短めです。少しずつ、戻していきます。
土埃を切り裂くように斧が振り下ろされる。武器の持たない左腕を上げ、僅かばかり刃に掠らせながら腹を殴打する。
斧が地面を抉った事などお構いなしに折れた直剣が地面と水平に空気を裂いていく。視線は決して逸らさずに中身のない眼窩を見やる。迫る折れた巨剣を曲剣で叩きつけ、刃毀れだらけの斧を足場に空へと跳ぶ。
髑髏が鳴りながら動く。自身を飛び越える程の跳躍を見せた小さな妖精をただ眺めて、骨腕を動かした。小さな羽での機動制御では間に合わない、確実に仕留める為の動き。
萌黄色の髪をした妖精の口が小さく音を紡ぐ。呪文ではない。魔法の類ではない。
ただ一言、これほどまでに視線を向けている骸骨を見ながら、骸骨を無視して。
戦闘は恙無く終了した。それこそ後を追ってきたシノンを含めた四人が合流する前に終わってしまった。
耐久力の無くなった外套がポリゴンへと散り、萌黄色の髪をした妖精がその姿を露わにする。腰に巻かれたベルトに装着された反りのある鞘に刃を隠し、妖精は一息吐き出した。
「ナッツ」
その名前を呼んだのは共闘を果たしたキリトである。握った剣を戻すのも忘れて、この世界に居た友人――戦友に声を掛ける。どうしてこの世界にいるのか。居たのならどうして声を掛けてくれなかったのか。キリトの中に自分勝手な疑問が溢れ、口を噤ませる。
呼ばれた妖精は一瞬だけその名前に反応して、少女にも見える貌をキリト達へと向けた。困ったように眉尻が下がり、何かを言うべきかと口が少し開いたが何も言えず、代わりに誤魔化すように笑みが浮かべられた。
「ナッツ!? 本物かよ!」
「久しぶり!」
近寄ってきた赤髪の武者や青髪の騎士にもその困ったような笑みが向けられ、何かを語るべき唇が噛まれる。
笑顔で再会を喜ぶべきであった。適当な関西弁に毒の効いた言葉でも吐き出せればよかっただろうか。それとも真実を告げるべきだったのであろうか。
笑いながら話しかけてくる言葉の半分も頭の中には入ってこない。自分は上手く相槌を打てているだろうか。自分は上手く笑っているだろうか。自分は上手く成れているだろうか。
「はいはい。ごめんなさいね」
そんな彼を保有するように後ろから拘束された。話題の存在を独り占めするように胸元に抱き寄せてニッコリとシノンは笑みを浮かべた。
「おい、シノンも人が悪いぜ。ナッツを知ってたのなら教えてくれよ」
「お生憎様。私はこの子と貴方が知り合いだなんて知らなかったの」
この言葉は嘘ではないが、真実でもない。
実際にクラインとナッツが知り合いである事なんて知らなかった。正確には確証がなかった。
その証明ができるのは前のゲームで一緒に戦ったキリトだけであるが、どういう訳かそれは追及されない。
「……ところでシノン。もしかして付き合ってるって」
「? ええ」
「……つまりシノンさんってロリコン?」
「ロッ、違うわよ!」
女性陣二人からの口撃に尻尾を逆立てて否定しながら僅かに引っかかりを覚えた。抱きしめている彼は確かに美少女のような顔をしているがちゃんと男性である。雑誌にだってそう書いてあるし、間違いない。言われるのであればロリコンではなくショタコンであるのだが、それは訂正されていない。
SAOでは確か現実の容姿が反映されたらしい事も鑑みれば……、と考えた所でシノンは抱きしめているナッツを見下ろす。果たしてその視線に気付いたのかスッと視線を地面へと下ろしたナッツ。顔を上げて四人を見渡せばキリトだけが視線を逸らした。察した。
「それにしてもナッツ、教えてくれてもよかったじゃねぇか」
「……」
「ナッツ?」
「こっちも色々あったんよ。事情もちゃんと話したいし
「オフ会か」
「リズ達も誘おうよ。きっと喜ぶよ」
「ちょっとぉ、私だけついていけないんですケド」
頬を膨らませて蚊帳の外である事に不満を漏らす金髪の妖精にキリトは苦笑する。
「えっと、リーファも一緒でいい、かな?」
「構へんよ。別に重っ苦しい話する訳やないし」
「あー、ごめんなさい。詳しい事は後でメッセージ送るから、いいかしら?」
ニッと笑みを浮かべたナッツを強く抱きしめてシノンが急ぐように言葉を繋ぐ。「デート中なの」と加えれば賑わい出す女性陣とどうしてか「尊い」と呟いて空を見上げるクライン、そのクラインを【可哀想なもの】として視線を送るキリト。
一言謝罪を入れて、ナッツの手を握りしめながら足早にシノンは歩き出し、ナッツもつられて足を進める。
状況を整理しながら、ナッツの手を離すことなくシノンは足を進める。今はなるべく四人から離れるべきだと判断した。
思っていた関係とは違った? いいや、それは無い。GGOで出会ったキリトとナッツの関係は良好であった。互いを信頼し、自分が嫉妬までした程である。
仲間に苦手意識があった? それも、恐らく違う。キリトの性格から考えてもそういった事は嫌うであろう。
あの四人が善人である事は体感している。だからあの四人が原因という訳ではない。
チラリと背後を確認して、ナッツの後ろに誰もいない事を確認する。少なくとも視界範囲にはいないし、聞こえる範囲でも足音などはない。
足取りをゆっくりと遅くして、繋いでいた手を引き寄せる。優しく頭を抱いて髪を撫でる。手に僅かな震えを感じながら、その追及はしない。
彼が落ち着くまで、何度も頭を撫でて鼻を髪に埋める。
「……大丈夫なの?」
彼の震えが弱まった所でようやくシノンが口を開いた。先程の状況を鑑みても、現実で会うのは彼にとってデメリットであろう。ナッツとして過ごしてきた日々。そしてナッツでありながらナッツではない彼。
「大丈夫……」
「……そう」
先程のやり取りを見ている限りは大丈夫そうではない、という言葉をシノンは飲み込んだ。自分にとってのトラウマのように、彼にも全てを抱えて進むべき事がある。だからこそシノンは――詩乃はそれを止めることはない。
ナッツを守るように隠す事はシノンにもできる事だ。ナッツ自身に「会うべきではない」と伝える事も容易い。けれどそれを彼は望む事はないだろう。自分がそうである様に。
何もできない。すべきではない事を理解しながら、それを歯痒くも感じる。
自分も、彼も、進む事を選んだ。
だからこそシノンが直接的に何かをする事はない。それは彼の意思を踏みにじる結果になるだろう事は予想できた。
自分の腰に回された腕の力が僅かに強くなるのを感じる。
震える体を落ち着けるように深呼吸が続けられ、大きく息が吐き出されてナッツがシノンから離れる。
「もう大丈夫なの?」
「はい。落ち着きました」
「それは残念ね」
そう
きっと現実で彼らと会ってもナッツは真実を言うことはないだろう。それこそ彼が先程言った通り「重い話」なのだから。
離れてしまったナッツの名残を感じる腰にバレないように手を当てて、大きく息を吐き出す。
強い彼ではない、弱いこの子を支えるぐらいはいいだろう。
お互いに支え合う関係、と言えば聞こえはいいが半ば共依存のような関係である事を思考で皮肉りながら落ち着いた様子で外套を取り出して羽織る彼に引っかかっていた疑問を投げかける。
「そういえば、
ニンマリと意地悪く笑って言ってみせれば、妙に背筋を伸ばしたナッツがその少女らしい顔でぎこちなく笑顔を浮かべながら可愛らしく小首を傾げてみせた。