果てがある道の途中   作:猫毛布

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圏内事件……説明多すぎィ……

今回も一万字越えてますが、私は元気です……(´ω` )

ゆっくりと始めますよ。
シノンさんまで長い。スマネェ……すまねぇ。


第6話

――夏樹。アナタは私の夢なの。

 

 母と呼ぶべき女の声が聞こえた。その声に込められていた感情を夏樹は――ナッツは知り得ない。

 詰まった呼吸をそのままにナッツは瞼をゆっくりと上げた。瞳だけを動かしHPバーと時間を確認し、未だにココが仮想空間である事を再三理解する。

 投げナイフを震える手で握り直し、索敵スキルを発動させてから、ナイフをストレージへと戻し、ようやく呼吸を再開する。

 何度か深く呼吸を繰り返して、自分を呼ぶ声を塗りつぶしていく。ソレに執着すれば、きっと()()()は終わってしまう。

 座ったまま膝を抱き寄せて、身を縮こまらせる。その状態で思考も何もせずに、ただ虚ろな瞳を何処かへと向けた。

 

 空気をゆっくりと吸い込み、少しだけ身体の中で留めて、細く吐き出していく。

 

 吸い込み、留めて、吐き出す。

 

 何度か呼吸を意図して繰り返し、ナッツは空を見上げた。虚ろな瞳に暁色の空が映り込み、ナッツは保存するようにゆっくりと瞼を閉じた。

 身を抱きしめていた腕の震えはいつの間にか止まっていた。大きく、わざとらしく溜め息を吐き出したナッツは新しくなった褪せた茶褐色の外套を撫でる。

 

「新調したから寝心地がよかったんやな」

 

 そう()()に言い聞かせるように嘯いたナッツは後ろ腰に差した使()()()()()()()曲剣の柄を撫でて、少しだけ顔を緩める。

 

 リズベット作(プレイヤーメイド)となったナッツの曲剣――《フォレストキール》。武骨なまでに精錬された反った刃。刃とは対象に意匠の凝った鍔。柄には深緑の飾り布が舞う。

 最初にソレを見たナッツは眉間を寄せた。まるで自分の望んでいた武器では無かったからだ。それでもあの奇特な曲剣の名残を受け継いだソレを捨てるつもりも無く、受け取り、簡単にリズベットとアスナに礼を言ってから()()へと戻った。

 戻ってから、敵と戦うにつれてナッツの顔は驚きと笑みに染まった。

 振りの速さ、鋭さ――そんなモノはナッツにとってオマケに過ぎない。受け流しによる耐久値の損減が驚くほどに減った。思わず近くに居た敵Mob達を《威嚇(ハウル)》で呼び出して一斉に相手をする程嬉しかった。

 性能に満足すれば、無駄だと思っていた鍔にも飾り布も魅力的に感じる。店売りの武器を使い潰す事を止める事はないが、ソレが余計に《フォレストキール》の魅力を底なしにした。

 

「耐久値は余裕やし、あと四日は篭もれるかなぁ」

 

 ニヤケ顔をフードで隠しながらナッツは立ち上がる。ストレージから取り出したジャーキーを噛みながら、外套の乱れを直して、感覚を確かめるように一歩踏み出した。

 

 足の震えは、既に止まっていた。

 

 

 

 

 

◆◆

 50層主街区《アルゲート》。そこに店を構える巨漢、エギルはチラリと自身の店の隅っこを見た。

 ソコには褪せた茶褐色の塊があった。

 何かを言うでもなく、ただ黙々とジャーキーを噛りながら目と指を動かしている茶褐色の塊は視線を感じたのかフードを被った頭を少しだけあげた。

 

「なんや?」

「あー、いや、なんでもねぇ」

 

 フードの奥から覗く黒い瞳は疑問を浮かべながら小首を傾げて、また指と目を動かす作業へと没頭し始める。エギルは茶褐色の塊――ナッツを珍しいモノを見るように暫し眺めた後、普段の買い取り業へと意識を戻した。

 

 買取業を始めて数時間程。意識の中にあったエギルは妙な感覚に陥った。茶褐色の塊という珍しいモノが店の隅であろうとソコに在るのだ。けれど、そこに誰も視線が向かない。まるでソコには何も無いように。

 時折モソリと動くナッツを尻目にエギルは業務へと没頭する。

 在る。けれど居ない。誰もその存在を知りはしない。エギルは頭の端っこでナッツがどうして野宿をし続ける事が出来るのかを理解した。

 アレは異常だ。単なる隠蔽スキルで出来るソレではない。もしくは看破スキルが低い自分と客だからこそ、ナッツの存在を気取ることが出来ないのか。或いは新しくなっているあの褪せた茶褐色の外套がそうさせているのか。

 どちらにせよ、この幽霊じみた存在の前に水(のような液体)が入ったグラスを置いておく。数秒ほどしてソレに気付いたのか、茶褐色の塊はナッツへと成り、ヒラヒラと手を振って感謝を伝えた。

 

 

 

 

 

 

「うーっす、来たぞ」

「客じゃないやつに《いらっしゃいませ》は言わん」

 

 エギルのムクレ声と良く聞く声でナッツはようやっと意識をメッセージ達から店へと移した。店主であるエギルが客に頭を下げて閉店を促し、黒い剣士は肩を竦めて、白い細剣使いは申し訳なさそうに状況を見ていた。

 ナッツは眉間を寄せてから小さく息を吐き出し、メッセージのやり取りを一時中断する。

 

「ナッツ、お前はどうすんだ?」

「ん、話だけは聞くつもりやで」

「ナッツ!?」

「お前、居たのか……」

「キリトの看破スキルも僕の隠蔽スキルから見れば形無しやね」

 

 フードを外し、ニシシと歯を見せて笑うナッツに「隠蔽スキルまで使ってたのかよ」とキリトは呆れながらボヤき、エギルはどこか納得したように頷く。

 

「それで、ナッツはどうしてエギルさんのお店に?」

「そりゃぁ雑貨店やねんから、買取と販売頼みに決まってるやん。他にこんな辛気臭い所来るかいな」

「おい、ナッツ。数時間も居たクセによく言うな」

「なんや、今スグ借金取り立ててもエエんやで」

「辛気臭い場所だがゆっくりしていってくれ」

「……エギル、お前……」

「言うな。言うんじゃないキリト」

 

 ニッコリと笑ったナッツに対して青い顔をしながらエギルは手の平を返した。そんなエギルをトンデモナイものを見るようにジト目になったキリトの視線から逃げるようにエギルは顔を逸した。

 

「エギルさんも借金をしてたのね……」

「も、って事はアスナもなのか……」

「私じゃないわよ! 知り合いの鍛冶屋がね……」

「商人連中はナッツに頭が上がんねぇんだよ」

「なんや二人とも、僕が悪徳業者みたいに言いはって」

 

 口をへの字にして不満を漏らしたナッツはキリトに助けを求めるように視線を飛ばす。キリトはソレを敢えて無視してジト目を返した。

 どこか遠い目をしているアスナとエギルを前にしてナッツが「悪徳業者ではない」などとキリトは言えなかった。知っているナッツの性格を踏まえても「悪徳業者」である方が説得力もあった。

 そんなキリトの意思を感じたのか、ナッツは大きく溜め息を吐き出して不貞腐れたように唇を尖らせた。

 

「別にお金要るぅ言うから貸しただけやのに、なんでこないに言われなアカンねん」

「借りてるオレが言うのもなんだが、金額がオカシイんだよ」

「なんでや。要るぅ言うから貸してんのに」

「……因みにどの位なんだ?」

「んぅ? ……前言うてた持ち金あるやん」

「ああ、狩りの途中の……まさか半分以上渡してるのか」

「今の財布はすっからかんやな」

「はぁ!? バッカだろお前!!」

「失礼なやっちゃなぁ……コレでも攻略に尽力してるんやから文句は言わんといてぇさ」

 

 キリトの怒りをさも不本意そうに受け取ったナッツはぶぅぶぅと唸った。職人用、商人用の店舗を四軒程纏め買い出来そうだった金額が今は無いと言われればキリトの言葉も尤もである。

 ナッツからしてみれば使いもしないコルを一括で消費出来、雑貨店や職人達に恩を売ることが出来る。もっと言えばナッツはコルに関してそれほどの価値を見出してはいない。ある種の貯蓄癖のあるナッツからすれば渡りに船であったことは間違いはない。

 加えて言えば、あの商人や職人達の何とも言えない、子供からコルを受け取る、という罪悪感と屈辱感、そして店を持てるという達成感が入り混じった表情は堪らなくステキだった。ナッツはそう記憶している。

 故にナッツは本当にそれほど気にしてはいない。脅し文句として『借金』という言葉を使うだけであって、実際取り立てるつもりもない。そもそも割引などの便宜を図ってもらっている時点でナッツとしては満足なのだ。

 

「まあ僕の話はエエんやって。そっちの話を聞かせてぇさ」

「…………ナッツ、この話は――」

「――57層の《マーテン》で起こった事件について、やろ?」

「……なんで知ってるんだよ」

「アルゴさんも知らん僕だけの情報網が最近出来たから。キリト達から見た状況も聞きたいし、聞かせてな」

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 店舗の二階。事件のあらましを聞いたエギルは目を鋭く細めて、唸りながら口を開いた。

 

「圏内でHPはゼロになった、だとぉ?」

「デュエルやないんよね?」

「あの状況で勝利者(ウイナー)宣言窓を誰も見つけられないとは思えないし、今はそう考えるべきだと思う」

「ふーん…………」

 

 キリトの言葉を飲み込みながらナッツは考えるように口元に手を置く。

 現状、圏内で殺人を犯すとなるとデュエルによる《完全決着モード》ぐらいしかない。催眠PKに関してもデュエルによる殺人だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。ソレが圏内の()()()でもある。催眠PKに関しては言及しないが。

 あれだけフェアである茅場晶彦がそういった類いの武器、或いはスキルを用意するとは思えない。そんなモノはバグに等しい。

 だからこそ、ナッツはニタリと笑みを深め、隠すように口元を自然に隠した。

 

「まあ実際に見てないとなんも言えんわ」

 ――実に面白い。

 

 言葉ではアッサリと思考を捨てたが内心では様々な可能性を考えている。もしも、もしもルールが破られていたならばナッツは()()()()をしなくてはいけない。

 この世界で唯一ルールを破る権利を持っているとするならば、茅場晶彦に他ならず。ここまで生きてきた中で言える事は茅場晶彦は神様に成りたい人間ではない。だからこそ、ルールを破る事は無い。

 故に、ルールを破る事が出来るのならば――ソレはこのゲーム(現実)にバグが生じているということに他ならない。

 

「そこで、コイツだ」

「店売りのロープやな」

「鑑定も無しに言うのか」

「店売りに関しては全部覚えとるよ。コレが店売りを模した類似品ならわからんけど……」

「いや、NPCショップで売ってる汎用品だ」

「ほら見ぃさ。伊達と酔狂で店売りで戦ってな――」

「――ナッツ?」

「ちゃうねんアスナさん。今はコイツもあるし前よりは頻度は減ってんで? 店売りは耐久値に難があってやなぁ」

 

 底冷えするような声にナッツはエギルの巨躯に隠れた。ニコリと笑っている筈なのに恐ろしいアスナはその怒りを隠す訳もなく、ナッツに「あとで説教」と言い渡し話を進めようとキリトへと視線を移した。

 キリトはハッとしながら次の証拠である槍を取り出した。ドンヨリとした空気を纏いながらナッツもエギルの影からソレを見た。

 長さ一メートル半。グリップ三十センチ。()に逆棘。穂先十五センチ。抜けにくく、貫通継続ダメージを与える黒い槍。

 

「……貫通継続ダメージなぁ」

「ああ」

「この槍を抜くまでもなく……なぁ」

 

 ナッツは少しばかりの疑問を口の中に留めて、飲み込んだ。死ぬだけだと言うのに、何を恐れて槍を抜けなかったのか、ナッツにはわからない。

 ただ生きるのを止めるだけ。それだけの話だ。意思が無くなり、動く事さえ億劫になり、考える事もない肉塊になる。

 

「…………――」

「ナッツ? 大丈夫?」

「あー、いや、ハハハ。スンマセン。ちょっと日頃の疲れが――」

「ナッツ……」

「あ、いや、ちょい待ってアスナさん。無茶はしとらんよって、ホンマやで? ちゃぁんとご飯のメッセージも送ってるやん」

「乾物ばかりはご飯とは言いません!」

「ヒッ……キリトぉ……」

「それでエギル。どうだ?」

「ん、おお」

「無視すんなや!」

「ナぁッツぅ?」

「おぉう!? ぼ、僕は別口で調査するよって、なんか分かりそうやったら知らせて!」

「あ、こら!! 待ちなさい!!」

 

 逃げるように扉から飛び出したナッツは後ろから聞こえるアスナの声を無視してフードを被る。

 目的の人物へとメッセージを送り、ナッツは息を吐き出し、()()()()ように空を見上げる。光を失ったような黒い瞳に青い空が映り込み、ソレを閉じ込めるようにナッツは瞼を閉じた。

 

 

「死ぬだけ……そう死んでるだけ……。死ぬのは怖くない……死ぬ事を受け入れろ。僕は居ない。居ないから死なない。居ないから死んでいる。僕は死んでいる。僕は生きていない……僕は死人だ。

 

 

 

 

 だから――僕は()やなく、()()()や」

 

 

 

◆◆

 

「なんや、呼ばれたんは《神聖剣》さんもかいな」

「私もかの《落下星》が呼ばれてるのは驚きだよ」

「コッチはヒースクリフさんが冗談言えたんも驚きやわ」

 

 暗赤色のローブ、ホワイトブロンドの長髪を束ねて流した長身のプレイヤーと褪せた茶褐色の外套、フードまで目深に被った低身長プレイヤーが《アルゲート》の転移門に現れた。

 互いに視線を合わす事もなく交わされる会話。決して二人の仲が悪いわけではない。ただ単純な冗談の言い合いである。尤も、二つ名とも呼べる《落下星》を嫌っているのはナッツだけであるが。

 《神聖剣》ヒースクリフ。血盟騎士団団長であり、ユニークスキル《神聖剣》を得たトッププレイヤー。そんな存在が《アルゲート》の転移門から現れて辺りは少しばかり騒がしくなる。

 そんな騒がしさを鬱陶しく思うナッツはフードを目深に被り隠れようとするが、残念な事にヒースクリフという注目の的がある事でその行為は無駄に終わる。

 《落下星》。そう称されたナッツは口をへの字に曲げながらヒースクリフに対して咎めるように視線を送り嫌そうに息を吐き出した。

 《落下星》、そもそもは《流星》という二つ名が実しやかに囁かれていた。カウンターを決める剣閃は流星の軌跡の如く、小さな存在は落ちてきた星――希望。いつの間にか消えている姿も相まっていつしかナッツは《流星》と呼ばれるようになっていた。心底その二つ名を嫌そうにしていたナッツはアルゴに頼み込んで噂と情報の消し込みを試みたが、結果はナッツの名前に掛かった《落下星》へと変質しただけである。

 

「ヒースクリフさんが居ると注目されるから嫌やわぁ」

「私一人ではこれほど注目を集めないよ」

「常時プレイヤーに威嚇(ハウル)使ってるような人が何言うてるんさ」

「残念ながらプレイヤーに威嚇スキルは適応されない」

「じゃあカリスマスキルやな。羨ましいこって」

「君程ではないよ、ナッツ君」

「……情報が早いなぁ」

 

 ヒースクリフからの視線を逃れるようにナッツはフードの先を抓んで顔を隠す。その様子を息を吐き出すように笑ったヒースクリフは人の波の向こうに目的の存在を発見する。

 気楽に片手を上げて《黒の剣士》がヒースクリフへと挨拶を交わし、その隣ではやや引き攣った表情で滑るように歩いてきたヒースクリフを見ている《閃光》。見る人が見れば「一体どこを攻略するんだ?」という疑問が出て来るであろう場面。

 残念な事に集まる餌はキリトの昼飯奢る宣言だったりするのだが……まあ知らなければ問題も無いだろう。

 

「突然のお呼び立て、申し訳ありません団長! このバ……いえ、この者がどうしてもと言ってきかないものですから……」

「何、ちょうど昼食にしようと思っていた所だ」

「バカ、言われてんでぇ」

「うるせぇよ、無鉄砲」

「あぁん!? ヤるんか考え無し!」

「ああ、ヤッてやるよ! 一撃決着だ……」

「なんでアナタ達って人は……」

「ふむ、《黒の剣士》と《落下星》のデュエルか……」

 

 額に手を当てて呆れ返るアスナの隣には今から起こりそうなその戦闘を予想して興味深そうに頷くヒースクリフ。互いに幾らか距離を開けて、相手を見るキリトとナッツ。

 血盟騎士団のナンバー1、2。ソロとして有名なキリトとナッツ。その四人が揃っている時点で周囲は四人を囲むように円形を作り、事の成り行きを見て、今から起こるであろう戦闘に心を擽られる。

 

「おい、ナッツ。逃げるなら今の内だぜ」

「ハッ、言うてろ。いい加減にキリトの攻撃ぐらい捌けるんやで」

 

 ナッツは目の前に現れたホップアップを勢い良く叩き、右手で後ろ腰に差した曲剣を引き抜く。逆手で握られたソレを器用に回転させて順手へと持ち直した。カウントダウンが進む中、キリトはその剣を見て目を見開く。

 

「なっ!? 新しい剣かよ!」

「ふふん! ええやろぉ、エエやろぉ!」

「どこでドロップしたんだよ! 最近俺とMob狩りしてないと思ったらそういう事かよ!」

「残念でしたぁ! コレはモンスタードロップやなくてプレイヤーメイドですぅ!」

「マジかよ……お前だけは裏切らないと思ってたのに!」

「冗談言いィさ! 僕はキリトみたいにコミュ障やないんですぅ!」

「っバッ!? 俺はコミュ障じゃねぇし!?」

「人の目ェ見て言うんやで!」

 

 カウントがゼロに成り二人同時に動き出す。

 黒の直剣《エリュシデータ》が振り下ろされ、武骨な曲剣《フォレストキール》がソレを受け止める。僅か金属音が響き、ソレは何かを擦り合わせるような音へと変化する。振り下ろされきった《エリュシデータ》の軌跡を撫でるように曲剣が振り上げられた。

 身を後ろに反らせてその一閃を避けたキリトはすぐさま剣を横に振った。不格好な体勢の攻撃であったが、攻撃ではなく防御なのだから問題もない。突き伸ばされた曲剣が弾かれてナッツは眉を寄せてキリトから数歩離れる。

 体勢を立て直したキリトは息を吐き出して剣を握り直す。ナッツも外套の前を少し開けて動きやすく調整する。

 二人とも言葉すら交わさず、相手だけを視界に入れる。いいや、視界には相手だけしか居ない。周囲の歓声、感嘆。視線。そんなものは不必要だと言わんばかりに相手へと意識を集中させる。

 剣戟の音。足の動き。視線。体捌き。ソードスキルの予備動作。どれも見落とす事など出来ない。

 仮にも相手は何度も戦った事のある相手だ。だからこそ知っている。

 

――負けたら微妙なご飯食べさせられる……!

――負けたら高い飯を奢らされる!

 

 戦う理由など些細なものばかりだ。主に食事とMob狩りの対象。他には小さな言い合いから発展したモノもある。白星はキリトの方が多い。カウンターを主にしているナッツからすれば受け切れない攻撃はどうしようも出来ないのだ。

 けれど、だからと言って負けを宣言するのは間違っている。

 

「今回は勝たせてもらうで!」

「今回も勝たせてもらうぜ!」

 

 二人には負けれない理由がある。

 

 

 

 

 キリト曰く胡散臭いNPCが営業している薄暗い店の中。ぐってりと頬を机に乗せたナッツがボヤく。

 

「新スキルは卑怯やろ」

「新武器に言われたくねぇよ」

 

 萌黄色の髪を揺らしながらナッツは溜め息を吐き出して割り切る。頭の中で先程の重単発攻撃スキル《ヴォーパル・ストライク》を繰り返し思い出しながら対処方法を考えていく。

 結果的に最適な解答も見付からずナッツは力なく「うなぁ」と唸った。

 そんなナッツを尻目に見ながらアスナは疲れたように呟く。

 

「ナッツの状態も相まって、なんだか残念会みたいね」

「気のせい気のせい。それじゃ、忙しい団長殿の為にさっそく本題に入ろうぜ」

 

 

 

 

 圏内で起こった事件のあらましを聞いたヒースクリフはその表情をそれほど変える事もなく、淡々と情報を聞いていた。

 

「なるほど……ではまず、キリト君の推測から聞こうじゃないか」

「大まかに言って三つ」

 

 キリトは頬杖を付いていた手を外して指を三つ立てる。

 

「一つ、正当な圏内デュエルによるもの。二つ目は既知の手段によるシステムの抜け道。三つ目は……アンチクリミナルコードを無視出来るスキル、或いはアイテムの可能性」

「三つ目の可能性は除外してよい」

 

 即座に言い切ったヒースクリフにナッツは目を細める。細めた目はスグに不貞腐れたような表情へと変化して誰も見ては居なかったが。

 

「まあヒースクリフさんの()()()()を除いて、公正さを欠くようなゲームでもないやろ」

「随分な事を言うね、ナッツ君」

「ユニークスキルが出現せぇへん子供の我侭やと思って聞き流してください」

 

 肩を竦めたナッツは不機嫌を表すように氷水の氷を口に含んで噛み砕こうとして、固まってから少し不貞腐れて口内で氷を弄ぶ。

 

「何にしろ、今の段階で三つ目の可能性を云々は時間の無駄だわ。確認しようがないもの。てことで……仮説その一、デュエルによるPKから検討しましょ」

「よかろう。……しかし、料理が出て来るのが遅いな。この店は」

「俺の知る限り、あのマスターがアインクラッドで一番やる気のないNPCだね」

「だから僕がデュエルで勝とうとしたんやって……」

「お前に負けると俺の財布の中身が無くなるんだよ」

「近場の店入るだけやん」

「あのな、主街区で一番近い利便性の高い店は値段も相応なんだよ!」

「というか二人共そんな事何も言わずに理解してたのね」

「何回もしてる事やし」

「…………ああ、だからたまに普通の食事と変な食事がメッセージに送られて来てたのね」

「どうしてアスナにこんな目で見られなきゃいけないんですかね……」

「自業自得やろ」

「ナッツもね」

 

 「ウッ」とキリトとナッツは言葉を詰まらせてたじろぐ。ヒースクリフはそんな二人を眺めながら氷水を一口飲んだ。

 コホンと小さく咳をしたナッツは仮説の一つを口にする。

 

「それで、デュエルの可能性やけど――たぶん無いと思うで」

「やっぱり結果表示が無かったからか?」

「デュエルでの勝敗はさっきみたいに二人の丁度間に出るのが普通やし。何メートルかは知らんけど、離れすぎてたら両方の目の前にウィンドウが出るんよ」

「よく知ってるな、ナッツ」

「そりゃぁ試したから」

 

 ケロリと事実を言ってのけたナッツは付け加える様に言葉を並べる。

 

「相手が死人である場合も一緒。離れ過ぎてたらポリゴン片の前にウィンドウが出てくる」

「…………ナッツ、どうしてそんな事を知ってるの?」

「見たことあるから」

「ふーん……で済まないわよ!」

「えぇ……。別にデュエルでの殺人なんて珍しくもないやろ」

「ソレを見てるのがオカシイのよ! どうして危険な事をするかなぁ……」

「危険はないよ。相手さんは低レベルやったし」

 

 その時は、という言葉だけナッツは飲み込んだ。

 心配しているアスナを適当になだめたナッツはヒースクリフへと視線を送る。

 

「ナッツ君の言っている事は正しい。十メートル程離れれば両者の至近に表示が出る」

「だから、ウィンドウが無かったならデュエルやない。もしもデュエルやったら、システム的な矛盾やからバグやな。ゲームマスターの職務怠慢や」

 

 ケラケラと笑いながらそう言ってのけたナッツ。ゲームマスター――茅場晶彦を咎めるような言葉であるが、事実は真逆である。茅場晶彦だからこそ、この地獄を作り上げた茅場博士だからこそ、システム的な矛盾はない、バグはない。故にデュエルである可能性が無いのだ。

 

「二つ目に関しても無理かも知らんなぁ」

「なんでだよ」

「貫通継続ダメージに関して色々実験もしたけど、圏内に入ったらダメージは止まるんやで」

「そうだな」

「というか、どうしてナッツはそんな事も知ってるの?」

「実験したからに決まってるやん。百孝は一行にしかず言うし。嘘の情報吐くぐらいなら何も言わんよ」

「…………ハァ」

「なんで溜め息吐かれなアカンねん……」

「ナッツは後でお説教するから」

「なんでやねん……」

 

 横暴だー、と言うナッツを無視しながらアスナは言葉を進める。

 

「例えば、回廊結晶を圏内に設定して、圏外からテレポートしてくる……それでもダメージは」

「止まるとも」

「止まる」

 

 ヒースクリフとナッツの言葉が重なる。ナッツはチラリとヒースクリフへと視線を投げかけた後に口を開く。

 

「ソレも実験済みや。睡眠PKが起こってからアルゴさんを含めて情報扱ってる人らと一緒に色々実験したけど、圏内でHPゲージが無くなる、或いは損傷する事はない」

「ソレを先に言っておけばアスナの説教も回避出来たんじゃないか……?」

「殺人見たんは別口やからどーせ説教や」

「わかってるなら言わなきゃいいだろ」

「…………は!」

 

 さも今気付いたように顔を上げたナッツ。けれども手遅れだと言うことが判明してぐってりと椅子に体重を預けた。アスナの笑顔に負けた訳ではない。

 ナッツは顔をのそりと上げてキリトとアスナを見る。

 

「そういえば《生命の碑》は確認したんよね?」

「ああ。カインズさんは確かに死んでる」

「…………ふーん。ま、エエわ」

「どうかしたの?」

「なんもないよ。ただわからんくて一旦考えるんやめただけ」

 

 アッサリとそう言い切ったナッツは「ラーメン……も来たし」とどこか言い淀みながら付け加えた。

 やる気のないNPCマスターがゴトリと置いた白いドンブリ四つ。ソレを見たアスナとヒースクリフは言い淀んだナッツの言葉を理解した。

 

 コレは食べ物ではあるが、ラーメンではない。

 

 茅場晶彦の名言が、変化してどうしてか二人の脳裏に走った。

 

 

 

 

 

 

 キリトとアスナと別れてナッツとヒースクリフは迷路のような街路を無言で歩く。

 

「それで、私に話かね。ナッツ君」

「なんや、話聞いてくれるんや」

「残念ながら装備部との打ち合わせがあるから君個人での話は聞けない」

「僕個人やったらな」

 

 嫌そうに溜め息を吐き出したナッツはヒースクリフの前に立つ。フードから覗き見える瞳が真っ直ぐにヒースクリフを貫いた。

 

「――ギルド"クラウン・ブラウニー"の長である僕が血盟騎士団団長、ヒースクリフに話がある。コレならエエ言い訳にもなるやろ」

「そこまで言われては仕方がない。私も人気になったものだ」

「なんで嬉しそうやねん……」

 

 心底嫌そうに言葉を溢したナッツは溜め息を吐き出して、頭を少し抱える。

 

「私に話したい事とは、先程の圏内事件に関して」

「やない。あんなモンもうどうでもエエ」

「ほう?」

「《生命の碑》での確認。カインズ――Kainsは去年に死んでるプレイヤーや。貫通継続ダメージが死因、こんかいの事件を名付けるなら圏内事件言うよりも模倣事件言う方がエエやろ」

「……なるほど。それで、私に話とは?」

「大した事やない。

 

 

 茅場晶彦について、聞きたい事がある」




>>ナッツの隠蔽スキル
 1000越えてます。

>>エギルとリズベットの借金
 前述した通り。必要→あげるやで→せめて借金にして(良心の呵責)

>>落下星
 元々は流星だったものをナッツ(落花生)に掛けて変化したもの。ナッツは両方とも好きではない。




>>《フォレストキール》
 森の竜骨。和製のアレそれなので文法とか突っ込むのはイケナイ(トラウマ
 文中で言っている通り、反った武骨な刃。比例して意匠を凝らした柄と鍔。柄尻には深緑の飾り布。
 文中でエリュシデータの一撃を受けても折れてませんが、ナッツの技量とかそういうのだから(震え声

>>()()()()
 どういう事かを書けるのはたぶんSAOが終わってから。察しのイイ人は冒頭の文章と合わせると幸せにナレルゾ!
 先に言うけれど、ナッツの容姿は現実のモノです。決してお母様がショタになっているとかそういう、なんかワクワクする設定ではない(興奮

>>クラウン・ブラウニー
 ギルド名。オリジナルです。
 中層のギルドで情報統合と細々したアイテム採取、クエストの手伝いなど。所謂お助けギルド。ブラウニーだから多少はね。
 そもそもはナッツの人助けの結果で出来たギルドであり、副団長である女性はややカルト的にナッツを崇拝してたりする。ちなみに出す予定。



出てきそうな質問
>>カインズが別人なのを知っててどうして言わないの?
 どうして言う必要が?
 キリトやアスナの助けにならないといけない、という事もないでしょうし。人を助けるのに理由が無いように、人を助けないのにも理由は必要ないのです。
 催眠PKを自己責任とか言っちゃうナッツが悩めるキリトに答えを与えるなんて事する訳ないです。ついでに言えばキリトが表で動けば、赤を釣りやすくなりそうですし。

 大体そんな感じ。

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