戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

10 / 26
EPISODE9 邂逅

    

    

 

    

 

 深く長い溜め息が一つ、司令室に漏れる。 

 

 

 「それで、まだ何の手掛かりもなしか……」

 

 「分かっていることは最後の反応がここリディアンの近くでロストしたってことぐらいよねぇ……」

 

 

 深夜の強行軍による一斉調査から一週間以上が経ったが、あれから一度も反応が現れることは無く、未だ進展の無い謎の聖遺物の調査は最早暗礁に乗り上げているといっても過言ではない状況であった。

 ここのところの労働環境はすこぶる悪く、自宅に帰れず徹夜は当たり前、食堂でご飯を食べる時、各々に宛がわれた部屋備え付きのシャワーを浴びるときやトイレ休憩、ほんの少しの仮眠といった時間だけがオペレーターたちの心の癒し、よりどころであった。現場の情報収集班や情報解析班、聖遺物の研究員たちも総出で働き詰め、取りあえずの食事は摂っているものの、過労と睡眠不足に溜め息が止まらない。

 

 それは弦十郎や緒川慎次も例外ではなかった。むしろこの二人は、現在進行形でグロッキーな二課オペレーターたちよりもさらに酷い過ごし方をしている。

 弦十郎は目頭を押さえて揉み解しているところであって、また普段そういった姿を人には見せない緒川慎次も目の隈が凄く、その片手にあるコーヒーが手放せない状況だ。しかし、オペレーターたちより酷い生活であるのに、そんな風に見せないのは普段から身体の出来が一般人と違うからなのだろう。傍から見れば少し体調がよくなさそうだな、ぐらいにしか見えないはず。

 きっと復活も早い。 

 

 

 ――人間、極めればここまで強くなれるのかもしれない。

 

 

 ……なお、桜井了子だけはちゃっかり睡眠をとっていたりもするが。

      

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 モニターには反応が最後にロストした地点である、リディアンと生徒たちの女子寮の間にあり、リディアンにほど近い商店街の地図が出されていた。

 調査で分かったことは、当日の深夜に大きな物音がしたってことぐらいで、それ以降有益な情報は入ってきていない。

 何かが上から降ってきたという痕が残っている現場状況から恐らく謎の装者が出した音かと思われるが、その姿に関しては町の人も知らないみたいで難航している。

 

 また、その調査も表立っては出来ない事なのも難航している一つの原因にもなっていた。

 ……商店街の人たちは誰もが口が堅かった。

 

 

 「それだけでも大分違うものがあるが、こうも我々二課が苦戦するとは……」

 

 「そうよねぇ、姿を確認できていないんじゃあ探しようもないわよね。どっかに都合よくノイズが出現してくれさえすれば、また現れるかもしれないんだけど……」

 

 「了子さん!縁起でもないこと言わないで下さいよ!確かにそんな可能性が無いわけじゃないですが、しかし!」

 

 「うーん、それもそうね、悪かったわ朔也ちゃんっ!」   

 

 「うぐっ……」

 

 

 きゃるんと軽く返され、全然勝てないとわかった藤尭朔也は諦めてデスクへと向きなおす。    

 人が疲れているのにこの人は何でこんなに元気なんだ……、と内心ぼやく。

 藤尭朔也は桜井了子が十分すぎるくらいの睡眠をとっていることを知らない。……なお、自分が一日平均1時間半寝ているその5倍以上毎日寝ていて健康的に過ごしているなんてもっと知らない。

 

 

 ――そのときに丁度警報が建物内部に鳴り響く。

 

   

 ……この人は本当に何なんだッ……! 

 まさか本当にノイズが現れるだなんて思っても居なかった藤尭朔也はその意外性に呆然として固まってしまう。

 

 その固まっている朔也の隣、友里あおいが指令へと伝達。

 

 

 「司令!ノイズの出現パターンを検知しました!場所はリディアンから離れた東京都の住宅街で、周囲にはお店といったものは無くほとんど住宅地しかありません!」

 

 「分かったッ!この件を即刻一課に通達し一般市民の避難誘導、及びノイズの進路誘導をさせるように言ってくれ!我々は翼を実戦導入させるべくその準備をすすめる!あとは例の聖遺物を持つ者が現れることを念頭に置いておけッ!」

 

 

 「「「了解ッ!!」」」

 

 

 優秀な二課オペレーターたちは、疲れを感じていても、頭とその手を動かすことに専念する。

 

 

 「……藤尭、そろそろ復活しろ」

 

 「ッ!?す、すみません!!」

 

 

  司令の叱責により、藤尭朔也、再起完了。 

  

   

 「さて、この件が一体どうなるかしら……」

 

 

 藤尭を停止させたその元凶たる桜井了子は、獲物を捕らえんとする猛獣の如き静かなる眼で、モニターを見ていた。

 小さい頃から見てきた風鳴翼の成長を見届けることもあるが、そんな彼女もまた他人には分からない程度に内心興奮していた。何よりお初にお目にかかる未知の聖遺物かもしれない。

 

 

 更に言えば―――()()()()()()()()シンフォギアなど、今までなかったことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅー……」

 

 

 慌ただしい司令室とは所変わって、静かで深く長い吐息がこぼれる輸送ヘリの中。

 

 風鳴翼はその身に緊張をはしらせていた。

 まだ12歳という年齢ながら、戦場(いくさば)へと赴かなければならないのだ。当然、死への恐怖はある。

 それにまだシンフォギアを用いての実戦経験が少ないため、それも余計なプレッシャーになっていた。

 

 急遽閑静な住宅地に現れたノイズ、その様子を映したモニターから察するに、今日近所にある小学校にて運動会があったのか、逃げ惑う人々の中には、私服ではなく体育着を着た小学生の子供たちの姿が見えた。先月中学校に上がったばかりの翼にとっては少しだけ懐かしい光景だ。

 

 そんな中現れたノイズは穏やかで幸せな日常を非情にも壊す災厄以外の何者でもない。

 幸いなことにまだ誰一人としてノイズに飲み込まれてしまった被害者がいないので、このまま死者が出ないことを祈るばかりだ。いや、祈るだけでなく実際にこの手でノイズの危機から人々を守らねばなるまい。

   

 

 だが、緊張をなくそうと自らに発破をかけ奮起するので精一杯になっていたら自滅しかねない。それでは役目は果たせないだろうと自らを冷静になるように集中する。

 

 そう考えれば自然と緊張も解けてくる。

 

 この身は(つるぎ)。いたずらに焦るのではなく、そう冷静に思い込み、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませることこそが、彼女の戦場に出るためのルーティンであった。

 

 

 『翼、準備はどうだ?』

 

 

 叔父たる風鳴弦十郎がこちらの様子を確かめてきた。

 体調も盤石な状態、気持ちも安定している。

 

 

 「問題ありません、いつでも出撃できます」

 

 『そうか、わかった。気をつけていけよ?初戦ではないにしてもまだまだ実戦が足りていない、危なくなったら無茶せずすぐさま体勢を立て直せ、いいな?』

 

 「了解です、司令」

 

 

 現地までヘリで運んでもらった翼は固く決意する。 

 幼き頃から人々を守るために防人として戦士として育てられ、叔父の風鳴弦十郎をはじめとして、戦いの何たるかの多くを教わってきた翼は、自らもまだ世間一般では守られる側のその身を戦場へと投じる。

 

 もうすぐ13歳の誕生日を迎えるがまだ中学一年生、考え方ややりたい事がそれまでの小学生の時とは大きく変化する多感な思春期の真っ只中にあるにも関わらず、年頃の少女が好む遊びや趣味、恋愛といったものに興味を向けることはない。ただ、使命を果たさんがために剣として、余る時間を修行に捧げた。

 

 

 ……だからだろうか、そうした趣味を持つことすらしないので、話の合う同年代の知り合いや友人といった人物に恵まれないのは……。

 

 

 周りにいるのは国家役人の二課のみんなや、聖遺物の研究者たちのみ、翼はその中で最年少にて孤独であった。

 

 学生の本分である勉強や部活動に勤しむことを余所に、修行と研究協力に日々費やされることを考えれば、更に言えば、防人として人類を守ることの責務を考えれば、致し方ないのかもしれないと、翼の中では既に折り合いをつけている。

 

 

 唯一の心残りがあるとすれば、大好きな歌や音楽の話が出来る友達が欲しいといったことぐらいか。 

 

 

 ――少し寂しい思いの風鳴翼である。

      

 

 ……そこで思考を一時中断し、今の私のやるべき事は目の前の敵を倒すこと、ということに意識を切り替える。

 

 

 「……行きますッ!」

 

 

 空中にあるヘリコプターの扉を開き、ノイズのいる現場へと向かうべく風鳴翼は降下作戦を開始する。

 

 

 

 

『Imyuteus amenohabakiri tron―――』

   

   

 

 

 急降下で受ける風圧を苦ともせず、胸の内より溢れる聖詠を紡ぎ、風鳴翼は天羽々斬のシンフォギアをその身に宿す。

 風鳴家が防人としての、古来よりの使命を果たさんが為に。

 

 

 

 

 

 先ほどの情報とは打って変わって、ノイズの出現で町は混乱を極めていた。

 ノイズだぁー!!と叫びながら逃げ惑う人、絶対的な死が迫ってくる恐怖のあまりその場から動けなくなってしまっている人、子供とはぐれてしまったのか周囲を探し回る母親の姿などが見受けられた。

 

 さらに、先ほどではいなかったはずの死者が既に幾らかか出てしまっている模様で、一足遅かったかと風鳴翼は歯噛みする。

 急がなくては……。

 

 

 

 

 『絶刀・天羽々斬―――』

 

 

 

 

 住民の避難誘導は一課によって迅速に行われており、予想以上にうまくいっていると言いつつも、やはりそれは全体的な話で、細かい所を見てしまえば逃げ遅れている人もいるのは確かだ。

 また目の前でも、親とはぐれてしまったのか、周囲をきょろきょろと見渡す自分よりも年下の少女――小学生ぐらいの女の子がナメクジのようなノイズに飲み込まれようとしている。ノイズの接近に気がついた少女は立ち竦んでしまって声も出せないくらいになってしまっていた。

 

 早く助けないと!!

 

 しかしあの距離では、ノイズをやっつけようとしても未だ慣れていないシンフォギアの制御の所為で少女を巻き込んでしまうかもしれないが、みすみす人を見殺しにするよかマシだ!

 

 何としてもそれを防がなくては、防人の名が泣くッ!

 

 翼はそう思い、自らの周囲に数多の剣を出現させ、天空から地上へとその雨を降らす。

 

 

 

 『千ノ落涙』

 

 

 

 「走れッ!!こっちだ!!」

 

 「あ、あっ、うん!!」

 

 

 降らす直前、その少女を助けようとしたまた別の少女が飛び出し、巻き込まれそうになった女児の手を引いて共に走り出す。

 彼女の呼びかけにより、女児は我にかえった。

 彼女が危険をかえりみず少女を救出してくれたので、誤爆をすることなく少女へと迫る多くのノイズを殲滅し、着地後、次の戦場へと移ることができた。

 

   

(彼女には感謝せねば……)

   

 

 未熟な己が身を反省し戒め、名前も知らぬ英雄の雄姿を胸にして、風鳴翼は太刀を振り、薙ぎ払う。

 より強い戦士になるために、もっともっと強くなるために刀を握りしめ、敵へと向かう。

 その小さな英雄に視線を向けられていることに気づくことは無いままに。     

     

 

 そこからは風鳴翼の独壇場で、ノイズは瞬く間に炭へと還られていく。住宅街を大きく離れ河川敷のある広いグラウンドにて最後のノイズを斬り付けて倒した。

 この地域は大方のノイズが片付いたことだろうし、そろそろノイズの自壊が始まるころだろう、追撃する必要はあるか、そう弦十郎及び二課に連絡を取ろうとし、ヘッドギアに手を当てる。

 

 

 そう安堵しきって、刀を地面へと刺した翼であったが……――

 

 

 『……何ッ!?翼ッ!!近くにひと際大きい新たなノイズの反応が出た!気をつけ―――』

 

 

 「ッ!!きゃあッ!!!」

 

 

 『ッ!?おい、翼ッ!!翼ッ!!!一体どうしたッ!?』

 

 

 弦十郎の警告も間に合わず被弾してしまう。

 

 ――自分は安堵ではなく油断をしてしまっていた。

 もう大丈夫だろう、もう心配ないだろう。

 

 

 そう考えてしまったが故に、後ろからの不意の爆発に対処できなかった。

 確証もない勝手な想像だけで決めつけた己が判断を甘かったかと反省する翼。

   

 

 だが、反省したところで状況はとても悪い方向へと進んでしまった。

   

 

 「ッ!? ギアの出力が!」

 

 

 まるで機械がダウンしたかのような音と共に、その輝きをみるみるうちに失っていくシンフォギア。

 先ほどの爆発の影響か、存分ダメージが大きくてシンフォギアの出力が低下してしまったのだ。

 爆炎の向こうからやってくるノイズは、ブドウ型の中型ノイズが二体。

 

 例え一体でもそれなりに苦戦する強敵が、何と目の前には二体いる。

 

 おまけに自らの得物は地面に刺したっきりそのまま、今はブドウノイズの背後にある。

 

 仕方なく新しい剣を出して、このまま負けてなるものか、必ず迎え撃つ!と、立ち上がろうとした翼、だが、   

 

 

 「くッ!!まずい!!動けない……だとッ!!」

 

 

 新たに出現させた刀を地面に刺して寄りかかることしかできない。そして、出力不足が祟り、手に持つ剣は儚く霧散していく。

 ここまでの連戦で既に疲れ切っていたことを忘れ、さらに負傷や無茶を重ねていたことがここにきて響いてきてしまった。

 

 装者の良好な状態と増えていくフォニックゲインでより良く機能するシンフォギア、歌が中断されてフォニックゲインの供給が無くなり、尚且つ輝きの失われたそれなどただの重い鎧でしかない。

 全身が鉛のように重く、地面に突っ伏して動くことすら敵わない翼。

 

 「ぐはッ!!」

 

 ブドウノイズの放つ球体の爆弾をもろに受けて翼は吹き飛ばされてしまった。

 

 まさに絶体絶命。

 たかがノイズと侮ることなかれ、たとえノイズにとって天敵であったとしても、唯一の対抗手段だとしても、たった一体でも弱ったシンフォギア装者ならば殺せるのだから。

 

 ノイズとの戦いで安心などしてはいけない。相手は感情を持たず、無慈悲にも死を齎し、決して情けをかけることをしないのだから。

 そう教え込まれた今回の一戦、……だがその反省を生かすことは果たして来るのだろうか。

 

 迫りくる災厄、一歩、また一歩と近づいてくる死の足音に、翼は動けずいた。

 

  

 このまま死んでしまうのか……。

   

 

 翼は情けないと思いつつも目の前に迫ったノイズを前に顔を背け、目をギュッと瞑った。

 

 

 

 

  

 ―――翼の耳に、いや、身体全体に地鳴りのような轟音が響く。

 

 

 

 

 

   

 「……大丈夫ですか……?」

 

 

 

 「……えっ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けた次の瞬間には、そこにいたのは死を運ぶブドウ型のノイズではなく――

 

 

 ―――爆炎を背にして、黒きシンフォギアを纏い、荘厳で神々しい槍を右手に携える、自分よりも年上の少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 現れた少女は今まで見たことがないくらいに禍々しく黒いシンフォギアを纏っていた。翼のシンフォギアにも黒は使われているが基本的には青と白を基調にして黒はワンポイントといった感じなのだが、かの少女はほとんどが赤黒い色を基調としていて、所々に黄色が混ざったような配色具合。

 目元はヘッドギアから出ているバイザーのようなもので覆われていて顔を確認することはできない。

  

 しかし、少女の雰囲気から見える感じを鑑みるに悪人や敵対する人物とはあまり思えない。

   

 でなければ、ノイズから翼を守ろうだなんて思わずに、即攻撃を仕掛けてもおかしくないだろう。 

 

 

 風鳴弦十郎はモニター越しに謎の聖遺物を纏う少女についてそう考察する。

 

 だが、未だわからないのは、その身に纏う黒いシンフォギアは一体何なのだろうかということ。

 

 

 弦十郎は桜井了子ほどの聖遺物に関する知識があるわけではないが、全くの無知であるわけではなく、それなりに詳しいと自負するが、各国政府機関や聖遺物研究所に少女のような人物がいたとは覚えがないので、初めて会う人物だと考えていた。あるいは、我々の界隈で噂されるF.I.S.で密かに集められた子供のうちの一人か……、いや、それは確証がないが……。

 

 だが、シンフォギアを作る技術は我々だけが保持する技術のはず。了子君がF.I.S.にシンフォギアの技術を渡した事実は無いし、隠れてプライドの高い了子君がそんなことをするだろうか……、……では、あれは一体なんだ?と弦十郎は思考を巡らせる。

 

 

 しかし―――

 

 

  

 『――ここに、小さい頃の翼さんがいるってことは、やっぱり……。それじゃあきっと、二課のみんなや師匠、それに多分、了子さんも……――』

 

 

 「「「ッ!!」」」

 

 

 少女が少女だけに聞こえるように呟いた独り言、その言葉は何かを懐かしむ様な声といささかの諦めが含まれていた。

 それは決して翼の耳や二課の持つ集音マイクに拾われることはなかったが、読唇術をもつものには驚きを与えた。

 一部オペレーターも驚きを隠せない。

    

 

 「私の名前を……!?……ッッッ!?それにあの槍はッ!!!」

 

 

 桜井了子は見知らぬ少女に己が呼ばれた事実と少女のもつ神槍に雷に撃たれたが如く目を大きく見開き、

 

 

 「何故か我々二課の存在も知っているように思えますね……」

 

 

 緒川慎次は一般には秘匿されている二課を知っていることに、警戒感を抱く。

 

 そして、弦十郎は、

 

  

 「彼女は、こちら側の人間……、つまり二課の関係者なのか……?だが俺は彼女のことは知らんし…………、ところで、師匠って誰のことだ……?」

 

 

 

 二課の最高司令官たる弦十郎が見知らぬ少女が、二課の誰かに師事していたことに頭をひねらせていた。

 緒川慎次にそう問いかけた弦十郎であったが、先ほどまで警戒感たっぷりだった緒川慎次はもうそんなそぶりを見せず、急な問いかけにキョトンとした表情の後、何かを悟ったかのように温かい目で弦十郎をみて、

 

 (きっと、あなたのことなんでしょう。またどこかで何かをしたかは知りませんが)

 

 なんて思っていて、司令のことだからと変に安心をしてしまっていた。

 

 そんな三人のおかしな様子をみた二課オペレーターたちは変なものを見る目で不思議そうに見ていた。

    

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴翼は苛立っていた。

 目の前の少女に対してか。

 

 否、己の不甲斐無さについてだ。

 

 戦場へと身を投じたならそこは常に生と死の狭間、いつ死んでもおかしくない場所であるのに、そんな場所で自分は油断してしまった。

 

 ―油断は禁物、

 

 そんな当たり前のことが出来ずに生き恥を晒してしまう自分に対して、

 

 ――常在戦場、

 

 最も好きな言葉、そんな座右の銘と言えるほどに常々言い続けた言葉を体現することがとても遠く、有言実行出来ない自分に苛立ち、激しい怒りを向けていた。   

 

 私は、戦士として、防人として未熟なままだッ……!そう、風鳴翼はひたすらに自分を戒めていた。

 

 

 ――だからだろうか、

 

 

 

 「……大きな怪我はないみたいで……。でも、油断しちゃうとすぐやられちゃうよ……?気を付けて……?」

 

    

 「ッ!!!!!」

 

 

 

 

 ――その事実を他人から突き付けられたことに怒りを感じて、突然斬りかかってしまったのは。

 ギアの出力など落ちていなかった、なんて錯覚するほどに鋭い刃を手元に出し、目先の人物に逆袈裟斬りを仕掛ける。

 

 

 「うるさいッ!!」

 

 

 「ほわぁっ!?」

 

 

 

 ――単なる八つ当たりでしかないのに……、やはり、私は……ッ!

 頭ではわかっていても、理屈ではそうじゃないと分かっていても、この高ぶった感情では到底許すことが出来なかった。

 

 少女は右手から槍を一瞬で消して、腕をクロスする形で翼の剣を防ぐ。

 

 

 「……、……急に、どうしたの?」

 

 

 「うるさい!うるさい!!うるさいッ!!!だまれぇーッ!!!!」

 

 

 「……あちゃー……、……こりゃどっかで地雷でも踏んじゃったかな……」

 

 

 何度も何度も乱暴に斬り付ける姿はまるで癇癪を起した幼子のよう。しかし少女は両腕前部で防御しているため、繰り出した攻撃は全て当たってはいない。

 少女が翼に問いかけても、翼はただその苛立ちを隠さず、殺気を醸し出すばかり。

 黒いシンフォギアの少女は困惑しているようだ。 

 

 

 『翼ッ!一体何をしてるんだッ!!攻撃を止めろッ!!』

 

 

 ヘッドギアの通信機から叔父の声が聞こえるがそれを無視する。

 それからも翼と謎の少女は何合も攻防を繰り広げる、その間、少女の方からは一切の攻撃が無いことを我を忘れた翼は気づいていなかった。

 

 

 「フッ!!!」    

 

 

 つばぜり合いを解き、その反動で後ろに下がり体勢を立て直す。

 それは相手も同様のようだ。

 

 

 この距離およそ100メートル。

 

 

 「……もう、こうなったら仕方ない、よね……」

 

 

 許しを請うような呟きは風によって掻き消され、誰の耳にもその言葉は届かない。

 

 離れた両者は互いに構えて臨戦態勢を取る。

 殺気立つ翼は我を忘れたかのように歯をむき出し、怒気溢れる表情で地を力尽くで蹴り上げる。

 

    

 地面が抉れる。

 

 

 「はあああああああああッ!!!!」

 

 

 風鳴翼は地を強く蹴ったエネルギーを剣を巨大化させて繰り出す翼の最も得意とする一撃に対してさらに上乗せする。

 

 

 

  『蒼ノ一閃』

 

 

 

 大地を泳ぐ蒼い鮫のヒレが猛進するように、進む巨大な斬撃。

 普段とは違うその渾身の一撃は相手がノイズであったならばきっと辺りを一掃できるほどの威力が込められていただろう。だが、今回それを解き放った相手は人間の女の子だった。

 

 目視してからでは避けれないだろう速度は出ているだろうが、相手は避ける体勢すら取らず目を閉じ、腰を落として左手を前、右手を腰に添えて何らかの構えをとって待ち構えている。

 

 

 ……その構えってまさか――

 

 

 次の瞬間、カッ!!っとその眼を開き、全身に溜め込んだ力を刹那に解き放つ。

 

 

 「ふぉぉおあぁぁぁぁああああッッッ!!!」

 

 

 物静かそうに見えた少女は大きく雄叫びを上げて、翼の『蒼ノ一閃』を瞬く間に掻き消し、音速を超えた雷光のように迫ってくる。

 

 彼女の地面を蹴った足音は、当の本人が目の前になった今ようやく聞こえてきた。

 

 黒い少女は、翼を前に急に止まる。

 

 

 翼は嫌に時間がゆっくりになった感覚に陥り、スローモーションの世界に囚われてしまった。

 

 急いで回避行動に移ろうとする翼、しかし、自身が満身創痍であることに加えて、最高出力の一撃を放ったことを忘れていた翼の身体はもう限界であった。

 故に、加速する頭の考えとは裏腹に身体は反応が遅れただただ身体を前へと開くだけになり、寧ろ相手に隙を与える結果となってしまう。少女が止まっていようと間に合うはずがなかった。

 

 眼前に迫る黒、急停止によって逃げ場のなくした運動エネルギ―は攻撃に移ることで何倍にも膨れ上がった。一直線に伸びるその右手から、今解き放たんとする攻撃。それは――

 

 

 

 ――正拳突き、  

 

 

 

 そう思った瞬間には翼の意識は深く落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 「翼ッ!!」

 

 

 

 背中のバーニア、及び脚部から出された何らかの装置によって音速以上に急加速し、少女の右手より繰り出された重すぎる一撃で、鳩尾に深く入った翼は衝撃波を放ちつつ大きく吹っ飛び、立っていたグラウンドを大きく超えて、さらには近くの建物、住居へと突っ込んでいってしまう。

 

 その建物は寸瞬のうちに残骸へと成り替わり、土煙を大きく広げる。

 数ある住宅のうち、2つ3つが犠牲となった。

 衝撃波により周囲の家が半壊するところも出ている。因みに窓ガラスは通った場所の周りは全て割れていた。

 

 

 二課司令室は騒然としていた。

 

 確かに、まだ経験不足でシンフォギアの制御もままならないのかもしれない、

 だが、それでも誰よりも強く、幼き頃より戦士として鍛えられた風鳴翼がたったの一撃でやられてしまったのだから。

 

  

     

 「ッ!?司令、どちらへ!?」

 

 

 「決まってるだろッ!誰があの馬鹿を回収するんだ!」

      

 

 

 そういってダッシュで司令室のエレベーターを超特急で飛ばし、出て行ってしまった。

 そんな改造、いつやっていたの?というかそんな機能なんてあったんだ……、と藤尭朔也はボソッとぼやく。

 

 

 

 

 二課のモニターには崩壊した建物の瓦礫に埋もれる風鳴翼の姿と、翼を攻撃した黒い少女の姿が映し出されていた。

 

 だが、ぐったりとして一切動く気配の無い翼とは対照的に、少女の方は何故か驚いた様子で自分の手のひらを握ったり開いたりしている。そして何度も何度も翼を吹き飛ばした方向と右手を交互に見ていた。時折後ろを振り向いたりしている。戦闘のあったこのグラウンドには大小様々な穴や抉れている箇所が点在していたが、その中でも少女の後ろには一番大きなクレーターが形成されていた。

 

 

 頭をポリポリと掻いている少女の姿が映るモニターを二課総員は何をしているの?と言わんばかりに不思議そうに見つめるのであった。

 

 

 

 

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。