曲剣が翻される。弾いた直剣を構えられる前に茶褐色が小さな体躯を滑り込ませる。
毛むくじゃらの腹部を刃が撫でる。赤いエフェクトが散り、斬られた事をようやく認識した毛むくじゃらが一時の間を置いて自身の背後にいる茶褐色へギロリと目を向けた。
同時に毛むくじゃらの喉元に白羽が突き立てられる。獣型のMobはやはり外套を被り続ける存在へと目を向けながら消滅していく。
茶褐色のフードの中から小さく息が吐き出された。
数分程で両手で数えられなくなる程にはこの獣型を狩った。けれどもやはり目的の存在が出てくる様子はない。変わらずどこから湧いてくるのか毛むくじゃらが更に姿を現した。
曲剣を構えながら違和感を覚える。処理速度を上回る速さで獣型Mobがリスポーンしている。自分一人で狩っていた時はそれこそ獣型を探して狩りをしていたのに。
処理速度が自分一人の時よりも劣っている? それは否である。
二人だから、という事ならばそれこそもっと噂になっていい筈だ。
なら――、
フードを真っ二つにしようと剣が振り下ろされる。直剣の腹を曲剣が叩き、毛むくじゃらの首元に反った刃が置かれる。毛皮に阻まれながらも刃と共に身を引き他の獣型達から離れる。
一歩、二歩とたたらを踏み意識を耳に集中させる。
鼓膜を揺らしたのは僅かな異音であった。風の音でもなく、空気を裂く矢でもなく、喉を震わす威嚇でもない。何かを折りながら進む音。障害物など意に介さない。
靴を超えて僅かに感じる震動。次第に大きくなる揺れと予感。
動いたのは無意識であった。ただ自身の中にある何かが反応したと言っても良かった。
たたらを踏んだ足を無理矢理返し、後ろ腰に曲剣を収めながら敵達に背中を向けて踏み出した。そんなたった数秒の動作で驚きを顔にするシノンを視界に捉え、手に染み付いた行動として見ることもなくウィンドウをタップする。
虚空から柄を掴み、左手でシノンを押し飛ばして更に駆ける。掴まれた柄は引き抜かれると同時に分厚い大直剣が姿を現し、目の前に迫るであろう脅威から主人を守るように盾となった。
太い枝を引き千切りながら現れたのは白であった。大人を縦に二人並べた程度の高さ。木々をへし折ったであろう二本の腕には折れてなお巨大な直剣と刃毀れが目立つ両刃の斧。腰に巻かれているのは先程まで狩られていた獣の皮が巻きつけられ、そこからは人型ではなく、まるで百足のように太い胴体と足が生えていた。
髑髏の瞳には何も灯らず、カタカタと外れた顎骨を鳴らしながら、停止すらせずに直進する。目の前にいる小さな存在を蹂躙するように、前進しながら直剣が叩きつけられる。
地面と鉄ではなく、鉄と鉄がぶつかり火花を散らしながら音を森の中へと染み込ませた。
フードの中から怯えもせずに骸骨を睨めつけ、受け止め、
目の前を横切る巨大な骨の化物とソレに押し連れ去られる相棒の姿。押し出され膝を地面につけてしまっていたシノンは一拍遅れて反応してしまう。
「まっ――」
追いかけなければ、追いつかなければいけない。それこそ相棒の力量は知っている。こんなバカげた数のMobを前衛一人で耐えれる程の力量はある。見た目で判断する事はないけれど、彼ならば大丈夫であろう、というよくわからない確信はある。
けれど、それでも彼にもしもがあったならば――所詮はゲームでの死である。リスポーン地点に戻れば彼は確かにそこに居るだろう。それはこの世界のルールである。
「ッ、二回目なんて許さないわよ!」
だからシノンは立ち上がり羽を広げて地を蹴った。自身に出せる最高速で、相棒を追おうとした。薙ぎ倒された枝や押しつぶされた草が道標になってくれるだろう。追えていれば。
彼との間を割くように空へと緑色の幕が降ろされる。伸びる蔦には幾つもの棘が生え、触れただけでもHPを削られてしまう事は判断できた。
伸ばした手を引っ込めてシノンは地面に立っている畜生共を見下ろした。邪魔をする敵を見下した。
舌打ちを一つ、上から降り注いだ蔦の波を回避して矢をつがえる。幾度も行った予備動作と着弾予想。弦から放たれた矢が正確に杖を持つ畜生の眉間へと吸い込まれる。けれども蔦は消えずにシノンを追いかけてくる。
上下左右前後、どの方向からも伸びてくる蔦の槍。回避行動に専念すれば当たる事はないだろうが、それでは敵を減らす事はできない。攻撃の方向を減らせば、攻撃もできる。
経験則と自身の力量からの判断であり、シノンはそれに従い地面へと下りて短く息を吐き出した。
両手で足りない数の敵Mob。撃破時間の割り出しはできるけれどそれでは遅すぎる。強行突破――は自分の力量では無理ではないが、いざ追いついた時に戦闘ができるかはわからない。
止まらない冷静な思考がシノンを自覚させる。それでもシノンに撤退の二文字は無い。だからこそ自身の行動に迷いを交ぜない。
迫る敵を一瞬だけ確認して、瞼を下ろして大きく息を吸い込み、止める。早い鼓動を無理矢理抑えつけて、研ぎ澄ませていく。薄っすらと開いた瞼の間から細くなった瞳孔が敵を捉えた。振り下ろされた直剣を後ろにステップする事で回避して矢を放つ。同時に放たれた三本の矢が狂いもなく喉元へと吸い込まれ、獣型がポリゴンに散ると同時にシノンは地面を駆けた。
止まらず、迫る攻撃を回避し続け、同時に杖を持つ敵を各個撃破していく。
狙いを定めさせず、相手の隙を逃すこと無く、ただ作業敵に矢を放つ。
剣など当たらない。蔦の槍には捉えられない。
あと三体。
シノンの冷めた頭が状況を判断する。直剣を持つ獣は相変わらず両手で数えられないけれど、杖を持った獣は残り僅か。杖持ちさえ倒せば蔦はなくなり、突破できる。
あと三体。迫る剣を避け、足に体重を乗せて振り返ろうとした。矢をつがえ、危険であると判断した敵を射るだけであった。
「――え?」
踏み込んだ足が何かに引っかかった。そのまま勢いに地面に手を伸ばす。足に纏わりつく何か。視界の端に映るHPバーが継続的に微かに減っていく。
足には黒色のブーツに絡まる幾重もの緑色。散っていく僅かな赤いポリゴン片。
混乱した頭が一気に冷え、状況が断片的に脳に理解させていく。蔦、棘、杖持ち、地面の下。転倒した理由は即座に理解できた。そして同時に息を飲み込んだ。
獣型Mobが直剣を振り上げ、シノンを見下している。ようやく捉えた獲物を逃さないようにしっかりと視界に入れ込んでいた。
十分に理解させられた。脱出できる余裕はない。せめてもの抵抗で腕を上げ弓で防御を試みる。盛大に減るであろうHPと数の暴力を予想し、瞼を閉じる。
一秒。
二秒。
攻撃はこない。弓で防いだ衝撃もない。瞼を上げてもやはり獣型は目の前にいる。
けれどもそれは胸から
「シノン! 無事か!?」
「キリト!?」
獣型から引き抜かれた黒い剣を持っていたのは剣と同色の剣士であった。
驚きを隠す事もできず自身の背後を見れば慌てたように近付いてくる水色の髪の妖精と金髪ポニーテールの妖精と赤毛の野武士妖精。
「おう、無事かシノン」
「え、ええ……どうして――」
「グリム……巨大なムカデ足の骸骨がこっちに来ただろ? それを追いかけてきたんだ」
恐らく先程の骸骨の名前を言いかけたキリトの言葉を聞きながらシノンは状況を把握していく。
モンスターの出現頻度の理由、同時に狩っていたキリト達の凡その速度、そして巨大骸骨の出現。恐らく先に彼らが条件を満たしたのであろう事はすぐに理解した。同時に彼らが巨大骸骨を追いかけていた理由を予想する。
「出現と同時に移動した?」
「いや、途中で逃げ出した」
予想していた悪い方である。【ある程度攻撃を加え、HPが減少した敵が予測していない攻撃動作をする。】というのは可能性として大きい、その予測していない動作を初期の動きも知らない彼が対応しきれるのか……。
シノンは大きく息を吸い込んで、細く息を吐き出す。
「キリト、お願いがあるの。あの骸骨に――私の相棒が連れて行かれたから、先に行って助けてほしい」
「……わかった。アスナ」
「うん。できるだけ私達も早く追いつくから」
「それから、彼にごめんなさい、って伝えてほしいの」
「? ああ」
シノンの言伝に僅かに疑問を浮かべたキリトは前に見える二足歩行の獣達を見やる。幅広の直剣を強く握り込み、仲間たちに視線を向ける。
一歩。地面を蹴り飛ばし姿勢を剣を脇に構える。
一歩。更に力を込め、獣達への距離を詰める。
一閃。倒れはしないであろうが、ある程度だけでも体勢が崩れる。キリトにとってはそれだけでいい。
隙間を抜けるように更に一歩踏み込めば先に向かわせないように獣達が犇めく。
「はぁぁあ!」
「てりゃぁ!」
水色の髪が揺れ、金髪の尾が靡く。
キリトを守るように、突破させる為に辺りの敵を散らした二人に視線を向ける事もなくキリトは駆けた。向ける必要などどこにあろうか。
「頼むよ、キリトくん!」
金髪の声が林に響き、黒の装束が彼の意思を示すようにヒラリと振られた。
「パパ! こっちです」
木々の合間を高速で駆け抜けている事もあり服の胸元に入っていたナビゲーションピクシー《ユイ》の道案内を頼りにキリトは駆ける。案内、と言ってもキリトの眼前には薙ぎ倒された木々と押しつぶされた草が通った道を物語ってはいるのであるが、娘の頑張りに口を挟むほど野暮でもない。
数分程駆けた所でキリトの耳に鉄を打ち合わせた音が響いた。普通の戦闘、という割には多すぎる音に目標の位置に当たりをつける。
「……え?」
「ユイ、どうした?」
初めに疑問を口にしたのはユイであった。
過去である――以前のシステムを結果として一部継承しているユイだからこそその存在に気付き、そして疑問があった。
確かに間違いではない。何も間違いではないのである。
けれど、それはユイにとって違うのである。
けれど、それは正しく間違いなどではない。
「――パパ、もうすぐです」
「? ああ」
システム的に間違っている行動であったとユイ自身は感じていた。人工知能として間違った判断であった。けれどそれは恐らく正しい判断であるとユイは自身を結論付けた。
導き出した結果を言葉をするとしても”今”ではない。そして自身の勘違いである可能性の方が大きい。
ユイが何かを言い淀んだ事はキリトもわかっていたが、それが何であるかまでは予想できなかった。追及し、聞くにしても”今”ではない。
疑問を振り払うようにキリトは更に足に力を込め、木々の切れ目――林に囲まれた広い空間に出た。
骸骨百足により振り下ろされた巨大な折れた直剣が茶褐色の小さな塊が持つ曲剣に防がれ、地面に流された。土煙に紛れながら僅かにできた隙に曲剣が閃く。
一瞬の間が空いて斧が振り下ろされる。外套がはためきながら曲剣の刃が骨を滑る。
たったそれだけの動作であった。
機械仕掛けのように、流麗に踊るように、相手の行動を見切った動き。攻撃の防ぎ方。攻撃の太刀筋。曲剣の使い方。足運び。
キリトは目を惹かれた――いいや、そうではない。記憶にある戦友の像が被った。
その茶褐色の外套が。
その曲剣の使い方が。
その小さな体躯が。
そして僅かな違和感がキリトの判断を遅くさせた。
直剣を流した直後に持っていた曲剣がポリゴン片へと変化した。振り上げられた斧が向かう位置はすでに決められている。
「危ないッ!」
咄嗟に声を出したのはキリトの本能的な叫びであった。そして外套を纏った妖精は僅かであるがソレに意識を取られてしまった。
重量と勢いに任せて振り下ろされた斧は盛大に土埃を立ち上らせ、その中から茶褐色の塊が吐き出される。
空中で体を地面に手を付いて跳ねる。外套を巻き込むように回転したソレはポリゴンを纏う。
キリトの耳が何かが風を斬り裂いて、地面に突き刺さる音を捉えた。そしてキリトの隣には片刃の両手剣が地面から斜めに生え、その柄に誰かの足が置かれた。
ガリガリと地面を削り、勢いも削れたのか、地面に生えた両手剣の柄の上に茶褐色の妖精が悠然と立ち、フードの奥からキリトを見下していた。
何かを語る訳でもなく、ふわりと外套を翻しながら両手剣から降りた存在は後ろ足に剣の腹を蹴って霧散させた。
キリトも何も語らずに、ただその存在を見つめる。
そんなキリトの存在など認識できないかのように、歩きながら後ろ腰に手を当てる。引き抜かれたのは長く僅かに反った曲剣。
「――合わせるよ」
まるで元々そうであったようにキリトはそう口にして、茶褐色の外套がピクリと揺れる。剣を握っていない左手がヒラヒラと揺れ、キリトに意思を示した。二人にとってはそれだけでよかった。
ああ、とキリトは一人で納得して口元に笑みを浮かべた。純粋に喜びを感じたのだ。
繰り返した戦闘の数などもはや覚えていない。風変わりな立ち回りの苦言も覚えていない。人付き合いに苦言を漏らされた事も覚えていない。絶対に週刊誌アイドル扱いされた事は忘れなかった。
けれど、それすらどうでもいい。いつかの戦闘を――この敵で行える。運命を感じずにはいられなかった。
曲剣が翻り、同時にキリトが駆ける。
「スイッチ!」
言葉が口から吐き出される瞬間。まるで知っていたように茶褐色のフードが翻り萌黄色が溢れた。
>>ALOに索敵スキルってあるんですかね?
彼の行為は一種の精神集中だからセーフ(震え声)
>>【ある程度攻撃を加え、HPが減少した敵が予測していない攻撃動作をする。】
発狂。
>>ユイちゃんの感じた違和感
>>キリトの感じた違和感
両方共同じで、決定的に違うのは結論部分。
>>運命
骨百足(亜種)との再戦と鬼畜ショタ(偽)との共闘。
>>曲剣はー曲刀じゃーないっすかねー?
せやね。でも曲剣で通すのでよろしくネ(穏便)
>>
遅れた理由ですが、2月中は死んでいたのと新大陸に行ってました。蘇ったので初投稿です。