完治して
雑味の多い、とナッツが言う情報達。噂話であり、確認も取れていない目撃情報であり、誰かが確認して欲しくて故意に流した情報であり。ドコかのパーティに入った《
真偽も無く、脈絡も無く、比較も無い。単なる世間話にすら劣る情報をナッツは一から目を通していた。
その中で幾つかをピックアップして、情報の真偽を確かめる為に
そうして雑味のあるメッセージを流し読みで確認していたナッツの手が止まり、片膝を抱えて思考の沼へと埋没していく。
その情報の真偽はともかくとして、その情報が流れ始めている事が問題である。少なくとも、自身であったならば流さない、流れる事すら無い。
けれど、事実としてその情報は流れ始めている。情報の始まりである噂話を越えて
ナッツとて妖精達が全ての情報を探し当てれるとは思っていない。当然、自身も全ての情報を知っている訳もない。だからこそ、情報屋から初めて聞く情報も幾つかある。
低層、中層を主に情報収集をしている妖精達がその情報を知らないのも納得は出来る。出来るが――。
「……勝負? いや、ちゃうな……何やろ」
《
見知った男、同族嫌悪にも似た感情を持っているPoHがそんな情報を流す訳がない。殺人を煽動した男がそんな情報を容易く漏らす訳がない。
事実、漏れ出した情報がある。そして、その情報は恐らく
何度か相対した男が自ら漏らした、と考える方が自然。というのがナッツの見解である。けれど、それならば、何故漏らしたのかがわからない。
攻略組が煩わしいから。笑う棺桶という餌で圏外へと連れ出して釣り上げる為。恐らくソレは正しくない。もしもそうであるなら、もっと
どちらにせよ、そういった手段を取らない時点で攻略組が煩わしい訳ではない。幾らか煩わしいと思っているだろうが、そうであるならば彼は自身の手で害を為すだろう。
「…………まあ、エエわ」
思考の沼から這い上がったナッツは終ぞ男の思惑に辿り着くことはなかった。辿り着くには幾分も情報が足りなさすぎる。
何にしろ。とナッツは思考を断じて確定に近しい未来を判断した。
攻略組と笑う棺桶の衝突。コレは確定だ。正義感溢れる――それこそ殺人を許せない人間は笑う棺桶を許すことも出来ず、嘘の情報だったとしてもソコへ向かうだろう。
故に、ソレは逆手に取られる。
ココまでは、あの男の思惑を追えた。理由は不明。そしてPoHはこの戦闘で死ぬ気もなく、攻略組を全て倒せるとも思ってもいないだろう。故に、意味がわからない。
攻略組を含めた、暫定的な笑う棺桶討伐組を止める事が出来るのか? と自身に問うたナッツは否定する。
偽の情報であったとしても、取り越し苦労で終わるのだ。そして情報の真偽も恐らく確かめられるだろう。故に止める事は出来ない。
討伐組の損害を考えれば、割に合わない。
「チッ……ゴミ処理するんに何人か死ぬとか、放射性物質やないんやから」
舌打ちを一つしてから、ナッツは自身の目論見の為にメッセージを送っていく。
■■
《
表沙汰になることの無いように情報規制された作戦――笑う棺桶を強襲するが確定したのも当然の流れであった。
その一団に含まれていたナッツは参加したメンバーをフードの奥で確認しながら小さく息を吐き出した。
「――……第一段階はエエやろ」
「何か言った?」
「なんでもあらへんよ。アスナさん」
小さく呟いた言葉を聞き取れずにアスナは首を傾げたがナッツはケロリと笑って言葉を霧散させる。
総勢、二十六名の笑う棺桶討伐隊。レベルと装備を考えれば何も問題無い。それこそ捕縛という目的を含めても正面から当たっても損傷は生じるが損害無く終わるであろう。
「しかし、人数が少なくないか?」
「少数精鋭、って今回を取り仕切ってるシュミットさんが言うてたやろ。コミュ障は人の話も聞かんのか……」
「聞いてたけどさ。それでも多い方がイイんじゃないか?」
「……問題ないやろ。最悪皆仲良く死ぬだけや」
「死にたくはないだろ……」
「ま、何にしろ、足があるなら逃げれるやろ」
ケラケラと笑いながら最悪の未来を言ってみせたナッツにゲンナリとしながらキリトは周囲を確認する。頭で数えれる程度の仲間。
動く足場による不安と
「もうすぐ、報告のあった
大きな足場で立ち止まったシュミットが振り返り、士気を上げるためか、それとも自身を鼓舞する為か声を張り上げる。
「奴らはレッドプレイヤーだ。戦闘になったら俺たちの命を奪うのに何の躊躇もないだろう。だからこっちも躊躇うな! 迷ったら殺られる」
シュミットの言葉にナッツは目を細める。経験上、見知った中で容易く一線を越えた人間は居ない。殺されるから殺す、という単純な理論も適応されない。躊躇する。戸惑う。
フードの先を摘んで、ナッツは息を深く吐き出す。机上の理論が嫌いな訳ではない。否定する訳でもない。
「レベルや装備は攻略組である俺たちの方が上だ。案外、戦闘に成らないで降伏、という事もあるが……もしも。そう、もしも危険であったならば迷わず逃走を選択しろ。撤退は恥ではない」
シュミットは頭を振り、ため息を吐き出し、ナッツに一度視線を向けて、更に言葉を吐き出す。
「もしも撤退をするなら、俺の責任にしろ。俺も迷わず撤退を命じる。撤退の命令だけは必ず、守れ。
チャンスはある。命は大事にすべきだ」
気弱とも取れる、絶対の命令を言葉にしたシュミットを誰も責めはしなかった。誰だって、死ぬのは怖い。
「もしもだがな」とおどける様に付け足したシュミットに討伐隊は笑みを浮かべる。
最初に反応したのは、キリトとナッツであった。
「――ッ」
「ナッツ!」
飛び出して来た黒ずくめの外套を被ったプレイヤー。ナッツはその凶刃を曲剣で受け止める。高い金属の音が響き渡り、同時に討伐隊が反応した。移動する足場。その上に並ぶ笑う棺桶。
「……――さぁ二段階目や」
剣を弾いたナッツがそう呟いたのを聞いたプレイヤーは誰も居ない。
剣戟の音が響く。剣が剣と――或いは盾と打つかり、弾かれ、そしてスキルがプレイヤーへと迫る。
曲剣がその間に割り込み、スキルを弾き笑う棺桶を蹴り飛ばす。
「ありがとう、ナッツ」
「エエ」
短く交わされた会話。ナッツの視線は忙しなく動き、目的の人物が居ない事を確認した。
やはり、居ない。
迫る剣を流し、喉元を柄で殴り飛ばしながら、僅かに乱れた呼吸を整える。
両方とも、目に見えた損害は少ない。それこそ討伐隊に死人は誰も居ない。武器とレベルの差を考えれば、このまま押し切る事は可能だ。
討伐、とはもはや言うべきではない。笑う棺桶による奇襲を受けてからナッツはそう思っていた。
「取っ、た」
「!?」
たった一瞬、その一瞬だけ隙を晒したナッツに迫った凶刃はナッツが咄嗟に出した左腕を貫いた。
反射的に貫いた細剣を持った腕を叩き切らんとナッツが右腕を振るったが既に剣は抜かれ、持ち主は黒い外套を纏い、ユラユラと揺れている。
「ノーモーションでの突き、かいな」
「オレの、名前を、知りたくなった、か?」
「ハッ。ガキの我儘みたいな事言うなや」
赤い双眸を光らせた男に対して、ナッツは余裕があるように振る舞う。ビクビクと動く左腕から赤いポリゴン片が散っている。ソレを見ながらナッツは舌打ちを一つ溢す。
「――て、撤退だ!」
ナッツの状況を見たのか、シュミットが慌てたように声を張り上げた。このままでは損害――死者が出てしまう。そんな臆病風だった。
その場に置いて、ソレを責める人間は居ない。嘲笑うのは棺桶達だけだ。
「
「ナッツは――」
「エエ。右腕一本でもある程度どうにかなる」
アスナの言葉を即座に否定して、ナッツは通せんぼするように握った剣ごと右腕を伸ばす。その剣に重なるように黒い直剣が重なった。
「お前だけに、いい格好はさせないさ」
横を確認すれば黒ずくめの剣士が居る。ナッツはチラリとソレを見て、スグに敵へと視線を戻した。
シュミット主導で逃げる討伐組。ソレを逃がす為に時間を稼ぐ。表向きに見ても難しい仕事である。
「死ぬかもしれんで」
「死なないさ」
スグに返された言葉にナッツはニヒリと口を歪めた。その自信が何処から来るかはわからなかったが、黒の剣士と手負いの落下星。
「……下がりながら、引き寄せるで」
「――……了解」
ナッツが小さく呟いた言葉にキリトは同じく小さく返した。
手負いの餌を前にして、笑う棺桶は楽しみを優先しながらも殺人に興じる。
流星の如きカウンターと名高いナッツであっても、複数人からの攻撃全てを流す事は出来ずに傷を増やしていく。黒の剣士とてそんなナッツを守りながら下がるのは至難であり、HPが削られていく。
殺せる。自身達を殺しに来た攻略組を返り討ちにして、更には上位プレイヤーである黒の剣士と落下星を殺す事が出来る。
もう少し、もう少し。惜しい所で回避される。受け流される。
「もっと人数を増やせ!」
「もう狩れるぞ!」
誰ともない声が響き、攻勢が強まる。同時にフードの取れたナッツの顔が歪み、ソレを見た笑う棺桶達が確信する。
もう少しで狩れる。いけすかないガキを殺す事が出来る。例えソレが現実でないにしても、システムで許されている行為だからこそ――。
「キリト」
「――ああ」
短いやり取りで、キリトが大きく下がった。肩で息をしたナッツが一人だけ、その場に残った。
大きく呼吸を繰り返し、ナッツは気丈にも剣を構える。震える剣先で、笑う棺桶へと向ける。
その様子に下卑た笑いを浮かべながら、笑う棺桶達は足を進めた。
「お仲間はみーんな逃げちまったな」
「うっさい」
「お前だけだ」
「うっさい……」
「お前は裏切られて一人寂しく死ぬんだよ」
「うっさい言うとるやろが!」
自身を鼓舞する為か、声を張り上げたナッツは震える剣先を下げて、腰を落とした。
「ッ……ゥッ……」
顔を俯かせ、子供のようにしゃくりを上げる。殿を勤めた少女に対して、笑う棺桶達は賞賛するでもなく、ただ欲求に従う。
どう殺したモノか。散々に手こずったのだ。楽しみは沢山ある。どんな声で叫ぶのか、絶望した顔はどんな顔か。
欲求が鎌首を擡げ、ソレに突き動かされるように笑う棺桶は一歩を進めた。
「ッ、来ないで……!」
少女はその一歩に反応して、這うように後ろへと下がった。左手を床に付け、バランスを保てずに崩れながら、剣を手放した右手で後ろに這う。
面白がって、ソレをゆっくりと追いかける。スグに取り囲む事もできた。けれどそれでは面白くない。
ゆっくりと、追い詰める。
カラリ、と音が響いた。床に何か――金属が擦られたような音。その音の発生点はナッツが手放した筈の曲剣であった。飾り布が伸び、ソレはナッツまで伸びている。
誰かが叫ぼうとした。けれどソレは最早遅い。
「――ああ、バレてもうたか」
ナッツはニヒリと歯を見せて笑い、右手に握った飾り布を引き寄せて剣を握った。
剣で肩を叩きながら、ナッツは大きく息を吐き出した。
「さて、笑う棺桶。君らには二つの未来がある。
一つ、抵抗をせずに黒鉄宮に入る。
一つ、抵抗をして無残に殺される。
まあ何にしても、君らがこの状況を打開する能力はないで。
自身達の居る足場を包囲するように、動いていた足場の上には血盟騎士団の制服を着た存在が幾つもある。更には軍と称されるアインクラッド解放軍の姿もある。
笑う棺桶は完全に包囲されていた。
「ご苦労だったね、ナッツくん」
「どーも、ヒースクリフさん。本人が来てくれるとは思わんかったなぁ」
「落下星直々の頼みだったからね」
「さいで。嬉しい事で」
ヒースクリフに応対しながら、回復POTを飲みながらナッツは笑う棺桶達を見やる。ジリジリと身を寄せ合い、何処から攻撃が来ても対応出来る様にしている。そんな姿にナッツは笑ってしまう。
「抵抗せんほうがエエで。完全無傷の攻略組相手にして、奇襲無しで勝てる訳ないやろ」
「そんな訳――」
「理解してるから、誰も立ち向かわんねやろ? さっさと降伏しぃさ。時間の無駄や」
図星であった。勝てない事はわかっていた。だからこそ誰も攻撃をする事はなかった。
ただ流されるがまま、その場に立ち、逃げれないから、けれども降伏も出来ないから、立ち往生してしまう。
「先に可能性を潰しとくけど、PoHさんが君らを助けに来る事はない。そっちの方が面白いかも知れんけど――もう逃げとる」
ナッツの視線の先には金髪の女騎士が立っていて首を横に振っていた。ナッツの舌打ちに、笑う棺桶達は理解させられる。
もう、助からない。降伏するしかない。
一人、剣を落とせばソレに続くように剣が落ち、無抵抗な降伏が示される。
「ん。じゃあ後は任せよ――」
「うあぁぁぁあああ!!」
ソレはある意味勇気を振り絞った行為であった。落とした剣を拾い上げ、今回の主要人物でもあるナッツへと向かった。泣きそうな顔で、必死に自身を奮い立たせ、剣を振りかぶった。
「ハァ」
ため息一つ。
剣を受ける事もなく、ナッツは曲剣を横に一閃し、両腕を切断した。ポリゴンへと変化した切り落とされた腕と突き刺さった剣。尻餅を付いて、怯える男。
「――抵抗、したな?」
愛らしい顔に笑みを浮かべて、ナッツは一歩進む。
「違う、手が、滑ったんだ! 許してくれ、降伏する!」
「さよか」
腰を床に擦り付けながら、必死に足だけで後ずさりする男を追い詰めるようにナッツは歩き、剣を振りかぶる。
振りかぶった曲剣を一閃――。
「なんで邪魔するんや、キリト」
「もういいだろ」
黒い剣が曲剣を止め、ナッツはキリトを睨む。
既に討伐戦は終わったのだ。これ以上、殺される事もないし、殺す事もない。
キリトの視線にバツが悪くなったのか、ナッツはため息を吐き出して剣を弾く。
「――せやな」
笑みを浮かべて、意識を整えるように息を吐き出した。
「――
でもケジメはつけなアカン」
次はキリトが抑える暇さえなく、ナッツは容易く男の首を切り落とした。
赤いポリゴン片へと変換される男の身体と首を見て、キリトは目を見開き、歯を食いしばってナッツを睨む。
「ナッツ!」
「なんや? まるでボクが悪い事をしたみたいやん」
「どういう事だよ! アイツはもう抵抗する意思はなかっただろ!?」
「でも
「――」
息を飲み込んだ。
キリトの言葉がまるでさっぱりわからない、と疑問を顔に浮かべたナッツはキリトから視線を切り、笑う棺桶達へと向ける。
「改めて言うたる。その害獣以下の頭脳で理解出来たやろ。
お前らが許されてるんは、牢獄か、死亡や。死にたいなら頭を垂らしぃ。その首落としたる」
少女のような死神は武骨な曲剣を片手にそう口にした。
証明されれば、抵抗など出来る訳もなかった。ドコか『攻略組なら殺しはされない』という甘えは死神によって刈り取られてしまった。
>>釣り野伏
野伏じゃないけど。
奇襲をある程度予想出来たので。『もう少しで倒せる』という心理を擽りながらの釣り。
攻撃中に索敵とか、トッププレイヤー相手に出来るモノじゃないです。ついでに言えば加虐心の塊っぽい集団なので、慎重さは理性と一緒にポイされてます。
>>PoHさん
ナッツは「逃げている」と言ってるけれど嘘。実際は見学中。
あのまま場を乱してもよかったが、自身のリスクを考えて見学に勤しむ。
>>「ケジメはつけなアカン」
バン、バン。
実際、あの場面でナッツが行動しなかった場合。笑う棺桶達は「殺される事はないんじゃね?」という事で立ち向かうかもしれません。『死なないけど、殺せる』なんて笑う棺桶達らしい勇気の振り絞り方ですね。
>>キリト君の殺し
戦闘中に一人ぐらい。そもそも乱戦状態で生かさず殺さずは無理だと……。
>>動き方
ヒースクリフと解放軍所属である『ディアベル』さんへの連絡。作戦の立案。奇襲前提ですが、あまり広めると対処されそうだったので、被害も考えて『釣り野伏』。シュミットも作戦全体は知っており、撤退の指揮は彼任せ。上手く行かなくても、ナッツが死ぬだけで全員逃げ切れ、更に伏せてるヒースクリフ達が突撃して原作よりも被害は無し。
ナッツ的にはキリトの居残りは想定外。