度も隣で戦った事のあるキリトと相対する仮想を思い浮かべた。
プレイヤースキルもレベルもキリトの方が上だろう。そもそも戦闘方法からしてキリトの方が優位に立っている。だからこそナッツは自分は負けるだろう、と確信している。状況も含めて言えば、きっと自分は激昂しているだろうキリトに殺されるか、消沈しているキリトに恨まれ続けるか、何にしろ、自分は殺されてしまうだろう。
薄い可能性として、ギルドメンバーにそれほど執着もなかったキリトがアッサリと自分を許す、という事もあるが……きっとソレは無いだろう。それこそ希望的観測だ。
「まあ、死んだら死んだでエエやろ」
吐き出した溜め息と言葉は悲観的なソレであったけれど、ナッツの顔はどうしてか笑みに彩られていた。
◆◆
「おい、アホ」
「ハイ」
「わかっとんのか、ボケ。自分で何しとったか」
月夜の黒猫団、リーダーである"ケイタ"を除いた四人が正座をしながら、目の前の異常な状態を見た。
萌黄色の髪をした美少女が自身達を導いてくれたキリトにキレていた。それはもう怒り心頭だった。少女にしては少し低い声で凄んでいる少女のカーソルはオレンジ色に染まっており、
時間は少しだけ巻き戻る。
ようやっと月夜の黒猫団のギルドホームが購入される、という情報を手に入れたナッツは「無理やったら
宿屋の中で聞き耳を立てるという事もしてないナッツは街の一角でぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。街を出るにしても、通らなくてはいけない場所であり、ココに居ればある程度の動向も分かる場所。フードを被ったナッツは街を出入りするプレイヤーを見送りながらキリトとの戦いを夢想する。何度も繰り返し、繰り返し、繰り返し、負けてしまう。
「ハァ……ん?」
そんなナッツの視界にキリトを含めた月夜の黒猫団が通った。果たしてどういった用件かはわからないけれど、街を出て行く、というのであれば着いて行くのが監視者の役目であろう。
少しばかり距離を開けて追跡していたナッツの顔が歪んでいく。舌打ちと溜め息を併発させながら、一団を追った。
最前線である階層から三つ下。その迷宮区に到着した瞬間にナッツは深い深い溜め息を吐き出した。夢想していたキリトとの戦いはどうやら無くなったらしい。実に残念な事だった。
ダンジョンデータを思い起こし、トラップのランクを一つ上昇させる。安全なレベル帯と情報で得ていた黒猫団の平均レベルを確認すれば、それほど問題はない。けれど、ソレが問題だった。
平均レベルが情報で明け透けになってしまう程、彼らは情報に関して疎い。トラップに関しても、きっと知らないだろう。
キリトが上手くトラップを回避する様に言えばいいのだが、
「えぇっと、ここのトラップは何やったけ。結晶不可とアラートと、ダメージトラップ系もあったなぁ……」
体験した事を思い起こしながらナッツは深く溜め息を吐き出した。
一団が入った部屋を眺めて、ナッツは目を細める。これ以上近付けばキリトの索敵スキルに入ってしまうだろう。隠蔽スキルと索敵スキルの境界に立ちながら、ナッツは腰裏に差している舶刀の柄に触れた。
「――無理やな」
力を込めて踏み出した一歩と同時にアラートがけたたましく鳴り響いた。
自分の入ってきた入り口に振り返り、投げナイフを幾つか投げたナッツは動転している一団と残りの入り口を数える。
――残り二つ。最大ウェーブは四。結晶は……使えない。
頭の中で理解した情報に舌打ちをして、ナッツは黒猫団の内一番入り口に近かった男の方へ走り、迫る攻撃を受け流した。
「誰ッ!?」
「ナッツ!?」
「結晶は使えんで! 足手まとい共は一箇所に纏まっとけ! キリトッ! コッチはどうにかしたるから、さっさと処理!」
「お、おう!」
幅広の舶刀で相手の攻撃を流し、距離を設ける様に蹴り飛ばしてコンソールを弄る。
「あ、あの」
「うっさいわボケ、ちょい黙っとれ死人共」
黒猫団の言葉など意に介さず、幾つかの回復POTを受け渡し、ナッツは黒猫団から少し離れる。
「コッチやで
叫んだナッツの言葉に含まれたスキル《
黒猫団を狙う数は少なくなり、同時にナッツへと攻撃しようとする敵が増えていた。明らかに過剰戦力であった。それでもナッツは手慣れた様に相手の攻撃を流し続けて
「す、すげぇ……」
「お、俺達も――」
「いらんヘイト溜めんな! 自分の周りだけでエエ、最悪守り続けたら僕かキリトが行く!」
敵に埋もれてなお、ナッツは黒猫団への視線を切る事はしていない。同時にそれは片手間で処理出来ていると同義であった。
ナッツによる《威嚇》にと各個撃破能力、キリトによる殲滅戦により、ナッツの予定よりも早く事態を切り抜ける事は出来た。
周りにモンスターが居なくなった事を確認したナッツは自分の舶刀へと視線を落として、鞘へと直した。
戦闘中に外れたフードをそのままに萌黄色の髪を揺らしてキリトへと向いた。
「こっから出るで。これ以上の損は取りたくないし」
「あ、ああ」
ニッコリと美少女のような顔が笑顔になる。キリトは冷や汗をかきながらソレを了承した。怒っていらっしゃる。その事はキリトにはよく理解出来た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ください?」
「……」
ナッツはチラリと黒猫団へと視線を向ける、笑顔のままで。美少女のような笑顔に思わず息を飲んだメイス使いは口を開く。
「え、えっと、そう、ちょっとだけ金を稼ぐだけでいいんだ。その……キリトと知り合いみたいだし、君が居れば――ヒッ」
一息に抜かれた舶刀がメイス使いの頬に触れるか触れないかで停止した。ナッツのカーソルがオレンジ色に染まっていないという事は触れてはいないだろう。
「迷宮区で説教させんなや、ボケ。というか、
「そ、それは――」
「キリトが居るし――」
「ハァ……キリト、殴るんは後にしたる。とりあえず
「う、うっす……」
殴られる事が確定してしまったキリトはドコかぎこちない動きで入ってきた入り口へと戻っていく。ソレを追うように黒猫団が後を追い、最後尾にナッツが歩く。後々になってナッツは「豪華な布陣やなぁ」と染み染み言うのだが、ソレは未来の話である。
話は戻り、一発殴られたキリトは正座をしてナッツの言葉を粛々と受けている。
「あんな、悪いとは言わんけど。変に自信つかせんな。レベリング重視の攻略もエエけど、情報を疎かにしすぎやろ」
「…………」
「なんや、僕が間違った事言うてるんか?」
「いや、その正論デス」
「じゃあ返事ぐらいしろやボケ!」
「ハイ!」
「というか、なんやねん。キリトがおってあの体たらくは。あのエリアでトラップ警戒とか調べたらスグ分かるやろ、というか知っとったやろ」
「はい、申開きもありません……」
「じゃあなんでトラップ引いたんや。なんやわざとか。わざとなんやな?」
「いや、ワザトじゃないです」
「じゃあなんやねん。ああ、そうか、僕が追跡してる事知ってて敢えて鳴らしたんやな。いやー、引っかかってしまったワー。おい、コッチ見ろや」
視線を逸らしたキリトを見下したナッツは舌打ちを一つだけして、更に口を開こうとする。
「あ、あの……あのアラートを鳴らしたのは、オレです」
「…………」
「だから、その……キリトはそれほど悪くないって言うか」
その口は開く前に閉ざされて、同じく正座をしている黒猫団へと視線は向けられた。冷たく、まるでモノを見るかの様に感情の篭もらない瞳。
先程の一件もあり、黒猫団は思わず背筋を正してしまう。
姿勢を正した黒猫団達から視線を外して改めてキリトへと向き直す。
「……エエか、キリト。ジブン気ィ付いてないから言うけど、ジブンの自己満足とか罪悪感とか虚栄心とかそういうのが原因で起こった事故――事件未満や。わかっとる?」
「……ああ」
「ならエエわ。別に悪いって言いたい訳やない、それこそ全体的に見れば、キリトのやってることは普通やし、イイ方の部類やろ。ソレがなあなあで続いた結果がコレや。続けても構まへんけど、次は僕は助けへんで」
「……わかったよ。助かったありがとう」
「ん。借りとして持っとくわ。んで、次にお前らやボケども」
溜め息を吐き出して、ナッツは黒猫団の前に立った。
「先言うとく。僕はキリトを助けに来ただけでお前らなんてどーでもええ」
「なっ……」
「お前らがドコで死のうが、僕には関係ないし。今回はキリトが近くに居ったから助けた。それだけや」
「……」
「それを踏まえた上で説教したる。仕方ないから、こんなガキでも分かる事を説教したる。なんで情報集めせェへんの? この階層からトラップレベル上がるなんて常識やで」
「いや、常識でも無い――」
「キリト、なんか言うた?」
「何も言ってないデス」
「さよか。それで、なんで情報集めんの?」
「その……安全なレベルまで」
「安全なレベルまでいってたら情報集めへんの? アホちゃう、あぁいや、アホやったな。
そもそもその安全なレベルって言うのはダメージ計算含みで安全なパーティでの推奨レベルでしかない。順当に上がってて、プレイヤースキルも含めてのレベルや。キリトが居ってどうにか出来るレベルの話やないって知ってる?」
「……んだよ、さっきから! 言いたい事言いやがって!」
「ちょ、テツオ!」
「そりゃぁ説教やからな。僕は言いたくないんやで、君らの事なんてどーでもエエし」
「じゃあ放っとけよ! 俺達なんてどうでもイイんだろ!?」
「せやな。じゃあやっぱ殺すわ」
舶刀を一息に引き抜いたナッツは躊躇も何もなく、メイス使いの腕を切り落とした。ポリゴン片を散らしながら落ちた腕と驚きに後ずさった男は怯えた表情でナッツを見る。
「んだよ、なんだよ!」
「死んでもどうでもエエから殺す。何か間違ってる?」
「ナッツ!」
「キリトは黙っとき」
ツカツカとブーツで草を踏みしめながらナッツは逃げようと藻掻く男の右膝から下を切り落とした。痛みに呻く男など意に介さず、ナッツは頭の中で男のヒットポイントを計算していく。
「狂ってる、狂ってるぞお前!」
「さよか。どうでもイイ奴に言われてもどうでもいいだけやし。こうやって隣のヤツから死んでいくんや、最前線は」
「ッ……」
「来るな、とも言わん。ただ理解はしとき。どれだけ準備して、情報集めても、死ぬ時は死ぬんや。ちゃんと下層連中が死なん様に情報も流してる筈や。それでも慢心して死ぬヤツなんざ知ったことか。勝手に死ね。というか殺す」
「ナッツ、ナッツ。もう十分だろ」
「うっさいわ。そもそもキリトがちゃんと情報開示してたら済んでた話やろ」
「うっ……」
「まあコミュ障のキリト
「それはソレで辛いんだけど」
「言い返しも出来へんのに、口出すなや」
再び正座へと戻ったキリトを見下し、ナッツは舶刀を腰へと戻して、外套を着直す。
テツオと呼ばれたメイス使いの腹を踏みつけて、ナッツはニッコリと笑みを作る。
「死ぬんやったら勝手に死ね。死んでも死ぬだけやし、怖くないで。ただ消えて無くなるだけや」
口調こそ穏やかなモノであったけれど、内容はソレとは真逆のモノだった。
表情を消し去り、フードを改めて被ったナッツはキリトを一瞥してから転移結晶で姿を消した。
◆◆
「それで、キリトは黒猫団を抜けたのカ」
「らしいで。まあ黒猫団も最前線手前で燻ってるし、情報集めるようにはなってるみたいやし、どうにでもなるんちゃう?」
「ふーん」
「何ぃさ」
「何かと言っテ、黒猫団を気にしてるんだナ」
「それなりやって。死ぬと不利益になりそうにはなったかなぁ」
「そうカ」
クツクツと意地悪く笑うアルゴに不貞腐れたナッツ。アルゴとしても素直に褒める事も出来ないナッツに笑うしかないのだ。
「それで、今日はどんな情報があるん?」
「そうだナー……
蘇生アイテムってあると思うカ?」
>>絶望のサンタクロース
書くと思うだろ……不必要だから書かないんだぜ。
>>血盟騎士団
Knight of Blood。通称KoB。一階層で無類の強さを誇った細剣使いのアスナさんもコチラのギルドに入っている。
>>ナッツのスタンス
基本的には攻略思考。解析寄りのやり込み系の思想。攻略に対して熱意とかは無いけれど、『早く攻略する』という事に関心はあるので、キリトの救済――黒猫団への介入。
>>最低な状態
黒猫団とキリトの消失。この時点でキリトは攻略組でも有数のダメージディーラーなので、失うと損でしかない。黒猫団? 知らないデスネ。
>>摘み取り
キリトが自分の意識に向き直って、ぬるま湯から自分から出てこない場合。ナッツはぬるま湯を捨てる覚悟がありました。
>>情報不足
エリック上だ!
とならない様に。日常生活も情報は大事デス。イイネ?
というかデスゲームしてるのに徐々に感覚が緩んでるのが悪い。
>>「キリトの知り合いみたいだし――」
黒猫団の評価を下げた一言。キリト並が二人居るなら行けるやろ、というゲーム精神。ちょっとだけ、という判断はクソッタレの行為。
>>レベルの安全圏
幾らかダメージを食らっても逃げられる余裕があり、上手くいけば相手を倒せるレベル帯。
ではなくて、恐らく「比較的安全に狩りが可能であるレベル帯」かな、と。なんでもそうですが、プレイヤースキルは必須です。キリトに甘えた結果が原作でのアレです。
>>マップの情報に関して
それこそ狩場などの有益情報はともかくとして、トラップの難易度とかは出揃ってる筈です。キリトが知っている事もそうですし、既に
危険は周知させるモノですが、『Keep out』も分からなければゴールテープと同じです。
>>
文字通り。ソロなのにわざわざアラートに引っかかって敵を判断する解析班の鑑。
>>今後の黒猫団
キリトの身バレとギルドホームの購入をきっかけに少し身の振りを考える事に。とりあえず、キリトに頼らない事、を最前提とした考えに。キリトはこの時点で自分が悪影響である事を知っているので脱退。親交はそのまま。
安全なレベル帯でスキル磨きや情報収集を基本としている。『命を大事に』
>>サチたそ
改めて自分を見直している最中に、キリトに頼りすぎている――依存しそうになっている事を再確認。自分の力は少ないけれど、それでも何かをする為に、隣にいる誰かが死なないように。
たぶん裁縫系のスキルでも取るんじゃないですかね(テキトー
前線出すと発狂して死にそうですし。でも後続として働いてても「私の知らない内に仲間が死んだらどうしよう」とか言ってそうですね。