果てがある道の途中   作:猫毛布

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43.人形の妖精

 剣が引き抜かれた。緩く反った刃が太陽の光を反射して鋭く輝く。

 それを持ってるのは人間の子供程度の大きさの妖精であった。春に芽吹く森を思わせる萌黄色を揺らし、額を彩る赤色の宝石が萌黄の中から目の前にいる存在へ向いている。

 それは犬型獣であった。二足で歩行し、直剣を持つ獣。服の代わりに汚れた灰色の荒々しい毛を生やし、局部を守るように革製の武具が装着されている。

 武装した獣は人間の子供程度の身長しかない妖精に比べれば大きく、出っ張った口からは舌をダラリと出し、荒く呼吸を繰り返している。

 その後ろには巨木の枝を折り、削っただけの杖を持つ同種の獣もいる。コチラはさらに知性があるのか口は閉じられ、毛並みを隠すように闇色のマントを羽織っている。

 

 

 妖精は小さく息を吐き出した。何かを計るようにつま先を僅かに上下させる。

 

 剣を持つ獣と妖精が動いたのは同時であった。相手に迫るように動き、自身の攻撃範囲へと相手を入れた。

 鏡合わせのように獣と妖精が動きを合わせる。獣が剣を振り下ろそうとする軌道を僅かにズレた軌道を曲剣が撫でる。攻撃ではない。防御でもない。反射でもない。ただ流れを僅かにズラすだけ。

 曲剣は翻され、獣の腹部を刃で撫でる。妖精は更に足を動かし、前へと進む。仲間の元へとは行かせない、と獣は肉球の潰れた腕を伸ばすが、靡く萌黄色すらその手が触れる事はない。

 

 仲間の死すら厭わず――仲間の死を食い縛りながらも魔道士風の獣は杖を構えていた。足元には獣を中心にした円が広がり、獣の目線に大量の文字群が流れる。

 言葉にならない声が獣の口から鳴り、文字が光を灯して停止する。

 獣の足元にある草が蠢き、急激に成長した蔓が意志を持ち『妖精を捕まえろ』という命令に従う。

 

 伸びた蔓に対して妖精は大きな反応も見せず、停止する訳でも、怯える訳でもない。蔓が肌を撫でようとするその瞬間にようやく妖精は地面を強く蹴り飛ばした。

 人には出来ない程高い跳躍。獣が妖精を追うように顔を向ければ、空に足を向けた妖精と目があった。

 地面を蹴り飛ばしたように、妖精は空を蹴り、曲剣を構える。

 

 獣は昼中でありながら、欠けた月を視界に収めてその生命を停止させた。

 

 

 

 

 後ろ腰に曲剣を収めながら外套のズレを正す。小さく息を吸い込みながら空を見上げて、瞼へと閉じ込める。堪能するように視界に収まった晴天を咀嚼して、空へと吐息を零した。

 鉄の城では感じる事もなかった流れる風の感触。外套の上から生えた薄羽を動かす感覚。現実世界にいる自分と似た体躯。誰かの言葉を借りるならば”噛み合った”と言うべきだった。

 妖精はフードを深く被り直し細く息を吐き出した。

 剣の世界で行っていた動作。銃の世界で培った経験。自身の中に溶け込んだそれが身体に馴染む。咄嗟の判断も、僅かな動きですらも、自身が彼であり、彼が自身であったと理解させられる。

 

「……このぐらい、かな?」

 

 ようやく自分が納得出来る基準値まで到達した。それは能力値であり、動作感覚であり、意識であった。

 自分が笑んでいるのを自覚して妖精は口角に指を押し当てる。彼ならもっと劣悪な嗤いを浮かべていた筈だ。見えない自分の顔と口元をムニムニと数十秒ほど動かして諦める。

 彼には成れない。それはわかりきっていた事であるし、そして彼に成るべきではない事もわかっていた。

 妖精は溜め息を吐き出しながら、コンソールを開いてドロップアイテムを確認する。情報では自分達好みの耐久値の高い武器を落とす筈である。

 そこそこにレア度の高いらしいその武器を妖精は見たことがない。レア度が高いと言っても、統計的に言うのであれば彼は既に二桁程その武器を所有していてもいい筈である。

 アイテム欄を確認しながら、手元に回復POTを呼び出して口に含む。溜め息を吐き出したい気持ちになりながらコンソールを閉じて頭を振る。

 

「こんな所だけ似なくていいのに……」

 

 減っていたHPの回復を見ながら腕を空へと伸ばす。もう暫くは潜っていても問題ないだろう。

 視界の端に映る時計を見ながら妖精――ナッツは緩く微笑む。

 

「……もう一狩りしよう」

 

 草を踏まないようにふわりと身体が浮く。改めてナッツは深くフードを被り直し意識を集中させていく。

 何かに隠れるように。何かから逃れるように。慣れ親しんだ隠密スキルを起動しながら森の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 空と同じ色の髪。その頭からは尖った耳が生え、歩く度にゆらゆらと山猫のような尻尾が揺れる。

 普段は冷たさを思わせる美貌もどこか綻んでおり、鼻歌でも奏でそうな程に足取りも軽かった。

 頭の中で戦闘に必要な物をピックアップしていき、更にNPCショップ、或いはPCショップの並びを思い出しながらルートを選択していく。

 予定されていくルートは寄り道らしい寄り道もなく、悪く言えば女らしくないルートである。

 そのことを自覚しながらもシノンはやはり楽しそうに街を歩く。

 

 多忙である彼から珍しくお誘いが来たのだから、嬉しさもある。

 それこそ彼と()()()()で戦闘を共にするのは初めてではない。けれど二人きりというのは初めてだ。普段はいる筈の保護者が今回は居ないらしい。よくよく思い返せば保護者である彼女が隙を見ながらであれ、時間を作れていたのも奇跡的な話なのかもしれない。

 

 必要最低限よりも少し多めに回復POTを購入する。相棒である彼は変わらぬ悪癖が発覚して、所持欄の中はNPC販売の武器ばかりだ。呆れを通り越して感服する。出来る事ならばその悪癖は無くなってほしかった、というのが願いであったけれど。

 果たして彼が”彼”に似た事に喜べばいいのだろうか。それとも彼が”彼”に似てしまったと嘆けばいいのか。

 どちらにせよ彼の悪癖が直る訳でもなく、更に言えば「なんや大変そうやなぁ」と他人事のように言われた過去と反して次はやや丁寧な言葉使いで謝られるのがオチであろう。悪癖が直ることはない。

 

「シノンじゃないか」

 

 溜め息を吐いていれば聞き覚えの声に顔が動く。そこには黒が在った。上から下まで黒の闇妖精。

 顔見知り、と言えない関係であるし、自分の無茶なレベリングにも付き合ってくれた人でもある。

 

「ハァイ、キリト。奇遇ね」

「ちょっと噂を聞いてな」

「噂?」

「そ。キリトくんったらこの層で見つかったらしい巨大骸骨を倒すって息巻いちゃって」

「へぇ……」

 

 自分の後ろから現れた青色の水妖精に会釈で挨拶を交わしながらキリトを見てやれば、拳を握って珍しく闘志を燃やしている。彼の頭の中にはレアドロップというロマンが溢れているのだろう。シノンは知らないが巨大骸骨という点でも彼は少しだけロマンを抱いている。

 そんなロマンに向けて目を輝かせているゲーム内での夫に苦笑するアスナはシノンの手元に視線を落としてその笑みを深くする。

 

「もしかして、シノンも?」

「私は――……そうね。たぶん、そう」

「お互い苦労するね」

「ええ、ホント」

 

 シノンが吐き出した溜め息に似た物を感じたのか、アスナは笑みを綻ばせて旦那の手を取る。今度紹介してね、という言葉を残して人混みに消えていく二人を見送りながらシノンは今回来たメッセージを読み返す。

 何度か読んだ文章であるが、もしかしたらどこか読み飛ばしたかもしれない。なんせメッセージの中には巨大骸骨の文言などありはしないのだから。

 

 二回程、上から下までしっかり読み直したシノンは溜め息を吐き出して、チラリと視線を横にズラす。

 隣を見ればいつの間にか湧いて出た様にそこに在る茶褐色の外套を被せられた存在。目深に被ったフードの出口からチラリと赤い宝石がシノンを覗いた。

 

「巨大骸骨なんて一切書かれてないんだけど?」

「必要ないと思いまして」

「ふーん……」

 

 淡々と言い零した茶褐色の塊は額の赤い宝石をシノンから隠すようにそっぽ向いてシノンの視線から逃れる。

 被ったフードの端を掴み引っ張りながら、小さく呟きを漏らす。

 

「……検証やし」

「――……そういう所ばっかり彼に似てるのね」

「ほ、ほら、シノンならわかってくれるって知ってるし」

「だからって言わない理由にはならないわよね?」

 

 逃げるように言葉を口にした茶褐色の塊に対して追い詰めるように言葉を置いたシノン。あぅあぅと言葉を選んでいる相手の頭をフード越しに撫でる。

 何にしろ自分は既にココにいる訳であるし、彼の言っている通りに言う必要は確かになかった。

 撫でていた手は数秒程で弾かれるように退けられ、フードの中身からは恨めしくシノンを睨む瞳。

 

「……なんで撫でてるんさ」

「可愛い物を愛でるのは女の子の特権でしょ?」

「……シノンのそういうとこ嫌いや」

「あらそう、残念ね」

 

 拗ねたように唇を尖らせた存在にくすくすと笑みを零したシノンは自身の装備と消耗品を改めて確認してウィンドウを閉じる。

 嫌い、とは言いつつもシノンの隣でテトテトと歩く存在にシノンは笑みを深めてひょろりと尻尾を外套越しに巻く。尻尾の先へと視線を落として、隣を歩くシノンへ視線を上げれば素知らぬ顔をされてしまう。

 

「どうかした?」

「……なんもあらへんよ」

 

 不貞腐れた様子もなく、尻尾を退ける訳でもなく、ただ緩やかに二人は人混みへと消えていった。

 

 

「それで、検証って言ってたけど」

「噂の巨大骸骨の出現条件がちょっと特殊みたいで」

「……ちょっと待って、その言い草だとある程度試したの?」

「え、はい」

 

 さも当然だと言わんばかりに言った茶褐色の塊。何か変な事を言っただろうかと言わんばかりに小首を傾げている辺り彼らしいと言えばそうであるが。

 行き掛けに聞いている話の内容として、件の巨大骸骨なるレアMobの出現条件が”特定エリア内で出現する敵Mobを一定時間内に不定数狩る”というモノである。

 一人で狩れる量にも限界があるだろう。ある筈である。

 

「試した……って事は不確定情報で流れてる、明らかに一人では狩れないだろう数を狩ったの?」

「はい。出現条件でしたし」

「……一人で?」

「同行してくれる知り合いはいませんし」

「…………っはぁー」

「なんで溜め息吐くんですか……」

 

 自分は悪くない、と言いたいのかジトリとシノンを睨むけれど残念ながら彼が悪いのである。

 

「キリトとか居たでしょう」

「……その、未だ会う決心が」

「……私も居たんですけどー?」

「シノンはGGOにも顔を出してるじゃないですか」

「そりゃあ……でも一人は無いでしょ、一人は」

 

 行動を批難しながらシノンは小さく息を吐き出す。

 数十分程前に出会った黒の妖精と目の前にいる茶褐色の妖精は元々同じ世界に存在し、肩を並べて戦っていた存在なのは間違いない。それはシノンも知っている。

 けれど、この世界――アルヴヘイム・オンラインの中で二人は未だに出会っていない。それこそシノンが出会った事のあるキリトとそれに連なる繋がりと目の前の存在は隔絶されている。

 他人ではない。彼にとってはそうである。間違いなく、知人――友人、戦友などと称してもいい存在達だ。

 けれど、それは正しくて、大きく違う。決定的に、明確に、正しく、彼らは戦友、友人――知人ですらない。

 

「……ま、気にしないと思うけどね」

「……キリト達が気にせんくても僕が気にするし」

「はいはい」

 

 気難しい存在の頭をフード越しに撫でれば次は静かに享受する。

 数秒程撫でられ続け、満足したのか、それとも近くに姿を現した二足歩行の獣に反応したのか、フードの出口は静かにそちらへと向く。

 撫でていた手を離し、左手に弓を現して肩を竦める。

 

「それじゃあ、移動しながら狩りましょうか」

「うん」

 

 硝煙と荒野の世界と比べれば幾らも幻想的な世界。銃も無ければ、自律兵器も存在しない。

 けれどそこには魔法があった。弓があった。剣があった。そして彼もそこに在るのだ。

 小さく息を吐き出したシノンは毛を僅かに逆立てて弦を絞りこんだ。

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