戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE10 胸に想いを抱く

 

 風鳴弦十郎が姪の風鳴翼を回収できたのは、夕陽がすっかり落ち、暗くなった夜のことだった。

 というのも、あの戦闘の時自体、進行形で夕陽が沈んでいった時間帯で、そこから移動を開始した弦十郎が現場へと着いた時間が日の暮れたあとだからなのだが。

 

 翼は倒れた場所から近くの平らで安全な場所に寝かされていた。当然、シンフォギアは解除されている。

 もう既にその場所には黒の少女の姿はない。こちらはこちらで追跡班に任せるとしよう。

 

 弦十郎は翼の華奢な身体を両手で大事そうに持ち上げて、移動する。

 瓦礫の中に埋もれたはずの翼の身体はボロボロで出血も少しある。少しで済んでいるのは正直驚いた。出血多量でもおかしくなかったのに、シンフォギアを身に着けていた恩恵がここで発揮されたか、はたまた……。

 

 

 次なる心配は。

 

 

 外傷はさることながら気がかりなのは内臓へのダメージ。こればかりは精密検査をしない事には分からない。ただ幸運なことに、肋骨は折れておらず内臓に突き刺さるなんて事態は避けられた。服の上から分かるほどの内出血は見た限り存在しない。

 

 あの一撃は戦闘に長けている弦十郎をもってしても脅威になるかもしれないものだったと思案する。逆に意識が一瞬にして吹き飛んだことが幸いしたのかもしれない。下手に意識があれば激痛のあまり悶絶し、すぐに気絶できず、下手をしたら気絶するまでずっと苦しまなければならない状態になってしまうに違いない、ぞっとする正拳突きだった。

 

 

 しかし、彼女――翼を助け、そしてある意味翼を(物理的に)止めた黒いシンフォギアを纏う少女――が正拳突きなんていうものを使ったことが弦十郎には意外に思えた。

 

 

 現れたときに所持していた得物は、相当な業物の槍。それを駆使して戦うのかと思えば、彼の少女は槍を消したばかりか、徒手空拳による攻防を繰り広げて見せた。

 

 心が躍らないはずがない。もし機会があれば一つ御手合わせ願いたいものだ、もしかしたら趣味が合うのかもしれん、と弦十郎は口元を緩める。

 

 おっと、いかんいかん。翼を至急搬送しなければ。

 本来の目的を漸く思い出し、弦十郎はあとから追ってきた救護班の車へ姪っ子を運ぶ。 

 

 翼の意識は戻っていない。しかし、苦悶の表情が見られないほど心身ともにダメージがデカいのか、はたまた過度の疲労も重なっているのか、妙に安らかな表情で気絶している。呼吸も静かだけど確かにしていて、ちゃんとした鼓動を刻んでいる。だが、目覚めるまで果たしてどれくらいの期間を要するか、そればかりは不明だ。

 

 

 ICU――集中治療室に運ぶことが出来れば、一先ずは安心できるだろう。

 

 

 

 

 

 随分速度の出る規制速度無視の黒塗りの高級車ですぐさま機動二課へと帰還した弦十郎は、翼がリディアンにある別棟のICUに送り込まれて治療が開始されるのを見届けたあと、再び司令室へと舞い戻る。

 

 混乱していた状況も段々と落ち着き、また翼の容態も安定して回復に向かっていると判明したのは夜9時、そのころに告げられた二課専門の医師の判断では、派手な攻撃に似合わず外傷内傷共に少ないらしく、体力が戻って疲労が取れ次第、また普通に活動できるとのことだ。これには弦十郎も驚いた。

 

 

 理由は不明。

 

 

 時は進み、午後10時。  

 

 そのことを含め、現在二課では緊急的に会議という名の休憩時間がとられていた。状況整理も一段落し、一時的にとはいえ業務から解放された二課職員は一斉に安堵の溜め息をつく。

 

 

 既に夢の国へと旅立っているものもいるくらいに疲れ果てているようで、各々好きなことをしてストレスを発散している。

 

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 

 「翼は瓦礫の中ではなくその外で発見された。俺は出て行くときに確かに翼は住居に突っ込んでいった様子を見たんだが……。それについて何か分かってはいないのか?」

 

 

 開口一番、弦十郎が発した議題は今事件の不思議な出来事その1、『何故翼は外で寝かされていたのか』、ということだった。

 それに答えたのは休憩中にも関わらず話し合いに参加している友里あおい、その顔には疲労の色が濃いが気丈に振る舞っている。

 

 

 「司令、そのことに関して証拠映像があります。……今モニターに出しますので少々お待ちください」

 

 

 友里あおいは手慣れた手付きでデスクを操作し、先ほどの録画を大モニターに転送した。

 その隣で仕事をしていた藤尭朔也は席を外し、遂に限界が来たのだろう、自分の部屋でぐっすり寝ているらしい。会議の知らせを出したが全く反応が無いくらいの熟睡っぷりだ。

 

 

 流石に鬼ではない特異災害対策機動部二課司令はこれについて何も言及することなどなかった。

 

 

 「……これです。司令が大急ぎでリディアンを去った後、この少女は翼さんの方に向かいました。そして翼さんの吹き飛ばされた一番奥の建物跡に着いたその時から瓦礫を動かし、翼さんのことを救出しています。それはとても一少女には出来ない慣れた様子で撤去作業をしているように思えました」   

  

 

 「それに、その後弦十郎くんが到着するそのすぐ直前まで彼女は翼ちゃんの傍にいた。これもまた不可解よねー」

 

 

 リアルタイムで先に見ていた友里あおい、桜井了子の両名は要点を、現場へと出ていた弦十郎へと伝えた。

 

 映し出された映像は確かに弦十郎が飛び出した直前から始まり、その後の様子を映している。

 

 少女が翼の上に乗っかっていた大きな瓦礫を退かし続け、翼の姿が認められるくらいまで掘り起こし、そして翼のことをお姫様抱っこの要領で抱き上げた。

 軽々と持ち上げたことに少し違和感を感じたが、シンフォギアを纏っていることを思い出し、それもまた当然かと、自己完結する。 

 

 

 そして抱きかかえた翼のことを弦十郎が発見した場所と同じ、平らで安全な所に寝かす少女。

 

 

 実はここまでずっと翼はシンフォギアを身に纏っているままである。

 

 

 それまで一切言葉を発しなかった少女がここにきて初めて言葉を発する。

 

 

 『……ごめんなさい、……翼さん……、また私の所為で翼さんが……』

 

 

 少女の言葉はそれっきり。少女は何に対して謝っていたのか。

 これ以降は読唇術が役に立つ場面もなく、ひたすらに無言が続くままだった。

 

 

 少女は両膝をついて正座をする。 

 

 暫しの無言の後、奇怪な光景を目の当たりにする一同、女性2名に関しては、正しくは2度目だが。

 

 

 「そして、これが私たちの中で一番分からないこと。彼女がやったことなのかは深く分からないけど、翼ちゃんの身体が光に包まれているのよ」

 

 

 桜井了子はとあること――今回の件の不思議その2――を指摘した。

 突然、翼の身体が微光ながら発光しだし、優しくその身体を包み始めたのだ。

 その間、謎の少女はシンフォギアを解除することなく翼の隣に佇んでいる。運悪く二課のこのカメラカットからでは少女の顔色を伺うことが出来ない。

 

 

 「……翼を包むこの光の正体は何だ?」

 

 

 弦十郎は考古学研究の権威である桜井了子ならばこれについても何か知っているのではないかと問いかける。

 しかし、それに反して桜井了子は首を横に振る。

 

 

 「残念だけどあの光には微量のエネルギーが含まれていることぐらいしか分からなかったわ。これについては私の方でも詳しく解析を進めている途中よ?だけど、如何せん距離があって、この光粒子は非常に小さかったから観測が難しかったのよ。しかもそれも突然のことだったから準備もままならなかったわ」

 

 

 出てきた結果が芳しくないことに大きく落胆する桜井了子。しかし、「絶対あれが何なのか調べつくしてやるわっ!」と力強くいき込んでいた。

 この件は彼女に任せればきっと大丈夫だろうと、弦十郎は判断する。

 

 

 翼の身体が発光していたのはわずか数分のこと、ここで弦十郎が到着する車両音が聞こえてきた。

 ずっと座っていた少女はおもむろに立ち上がり、やって来るであろう車の方向を見て、それからまた翼の方を見直す。

 

 その段階で翼を覆っていた光は霧散する。またそれ追う形でほぼ同時に天羽々斬のシンフォギアは解除された。

 

 

 そして少女は少し躊躇を見せたあと、やがて翼の元からその場を歩いて離れ、大きく跳躍してその場を離脱。

 このカメラアングルからはすぐにその姿はロストする。 

 

 そして映像には弦十郎の姿が映り、翼を抱き上げるところで友里あおいは映像の再生を停止させた。

  

 

 「映像はこれで終わりです。ちなみにあの少女の反応はその後ロストして追跡できなくなっています。最終地点はここです。前の商店街とは違うところですね」

 

 

 現在熟睡している藤尭朔也から渡されていたデータを、モニターに出した友里あおい。「彼もまた仕事をした後に寝ているので文句が言えないところが厄介ね、私の方が後から起きてきたとはいえ私だってもう寝たいのに……」とボソボソと愚痴る彼女が居たとかなんとか、真偽は不明。

 

 自分で淹れたあったかいものを飲んで眠気に耐えて頑張っていた。

 

 映し出された新たな情報は、何の特徴もない普通の住宅地やスーパー、飲食店などがある地域。この近くに隠れるような絶好のポイントがあるかと言えばノーと言うしかないだろうが、そこに彼女の本拠地があるのかもしれないために捜査しなければならない……。

 

 

 また一からやり直しか……。

 

 

 人知れず溜め息を吐く弦十郎だった。

 現在時刻は深夜0時を回ったところ。世間では人間は寝床に入って既に就寝している時間である。

 

 

 「……よし、今日のところはこれまでにしておこうか、流石に二課のみんなも働き詰めでこれ以上は今後の業務に支障が出てきかねない。無理をせず合計して3日ほど休暇を取るとしよう。もちろん非常時になっても招集するまでの間に速やかに備えられる程度に人を残してローテーションは組むが、どうだ?了子君、翼の身に起きた色んな事はゆっくり解析していくとしてまずは休養を取るとしないか?」

 

 

 「ふぁぁー、っ、そうね。私も働き過ぎて疲れちゃったわ……。それに私もその方がいいと思うわ。これじゃあ私の『特製スパルタ再教育プログラム』を実施したら立ち直れないかもしれないし」

 

 

 欠伸混じりの今の桜井了子の一言で、机に突っ伏していた者、広々とした円形のソファーの横になっていた者、最後の一押しとしてひたすらデスクに噛みついていた者、その全ての視線が桜井了子の集中した。弦十郎、友里あおいもまた視線を向ける。

 

 急なことに桜井了子は思わずギョッとして怯む。

 疲れ切って死んだ眼で一斉に見られれば怯むのも当然だ。

 

 

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()……?

 

 

 

 そんな怨嗟が聞こえてくるよう。桜井了子は説明責任を果たすためもう一度、不幸にも、無慈悲な最後の宣告を突きつける。

 

 

 「……いやぁね、私の教育方法が甘かったのか、最近、聖遺物の解析結果に不備が出ているのよ。その度に私が解析し直すのはちょっとどうかと思ってね?あなたたちにはちゃんとやってもらいたいと思っているのよ~。

 

 ……てな訳で、二課オペレーター全員には休暇の後にお勉強してもらいまーす!!モチロン、あなたたち研究チームもだからね?覚悟しときなさいよー!」 

 

 

 ビシッと腰に手を当てて決めポーズする桜井了子。白衣をはためかすその姿は嫌に様になっていた。

 カメラ越しに見ているであろう聖遺物研究チームにも告げることを忘れず、カメラ目線になって指さす桜井了子だった。その表情は二課職員と対照的に嬉々としている。

 

 司令室内はもちろん、カメラ越しにいるであろう研究者たちからも唸り声が聞こえてきそうな何とも言えない雰囲気である。

 

 

 そんな中、桜井了子は「んじゃ、そゆことで!ばいば~いっ!」っと、妙に上機嫌になって手を振りながら司令室を後にしてしまった。

 

 

 「……さて、俺も行くとするか……。お前たち、今日はもう休め。ローテーションはどうするか……。……では、今寝ている奴らを叩き起こして監視作業くらいだけでいいからやらせておけ、それからの組み合わせ、交代時間は追って伝える。小難しい話や勉強会はまた後日だ。……それじゃ、今日は解散!」

 

 

 いたたまれなくなった弦十郎は固まったままのオペレーターたちに一言告げて指示を出し、桜井了子と同じくその場を後にする。

 必死に噛み殺した欠伸を誰も居なくなった廊下で大きくして、自室へと向かう。

 

 

 自室に到着後、弦十郎は通信機を取り出し電話をどこかにかけ始めた。

 

 

 「……緒川、今大丈夫か?……ちょっと頼みがある、――――――。」

 

 

 

 『……はい、分かりました。……お任せ下さい。では』

 

 

 これまでゆっくり休んでもらっていた腹心の部下に要件を伝えて連絡を終え、オペレーターのローテーションを速やかに組み終えて部下たちにデータを送信したあとに、ようやく弦十郎は眠りについた。

 これからもっと忙しくなるかもしれない、そんな予想を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

   〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 ……う………ん…………。

 

 ……ん?………、ここ、は……?

 

 

 何時の間にか寝落ちしてしまっていた私は静かに目を開いて仰向けのまま天井を見つめる。

 

 

 ……うーん、……ここ、何処……?…………あ、そっか、あれから行く場所が無くなってここに隠れ込んだんだっけ……。

 

 

 溜まりに溜まった疲労と空腹の所為で最悪の気分で起きた私は、今自分の置かれている状況を整理するのも精一杯になっていた。

 

 

 とあるマンションの一室、薄暗くて家具もカーテンも何もない部屋、鍵の壊れた玄関(私が壊したドア)

 

 

 そう、過去の自分に一方的に出会い、ノイズの襲撃と小さい翼さんとの戦闘を経て、おばちゃんのお店に帰りたくなかった私は廃墟同然になっていたこのマンションに身を潜めた。

 ……もう、行く当てがなかった。この世界で本当にひとりぼっちになってしまった私が頼りに出来るところは無い。

 

 近い将来そうなるだろうなという予想はあったけどその予想に違わず現実となってしまった。

 

 その身一つでこの世界に放り込まれた私が何かを持っていることもなく、お金も入った頼みの綱の携帯電話もどこかへ行ってしまったし、今の私はどうにもする事が出来ない。

 

 ……そう言えば、携帯電話での支払いって、チャージできる電子マネーもあるけど、基本的に私の口座引き落としが大半だったから、存在しない口座からお金を出すことなんてできないし、そもそも存在しない電話番号に掛けても結局のところは意味はないから、あったとしてもなかったとしてもあんまり変わんなかったのかも……。

 

 

 それよりも、要らぬ騒動を産まなかったという風に考えると、使えると思い込んで買い物したりしなくてむしろ良かったのかもしれない。  

 混乱しているところにさらに混乱の種が生み出されてもっと悲惨になっていたかもしれない。……今も凄く大変なことではあるんだけど……。

 

 

 どれほど寝てしまっていたか前みたいに確認することが出来ないため、日付感覚も時間感覚も狂っている。外を見てみても重い黒雲に覆われていて太陽の姿が見えないせいで、何時かすらも分からない。今にも雨は降り始めそうだ。

 

 

 体育座りであんまり思い通りに動かない思考をフル回転させてどうしようか考える。

 

 

 

 ―――現状、私の取れる選択肢は四つ。

 

 

 一つは、ふらわーのおばちゃんのもとへ戻ること。……もう、これ以上迷惑をかけるわけには行かないし、何よりノイズとの戦闘や聖遺物の世界におばちゃんを巻き込みたくないからこれは、あまり取りたくない手段。お店にお好み焼きを食べに行くのは良いのかもしれないけど、そもそもお金がない。

 

 

 一つは、働いてお金を稼いでご飯を食べていくこと。……これは働く意思がある云々の前に雇ってもらうことが出来ないから意味がない。現実的な話をすれば、この世界で私は本来存在し得ない人間で、戸籍情報も無いから、私が私である証明が出来ない。たとえ仕事を選ばなかったとしても雇ってもらえる働き口を探す方が難しい。

 

 

 一つは、私がシンフォギアを持っている事を活かして二課に所属すること。……これは一見するといいかもしれない。……けれど、人と関わっていたくない今の私にとって、知っていた人たちが自分のことを全く知らないという事実を散々に折れている心が耐えられない。しかもそれが全員分圧し掛かってくる。私の感情を無視してご飯を食べていくということを考えれば一番良い選択肢かもしれないけれど、これ以上は私が私自身を保っていられないかもしれなくて怖くなってくる……。

 しかも、それは上手くいけばの話。そもそも、翼さんに対してあんなことしちゃったし、危険人物扱いされて逮捕される可能性だってあるから、これはハイリスク、ハイリターンの選択肢。

 

 

 

 

 最後は、……このままこの状態で果てること。

 

 

 

 これが一番波風立てずに済んで、一番平和的に解決するかもしれない。

 誰にも迷惑をかけず、誰に責任を押し付けるわけでもなく、誰も不幸にならないから私だけの問題で済む。

 

 生きる希望はもう何もないし、何もせず誰にも関わらずどこかで静かに暮らすにも、実行するには今の私の状態だと難しい。

 

 ……苦しいのは少しの間だけ、その後はきっと楽になれる、はず……。

 

 

 怖いのは、死ぬことなんかじゃない。本当に怖いのは、死んだあと、自分がどうなるのかが分からないから怖いんだ……。

 

 

 ……だから、死ぬことは……、怖い、ことなんかじゃ、ない……。

 

 

 未来だって、同じ苦しみを味わったんだ……、……だから、私だって……。

 

 

 

 

 「……へいき、……へっちゃらだよ……」

 

 

 

 

 かすれて出た声は誰もいない部屋の中で、しとしとと降り始めた雨音によって静かに掻き消されていく。

 

 これからどうしたらいいのか、という問題が、顔を俯かせた私の頭をグルグルと答えの出ないまま堂々巡りを始める。

 雨脚はどんどん強まって来ていて、地面に打ち付けるその音は高い所にあるこの部屋の中にもしっかりと響いてきている。

 

 

 

 その日の太陽は、厚い黒雲に覆われてその姿を消し続けた。

 

 

 

 

 

 

     〇

 

 

 

 

 

 

 ピリピリと身体全体で感じるのは、きっとノイズが現れる前兆だろうか。そんなセンサーがあの日からよく働くようになり、丁度その日も嫌なピリピリという感覚が強くなる方へ目がけて向かってみればやっぱりノイズは現れた。危険を顧みず動けなくなった女の子の手を引いて女の子を助けたそんなとき、前の姉ちゃんとは違う奴だが、そいつは現れた。

 

 

 そしてまたしてもあたしはその力を目の当たりにしたんだ。

 人間が歌を歌いながら、ノイズに対抗できるその力を……! 

 

 

 あの日のノイズの襲撃の時、その存在を知ったあたしは、そいつ等の情報を貪るように掻き集め続けた。

 

 もともと研究員でそいつらと強く関わっていたあたしの両親のパソコンの情報からその場所を特定していき、父さんや母さんたちが訪れた所にまずは目星を付けてその場所へと奔走した。たとえトップシークレットな情報だったとしても、両親の使うパスワードなんかはあたしにとってはお手の物で楽々その情報のあるファイルを開くことが出来る。しかし、律儀に奴らの本部の場所なんかは書いてあるわけは無いが、それでも幾らかの収穫はあった。

 

 

 今の私には一秒でも時間が惜しい。ノイズに仇を撃つためにあたしはあの力が欲しい!そのためには今まで真面目に通っていた学校なんてもうどうでもいい。

 だから、あたしは救助されて長野県皆神山から自分の家に戻された後、すぐに行動を開始した。大事なものとかなりの貯金を持ってまずは東京中を駆け巡った。

 

 

 あたしの両親が訪れていた場所、つまり奴らの居そうな場所は大体東京周辺に偏っている。会社のオフィスに偽装してそこが奴らの本部だとか、病院内にそんなところがあるかもしれないとか、研究所などの国立の建物の内部にあるとか、色々考えた。

 

 だけど、まだ奴らの居場所を暴くには至っていない。ここまではハズレのところしか無かったが、それでもあたしは挫けない、諦めるわけにはいかない。

 

 

 今度の場所は、私立の女子高。普段高校生たちが通っているそこにあるはずがないなんていう誘導を逆手にとって私はそこに目星をつけた。

 正直言えばそろそろ当たりクジを引き当てたいってもんだが、あたしはここが一番怪しいと思っている。何で父さんや母さんのパソコンにこの高校のことが載っていたのかはあまりに不自然で、一研究者である両親がそんなところにくる意味が分からなかった。

 

 だからこそだ、ここには絶対に何かがあるはずだ。

 

 今日の授業も終了して生徒達ももうじき居なくなる夕方から夜にかけてあたしはこの校舎に侵入した。

 もちろん誰にも見つからないようにだ。

 

 内部は、至って普通……、というか優しく言えばとっても特徴的な校舎、あたしから言わせれば、何だ!この坂のある教室や変な校庭の形は!って感じだ。

 最近できた私立高校と言われているが、それでもこれはおかしいんじゃないか……?無駄に校舎の規模もデカいし……、何だこの学校は……。

 

 ……まあいいや、それよりもこっちの校舎にはなんも無いみたいだから隣の校舎に移ろうか。時間がかかってしまったみたいで、外はすっかり夜だ。

 

 さっきのが教室があったから生徒たちが普段過ごす校舎で、次のこっちの校舎は職員室がある棟のようだ。

 

 ……ッ!?誰かがこっち側にいる……?

  

 

 急いで物陰に身を隠す。移動中、教師の姿はもう見えなかったがまだ残っていたのか……?

 壁からチラッと目を覗かせて向こうの様子を見てみる。

 

 

 そこには……、明らかに教師には見えない制服を身に着けている奴の姿を認めた。

 ……なんか、すげぇ疲れ切っているみたいで、大きい欠伸を何度もしている。

 

 手には何かの端末を持っていて電話をしている。

 何を話しているのかは聞こえなくて、その内容は分からず仕舞い。

 

 その後、通話を終えたそいつはまたしても大きく欠伸した後、近くにその端末をポンと置いてどこかに行ってしまった。

 ……何でその端末を置いて行った?寝ぼけてんのか……?てか、あいつどこに向かって行ったんだ……?

 

 しかし、これは好都合、いなくなったのを見計らってこれ幸いとあたしは物陰から飛び出していく。

 向こうの暗闇に消えて行ったあいつが帰ってくる様子もないのであたしは安心してその端末を手にする。

 

 この通信機はパッと見た感じ特異だ。

 タブレットみたいに画面がついている訳じゃない、だが、色々見てきたあたしからすればかなりの技術が使われてんじゃねえかって感じがする。

 そんじゃなきゃ、この設計は無駄だ。大した理由にはなってないがわざわざこの形にする意味がないだろう。

   

 どうにか使えないもんかな……?

 

 迂闊にボタンを押しちまってどっかに電話がかかってしまう危険性もあるが少し弄ってみようか……。

 

 ……おい、うんともすんとも言わねえ!待てど暮らせど何も起こらないじゃないか!

 流石にロックぐらいは当たり前にかかっているか……。

 

 

 くっそ!いい線いってたと思ってたのになー。

 

 

 考えが行き詰ったあたしは壁に背中をあずけて寄りかかるとする。

 

 

 ――っとその時。

 

 

 ――カシャン!

 

 

 痛ッ!

 急に寄りかかっていた背中の壁が無くなり、尻もちをついてしまう。

 あまりに突然のことであたしは状況が呑み込めない。 

 

 

 ッ!?何だ!?今の音!

 

 

 ビックリして後ろを振り向けばそこには何かのドアが開いていた、恐らくはエレベーターか何かだろう。

 

 もうダメもとでいいからこれに乗ってみるか……。

 直感に従って素直に入ってみると、天井付近にある電子版が何かを伝えるべく文章を表示している。

 

 

 ……ん?掴め?何の警告だ……?

 

 エレベーター内には縦についた手すりが二つ。

 一体何が起こるのか分からないままだけど、仕方ないから近くの手すりを掴んでみる。

 

 

 すると……?

 

 

 

 「うわあああぁぁぁぁぁあああああッ!!!!!」

 

 

 

 まさかの凄まじい急降下。

 

 

 思わず叫んじゃったじゃないか!密室で誰にも聞かれなかったからいいものの……。

 しっかし、高度の急激な変化で空気圧の変化があってもいいがこの空間ではそれを感じていないこれは凄いな。

 このエレベーター、この速度にも耐えているし相当強固だな。

 

 

 何も変わらない退屈な光景を眺めながら暫く下降していくうちに、今度は何だか不思議な空間に出た。どんだけ地下を降り進めたのか最早分からないくらいに地下へ地下へと下っていく。下はまだまだ見えないくらいに深い。

 それに加えてまるで古代の壁画の模様みたいなものが巨大に描かれていて、派手な配色が目に痛くなってくる。この二つが相俟ってさっきの校舎なんて比較にならないくらいの不可思議具合だ。

 

 

 やがて階層を示す光が徐々に最下層に近づいてっていることがわかる。かなり長かった。

 ピンポーン、という到着音が鳴り、ドアが開く。

 

 そのドアが開く前にあたしは目を瞑って高鳴る鼓動を必死になって抑えた。

 

 これはあたしの直感で遂に当たりを引き当てたと伝えてきている。ついに、ついにその時がくるのか……。ニヤケが止まらない、これがぬか喜びにならない事だけを願いたい。

 

 

 そしていざ目を開けてみると、そこに広がるのは、いかにもなにおいがプンプンする場所だった。

 

 秘密にされた研究所、国防や人類を守るための要。先進技術、異端技術、いろんなテクノロジーの塊……。

 

 さっきのエレベーターや降りて来た時に見えた空間もそうだが、そんな言葉が似合いそうな空間がそこには広がっていた。明らかに上の女子高とは関係なさそうだ。

 ということは、つまり……。

 

 

 

 あはははっ!!やっと、やっと、やっと私は見つけることが出来た!漸くここに辿り着いた!そうあたしは確信する。

 

 

 

 特異災害対策機動部(ヤツらのところ)へ!! 

 

 

 

 喜びが膨れ上がって止まらないぜ!ここに!ここにはノイズと戦える秘密の力が隠されているはずだ!!

 フフッ、あの事件からたった2週間足らずで見つけるに至るとは……、父さんと母さんには感謝しなければならないな……。

 

 

 ……さて、あたしの求める力は一体何処にあるんだ?

 

 

 あたしは高揚した気分のまま、その無機質な通路を歩いて探し始めた。監視カメラがそこに当然の如く設置されていることをすっかり忘れたままに……。 

 

  

 

 

 


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